動きを言葉と身体 で伝え,高め合う体育科学習

●体育科
からだ
動きを言葉と身体で伝え,高め合う体育科学習
1 わかりあい,できる楽しさを追求する
昨年度,研究テーマを「わかりあい,できる楽しさを追求する体育科学習」とし,実践に取り組んだ。
「わか
りあう」とは,運動を行う中で生成した動きのイメージを互いに交流すること(場面)である。
「できる楽しさ
からだ
を追求する」とは,動きを身体でわかること(=できる)によってさらにスムーズな動きを求めて活動するこ
と(場面)である。
そして,教師は,
「言語化」と「ラベリング」を用いて指導することで,上記の体育科学習の深化を図ろうと
した。ここで言う「言語化」とは,
「子どもが運動とかかわる中で生成した動きの意味や感じを言葉で表現させ
る指導」である。また,
「ラベリング」とは,
「子どもが無意識に行った動きに教師が意味づけをして,その動
きを共有化できるようにする指導」である。このような指導を行うことで,わかりあいが促進され,子どもた
ち自身ができる楽しさを追求するようになり,それが「確かな運動の学び」へとつながると考えた。
この研究から,子どもが運動を行う中で得られた「動きの感じ」を擬音語,擬態語,比喩等を使って表現さ
せ,それを子ども同士,子どもと教師で互いに吟味することで動きの高まりにつながることが明らかとなった。
例えば,4年生「開脚跳び」の学習の中で,助走のしかたが課題となった。その際,言語化によって,
「ダダ
ダ」と「タタタ」という擬音語が出てきた。その後,動きながら二つの助走を試した。すると,
「助走が軽くな
るから『タタタ』が跳びやすい」という意見に集約され,動きの感じが「タタタ」と共有化された。共有化さ
れたことで,よい踏み切りにつながるリズミカルな助走ができるようになり,スムーズな跳躍につながった。
また,
「ラベリング」を用いた指導においては,子どもの動きに含まれる学習内容を顕在化させるために,教
師がその動きを専門的用語で表現した。あわせて,その動きに意味づけ,価値づけすることで,
「わかる」と「で
きる」の統一を図ることができることが認められた。
5年生「バスケットボール」では,ゲームを行っている際,相手のボールを奪う動きをした子どもがいた。
その動きに,
「パスカット」とラベリングし,その動きに意味づけ,価値づけを行った。すると,子どもたちの
動きの中に,その動きを模倣する動きが現れるようになった。その後,
「○○さんがしていたパスカット」など,
模倣する動きに固有名詞が現れたことで,さらに動きがイメージ化され,動きが高まっていった。
このような成果があった一方で,昨年度の研究から課題も生じた。
動きを言語化させる働きかけを教師が行うと,子どもたちから多くの言葉が出てくる。そして,その言葉か
ら,動きを高める言葉,すなわち,子どもに合った言葉を見つけたり練り上げたりしていくことで動きが高ま
る。しかし,この子どもに合った言葉にしていくことが難しく,動きに変容がみられないことがあった。子ど
もに合った言葉を追求することで,より指導が的確になり,子どもの動きが高められると考えられた。
また,
「ラベリング」においても,専門的用語で表現することで意識づけを図ったが,認識面のみが強調され,
技能面へ反映されにくかったことがあった。これは,動きに対する教師の意味づけ,価値づけが浅かったため
である。ラベリングした動きが「どうすればできるようになるのか」
「どのように有効なのか」を,運動の学習
内容や子どもの学びに合わせて,意味づけ,価値づけていくことで,動きが高められると考えられた。
からだ
2 動きを言葉と身体で伝え,高め合う
教師は,運動の特性と子どもの動きを比較して言葉を吟味したり,ラベリングしたりする。そうすることで,
目の前の子どもの身体と運動の特性を合致させようとするが,必ずしも合致するとは限らない。それだけに,
教師は子どもの身体を探り,分析し,子どもの学びにあわせて動きを翻訳して指導することが求められる1)。こ
の翻訳のあり方とは,子どもに合った言葉を探ることにほかならない。ただ,動きは,身体の様々な部位の複
雑な連携から構成され,言語で表出することはその一部,一面を表現しているにすぎない。
からだ
そこで,本年度,
「言語化」に加えて,動きを表現する「身体」に着目することにした。動きを言葉で伝え,
身体で伝えることで,動きが翻訳され,さらに動きが高まるのではないかと考えたのである。
からだ
このようなことから,
「動きを言葉と身体で伝え,高め合う」ことで,さらにわかりあい,できる楽しさを追
求していくことができるのではないかと考え,これを本年度の研究テーマとして実践に取り組んだ。
(1)動きを言葉で伝える
「動きを言葉で伝える」とは,言語化によって表出した言葉を使って,互いに動きを伝え合うかかわりであ
る。このかかわりの中で,運動をイメージしやすい言葉が動きの高まりにつながることが明らかとなった。
例えば,5年生「走り幅跳び」の学習では,力強い踏み切りの動きについて考えた。教師は,子どもとのや
りとりの中で,振り上げ脚の膝を高く上げることやその反対側の手の動き,踵を意識することに注目させた。
しかし,それが直接,動きの変容にはつながらなかった。その時,仲間の動きを観察していた子どもが,踏み
切りの動きを「マリオの動き」と表現した。
「マリオの動き」とは,ゲームのキャラクターがジャンプする際の
動きであり,踏み切り時の全身の動きを端的に表している。子どもに馴染み深いキャラクターの動きであった
こと,また,全体の動きを端的に表した言葉であったことから,動きが明確にイメージ化され,よりよい踏み
切りへとつながった。このように,運動をイメージしやすく,しかも子どもの生活に根ざした言葉が動きの高
まりにつながる。
また,子どもに合った言葉は,その言葉が評価の基準となることも明らかとなった。子どもたちは,動いた
感じを言語化し,交流して,そこで生成された言葉をもとに運動を行う。この一連の活動の中で,言葉に動き
があっているかを常に自己評価しながら動くことになる。また,その動きと言葉を比較することで,動きがそ
の言葉にあっているかを相互評価することにもなる。
6年生「ハードル走」で, ハードル間の3歩のリズムとハードリング局面でのフォームを確認する際の出来
事である。うまく跳べなかったA児は,この局面で感じたことを言葉にすると「フワッと跳んでしまう。
」と振
り返っており,うまくリズムがとれなかった。うまく跳べるようになったB児は,この動きを「123ターン」
と言語化した。これは,踏み切り時だけでなく,ハードリング局面まで意識した言葉である。うまく跳べなか
ったA児は,跳んだ感じとその言葉を比較したり,言葉をもとにA児の動きをみていた仲間からアドバイスを
もらったりしながら練習に取り組み,リズムが取れるようになってきた。このように,多くの子どもに合った
言葉が評価基準となることで,交流が活発になり,動きの高まりにつながる。
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(2)動きを身体で伝える
5年生「サッカー」では,パスの機能が学習内容に含まれる。授業後の振り返り作文で,
「相手とのズレのつ
くりかたがわからない」と記述した子どもがいた。ゲーム前には2ゴールゲームを行ったり,ゲーム中もその
子にかかわったりしたが,同じ記述が2時間続いた。しかし,3時間目に「A君の動きをみていたら,ズレの
つくりかたが何となくわかった」と記述した。その後,スピードや動く場所に変化をつけて相手とのズレをつ
くる動きができるようになった。
このように,
「○○さんの動きをみて,どう動けばいいか分かった」
「一緒にやっているうちに,できるよう
になった」という子どもの声を聞くことがあり,実際にできるようになる子どもがいる。このことから,言葉
で伝え合うだけでなく,身体で伝え合うことで動きを高めていくことができるのではないかと考えた。
この身体での伝え合いは,子ども同士のかかわりの中でもみられ,動きを高めることにつながる。しかし,
教師が動きを明確に顕在化させることで,より運動の特性にせまることができ,それが「できる」ことにつな
がる。この運動を顕在化させる手立てとして,昨年度から取り組んでいる「ラベリング」とあわせ,
「モデリン
グ」を用いることが有効ではないかと考えた。
「モデリング」とは,動きを観察させたり,音に着目させたり,補助しながら筋感覚的に動きを感じさせた
りすることで,言葉のみでは伝わりにくい情報を伝え,動きに対する理解を深める指導法である2)。子どもは,
この「モデリング」を通して得た感覚やイメージをもとに,動きを模倣し,動けるようになっていく。ただ,
「モ
デリング」は,学習者に動きを分析する力がなければ,動きを高めることにつながらない。運動は一つの流れ
であり,その一瞬の身体の使い方を理解させることは難しい。特に,運動が苦手な子にとっては,どこに着目
すればいいのかがわからないことが多い。そこで,教師は「どこに着目させるか」を考え,子どもに考えさせ
たり指示したりすることが必要となる。
このような「モデリング」を活用することで,身体での伝え合いが必然的にうまれる。そして,この身体で
の伝え合いを,子どもの学びに合わせ,必要な時機(タイミング)に子どもの中に複雑に現れている事実に適
用できれば,言葉にできない部分まで認識させることができる。
5年生「サッカー」で,相手とのズレをつくる動きが課題となったとき,
「みせかけの動き」を「フェイント」
とラベリングした。ラベリングしたことにより,フェイントを使う子どもが増えたが,うまくいくときとうま
くいかないときがあった。そこで,うまくフェイントができる子どもの動きをモデリングさせた。その際,ボ
ールの動きに着目させた。すると,子どもが「ボールを止めず,常に動かしながらフェイントしている」とい
うことに気づいた。また,このフェイントする際の動きを言語化させると,
「スッ(フェイントをかける)
,ド
ッ(相手の体勢が崩れる)
,パッ(ぬく)
」と表現された。
このように,
「モデリング」を用いることで,運動を顕在化させるだけではなく,ラベリングした動きに「ど
うすればできるようになるのか」という意味づけ,価値づけをすることができる。また,モデリングさせたこ
とを言語化させることで,運動の特性にせまる言葉を表出させることもできるのである。
3 動きを高めあうために
実践を通し,動きを言葉や身体で伝え合い,高め合うための留意点を,以下の四点に見出した。このような
からだ
点に留意することで,運動の特性に迫る言葉や動きを表出させたり,言葉や身体で伝えたことを動きの高まり
に生かしたりできるのである。
①主運動につながる準備運動
6m
準備運動を行う際,主運動の技能特性とつながらない運動が行われること
がある。しかし,主運動の技能特性を明確にし,その技能特性につながる準
備運動に取り組むことで,主運動の動きの感じがつかみやすくなる。
4m
例えば,
「サッカー」では,2ゴールゲーム(ドリルゲーム)
(図1)を取
り入れた。このゲームは,ドリブル(自分へのパス)を用いて相手とのズレ
をつくり,そのズレをつく動きを高めるものである。このゲームを行うことで,
図1 2ゴールゲーム
ボールを自分のゴールに持ち
こんだら1点となる。
ボール操作やズレのつくりかたといったサッカーに欠かせない動きを高めることができる。
②技能特性にせまる場づくり
動きを言葉や身体で伝えるためには,技能的特性にせまる場づくりが必要となる。場づくりによって身体の
使い方が異なり,子どもの身体に合った場づくりが正しい運動感覚づくりへとつながるからである。さらに,
場を多様に構成することで,その子にあった場が確保され,そこでの相互交流も活発になる。
例えば,
「走り幅跳び」では,着地動作で距離を伸ばすことが教育内容の一つとしてあげられる。そこで,1
段の跳び箱を踏み切り位置に設置する。こうすることで,跳躍に高さが生まれる。高さが生まれたことで,距
離を稼ぐためのよい着地動作を行う時間が生まれ,それが跳躍距離の伸びにつながる。このように,技能特性
にせまる場づくりを行うことで,技能特性にふれる言葉や動きが現れ,それを交流することで動きが高まって
いくのである。
③かかわりを深める集団づくり
ボールゲームでは,人数によって学びが異なってくる。例えば,サッカーで1対1の場合は,ドリブルで相
手とのズレをつくりスペースをつかなくてはならない。これが2対2になると,パスの選択肢が1つ増え,仲
間や相手の動き,スペースを考え,ドリブルかパスか瞬時に判断しなければならない。人数が増えるとさらに
ゲーム構造が複雑になってくる。そのため,身につけさせるべき動きと子どもたちの動きとの関係性を考慮し
て,ゲーム人数を決めていくことが必要となる。
さらに,動きを高める相互交流のあり方も人数決定の重要な要素となる。
「頭はね跳び」では,当初,跳び箱
等の準備や学び合いを考慮し,6人グループで学習を進めていた。しかし,学習が進むにつれて技能差が大き
くなり,うまくなるための時間を確保することが難しくなった。そこで,グループの人数を補助者2人,跳躍
者1人の3人にした。すると,補助者は跳躍者をみる必然性が生まれ,交流も活発になり,それと共に動きも
高まっていった。
このように,単元や教育内容ごとに最適な集団を構成することで,言葉と身体のかかわりが深まっていく。
④相互交流の手立てとしての評価道具の活用
言葉や身体で伝え合うことで,動きが高まっていく。ただ,この動きの高まりを,得点や距離などの結果の
みで評価しては,技能特性にどの程度せまれたかを評価することが難しく,真に動きが高まっているかどうか
判断できない。
そこで,運動課題を明確にし,それを学習課題に変換することができる評価道具を用いる。このような評価
道具を用いることで,技能特性にどの程度せまれたかということが数値で表れ,子どもは,自らの動きの高ま
りを客観的に捉えることができる。そして,算出した数値をもとに話し合いをもつことで,さらに動きを高め
るためにはどうすればよいのかが明確になり,それが次の課題へとつながる。一方,教師にとっても,子ども
の動きや学びを看取ることができ,それを指導に生かすことができる。すなわち,教育内容(教えること)を
明確にすることができるのである。
ボールゲームでは,攻撃完了率3)を用いている。5年生「サッカー」では,単元当初,足でボールを扱う難
しさもあり,どのチームも10%程度という低いレベルであった。ゲームを行う中で,完了率が上昇した際に
は,なぜ上昇したのか(=作戦がうまくいったのか)
,下降した際には,なぜ下降したのか(=作戦がうまくい
かなかったのか)を話し合った。そうすることで,作戦の成果と課題を明確にすることができ,それを次の作
戦へ生かすことで動きが高まっていった。その結果,パスの機能について理解し,サイド攻撃などにも気づい
たことで,どのチームも単元終盤には50%近くまで上昇した。
(新名主洋一・安田明代・佐々敬政)
<参考文献>
1)上原禎弘・梅野圭史(2003)
「小学校体育授業における教師の言語的相互作用の適切性に関する研究:学習
成果(技能)を中心として」
,体育学研究,48:1-14
2)松岡重信 編集(1999)
「保健体育科・スポーツ教育 重要用語 300 の基礎知識」
,明治図書,pp188
3)後藤幸弘(2003)
「技能の評価と指導の一体化を目指して-教育内容の明確な授業のために-」
,体育科教
育学研究,20(1)
:15-26