生涯発達心理学特殊講義

生涯発達心理学特殊講義
単位数:2
選択
担当教員名:中野 博子・村上 香奈
開講時期:1・2 年次 後期
(修士受講可)
●テーマ
生涯発達のなかでの心身の健康について「アタッチメント」をキーワードにこころの側面から考究する
①一般目標
達成目標
概要
心身の健康の問題を、ヒトの誕生から死に至るまでの生涯
発達心理を視野にいれた人間関係の視点から考察し論じられ
る。前提として生涯発達心理学の視点として、アタッチメン
ト理論やアタッチメントに関する研究方法を自分自身の研究
テーマを考究する際に活用することができる。
②行動目標
① 心の発達について誕生から死までの生涯発達の視点を持
つことができる。
② アタッチメント理論を心身健康の視点から説明できる。
③ アタッチメント研究や応用についての最新の情報を説明
することができる。
④心身健康科学の研究を行うに当たり、生涯発達心理学の視
点を活用できる。
1) 人間関係の発達について
ヒトの発達について考えるとき、心身相関の視点に立てば身体の発達には必
ず心理的発達が関係している。ヒトの赤ちゃんは「生理的早産」と言われ、身体
的にはほかの哺乳類と比較しても類を見ないほど未熟な身体状況で誕生する。
そして赤ちゃんは未熟な身体を持つが故に周囲の大人の庇護なしには存在し
えない。大人による赤ちゃんへの対応は身体的ケアにだけでなく、十分な心理
的な関わりも成長に欠かすことのできない要因である。したがって、赤ちゃん
は自分の生命維持と成長のために周囲の人に自分の存在を受け入れてもらう
ための多くの仕組みを持っていることが判明している。
生涯発達心理学特講においては、赤ちゃんが養育者に対して持つ行動として
考えられてきたアタッチメントとはどういう特性を持つのかについて知るだ
けでなく、現在、アタッチメント理論が母子関係に限定されず、人の心身の健
康、生涯発達に関連してどのように発展し、活用されつつあるのかを理解する
こと、さらに以上の知見を踏まえて心身健康科学に基づいた各自の研究の視野
を広げることを目指している。
2) アタッチメント理論
アタッチメント(attachment)の概念は、近年心理学以外の領域からも注目
を集めているが、ヒトの心身の健康に関連の深い概念である。アタッチメント
はイギリスの児童精神科医ボウルビー(Bowlby J. , 1969,1982)により提唱
された。ボウルビーは第二次世界大戦後の 1951 年 WHO の依頼により戦災孤児
についての調査を行なった。その結果、対象となった子どもの多くが適切な母
親との関係を持てていなかったことが子どもの問題行動に関係していること
を指摘した(Bowlby J.1951)。子どもたちの多くは母親からの養育を十分に受
けられない環境にあったことから、問題行動の原因は「母親環境の剥奪された
状態(Maternal deprivation)」であると結論した。この報告に基づき、欧米
では劣悪な施設環境の改善や戦災孤児への対策が取られた。
アタッチメントは日本語では「愛着」と訳され、一般に人が特定の他者との間に
築く緊密な情緒的結びつき(emotional bond)を指すと考えられている(遠藤、
2005)。しかし、理論の始まりをたどれば、ボウルビーは当初、当時盛んにな
りつつあったエソロジー(比較行動学)からヒントを得て、アタッチメントを
生物の個体が他の個体に文字通り「くっつこう(attach)とすること」、個体が
キーワード
使用教材
危機的な状況に遭遇し、恐れや不安の情動が喚起された際に、特定の対象に接
近することを通して個体の安全の感覚を回復・維持しようとする行動と考え
た。この感覚を身につけていることは子ども時代に必要なだけでなく、大人に
なっても危急の際に誰かに確実に保護してもらえることへの信頼感となって
生涯重要な意味を持つとされる。
3) アタッチメントの研究動向
子どもが知らない場所、知らない人の接近、暗闇などに遭遇したり、お腹が
すいた、のどが渇く、寒い、暑い、熱があるなどの身体的不快感を体験すると、
生命の維持や存在が脅かされる。そして子どもにネガティブな情動反応が生じ
ると、養育者に助けを求める。この時の子どもからのシグナルが従来のアタッ
チメント行動である。子どものアタッチメント行動の結果、養育者が子どもの
そばに来て子どもの不安や不快な状況を取り去るように対応すると子どもの
心身の不安は取り除かれ、子どもは再び不安や危機的ではないニュートラルな
状態に戻ることができる(数井、2012)
。
子どものアタッチメント行動には個人差が認められるが、アタッチメント研
究においては子どもの行動は養育者の対応の方法によって生じるとされてき
た。12~18 か月の乳児を対象に、子どものアタッチメント行動の個人差を測
定する方法としては、エインズワース(Ainsworth et al.,1978) によって開
発されたストレンジ・シチュエーション法(SSP:Strange Situation Procedure)
が知られる。SSP は世界各国で実施され、現在では、回避型、安定型、アンビ
バレント型、無秩序型の4つの型に分類されている。
さらに最近は、SSP をさらに進めて、子どものアタッチメントの型と、子ど
もの親が子どもだった時に親の親からの体験をどう受け止めているのかとの
関連についての研究であるアダルト・アタッチメント・インタビュー(AAI :
Adult Attachment Interview)や、虐待や発達障害との関係といった臨床領域
との関連について関心が向けられている。
4) アタッチメント理論をどう利用するのか
生涯発達心理学特講においては、まず上述のアタッチメント理論について理
解したうえで、アタッチメント理論が心身の健康の問題にどう応用できるか、
また各自の研究にこれをどう生かすことが可能かについて考える。このために
まず、アタッチメントの概要をまとめたテキストとおよび基本的なアタッチメ
ントの基礎的な内容について精読し、疑問点を討論し、理解を深める。そのう
えで、心身健康科学においてアタッチメント理論はどのように利用可能かにつ
いての討論を行う。
アタッチメントの現在について理解するために、準備した資料を読破するこ
とが必要である(リーディングリスト参照)。リーディングリストで示したの
は、現在のアタッチメント研究の動向の基礎的でわかりやすい解説なので、課
題①を行う際に目を通すこと。その上でテキスト①を熟読すること、これを基
に自分の研究との関連について考究すること、以上の作業を踏まえて、最終的
には心身健康科学にアタッチメントをどう利用できるかについての討論に積
極的に参加し、自分の考えをまとめる力をつけることを期待している。参考書
として挙げている文献も積極的に読み、与えられた課題としてではなく、心身
健康科学の一領域を開拓する意気込みで臨むことを期待する。
生涯発達、アタッチメント理論、内的作業モデル(IWS: Internal Working
Model ), ス ト レ ン ジ ・ シ チ ュ エ ー シ ョ ン 法 ( SS P : Strange Situation
Procedure)
,アダルト・アタッチメント・インタビュー(AAI:Adult Attachment
Interview),安全の基地(Secure Base),サークル・オブ・セキュリティ(COS:
Circle of Security)、関係性
①教科書
数井みゆき・遠藤利彦(編):アタッチメント―生涯にわたる
絆―.ミネルヴァ書房,2005
②参考図書
① 庄子順一・奥山真紀子・久保田まり編著:アタッチメン
ト―子ども虐待・トラウマ・対象喪失・社会的養護をめぐっ
て―,明石書店,2008
②
数井みゆき・遠藤利彦(編):アタッチメントと臨床領
域.ミネルヴァ書房,2007
③
数井みゆき編著:アタッチメントの実践と応用―医療・
福祉・教育・司法現場からの報告―.誠信書房,2012
④
Cassidy, J & Shaver, P. R. eds.: Handbook of
Attachment
Theory,
Research,
and
Clinical
Applications 2nd edition. New York, Guilford, 2008
⑤ W, スティーヴン ローズ& ジェフリー,A,シンプソン 編
遠藤利彦・谷口弘一・金政祐司・串崎真志監訳:成人のア
タッチメント 理論・研究・臨床. 北大路書房,2008
③関連学会誌
等
発達心理学研究
Developmental Psychology
Child Development
Infant Mental Health Journal
Attachment & Human Development
④リーディン
グリスト
参考図書①より
*庄司純一 アタッチメント研究前史 (第1章)
*久保田まり
アタッチメント形成と発達
タッチメント理論を中心に
*久保田まり
ボウルビイのア
(第2章)
アタッチメント研究の発展
発達臨床心理学
的接近 (第3章)
参考図書②より
*数井みゆき アタッチメント理論の概要 (第1章)
参考図書③より
*遠藤俊彦
アタッチメント理論とその実証研究を俯瞰する
(第1章)
授業方法
印刷教材及びインターネットによる在宅学修
計2回のレポート、他学生のレポートに対する意見書き込み、科目修了試験結
果等の総合評価
*レポートに関しては、レポートを書くために必要な文献検索を怠らないこ
成績評価
と、正確な理解は言うまでもないが、内容も単なる文献の要約でなく、自分自
身の考案を根拠になる文献を引用して示せるようにすること。
*書き込みに関して相手の考えに対する単なる同意は評価しない。書き込みの
内容の根拠を示して自分の考えを明確に示している場合のみ評価の対象とす
る。
備考