原子力の専門家(プロ)の育成に官民を挙げて取り組め エネルギー2050 研究会アドバイザー 早瀬 佑一 ○福島原子力事故をうけて、原子力発電をこれからどのように利用していくのか、いかな いのか、熱を帯びた議論が進行中である。どのような結論になろうと、避けて通れないの が原子力分野の人材の問題である。人材育成は、一朝一夕ではならないことを念頭に、福 島事故の反省も踏まえ、これからの取り組みの方向について考えてみた。ここで原子力の 専門家(プロ)とは、上級の指導者、管理者、技術者、研究者のみならず、原子力発電を 直接、間接に支える現場の管理者、技術者、技能者、作業者をさす。 ○ある割合で原子力発電を利用し続ける路線*1)であれば当然のことであるが、たとえ、 「脱 原子力依存」*2)が国の方針となっても、長期にわたって相当数*3) 、4)の原子力の専門 家は必要である。 *1 例えば、総合資源エネルギー調査会で検討中の選択肢(3) (「一定比率維持」ケース)では、 原子力発電の割合を将来とも約 20~25%に維持するとしている。このケースでは、安全が確認 されたプラントを再稼働させ、廃止措置となったプラントは、安全性を世界最高水準まで高めた 新型プラントでリプレースするものと想定する。 *2 同調査会で検討中の選択肢(1) (「脱原子力依存」ケース)では、2030 年に 0%にするとしている。 この場合は、再生可能エネルギーを最大限投入しても不足する分は、安全の確認された原子力プ ラントを再稼働させるが、 運転期間は最長 2030 年までとし、 直ちに廃止措置に入るものと考える。 *3 数万人程度と想定。 *4 2010 年断面で、民間だけで約 46,000 人が従事している。内訳は、電気事業者約 12,000 人と メーカー等約 34,000 人(原産協会調査) 。このほかに、行政庁、研究機関、大学等の職員がいるが、 人数は把握できていない。 ○以下に、人材育成にかかわる主要な目標を整理する。 【目標①】まず、原子力プラントを、最後まで安全・安定に運転し続けなければならない。 ・ 「脱原子力依存」ケースでは、安全の確認されたプラントを再稼働し、最長で 2030 年 まで運転する。 ・ 「一定比率維持」ケースで、最新の既設プラント(泊-3、2009 年運転開始)を 40 年運 転することになれば、2049 年まで安全・安定運転を担保しなければならない。再稼働に最 新プラントを優先するのは自然の選択であり、さらに必要な場合は、リプレースにより安 全性と経済性を高めたプラントを導入する場合もありうる。 【目標②】既設プラントの安全性の抜本的向上と最高水準の安全性を備えた新型プラント の開発が必要である。 1 ・既設プラントについては、福島事故の反省、教訓をもとに、安全性を可能な限り高め て再稼働し、さらに 40 年運転を実現する。 ・将来のリプレース、新増設、海外輸出に向けて、最高水準の安全性を備えた新設計プ ラントを 2030 年頃までに開発することを期待したい。 ・これらは、福島事故を起こした我が国が果たすべき国際的責務、役割である。 【目標③】これから急速に拡大する原子力プラントの廃止措置を安全に遂行しなければな らない。 ・現時点で廃止措置段階にある商用プラントは 3 基(東海-1、浜岡-1、2)であるが、既 設の運転中プラント 50 基について、40 年運転を前提とすると、2010 年代に 14 基、2020 年代に 16 基、2030 年代に 15 基、2040 年代に 5 基が廃止措置に入る。 ・通常の廃止措置は、30 年程度の期間がかかるので、2050 年まで運転したプラントの廃 止措置完了は 2080 年頃となる。なお、過酷事故を起こした福島第一-1、2、3 は、事故処理 (溶融燃料デブリの取出し等)を先行させ、その後に廃止措置に取り掛かることになるが、 プラントの広い範囲が高濃度の放射能に汚染されているので、通常よりさらに長期間必要 と予想される。 【目標④】大量の使用済燃料、放射性廃棄物の安全な管理、処理・処分を実現しなければ ならない。 ・現在、青森県六ヶ所村で日本原燃が進めている低レベル放射性廃棄物の埋設処分は、 約 300 年にわたる安全管理を行うとしている。高レベル廃棄物(ガラス固化体)は、深地 層処分(300m 以深)の方針であるが、未だ立地点は決まっていない。さらなる国民理解を 得るためには、放射能毒性の大幅な低減にむけた革新的技術開発が望まれる。 ・現在、バックエンド政策について政府で再検討中であるが、使用済燃料の中間貯蔵に せよ、再処理にせよ、直接処分にせよ、または併用策にせよ、そのための安全管理技術、 最終処分技術(とくに直接処分)の開発、高度化等の研究が欠かせない。 【目標⑤】原子力プラントの運転・保守に限らず、廃止措置、廃棄物処理・処分、除染等 の現場作業で、長期にわたる厳格な放射線管理が必要である。 【目標⑥】基礎・基盤分野および先端分野の研究開発、技術開発の一層の充実を図らなけ ればならない。 ・原子力発電をどのような形であれ今後とも続けるには、原子力関連技術を支える基礎・ 基盤分野の地道な研究開発を忘れてはならない。 「脱原子力依存」路線だからと言って、研 究開発からも手を引くわけにはいかない。 ・さらに、安全性、信頼性、経済性、社会的受容性を可能な限り高めるための先端分野 の研究開発、技術開発に積極的に取り組むことが重要である。分野は、安全、放射線、廃 棄物、新型炉、テロ、深層防護、危機管理、原子力社会学、国民理解等広範囲にわたるが、 2 最高水準の成果を目指して、これまで以上に優秀な研究者、技術者と最先端の研究インフ ラを継続的に投入していかなければならない。 【目標⑦】原子力プラントの海外輸出にあたって、責任ある対応を取らなくてはならない。 ・最高水準の安全性、信頼性、経済性と管理技術を備えたプラントを用意しなければな らないことは言うまでもないが、とくに新興国への輸出では、当該国における安全規制体 系・体制の確立、受皿産業の育成・整備、人材教育、立地点選定、送電系統の建設に至る まで多面にわたる協力・支援が必要となろう。いずれにせよ、数十年にわたる事業となる ため、官民の強力な連携のもと、腰を据えた取り組みが不可欠である。片手間ではとても 責任を果たせない。これは、他国との競争に勝つための必須な条件とも重なる。 ・直接の人材問題ではないが、相手側との契約の内容にもよるが、プラント性能保証、 事故時の損害賠償、廃棄物、使用済燃料対策が求められる場合には、民間の契約を超えた 国家間の課題として慎重に取り組まなくてはならない。 ○「原子力一定比率維持」もしくは「脱原子力依存」のいずれの道を進む場合であっても、 このように、先行き 100 年以上にわたって、幅広い分野で若年層を養成・教育・育成しな がら、相当数の専門家(プロ)を確保、維持しなければならない。あらたな世代に知識、 技術、技能、ノーハウをきっちりと継承することは大切であるが、この際忘れてはならな いことは、 「脱原子力」の看板のもとであっても、 「負の遺産」の安全管理業務にやりがい、 自信と誇りを持てるようにしなければならないことである。単なる後始末、ごみ処理では やる気は出ないし、長続きしない。最悪な場合は新たな人材も入ってこない。冒頭で現場 技術者、技能者、作業者と記載したが、これに込めた思いは特別である。どんな業務も、 安全に、確実に遂行する上で、大切なのは現場の力である。3K+放射能環境の現場で、汗 を流しながら苦労する職員にいかにやる気を持たせるか。今の福島原子力発電所の現場の 作業員がそれにあたる。一つの考え方は、将来、確実に拡大する廃止措置事業、廃棄物処 分事業および使用済み燃料再処理事業を「原子力バックエンドビジネス」としてきちんと 位置付けることではないだろうか。これには英国の NDA(Nuclear Decommissioning Authority)が大いに参考になろう。 ○このたび、推進側、政治から独立した「原子力規制委員会」、「原子力規制庁」が近々発 足することとなったが、ここでも、原子力安全や放射線のみならず、法律、社会学、危機 管理等幅広い分野の専門家を確保しなければならない。新組織が扱うのは、過酷事故のよ うな大事故ばかりではなく、むしろ、50 基の原子力発電プラントやサイクル施設等で発生 するさまざまな事故、故障、トラブル、ヒューマンエラー*5)がほとんどを占める。一つひ とつの問題の原因究明と再発防止対策の検討にいたずらに時間とエネルギーを浪費するの ではなく、適切かつタイムリーに処理するためには、頭でっかちの専門家よりむしろ原子 力施設の現場を熟知した経験者が大いに力を発揮する。 「問題は現場で発生するが、解決の ヒント、あるいは答えさえも現場にある」と言われるゆえんである。官民の経験交流、人 3 事交流のチャンネルを有効に活用すべきである。規制のための規制になることは是非とも 避けたい。 *5 最近5年間に、法令報告対象事故として報告されたのは、年平均 17.6 件。 ○さて、それでは、どのような人材をどのように育成すれば、必要な量と質を確保するこ とが出来るのだろうか。これは生身の人間の問題として、時代背景、個人の資質・性格、 考え方にも関わり、原子力に限らずどの分野でも、理屈通りにいかない難しさが常に付き まとうが、福島原子力事故の教訓をしっかりと踏まえた地道な努力が肝心である。 ○新たな人材、特に若年層の育成のベースは、やはり学校教育であろう。1970、80 年代の 原子力発展期には、大学で原子力工学を学んだ優秀な人材が、発電プラントの設計、建設、 運転や安全研究、新型プラント開発等に情熱を注いだが、原子力発電が普通の電源とみな されるようになった 1990 年代に入り、大学教育の必要性、意義、魅力が薄れたとして、 「原 子力工学」を冠した学科が次々と姿を消してしまった。このままでは、我が国から原子力 の専門家がいなくなるのもそう遠くないのではないかとの強い問題意識を背景に、あらた めて、大学での原子力基礎・基盤教育を今日的観点から再構築し、将来にわたる人的資源 の質的・量的要求を満たすことを提案したい。第1のポイントは、伝統的な安全、燃料、 材料、放射線、廃棄物等の工学技術分野を縦糸とすれば、エネルギー政策論、原子力社会 学、危機管理学、リスク学等の人文分野を横糸とした統合カリキュラムを組むことである。 第2点は、原子力技術者、研究者一人ひとりが自分の専門領域を極めることは基本である が、福島原子力事故の重大な反省・教訓として、一部の専門家が指摘した大地震、巨大津 波がプラント設計や防災対策に反映されなかったことを踏まえると、分野の壁を取り払っ た相互乗り入れ、領域の統合・融合を実現しなければならない。これは専門家個人のレベ ルの努力では限界があり、アカデミアの縦割り・蛸壺安住の悪弊を打破し、自発的、能動 的に行動する強いリーダーシップが必要である。 ○最後に、人材育成の上で忘れがちなことであるが、真剣に、地道に取り組むべき課題に、 365 日、24 時間原子力現場を支える技術者、技能者、作業者をいかにして確保し続けるか がある。これを大学教育に求めるのは限界があり、むしろ高専の得意分野ではないか。運 転、保守、放射線管理、廃棄物管理等の現場そのものの技能、スキルについて、自らの5 感で直接に体験、経験しながら学習する(インターン制等)ことの大切さを強調しておき たい。 ○我が国の原子力発電所では、平均して 1 基あたり 150~200 人の職員が働いている。この 職員一人ひとりが専門家(プロ)として機能すると同時に、普段から組織としての規律を 高め、いざという時に統合現場力を発揮しなくてはならない。「運転」、「保守」という発電 4 所の基幹業務について近年の傾向を見ると、機器、装置の機能・性能劣化とともに、設計、 保守、運転にかかわるヒューマンエラーが依然として目立っている*6)。通り一遍の「学校 教育」を超えた、組織(チームプレー)としての「鍛錬、修練」がここでは求められる。 *6 最近 5 年間で、ヒューマンエラーに起因する事故・故障は 5 割近くを占めている。 ○さらに、今日、これまで以上に質の高いしっかりした教育が求められているのは、過酷 事故もふくめた重大事故が発生した時の緊急時対応訓練である。これまでの運転員の研修 に、コンピューターシミュレーターが大いに活用され、通常の起動、停止や電源喪失、ス クラム、ポンプトリップ等の訓練にそれなりの成果を上げてきた。しかし、シミュレータ ーは代表プラントを模擬したもので、必ずしも個々のプラントのシステム、機器、特性、 配置等を詳細に反映したものではなく、かつ、今回のような過酷事故(燃料溶融、放射能 放出)を模擬できるようになっていない。さらに、保守員の訓練は、設備、機器の分解・ 点検が主で、過酷事故時に必要な機器作業等の訓練はほとんど実施されていない。 我が国でこれまで 1,500 炉・年の運転の歴史があるが、まったく同じ事故、故障は起きた ことがないと言ってよい。大きな事故であれ、小さなトラブルであれ、当該プラントの特 定の場所で、特定の状況で発生する。したがって、発生した事故の処置もその特定の状況 にあった対応をしなければならない。昨年の福島事故の反省の一つはここにある。しかし、 この教育・研修は簡単なことではない。運転員、保守員は自分の管理するプラントの特徴 と弱点を細部にわたり把握したうえで、重大事故や他プラントで起きた事故、トラブル等 を参考に、万一の時を想定し、きちんと収束させ、拡大、再発させないための工学的判断 と操作手順を繰り返し研修・訓練することが基本である。これを効率的、効果的に実施し、 成果を着実に上げるためには、出来る限り実プラントに即した訓練が望ましい。そのため に、50 基のプラント(細かく見ると一つとして同じプラントはない)それぞれを詳細に模 擬したリアルタイム・シミュレーターを用意し、過酷事故もふくめたあらゆる事故、故障、 トラブル、ヒューマンエラー、テロ(今後の重要課題)に備えた訓練をできるようにして おくべきである。この種のシミュレーターは、現実に何らかの事故、故障が発生した際に、 ただちに事故の進展や放射能放出の予測にも活用できるように開発しておくことが望まし い。 ○これまで半世紀にわたり、我が国で約 5,000 万 kWe の原子力プラントを建設し、1,500 炉・年の運転実績を積み上げてきたが、これを支えてきた技術力、現場力、すなわち人材 の育成について、今日的視点で見直し、再出発の契機としたい。教育レベルが高く、勤勉 で真面目な人材は、我が国が世界に誇れる唯一の資源である。 5
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