同和教育の原理を踏まえた多様性教育を -これからの人権教育のありかた- 2015 年 6 月 3 日 森 実 Ⅰはじめに Ⅱ同和教育の歴史と核心をふりかえる a同和教育の時期区分 第1期 1950-1970年 原則確立の時代 ★「差別の現実から深く学ぶ」 ★被差別の子どもたちの立ち上がりを大切にする。 →これらの原則は、現在に至るまで生きて、人権教育を支えている。 第2期 1970-1990年 深まりと広がりの時代 ●校区に同和地区がある学校・園での取り組みの深まり ●同和問題から在日外国人問題・障害者問題・平和などへ ●校区に同和地区がない学校・園での取り組みの広がりと問題 第3期 1990-現在 「同和教育がひらく人権教育」の時代 ●あらゆる学校・園での本格的な取り組み ●さらに広がりのあるさまざまな課題へのチャレンジ ●世界とのつながりを自覚的に追求 b同和教育の中で確かめられてきた核心は何か? ①「差別と全般的不利益の悪循環」 ②「見つめる→語り合う→つながる」というサイクルを中心に置いた学習活動論 -1- Ⅲ現代の「差別の現実」から出発して a現代の差別意識の特徴 ①「古典的差別意識」(非合理主義)を顕在化させる格差社会の暴走 ②「現代的差別意識」(利己主義)を引き出す社会的構造と思想 ③求め られるグローバルな観点とレジリエンス(しぶとさ・回復力) b子どもたちの意識の特徴は? 自己効力感 A B 自己との関わりみえる 自己との関わりみえない C D 無 力 感 Ⅳ生き方 につながる 部落問 題学習の 課題 aステレオタイプやうわさを崩す事実とは? b当事者の体験や思いに学ぶのはなぜ? c「自分と重ねる」「自分をくぐらせる」とは? d行動力を育むには? eなぜ(どのように)歴史を学習するのか? -2- Ⅴ多様性教育の特徴 ①多様性教育とは? 「みんなちがってみんないい」と歌った金子みすゞさんの人生が示すように、わたし たちの社会や人生には、さまざまな差別や抑圧、権力関係や暴力がはびこっています。 多様性教育は、互いの違いへの自覚をふかめつつ、差別や偏見をみぬく概念を学び、差 別や抑圧と闘って社会を変えていくためのスキルを身につけることをめざす教育です。 ②さまざまな課題をつなぎ、重層的に捉える こ れまで、部 落差別、在 日外国人差 別、障害者差別、女性差別など具体的な差別問題 に取り組む教育活動が行われてきましたが、個別の問題を大切にしつつ全体をつなぐこ ともできるような教育理念と教育方法が求められているといえます。多様性教育は、さ まざまな課題をつなぎ、複合差別を的確に捉えることをめざしています。 ③「自らを問い直す」ことから出発して行動へ 多様性教育は、以下の7ステップを踏むように構成されています。どのステップにお いても自分の認識を問い直す作業が組み込まれています。この流れによって、自分から 出発して、自分との関わりを意識しながら、差別に対する行動力を育むことができます。 1) 自尊感情を育みつつ、私たちの間にあるさまざまな違いに気づく 2) 違いの背景にあるさまざまな差別を認識する 3) 差別のさまざまな表れ方を整理する 4) 諸差別の歴史的・社会的背景を認識する 5) 諸差別を見抜く視点と概念を洗う 6) 身のまわりで起こる差別言動との闘い方を身に付ける 7) 社会を変えていくための行動計画をつくる ④アイデンティティの複数性と多重性の自覚 → 自分の加害性と被害性の自覚 「差 別 す る 人 と さ れ る 人」 と い う 発 想 が と き と して 聞 か れ ま す 。 で も、「在 日 」と し か 形 容 で き な い 人 、「 女 性 」 と し か い え な い 人 は い ま せ ん 。 一 人 の 人 は、「 36 歳 の 在 日 女性で障害を持っており既婚者で 2 人の子どもがいる」というようにさまざまな個性と 属性を備えています。多様性教育では、上のような特徴を個人のアイデンティティのさ まざまな構成要素と見ていきます。ある問題については被害者となる人が、別の問題に ついては加害者にもなりうる、ということについても気付きやすくなります。 ⑤多文化教育や反バイアス教育の蓄積に基づいた確かな理論 多 様性教育の プログラム には、以下 のような哲学があります。これらは、プログラム にもファシリテーターの姿勢にも、あらゆる場面で見受けられることです。 1) 差別や偏見は脱学習(Unlearn)することが可能である。 2) あらゆる差別の被害は一様ではなく、どれが「一番厳しい」などはいえない。 3) 偏 見 や 、 そ れ を 変 革 し て い く 際 に 起 こ る 内 的 葛 藤 を 無 視 す る こ と は、 制 度 的 差 別 を 永続させる。 4) 自らに誇りを持つことにより、他者に対する共感を育みやすくなる。 5) 罪の意識にさいなまれるのではなく、責任を引き受けることが求められている。 6) 動機・意識・態度の如何に関わらず、よい行動は悪い行動よりもよい。 7) 説教することよりも、聴くことの方が大切。 -3- Ⅵ 人 権 学 習 の 内 容 に かん す る 学年 間 の系 統 性 a「平等」に関する学習の系統性 「機会の平等」(小)→「特別措置」(中)→「ユニバーサルデザイン」((小)・中) ①「機会の平等」=「生まれではなく、実力・実績や人柄で判断するべきだ」 *新自由主義 ②「差別と全般的不利益の悪循環」=①被差別者は生活機会を狭められやすい ②親・友人・自分を否定することがある ③社会全般がゆがみ、人材や可能性を失う ③「特別措置」=社会集団間で結果が同等になるよう、不利益層への支援策を打つ *ただし、特別措置はていねいに留意して進めないと仇になりやすい ④「ユニバーサルデザイン」=あらゆる人がアクセスできる制度と道具をつくる b情報とうわさに関する学習の系統性 思いこみへの気づき→事実と意見→情報の裏にある意図→ストップする自分の責任 ①私たちの感覚は、思いこみに左右されやすい(科学の必要性) ②事実と意見の識別には諸レベルがあり、事実を使って意見を言うことさえできる 1.表現形態レベル 2.生活会話レベル 3.科学的認識レベル 4.意図的選択レベル ③情報は必ず人為的に構成されており、誰かの主観的意図が絡んでいる ④情報を諸レベルで分析し、だれを不利益状況に追い込むかを自覚する必要がある *そのうわさで困らない「特権的立場」にある人間が無自覚だと加害者になる "not in my backyard"(NIMBY=ニンビー) *うわさや落書きを甘く見てホロコーストに至った苦い経験がある ⑤誰かを追い込むことが明白な情報は遮断し、根源から絶つ必要がある *どうすればその情報の真偽や意図を究明でき、遮断し、根源から絶てるか? c問題解決に関する学習の系統性 問題への気づき→解決へのチャレンジ→スキルの断片的習得→問題解決力の全体的習得 ① 問 題 へ の 気 づ き - 自分 な り の ア ン テ ナ + 「公 正 」 (フ ェ ア )に つ い て の 感 覚 的理 解 ②手当たり次第の方法で解決に挑む体験を重ねる ③問題解決に必要なスキルを断片的に習得していく(系統的配置への教育的意図) ④意識して問題解決プロセスの全体像を学べるようにする -4- Ⅶ 生 活 を 語 る 活動 の 捉 え 直 し a生活をつづりかたるさまざまな場面 ①癒しや支えを求める ←お互いの信頼関係が築かれた結果 ②本 当の ことを知っ てお いてほしい ←「信頼 関係を裏切 りたくない 、発展させ たい」 ③自分をとりまく社会矛盾を明らかにし、それから逃げないことを宣言する ←「信頼できる(したい)からこそ言いたい」 ④自分を具体例として、問題を訴える ←人間関係や社会への見方が深まるきっかけとなるように ⑤その他 b集団にとって生活を語る意義 ①同級生に対する見方が変わる ②社会矛盾と自分たちの関わりをとらえかえす ③お互いの弱さを見つめることからお互いを鍛えあう c生活を語らないわけ ①まわりも本人も精神的に自立しているなら必ずしも語る必要はない ②しかし、人に話さないのは、多くの場合…… ●「まわりの人には解らない」「同情されるのが嫌」「負担に思われるのが嫌」 ●「言えば、まわりの人間が離れるかも」 d生活をつづり語る活動はプライバシーの侵害か? ① 生 活 を つ づ り 語 す る 活動 に 対 し て は、「 プ ラ イバ シ ーの 侵 害だ 」 とい う 誤解 が ある 。 ②1980年を境にプライバシー権の捉え方は大きく変わった。 以前=個人の私的な生活に踏み込まれない権利 以後=自分に関する情報を自分でコントロールする権利(個人情報保護法もこれ) ↑情報化が進むもとで、古い考え方だけでは生活や権利を守れない。 より積極的にどこでどう自己開示するのかを判断し、行動する必要がある。 ③新しいプライバシー権は能動的であり、学習が不可欠になる。 ④情報化社会では、学校でその判断力を育てることこそ必要 学校で学ぶ機会がなかったなら、子どもたちは無防備なまま社会に出ることになる。 *文部科学省の文書から(再掲) 「情報化が進展する中にあって、他人の個人情報等の保護について学ぶことが強く 求められるとともに、自分に関する情報を自分でコントロールするための知識とス キルを身に付けることも、より一層大切となっている。すなわち、個人情報やプラ イバシーに関する問題は、人権教育を進める学校や教職員における配慮事項として だけでなく、児童生徒にとっての重要な学習課題ともなるものであり、このことに つ い て 併 せ て 指 摘 し て お き た い 。」 ( 文 部 科 学 省 『 人 権 教 育 の 指 導 方 法 等 の 在 り 方 に つ いて【第三次とりまとめ】』32頁) e留意点 トラウマ体験についてつづったり語ったりすることについては慎重さが求められる。 -5- -6- 参考◆全国の人権教育へのとりくみ状況調査から *調査の概要(人権教育の推進に関するとりくみ状況調査) ・2008 年度に全国の小・中・高校 2000 校程度を対象に文部科学省が実施(回収率 87 %) ・人権教育の実施状況についてはじめて全国的な実態を把握する調査 ・2012 年度に第 2 回調査を実施した。対象や規模は前回と同様。 問14 貴校では、人権教育の指導内容として、どのような資質・能力を身に付けさせるこ とに力を入れていますか。次のア~セのうち特に力を入れているものを、5つまでの範囲で 選び、記入用紙に該当の希望を記入してください。 問14 キ カ 86 83.8 多様性肯定感 オ ク 指導内容の構成 自己肯定感 66.4 73.8 72 想像力や感受性 66.2 65.7 コミュニケーション技能 41 44.9 エ 自分の行為への責任感 ア シ ス ケ 24.7 25.4 諸概念の知識 19 17.8 人権についての実践的知識 歴史・現状の知識 17.9 19.9 被害者支援の意欲・態度 14.7 19.4 ウ 12.8 11.7 差別や偏見などを見抜く技能 対立・問題解決技能 10.3 11.7 セ 社会参加の意欲・態度 9.1 12.4 サ コ イ 75.4 批判的思考技能 3.5 3.3 法律・条約の知識 2.5 3.7 0 10 20 2012年度 30 40 2008年度 -7- 50 60 70 80 90 100 多様性教育・人権教育のための図書案内 2015.6 版 A. 同和 教育・人権 教育のベースとなる本 ①森 実著『知っていますか?人権教育一問一答【第2版】』解放出版社、\1200 基本的な疑問から、実践的な疑問まで。案外分かっていないことを述べる。 ②森 実著『知っていますか?同和教育一問一答【第2版】』解放出版社、\1000 実践的疑問への実践的解答の集積。あなたなら同著の質問にどう答えるか。 ③中野陸夫・池田寛・中尾健次・森 実『同和教育への招待』解放出版社、¥2000 現代的同和教育の姿を、人権教育との関連で整理していて便利。 ④森 実編著『同和教育実践がひらく人権教育』解放出版社、¥2000 12におよぶ戦後の同和教育実践報告を掲載し、現代につながる意義を考える。 ⑤ジュディス・ハーマン著『心的外傷と回復』みすず書房、¥6400 性暴力の被害者は、どのような重荷を背負うか。回復にどのような関わりが必要か。 ⑥岡本正子・二井仁美・森 実編『教員のための子ども虐待理解と対応』生活書院 子ども虐待に関する学校で取り組む視点と具体的方法、組織活動のあり方を論じる。 ⑦福田誠治著『競争やめたら学力世界一』朝日新聞社、¥1260 日本の学力低下論争を批判しつつ、フィンランドをはじめヨーロッパの教育に学ぶ。 ⑧稲垣佳世子・波多野誼余夫著『人はいかに学ぶか』中公新書、¥756 本書では、1980 年代から起こった学習理論革命とでも言える内容を整理している。 B.多様性教育・人権教育のプログラムづくりに関する本 ⑨大阪多様性教育ネットワーク・森 実編『多様性教育入門』解放出版社、¥1800 さまざまな差別問題をカバーしつつ、具体的行動力を育てる参加型学習プログラム。 ⑩ 大 阪 多 様 性 教 育 ネ ッ トワ ー ク ・ 森 実 編 『多 様 性の 学 級づ く り』 解 放出 版 社、 ¥1800 現代的部落問題学習を創造しようと編集した本。多様性教育の考えや手法がうちに。 ⑪ルイーズ・ダーマン・スパークス著『ななめから見ない保育』解放出版社、¥1800 多様性教育(反バイアス教育)の幼児教育版。幼児にどう反差別意識を培うか。 ⑫アン・ペロ他著『幼児・小学生の人権プロジェクト支援ガイド』解放出版社、¥2400 原題は『It’s not Fair!』反差別の行動力を子どもたちに。 ⑬人権学習カリキュラム検討委員会編『人権学習プログラムづくりの原理』大阪府人権協会 ポイントを絞り込んで人権学習プログラムを創る論理を明快に論じている。 ⑭大阪府人権協会編集『結婚?しあわせ』大阪府人権協会 2000 年の大阪府民調査から浮かび上がった結婚差別に関する学習プログラム。 ⑮長田周三、早嶋聡史著『ドラッカーが教える問題解決のセオリー』総合法令出版、¥1300 「問題解決プロセス」についてもっともわかりやすく説明していると思う本。 C. 人 権 教 育 ・啓 発 活 動 を 展 開 する 上で参 考 にでき る本 ⑯P・F・ドラッカー著『非営利組織の経営』ダイヤモンド社、¥1800 非営利機関としての学校や教育研究組織の経営や改革にも必要不可欠な図書。 ⑰トム・ケリー&ジョナサン・リットマン著『発想する会社』早川書房、¥2625 新しいものを生み出す組織はどんな発想で活動しているか。 ⑱トム・ピーターズ、ロバート・ウォーターマン著、大前研一訳『エクセレントカンパニー』英治出版、¥2310 優れた組織の特徴はどんな点にあるかを綿密な調査に基づいて論じる。 ⑲ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著『ビジョナリーカンパニー』日経BP出版センター、¥2050 エクセレントカンパニーから10年。新しい視点に立って優れた組織・企業の特徴を分析。 -8-
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