高次構造解析によるプラスチック再利用成形加工技術の高度化に関する

茨城県工業技術センター研究報告 第 43 号
高次構造解析によるプラスチック再利用成形加工技術の高度化に関する試験研究
飯島
義彦*
小松崎
和久*
1. はじめに
近年,省資源・省エネルギーの観点から,リサイク
ルへの関心が高まっている。プラスチック製品の主要
な成形法の一つである射出成形では,製品とともにス
プルー・ランナーと呼ばれる端材が発生する。これら
端材は,粉砕後,原料と混合して再利用されているが,
その量は限られている。さらに,製品形状は年々複雑
かつ薄肉化する傾向にあることから,発生する端材量
は増加していくものと予想される。そこで,これらの
端材をいかに有効利用できるかが重要な課題となる。
2. 目的
射出成形で発生する端材の再利用が一部に限られて
いる理由は,成形時に熱やせん断応力の影響を受けた
材料を用いることで,成形品の強度や衝撃性などの特
性低下が懸念されるためである。そのため,再利用材
を使用するにあたって,成形品の品質低下を極力抑制
することが必要となる。
そこで本研究では,射出成形により繰り返しダメー
ジを受けた成形品強度を高次構造の観点から評価を行
った。高次構造とは,高分子の分子鎖の長さや分岐を
表す一次構造に対して,結晶相の種類・結晶の大きさ・
配列などを表すものであり,成形条件の違いにより,
大きく変化することが報告されている 1,2)。
3. 実験方法
3.1 使用原料
原料には,
汎用樹脂であるポリプロピレン(日本ポリ
プロ株式会社製ノバテック PP,以下 PP)を用いた。ま
た,成形品の特性を向上させる目的で添加される結晶
核剤に着目した。表 1 に使用した PP のグレードを示
す。
なお,ペレット材を DSC(セイコーインスツル株式
会社製 DSC6200)測定したところ,結晶核剤は,結晶
核の生成を促進し,結晶化に至る時間が短縮すること
を確認した。
亮*
安藤
グレード
結晶核剤の有無
日本ポリプロ
MA1B
なし
株式会社
MA04A
あり
・・・・・・
購入ペレット
n=0
* 素材開発部門
**先端技術部門
***副センター長
成形
粉砕材
n=1
粉砕材
n=5
繰り返し
成形
せん断・加熱
せん断・加熱
図 1 リサイクル材の作成方法
図 2 未使用材(右)とリサイクル材(左)
3.3 成形品の結晶構造と引張特性
射出成形において,樹脂が受ける加熱及びせん断に
よるダメージが,結晶構造及び強度特性に及ぼす影響
を調査した。具体的には,射出成形機(ファナック株
式会社製α-S100iA)
を用いて成形したダンベル試験片
(図 3)に対し,X線回折装置(株式会社リガク製
SmartLab)により結晶化度を,万能試験機(株式会社
島津製作所製オートグラフ AG-I)により引張弾性率を
算出し,これらの値の相関関係を評価した。
なお,試験片は,未使用材「n0 材」と5回粉砕「n5
材」を用い,結晶生成の影響が大きいと考えられるシ
リンダ温度と射出速度を変えた条件(表 2)にて成形
した。また,引張試験は,速度 10mm/min,チャック間
距離 115mm にて行った。
表 2 射出成形条件
条
件
シリンダ
金型
射出
温度
温度
速度
(℃)
(℃)
(mm/s)
40
50
40
150
保圧
(MPa)
200
①
220
30
240
50
②
3.2 リサイクル材の作成
図 1 に示すように,箱形状の射出成形品をスプルー
ごと破砕し,得られた破砕材 100%を箱形状に射出成形
して粉砕する作業を繰り返し行い,粉砕回数ごとのリ
サイクル材を作製した。1回粉砕したリサイクル材を
「n1 材」,2回粉砕したリサイクル材を「n2 材」と定
義し,「n5 材」まで作成した。(未使用材は,「n0
材」となる。)
修志* 石渡 恭之** 小島 均***
また,図 2 に示すように,原料が均一形状である「n0
材」(右)に対し,粉砕材には形状・サイズともに大
きなバラツキが生じた。
表 1 使用したポリプロピレン
製造者
飯村
200
30
250
未使用材(n0 材)と5回粉砕材(n5 材)を用い,
①,②の条件にて成形
図 3 ダンベル試験片の外観
茨城県工業技術センター研究報告 第 43 号
50
引張応力 [MPa]
結晶核材なし,n0,射出速度150mm/s
a.u.
結晶核材なし,n0,射出速度250mm/s
040
110
130
15
20
2θ[°]
結晶核材なし,n0,シリンダ温度220℃
結晶核材あり,n0,シリンダ温度220℃
25
結晶核材なし,n5,射出速度150mm/s
30
結晶核材あり,n5,射出速度150mm/s
0
10
110
10
111
30
結晶核材なし,n0,射出速度50mm/s
20
β300
4.2 引張特性
図 5 に引張試験により得られた応力-ひずみ線図
を,図 6 に引張弾性率を示す。
同一成形条件における引張強さ(最大引張応力)を
比較すると,結晶核材を含むリサイクル材が大きな値
を示したが,伸びは小さかった。
また,荷重負荷初期における変形のしづらさの指標
である引張弾性率は,リサイクル材で結晶核材を添加
したものの方が大きく,成形条件によって増加あるい
は減少傾向が見られたが,成形条件よりも結晶核材の
有無による影響が大きい結果となった。
40
4. 結果と考察
4.1Ⅹ線回折
図 4 に射出速度を変えた場合のX線回折測定結果を
示す。結晶核材を含まないものは全ての成形条件にお
いて,結晶核材を含むものは射出速度が大きい条件に
おいて,2θ≒17°付近にβ晶の回折線が検出された
が,
回折線高さは成形条件により大きな差が見られた。
β晶は,強い流動場において成長が誘起されるとの報
告 3)がなされていることから,β晶の回折線高さの差
は,試験片表層付近のせん断応力が成形条件によって
大きく異なるためだと考えられる。また,β晶の生成
は,結晶核材の導入により抑制されることが確認され
た。
0.00
0.05
0.10
引張ひずみ [mm/mm]
(a)結晶核材なし,n0 材
0.15
0.20
図 5 成形条件と応力-ひずみ線図の関係
結晶核材あり,n0,射出速度50mm/s
3000
結晶核材あり,n0,射出速度150mm/s
2500
a.u.
結晶核材あり,n0,射出速度250mm/s
040
20
2θ[°]
110
060
25
30
2000
核材なし(n0)
核材あり(n0)
核材なし(n5)
核材あり(n5)
500
(b)結晶核材あり,n0 材
1500
15
13-1
111 041
引張弾性率
10
130
1000
β300
[MPa]
110
0
結晶核材なし,n5,射出速度50mm/s
190
結晶核材なし,n5,射出速度150mm/s
結晶核材なし,n5,射出速度250mm/s
230
[℃]
240
250
(a)シリンダ温度と引張弾性率の関係
20
2θ[°]
2500
111
25
30
(c)結晶核材なし,n5 材
2000
15
13-1
041
1500
111
引張弾性率 [MPa]
130
10
210
220
シリンダ温度
3000
110
040
1000
a.u.
β300
200
核材なし(n0)
核材あり(n0)
核材なし(n5)
核材あり(n5)
500
結晶核材あり,n5,射出速度50mm/s
結晶核材あり,n5,射出速度150mm/s
0
a.u.
結晶核材あり,n5,射出速度250mm/s
0
040
110
β 300
10
15
130
13-1
111 041
20
2θ[°]
(d)結晶核材あり,n5 材
図 4 X線回折測定結果
50
100
150
200
射出速度 [mm/s]
250
(b)射出速度と引張弾性率の関係
110
25
図 6 射出成形条件と引張弾性率の関係
060
30
300
60
65
70
α晶 結晶化度 (%)
75
結晶核材なし(n0)
結晶核材あり(n0)
結晶核材なし(n5)
結晶核材あり(n5)
55
50
4.3 結晶化度
図 7 にX線回折結果から算出した全結晶化度と成形
条件の関係を示す。
結晶核材を含まない PP の結晶化度は,
シリンダ温度
の上昇にともない小さくなったが,結晶核材を含む PP
の結晶化度は,シリンダ温度の上昇にともない大きく
なる傾向が見られた。また,結晶化度と射出速度の関
係では,いずれの材料においても,射出速度の増加に
ともない結晶化度増加の傾向が見られた。今回のシリ
ンダ温度,射出速度の範囲における結晶化度の割合は
約 64~77%であった。
80
茨城県工業技術センター研究報告 第 43 号
190
200
210
220
シリンダ温度(℃)
230
240
250
250
300
200
210
220
シリンダ温度(℃)
65
60
55
230
240
50
190
70
α晶 結晶化度 (%)
75
70
65
結晶化度 (%)
60
結晶核材なし(n0)
結晶核材あり(n0)
結晶核材なし(n5)
結晶核材あり(n5)
55
50
結晶核材なし(n0)
結晶核材あり(n0)
結晶核材なし(n5)
結晶核材あり(n5)
75
80
80
(a)シリンダ温度とα晶
250
0
50
100
(a)シリンダ温度と結晶化度
150
200
射出速度(mm/s)
(b)射出速度とα晶
結晶核材なし(n0)
結晶核材あり(n0)
結晶核材なし(n5)
結晶核材あり(n5)
25
70
50
100
150
200
射出速度(mm/s)
10
15
β晶 結晶化度
250
300
5
50
55
結晶核材なし(n0)
結晶核材あり(n0)
結晶核材なし(n5)
結晶核材あり(n5)
0
20
(%)
65
60
結晶化度 (%)
30
75
80
図 8 成形条件と全結晶化度に占めるα晶の割合
0
(b)射出速度と結晶化度
190
200
210
図 7 成形条件と結晶化度の関係
220
シリンダ温度(℃)
230
240
250
250
300
10
15
20
25
結晶核材なし(n0)
結晶核材あり(n0)
結晶核材なし(n5)
結晶核材あり(n5)
0
5
β晶 結晶化度 (%)
図 8 にX線回折結果から算出した全結晶化度に占め
るα晶の割合と成形条件の関係を示す。
シリンダ温度,
射出速度を変えたいずれの場合も,
α晶の結晶化度は,
結晶増核材の有無による2つの領域に分かれ,結晶核
材を含むもののα晶の結晶化度は,含まないものに比
べ高かった。α晶の結晶化の範囲は,結晶核材を含む
もので約 66~72%,
含まないもので約 53~63%の範囲で
あった。
図 9 に同様にX線回折結果から算出した全結晶化度
に占めるβ晶の割合と成形条件の関係を示す。シリン
ダ温度,射出速度を変えたいずれの場合も,β晶の結
晶化度は,
結晶核材を含まないものの方が大きかった。
結晶核材を含むものは,β晶が形成されないか,形成
されても約 6%であり,
含まないものでも約 5~23%とα
晶に比べ結晶化度は小さかった。
30
(a)シリンダ温度とβ晶
0
50
100
150
200
射出速度(mm/s)
(b)射出速度とβ晶
図 9 成形条件と全結晶化度に占めるβ晶の割合
茨城県工業技術センター研究報告 第 43 号
1000
1500
2000
引張弾性率 [MPa]
2500
3000
4.4 結晶化度と引張弾性率
図 10 に結晶化度と引張弾性率の関係を示す。図
10(a)に示すように,
全結晶化度と引張弾性率の関係を
プロットしたところ,明確な相関関係は認められなか
った。
次に,全結晶化率に占めるα晶の割合を求め,引張
弾性率との関係をプロット(図 10(b))したところ,
α晶の割合が増すにつれ引張弾性率も増加する傾向が
見られた。反対に,全結晶化率に占めるβ晶の割合と
引張弾性率との関係(図 10(c))では,β晶の割合が
増すにつれ引張弾性率は減少する傾向が見られた。な
お,図 10 中のプロット点には,表 2 の条件にて成形し
た PP(結晶核材を含むもの含まないもの)全ての測定
値を用いている。
50
55
60
65
全結晶化度
70
75
80
[%]
1) 成形条件によりβ晶の回折線高さに大きな差が生
じた。これは,試験片表層付近のせん断応力の違い
によるためだと考えられる。また,β晶の生成は,
結晶核材導入の影響により抑制されることが確認さ
れた。
2) 結晶核材を含む PP の引張強度は,
結晶核材を含ま
ない PP に比べ,大きかった。
また,リサイクル材の引張強度は,未使用材に比
べ大きかったが,伸びは大幅に小さかった。
また,引張弾性率は,結晶核材を含んだリサイク
ル材料が最も大きかった。
3) 結晶化度と引張弾性率の関係において,全結晶化
率に占めるα晶の割合が増すにつれ,引張弾性率は
増加する傾向が見られた。反対に,全結晶化率に占
めるβ晶の割合が増すにつれ,引張弾性率は減少す
る傾向が見られた。
今年度は,汎用樹脂である PP の結晶核剤に注目し,
結晶化度と引張特性の関係を評価した。
来年度も引き続き,高次構造解析を用いた評価を行
うとともに,リサイクル材の熱分析,衝撃試験等を加
え,再利用材の使用時の劣化要因の検討を行う予定で
ある。
2500
6. 参考文献
1) 邱 建 輝 . 高 分 子 論 文 集 (1995),vol.52,No.7,pp.
445-451
2) 水 野 渡 . 日 本 機 械 学 会 論 文 集 .A 編 (2001),
67(658),pp.1017-1023
3) 仲 村 佳 代 . 高 分 子 論 文 集 (2009),66(10),pp.
470-474
2000
y = 59.542x - 1923.9
R² = 0.6298
1500
1000
引張弾性率
[MPa]
3000
(a)全結晶化度と引張弾性率の関係
5. まとめ
成形条件が成形品の結晶構造に与える影響について
検討を行い,以下の知見を得た。
50
55
60
α晶
65
70
結晶化度 [%]
75
80
2500
2000
引張弾性率
1500
y = -49.219x + 2144.3
R² = 0.5511
1000
[MPa]
3000
(b)α晶率と引張弾性率の関係
0
5
10
β晶 結晶化度 [%]
15
(c)β晶率と引張弾性率の関係
図 10 結晶化度と引張弾性率の関係
20