トランジション・マネジメント事例研究 -脱温暖化対応のための技術導入プ ロセスの分析 東京大学大学院法学政治学研究科 城山英明 1 Transition Management The model of transition management tries to utilize innovative bottom-up developments in a more strategic way by coordinating different levels of governance and fostering self-organization through new types of interactions, generating cycles of learning. It gives special attention to co-evolution, where different subsystems are shaping but not determining each other. Phases – time dimension But concrete methods and strategies for transition management can be different depending on institutional and cultural contexts 2 事例:家庭用高効率給湯器の技術開発・普及 3 自然冷媒(CO2)ヒートポンプを利用した高効率電気温水器 99年2月開発正式スタート(背景:京都議定書) 98年の東電→電中研コンタクト 自然冷媒空調→自然冷媒給湯器 電機メーカーが家電省エネ化・代替フロン化R&Dに追われる 中、トヨタグループのデンソー(カーエアコンへの自然冷媒利 用を研究)と協業 熱効率148%、CO2削減率65% 戸建て用1台65~100万円(床暖房設備代含むものあり)補 助金制度あり 現在の実勢価格は40~60万円程度に下落、補助金制度は年々縮 小 4 4 2001年5月発売、初年度 に6000台超の出荷 2007年10月に累計出荷 台数100万台突破 電力会社の「オール電 化住宅」販促の中核的 存在 政府の導入目標:2010 年までに520万台 5 5 1960年代~ 電力会社 電気温水器販売開始 負荷平準化目的 1985~ 電中研が国プロ「スーパーヒートポンプ」開発に参加 並行して所内で独自のヒートポンプ研究開発開始 民間では取り組みづらい、新規のもの:給湯器用へ 1988 2段圧縮型ヒートポンプ多機能給湯器開発開始 (多機能型:給湯+冷暖房) 1992 高価格とフロン規制で商品化断念 1980年代後半~ 東京電力の家庭電化部門では家庭用ヒートポンプ機 器の可能性に注目 →しかしやはり多機能型を目指したところ、商業的に 大きな成功納められず 6 6 1990~ 1992 1993 1995 1996 1997 デンソーでCO2冷媒利用の研究開発 (カーエアコン用、欧州市場のニーズに対応) 電中研で業務用2段圧縮式ヒートポンプ給湯器 開発開始(代替フロン切替で規制対応) 電中研で自然冷媒利用の基礎研究開始 (CO2も含む) 電中研、CO2を給湯器に最適と結論 電中研、CO2ヒートポンプループ実験装置設置 京都会議(COP3)開催、京都議定書採択 代替フロン規制導入 →電中研の業務用給湯器商業化中止 一方で地球温暖化対策=省エネ推進・CO2削減が 一挙に政策課題に 7 7 1998 政府、京都議定書対応の諸規制・諸施策導入 ex. 家電省エネトップランナー制度 →しかし家庭用給湯機器には規制導入されず 1998.3 東京電力の担当者が電中研を訪問 東電側の当初のねらいはエアコン用自然冷媒だった 電中研の斎川氏がCO2冷媒給湯技術を紹介 1998.4~ 東京電力、家庭用CO2ヒートポンプ給湯器開発開始を決定 電中研斎川氏、協業先としてデンソーを紹介 東電、電中研、デンソーの3社協業による開発がスタート 1999.2 共同開発体制が正式に発足 1999~ 東京電力、「オール電化住宅」販促キャンペーンを開始 8 8 2000 経産省から東京電力に新型省エネ製品の照会 東電側は開発中のCO2ヒートポンプ給湯器を紹介 各種試算(価格、CO2削減量等含む)データ提供 政府補助金制度導入の可否や内容について交渉 2000.12 CO2ヒートポンプ給湯器の最終試作機完成 (この間の研究開発費は数億円) 2001.1 東京電力、社内公募でCO2ヒートポンプ給湯器を 「エコキュート」と命名 世界初のCO2ヒートポンプ給湯器をとして2001年 5月に発売することを報道発表 9 9 2001.5 エコキュート発売 2001.6 政府資料で「家庭用高効率給湯器」の語が初使用 2001 エコキュート、「省エネ大賞」受賞 2002 エコキュート、初年度出荷台数6000台超達成 政府による導入支援補助金制度開始 2004~ 東京電力、「Switch!」キャンペーン 2006 エコキュート累計出荷台数70万台達成 2007.10 エコキュート累積出荷台数100万台達成 10 10 1997年京都会議・同議定書による「CO2削減」という 大きなアジェンダ設定 政府による矢継ぎ早の施策実施 代替フロン規制、家電省エネトップランナー制度… その結果、環境価値が市場で明確化 家庭用給湯器分野では特に新規の規制や省エネ推進施 策は実施されず しかし、上記の世論・市場環境の変化は共通 新たな市場=省エネ型給湯器市場の出現 ニッチ戦略 cf. Hoogma et al(2006)、鈴木ら(編)『エネルギー技術の社会意 思決定』など 11 11 特にエコキュート開発では業界・社内での非主流アクターが活躍 しかし彼らは全くの部外者でもない 東電チーム:電力市場・住設市場双方を視野 電中研:電力・エネルギー技術の専門家 デンソーも自動車用エアコントップメーカーでヒートポンプ技術についてはエキスパ ート どちらの事例も革新的新技術ではない 東京電力での家庭電化部門(開発当初7名(東電全体では38000人)) 電中研でのヒートポンプ開発部隊 デンソーはそもそも住宅設備分野では完全な新参者 要素技術は既存技術の改良 パッケージングが革新的 「有意な境界アクター」(relevant marginal actor)が革新的な製品開発に貢献 cf. 『エネルギー技術の社会意思決定』、Juraku, et al.(2007) 12 12 登場直後の高価格という障害は公的支援によって効果的に緩和 「一般型との差額の半分」というスキームと「3年ペイバック仮説」の一致 住設市場への専門的理解を政策に反映させることに成功 「家庭用高効率給湯器」全体への補助という設定 エコキュートとエコウィルの競争による市場活性化 エコキュートでは東京電力の市場対応策も奏功 3時間帯料金制度の導入 「エコキュート」名称のオープン化と競合他社複数参入 「オール電化」パッケージの成功 市場メカニズムによる性能改良と価格低下 13 13 今後のエネルギーシステムのあり方への配慮の必要 性 個別技術の改良と社会インフラ全体の効率向上はそれぞれ 有効性の検証が必要 エコウィル(=コジェネ)の拡大による便益は制度設計により 大きく変動する可能性 エコキュートの拡大は火力発電量(=CO2排出量)増加を招 く可能性も 在来の要素技術を生かしたエネルギー・環境技術導入 ・普及支援の意義 14 14 TMの観点 アクター(括弧内インセンティブ) 電中研ヒートポンプグループ(蓄積した技術を3度目の正直で何とか製品 化したい) 東電家庭電化グループ(家庭電化事業弱小の現状を打破したい) デンソー自然冷媒グループ(自然冷媒技術は自動車には時期尚早+異 業種進出を奨励する当時の社長方針) 経産省エネ庁 省エネ担当(需要側省エネ技術を探索中) 連携の場 リーダー:東電? ファシリテーター:電中研斎川氏? イニシエーター:電 中研浜松氏、東電小早川氏・片倉氏? 法的地位-アドホックなネットワーク 15 連携の場(続き) 目的設定とその変遷-フレーミングの変化 行政と民間の関係 大型業務用給湯器開発、多機能給湯器開発→CO2ヒートポンプ家庭用 給湯器 省エネ→省エネ+エコ 基礎研究:国プロが一つのトリガー、しかし電中研の自主研究で継続開 発 エコキュート製品化開発は純民間 導入普及局面で国の補助金施策が奏功、省エネ大賞なども側面支援(お 墨付き効果) ネットワークの機能 エコというニッチな新需要を具現化、強みの役割分担 共同研究契約で実効性大 16 事例:埼玉県越谷市レイクタウンにおける住宅の 面的CO2排出削減事業 17 (特活)建築環境・設備技術情報センター資料より抜粋 18 太陽熱利用を普及・促進させるための基本的課題 経済性の向上 ・化石燃料(電気・ガス等)に比べて利用コストが割高(太陽熱利用設備の投資コス トを、耐用年数以内に太陽熱導入による電気・ガス料金の削減コストで回収すること が難しい)であり、システムの設備に関する経済的負担ができるだけ解消されるよう 経済性を向上させる必要がある。 利用用途の拡大 ・戸建住宅には一定の導入が行われてきたが、公共分野、集合住宅分野、業務用分野 などへの利用用途の拡大も重要になっている。 ・太陽熱の冷房利用はほとんど進んでおらず、冷房需要が増加している中で、太陽熱 の冷房利用について積極的に考えていく必要がある。 管理体制(メンテナンス体制)の充実・改善による信頼性の確保 ・太陽熱利用設備のメンテナンスが適切に行われず、期待される耐用年数期間の利用 がなされていない場合がある。設備の長期的信頼性と経済性を確保するため、メンテ ナンス体制の充実・改善等の徹底を図る必要がある。 デザインの改善等 ・デザインが良くないと利用者に受け入れられない側面があるため、経済性を補う 意味でも、デザイン性を高めることが重要になっている。 その他(技術者等の育成、第3者評価機関等) ・普及を支える基盤として技術者等の育成や、第3者性能評価機関の創設なども必要 19 になっている。 (特活)建築環境・設備技術情報センター資料より抜粋 事例の概要 目的: 埼玉県越谷市レイクタウンにおける 住宅の面的CO₂排出削減事業 (具体的には太陽熱住棟セントラルヒーティングシステムの 導入) 事業主体である大和ハウス工業株式会社では、越谷レイクタウンにおいて「環 境共生先導都市」のモデル街区として集合住宅(8棟、500戸)及び戸建住宅( 132戸)を一体として地球温暖化対策に取り組み、街区の二酸化炭素排出量の 20%以上を削減するまちづくりを実施。 特に、集合住宅では、住宅用途として日本最大規模(太陽熱パネル:約950㎡) となる「太陽熱給湯・暖房システム」を面的に導入し、二酸化炭素排出量の削減 を計画。 20 環境省 「街区まるごとCO2削減事業」 1.補助対象事業の概要および目的 ・ 新規市街地開発や再開発などが行われる面的な広がりをもった一定のエリアにおいて、街 区全体の二酸化炭素排出を削減する対策を導入し、単なる点である個別の対策の集積では 得られない二酸化炭素削減をもたらすモデル事業を実施することを目的とする。 ・ 交付予算: 総額3.5億円の範囲で件数を検討、1件につき対象経費の2分の1を限度とする。 2.公募対象事業 3.採択の要件 街区等の区域全体の住宅・建築物におけるエネルギー起源二酸化炭素の排出量を削減する ために、省CO2性に優れた設備等を導入する事業であって、以下の要件を満たすもの。 ・ 事業効果(街区全体のCO2削減効果)が高いこと ・ 事業計画の妥当性が高いこと。 ・ 面的省CO2対策としてのモデル性が高いこと。 ・ その他緑化や通風確保等、街区の温熱環境の改善に配慮していること 平成18年度(2006年度)より開始(第1回) 2件採択(応募総数4件) キーワード: 「ニュータウン開発」「集合住宅」「面的なCO₂排出削 21 減」「再生可能エネルギー」「環境省補助金」 事業の実施体制 環境省 環境都市再生推進会議 モデル事業 (認定) 協力 (座長:伊藤滋) <開発者(事業主体)> 大和ハウス工業㈱ <コンサルタント> ㈱エックス都市研究所 <施工者> ㈱大阪テクノクラート 22 (特活)建築環境・設備技術情報センター資料より抜粋 23 参考1 大和ハウス集合住宅模型(屋上の黒いパネルが太陽熱パネル) 24 (平成19(2007)年7月24日大和ハウス越谷モデルルームで撮影) 事業の流れ 20~30年ほど前から、URの管轄下で、当該地域の洪水対策 の地盤づくりが課題 平成8年 都市計画決定 平成11年 事業認可 UR越谷物件へ大和ハウスの入札準備(プロポーザル方式) UR⇔大和ハウス 平成18年1月入札、2月開札、3月契約 環境省の補助事業(平成18年9月公募) コンサルタント(エックス都市研究所)との調整、URとの調整 環境省⇔大和ハウス 事業の採択(平成18年11月) 実施(平成18年11月~) 他メーカーなどとの調整 着工(平成19年3月~20年5月)竣工(H20年3月~21年5月) 販売(平成19年6月~) 25 アクター 分類 国 研究者 住宅建設会社 組織名 部署 レイクタウン事業との関わり 環境省 地球環境局温暖化対策室 「街区まるごとCO2削減事業」補助金 担当部署 国土交通省 早稲田大学/国交省OB (財)日本地域開発センター 住宅局 ① 小澤一郎教授 ③ 大和ハウス工業 大栄不動産 コンサルタント デベロッパー 大阪テクノクラート エックス都市研究所 UR都市機構 東京電力 東京ガス エネルギー供給会社 東彩ガス アイピーパワーシステムズ システム管理会社 大和サービス ユーザ 購入予定者 埼玉県 自治体 越谷市 認証機関 IBEC 小売業者 イオンモール 鉄道事業者 JR東日本 ○ ○ 大阪本社 総合技術研究所(奈良) 東京支社 戸建て担当部署 技術本部(町並み設計担当 部署) ① 越谷支店(営業) ② 東京支社 マンション事業部(設計・ 営業) ① エンジニア会社 越谷レイクタウン委員会事務局長 越谷レイクタウン委員会事務局 越谷レイクタウン 委員会(横断的組織) エンジニアリング部門 ① 環境開発本部 ①~② 埼玉東部開発事務所 ② ② ③ 都市整備部都市計画課 性能評価部 ① マンション担当部署 マンション建設共同事業会社 太陽熱供給システムのエンジニア リング担当 データ提供、環境省他とのパイプ 越谷レイクタウン開発業者 電力供給(一括販売) 東彩ガスと提携 越谷地区の都市ガス供給 補助エネルギーとしてのガス一括購入 太陽熱供給システムの維持管理担当 レイクタウン事業担当部署 住宅性能評価 レイクタウンに出店 レイクタウンに新駅建設 ヒアリング時期①~③ :計13名 ○ ○ ○(助役) 26 アクター関係図(組織内分岐あり) 越谷レイクタウン イオンモール 日立 環境省 財務省 都市再生機構(UR) 越谷市 ショッピングセンター ネットワーク 環境都市再生 推進会議 参加 越谷レイク タウン委員会 大和ハウス工業㈱ モデル事業 (認定) 営業部 協力 専門家 ㈱エックス都市研究所 事業部 ㈱大阪テクノクラート マンション (太陽熱システム) 事業 27 TMの観点 ① アクター ・柔軟性の低い組織と緩やかな組織 ・組織間と組織内(の個人)の視点:複数を橋渡しする個人、窓口となる個人 ・組織内でも部署・個人によりインセンティブが異なる ・インセンティブは一面的に測れない:公的機関でも「企業家精神」、 民間でも「公共的精神」 ② 連携の場 ・リーダー(責任者)は複雑(閉鎖的プロジェクトと開放的プロジェクトの違 い?) ・イニシエーター:レイクタウン委員会 ・ファシリテーター:<組織間>エックス都市研究所 <組織内>大和ハウス内事業部の担当者 ・法的地位:レイクタウン委員会もプロジェクト全体もアドホック ・フレーミングの変化:当初、レイクタウン委員会で太陽熱 → コンペでは一度太陽熱消える(大和は当初太陽光) → 交渉・説得により太陽熱システム復活 →採用 ★イニシエーターの具体性、ファシリテーターの交渉力・提案力がカギ 28 ・中心的役割は民間だが、「公共的企業家精神」 ③ ネットワークの機能 ・レイクタウン委員会を指すのか、事業全体を指すのか? ・「公共的企業家ネットワーク」の有意性、実効性 ・既存の関係性の中からネットワークが発展 ・個人の組織の利害のバランス(公共性、採算性、個人的な充足、出世欲等) ④ ネットワークの変化・フェーズ ・本事例では大きく3段階に分けられる(委員会における検討期、環境省/UR/ エックスのそれぞれによる調整からコンペまで、コンペから補助金決定・シス テム決定まで) ・一定の方向への変化をどう解釈するか(フレーミング効果か、ロックインか、 偶発的要素か) ・動態的要素と静態的要素をどうまとめるか ⑤ 類型、参加アクターの範囲 ・統合か分散か: 時系列的な事業の展開を見ると収束しているが、用地のコ ンペや補助事業においては一応オープン。ただし参加には、技術・組織規模な ど一定のハードルがある。段階によって変わる ⑥ 運営 ・誰がどの資源を持っているか(情報、技術、資金(補助金)、代替案、経験) ・事業の場合は常に採算性がついて回る。最終消費者の動向も 29 イニシエーターとしての越谷レイクタウン委員会 ・それ自体ネットワークであり、参加者が各々の所属組織にテーマを持ち帰る ことで、イニシアチブが拡散する ・専門家を含み、実験的でハイブリッドな政策提言を目的とし、当初より具体 的なシステム案を複数検討できた。重要な土台づくり ・他方、コンサルタントも含むため、採算性や市場ベースでの適用性という商 業的観点も検討したため、革新的でありながら実現可能性の高い提案ができた ファシリテーターとしてのコンサルタント ・レイクタウン委員会の専門家や省庁とも元々近い関係 ・専門分野を生かしてURのコンペ要綱作成に対し情報提供 ・太陽熱システムの事業計画案を中心になり企画 ・技術的なデータ収集のため実証実験行う ・情報を集めた上で、それらをいかに組み合わせてデベロッパーが受け入れ易 い提案にするかという点に配慮 → 様々な既存の要素技術を一定の目的文脈に向けて編集しなおし、不確定要 素をなるべく排除し、デベロッパーやシステム会社を通して社会的に、そして 経済的に導入しやすいよう説得・伝達する役割を担った。 ファシリテーターとしての事業部担当者 ・同じ社内でも外部組織・公的機関とのネットワークが強く、比較的新奇性を 重視する傾向が強い cf. 営業部は顧客=採算性重視、オール電化の経験重視 ・窓口となり、外の組織や公共的テーマと、組織内の他部署をつなぐ 30 結語 境界横断的連携の重要性 フェーズの展開 導入成功とマクロ最適化のズレ-エコキュート: オール電化戦略への位置づけ、太陽熱:選択肢 の救出 連携による新たな選択のフェーズと「最適化」の ために選択の必要なフェーズ 誰がリーダーシップを取るか-民間主体の重要 性(エコキュートも政府は普及フェーズでの後押 し) - バイアスの可能性も 31
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