プレス加工における面内引張応力援用による 小径穴抜き加工に関する研究

栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015)
重点研究
プレス加工における面内引張応力援用による
小径穴抜き加工に関する研究(第1報)
阿部 雅*
柳田 治美*
大橋 利仙**
High Aspect Ratio Punching Under In-plane Tension (1st Report)
Masashi ABE, Hiromi YANAGITA and Toshinori OHASHI
プレス加工によるアスペクト比が1を超えるような小径穴抜き加工は,摩擦力や剛性の問題から,早期に
パンチが折損する可能性が高い。そこで本研究では,プレス加工機の上下運動を利用して被加工材の穴加工
位置周囲に面内引張応力を負荷し,加工時の摩擦力を低減させた状態で穴抜き加工を行うことによってパン
チの長寿命化を図る。本報では板厚 0.8mm の被加工材を想定し,応力状態をシミュレートしたところ,ダイ
直径 5mm の場合は約 0.40mm まで,ダイ直径 10mm の場合は約 0.50mm まで,クッションプレートを沈み込ま
せることにより,被加工材の弾性域内で面内引張応力の負荷が可能であることがわかった。
Key words:
1
プレス加工,小径穴抜き加工,面内引張応力,応力シミュレーション
はじめに
2
プレス加工において,製品の小型化・軽量化のニーズ
2.1
に対しては微細な形状の金型による精密加工技術が求
研究の方法
面内引張応力負荷の方法
プレス加工機の上下運動を利用して,以下の動作を達
められている。例えば最近の電子機器用筐体の場合,電
成する金型を開発し,面内引張応力を負荷した状態での
子基板用干渉防止カバーの取り付け穴の加工等におい
小径穴抜き加工を行う。
て,被加工材の板厚をパンチ(穴抜き用雄型)直径で除
まず,図1に示すように上側押さえを下降させ,上側
した値(アスペクト比)が1を超え,直径が 0.5mm 以下
押さえとクッションプレートで被加工材端部を挟み,被
となるような小径穴抜き加工のニーズがある。しかし,
加工材を平らな状態で把持する。さらに上側押さえを下
小径穴抜き加工においては主に①板厚に対して穴の直
降させると,図2に示すようにクッションプレートが沈
径が小さいことで,加工初期がせん断ではなく押込みと
み込んだ分,穴加工位置が凸状にたわみ,被加工材は表
なり,パンチ側面と被加工材との間の摩擦力が増加する
側も裏側も伸ばされて引張応力が負荷された状態にな
ため,せん断時やパンチ引き抜き時の抵抗も増加し,パ
る。この状態で穴抜き加工を行い,パンチ引き抜き後に
ンチが座屈・摩耗しやすいこと,②摩擦力の増加に加え,
上側押さえを上昇させて被加工材端部を解放した際,被
小径なパンチは剛性が低く,ダイ(穴抜き用雌型)との
加工材は元の平らな状態に戻る。なお,加工後に被加工
クリアランス・同軸度の狂い等も発生しやすいため,早
材が元の平らな状態に戻るためには,上述の動作の影響
期にパンチが折損する可能性が高いことの2つが課題
で被加工材が弾性域を超えてはならない。
となり,十分な対応技術が開発されていないのが実情で
ある。
パンチ
そこで本研究では,被加工材の穴加工位置周囲に穴を
広げるような応力(以下,面内引張応力という。)を負
荷させた状態で穴抜き加工を行うことで,加工時の摩擦
クッション
上側押さえ
被加工材
プレート
力を低減させ,パンチの長寿命化を図る。本報では,被
加工材の応力状態をシミュレートし,面内引張応力を負
ダイ
荷する条件について検討した。
*
栃木県産業技術センター
県南技術支援センター
**
栃木県産業技術センター
機械電子技術部
図1
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被加工材の把持
栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015)
2.3
シミュレーション精度の検証実験
シミュレーション精度の確認のため,厚さ 0.8mm で表
1と同等の板材を,図3と同寸の鉄枠2枚で把持し,万
能材料試験機(㈱島津製作所 AG-M1)のロードセル先端
に取り付けた直径 5mm の円柱圧子で,試験力 100N の負
荷を中央にかけ,シミュレーション条件1に相当する圧
縮試験を行った。その際の被加工材のたわみ量をダイヤ
ルゲージによって測定し,シミュレーションによって算
図2
2.2
たわみの付与
出された変位と比較した。圧縮試験の概略図を図4,段
応力シミュレーション
取り時の写真を図5に示す。
応力状態のシミュレーションには SolidWorks2008 を
試験力
用いた。
図3に示す上側押さえと,それと同寸のクッションプ
レートで厚さ 0.8mm の被加工材端部を把持し,中央に穴
ロードセル
抜き加工を行う場合を想定した。そこで,表1に示す物
性値(炭素鋼相当)の板状モデルの全周を固定端として,
円柱圧子
モデル中央が凹状にたわむよう,ダイの直径の範囲に荷
重を掛けた場合の応力分布と変位をシミュレートした。
シミュレートしたダイの直径と荷重の大きさの組み合
わせを表2に示す。
ダイヤルゲージ
R10
図4
圧縮試験概略図
100
100
図3
上側押さえ(網掛:把持部)
表1
モデルの物性値
物性
値
弾性係数
GPa
210
ポアソン比
質量密度
降伏応力
表2
0.28
kg/m3
7,800
MPa
220.59
ダイの直径と荷重の大きさ
ダイの直径
mm
荷重
条件1
5.00
100
条件2
5.00
80
条件3
10.00
100
N
図5
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圧縮試験の段取り
栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015)
3
結果及び考察
図6は条件1でシミュレートした結果の応力分布を
表3
シミュレーション中の最大応力と最大変位
可視化した図であり,モデル中央において最も応力と変
最大応力
位が大きくなることが確認された。条件2,条件3でシ
MPa
最大変位
条件1
280
0.563
条件2
224
0.451
条件3
222
0.557
mm
ミュレートした場合も条件1同様,モデル中央において
最も応力と変位が大きくなった。表3にその値を示す。
いずれの条件においても最大応力が降伏応力を超えて
いる。被加工材にかかる最大応力を降伏応力未満の弾性
域内にするためには,直径 5mm のダイの場合変位は約
4
0.40mm,直径 10mm のダイの場合変位は約 0.50mm が上限
であると推測される。
おわりに
板厚 0.8mm の被加工材に対して面内引張応力を負荷し
た状態での小径穴抜き加工を想定し,面内引張応力を負
また,シミュレーション精度の検証実験の結果,試験
荷する条件についてシミュレーションにより検討した
力 100N 時のたわみ量は約 0.56mm であった。表3条件1
結果,直径 5mm のダイを用いる場合約 0.40mm まで,直
の最大変位とほぼ一致したことから,シミュレーション
径 10mm のダイの場合約 0.50mm までクッションプレート
精度は良好であり,本シミュレーション結果の信頼性は
を沈ませ穴加工位置をたわませられることがわかった。
高いと考えられる。
引き続いて,面内引張応力負荷機構 の模擬体を作製
し,ひずみゲージ等による応力測定を行い,本シミュレ
ーション結果と照らしながら,弾性域内で面内引張応力
を被加工材に負荷する機構を有したプレス金型の開発
を進めていく。
本研究は,公益財団法人天田財団平成 26 年度
一般研究開発助成事業により実施しました。
図6
条件1の応力分布
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