大学生を巡る言説の 実証分析

大学生を巡る言説の
実証分析
一橋大学経済学部
学士論文
2015 年 1 月 26 日
学籍番号:2111122U
氏名:田村
知樹
ゼミナール指導員:川口
1
大司
概要
大学生に関する言説は多く存在する。しかし、その中には印象や直感的な感覚に基づ
き、必ずしも統計的な実証に基づいていない言説も存在する。本稿では、大学生の学習
時間、アルバイト時間、部活動時間の決定要因を検証し、経済学的モデルを用いて大学
生に関する言説が統計的に当てはまるものであるのかどうか調べた。データは、全国か
ら標本抽出したベネッセ総合研究所「大学生の学生・生活実態調査(2008)
」を用いて
一般性を確保した。
仮説として①大学教員は大学生の学習時間に影響を持つ、②特別入試によって大学生
の質が下がっている、③家庭の所得の格差によって経済的に困窮している学生はアルバ
イト時間が長い、という3つの仮説を立てた。分析の結果、①、③は統計的に当てはま
り、②は統計的に当てはまらないことがわかった。そして仮説以外の部分では、仕送り
と大学に適応しているかどうかが上記3つの時間に影響を持つこと、教員に満足してい
るかどうかが文系理系を除くと最も大きな影響力を持つことなどが判明した。大学は大
学生に学習させるためには、教員の魅力を高める方策やカウンセラーの設置等が必要だ
と考えられる。
2
目次
1.研究動機 .................................................................................................................... 4
2.先行研究 .................................................................................................................... 5
3.活動時間についての経済学的前提 ............................................................................ 6
4.使用データと研究方法 .............................................................................................. 8
4.1
仮説と使用データ ............................................................................................... 8
4.2
モデル、分析方法 ............................................................................................. 10
4.3
被説明変数の設定 ............................................................................................. 10
4.4
説明変数の設定 ................................................................................................ 11
4.5
結果の予想........................................................................................................ 13
5.分析結果 .................................................................................................................. 16
6.
5.1
活動時間についての経済学前提による分析 ..................................................... 20
5.2
仮説、変数の詳細な分析 .................................................................................. 21
まとめ ..................................................................................................................... 27
謝辞............................................................................................................................... 28
参考文献 ....................................................................................................................... 29
参考図 ........................................................................................................................... 30
付表............................................................................................................................... 31
3
1.研究動機
大学生に限らず、学校に通う生徒、学生についての言説は印象や感情的な側面によっ
て説明されることが多い。例えば、「未成年者の犯罪が凶悪化している。だから法律に
よって厳罰化を推し進めるべきだ」といった論説がかつて流行した。しかし、未成年者
の犯罪の件数も未成年者中の犯罪の割合も低下していること指摘されるようになり、そ
のような論説は必ずしも正しくないことがわかった。
(巻末 p30 の参考図 1、参考図 2
を参照)
このように、世の中一般に言われている言説が統計的実証に基づかずに行われている
ことがしばしばある。そして大学生についても、様々な言説が現在の日本社会に存在す
る。
「大学生は就職活動に時間を割かれすぎている」
「大学入試の制度が変わったことで
学生の質が落ちている」「大学全入時代で大学生の知的水準が低下している」など、教
育関係者や評論家によって多種多様に説明されている。しかし、これらの言説は統計的
にも正しいものなのだろうか。また、大学生に関するデータから自ら仮説を設定し、言
説や仮説の分析を通じて大学生についての言説が正しいかどうか実証してみたい。
4
2.先行研究
大学生の学習時間等の決定要因について分析がなされている研究は見つからなかっ
た。しかし、学習の動機付けについて分析している研究している研究はいくつかあるた
め、これらの研究を参考にする。
学習の動機付けについて、戸田・吉田・金西(2011)は 1 大学・1 学部の学生を対象
とした分析を行った。1つの専門科目の授業終了後に毎回、記述調査を行い、最近 1 週
間の学習時間、学習を行う要因となった出来事、自由記述等を学生にさせた。そして、
記述調査の内容と学習時間の増減の関係等から学習の動機付けを調べた。その結果、授
業外学習を行う要因として授業内容のレベル、課題、教材、学生同士の関係構築、授業
設計の5つが認められた。授業内容のレベルと課題は適度な難易度や分量であることが
最も学習意欲を上昇させ、教材を早く配布して勉強方法等を提示することが学習意欲を
促進させることがわかった。そして、学生同士の関係構築については、授業中に学生同
士で考え、教えあうことができる雰囲気作りなども授業外学習に影響を与えているので
はないかと戸田らは推察している。
また、見館・永井・北澤・上野(2008)は 1 公立大学を対象とした分析を行った。
対象大学の学生にアンケート調査を行い、その結果から学習意欲や、大学生活の満足度
に影響を与えていると想定される因子を抽出した。そして抽出した因子間の因果関係を
分析した結果、「教員とのコミュニケーション」は学習意欲、大学生活の満足度を共に
高め、「友人とのコミュニケーション」は学習意欲に無関係で、大学生活の満足度にも
あまり影響しないことがわかった。
先行研究では 1 大学または 1 学部に対象を絞った研究が多かった。先行研究で挙げら
れていた課題として一般化することの困難さが挙げられる。本稿では、全国の大学生を
対象にしたデータを用いることで、大学生に対する言説や大学生の学習時間等の決定要
因が一般的に当てはまるかどうか検証する。
5
3.活動時間についての経済学的前提
活動時間は本稿では学習時間、アルバイト時間、部活動時間と定義する。その活動時
間の決定の仕方は下の図 1 のように前提条件を置く。活動時間の説明のため、学習時間
を横軸で表し、縦軸に限界費用、限界便益を表している。そして右下がりの曲線は限界
便益曲線、右上がりの曲線は限界費用曲線を示している。ここで限界費用、限界便益と
は、追加的に 1 単位学習時間増加した時の追加的に増える費用、便益のことを意味する。
図 1 では簡略化のため、どちらの曲線も直線として描いている。
図1
最適な時間選択
、
6
限 5
界
費 4
用 3
2
限
界 1
便 0
益
0
限界便益
限界費用
2
4
6
学習時間
学習時間の限界便益直線が右下がりになる理由は以下の通りである。学習時間はやり
始めた段階であれば、学習 1 時間あたりの価値が高く、1 時間あたりで獲得できる便益
が多い。つまり、基本的な事項の理解、習熟など、比較的知識や技術を吸収しやすい状
態のことである。しかし、学習時間が長くなるにつれて、学習時間 1 時間あたりに得ら
れる知識量が小さくなり、1 時間あたりの便益が小さくなる。つまり、専門的、発展的
な事項の理解、習熟など、知識や技術を獲得するのに時間がかかる状態のことである。
逆に、学習時間の限界費用曲線が右上がりになる直観的な理由は以下の通りとなる。
学習はやり始めた段階であれば、教材やあるいは教師の専門性といったコストは多くは
6
必要としない。そのため、学習時間の少ない段階であれば、学習 1 時間を追加的に増や
した場合に必要となる費用は比較的小さい。しかし、学習時間が長くなるにつれて、よ
り難度の高い教材、より専門的な教師が必要となり、そのためのコストも多く必要とな
る。つまり、小学校低学年で用いる算数のテキストを購入するよりも、大学院で用いる
数学の専門書を購入する方が費用の高い状態のことである。
次に限界便益曲線、限界費用曲線の左右のシフトについて考える。限界費用曲線が右
にシフトする場合、すなわち同一時間あたりにかかる費用が小さくなる場合、最適な時
間選択の点は右にシフトし活動時間の総量が増大する。限界便益曲線が右にシフトする
場合も同様にして活動時間の総量が増大する。つまり、学習するための金銭的費用や精
神的負担が小さくなる状態などでは限界費用曲線は右にシフトし、ある分野の学習が別
の分野の学習よりも将来のために有益である状態などでは限界便益が右にシフトする。
限界便益曲線が左にシフトする場合は、同一時間あたりにかかる費用が増大するため、
最適な時間選択の点は左にシフトし活動時間の総量は減少する。限界便益曲線が右にシ
フトする場合も同様にして活動時間の総量が減少する。つまり、学習のための金銭的費
用や精神的負担が大きくなる状態などでは限界費用曲線は左にシフトし、ある分野の学
習が別の分野の学習よりも将来のために有益でない状態などでは限界便益曲線が左に
シフトする。
7
4.使用データと研究方法
4.1 仮説と使用データ
大学生についての言説は数多く、全てを取り上げることは不可能である。そのため、
実際に利用可能なデータを考慮して検証可能な仮説として以下の3つを取り上げる。
仮説 1.
大学教員に大学生の学習時間は影響を受ける。
仮説 2.
AO 入試や推薦入試によって学生の質が下がっている。
仮説 3.
仕送りの少ない大学生は、アルバイトに時間をより多く割かれている。
仮説の設定理由は以下の通りになる。仮説 1 について、平成 24 年に行われた文部科
学省の大学分科会・大学教育部会合同会議では、日本の大学生は学習時間が少ないが、
大学生の学習の基本の場は授業であり、大学生が意欲的に学習するような授業環境を整
えることや授業の適切なマネジメントは教員の責任であると述べられている。そのため、
教員が大学生の学習時間にどの程度影響を受けているのかを検証するためである。
仮説 2 について、平成 20 年に行われた文部科学省の第 71 回大学分科会の答申は、
推薦入試や AO 入試で学力試験を課さないことによる学力低下を懸念するとともに、大
学は学力把握措置を講ずる必要があると述べている。推薦入試や特別入試によって学力
が低下しているのであれば、実際に学習時間にどの程度の影響があるのかを検証するた
めである。
仮説 3 について、
「朝日新聞」2014 年 8 月 27 日付の記事は、現在大学生の仕送りが
減り、アルバイトを簡単に辞められないと報じている。そのため、長時間のアルバイト
を強いられ、生活や学業に支障が出ることも多いと同新聞は報じている。そのため、実
際に仕送りの額によってどの程度アルバイト時間に影響が出るのか、また他の要因が存
在しないのか検証するためである。
これらの言説は本当に一般的に当てはまるのか、もし当てはまらないとしたら何が原
8
因で当てはまらないのか、本稿ではそれらを分析する。なお、データの制約上時間につ
いての調査項目が学習、アルバイト、部活動の 3 項目のみだったので、本稿ではその 3
つを使用する。
本稿の分析には東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センタ
ーSSJ データアーカイブから〔「大学生の学習・生活実態調査,2008」(ベネッセ教育
総合研究所)〕の個票データの提供を受け、それを利用した。本調査は調査地域、対象
が全国で、性別、文系理系、国公立と私立の関係なく行われているため、一般的に当て
はまるといえるだろう。また、調査内容も高校時代と大学時代の両方について学習時間、
アルバイトの有無、力を入れてきたことなど、合計 41 項目質問している。そのため、
大学生に対する言説が正しいかどうか調べることが可能であると考えた。データの概要
は以下の通りである。
「大学生の学習・生活実態調査」
(2008)
ベネッセ総合研究所
調査対象:大学の 1~4 年生(18~24 歳)
調査地域:全国
調査方法:インターネット調査
調査項目:フェース事項、大学入学前に関する事柄、大学生活、大学での勉強、
卒業後の進路
データ数:4070
調査目的:社会環境の変化の中で大学生の学習、生活全般の実態を捉えるため
ただしデータには欠損値があるため、使用できるデータの数は若干減少し、利用可能な
データ数は 4030 になった
9
4.2
モデル、分析方法
今回は分析モデルとして以下の一般的な多重回帰モデルを想定する。
y
x
x
⋯
k xk
推定の方法には最小二乗法を用いる。推定は全体、文系、理系と 3 種類に分けて分析
を行った。3 種類に分けたのは、文系と理系でどのような要因が学習時間等に影響を与
えているのか、その差異を調べるためである。また、分析用のソフトとして stata を用
いた。
4.3
被説明変数の設定
本稿では 3 つの被説明変数を設定した。第 1 に、1 週間あたりの授業外学習時間を設
定した。理由として仮説 1、仮説 2 の検証が可能になること、戸田(2011)らや見館(2008)
らの研究に挙げられている学習の動機付けに関してそれらが一般的に当てはまるかど
うか検証する上で必要であることの 2 点が挙げられる。1つ補足を行うと、仮説2に関
して、「学生の質が下がっている」ことを「学習時間の減少」として今回は捉えて分析
した。なぜなら、質が下がっていることを知的水準や品性といった部分で捉えるために
は使用するデータの制約上困難であったからだ。そのため、入試形態の異なる大学生同
士の勉強時間に着目した。数値設定の方法は、1 週間あたりの授業外学習時間を 8 択で
選択する質問項目を利用し、各選択肢の中央値を被説明変数の数値とした。ただし、上
限の値のない「21 時間以上」という項目を選んだ場合、そのまま数値には 21 を入力し
た。
第 2 に、1 週間あたりのアルバイト時間を設定した。これは仮説 3 を検証するために
使用する。数値は上記のデータで 1 週間あたりのアルバイト時間を実数で回答している
質問項目があったため、その項目を利用した。
第 3 に、1 週間あたりの部活動時間を設定した。学習時間やアルバイト時間と比べ、
10
どのような要因が部活動時間に影響を与えているのか調べること、3 つの活動時間の相
互の時間の増大、減少にどのような関係があるのかを検証するためである。数値は 1 週
間あたりの部活動時間を実数で回答している質問項目をそのまま利用した。
4.4
説明変数の設定
説明変数には学年、理系ダミー、運動部ダミー、文化部ダミー、特別入試ダミー、教
員満足ダミー、授業満足ダミー、授業外 IT サポート経験ダミー、施設満足ダミー、ゼ
ミ経験ダミー、中間レポート経験ダミー、中間テスト経験ダミー、仕送り、奨学金、大
学適応良好ダミーを設定した。
これらの説明変数の設定理由は以下のようになる。学年は、大学生は大学 3 年生の後
半から 4 年生の前半に渡って就職活動があることや 4 年生次に卒業論文の作成など、学
年によって取り巻いている環境が異なることから使用した。理系ダミーは文系、理系で
活動時間に違いがあるかどうか調べるためである。運動部ダミー、文化部ダミーは、部
活動に所属している学生は時間の大半をその部活動に割かれると考えたため、どの程度
他の時間に影響を与えているのか調べるためである。教員満足ダミーは仮説 1 の検証の
ため、特別入試ダミーは仮説 2 の検証のために設定した。授業満足ダミー、授業外 IT
サポート経験ダミー、ゼミ経験ダミーは、見館(2008)らの研究で指摘されていた「教
員とのコミュニケーション」や戸田(2011)らの研究で指摘されていた「授業設計」
等が一般的に学生の学習時間に影響を与えているかどうか検証するためである。施設満
足ダミーは、大学生にとって大学の設備、施設に他の施設、設備よりも長く関わること
が多いため、何らかの影響があるのではないかと考え設定した。中間テスト経験ダミー、
中間レポート経験ダミーは、期末テストや期末レポート以外のテスト、レポートによっ
てどれだけ学習時間に影響があるのかどうか分析するために使用した。仕送りと奨学金
は、仮説 3 の検証のために利用した。
11
説明変数の意味及び数値設定は以下のようになる。
・学年
学年。回答した学年をそのまま利用した。
・理系ダミー
理系であるかどうかのダミー変数。5 択の回答で「理系である」「やや理系である」
と回答した人を 1、「どちらともいえない」「やや文系である」「文系である」と回答
した人を 0 とした。
・特別入試ダミー
自分が通う大学を受験する際に「AO 入試」「推薦入試」「付属高校推薦」を利用し
たかどうかのダミー変数。自分の通う大学を受験する時の入試形態が「AO 入試」「推
薦入試」「付属高校推薦」である人を 1 として、「一般入試」、「センター入試」、「帰
国生入試」「編入学」である人を 0 とした。
・教員満足ダミー
現在通っている大学の教員に対して満足しているかどうかのダミー変数。現在通って
いる大学の教員に対して「満足している」「やや満足している」と回答した人を 1、「ど
ちらともいえない」「やや不満である」「不満である」と回答した人を 0 とした。(授
業満足ダミー、設備満足ダミーも同様)
・ゼミ経験ダミー
大学で少人数での演習形式があったかどうかのダミー変数。大学で少人数の演習形式
の授業経験が「よくあった」「ややあった」と回答した人を 1、「あまりなかった」「ほ
とんどなかった」と回答した人を 0 とした。
・IT サポートダミー
大学の授業以外で教員や学生とメールやインターネットを通じてコミュニケーショ
ンを取ることができる授業経験があったかどうかのダミー変数。前述の経験が「よくあ
12
った」「ややあった」と回答した人を 1、「あまりなかった」「ほとんどなかった」と
回答した人を 0 とした。
・中間テスト経験ダミー
学期末テスト以外のテスト経験があったかどうかのダミー変数。学期末テスト以外の
テスト経験が「よくあった」「ややあった」と回答した人を 1、「あまりなかった」「ほ
とんどなかった」と回答した人を 0 とした。(中間レポート経験ダミーも同様)
・運動部ダミー
運動部・運動サークルに所属しているかどうかのダミー変数。運動部・運動サークル
に「現在所属している」と回答した人を 1、「所属していたがやめた」「所属していな
い」と回答した人を 0 とした。(文化部ダミーも同様)
・仕送り
保護者などからの1ヶ月の収入(万円)。保護者などからの1ヶ月の収入(万円)を
回答した項目を利用し、そのままの数値で利用した。(奨学金も同様)
・大学適応良好ダミー
現在の大学に良好に適応しているかどうかのダミー変数。現在の大学から他の大学に
移りたいと思う頻度が「ほとんどない」「あまりない」と回答した人を 1、「ややある」
「よくある」と回答した人を 0 とした。
4.5
結果の予想
仮説1から仮説3の結果を予想する。
・仮説1
統計的に正しく、学習時間の教員満足ダミーは有意に学習時間に正の相関を持つと予
想する。教員は大学生の勉強に不可欠な存在であり、より教員に満足すればより学習意
13
欲を促進し、学習時間を増大させると推測する。
・仮説2
統計的に正しくなく。特別入試ダミーは学習時間に正負の相関を持たないと考える。
特別入試は、大学入試時点での入試の手段であり、特別入試と大学生の学習時間には何
の関係性もないと推測する。
・仮説3
統計的に正しく、仕送り、奨学金がアルバイト時間に負の影響を与えると予想する。
仕送り、奨学金が多いことは他の条件を一定にした場合、アルバイトを行うことで 1 時
間に得られる賃金が同じでも、その相対的な価値が小さくなり、限界便益曲線を左にシ
フトさせる働きがあると考えた。
次に各変数の効果の方向性と有意性について予想する。
・学年…学習時間に-、アルバイト時間に+、部活動時間に-
学年が上がると大学の学習に慣れ、就職活動等も学生生活の後半になると組み込まれ
るため、金銭的にも就職活動や部活動などの関係で学年が上がる度に必要となることが
多い。
・理系ダミー…学習時間に+、アルバイト時間に-、部活動時間に-
理系での学習内容は文系よりも将来に関係することが多く、学習の限界便益が高くな
ると考えられる。その分、アルバイトや部活動をすることの限界便益が低下すると予想
した。
・特別入試ダミー…学習時間、アルバイト時間、部活動時間に無関係
特別入試はあくまで入試の形態であり、その後の大学での活動に費用や便益の影響が
ないと考えた。
・教員満足ダミー、施設満足ダミー、授業満足ダミー、ゼミ経験ダミー、授業外 IT サ
14
ポート経験ダミー…学習時間に+、アルバイト時間、部活動時間に無関係
これら5つのダミーは学習の便益を増大させる働きを持っていると予想される。しかし、
学習における便益が増大しても、教員や設備は部活動やアルバイトの便益には関係がな
いと考える。
・中間レポート経験ダミー、中間テスト経験ダミー…学習時間に+、アルバイト時間に
無関係、部活動時間に-
中間レポートや中間テストをより多くこなすことは、より多くの知識や技術を獲得で
きると考え、学習時間に対して正の影響を持つと予想する。アルバイトに対する関係は
ないと考え、部活動に対しては学校のテストやレポートとの関係で時間的に融通が図り
やすいため、負の関係があると予想した。
・運動部ダミー、文化部ダミー…学習時間、アルバイト時間に-、部活動時間に+
運動部、文化部の学生は 1 週間の多くの時間を部活動に割かれやすい。そのため、学
習時間、アルバイト時間の両方に負の影響を持つと予想する。
・奨学金、仕送り…学習時間に+、アルバイト時間に-、部活動時間に+
金銭が少ない場合、学習と部活動に対しては、学習と部活動を行う費用が同一でも相
対的な価値が大きいため、負の影響を持つと考えられる。一方、金銭が少ない場合、ア
ルバイトによる所得の増加が同一でも相対的な価値が大きいため正の影響を持つと考
えた。
・大学適応良好ダミー…学習時間、アルバイト時間に無関係、部活動時間に+
大学に適応しているかどうかは学習やアルバイトに直接的な影響はないと考え、部活
動といった課外活動への時間には、大学に良好に適応していることから大学での部活動
に正の影響を与えていると予想した。
15
5.分析結果
分析の結果を表1から表 3 に報告する。今回の分析では全体、文系。理系と 3 つに
分けて回帰分析を行ったが、文系と理系の総数の和が全体の総数と一致しないのは文系、
理系の両方に含まれないデータが存在するためである。被説明変数は表の左上に記述し、
また列によって全体、理系、文系を分けた。各変数の上段が係数、下段が標準誤差を表
している。なお、分析に用いた各変数、文理別の記述統計量については巻末の付表 1 か
ら付表 3 にまとめて記した。
16
表1
回帰分析
週学習時間
週学習時間
学年
理系ダミー
特別入試ダミー
教員満足ダミー
授業満足ダミー
設備満足ダミー
ゼミ経験ダミー
授業外ITサポートダミー
中間レポート経験ダミー
中間テスト経験ダミー
運動部ダミー
文化部ダミー
仕送り
奨学金
大学適応良好ダミー
定数
R-squared
N
*
p < 0.1, ** p < 0.05, *** p < 0.01
全体
理系
文系
-0.243***
(0.047)
0.929***
(0.116)
-0.081
(0.114)
0.571***
(0.133)
-0.144
(0.134)
-0.042
(0.127)
-0.288**
(0.100)
0
(.)
-0.162
(0.251)
0.727**
(0.276)
-0.408
(0.277)
-0.268
(0.259)
-0.232***
(0.053)
0
(.)
-0.070
(0.127)
0.410**
(0.152)
0.102
(0.154)
0.141
(0.147)
0.401***
(0.113)
0.378***
(0.109)
0.335*
(0.161)
0.104
(0.147)
-0.396**
(0.122)
-0.105
(0.119)
0.038**
(0.014)
0.025
(0.013)
0.419**
(0.141)
1.276***
(0.231)
0.057
4030
0.799***
(0.238)
0.382
(0.228)
0.642
(0.372)
0.084
(0.336)
-0.384
(0.245)
-0.100
(0.254)
0.017
(0.026)
0.019
(0.024)
0.471
(0.311)
2.066***
(0.503)
0.029
1391
0.087
(0.131)
0.497***
(0.124)
0.273
(0.174)
0.039
(0.161)
-0.452**
(0.143)
-0.097
(0.134)
0.049**
(0.016)
0.029
(0.016)
0.395*
(0.155)
1.210***
(0.258)
0.043
2337
注、時間は1週間あたりの時間、金銭は月額、単位は万
17
表2 回帰分析
週アルバイト時間
週アルバイト時間
学年
理系ダミー
特別入試ダミー
教員満足ダミー
授業満足ダミー
設備満足ダミー
ゼミ経験ダミー
授業外ITサポートダミー
中間レポート経験ダミー
中間テスト経験ダミー
運動部ダミー
文化部ダミー
仕送り
奨学金
大学適応良好ダミー
定数
R-squared
N
*
p < 0.1, ** p < 0.05, *** p < 0.01
全体
理系
***
文系
*
1.124
(0.136)
-2.538***
(0.334)
0.323
(0.330)
-0.647
(0.383)
0.808*
(0.387)
0.788*
(0.367)
-0.472
(0.326)
-0.107
(0.314)
0.484
(0.463)
0.432
(0.424)
1.516***
(0.352)
-0.379
(0.343)
-0.466***
(0.040)
0.051
(0.039)
-1.066**
(0.405)
7.852***
(0.664)
0.077
4030
0.435
(0.210)
0
(.)
0.102
(0.524)
-0.095
(0.577)
0.674
(0.579)
0.152
(0.542)
-0.930
(0.498)
-0.176
(0.578)
0.692
(0.777)
-0.139
(0.702)
1.746***
(0.511)
-0.919
(0.531)
-0.315***
(0.055)
0.111*
(0.050)
-1.377*
(0.651)
7.606***
(1.053)
0.045
1391
1.440***
(0.187)
0
(.)
0.376
(0.446)
-0.929
(0.536)
0.696
(0.545)
1.275*
(0.518)
-0.074
(0.461)
-0.201
(0.437)
0.098
(0.613)
1.202*
(0.568)
1.362**
(0.504)
0.198
(0.473)
-0.582***
(0.058)
-0.018
(0.060)
-0.847
(0.567)
6.588***
(0.909)
0.070
2337
注、時間は1週間あたりの時間、金銭は月額で単位は万
18
表 3 回帰分析
週部活動時間
週部活動時間
学年
理系ダミー
特別入試ダミー
教員満足ダミー
授業満足ダミー
設備満足ダミー
ゼミ経験ダミー
授業外ITサポートダミー
中間レポート経験ダミー
中間テスト経験ダミー
運動部ダミー
文化部ダミー
仕送り
奨学金
大学適応良好ダミー
定数
R-squared
N
*
p < 0.1, ** p < 0.05, *** p < 0.01
全体
理系
文系
0.087
(0.075)
-0.090
(0.183)
-0.078
(0.181)
-0.584**
(0.211)
0.325
(0.213)
0.376
(0.201)
-0.224
(0.179)
0.070
(0.172)
0.299
(0.254)
-0.108
(0.233)
6.687***
(0.193)
5.371***
(0.188)
0.120***
(0.022)
0.025
(0.021)
0.488*
-0.013
(0.136)
0
(.)
-0.214
(0.339)
-0.515
(0.373)
0.446
(0.375)
0.378
(0.350)
-0.494
(0.322)
0.291
(0.309)
0.290
(0.502)
-0.244
(0.454)
6.623***
(0.331)
4.827***
(0.344)
0.125***
(0.035)
-0.005
(0.032)
0.573
0.098
(0.095)
0
(.)
0.016
(0.225)
-0.680*
(0.271)
0.269
(0.275)
0.166
(0.261)
0.126
(0.233)
-0.100
(0.220)
0.401
(0.309)
-0.027
(0.286)
6.626***
(0.254)
5.663***
(0.238)
0.087**
(0.029)
0.034
(0.030)
0.342
(0.222)
-0.908*
(0.365)
0.318
4030
(0.421)
-0.460
(0.681)
0.303
1391
(0.276)
-0.817
(0.458)
0.323
2337
注、時間は1週間あたりの時間、金銭は月額、単位は万
19
5.1 活動時間についての経済学前提による分析
統計的有意性と係数の大きさの2つの観点から分析する。
第 1 に統計的な有意の有無から考える。まず、有意な結果が出なかった変数について
は、前提とした限界費用曲線、限界収入曲線に影響を持っていないということができる。
例えば、一般入試ダミーや特別入試ダミーなどは、どの被説明変数にも影響がなかった。
すなわち、一般入試ダミーや特別入試ダミーは大学生のすべての便益曲線、費用曲線を
シフトさせず、一般入試でも特別入試でもどちらでも行動に変化がないことを意味して
いる。
逆に、有意な結果が出た変数については、限界費用曲線、もしくは限界収入曲線を左
右にシフトさせる働きがあったといえる。シフトさせる働きを持った関数として、仕送
り、奨学金、大学適応ダミー、学年、運動部ダミー、理系ダミー、教員満足ダミー、IT
サポートダミー、中間レポート経験ダミー、ゼミ経験ダミーが挙げられる。
仕送りの場合、仕送りが増大する時、同一の学習時間、部活動時間あたりに物質的、
精神的な費用が小さくなっているといえる。直観的には、仕送りの額が少ない時よりも
多い時の方が部活動や学習を行う負担(費用)が小さく済むことをイメージすると理解
しやすいだろう。図 1 では同一時間上の費用が小さくなること、すなわち限界費用曲線
を右にシフトさせる働きがあったと考えられる。
逆に仕送りはアルバイト時間の便益を小さくなるため、仕送りの増大は限界便益曲
線が左にシフトした。直観的には、仕送り額が少ない時と多い時では、多い時の方がア
ルバイトを行うことによる便益が小さくなることと考えることができる。そのため、仕
送りは学習時間、部活動時間に正の影響、アルバイト時間に対し負の影響を持っている
と考えられるだろう。
理系ダミーの場合、理系は文系と比べて学習内容が将来の職業につながる知識や技術
であるため、同一時間で獲得する知識の獲得によって得られる便益が文系よりも大きい
20
といえる。そのため、理系ダミーは学習時間の限界便益曲線を右にシフトさせる働きを
持った。すなわち、学習時間に対し理系ダミーが正の影響を持っていたといえる。この
ように、正の影響を持つ説明変数は限界費用曲線もしくは限界便益曲線の右へのシフト、
負の影響を持つ説明変数は限界費用曲線もしくは限界供給曲線の左へのシフトで説明
することができる。
第 2 に係数の大きさについて考える。係数の大きさは経済学的モデル上では限界便益
曲線(もしくは限界費用曲線)のシフトの幅の大きさということができる。前述の仕送
り、理系ダミーを用いて考えると次のように説明することができる。
理系であることは学習時間に対して 0.929 時間学習を増大させる働きを持ち、仕送り
は月に 1 万円増加することで学習時間を 0.038 時間増加させる働きを持つことがわかる。
どちらも「学習時間の増加」という観点では同じであるが、「学習の便益、費用曲線の
シフトの幅」の観点では非常に大きな差がある。具体的には、理系の学習内容は実践性、
将来との関係で、理系の学習は学習の便益が大きく増加し、限界便益曲線は大きく右に
シフトする。一方で、仕送りは確かに自己の学習に対する限界費用を減少させる効果を
持つ。しかし仕送りはアルバイト時間や部活動時間に対する限界費用にも影響を及ぼす
ため、その影響が相対的に小さくなり、限界費用曲線は小さく右にシフトする。その結
果、理系の学習の限界便益曲線のシフト幅は大きく、仕送りの限界費用曲線のシフト幅
が小さくなったといえるだろう。
5.2 仮説、変数の詳細な分析
まず、仮説別の分析を行う。
・仮説 1
学習時間を被説明変数に用いた回帰分析で、教員満足ダミーが有意水準 1%で正の影
響を持つため、教員は学習時間に影響を持つという仮説 1 は一般的に当てはまるといえ
21
る。そして、表 1 からも明らかだが、有意な変数の中で教員満足ダミーが理系ダミーを
除けば最も係数が大きい。文系理系は大学生自身が高校生の時点で選んで決定している
ものなので、大学生の周囲の環境で最も大きな影響を与える要因といえるだろう。
・仮説 2
学習時間を被説明変数に用いた回帰分析で、特別入試ダミーが有意でないことと、特
別入試ダミーがアルバイト時間、部活動時間のいずれにも関係しないことから、入試形
態の差は大学生の行動には何の影響もないことがわかる。また、特別入試ダミーの係数
も非常に小さく、仮に有意であっても影響は非常に小さいといえるだろう。したがって、
学習時間などの時間の観点から考えた場合、特別入試によって学生の質が下がったとは
いえない。
・仮説 3
アルバイト時間を被説明変数に用いた回帰分析で、仕送りは有意水準 1%で負の影響
を持っている。また、係数の大きさも、0.466 と小さいわけではない。大雑把に考えれ
ば仕送りが 1 万円少なければ週のアルバイト時間は 0.5 時間増え、月では 2 時間ほどア
ルバイト時間が増える計算になる。仮に時給千円とした場合、アルバイト時間が 2 時間
増加した程度では仕送り減少額に釣り合わない。しかし、アルバイト時間は 1 時間単位、
もしくは 1 週間の時間単位での変動であり時間の増減は柔軟でないため、現実的な変化
ということができるだろう。一方、奨学金はアルバイト時間に有意な影響を持っていな
い。奨学金が有意な結果を持たない理由として、給付型奨学金や貸与型奨学金といった
種類の違いや金額が必ずしも家庭からの仕送り額と比例関係を持たない状況が考えら
れる。つまり奨学金ではなく、仕送り額の大小がアルバイト時間に影響を持つといえる。
次に変数別の分析を行う。
・学年
22
学年は学習時間に負、アルバイト時間に正の影響を持っている。学習時間に負の影響
を持つのは、学年が後半になるにしたがって生まれる慣れや、大学 3 年生の後半から大
学 4 年生の前半にかけて行われる就職活動が主な原因ではないかと考えられる。また、
学年が上がるにつれて就職活動など、金銭が必要な機会が増えるため、このような結果
につながったのだろう。係数は週アルバイト時間に対して 1 以上の大きさで、月単位で
は 4 時間ほどの差がある。大学生にとっては学年が上がる度に金銭が必要であることが
明白であるといえるだろう。
・理系ダミー
理系ダミー学習時間に正、アルバイト時間に負の影響を持っている。理由として以下
のように考えることができる。就職活動の際、技術系や専門職といった専門の知識やス
キルを企業が一定量求めることがある。その場合、工学や理学のような理系の学問の勉
強が仕事をする上で有用な知識につながる可能性が高い。そのため、結果的に学習する
ことの便益が増大し、理系の学習時間は正になったと考えられる。そして、アルバイト
は時間としては 2 時間や 4 時間といったまとまった時間の単位で行う必要があるため、
負の影響を持ったと考えられる。係数について、アルバイト時間に対する係数は学習時
間に対する係数の約 3 倍の大きさである。しかし、アルバイト時間が学習時間の約 4
倍平均時間が長いため、それぞれの活動時間への影響の大きさはそれほど変わらないと
言えるだろう。
・特別入試ダミー
特別入試ダミーはどのモデルにも有意な結果を持っていない。特別入試は大学入試時
点での入学の手段であり、その後の学生生活には何も関係がないため、当然の結果とい
える。係数も小さく、活動時間への影響があったとしても小さなものだと考える。
・教員満足ダミー
教員満足ダミーは学習時間に正、部活動時間に負の影響を持っている。教員が学習時
23
間に正の影響を持つのは見館(2008)らの研究の「教員とのコミュニケーション」が
学習意欲を促進する、という結論に一致する結果となった。また、部活動時間が教員満
足ダミーと負の関係を持っているのは理由付けが難しい。おそらく、大学の授業で知的
好奇心を満たした大学生は部活動など他の活動にも熱心になるのではないか、というこ
とが考えられる。係数の大きさはどの被説明変数の場合でも大きく変わらなかった。し
かし、各被説明変数の平均値を考慮すると、学習時間が大きく教員満足ダミーの影響を
受けているといえる。
・授業満足ダミー、設備満足ダミー
授業満足ダミー、設備満足ダミーは学習時間に有意でない。戸田(2011)らの研究
によれば「授業内容のレベル」や「授業設計」が学習意欲に影響を与えるため、先行研
究と一致しない結果となった。また、係数も学習時間に対しての係数は非常に小さい結
果となった。学習時間に有意でないという結果は興味深く、学習意欲を促進するのは大
学の授業や設備そのものではなく、教員の質や魅力による部分が大きいことがわかる。
大学が大学生の学習時間を増やそうとするならば、授業ではなく教員の魅力を高めるこ
とが必要だといえるだろう。
・ゼミ経験ダミー
ゼミ経験ダミーは学習時間のみに正に有意な結果を持っている。さらに、理系だけ有
意な結果だった。理由付けが難しいが、以下のように理由を推測する。実験や観察など
が理系に多く、フィールドワークや本の輪読などが多い文系の授業形態の差や、ゼミの
勉強する内容の難易度の差などが関係しているのではないか。係数も理系の係数が大き
く、ゼミ経験は理系に大きな影響を持っているといえるだろう。
・授業外 IT サポートダミー
授業外 IT サポートダミーは学習時間のみに正に有意な結果となった。さらに、文系
だけ有意な結果だった。理由付けは難しいため、以下のように理由を推測する。文系の
24
授業は理系の実験や観察の授業と異なり、他人とコミュニケーションを取る機会が相対
的に多いのではないだろうか。そのため、IT を通じて教員や学生とコミュニケーショ
ンを取る授業の多い方がより学習意欲を促進といえる。
・中間レポート経験ダミー、中間テスト経験ダミー
中間レポート経験ダミーだけが学習時間に影響を持った。このことから、大学生の学
習時間を増やすために中間テストを行っても効果はあまりないことがわかる。その要因
としてレポートには作成に時間がかかること、テストは勉強を行わなくともテストを受
けるためには必ずしも学習が必要でないことが考えられる。係数も中間レポート経験ダ
ミーが中間テスト経験ダミーより大きく、学習時間に中間レポートが重要だといえる。
・運動部ダミー、文化部ダミー
運動部ダミーは学習時間、部活動時間、文化部ダミーの全てに有意な結果となり、文
化部ダミーは部活動時間のみに有意な結果となった。部活動時間に運動部ダミー、文化
部ダミーが有意なのは自明なので、その他2つの時間について取り上げる。運動部ダミ
ーは学習時間に対して文系のみに有意であった。運動部に所属する学生は、理系では
396 名、文系では 519 名と大きな差はない。そのため、一般的に理系の学生の方が同じ
運動部であっても時間管理が適切である、と推察することができる。また、運動部ダミ
ーがアルバイト時間に正の影響を持つが、運動部は部活動とアルバイトの両立に積極的
であると考えられる。そして、勉強時間との関係も含めて考えると、運動部に参加する
学生はアルバイト時間が長く、学習時間が短い傾向があることがわかる。係数では、運
動部ダミーの係数が文化部ダミーの係数よりも大きい。運動部は時間的、空間的制約が
大きいため、結果的に学習やアルバイトへの影響も大きくなると考えられる。
・仕送り、奨学金
仕送りが学習時間、アルバイト時間、部活動時間に全体的に影響しているのに対し、
奨学金はほとんど有意な結果にならなかった。奨学金がアルバイト時間に影響を与えな
25
い理由として、経済的に困窮している学生に必要な水準の金銭が貸付、給付されている
ため、奨学金の大小と別の要因で大学生がアルバイトや部活動を行うこと等が考えられ
る。また、仕送りが学習時間、部活動時間に正、アルバイト時間に負の影響を持つのは
仕送りの額によって3つの時間の割合が変わることを示している。所得格差が仕送りの
有意性にも表れているといえる。そして係数も、仕送りの係数が奨学金の係数より大き
く、仕送りが活動時間により大きな影響を持つことがわかる。
・大学適応良好ダミー
大学適応良好ダミーは学習時間、部活動時間に正、アルバイト時間に負の影響を持っ
ている。この説明変数は主観的なものであるが、全ての被説明変数に関係を持っている
のは興味深い。経済学的モデルに基づいて考えると、大学に適応している状態は学習と
部活動に対しては心理的、精神的な費用を低下させる働きを持ち、逆にアルバイトには
大学という良好な場所を離れる心理的、精神的費用を増加させる働きを持っているとい
えるだろう。係数も小さいわけではなく、大学に適応しているかという抽象的な要因が
活動時間全体に持つ影響が大きいといえるだろう。
26
6.
まとめ
本稿では、一般的に言われていたり考えられたりすることが統計的にどの程度正しい
のか3つの仮説を立て、検証を行った。その結果、教員に満足していると学習時間に正
の影響をもつこと、一般入試と特別入試では学生の質の差(活動時間の差)がないこと、
仕送りが少ない学生はアルバイト時間が長くなることがわかった。活動時間についての
経済学的なモデルを用いて考えると次のようになる。教員に満足していると、その教員
から学ぶことで得られる知識量が同じでも教員への満足感があるため、限界便益曲線が
右にシフトして最適な学習時間が増加した。また、理系ダミーに次いで学習時間のモデ
ルでの係数も最も大きくなり、教員は学習時間に大きな影響力を持つことがわかった。
そして、特別入試はそれぞれの活動時間の限界便益に影響がないため、学習時間の増減
に関係がなかった。さらに、経済的に困窮している学生はアルバイトの限界便益が大き
いため、限界便益曲線が右にシフトし、最適なアルバイト時間が増大した。このように
限界費用、限界便益曲線の左右のシフトとシフトの幅によって説明することができる。
戸田(2011)らの研究では「授業設計」、見館(2008)らの研究では「教員とのコミ
ュニケーション」が学生の学習動機を決定づけるものとして重要であると指摘されてい
た。しかし、戸田ら(2011)や見館(2008)らの研究は記述調査で、大学の数も1つで
あったため、全国の学生に無作為に行ったインターネット調査をデータセットとして用
いて先行研究の一般性も検証した。その結果、学生の学習時間には教員に対する満足感
が影響するが、授業に対する満足感は影響しないということが明らかになった。これは
戸田(2011)らの研究と一致しない結果となった。このことを単純にまとめると、「何
を教えるか」ではなく「誰が教えるか」が大学生の学習のモチベーションにつながって
いるということだ。すなわち、大学生の学習時間に強く影響するのは、教員の人的魅力
であるということだ。そのため、大学生の学習時間を増加させるためには、教員の教え
方を向上させるための研修を実施したり、公の場で発言する機会を増やすことで教員の
27
話し方の上達を促したりすることが有効だと考える。教員の専門分野の研究や論文の執
筆だけでなく、上記のような教員の魅力を高めるための人的資本の蓄積が必要だろう。
また、仮説以外の部分で興味深かったのは、大学生の活動時間全体に影響を及ぼす要
因として大学適応良好ダミーと仕送りであった。特に大学適応良好ダミーの係数は全体
的に大きく、主観的、抽象的な要因が活動時間に大きな影響を持つことがわかった。つ
まり、大学が大学生に対して活動時間を変えさせようとするなら、心理カウンセラーを
内部に設置することや仕送りに近い形の給付型の奨学金の充実が有効な可能性が高い、
ということを意味している。
謝辞
本稿で行った回帰分析にあたり、東京大学社会科学研究所付属社会調査・データアー
カイブ研究センターSSJ データアーカイブから〔「大学生の学習・生活実態調査,2008」
(ベネッセ教育総合研究所)〕の個票データの提供を受けました。この場を借りて御礼
を申し上げます。
28
参考文献
1. 吉田博・戸川聡・金西計英(2011)「大学の授業における学生が授業外学習を
行う要因」『日本教育工学会論文誌』
日本教育工学会
35(Suppl.)
p153
~p156
2. 見館好隆・永井正洋・北澤武・上野淳(2008)「大学生の学習意欲、大学生生
活の満足度を規定する要因について」『日本教育工学会論文誌』日本教育工学
会
32(2)p189~p196
大学分科会(第 108 回)・大学教育部会(第 20 回)合同会議
3. 文部科学省
付資料
配
「資料 1 鈴木委員提出資料」
( http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/siryo/attach/13240
09.htm)
4. 文部科学省
大学分科会(第 71 回)
配布資料
資料 4-2 「学士課程教育の構築に向けて答申(案)」
(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/08103112/003.htm)
ホームページ最終閲覧日:2015 年
29
1 月 21 日
参考図
参考図 1
刑法犯少年少女の同年齢人口
千人あたりの年間検挙人員
30.0
25.0
年
間 20.0
検
挙 15.0
人
員 10.0
数
5.0
男性
女性
0.0
「平成 25 年
警察白書
統計資料」より作成
参考図2
刑法犯少年少女の年間検挙人員数
120,000
100,000
年
間
検
挙
人
員
数
男性
80,000
女性
60,000
40,000
20,000
0
「平成 25 年警察白書
統計資料」より作成
30
付表
付表 1
記述統計量
全体
全体
平均値
標準偏差
最小値
最大値
N=4030
学習時間
2.236
3.336
0
21
アルバイト時間
9.150
9.710
0
60
部活動時間
3.402
6.204
0
100
学年
2.500
1.119
1
4
理系ダミー
0.345
0.475
0
1
特別入試ダミー
0.283
0.450
0
1
教員満足ダミー
0.529
0.499
0
1
授業満足ダミー
0.492
0.499
0
1
施設満足ダミー
0.758
0.428
0
1
ゼミ経験ダミー
0.450
0.497
0
1
IT サポートダミー
0.405
0.491
0
1
レポート経験ダミー
0.825
0.379
0
1
テスト経験ダミー
0.780
0.413
0
1
運動部ダミー
0.245
0.430
0
1
文化部ダミー
0.275
0.446
0
1
仕送り
2.885
3.812
0
51
奨学金
1.992
3.863
0
50
大学適応ダミー
0.830
0.375
0
1
注1
時間に関する変数は 1 週間あたりの時間
注2
仕送り、奨学金については月額、単位は万
31
付表 2
記述統計量
理系
理系
平均値
標準偏差
最小値
最大値
N=1391
学習時間
2.986
4.054
0
21
アルバイト時間
7.186
8.545
0
60
部活動時間
3.531
6.470
0
100
学年
2.476
1.123
1
4
1
0
1
1
特別入試ダミー
0.254
0.435
0
1
教員満足ダミー
0.553
0.497
0
1
授業満足ダミー
0.500
0.500
0
1
施設満足ダミー
0.730
0.444
0
1
ゼミ経験ダミー
0.666
0.471
0
1
IT サポートダミー
0.380
0.485
0
1
レポート経験ダミー
0.865
0.341
0
1
テスト経験ダミー
0.825
0.379
0
1
運動部ダミー
0.284
0.451
0
1
文化部ダミー
0.258
0.437
0
1
仕送り
3.393
4.214
0
51
奨学金
2.397
4.547
0
50
大学適応ダミー
0.851
0.356
0
1
理系ダミー
注1
時間に関する変数は 1 週間あたりの時間
注2
仕送り、奨学金は月額、単位は万
32
付表 3
記述統計量
文系
文系
平均値
標準偏差
最小値
最大値
N=2307
1.825
2.837
0
21
10.199
10.145
0
60
部活動時間
3.286
5.998
0
55
学年
2.537
1.112
1
4
0
0
0
0
特別入試ダミー
0.297
0.457
0
1
教員満足ダミー
0.515
0.499
0
1
授業満足ダミー
0.486
0.499
0
1
施設満足ダミー
0.776
0.416
0
1
ゼミ経験ダミー
0.313
0.464
0
1
IT サポートダミー
0.412
0.492
0
1
レポート経験ダミー
0.802
0.398
0
1
テスト経験ダミー
0.756
0.429
0
1
運動部ダミー
0.222
0.415
0
1
文化部ダミー
0.283
0.450
0
1
仕送り
2.610
3.552
0
25
奨学金
1.738
3.414
0
50
大学適応ダミー
0.819
0.384
0
1
学習時間
アルバイト時間
理系ダミー
注1
時間に関する変数は 1 週間あたりの時間
注2
仕送り、奨学金は月額、単位は万
33