カノン

カノン
多数の声部が同じ旋律をタイミングをずらして歌う(演奏する)形式のことである。フー
ガの一種であるが、フーガは主題を繰り返し使うというルール以外の点において、かなり自
由な作曲が許されるのに対して、カノンでは基本的に各声部とも同じ旋律を厳密に模倣・追
唱するという違いがある。カノンの方が各声部の独立性が弱く、それだけ対位法的な効果に
おいてフーガに劣る。故にカノンはしばしば偽フーガ (false fugue) と呼ばれることもある。
また、模倣に関して非常に拘束が強いことから、fuga ligata (拘束具をはめられたフーガの
意味) とも呼ばれた。カノン (canon) とは教会の規範・法令の意味だが、その他に典礼文の
意味もあり、恐らく東方教会の典礼文に語源的関係がある。
(カノンを作曲するための技巧
上のルールの意味ではないと思われる。
)
カノンの起源は古く中世音楽でも盛んに使われていたが、最盛期はルネサンス期である。
カノンには、後続声部が先行声部とまったく同じであるものから、ある音程差を持って入っ
てくるもの、対位法の技巧を使って旋律を反転させたものなど、幾つかの種類がある。
ラテン語で先導声部を dux、後続声部を comes と呼ぶ。
1. 声部の数:
カノンには二声から多声まで、声部の数によって多くの種類がありうる。
2. 音程差:
comes が dux に対してどのような音程差で入ってくるかによって、同度のカノン、二度
のカノン、三度のカノン・・・等、多様な種類が考えられる。特に音程差をつけず、後続声
部が同度あるいは八度で入ってくるものを ラウンド(英:round、伊:rota、羅:rondellus,)
と呼ぶ。
3. 反行カノン:
dux の旋律を反行させたものを comes が歌うもの。
4. 逆行カノン:
dux の旋律を逆行(蟹行)させたものを comes が歌うもの。蟹行カノン、蟹カノンとも
呼ぶ。
5. 拡大カノン・縮小カノン:
dux の旋律に対し、これを拡大あるいは縮小したものを comes が歌うもの。拡大カノン、
縮小カノンなどと呼ぶ。
6. 二重カノン:
カノンの主旋律が二つあるもの。それぞれに dux と comes がつく。三重カノン以上の多
重カノンもある。
7. 鏡カノン
鏡カノンとは、片方の声部が、もう片方の声部の完全な鏡面反行になっているものである。
8. テーブル・カノン
テーブル・カノンとは、一方の奏者の楽譜を、もう片方の奏者は反対側から読むものであ
る。つまり楽譜を上下逆に置いて読むことに相当する。テーブルの上に楽譜を置き、テーブ
ルの両側に立った奏者が演奏することが想定されることから、この名がある。バッハやモー
ツァルトに例があるが、メジャーな種類ではない。
9. リズム・カノン
メシアン (1908-1992) が提唱したカノンで、音程に関してはカノンとは言えないが、リ
ズムに関して模倣になっているものである。
10. 謎カノン
謎カノンとは一つの声部しか楽譜に記載されておらず、他の声部が入るタイミングだけ
が書かれているものである。謎カノンと言っても、なにか秘密があるわけではなく、記譜法
の一種に過ぎない。輪唱のように完全に各パートが同じカノンでは、入るタイミングと終わ
るタイミングだけを書いておけば、このような記譜法が簡単でよい。
(特にルネサンス期に
は楽譜が貴重であり、大きなひとつの楽譜を複数人でシェアする場合が多かったのでなお
さらである。
)
バッハの肖像画。謎カノンを手に持っている。