Vol.13

SPDP
Vol.
The Society of Primate Diseases and Pathology
<巻頭総説>
<会員の集まる喫茶店>
カニクイザルを用いた子宮移植
Monkey-Tail Café
モデルの開発
第23回 サル類の疾病と病理のため
の研究会ワークショップ開催後記
関 あずさ ハムリー株式会社
小野 文子 千葉科学大学
Jan. 31, 2015
▽
中村 菊保 (SPDP 1308)
▽
三輪 恭嗣 (SPDP 1305)
▽
玉田 房枝 (SPDP 1307)
木須 伊織 慶應義塾大学医学部
<学術集会報告書>
13
株式会社新日本科学
みわエキゾチック動物病院
積水メディカル株式会社
<表紙のサル・拡大版>
若狭芳男さんという人
編集/発行
サル類の疾病と病理のための研究会
記事および画像・写真の無断複製,使用,転用を禁止します。
SPDP LETTERDS Vol. 13, Jan. 31, 2015
<巻頭総説>
カニクイザルを用いた子宮移植モデルの開発
木須 伊織
慶應義塾大学医学部 産婦人科学教室
我々は,子宮移植の臨床応用を目指し,現在滋
国においても同様な状況の国も多い。最近これ
賀医科大学動物生命科学研究センターにてカニク
らの患者が自らの児を得るために,「子宮移植」
イザルを用いて子宮移植研究を行っている。この
という新たな生殖補助医療技術が考えられるよ
センターに辿り着いて約2年の月日が流れたが,
うになってきた。
センターの方々の多大なるご協力によりこれま
子宮移植は,ドナーからの子宮の提供で子宮の
で貴重なデータを蓄積し続けてきた。本稿では,
移植を受けたレシピエントの妊娠や出産を可能
我々が当センターで行っているカニクイザルを用
にさせるというものである。子宮移植の対象者
いた子宮移植研究について紹介させて頂く。
は,先天的に子宮を欠損するロキタンスキー症
候群や後天的に子宮悪性腫瘍,良性疾患 (子宮筋
*子宮移植とは?*
腫や子宮腺筋症など),産後の大量出血などで子
生殖補助医療技術の発展により,我が国では体
宮摘出を余議なくされた生殖年齢の女性である。
外受精による出生児は約3 %にのぼり,生殖補助
日本においてはこれらの患者は約6 - 7万人いると
医療技術は多くの不妊夫婦に福音をもたらしてき
推定されている。これらの女性にとって,挙児は
た。しかしながら,子宮自体の異常が原因であ
不可能であり,他人からの子宮を移植すること
る子宮性不妊女性が,自らの子宮で児を育て,
で,妊娠出産の機会を与えるというのが「子宮移
出産することは不可能である。これらの女性が
植」である。
児を得るには代理懐胎や養子制度などの選択肢
*なぜカニクイザルか?*
が残されるが,代理懐胎に関しては多くの倫理的・
社会的・法学的問題点を抱えていることにより我
子宮移植という新たな技術を臨床応用にするに
が国では認められていないのが現状であり,諸外
は,動物実験での検証が必須である。我々は,
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SPDP LETTERDS Vol. 13, Jan. 31, 2015
対象動物としてカニクイザルを選
択した。その理由は,解剖生理学
的にヒトと類似している点が多い
ためである。月経周期が約1ヶ月で
あり,内性器や骨盤内血管走行が
ヒトと似ている点はヒトを想定し
た前臨床試験としては最適である。
一方で,デメリットも存在する。
体格がヒトでいう新生児と同等で
あり(3-4kg),手術に時間や技術を
要すること,個体が安価ではない
こと,術後管理が困難であり,周
【図1】カニクイザルにおける子宮移植手術の流れ
術期管理および免疫抑制剤血中濃
経験した。これに対しては,事前の自己血貯血や
度コントロールが十分に行えないこと,生殖補助
他個体からの輸血で出血を補う他,綿密な術中
医療技術が確立されていないことなどが挙げられ
管理を行うために獣医である板垣氏や麻酔科医
る。これらのデメリットのため,カニクイザルで
の加入により,術中の電解質補正,体温管理,
の子宮移植モデルの作製は決して安易ではなく,
呼吸管理などの観点からも大幅に改善すること
これまでに多くの苦労を経験し,課題を解決し
ができ,最近は術中死を経験することがなくなっ
ながら研究を進めている。
た。
*手術手技や術中管理*
*免疫抑制剤の投与*
カニクイザルの子宮移植手術は約1 2 - 1 5時間か
臓器移植においては,手術のみならず移植臓器
かる。その理由は,カニクイザルはヒトの約1/15
の拒絶反応を抑えるための術後の免疫抑制剤の
の大きさであり,1 m m以下の細い血管を扱うた
管理が重要になってくる。我々は予備実験におい
め,血管吻合を顕微鏡下で行わなければならな
て,術後にカニクイザルが免疫抑制剤を内服して
いためである。少しでも太い血管の吻合を行うた
くれず,血中濃度のコントロールが不良になり,
め,これまでに吻合血管の選択を試行錯誤行い,
拒絶反応により子宮の萎縮に至った経験をした。
ある程度の術式は確立した。また,長時間の手
そのため,確実に投与を行うため,シクロスポリ
術となるとin-out valanceを含めた術中管理も重要
ンを皮下注射する方法を考案したが,これまで
である。特にヒトと異なり微量な出血の蓄積に
にカニクイザルのシクロスポリンの皮下注射のデー
より致命的となり,これまでに何度も術中死を
タは皆無であった。そこで,6個体のサルを使用
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SPDP LETTERDS Vol. 13, Jan. 31, 2015
して,3つ濃度のシクロスポリンを各々投与し,
間, 2 時間, 4 時間, 8 時間虚血させたモデルを
血中濃度のモニタリングを行った。時には2時間
各々作製し,病理学的,生理学的,機能的なデー
毎の採血が必要となり,この実験だけでも約450
タを蓄積している最中である。8時間虚血を行う
回の採血を行うこととなり,センターの方々の
場合には,実験が朝までかかることもあり,こ
絶え間ないご協力には頭が下がる思いである。
の実験にお付き合いして頂いているセンターの方々
センターの方々のご尽力により,これらのデータ
には申し訳ない気持ちで一杯である。
が評価され,この業績は国際雑誌
(International
*移植実験に向けて*
Journal of Pharmacology) に見事に掲載された。
これまでに移植実験を予備実験の位置付けとし
*虚血許容時間の検討*
て行ってきたが,本格的な同種移植実験は2015年
臓器がドナーから摘出される際には,その臓器
2月から着手する予定である。この実験ためにこ
がどのくらい虚血にさらされたか,もしくはどの
れまでに多くの準備を行ってきた。詳細な解説は
くらいの虚血時間に耐えられるかがポイントと
省略させて頂くが,準備してきた内容を列挙させ
なる。これらは脳死や心停止ドナーへの候補拡
て頂く。自己血貯血,他個体の全血輸血,血液
大にもつながる。しかしながら,子宮がどのくら
型測定,M H C解析,免疫抑制剤プロトコール作
いの虚血に耐えられるかのデータはないため,我々
成,免疫学的検討
は子宮を術中に虚血にして,その後の子宮機能を
析 ) ,免疫染色の条件検討,子宮頸部生検の工
評価する実験を行っている。子宮を 3 0 分, 1 時
夫,麻酔管理,輸液管理,低体温対策,エコー
(リンパ球混合試験,FACS解
【図2】カニクイザルにおけるシクロスポリンの血中濃度動態
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SPDP LETTERDS Vol. 13, Jan. 31, 2015
ヒトへの臨床応用のための前臨床試験として,霊
長類動物を用いた基礎研究は重要であり,我々
の研究に対する評価や期待は非常に大きい。そ
のような研究に従事できることに我々は大変誇
りに思っているが,それにはセンターの方々の絶
え間ないご協力があることにより成し遂げられて
いる。我々は臨床医からなるチームであり,平
日は診療業務に専念せざるを得ず,なおかつ東京
での勤務のため,週末にしか滋賀医大のセンター
【図3】虚血にされた子宮
に足を運ぶことができない。センターの方々に
はボランティアで休日出勤して頂き,我々の実験
検査,人工授精などである。まだ不十分な部分
をサポートして頂いている。実験が翌朝まで及ぶ
があったり,動物実験の限界は存在すると考え
こともしばしば見受けられる。それにも関わらず,
られるが,今後,当センターにおいてカニクイザ
全くの苦情もなく,快く引き受けてくれるセンター
ルの子宮移植モデルの作製に成功することが多
の方々には心から敬意を表したい。我々としても,
いに期待される。
センターの方々のご尽力に応えられるように,何
としてでも子宮移植の臨床応用を実現させたいと
*最後に*
願いながら,今後も本研究に従事していきたいと
思う。
現在,滋賀医科大学動物生命科学研究センター
で行っているカニクイザルを用いた子宮移植研究
なお,我々の子宮移植研究の詳細に関しては,
は日本だけでなく国際的にも注目を浴びている。
HP (http://www.pt-ut.org/) を参照されたい。
【図4】実験の様子
【図5】筆者およびセンターの方々
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SPDP LETTERDS Vol. 13, Jan. 31, 2015
<学術集会報告書>
第23回 サル類の疾病と病理のための研究会
ワークショップ開催後記
関 あずさ
ハムリー株式会社
小野 文子
千葉科学大学
今回のテーマは,サル類の獣医学的管理
―実験動物分野と臨床分野―ということ
で,吉川会長による,サル類を取り扱う
上でのバイオリスク管理についての基調
講演で始まりました。
サル類の獣医学的管理においては,エキ
ゾチックアニマルとしてのサル類の獣医
学的管理について,みわエキゾチック動
2014年8月28日に開催したワークショップは,
物病院院長,東大動物医療センター専門医として
関東地方とはいえ,銚子という突端の地にもか
活躍されている三輪恭嗣先生にご講演いただきま
かわらず,多くの方々にご参加いただくことがで
した。サル類の外来診療の現状および,様々な
きました。遅ればせながら御礼申し上げます。会
症例,麻酔,処置についてご紹介いただき,大
場の千葉科学大学は,銚子マリーナから太平洋
変勉強になりました。実験動物分野の臨床につ
を望む地に立地しており,銚子ジオパーク,カモ
メ,そして海の向こうに富士山まで望める,自然
豊かな環境です。当日は,天候が悪く,夕日も見
えませんでしたが,発表内容が多く,余裕のな
いタイムスケジュールでしたので,これで天気が
良かったら,銚子まで来た価値が半減していたで
しょうから,天気もワークショップを応援してく
れたようです。
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SPDP LETTERDS Vol. 13, Jan. 31, 2015
ポスター発表は 4 題でしたが,ポスターセッ
ションの時間は,参加者の意見交換の場となり,
短時間でしたが,銚子銘菓ぬれせんべいやサブ
レも用意させていただき,ポスター会場は身動
きができないほどの盛況でした。
後半セッションはトピックスとして,大変興味
深い講演をいただきました。東北大学 五十嵐康
宏先生より,ベルギーにおけるカニクイザルを用
いた異種移植研究の紹介,この研究に先生が取
り組まれる背景に,I型糖尿病の子供たちに対す
る先生の強い思いを感じました。また,自治医
科大学 菱川修司先生からは,先端医療技術開発
センターの取組みについてご紹介いただき,今後
の医科学研究発展には欠かせない分野であると
あらためて認識しました。最後の藤谷 登先生の
「動物の臨床検査のシステム構築」についての講
演はこれだけで1つのテーマにする価値のある内
いては予防衛生協会岡林佐知先生に霊長類医科
容でしたが,時間が押してしまい,ご講演を急い
学研究センターにおける約1500頭のサル達に関わ
でいただいて申し訳ありませんでした。参加者の
る膨大な臨床症例と処置についてご講演いただ
方々からも重要な取組みであるとのご意見を多
きました。三輪先生,岡林先生とも,ハンドア
くいただきました。
ウト資料をご提供いただき,非常に有用な抄録
集となりました。参加いただいた方からは,「実
験動物分野でも伴侶動物分野でも,どちらが優れ
ているということではなく,そこまでかけ離れ
たものではないということが分かりました。そ
れぞれを違う分野のやり方と区別してしまわずに,
総合的に臨床の情報として蓄積,発信して頂けた
ら獣医学も変わって行くのではないか。疾病と病
理の間を繋ぐものとして今後もテーマにして欲し
いと思います。」とのご意見をいただきました。
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SPDP LETTERDS Vol. 13, Jan. 31, 2015
懇親会は駅前のホテルで開催となりましたが,
最後に,今回のワークショップ運営においては
千葉科学大学学長も参加いただき,多くの先生
千葉科学大学教職員の方々,ハムリー株式会社
方が御帰りの時間が許す限りご歓談いただきま
の関あずさ様に多大なご協力をいただき,感謝
した。
いたします。
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SPDP LETTERDS Vol. 13, Jan. 31, 2015
会員が集まってご自分のお仕事について語り合う喫茶店「Monkey-tail Café」の
コーナーです。交流の場としてご愛顧下さい。ある日突然として執筆の依頼が届
く恐ろしい状況,と一部で評判になっています。いずれは皆様に書いて頂くこ
とになりますので,早く済ませた方がいいかも知れません。
株式会社新日本科学
中村 菊保 (SPDP No. 1308)
私は35年間,学生時代も含めてれば,39年間家
畜,特に鶏の感染病理を研究してきました。2014
年3月に長年勤務した動物衛生研究所
(前身は農
むずかしいかと思います。そこが面白ところかも
水省家畜衛生試験場) を退職後に,株式会社新日
しれませんが。眼球,歯,精巣,前立腺,下垂
本科学安全性研究所病理研究部東京病理センター
体など普段あまり見る機会のなかった臓器も対
に勤務しております。医薬品の病理組織検査を担
象となり,正常な組織構造を確認する作業から
当しています。過去には銅中毒,鉛中毒,ビタミ
はじめています。幸いなことに,わが社はCROと
ン欠乏,環境ホルモンなど毒性病理学についての
してたいへんな数の試験を受託しており,いろい
経験はありますが,こちらで実施されているよう
ろな動物のいろいろな臓器の標本をみることが
な厳密な安全性試験の経験はありません。とく
できます。過去の試験の標本や現在進行中の他の
にサルについてはほとんど経験がありません。従っ
研究員の担当試験の標本を見ながら,勉強してお
て,貴研究会の活動に期待しております。
ります。また,東京病理センターには経験豊富な
病理担当者が3人そろっているので,勉強になり
以前の動物衛生研究所時代には,野外例で問題
ます。
となっている疾病を解析し,実験的に証明して,
それらを論文にしていくということでおもしろかっ
これといった趣味がないのですが,テニスは30
た。しかし,今は試験を請負い,データを顧客
年来続けていました。東京勤務となってからはな
へ返すという仕事です。基本的には,実験は一回
かなかやる機会がないのが悩みです。会社の近隣
きりであり,再試験はありません。一回で判断
には墨田川や河川敷が広がり,昼休みの散歩が
しなければなりません。毒性病理では感染病理
軽い運動と気晴らしとなっているこのごろです。
のような派手な病変はみることは少なく,正常
【写真】昨年フランスで学会があり,ベルサイユ
から異常へのぎりぎりの病変を判断するので,
宮殿に行った時の写真です。
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SPDP LETTERDS Vol. 13, Jan. 31, 2015
一臨床医としてのサルとの関わり
みわエキゾチック動物病院, 東京大学付属動物医療センター
三輪 恭嗣 (SPDP No. 1305)
私は現在,「みわエキゾチック動物病院」を開
した。結果,
業するとともに東京大学付属動物医療センター
腹腔内に複数
(VMC; Veterinary Medical Center) のエキゾチック
の結節状病変
動物診療科責任者として週2回非常勤で勤務して
が形成されて
います。エキゾチック動物を専門にしているため
おり中から貝
殻のような形
サル類も時折来院しますが来院すると言ってもウ
をしたものを摘出し,摘出後確認すると貝殻の
サギなどに比べると非常にまれで接する機会は限
ようなものは丸まった虫でそこにいたスタッフ
られています。今回,当院の来院記録で過去7年
全員が得体のしれない虫にぞっとしたのを覚えて
間を調査したところ約1 0 0例のサルを診察してい
います。後日,その虫は舌虫類の仲間であること
ました。経験数としては限られたものですが,来
が確認されました。
院するサルの種類が様々であり,愛玩用として飼
育されているという点が開業医としてサルと接す
最後は,同居していたマーモセット2頭が次々
る際の一番大きな特徴でしょうか。
に亡くなり,重度の呼吸困難で来院しその日の
うちに亡くなった症例です。経過からも感染症が
症例で印象に残っているのは日本猿の帝王切開
疑われ,取扱にも十分注意したのですが,飼い
とタラポアンの舌虫類,マーモセットのヘルペ
主のいる愛玩動物であり取扱いに苦労したのを
スウイルス感染です。日本猿の帝王切開は某有名
覚えています。この症例は最終的に飼い主からヘ
ザル,次郎君が飼い主も知らない間に雌ザルを妊
ルペスウイルスが感染して斃死したものであるこ
娠させてしまい,その雌が幼少時に代謝性骨疾
とがわかりました。
患に罹患して骨が変形していたため自然分娩は困
難と判断し帝王切開に踏み切った例です。この時
今回,貴会から講演の依頼を頂いたのをきっか
は文献を調べ胎児の頭蓋骨の大きさを測り,帝
けに入会させて頂き,ワークショップにも初め
王切開を行うタイミングを決めて母子ともに救え
て参加させて頂きましたが,経験豊富な先生方
るか大きな不安の中手術を行った記憶があります。
が集まっており,まだまだサルと接する機会が少
結果として母子ともに経過良好で子ザルは立派に
なくわからないことばかりで相談する先にも困っ
成長し四代目次郎として活躍しています。
ていた私にとっては非常に心強い会に入会できた
ものだと思っております。今後とも会の皆様には
タラポアンの症例は食欲低下を主訴に来院し腹
御指導御鞭撻頂ければ幸いです。よろしくお願い
腔内腫瘤を確認したため試験開腹をおこないま
いたします。
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SPDP LETTERDS Vol. 13, Jan. 31, 2015
自己紹介と当事業所における症例紹介
積水メディカル薬物動態研究所
玉田 房枝 (SPDP No. 1307)
積水メディカル薬物動態研究所は非臨床受託試
よる薬物感受性個体差の遺伝的背景等に興味を
験を事業としており,原子力の街茨城県東海村の
持っています。サルの疾病と病理に関する話題と
東海駅近くに位置しています。in vivo 試験では主
しては,自分自身はまだ厄介な症例にあったこと
に標識化合物を用い各種動物での吸収,分布,
がないため,手元に記録のある過去7年間に当事
代謝,排泄試験を実施しています。
業所が経験した症例について,紙面を借りてご紹
介したいと思います。いずれも入荷時健康に見え
私は当事業所には3年前より勤務し,in vitro 試
た個体が検疫期間中に死亡した希少な症例です。
験に供する発現系細胞の開発に従事した後,2年
下記の他,急性胃拡張1例を含めこの期間の死亡
前より動物管理責任者,選任獣医師として所内の
例は4例ありました。
動物の健康管理業務に従事しています。また,昨
年度取得したばかりのAAALAC認証を継続すべ
症例1) アカゲザル♂ 3歳。入荷時に広範囲の脱毛
く環境整備にも日々取組んでいます。
があったがそれ以外の所見はなし。6日目に活力
の急激な低下。体温 3 2 . 8℃。保温の継続により
前職では3年間動物病院で外来診療を行い,主
35.0℃まで回復するが翌朝死亡確認。食欲は正常
にイヌ,ネコ,たまにげっ歯類,トリなどを対象
であったが体重が 2 5 %減少。剖検では胃内容物
としていましたので,当事業所で扱うサル,ブタ,
カエルについてはほぼ初めての経験でした。特に
はなく十二指腸以降に内容物充満。腹水 5 m L 貯
サルを扱えるのは非常に貴重な経験ですので,勉
留。各臓器に異常所見なし。
強のため是非ともこのSPSDに入会したい!と気
症例2) カニクイザル♂ 4歳。右手の甲と左足の付
合をこめて申込みをしました。まだまだ経験が
け根にそれぞれ小豆大と大豆大の腫脹を発見。
浅く,会員の皆様方のご教示を頼りにしておりま
発見から 2 5 日目に活力低下。翌日に死亡。食欲
すのでどうぞ宜しくお願いいたします。
は正常であったが体重が 3 3 %減少。剖検では腎
前前職では某ビール会社と大学でヒトのアルコー
臓に弾力のある白色の塊がある。脾臓表面に小
ル感受性の個人差の遺伝的背景を明らかにする
さな凹凸がある。小腸と大腸の内膜に黒色の斑
ためアルコール代謝酵素等のバリエーションとの
点多数。その他異常なし。
関係について研究していました。この経験からか,
現在は薬物代謝酵素の動物種差やサルの産地に
10
SPDP LETTERDS Vol. 13, Jan. 31, 2015
症例3) カニクイザル♂ 3歳。ごく微量の鼻汁発
臓一部黄変,重量157.6g
見。2日後腹部がやや膨張。翌日鼻汁量増加,活
27.6g (標準: 6.7g)。脾臓腫大化,重量34.6g (標準:
力やや低下。翌朝横臥位から動かずほどなく呼
6.7g)。
吸停止。剖検による所見: 口腔,鼻腔及び気管内
(標準:
111.7g)。腎臓
いずれの症例も他の動物への波及はありません
にクリーム色泡状の液体貯留。右肺暗赤色,左
でした。剖検以上の詳細な検査は行いませんで
肺一部肝変化,重量43.0g (標準: 24.2g)。心嚢膜内
したが,どのような疾病が考えられるのでしょう
に組織液1.5mL,心臓重量18.5g (標準: 9.4g)。肝
か?専門家の皆様のご意見を伺えれば幸いです。
<学術集会開催案内>
8th International Annual Meeting of Asian Society of Conservation Medicine
(ASCM) in Myanmar- 2015
開催地
ヤンゴン動物園
ミャンマー連邦共和国 ヤンゴン
開催日程
2015年10月
15日(木)
Pre-congress Educational Workshop (主対象: ネピドーの学生)
16日(金)
受付 Welcome Party
17~18日(土・日) ASCMメインミーティング
19日(月)
Post-congress Workshop (ヤンゴン国立公園)
Asian Society of Zoo and Wildlife Medicine (ASZWM) が学会名を改めてリスタートします。
詳しくは Asian Society of Conservation Medicine (ASCM) のサイトで。
<http://www.aszwm.corg>
投稿規定
SPDP LETTERS では会員からの記事・投稿を
言語 日本語あるいは英語
随時募集しております。
詳細 原 稿 形 式 , 提 出 方 法 な ど に つ いて は
内容 サル類・サル類の疾病に関する総説,学
SPDP
術論文,症例報告,ニュース,随想,表
LETTERS編集担当までお訊ね下
さい。
紙のサルとそれに関するエピソードな
問合せ・投稿先
ど。
板垣 伊織 [email protected]
11
SPDP LETTERDS Vol. 13, Jan. 31, 2015
<表紙のサル・拡大版>
若狭芳男さんという人
板垣 伊織
サル類の疾病と病理のための研究会 (SPDP No. 1147)
毎号 SPDP LETTERS の表紙を飾るのはサルの
テーションに使用されていました。前職で同僚だっ
写真ですが,今号はこのイラストです。実は会員
た私には非常に馴染みが深いもので,これを見
の皆様に是非お知らせしたいことがあって,敢え
るたびに氏の笑顔やソフトな声での熱心な語り
て自ら慣習を破りました。このイラスト,きっと
口が思い出されます。実験動物中央研究所にご在
見覚えがあることと思います。そのはずで,先号
籍の時代から非ヒト霊長類を用いた薬物依存性
(12号; 2014年10月31日発行) の巻頭総説でイナリ
研究の分野で多大な実績を上げられてきた科学者
としての能力もさることながら,氏の誠実で,丁
サーチの若狭芳男さんが使用されたものです。
寧で優しくて,それでいてきっちり筋を通す人柄
若狭さんにはその節,無理を言ってご寄稿をお
が好きで,何か困ったことがあったときはいつ
願いしました。そのお礼とお詫びを述べたくて,
も相談に乗ってもらっていました。昨年の8月,
今年は久く出していなかった年賀状を差し上げま
SPDP LETTERS 12号の巻頭総説をどなたにお願
した。ところが松の内も過ぎた頃,思いもよら
いしようかと思案に暮れた時,7年以上お目にか
ないお返事を受け取りました。お勤め先のご同
かっていない若狭さんをふと思い出したのもきっ
僚からいただいたそのお便りには,若狭さんの
と当時の癖が残っていたためでしょう。
ご逝去が綴られておりました。昨年末のことだそ
うです。遡ること10月12日にはご本人からメール
私のような何とも片付かない者は,やれ毒性病
を頂戴していたのです。とても現実として捉える
理をやれとか薬効試験をしろとか,何処ぞに出
ことなどできませんでした。
向してサルの面倒をみろとか,勤めていてもいろ
いろなことを言われます。若狭さんはそれにひき
※◆※◇※◆※◇※◆※◇※◆※◇※◆※◇※
かえ,ずっと薬物依存性試験一筋でした。会社の
「薬物静脈内投与実験」と題されたこのイラス
柱として,顔として,一つのことを任せられ続け
ト,若狭さんがずっと以前からご研究のプレゼン
たのは,きっと氏の備えていた人徳によるもので
12
SPDP LETTERDS Vol. 13, Jan. 31, 2015
しょう。取り扱う実験動物がアカゲザルですので,
実験者が入れ替わり立ち替わりというわけには
板垣伊織様:
行きません。見せる顔が違うだけでサルは鋭敏に
それを察知し,実験結果に影響が及びます。そん
連絡が遅くなりまして,申し訳ございません
な事情で薬物依存性試験チームは固定メンバーで
でした。
構成され,若狭さんはその主たる研究者,試験
何でも結構とのご指示でしたので,寄稿文を
責任者,そして次世代の指導者という立場でした。
担当させていただく旨,ご連絡させていただ
あちこち動き回っていた私にはひと所に鎮座して
きます。
いる若狭さんの境遇が羨ましく思えましたが,
そこで,とりあえず,思いつくまま原稿を作
それでいてなかなかのご苦労があったようです。
成してみました。ただし,まだ推敲の途中で
ご出世して部長職に就かれた時には正直あまり嬉
あり,また,最終の一つの文章は,現在も考
しそうな感じはなくて,むしろ研究現場に臨む
慮中ですので未完成です。まずは,こんな内
時間がマネージメントに費やされることを厭って
容でよいのかどうか,ご判断いただけますで
しょうか。こんな段階の文章をお送りするの
いるのではないかとの印象を受けました。私た
は大変失礼かと思いますが,もしほかの方に
ちに本当の気持ちを語ってくれることは決してあ
新たに寄稿を依頼する必要が生じた場合,時
りませんでしたが。
間的余裕がないと皆様に大変ご迷惑をおかけ
するのではと思ったため,途中段階ですが送
※◆※◇※◆※◇※◆※◇※◆※◇※◆※◇※
付させていただきました。
先月ご同僚からいただいたご連絡によると,か
寄稿文は,当初,私のサル実験の経験に基づ
れこれ二年ほどは病魔と戦いながらのお仕事だっ
く所感をまとめてみました。これは,学術色
たとのことです。原稿をいただいたのが昨年10月
は薄いものです。しかし,お送りいただいた
の初め,1 2月の初頭に体調を崩され,同月1 7日
黒澤先生や宮じま先生の寄稿文を見ると学術
に還らぬ人となりました。知らぬこととはいえ
色を入れないわけにはいかないと思い,後半
に行動薬理学的研究の記事をつなげました。
体力的に辛い時期にご執筆を頼んでしまい,申
前半と後半は関連があるので,唐突な2部作
し訳のないことをしたと思います。それでもそん
というわけではありません。
なことなど噫にも出さず,無茶なお願いを快くお
引き受けくださいました。程なくお届けいただ
思いがけず長文になってしまいました。ご要
いた初校に添えられていた文面は右の通りで,大
望に沿うものかどうか,どうか遠慮なくご判
断下さい。
変お気遣いに溢れています。ご訃報に触れた後で
これを読み返すと,ご自身に残された時間に限
若狭芳男
りがあることを意識していたように思われてなり
ません。
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SPDP LETTERDS Vol. 13, Jan. 31, 2015
先月号の総説は若狭さんが外部に発表された最
セージをいま一度読んでみて下さい。そして,ご
後の論文だと思います。「サル族」という言葉で
懇意だった方もご面識のなかった方も, 6 3 歳の
ご自身を表現し,歩んできた道を力強い,そして
若さで旅立っていった若狭さんの人となりを偲ん
熱い文章で綴っておられます。会員の皆様,お願
でみて下さい。そうしていただければ,故人の友
いです。サル族の同志に宛てた若狭さん最後のメッ
人の一人として大変ありがたく思います。
SPDP LETTERS Vol. 12
1) にアクセスできない方は 2) をお試し下さい。
1) https://spdp.sakura.ne.jp/members/pdf/SPDP_LETTERS_No_12_201410.pdf
2) http://www.spdp.jp/special/library/spdpletters/SPDP_LETTERS_No_12_201410.pdf
在りし日の若狭芳男さん。いつも整った髪型,大きなメガネ,ネクタイに白衣。私たちにはおなじ
みの姿です。こうして研究の前線にいることが何よりも大好きな方でした。
[写真提供: 株式会社イナリサーチ 坂本憲吾さん]
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SPDP LETTERDS Vol. 13, Jan. 31, 2015
編集後記
いつもお忙しい方に対してねじ込むように原
今号もMonkey-tail Caféへのご協力,ありが
稿のご執筆をお願いしています。そのせいで編
とうございました。ベテラン獣医病理の中村さ
集も思うにまかせず,また今号も発行が遅れま
ん,臨床獣医師として大活躍中の三輪さん,幸
したことについてまずはお詫び申し上げます。
か不幸か民間企業でサル類に携わってしまった
巻頭総説をお願いした木須先生は,子宮移植
玉田さん。なかなかバランスのとれた顔ぶれで
の臨床応用に向けていま大変精力的にご研究を
した。中に幾つかご自身の体験された症例が提
進めていらっしゃいます。その一部をお手伝い
示されており,大変興味をそそられました。
させていただいている縁で,今回ご寄稿をお願
SPDPはもともとサルの病気に関する情報を施
いしました。
設の垣根を越えて共有しようと集まった団体で
ご研究もさることながら,その活動を発信す
す。今となっては科学的な検証は難しいのでしょ
るためのホームページ作りにも力を注がれてい
うが,今号に挙げられた症例についてあれこれ
ます。カニクイザルを用いた基礎実験の詳細も
意見を出し合ってみるのも面白いと思います。
まとめられていますので,是非一度訪問してみ
状況を見てメーリングリストか電子会議室に
て下さい。
トピックスを立てますので,コメントのある方
子宮移植チームHP <http://www.pt-ut.org/>
はまず編集者までお知らせください。
[板垣]
連絡先: [email protected]
SPDP LETTERS (季刊)
SPDP LETTERS ではサル類に関する記事,ニュー
第13号 2015年1月31日発行
発行者
サル類の疾病と病理のための研究会
編集委員
宮嶌 宏彰, 板垣 伊織
ス,総説,論説,レポート,写真など,会員の皆
様からの投稿をお待ちしております。お問い合わ
せは編集委員連絡先まで。
[連絡先] [email protected] (板垣 伊織)
記事の内容や画像を引用する際はご一報下さい。
サル類の疾病と病理のための研究会
株式会社イブバイオサイエンス
株式会社 イナリサーチ
参天製薬株式会社
株式会社 ボゾリサーチセンター
株式会社 新日本科学
ハムリー株式会社
大鵬薬品工業株式会社 徳島研究センター
安全性研究所
「サル類の疾病と病理のための研究会」SPDPでは随時賛助会員を募集しております。お申し込み,お問い合わせは次ま
でご連絡下さい。SPDP賛助会員募集係 板垣伊織 ([email protected])
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