様式 3 学 位 論 文 要 旨 研究題目 (注:欧文の場合は、括弧書きで和文も記入すること) Sphingosine Suppresses Mesothelioma Cell Proliferation by Inhibiting PKC-δ and Inducing Cell Cycle Arrest at the G0/G1 Phase (スフィンゴシンの PKC-δ阻害と G0/G1 細胞周期停止による中皮腫細胞増殖抑制作用) 兵庫医科大学大学院 医学研究科 医科学専攻 生体応答制御系 臨床腫瘍薬剤制御学系 (指導教授 中野 孝司) 氏 名 大桒 久弥 【研究目的】 スフィンゴ脂質の主要部分を形成するものとしてセラミド・セラミド-1-エステル・スフィンゴシン・スフィンゴシン-1-エス テルなどがあり、スフィンゴシンは重要な代謝産物のひとつである。スフィンゴシンはセラミダーゼによるセラミドの分 解にて産生される。スフィンゴ脂質が細胞分化・細胞増殖・アポトーシスの調節する役割を持つことはすで に証明されている。今までの研究で、スフィンゴシンは海馬ニューロンや神経膠細胞、高分化の MKN-28 ヒト胃 癌細胞においてアポトーシスを誘導することが明らかとなっている。これらの事実は、スフィンゴシンが抗癌 剤開発の標的となる可能性を示唆している。 悪性中皮腫は過去のアスベスト曝露から発生する、極めて悪性度の高い腫瘍である。今までも多く の研究がなされているが、未だ有効な治療薬が無いのが現状である。そこで、我々はスフィンゴシンに よる悪性中皮腫の治療応用の可能性について研究を行った。 【研究方法】 1. 中皮腫細胞株NCI-H28, NCI-H2052, NCI-H2452 ,MSTO-211H細胞を用いた。 2. MTTアッセイにて細胞増殖を解析した。 3. アポトーシスを判定するためにタネル染色を行った。 4. フローサイトメトリーにて細胞周期解析を行った。 5. Cell-free systemでPKC-δ活性化を測定した。 6. Western blotting にてスフィンゴシンからの SDK 産生と PKC-δ発現レベルを検討した。 7. PLSD test、unpaired t-test、Dunnett’s test を用いて統計学的解析を行った。 【研究結果】 ① スフィンゴシンはここで用いた全ての中皮腫細胞株の増殖を抑制させた。各細胞間においてスフィンゴシンに よる細胞増殖抑制作用の相違は認められなかった。 ② スフィンゴシン処理後、ここで用いた全ての中皮腫細胞株においてタネル染色陽性細胞の有意な増加は認め られなかった。このことは、スフィンゴシンが中皮腫細胞のアポトーシスを誘発するのではなく、増殖を抑制 することを示唆している。 ③ スフィンゴシンはスフィンゴシンキナーゼ1によってリン酸化され、スフィンゴシン 1 ホスファターゼ(S1P)が産生される。 S1P は中皮種細胞生存率に影響を与えなかった。このことは、中皮腫細胞の増殖抑制作用がスフィンゴ シン自身によるものであることを示唆している。 ④ スフィンゴシンは、ここで用いた全ての中皮腫細胞株においてスフィンゴシン依存性プロテインキナーゼ(SDK)産生を 増加させなかった。このことは、スフィンゴシンの中皮腫細胞増殖抑制作用が SDK によるものでないこ とを示している。 ⑤ PKC-δ阻害剤であるロットレリンは、スフィンゴシンと同様に中皮腫細胞増殖を抑制した。さらに、PKC-δ をノックダウンさせることにより中皮腫細胞増殖が抑制された。これらの事実は、スフィンゴシンが PKC-δ 活性化を阻害し、その結果、中皮腫細胞増殖を抑制する可能性を示唆している。 ⑥ Cell-free system における測定で、スフィンゴシンは PKC-δ活性化を有意に低下させた。このことは、 スフィンゴシンによる PKC-δ阻害作用の直接的証拠を提示している。 ⑦ 中皮腫の細胞周期解析において、PKC-δノックダウンにより G0/G1 期の細胞分布は有意に増加し、 G2/M 期の細胞分布は減少した。このことは、PKC-δ阻害による G0/G1 期での中皮種細胞周期停 止を意味している。 【考察】 今回の研究結果は、スフィンゴシンに中皮腫細胞に対する増殖抑制作用があることを明らかに示して いる。過去の研究で、スフィンゴシンは PKC-δから切り出される SDK の産生を増加させ、SDK/14-3-3 蛋白/Bax/シトクロム C に関連したミトコンドリア経路を介してカスパーゼ-3/-9 を活性化し、海馬ニューロンや神経 膠細胞のアポトーシスを誘導することが示されている。また、スフィンゴシンは SDK 産生増加ならびに SDK 活性化によって高分化 MKN-28 ヒト胃癌細胞のアポトーシスを誘発することが明らかとなっている。本研 究結果においては、スフィンゴシンは SDK の産出を増加させず、スフィンゴシンによる中皮腫細胞増殖抑制作 用における SDK の関与の可能性は低かった。一方、Cell-free PKC assay にてスフィンゴシンは PKC-δ 活性を有意に低下させた。このことは、スフィンゴシンの直接結合による PKC-δ阻害を意味している。 スフィンゴシンと同様に、ロットレリンによる PKC-δ阻害あるいは PKC-δノックダウンは中皮腫細胞増殖を抑 制した。中皮種細胞周期解析において、PKC-δノックダウンは G0/G1 期での細胞周期停止を誘導 した。これらの結果は、スフィンゴシンは PKC-δ阻害によって G0/G1 期で細胞周期を停止させ、中皮腫 細胞増殖抑制に導くことを示している。これは、スフィンゴシン作用に関する新しい知見であり、スフィン ゴシンを標的とした中皮腫治療薬開発の基盤になると思われる。
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