認知症高齢者を “ホームホスピス”で看取る

認知症の人を支援する
ケアマネジメント
認知症高齢者を
“ホームホスピス”で看取る
● 事例提供 ●
居宅介護事業所天寿園在宅サービスセンター
ケアマネジャー
中野千恵子
老いと病いの文化研究所ホームホスピスわれもこう
ヘルパーステーションわれもこう管理者
ホームホスピスわれもこう代表
● 事例解説 ● 桜美林大学大学院教授 松本 恵美
竹熊 千晶
白澤 政和
を送っていたが、数年後に認知症を
居 者 に は、 そ れ ぞ れ に ケ ア マ ネ
Aさんの気配がわかる場所である。
発症した。子どもたちが相談し合い、
ジャーと訪問診療を行う医師が付い
入居すると、Aさんは活動的にな
本人が納得しないままに自宅の隣町
ている。デイケアなども、このホー
り、発語も多く、ベッドから降りよ
のグループホームに入居させたが、
ムホスピスから本人の必要に応じて、
うとする動作が見られるようになっ
入居直後は施設のガラス戸を破り国
その人に合ったさまざまな施設に
た。また、スタッフがベッドサイド
道に飛び出して車を止めて自宅に戻
通っている。入浴などに関しても、
を通るたびに目で追い、
「おーい、
ろうとしたり、暴言・暴力がひどかっ
ホームホスピスの風呂場で入浴がで
おーい」
「〇〇ちゃーん」と呼び掛け
たりしたため、1ヵ月で退去となった。
きない場合は、訪問入浴サービスな
るようになった。レビー小体型認知
Aさんは精神科病院に1ヵ月入院
どを利用する。Aさんの場合、二人
症の特徴といわれる幻視やパーキン
したあと、県中心部に住む次女宅に
掛かりで抱えて浴槽につかってもら
ソン症状は見られず、睡眠時の異常
同居したが、うつ症状が強くなり、
い、最後まで風呂場での入浴を楽し
行動もなかった。車いすで過ごすと
ひき続き精神科通院にて治療を実施
まれた。
きは、長時間座位がとれる場合と傾
3
有し、食事が提供され、介護保険の
齢者の場合も同様で、グループホー
していた。当時は診断が付いていな
サービスや医療保険のサービスを利
ムや認知症デイサービスなど、介護
かったが、レビー小体型認知症によ
現在、高齢者向けの介護施設や自
用して暮らす生活の場である。ここ
保険サービスが充実してきたが、認
るものと思われるBPSDがあり、夜
ホームホスピスに入居する前の退
宅で終末期を迎える高齢者が増加し
に入居した高齢者は、終末期を迎え
知症に加えて、ほかの医療依存度の
間徘徊や興奮、幻視などの症状が目
院前カンファレンスで、新たに在宅
ている。病院とも施設とも異なり、
ても入院などをせずに最期までホー
高い疾患があると、施設での対応が
立った。
((((((((((((( はじめに )))))))))))))
自宅では過ごせない人たち向けの民
ムホスピスで暮らす人が多い。
困難な場合も多い。
入居してからの本人の状態
訪問診療医を依頼することになった
眠が強くなかなか開眼しない場合が
あり、若干状態に波は見られたもの
の、おおむね安定して生活できるよ
うになった。
声 掛 け へ の 反 応は 非 常 に 良く、
同時期より小刻み歩行が見られる
ため、まずは家族と主治医とで、今
ホームホスピスへの見学者などのお
家を改修した居住型施設としてホー
今回は、ホームホスピスに暮らす
そこで、高度の認知症やがん末期
ようになり、嚥下障害も出現。レビー
後のAさんの医療の方向性について
客様への対応や、訪問診療の主治医
ムホスピスがあり、ここでも看取り
認知症の人に、どのような終末期の
や進行性難病のように、
「家で看たく
小体型認知症の診断が付き、次女と
しっかりと確認をしていただいた。
へのあいさつなどは、Aさんが一番
の支援が行われている。ホームホス
支援を行うかについて見ていく。一
ても看ることができない」
「医療依存
同居した 8ヵ月後に次女宅近くのグ
家族としては「積極的な治療は望ん
に的確に行ってくれた。
「いろはか
ピスは、高齢者が少人数で部屋を共
般に終末期ケアというと、がん患者
度が高くて家族だけでは不安」
「病院
ループホームに入居した。
でおらず、できるだけ最期までホー
るた」の下の句への応答などは入居
のターミナルケアを指すことが多い
では死にたくない」
「大きな施設には
入居して 3 年ほど経ったころ、義
ムホスピスで過ごしてほしい」
「本人
者一であった。おむつ交換など嫌な
Aさんのケース 90 歳代 女性
入りたくない」といった人たちが最期
の苦痛はできるだけ取り除いて、穏
ことには「なんすっか!」と怒ること
要介護5
ルケアをどのように展開していくの
まで安心して過ごせる居場所として、
なくなり、たびたび脱水を起こすよ
やかに過ごしてほしい」という意向
もあったが、きちんと説明すると納
認知症高齢者の日常生活自立度
Ⅲa
かを考えたい。
ホームホスピスが誕生した。
うになる。グループホームのかかり
であった。かかりつけ医には月2回
得された。熱めの風呂は嫌いで、
「ア
障害高齢者の日常生活自立度
B2
今回事例で取り上げる、認知症グ
つけ医が定期的な点滴を実施してい
の訪問診療を依頼し、服薬は認知症
ツかー」と言われることもあったが、
MMSE
不明
ループホームに入居されていたAさ
たが、脳梗塞を発症し、救急病院へ
があるので難しいと思われるので、
大きなおっぱいをぷかぷかと浮かべ
んは、脳梗塞のため救急病院に搬送
入院。生命の危機は脱したものの、
医師と相談のうえで最小限の3種類
て、スタッフが背中を流すと楽しそ
の処方にしてもらい、様子を見てい
うに入浴された。食事は粒があると
くこととなった(表1)
。
口内に残るためすべてミキサーにか
病 歴
が、ここでは認知症の人のターミナ
歯の不具合をきっかけに食事ができ
要 介 護 度
ADL
生活歴
家族状況
26
レビー小体型認知症、高血圧症、ラク
ナ梗塞
両上肢に拘縮あり、軽い右片麻痺あり
食事:ミキサー食、全介助
排泄:おむつ、全介助
排便:マグネシウム製剤と坐薬でコント
ロール
移乗、移動、更衣:全介助
入浴:浴槽内へはスタッフ2 名で抱え
て全介助
海のすぐそばの地域で生活。お世話好
きで夫の仕事(洋服の仕立て)を手伝い
ながら子ども5 人を育てた。夫は 7 年
前に他界
子どもたちはほとんどが県外など遠方
に在住。同じ県中心部に住む次女がキー
パーソンであるが、次女も関節リウマ
チがあり直接的な支援は困難
居宅介護事業所天寿園在宅サービスセンター ケアマネジャー 中野千恵子
老いと病いの文化研究所ホームホスピスわれもこう ヘルパーステーションわれもこう管理者 松本 恵美
ホームホスピスわれもこう代表 竹熊
千晶
認知症の人の看取りについて
医療の高度化・長寿化はおのずと
介護の長期化・重度化をもたらした。
され治療を受けた。退院後に最後の
「今後は本人の負担が、できるだけ
行き先として選択した“ホームホスピ
少ない環境で生活してほしい」とい
ス”での生活と看取りまでの状況を
う家族の思いから、退院後は当ホー
報告する。
ムホスピスへ入居となった。
((((((((((( 援助経過 )))))))))))
1
2
ホームホスピスのシステム
退院時は、
「ADLは全介助、おむ
け、Aさんが 疲 労しないようにス
つ使用、コミュニケーション不可、嚥
タッフが短時間で介助を行い、ほぼ
下障害がありミキサー食を1時間ほど
毎食全量摂取できるようになった。
かけて介助、右片麻痺がある」とい
本人が好きな饅頭などを手に握って
ホームホスピス入居までの
経緯
ホームホスピスは、空き家を改修
う申し送りがあった。そのため、常
もらうと自分で口に持っていくよう
した普通の家である。その家に要介
にスタッフの目の届きやすいところ
なことも見られるようになった。孫
帯の増加、家族の生活様式の多様化
Aさんは海が近い小さな町で暮ら
護の方たちが5~6人で生活し、看護
が良いと考え、台所の隣の畳の部屋
が送ってくれるプリンなどは右手で
によって、長期の自宅での療養や看
してきた。子どもたちが独立後は、
師や介護福祉士などの資格をもった
にベッドを置いた。Aさんにとって、
スプーンを持って食べられた。
取りは介護保険制度を利用しても、
夫婦二人暮らしだったが、夫が7年
ケアスタッフがそれぞれの入居者に
いつもだれかの話し声や台所の音や
排泄についてはパターンを見なが
困難な場合が少なくない。認知症高
前に他界。その後は自宅で独居生活
応じた生活の支援を行っている。入
においが 感じられ、スタッフにとっても
ら、なるべくポータブルトイレに移
一方で、独居高齢者や高齢者夫婦世
27
認知症の人を支援する
ケアマネジメント
居宅サービス計画書(2)
表1
利用者名 A さん 生活全般の解決すべき
課題(ニーズ)
安心して過ごしたい
目 標
援助内容
長期目標
短期目標
安心して穏やかに過ごす
ことができる
思いを汲み取ってケアし
てもらうことができる
サービス内容
サービス種別
頻度
本人が安心できる声掛け、コミュニケーションケア われもこうスタッフ
随時
本人が安心できる声掛け、面会や電話による家族交
流など
家族
随時
訪問介護
7/週
われもこうスタッフ
毎日
本人が安心できる声掛け、コミュニケーションケア
安全に起居動作ができる 起居動作の介助など
期間
6ヵ月
安全に寝起きの動作がで
きる
できるだけ口から食事を
したいが、嚥下障害があ
る。様子を見ながら食事
ができるよう手伝ってほ
しい
誤嚥の予防ができ、でき
るだけ口から食事をする
ことができる
定期的におむつ交換をし
てもらって気持ち良く過
ごしたい。排便のコント
ロールをしてほしい
定期的におむつ交換がで
き、排泄状況の確認がで
きる
おむつ交換ができ、気持ち おむつ交換、陰部洗浄、臀部の皮膚状態の観察な
おむつ
われもこうスタッフ
良く過ごすことができる
交換時
ど
6ヵ月
臀部などの皮膚状態の観
察ができる。排便コント おむつ交換、陰部洗浄、清拭、臀部の皮膚状態の
7/週
訪問介護
観察など
ロールができる
体調を見ながら入浴や清
拭をしてもらって、気持
ち良く過ごしたい
全身の清潔の保持ができ
る
定期的に入浴や清拭をし 入浴
(シャワー)
介助、
清拭の実施、
全身状態の把握、
訪問介護
7/週
て、気持ち良く過ごすこ 一連の動作介助、フットケアの実施など
とができる
6ヵ月
(シャワー)
介助、
清拭の実施、
全身状態の把握、
全身状態の観察、把握が 入浴
われもこうスタッフ 保清時
一連の動作介助、フットケアの実施など
できる
寝てばかりはきついの
で、体を起こして座りた
い。歩くことができない
ので、手伝ってほしい
安全に移動ができる
車いすに移乗し、安全に 車いす、移動用具などの貸与
移動ができる
移乗時の動作介助、移動介助など
家事や身の回りのことな
どが自分では難しいの
で、困らないように手
伝ってほしい
必要な生活支援を受ける
ことができる
移乗、起居動作の介助など
訪問介護
訪問時
本人に合った食事をする 本人に合った食事形態での食事の提供、
食事介助、
食事時
われもこうスタッフ
ことができる
など
本人の好きなものの提供など
誤嚥を予防することがで
きる
本人の嚥下状態を観察しながらの食事介助、補水、
食事摂取状況の把握、口腔ケアの実施など
車いす移乗時の動作介助、移動介助など
健康管理をしてほしい。 状態の把握ができ、継続
床ずれなどができないよ 的に医療管理ができる
うにして、元気に過ごし
たい
6ヵ月
福祉用具貸与
訪問介護
6ヵ月
7/週
福祉用具貸与
われもこうスタッフ 移乗時
訪問介護
6ヵ月
7/週
身の回りの支援を受ける 身の回りの介助のほか、家事などの生活支援
われもこうスタッフ 必要時
ことができる
買い物や生活用品の準備など
家族
必要時
必要な生活支援を受ける
ことができる
更衣やシーツ交換、ベッドメイキング、そのほか
7/週
訪問介護
本人に必要な支援など
定期的に診察してもら 訪問診療による医療管理など
訪問診療
訪問時
い、医療管理ができる
健康状態の把握、医療連携、服薬の管理や服薬介
われもこうスタッフ 毎日
処方された薬をきちんと 助、体位交換などの床ずれ予防など
服用できる
福祉用具貸与
床ずれ予防用具の貸与
床ずれなどが予防できる
薬剤の管理や服用方法の指導、副作用についての
調剤薬局
訪問時
説明など
主治医の指示による訪問看護の実施、
バイタル測定、
体調の管理、病状の観察や緊急時の対応、主治医と
の連携、ヘルパーや居住施設などとの連携など
訪問介護
7/週
健康状態の把握、全身状態の観察・把握、体位交
換の実施など
訪問介護
7/週
家族の意向としては「これ以上本人
いや、お風呂が沸くにおいがし、住
話で会話をしたりした。ホームホス
を頑張らせないでよい」
「食べられる
人の話し声や足音、雨音が聞こえ、
ピスのスタッフが支援して、仏事に
ときに本人の好きなものを食べられ
スタッフだけでなく家族や近隣の
参加するといったことも、2~3ヵ月
るだけ食べさせてあげてほしい」
「無
人々や郵便屋さんが出入りする空気
に1回程度は実施できていた。
理に動かさずにベッド上で過ごさせ
は、要介護の入居者に安心感として
てほしい」などを確認した。また、
伝わる。若いときは世話好きで、近
ホームホスピスへ入居して 2 年半
寝たり起きたりが自分で
は難しいので、安全に寝
起きができるように手
伝ってほしい
ベッド、寝具などの貸与
と、Aさんが覚醒しているときに電
6ヵ月
6ヵ月
ほど経過したころに誤嚥性肺炎を発
その話し合いの中で緊急時の連絡方
所の人や子どもたちのために海や山
症したが、スタッフと主治医とが早
法や、エンゼルケア(亡くなったあ
の産物を自分で採ってきて振る舞う
期に対応したことにより、1 週間程
とのケア)
、葬儀のことなども具体
ような働き者だった Aさんにとっ
度で病状は落ち着いた。肺炎回復か
的に話したところ、家族から「漠然
て、これらの環境はリロケーション
ら1ヵ月後の 95 歳の誕生日には、県
と考えていて不安であったことを確
ダメージが少なく、ほとんど混乱を
外に住む孫ら家族も駆け付けてき
認できて安心した」との言葉が聞か
来すことはなかったと思われる。認
て、スタッフや主治医と共に盛大な
れた。
知症があり、ベッドで療養すること
お祝いができた。
4
看取り
家族の意向確認後、その意向を踏
の多かった Aさんにとって、人の話
まえたうえでサービス内容を見直す
し声や頻回な声掛けがあるホームホ
ことをスタッフと打ち合わせた。話
スピスは安心できる環境だったのだ
95 歳の誕生日が過ぎたころより、
し合い以降は尿計測をやめ、体位交
ろう。家族の了解を得たうえで Aさ
なんとなく活気が見られなくなり、
換もAさんの苦痛の表情や声を確認
んのことを「ばあちゃん」と呼ぶと、
入浴後などの疲労感が強くなった
したときにのみ実施した。食事もしっ
いつも「はあい」と大きな声で返事し
り、発語が少なくなったりするよう
かり覚醒して口を開けて食べられる
てくれていた。
になり、状態に変化が現れ始めた。
ときだけ食べてもらうといったケア
認知症の中核症状が現れ始めて混
臥床時間が少しずつ長くなり、1日
に変更した。ケア変更から2週間後
乱していた時期は、Aさんだけでな
の多くをベッド上で過ごすという状
の、夕食に好きなお汁粉を食べて
く家族も非常につらかったであろう
態が半年以上続いた。徐々に体力が
ベッドに横になったあとに、状態が
ことが容易に推測できる。そのよう
低下し、食事の間の座位保持が難し
変化。呼気時に「あー」
「あー」という
な大変な時期を経たあとに入居した
いときもあったため、Aさんの状態
呻吟が数時間続いたあと、家族、ス
ホームホスピスでは、
「食べること」
を見ながら、車いす座位での摂取と
タッフ、主治医に見守られながら他
「排泄すること」を中心に普通の暮ら
ベッド上での摂取の両方を取り入れ
界。準備していた夫の手作りのワン
しを整えることがケアの目標であっ
て対応した。さらに 1ヵ月ほどする
ピースを着て家族と共に自宅に帰り、
たのだが、たとえ認知症があったと
と排尿の減少が見られ、また、座位
自宅で子ども、孫、ひ孫などの親族を
しても、できるだけ自然の経過の中
時に大腿部の痛みを訴えるように
中心とした温かい通夜、葬儀が行わ
で迎えようとした看取りに対し、家
なったため、エアマットを導入した。
れた。ホームホスピスに入居して3年
族もスタッフも共に介護する期間に
乗しての排泄を行うようにしたとこ
ごすことができる」とし、具体的な
が強くなり、Aさんにとって効果的
このような状態の変化はその都度ご
5ヵ月であった。
ろ、おむつを使用してはいても汚さ
ケアプランを立てスタッフ間で共有
なリハビリテーションにはつながら
家族に話した。大腿部の痛みには骨
ずにすむことも多くなった。また、
し、実施していった。
なかったことから、3ヵ月で利用を中
折の疑いもあったが、最終的に家族
((((((((((( 考 察 )))))))))))
は精密検査などを望まず、入浴など
ふすまや障子で仕切られた民家
する看取りは、入居前の大変だった
声掛けしながらゆっくり移乗を行う
入居して2ヵ月ほど経ったころ、A
止した。その後もまれに原因のはっ
“死”を迎える準備と覚悟ができて
いった。
本人の暮らしを整え、家族が家族
としての役割を果たせるように支援
と、協力動作を行うことができた。
さんは夜間スタッフに「歩けんごと
きりしない発熱は見られたものの、
移乗が必要な場合には痛み止めを服
は、人の気配が感じられる“ほど良
入居後、ケアマネジャーと相談しな
なった」と訴えた。このことをきっか
状態は変わりなく安定した生活がで
用しながら実施するようにした。
い空間 ”である。ホームホスピスに
時期のことも含め、家族みんながこ
がら、ホームホスピスでのケアの目
けに、週1回デイサービスを利用す
きていた。餅つきや近所への花見な
このころに、ホームホスピスのス
は前の家主がそれまで生活していた
れまでのことを受容する時間となっ
標を「人生の終焉の時期を、ホーム
ることになる。しかし、デイサービ
どに参加したり、関節リウマチのた
タッフ、家族、ケアマネジャーとで
台所や仏壇、縁側、庭もそのまま
たのではないだろうか。ホームホスピ
ホスピスで穏やかにかつ安心して過
スを利用中やその帰宅後には疲労感
めになかなか面会に来られない次女
今後についての意向確認を行った。
残っており、ご飯の支度をするにお
スのスタッフだけでなく、Aさんに関
28
29
認知症の人を支援する
ケアマネジメント
趣味を楽しみながら、いつまでも自分らしく
ここは神奈川県横浜市にある高齢者グループホーム「横浜はつらつ」の 1 ユニット
わったすべての事業所のスタッフもま
ホームな関係の中で生活するため、
面が弱っていき、同時に食欲も衰え
た、認知症高齢者への対応とその家
Aさんのような認知症の人に生じや
ていくという状況であった。95 歳の
族への支援を看取りの中からを学ば
すいリロケーションダメージが起こ
誕生日以降は、ベッドでの時間が車
せていただいた。
りにくいというメリットもある。こ
いすでの生活時間より多くなってい
ういう環境の中で Aさんに支援が行
る。このように、徐々に終末期を迎
われ、約 3 年半の入居生活ののちに
えていくのが認知症の人のターミナ
終末期を迎えた。
ルケアの一般的な特徴であるとされ
桜美林大学大学院教授 白澤
政和
2
認知症の人の意思確認を
どう行うか
ている。
さらに、本事例を見る限りでは、
本事例は一人暮らしでグループ
Aさんは認知症高齢者の自立度は
がん患者の終末期に出現するような
ホームに入居していたが、脳梗塞の
Ⅲaで、十分な意思表示ができない
心身の痛みが、Aさんには見られな
ため緊急で病院に搬送され、退院時
状態にある。そのため、家族とホー
いという特徴がある。このように認
にホームホスピスに入居した事例で
ムホスピススタッフとでAさんの入
知症の人へのターミナルケアにおい
ある。Aさんは、入居後約3年半で
居後の暮らしをどうしていくかとい
ては、疼痛管理などよりも、しだい
終末期を迎え、ターミナルケアが
うことを話し合っている。さらに、
に体力的に弱っていく中で本人の意
ホームホスピスで実践された。
Aさんの看取りについても家族とス
欲をどう支え、同時に本人の死の受
タッフ、ケアマネジャーが話し合っ
け入れをどう支えるのかという両面
ている。
を捉えて、その重点を徐々に移行し
1
ホームホスピスでのケア
ホームホスピスは、自宅と同じよ
認知症の人のターミナルケアを行
うな環境で終末期を迎えられる施設
う場合には、どのように最期を迎え
本事例でもAさんの意欲を高める
である。ここには、通常は 5~6 人の
たいのかという意向を本人から聞く
ための支援から、死を受け入れてい
入居者がおり、家をシェアする形で、
ことが大変難しい。本来の望ましい
く支援に重点を移行している。認知
馴染みの関係の中で暮らしている。
方法は、意思表示ができる時期に本
症の人のターミナルケアを考えた場
介護職が常駐しており、食事などの
人の意思確認をとっておくことであ
合、言語的および非言語的なコミュ
サービスが提供されるが、入浴など
る。同時に、意思確認が難しいとし
ニケーションを用いながら、例えば
は介護保険のサービスを利用し、時
ても、できる限り本人の意向を、本
「食事を頑張ってとる」
というように、
には通常のデイサービスなどを利用
人の表情や言葉から汲み取っていく
本人が生きる力を支えることを目標
する場合もある。同時に、医療系の
作業を行うことが求められる。また、
にしているが、死に直面していく過
サービスについては介護保険あるい
本人の生活史から気付いていくこと
程では、
「無理なく食事がとれる」と
は医療保険を利用し、医師や看護師
も必要である。
いうように支援が移行していく様子
ていくことが重要なテーマになる。
が対応することになっている。以上
ターミナルケアを行っていくに
が記されている。また、徐々にさま
のようなさまざまなサービスを利用
は、どのような死を迎えたいかとい
ざまなアクティビティを減らしてい
し、ホームホスピス入居者は自宅と
う本人の意向が極めて重要である。
くことで、疲労感を取り除いていき、
ほぼ同じ生活をすることができる。
そういう意味で、認知症の人への
Aさんが安らかな死を迎えることが
ホームホスピスのメリットは馴染
ターミナルケアでは、どうケアをす
できるように支援していくことが求
みの関係でケアが受けられ、必要で
るのかということに加えて、どのよ
められる。
あれば家族などに行き来してもらい
うにして本人の意思を確認していく
ながら終末期を迎えられるという点
のかが大変重要なテーマになる。
にある。実際、自宅に近い環境であ
るホームホスピスには、家族や友人
が頻繁に訪れることができ、アット
3
認知症の人のターミナル
ケアの特徴
認知症をもつAさんは徐々に身体
「つづき」。リビングの壁面に日めくりカレンダーが掛かっている。布製で、日付
を刺繍したものだ。これを作成したのは入居者の川上アイ子さん(83 歳)だ。認
知症になった今も、若いころからの趣味を楽しみながら、
アイ子さんらしい暮らしを継続させている。
川上アイ子さんは 2007 年に、老人保健施設「都筑
ハートフルステーション」から「横浜はつらつ」に越
してきた。両施設とも医療法人活人会の運営であり、
理事長の水野恭一氏は入居者の体調管理も担う。
グループホームという家庭的な環境の中で、若い
ころからの趣味だった刺繍を再開。これまでにアイ
子さんが刺繍した作品は 100 枚以上にもなる。モチー
フはアイ子さんが選んだもので、絵心のあるスタッ
フが描いた絵や人気キャラクターなどさまざまだ。
作品を少し離れて見ると、まるでしっかり塗り込ん
だ絵画に見えるほど隙間もなくびっしりと、カラフ
ルな色で布を埋め尽くしている。アイ子さんはこの
ような作品をあっという間に仕上げてしまう。
「今
は少しペースが落ちてきましたが、最初のころは材
料を用意するのが追い付かないくらいでした」と、
所長の田中香南江さんは笑う。
刺繍の材料を持ってきてくれるのは長女。長男夫
やったという。
そんな積極的な性格は今でも健在だ。外出が大好
きで、散歩に行きたいときには「オゾンを吸いたい」
と独特の言い回しで願いを伝える。ある時、散歩に
刺繍を始めたのは子どもたちが幼稚園のころのこと
長男が付き添って隣接する保育園に立ち寄ると、園
で、子どもの持ち物などに自己流で刺繍を施したの
児たちが「アイコバアだ!」と言いながら駆け寄って
が始まりだそうだ。それ以来、刺繍のおもしろさに
きて長男を驚かせた。どうやら自室の窓から園児た
魅せられ、飼っていた犬の洋服を手作りしたり、枕
ちに声掛けをして友達になっていたらしい。
「アイコ
カバーに花やキャラクターなどを刺繍しては近所の
バア」とは、アイ子さんが保育園児に自己紹介した呼
人にあげたりするようになった。
び名で、
「アイコバア」の頭文字 AB が刺繍された作
そのかたわら、夫が営んでいた自営業を手伝い、
品もある。またある時は、窓からアイ子さんが校外
夫が亡くなったあとは会社を長男と共に切り盛りす
学習で散策中の小学生たちに「ねえ、歌を歌ってよ!」
るようになった。自ら自動車を運転するなど何でも
と声を掛けたことがきっかけで小学校との交流が始
まり、クラスの子どもたちがグループホームを訪れ
て、歌や手遊び、読み聞かせなどを行うようになっ
た。こんな社交性もユーモアのセンスも、これまで
の人生で培われたものなのだろう。
アイ子さんは、その人らしさを引き出す「横浜はつ
らつ」の質の高いケアと家族の愛を受けながら、それ
に、認知症の人のターミナルケアに
まで自宅で過ごしてきたままの暮らしを今も送って
あんねい
は、安寧な状況となるよう、介護側
が必要である。
左上は日めくりカレンダー。左下はアイ子さんの自画像。右下はパターンを精
緻に刺繍した作品。これらを周囲の人が驚くような手早さで仕上げる
婦も頻繁にグループホームを訪れる。アイ子さんが
Aさんの過 程からもわかるよう
が徐々にウエイトを移していく支援
川上アイ子さん。この日はグループ
ホームの庭の鉢植えの手入れ
いる。これからもアイ子さんらしい作品を創作し続
入居者の体調管理も担う医療法人活人
会理事長の水野恭一氏
高齢者グループホーム「横浜はつらつ」
所長の田中香南江さん
けてほしい。
※本文中の事例は、本人のプライバシー保護を考慮し、内容の一部を変更しています。
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