メンタルヘルス関係 休職期間が満了し、自動退職となった社員が自殺した場合、 会社は責任を問われるか 過重労働からうつ病を発症し、現在、休職中の社員がいます。当社では就業規則 上、 6 カ月間の休職期間を設定しており、同期間満了をもって復職できない場合は、 期間満了日で退職となります。この社員は 5 カ月間休職しており、復職が難しそう ですが、このまま退職となり、万一、離職が原因で自殺した場合、会社はその責任 (神奈川県 C社) を問われるのでしょうか。 単に離職が原因で自殺したとしても、過重労働からうつ病を発症し自殺 に至った場合、業務と自殺の因果関係を否定する事情がなければ、会社 が損害賠償責任を負うと思われる 回答者 村田浩一 むらた こういち 弁護士 (髙井・岡芹法律事務所) 1.精神障害による自殺と損害賠償 るのが相当であること、すなわち業務従事と負傷、 労働者が過重な業務や心理的負荷の高い業務に 疾病または死亡との間に相当因果関係が存在するこ 従事したことによって精神障害を発病した(そし とが要件となります(菅野・前掲書470ページ) 。 てその精神障害により自殺した)と主張される事 ご質問の事案で危惧されている退職後の自殺に 案においても、業務災害の保険給付の請求のほか ついては、業務従事と自殺との間に相当因果関係 に、健康配慮義務違反(債務不履行)ないしは注 があるかが問題となります。退職後の自殺に関す 意義務違反(不法行為)を請求原因とする損害賠 る代表的事例は、保母(編注:当時の名称)として 償請求は多数行われています(菅野和夫『労働法 保育所(幼児園)に勤務し始めた労働者が約 3 カ 第10版』 [弘文堂]471ページ)。 月後に入院し(診断は精神的ストレスが起こす心 損害賠償請求の根拠として、債務不履行(民法 身症的疾患) 、入院した日に園を退職、入院の翌日 415条)と不法行為(同法709、715条等)が考えら に退院、その 1 カ月後に自殺した東加古川幼児園 れますが、いずれも業務従事と負傷、疾病または 事件です。その 1 審(神戸地裁 平 9. 5.26判決 死亡との間の相当因果関係、および使用者の健康 労判744号22ページ)は業務と自殺との間の因果関 配慮義務違反ないし注意義務違反を要件とし、損 係を否定しましたが、控訴審(大阪高裁 平10. 害賠償という効果を有する点は共通であり、また、 8.27判決 労判744号17ページ)は、①「園の過酷 両者を合わせて行うことができるので、本稿では な勤務条件がもとで精神的重圧からうつ状態に陥 両請求の差異(帰責事由の立証責任や遅滞時期、 り、その結果、園児や同僚保母に迷惑をかけてい 時効期間、遺族固有の慰謝料)は割愛します。 るとの責任感の強さや自責の念から、ついには自 殺に及んだものと推認することができる」こと、 2.相当因果関係について 114 ②「 3 か月間の過酷な勤務条件は十分うつ状態の [1] 損害賠償請求では、まず、当該負傷、疾病ま 原因となりうる」こと、③ 「回復期に自殺が多いこ たは死亡が労働者の業務従事によって生じたと認め とからすれば、右退職から自殺までの 1 か月間は 労政時報 第3891号/15. 7.10 被控訴人園での勤務と月子(筆者注:当該保母) も同様と解されます(マツダ [うつ病自殺] 事件 神 の自殺についての相当因果関係を否定するもので 戸地裁姫路支部 平23. 2.28判決 労判1026号64 はない」こと─などから業務と自殺との間の因 ページ、東芝 [うつ病・解雇]事件 東京地裁 平 果関係を認めました(上告審〔最高裁三小 平12. 20. 4.22判決 労判965号 5 ページ〔東京高裁 平 6.27決定 労判795号13ページ〕も上記の高裁の判 23. 2.23判決 労判1022号 5 ページ、最高裁二小 断を支持しており、退職後の自殺であっても、そ 平26. 3.24判決 労判1094号22ページも維持〕 ) 。 のことだけで業務と自殺との間の因果関係は否定 ご質問の事案では『過重労働』があるとのこと されないとの判断が確立したといえます)。 ですので、使用者の注意義務ないし安全配慮義務 ご質問の事案でも、万一、当該社員が休職期間 違反が認められやすくなります。 満了退職後に自殺した場合、休職期間満了退職後 また、注意義務ないし安全配慮義務の前提とし というだけでは安全配慮義務違反は否定されず、 ての予見可能性に関して、山田製作所(うつ病自 むしろ、 『過重労働からうつ病を発症し』ているこ 殺) 事件(福岡高裁 平19.10.25判決 労判955号59 とから、業務と自殺の間の因果関係は認められや ページ)は「就労環境等に照らし、労働者の健康 すい事案と思われます。 状態が悪化するおそれがあることを容易に認識し得 [ 2 ]なお、ご質問の事案では、過重労働と想定さ たというような場合には、結果の予見可能性が認め れる休職期間満了退職後の自殺との間に『 5 カ月 られる」と判示するなど、裁判例上、過重労働に対 間休職』という事情があり、東加古川幼児園事件 する認識があれば予見可能性を認める傾向が看取 よりも過重労働と自殺との間が空いていますが、 できるので、ご質問の事案でも、 『過重労働』の認 裁判例には、過重労働から自殺までの間に約 1 年 識があれば予見可能性が認められると思われます。 の期間(うち約 4 カ月の休暇)がある事案におい て相当因果関係を認めたもの( JFEスチール[ JFE 4.責任を問われないために システムズ]事件 東京地裁 平20.12. 8判決 労 以上のとおり、過重労働からうつ病を発症し、 判981号76ページ)もあり、過重労働と自殺との間 離職が原因で自殺した場合、会社が責任を問われ が空いているだけでは、相当因果関係は否定され る可能性があります。 ないと考えられます。 ご質問の事案は『過重労働からうつ病を発症し』 [ 3 ]また、 『退職となり、万一、離職が原因で自 た事案とのことであり、それを前提とすると、そ 殺』という点についても、使用者以外の第三者の もそも休職期間満了退職とすることは法的に認め 行為が介在している訳でもなく、 「過重労働→うつ られないと思われ※、また、退職や復職など身分 病→自殺」という因果の流れを変更するものでは に関する話をすることも症状を悪化させるおそれ ないと思われます。そのため、その他業務と自殺 があるので、安易に退職とすることは避けたほう の因果関係を否定する事情がなければ、相当因果 がよいでしょう。当面の対応としては、原則とし 関係が認められると考えられます。 て雇用を続け、コミュニケーションの取り方も含め て、専門医(産業医であればさらによい)の意見 3.注意義務ないし安全配慮義務について を聴きながら対応を検討すべきです。退職の話に 使用者の注意義務については、電通事件(最高 ついても、回復状況を見て、専門医の意見に基づ 裁二小 平12. 3.24判決 労判779号13ページ)が いて切り出すなど、慎重な対応が必要と考えます。 「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務 ※業務上負傷し、または疾病にかかり療養のために休業し を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴 ている間は原則として解雇できず(労働基準法19条) 、休 う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の 職期間満了退職とすることもできないと解されます(同 心身の健康を損なうことがないよう注意する義務 条の類推適用。ライフ事件 大阪地裁 平23. 5.25判決 を負う」と判示しており、安全配慮義務について 労判1045号53ページ) 。 労政時報 第3891号/15. 7.10 115
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