平成27年度総会・記念講演「東三河地域研究130号」

東三河
地域研究
平 成 27年 2月 16日 発 行
編 集 ・発 行 :
公 益 社 団 法 人 東 三 河 地 域 研 究 セ ンタ ー
住 所 /豊 橋 市 駅 前 大 通 2丁 目 46番 地
(名 豊 ビル新 館 6階 )
TEL/0532-21-6647
FAX/0532-57-3780
通巻130号 2014.2
公益社団法人東三河地域研究センター
平成27年度総会(通算第32回)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2-6
記念講演
「東三河の農業発展の未来~コミュニティベース精密農業の新展開~」
東京農工大学 大学院農学研究院 教授 澁澤 栄 氏・・・・・・・・・・・・・・・・7-17
平成 26 年 11 月 28 日開催 平成 27 年度総会(通算第 32 回)の記念講演でご講演される澁澤栄氏
平成27年度総会(通算第32回)
平成 26 年 11 月 28 日(金)午後 3 時 30 分から名豊ビル 8 階コミュニティーホールにおいて、総会を開催しました。
■理事長挨拶
去る 11 月 21 日、突然、安倍内閣が衆議院を解散しました。今年の 7 月から 9 月のGDP成長率がマイナス 0.4%と予想以
上に悪く、消費税率 10%への引き上げも 18 ヶ月延期することとなりました。アベノミクス政策によって雇用環境の改善や行
きすぎた円高の是正、株価の向上などもみられましたが、アベノミクス政策はまだ道半ばであり、今後は第三の矢によって
景気の好循環が地方や、中小企業まで行きわたるような政策の推進を期待したいと思います。
また、東三河地域の主要産業である農業分野では、TPPの動きが注目されています。しかし、そうした動きに惑わされ
ず、地域主導による足腰の強い農業づくりを進めるための政策の推進が重要であり、競争力のある地域をめざし、自主的、
自立的な動きこそが重要と考えています。
東日本大震災が発生して 3 年半が過ぎました。今年は 9 月に御嶽山の噴火があり、つい最近では長野県北部で大きな地震
がありました。改めて大規模災害への対応や備えを考え、住民、企業、行政が連携し、
「希望が描ける安全で安心な地域づく
り」を進められるような政策に期待したいと思います。
東三河地域に目を向けますと、平成 24 年 4 月に静岡県内の新東名高速道路が完成し、三遠南信自動車道が鳳来峡ICまで
整備されました。愛知県側の新東名高速道路も平成 27 年度完成と言われており、観光産業への効果が期待されています。ま
た、今年の 4 月末に国土交通大臣が設楽ダム建設事業の継続を判断されました。豊川の治水・利水に加え、ダム水没地の森
林資源の活用にも大きな期待が寄せられています。
来月からはじまる東三河の 8 市町村議会では、来年 4 月から発足が予定されている「広域連合の設置についての審議」が
行われる予定です。広域連合は、
『東三河は一つ』を進める重要な枠組みです。既に設置されています、
「東三河県庁」
「東三
河広域経済連合会」との連携を進めながら、観光産業振興や森林資源の活用など、広域的な地域経営による地域づくりが、
一層進められることを期待しています。
本日は、記念講演として、東京農工大学大学院 教授 澁澤栄先生をお招きし、
「東三河の農業発展の未来~コミュニティ
ベース精密農業の新展開~」と題したご講演をいただく予定です。澁澤先生は、東三河地域の農業事情にも詳しいため、東
三河の農業の将来を考える機会にさせていただければと思いますので、宜しくお願いいたします。
平成26年度 事業報告・収支決算報告
(平成 25 年 10 月 1 日から平成 26 年 9 月 30 まで)
ア.事業の実施状況
三遠南信地域の官民連携組織である三遠南信地域連携ビジ
ョン推進会議(SENA)
、東三河県庁、地域内の大学、高校、地
1.情報及び資料の収集ならびに調査研究
域企業等と連携・協働し、人財資源の活用とその定着を促す
(1) 三遠南信地域を踏まえた東三河地域の地域経営基盤に関
ための実証研究活動として、
「大学生、高校生による東三河地
する研究
域活性化意見交換会」
、
「大学生と地域経営者との意見交換会」
地域経営基盤となる知的インフラとしての「人材(人財)の
を行うとともに、
「大学と企業(人事担当者)の情報交換会」
育成・定着化」や、産業活動が安心できる環境整備に着目し、
の支援、
「三遠南信地域産学官人財育成円卓会議」の開催支援
東三河県庁や東三河広域経済連合会等と連携しながら、広域
を行った。
的な経営基盤の整備のあり方等の研究を行った。
②三河港臨海部を中心とした広域幹線道路網整備に関する研
①知的インフラとしての広域的な人材(人財)の育成・定着化
究
のための推進方策の研究
三河港臨海部の自動車産業に着目し、三河港臨海部及びそ
2
の周辺地域を含めた広域的な観点から、道路網整備に関する
名(自社避難を含む)で行った。
研究を行った。特に、国道 23 号バイパスが国道 1 号バイパス
と繋がり、静岡県側では新東名高速道路が完成し、三遠南信
③産業経済活動における安全・安心のための基盤整備のあり
自動車道が鳳来峡 IC まで開通する等の動きも配慮した。
方の検討
三河港臨海部における津波緊急避難者の受け入れにかかる
③広域的な地域経営の持続的な発展のための産業経済・住民
企業・事業所間の取り決めや、救急救命活動における公的支
生活基盤整備に関する研究
援の必要性の検討、工業地区内の液状化可能性調査を行った。
人口減少社会に対応した労働力確保の視点として、豊橋市
を対象とした障害者の実態を分析し、その雇用実態を踏まえ
(3) 地域資源を活用した新事業創造に関する研究
た検討を行った。また、住民生活にも重要な中心市街地につ
地域に賦存する人材・産業・施設・土地・気候等の様々な未
いて、豊橋市の中心市街地を対象とした立地店舗の実態と意
利用資源を活用し、農林水産業から製造業、商業、サービス
向分析を行った。
業(資源循環産業を含む)に至る産業連携を踏まえた新事業
創造のための研究活動を行った。
(2) 地域産業活動の安心・安全づくりに向けた研究
これまで培ってきた三河港臨海部の明海地区における危機
①地域特性を活かした未利用エネルギー資源(太陽光・風力・
管理・事業継続方策について避難方法、避難路の確保等のよ
木質バイオマス等)を活用した事業展開に関する研究
り具体的な検討を行うとともに、臨海部の産業経済活動から
地域資源として森林資源を想定し、固定価格買い取り制度
みた基盤整備のあり方について検討した。
等を踏まえた発電事業の可能性や、木質バイオマスのチップ
三河港臨海部の工業地区(主に明海地区)における事業継
化、ペレット化、薪利用等の活用による事業化を検討した。
続性を考慮した防災体制の検討は、平成 19 年度より開始し、
また、太陽光発電設備や LED 等を利用した農業用施設(田原市
21 年度から明海地区・産業基地に絞った体制づくりを支援し
低炭素施設園芸モデルハウス)について、経済性や地域啓発効
てきた。平成 24 年 9 月には明海地区内事業所が協働する「津
果の分析を行った。
波緊急避難計画と避難訓練」を公表し、本年度は明海地区に
おけるエリア BCP 関連事業として以下を行った。
②地域の特色ある農業資源(農畜産物、未利用施設等)を活か
した強い農業の実現を目指した農業経営方策の研究
①個別企業・事業所の事業継続計画の構築支援
地域資源を活用した事業創造について、主として農林水産
三河港臨海部に立地する企業・事業所に対して、事業継続
物等を利用した6次産業化を対象として、事業内容の特性分
計画に資する集団研修会(参加者:7 事業所)を開催し、事業
析や他機関からの支援実態を分析した。
継続計画の支援を行った。また、個社事業継続計画未整備の
企業・事業所(4事業所)に対して、構築に向けたコンサルテ
③地域の特色ある地域資源を活かした観光振興の研究
ーションを行った。
奥三河地域への来訪者の聞き取り調査を行い、来訪者特性
(所在地、旅行者構造等)を分析するとともに、近年注目さ
②明海地区における企業相互扶助による地震・津波緊急避難
れている体験観光の実態と今後の意向分析を行った。
訓練等の実施
情報伝達訓練として、豊橋市から貸与された 5 台の MCA 無
(4) 三遠南信シンクタンク連携事業による研究
線を使用して被災情報の情報伝達の訓練を、豊橋市と民間企
三遠南信地域のシンクタンクである静岡県西部地域しんき
業 5 社により実施した。また、企業相互扶助による地震・津
ん経済研究所、しんきん南信州地域研究所等と連携し、三遠
波緊急避難訓練等として、地震による一次避難、津波による
南信地域に関連した情報収集と発信活動として分析結果を当
二次避難(他社への避難を含む)の実施を、33 事業所 1,171
センターホームページで公開した。
3
(5) 調査研究業務の受託
地域が抱える諸課題の解決方策づくりに繋がる情報提供や、
基本方針で示した「人財」
、
「地域経営としての安心・安全」
、
人材交流機会の提供を行う場として、
「東三河地域問題セミナ
「地域資源としての農林水産業の新展開」等に関連した調査
ー」
(視察会を含む)を 4 回開催した。
研究業務の受託を行った。
○広域計画関係調査
(2) 東三河産学官交流サロン等の実施
・起業支援型地域雇用創造事業 東三河地域産業人材育成事
豊橋技術科学大学、愛知大学、愛知工科大学、豊橋創造大
業(愛知県東三河総局)*
学等の東三河地域に立地している大学や企業の研究者、経営
※*印は、㈱サイエンス・クリエイトとの共同企業体(地域の
者を中心に講師を招聘し、地域問題に関する話題の提供、交
持続的な発展基盤支援活動共同企業体)が受託した。
流等を行う「東三河産学官交流サロン」を東三河懇話会と連
・三遠南信地域人財育成・定着化等事業推進支援業務(三遠
携し運営した。開催場所はホテルアークリッシュ豊橋であり、
南信地域連携ビジョン推進会議)
毎回約 70~100 名の出席者があった。
・研究者コミュニティ開発データベース作成、地域間交流研
究実施支援(愛知大学三遠南信地域連携センター)
(3) 国際自動車コンプレックス研究交流会の開催
○港湾・道路等基盤整備計画関係調査
東三河懇話会と連携し、国際自動車コンプレックス研究交
・三河港臨海部事業所動向資料整理作業(国土交通省中部地
流会を開催した。
方整備局三河港湾事務所)
・三河港地震・津波対策検討会議運営業務(国土交通省中部
(4) 地域関連研究発表会の開催
地方整備局三河港湾事務所)
東三河地域内で、地域研究を行う 4 大学(愛知大学、豊橋
・事業継続等の新たなマネジメントシステム規格とその活用
技術科学大学、豊橋創造大学、愛知工科大学)の協力により、
等による事業競争力強化モデル事業(民間企業)
地域研究紹介の場として、卒業論文・修士論文等の発表会を
○産業開発関係調査
開催した。愛知大学から 2 名、豊橋技術科学大学から 2 名、
・豊橋市中心市街地商業者実態調査(豊橋市)
豊橋創造大学から 2 名、愛知工科大学から 2 名の発表があっ
・観光ガイドマニュアル及び観光データベース作成業務(新
た。
城市)
・木質バイオマス利活用事業実現可能性調査(設楽町)
3.機関誌等の発行
・低炭素むらづくり事業のとりまとめ業務(田原市低炭素施
(1) 東三河地域研究の発行
設園芸づくり協議会)
地域問題セミナー等の講演録を中心として、機関誌「東三
・豊橋駅南地区交通量調査(豊橋市)
河地域研究」を発行し、地域を取り巻く最新の地域政策事情
・中心市街地通行量調査(豊橋市)
等の広報活動を行った。具体的には、メールマガジンによる
○その他
配信を行うとともに、当センターホームページに掲載し、そ
・豊橋市障害者福祉計画策定等委託業務(豊橋市)
れらをとりまとめた印刷物を年 1 回発刊した。
・豊橋市市民意識調査(豊橋市)
・感動行政アンケートに関する分析業務(愛知大学中部地方
(2) 地域情報の発信
産業研究所)
東三河地域等に関係した地域情報を収集・整理し、地域の
・がましん景況レポート(東三河地域レポート) 等
実情(東三河地域の観光、食、健康・医療等)としてホーム
ページを活用した情報発信事業を行った。
2.講演会、セミナー等の開催
(1) 東三河地域問題セミナーの実施
4.体験活動等の受託
東三河地域等の地方自治体、企業、市民団体等を対象とし、
地域振興・地域活性化に資する社会的企業等の社会貢献型
4
事業や、新しい産業づくりに繋がる新事業に関する人材開
(2) 大学生のインターンシップ事業の受入事業の実施
発・人材育成等についての事業として、
「東三河地域産業人材
豊橋技術科学大学の学生1名をインターンシップ事業とし
育成事業」
(東三河総局)から、㈱サイエンス・クリエイトと
て受け入れ、地域政策や地域づくりに関する人材育成事業を
の共同企業体として受託した。
実施した。
5.自治体職員等研修の受け入れ等による人材育成、各種研
(3) 各種研修会等への職員の派遣
修会への職員派遣等の事業
地域政策や地域づくりに関連し、地方自治体や民間企業等
(1) 自治体職員・民間企業職員等の受入事業の実施
が実施する研修会、大学が行う各種講座等に対して、講師派
自治体・民間企業等から職員として豊橋信用金庫職員を受
遣依頼に基づいて、職員を派遣した。
け入れ、実地研修と OJT を組合せながら、地域政策や地域づ
くりに関する人材育成事業を実施した。
イ.収支決算
貸借対照表
平成 26 年 9 月 30 日現在
(単位:円)
科 目
資産の部
1. 流動資産
現金預金
未収金
未収還付法人税等
未成調査支出金
貯蔵品
流動資産合計
2. 固定資産
(1)基本財産
基本財産合計
(2)特定資産
減価償却引当預金(特)
特定資産合計
(3)その他固定資産
什器備品
減価償却累計額
電話加入権
敷金
その他固定資産合計
固定資産合計
資産合計
Ⅱ 負債の部
1. 流動負債
未払金
未払法人税等
未払消費税等
預り金
流動負債合計
2. 固定負債
固定負債合計
負債合計
Ⅲ 正味財産の部
1. 指定正味財産
2. 一般正味財産
正味財産合計
負債及び正味財産合計
当 年 度
前 年 度
増 減
Ⅰ
41,529,418
0
0
833,092
5,702
42,368,212
49,530,029
10,500
716,900
2,292,706
0
52,550,135
△ 8,000,611
△ 10,500
△ 716,900
△ 1,459,614
5,702
△ 10,181,923
0
0
0
3,437,290
3,437,290
3,274,527
3,274,527
162,763
162,763
3,677,189
△ 3,437,290
299,936
110,000
649,835
4,087,125
46,455,337
3,291,529
△ 3,274,527
299,936
110,000
426,938
3,701,465
56,251,600
385,660
△ 162,763
0
0
222,897
385,660
△ 9,796,263
1,200,470
71,000
428,900
269,331
1,969,701
1,128,908
71,000
0
236,044
1,435,952
71,562
0
428,900
33,287
533,749
0
1,969,701
0
1,435,952
0
533,749
44,485,636
44,485,636
46,455,337
54,815,648
54,815,648
56,251,600
△ 10,330,012
△ 10,330,012
△ 9,796,263
5
正味財産増減計画書内訳表(主要項目のみ抜粋)
平成 25 年 10 月 1 日から平成 26 年 9 月 30 日まで
(単位:円)
科 目
一般正味財産増減の部
1. 経常増減の部
(1)経常収益
特定資産運用益
特定資産受取利息
受取会費
正会員受取会費
特別会員受取会費
賛助会員受取会費
受取会費計
事業収益
事業収益
雑収益
受取利息
雑収益
雑収益計
経常収益計
(2)経常費用
事業費(主要項目のみ)
期末たな卸高
給料手当
法定福利費
旅費交通費
消耗品費
賃借料
外注費
雑費
事業費計
管理費(主要項目のみ)
給料手当
賃借料
広報費
総会理事会費
事務委託費
雑費
管理費計
経常費用計
評価損益等調整前当期経常増減額
当期経常増減額
2. 経常外増減の部
(1)経常外収益
経常外収益計
(2)経常外費用
経常外費用計
当期経常外増減額
税引前当期一般正味財産増減額
当期一般正味財産増減額
一般正味財産期首残高
一般正味財産期末残高
Ⅱ 指定正味財産増減の部
当期指定正味財産増減額
指定正味財産期首残高
指定正味財産期末残高
Ⅲ 正味財産期末残高
公益目的事業
会計
収益事業等
会計
法人会計
合計
Ⅰ
0
0
818
818
3,685,000
351,000
15,000
4,051,000
0
0
0
0
3,685,000
351,000
15,000
4,051,000
7,370,000
702,000
30,000
8,102,000
36,461,423
59,313
0
36,520,736
0
0
0
40,512,423
0
0
0
59,313
11,009
17,400
28,409
4,080,227
11,009
17,400
28,409
44,651,963
△ 833,092
20,483,099
753,565
2,193,979
2,080,677
6,766,041
7,903,769
3,430,148
50,257,497
0
25,530
1,103
68,268
3,005
9,357
896
874
123,362
0
0
0
0
0
0
0
0
0
△ 833,092
20,508,629
754,668
2,262,247
2,083,682
6,775,398
7,904,665
3,431,022
50,380,859
0
0
0
0
0
0
0
50,257,497
△ 9,745,074
△ 9,745,074
0
0
0
0
0
0
0
123,362
△ 64,049
△ 64,049
0
0
0
0
△ 9,745,074
△ 9,745,074
4,517,774
△ 5,227,300
0
0
△ 64,049
△ 64,049
△ 1,090,110
△ 1,154,159
0
0
0
0
△ 520,889 △ 10,330,012
△ 520,889 △ 10,330,012
51,387,984
54,815,648
50,867,095
44,485,636
0
0
0
△ 5,227,300
0
0
0
△ 1,154,159
0
0
0
50,867,095
6
1,743,698
1,743,698
639,086
639,086
221,800
221,800
422,945
422,945
295,977
295,977
89,920
89,920
4,601,116
4,601,116
4,601,116
54,981,975
△ 520,889 △ 10,330,012
△ 520,889 △ 10,330,012
0
0
0
0
0
44,485,636
「東三河の農業発展の未来
~コミュニティベース精密農業の新展開~」
増加と食生活の変化、およびバイオ資源の産業利用の増
大であり、農業の生産物が単に食糧利用だけではなくな
ったということです。併せて、農産物の生産性向上を担
っている主要な技術革新のポイントが単収技術です。国
東京農工大学
大学院農学研究院
澁澤 栄 氏
別の単収順位を見ると、我が国は 2005 年時点で 14 位
(6t/ha)、現在では 17 位(6t/ha)であり、農業の規模
教授
としては金額では 5 位、実質ベースではトップ 10 とも
いわれていますので、世界から期待されている産業がこ
の地域にも存在しているということです。
二つは、人口減少が統計では 2025 年から毎年 100 万
1.はじめに
東京農工大学の澁澤です。本日は、現在の農業を取り
人におよび、100 万人に相当するマーケットが日本から
巻く状況や 2、3 年の間に変化のあった仕組みを紹介し、
なくなっていくことになります。農業を食料消費の出口
最後にいくつか問題提起をさせていただければと思い
から考える場合に、より多く食べてもらうのか、新たに
ます。
需要を探すのか、それとも縮小するのかの選択をしなけ
ればなりません。そういう意味で人口の減少は大きな課
2.農業をめぐる課題と地域の挑戦:豊橋 IT 農業研究会
題です。
この地域では全国に先駆けて IT 農業研究会を組織し
三つは、我が国が典型的な災害社会にあることです。
活動を始めましたが、そのバックグラウンドとして、我
東日本大震災の宮城県では、イチゴの産地が津波で被災
が国の農業あるいは東三河の農業の重要なトレンドを
しました。塩水で一月以上水浸しになりましたので、地
理解する必要があります。
下 5m から 30m くらいにありましたピュアウォーター
一つは、世界の農産物の生産は伸びていますが需要増
が塩水に変わり、従来の地下水灌漑が困難になりました。
により在庫が減り、食糧不足の時代が 10 年後くらいに
恐らく復活は無理だと思います。このように、常に我が
到来するという予測があります(図 1)。理由は人口の
国の農業は災害に対峙してそこから復活してきたこと
も一つの重要なポイントです。
例えば、日本だけではなく、イン
ドネシアのジャワ島マゲラングの
村では,2010 年 10 月にムラピ火
山が大爆発して犠牲者が出ました。
多くの水田も瓦礫の山になりまし
た。これを 50 年かけて何とかしよ
うというのがインドネシア政府の
対応らしいのですが、地元では我慢
できないので、日本の復興のいろん
なノウハウを取り入れながら何と
かしたいということを考えていま
す。日本の復興農業の取り組みを世
界が期待しています。
そのため、農業だけではなく、地
図1
域の全体設計をどうするのかとい
日本の農業への期待
7
そして、その 3 年後の 2004 年には、1 市 3 町で共同
う角度からも考えていく姿勢が必要だろうと思います。
農場、居住、健康などいろいろなビジネスを含めて、地
のIT農業推進ビジョンを作成し、6 つの代表的な推進
域全体の活性化の中で農業の役割を見つけていくこと
事業をつくりました(図 3)。その中で私はファーマー
です。その中で、農業の分野は、他の産業と連携して、
ズマーケットの開設に協力し、全国、世界に発信するイ
コミュニティベースの精密農業を提案することが必要
ベント,すなわち農業情報ネットワーク全国大会を担当
です。豊橋地域では 10 年間、いろんな学習活動をして
させてもらいました。こういうプロジェクトではどうし
きました。私は豊橋地区での 10 年間の活動をずっと見
ても担い手が必要ですので、私は農家、農業者、生産者
てきましたので,俯瞰的な視座から総括を提案し、今後
が主人公として活躍することを強くリクエストしまし
の方向性を考えました。昨年では埼玉県の本庄地区で同
た。渥美郡農業懇話会という、50 人からの農家のグル
じようなことをやりました。
ープが勉強しながら取り組む場、あるいは JA ミニトマ
2002 年,IT 農業研究会ができた直後に、豊橋田原地
ト部会が新しい販売実験をし、最近では CRJ という若
域をどうするかという極めて戦略的な方針を作りまし
手の農家の集団が動きを始めています。こういう人たち
た(図 2)。IT 農業推進ビジョンの中で検討すべき地域
をいかに応援するかという問題を立てれば、まずプログ
に独特な産官学民連携のプロジェクトや産業シーズの
ラムは失敗しません。失敗しているのは担い手がない、
探索を期待するものでした。大学のシーズをそのまま民
受け皿がないところでプロジェクトを始めるからです。
間が行えばすぐできるような錯覚をしますが、そうでは
豊橋田原地区では担い手を常にターゲットにしながら
なくて、地域の仕組みを変えながらシーズの構造自体も
取り組みをしてきました。
変えていく必要があります。一つに、農家レベルのプロ
ジェクトでは学習集団をつくって具体的な農業の新し
い取り組みをすること、二つに地域レベルのプロジェク
トでは地域マスタープランにあわせて実際にインフラ
を整備すること、三つに県レベルのプロジェクトでは広
域の社会的共通資本やインフラ整備の仕組みをつくる
こと、それに農林水産省から必要な応援をいただく仕組
みをつくることです。
図3
IT 農業研究会途中経過(3 年後の 2004 年)
IT 農業研究会の最初の勉強会ですが、例えば、日立
製作所、三菱商事、パスコ、アグリクリエイティブ、ア
クセンチュアなど、農業に少し関心を持っている企業が
15 年前にこの地域に来て、アイデアを農家の皆さんに
紹介しました。企業の農業参入という取り組みがここで
行われたわけです。ただ、セブンイレブンは、この地域
に店を出したいという相談があったので、皆さんにどん
図2
第 1 回豊橋渥美 IT 農業推進ビジョン検討委員会資料
な店を出すのかを披露するために来ていただきました。
それから 5 年後の 2007 年には、講演する方々が大学、
8
農業法人、農家になり、3 者がアイデアを持ち寄って具
意味ではなく、単純に農家が店頭までカバーすればいい
体的な動きをしています。このころ、豊橋では都市エリ
という問題ではないのですが、実際に食料マーケットは、
ア産学官連携促進事業や、食農産業クラスター推進協議
農家に 5 倍のお金を払うだけの潜在力が存在している
会などが次々と動いており、受け皿があって出口が見え
という意味です。
ていることが、プロジェクトの採択される背景となって
この地域で問題提起だけではなく今後の進め方をど
いました。ここで挙げられているプロジェクトは、国の
うしようということで、2 年前に数回にわたって議論を
ほうから研究資金なり補助金なりをもらって、始まりま
しました。発言は 1 分で、強みと弱みを言っていただい
した。
て、好き放題しゃべっていただく。これはブレインスト
10 年間この地域は公的資金も注ぎ込まれましたし、
ーミングという、企業の中ではアイデアを出すやり方で
よその地域ではないような産官学民、企業参入のプロジ
す。これをメモして、テープ起こしをして、キーワード
ェクトも経験しました。そのため、他の地域から何かア
を抽出し、ロードマップを作成しました。30 代、40 代
イデアを得るよりは、既にここで蓄積されたものをいか
など次の地域を担っていく人たちに書いてもらって、最
に展開するのかという動きが出てくると期待していま
後は私がチェックして報告書を取りまとめました。
す。農業は変わらなくてはいけない時代です。豊橋・田
そして、この地域のこれからの農業を考える検討結果
原地域の統計を見ると、耕地面積 1 万 2,000ha で、お米
をまとめました(図 5)。一つは、この地域の農業課題
だけなら約 100 億円の売上になりますので、恐らく 10
を解決する先導的なプロジェクトを推進すること、それ
軒の農業法人で十分管理が可能な面積になります(図 4)。 から、競争力をつけるようなプロジェクトを推進してい
それがここでは 1,500 億円くらいの売上がありますの
くことです。農業の持続性を担保するようなものとして、
で、水田農業とは違う構造があります。一人当たりの売
農業インフラ、用水路を先進的な農家グループが整備し
上は 430 万円、ヘクタール当たりでは 100 万円であり、
たり、地域のコミュニティが社会的な共通資本として水
全国の製造業の平均は一人当たりの売上 2,000 万円と
路などを用意するという、単に個人だけではなくて、地
いうのが通常です。そのため、400~500 万円という産
域や市や県の応援の下にもう一遍舵を切り直すという
出額ですが、製造業並みにその 5 倍を目指したらいいと
先進的な提案です。
二つは、異分野の交流を積極的に推進することです。
いう提案をしました。しかし、それは無理と言われたの
ですが、実は農家の出荷価格と消費者が支払う店頭の小
農業のサイドから積極的に手を伸ばすことに意味があ
売価格はほぼ平均して 1:5 で、世界共通です。そうする
ります。その逆は難しく、農業がわからないで農業に手
と 5 倍にするのは、もし農業が店頭での売上も含めた産
を出してくる人たちは、少し思うところがあります。
業となれば、一人当たり 2,000 万円というのが数として
は夢ではなくなります。ただ、これは六次産業化という
図4
豊橋・田原の農業シナリオ:事実の理解から始まる
図5
9
豊橋・田原地域における「これからの農業を考える」検討結果
3.コミュニティベース精密農業の新展開
ます。例えばITベンダーがクラウドシステムをつくっ
次にコミュニティベース精密農業の新展開を紹介し
て普及しようとしていましたが、そのITベンダーのデ
ます。コミュニティベース精密農業は、技術のみでなく、
ータを農家が自分でコントロールしようと思ったとき
ばらつきを克明に記録して、その記録に基づく細やかな
になかなかうまくできませんでした。またITベンダー
マネージメントをだれがするのかで形が決まってきま
を変えようとしたときにはデータの互換性がなかなか
す(図 6)。日本では、異なる人間の集団が担うという
とれないという問題がありました。アメリカやヨーロッ
ことで、コミュニティベース精密農業を14 年前に提案
パでも問題になっていて、相互運用性や可搬性の共通化
しましたが、最近では各国でこれを参照するようになっ
をグローバルスタンダードにする動きが急速に早まっ
てきました。地元農家、農協、県、自治体、あるいは企
ています。いち早く日本でも共通化に対応しておかない
業、中央政府、場合によっては必ずしも賛成しない団体
と、農業を支えるための基盤産業が極めて脆弱になる恐
などとうまくやらないと、せっかくのアイデアがなかな
れがあります。
かうまく進まないということがこの 10 年間でわかって
また、遺伝子レベルも含めて農業自体にもばらつきが
きました。
あり、このばらつきをいかに管理するかというのが農業
のノウハウです(図 7)。それを標準化するためには、
世界で進んでいる農業の包括的な技術標準化の枠組み
を参考にする必要があります。一番大事なのは安定した
出荷量を維持することで、最も大事なブランド戦略です。
そのためには技術管理の面では人間作業の高度化と標
準化、および機械システムの共通化や自動化が重要にな
ります。作業連鎖の面では,稲作だけでも大体 100 くら
いの工程がありますが、そういう連鎖の中で次々と作業
の情報を受け渡しするのに、標準化が必要です。それか
ら、農法要素として、品種、圃場、地域のシステム、技
術、生産者の資質がそれぞれ標準化、共通化されて初め
図6
て農業の標準化が実現されます。ISO や GLOBAL G.A.P.
コミュニティベース精密農業のモデルの構図
も含めて、地道に一つ一つつぶしながら標準化していく
私は、この 2、3 年間、中央政府で施策や予算をつく
る側に立つことができましたので、豊橋で経験した課題
を上から応援することができるようになりました。それ
が従来とは決定的に違うところで、ボトムアップとトッ
プダウンの結合が見渡せます。政府 IT 総合戦略本部と
いう総理大臣を本部長とする組織は、すべての省庁に横
串を差すような役割があります。その中で IT の横串を
差したような施策を推進する新戦略推進専門調査会が
あり、私はこのメンバーとして全体を見ており、その中
で農業分科会を担当しています。
農業分野に IT システムを普及していくということは、
競争力のある農業のために、農業情報にかかわる基盤を
応援するということです。いくつかのエピソードがあり
図7
10
包括的な技術標準化の多岐多様性・階層性
努力が求められます。経験の浅い日本が準備せずに海外
が私の提案です。徐々にですが、充実した形で評価指標
へ出ていっても周到に準備された諸外国に勝ち目はあ
が変更されつつあります。
りません。しかし、日本の中で蓄積されているノウハウ
例えば、農業機械の出荷額は大体 4,000~5,000 億円
は相当レベルが高いので、それをうまく包括的に整理す
あり、その半分が国内向けで半分が輸出向けになってい
れば十分戦えるものになります。
ますが、これが同じ規格でつくられていれば、あっとい
韓国の済州島での温州みかんの生産では、ノウハウは
う間にグローバルスタンダードのある分野に名乗りを
日本の四国から全部持っていったそうです。まさかこの
挙げることができます。実際、農業機械の分野では、作
みかんが日本に入ってこないだろうと皆さんは思うか
業機とトラクターの通信機器で ISO に日本提案を出し
もしれませんが、実際、去年見学しましたら、GLOBAL
ています。ヨーロッパ、アメリカも応援していますので、
G.A.P.の認証をとり、150 戸の農家がリスクを担保した
恐らく農業機械分野では初めてと思いますが、日本提案
生産の仕組みを持って、日本に輸出することを準備して
のグローバルスタンダードが誕生する可能性がありま
いました。これに対抗できる日本のみかん産地はありま
す。今まで担当者が孤軍奮闘でやっていましたが、内閣
せんので、放置すると壊滅的な打撃になると思います。
官房からお願いすると各省庁がすぐに協力してくれま
日本で質がよくて安全・安心と言っていますが、その安
すので、進むと思います。
全・安心という証拠も示せないわけです。恐らく農協が
アブダビでは日本政府は、石油を安定的に供給するた
大幅に改組・改革をしないと乗り越えられない課題だと
めの約束をとりつけたのですが、今度採掘権も獲得しな
思います。済州島の農協には、英語のできる 6 人の専門
くてはいけません。今までは日本の工業製品などの提供
家がいて、150 戸の農家が協力しながら日本の市場を狙
で支援していましたが、今度は工業製品より日本は安全
っています。なぜ日本でなくてはいけないのかはわかり
で安心なおいしい農産物があるので、その支援を求めら
ませんが、これはびっくりしました。
れたそうです。そこで経済産業省のプロジェクトに私も
そのため、日本の農業の影響力の評価軸をもう一遍考
参加することになり、アブダビに行って日本の農業のエ
え直す必要があります(図 8)。農林水産省では、輸出
キスを紹介しました。
アブダビ人は全人口の 1 割しかいなくて、皆さん太っ
何兆円など漠然とした指標ではなく、相手の文化やニー
ズ、マーケットの十分な調査を進めようとしています。
ていて、生活習慣病に関心が高いです。私は、アグロメ
そういう意味では、影響力について、人材、教育、知的
ディカルフーズを、日本で開発中ですので、その集中的
財産、サービス、産業技術、農産物輸出入の進み具合を
なセンターをアブダビに建てようかと考え、アグロメデ
測る指標をもう一度を立て直すべきであろうというの
ィカルフーズ開発センター構想を提案しました(図 9)。
図8
日本農業の影響力の評価軸(仮)
図9
11
アブダビへの提案:アグロメディカルフーズ開発センター構想
この中にはメディカルケアセンターや植物工場やスー
10)。そこで一気通貫に、物もお金も情報も回りやすく
パーマーケットというのが入っていて、ここへ行けば農
するための標準化を進めようという政策が動き始めま
産物のつくり方、消費、健康管理などのサービスを提供
した。センサーデバイスやデータ通信から最後はノウハ
する医者や管理栄養士が集まることになっています。提
ウまでいくつかの異なる階層があるので、共通していい
案だけですが、有力な地元部族長は気に入ったみたいで、 階層と、企業同士がビジネス競争すべき階層を仕分けし
これを導入する動きが始まっています。日本では縦割り
ながら進めるところがポイントです。現在,ガイドライ
の壁がありますので、私はアブダビで第 1 号の分野横断
ン作成の途上であります。
協力モデルがあり得るのではないかと期待しています。
農産物流通では、JR 貨物を利活用するモーダルシフ
また、復興農業についても、日本は災害が非常に多い
トの構想で、農家と最終消費者の集配施設を結ぶのにさ
のに、応援するときは何か個別的、縦割りで、ビジョン
まざまな貨物やトラック、フェリーがあり、これをどう
を示しながら全体をどのように復興していくのかをや
やって組み合わせて使ったらいいかが課題です。日本ト
っていいのに、なかなかそう動かない。そこで、重要な
ラック協会が 5 年前に警告しましたが、トラックの運転
要素である「時間」と「場所」と「証拠」に基づきなが
手があと 10 年放置すると高齢化のためいなくなるそう
ら実際に復興促進していくことを考えています。
です。極めて危険な状態です。集配はトラック協会が担
当するので、基幹流通は JR 貨物がもう少し役割を発揮
例えば、私が福島の農家から依頼されたプロジェクト
があります。放射能汚染の問題がないところで、私たち
してほしいという提案したとのことでした。
も毎回測りに行って全然問題はありませんが、風評被害
図 11 は、未来農業の具体的な担い手はだれなのかと
で農産物が売れなくなってしまった。これを何とかリベ
いう議論を整理するための図です。担い手となると企業
ンジしたいということで、精密農業で土壌マップを作成
的な大規模な儲かる農家ばかりになりがちです。しかし
し、農作業のプロセスを記録してトレーサビリティのあ
現在の農業は単位面積当たりの生産性をいかにして維
る水田経営モデルつくるA-STEP(復興)に協力し
持するかが課題で、規模の大小には関係ありません。そ
ました。
ういう国力を維持するためには、それにかかわっている
一旦風評で汚染されたと思った消費者は、決して戻っ
人たちすべての総力を結集できるような担い手を想定
てきませんでした。しかし、克明に記録した事実にもと
すべきです。耕す市民は、農業をするのにお金を落とし
づいて話していきますと、納得して買ってくれる新しい
てくれる人たちで、彼らも土を触るので役割があります。
人々が現れました。今までにない消費者が今
次々と購入してくれるとのことです。日本学術
会議のワークショップを福島県の河内村で本
年(2014 年)開催し,そこにグローバルトレーダ
ーにも来てもらって、講演してもらいました。
福島の農産物は世界一安全でプロセスがしっ
かりしているとの評価をいただきました。国も
10 万台を超える線量計を福島県に普及して、
生産段階から安全管理ができる状態にまでき
ており、これが顧客を新しく開拓するという活
動になっています。
また、あまりにも複雑になりすぎた農産物の
流通に介在するさまざまな業者のコストを積
み上げると、いろいろな問題が起こります(図
図 10
12
農産物の生産・流通の複雑化、等
地産知商は農産物ではなくて、生産の仕組み、暮らし
そのものを商品にする人たちです。一方、企業的な農業
は、農産物そのもので商売する、グローバルマーケット
に挑んでいく人たちです。こういう人たちのノウハウを
うまく横串を差したように連携をとることで、オールジ
ャパンの農業を底上げしようということです。
図 12
農業情報創成・流通促進戦略(全体像)
4.アブダビ宣言 2014:食料安全保障の国際標準化
アブダビ宣言について紹介します。GLOBAL G.A.P.
というのは、精密農業と表裏の関係にあります。
GLOBAL G.A.P.は農作業のリスクを担保していますか
図 11
というチェックを保証するものです。精密農業は,農作
地域資源(農業知財)を活用する日本農業の主な担い手
業を通じていかに収益を生み出すのかを担保する経営
去年、IT 総合戦略本部で、農業情報の流通促進戦略
戦略を提供します。GLOBAL G.A.P.は GAP を推進する
を決めました(図 12)。一つに、農業情報の相互運用性
ための国際組織の名称であります。生産者・出荷側とリ
として、どの IT ベンダーのシステムでも利用可能なこ
テーラー・フードサービス側が主な構成メンバーで,民
と、あるいは自分のデータをどこでも自分が管理でき、
間レベルの農場管理に関する国際標準ルールを管理し
リスク管理もできるという考え方を推進することにな
ており,日本にも広がっております。
りました。現在、主要な IT ベンダー企業、農業機械企
GLOBAL G.A.P.に認証されている農家が存在する国
業、農家が入って、このガイドラインの策定の作業を実
は、世界の大半であります。その意思決定システムとし
施しています。二つに、農地情報の整備と活用として、
て、ステークホルダーとなる利害関係者の委員会と技術
全国に 5,000 万枚の農地の土地台帳のデジタル化と公
委員会を設け、あるいは認証委員会や公正性委員会もあ
開を、補正予算で取り組まれつつあります。全国の農地
り,国際標準や認証に関する事項について審議審判して
の情報化が急速に進みます。三つに、各省庁の局長、審
います。そして国別のワーキンググループが世界 35、
議官クラスの横断的な会議をつくり、調整しながら進め
36 か国あり、日本にもありますが、ここでグローバル
ています。柱は農業の生産力の向上、関連産業の高度化、
スタンダードの作成・修正等を担当しています。
バリューチェーン、マーケット戦略で、市場での販売力
実際、農作業は、234 のコントロールポイントあるい
の強化を一気に進められるような農業情報流通の促進
はチェックリストがあるから大変というのは間違った
をします。その結果、総理も言いましたように、2020
見方です。農業をやろうという側に立つ人々からみると、
年に 1 兆円の農産物輸出を実現することが、一つの大き
実際に遵法農業をやってみて数え上げたらこれだけの
な流れです。
ポイントがあったということです。一方、認証をビジネ
スにしたい団体などは、234 もの沢山の管理ポイントが
あるので大変でしょうと説明し、模擬テストなどで便宜
13
を図ろうとしています。
ネスのやり方です。ロジカル、システマティックにルー
このコントロールポイント(管理点)は、作物、畜産、
ルをつくり、ルールを守ることが仕事になります。当初,
養殖ごとにカテゴリーが作られています。作物について
日本の政府はその意味がわかっていなかったようです。
は 9 つあります(図 13)。そのうちの一つが、CB.1 ト
私が日本の GLOBAL G.A.P.に関連するガイドラインを
レーサビリティです。ここで強調しておきたいのは、日
定める農水省の委員会の座長をした時点で、冒頭にすべ
本のトレーサビリティとは大分印象が違っております。
てを仕切り直し、我が国の法制度を GLOBAL G.A.P.と
流通の中にある農産物に対してだれが出荷したのかと
対峙して整備し、いざ国際問題になったときに、我が国
いう出荷責任者と、だれが買うのかという顧客がはっき
の法制度が優位であるということを証明できるものと
りしていることです。その農産物にもし何か危害が発生
して、整備したのが、農業生産工程管理(GAP)に関する
したら、出荷責任者と顧客が責任を持って流通経路の中
共通基盤ガイドラインです。それまでは,民間の自称
から一刻も早く危害農産物を排除する仕組みがトレー
GAP に追随して,その共通項を整理するような作業し
サビリティです。だれがその危険物を排除するのかわか
かしてきませんでしたが,ここに大きな変化が起こった
ってないようなものはトレーサビリティとは言いませ
ことになります。現在は作物だけなので、次は畜産と養
ん。また、CB.4 SOIL MANEGEMENT があります。
殖を作成しようと考えています。このように、日本では
これは、自分の畑がどこにあるか、地図に書いてくださ
世界的にも法体系が整備されていて、GLOBAL G.A.P.
いというところから始まります。このように,儲かる農
を導入するのにふさわしい環境が完備されています。
業をやろうと思ったときには必ず書かなくてはいけな
今年の 10 月 27 日にアブダビに GLOBAL G.A.P.の加
い農作業の判断が GLOBAL G.A.P.の中のルールとして
盟国 50 数カ国、300 人以上が集まり、アブダビ宣言を
整理されているというのが実態です。
採 択 し ま し た ( 図 14 )。 こ れ は SAI ( Sustainable
Agriculture Initiative,世界の主要な食品業界が加入し
ている団体)プラットフォームと、GLOBAL G.A.P.(遵
法農業を進める国際団体)による、世界の食糧安全保障
のための共同イニシアティブを導入し、国際貿易センタ
ーと国連がこれを応援する態勢をとり、会場では賛同組
織が次々と署名に入りました。
図 13
CROPS BASE
日本では農業生産工程管理の法体系の整備を完成し
ました。GLOBAL G.A.P.はあくまでも民間団体の、農
業生産者と小売業者、流通業者の間の取引ルールですが、
一番重要なのは、これが各国のルールや法制度に準じる
ことです。しっかりした法制度やルールを持っている国
は強く、持ってないところは、そのまま外圧で押し切ら
れてしまう構図を持っています。これがヨーロッパビジ
図 14
ネス,あるいはグローバルスタンダードに依拠したビジ
14
The Declaration of Abu Dhabi
アブダビの驚異的取り組みを紹介します。アラビア半
学技術・イノベーション戦略会議で作成している科学技
島の砂漠の国アブダビは自給率が 20%で、農地面積が
術政策で、私もこの WG メンバーに入っています。そ
100 万 ha、農家数は 2 万 4,000 人、1 軒当たりの農地面
の中で、「地域資源を強みとした地域の再生」では、も
積が 4ha の小規模家族農業が主体です。グリーンハウス
っと包括的に地域資源を活用した新産業をつくるとい
や施設園芸もあります。しかし食料の需給状態を将来予
う方向で、個々のプロダクトアウト型のテーマが実際の
測したときに、農業を強化しようという戦略がでてきた
産業に関連づけられながら統一されました。サプライチ
のです。2013 年とのことでした。自給率を 2030 年まで
ェーンや付加価値のある農林水産物の開発という、マー
に 40%と2倍にする方針が中核になります。それから、
ケット競争力のあるものに重点が変わってきています
GLOBAL G.A.P.に基づくリスク管理された農業、農産
ので、各省庁はこれに基づいて予算計画を準備するはず
物を流通させる政策をとり、去年ニュージーランドから
です。
GLOBAL G.A.P.の技術委員会メンバーを呼んで、わず
二つに、アグロメディカルフーズという医農連携のプ
か半年で国別委員会を組織し、ワーキンググループを立
ロジェクトです。ボトムアップ型の構想で、医学分野で
ち上げました。それから、800 人の中核農家が GLOBAL
の科学的エビデンスと、機能性物質の分析方法、育種と
G.A.P.導入の先頭に立って自給率を高める組織方針を
栽培を含む農学分野での科学的エビデンス、栄養・調理
作りました。そのうちのおよそ 100 名が国王から表彰さ
学分野における科学的エビデンスに基づく調理方法の
れて先陣を切る形と聞いています。別件で本年 9 月に
提供という、農場生産から生活健康までの一気通関した
UAE 大学を訪問したところ、自給率を高めるため、自
取り組みがアグロメディカルフーズの構想です。一昨年
国に適したラクダ牧場を計画しているようです。餌の自
には補正予算で 3 年間 20 億円のプロジェクト予算がつ
給がボトルネックになりますので,自国で栽培している
き,農水省の事業になっています。現在では、タマネギ、
パームヤシの絞りかすを利用して人工飼料の作成に取
大豆、茶、リンゴ、ミカン・ミカン果汁、ホウレンソウ、
り組んでいました。このような背景があって、アブダビ
トマト・ナスの 8 つの農産物については医農共同研究が
に GLOBAL G.A.P.の世界大会が来ました。このままで
進み、近い将来は 20 種くらいの農産物と機能性物質に
は日本が負けるのは時間の問題です。勝ち負けの問題で
増える見通しです。来年度に向けた取り組みとして、ア
はありませんが、基本的取り組みとしては、わずか 2 年
グロメディカルダイアティクスという普及モデルを考
程度の間に、日本はほとんど負けてしまいました。
えています。食事や配膳を提供するには管理栄養士、調
そして、採択されたアブダビ宣言の 3 つの柱として、
理師、食堂の連携が必要です。食事をするためには素材
一つは非常に大きな話ですが、遵法農業、GLOBAL
が必要です。1 品目や 2 品目では少なすぎますので、数
G.A.P.に基づく農作業基準を小規模農家も含めて世界
十品目のアグロメディカルフーズ素材が必要になって
共通化しようとしています。二つは、利害関係者の全て
きます。それを扱うための人材が必要ですので,人材養
に理解されるような農場として、農場コード、農場番号
成のためのテキストづくりが事業として動く必要があ
などの世界で唯一の農場番号を設定するということで
ります。今までみたいなプロダクトアウトではなく、消
す。三つは、それを実行するためのメカニズムを国際的
費ニーズを見て、また日本食のバージョンアップに貢献
に形成することです。これは事実上の農業食料産業の革
することを考えると 100 種類以上のアグロメディカル
命に相当するような大きな変化です。それがつい最近,
フーズを用意する必要があり、そのための研究体制の抜
アラビア半島の一角であったということが印象的です。
本的な強化を応援したいと思っています(図 15)。
5.今後の課題について
最後に今後の課題について紹介します。一つは、科学
技術イノベーション総合戦略 2014 です。これは総合科
15
6.質疑
質問①
農業分野へのロボット化、自動化や、それに携
わる人たちをサポートする技術を豊橋技術科学大学と
しても注力していこうとしていますが、国の方で農業分
野に特化してバックアップする施策はこれから期待で
きますか。
回答①
期待してよいと思います。これは内閣官房で重
点的に 500 億円をとり、各分野に研究推進を行っていま
す。農業分野は 35 億円予算計上されており、その中の
図 15
10 億円が IT、ロボットを推進する技術開発となってい
AMI の今後の展開
ます。それから、もちろん科学技術イノベーション総合
三つに安全の問題です。死亡事故対策のみではなく、
戦略のほうでも予算計上されていますが、大学の先生に
安全の問題を包括的に扱うことです。食料、農業の安全
任せるといつまでたっても実用にならないという空気
確保の方策とは、食材・食品の流通システムの安全と農
もあり、生産局に 60 億円計上して、農家に普及するモ
作業システムの安全および農業を含む地域システム全
デルを具体的に展開しようとしています。そのため、今
体で安全性を担保する考え方が必要です。GLOBAL
求められているロボット研究は研究開発ではなくて社
G.A.P.の農場概念の枠に収まらない、地域を含む、いわ
会実装です。実際に農家のサイドからリクエストがあれ
ば日本型農場概念の提案であります。(図 16)
。
ば、それを直ちに供給するために、国の補助金をつける
という方向に舵を切りました。
質問②
GLOBAL G.A.P.について、一般の農家がその
必要性までなかなか理解されていません。生産者が
GLOBAL G.A.P.認証をとらない理由というのは、認証
をとっても売上が伸びないということがあり、
GLOBAL G.A.P.認証取得と収入というところの関連性
について、ご指導いただければと思います。
回答②
GLOBAL G.A.P.は、例えば自動車の運転免許
のように、免許を持ってない人が運転したら無免許運転
になるのと同じで、GLOBAL G.A.P.を取得したら販売
図 16
することができ、販売したときにリスク管理に対応でき
食料・農業の安全確保の方策
るということです。GLOBAL G.A.P.を取得したら売上
以上のように、豊橋でずっと取り組んできたものが広
が伸びるかという問題の立て方は間違っており、売上を
がって展開した結果が、現在の国の政策に取り上げられ、 伸ばすのは GLOBAL G.A.P.とは別の、もっといろんな
新しい装いをして皆さんの前に登場しています。この地
アイデアが必要です。GLOBAL G.A.P.は、これを取得
域では受け皿はたくさんあると思いますので、ぜひ参考
できれば何かブランドがつくというような間違った考
にしていただいたらありがたいと思います。
え方で指導がされていますが、これは改めなければなり
ません。GLOBAL G.A.P.の世界大会でも、大手の企業
16
や農業法人が 1 件 30 万円ほどの認証費用がかかってい
るとクレームをだしました。1ha くらいの小さな農家も
参加してもらえるように、10 ユーロ(約 1,300 円)で
認証できるような仕組みをこれから考えようとしてい
ます。これが世界のトレンドで、取得しなかったら販売
ができないわけですから、自然に普及すると思います。
それから、現在、国が進めようとしているのは六次産
業化のみではありません。競争的に 1~2 億円売り上げ
て、ビジネスとして国際的にやっていけるような農業事
業体を 1 団体でも 10 団体でもつくるのが産業政策です。
それとは別に、その地域でいろんな方々と環境を守った
りするのは地域政策です。ビジネスというよりは、地域
を活性化するのに農業が中心的な要素となるのが地域
政策です。この産業政策と地域政策の二つをうまく結合
しようというのが国の施策になっており、予算もそのよ
うな枠組みになっています。
17