AFPLA 9th Forum 東京大会 報告書

AFPLA アジア政治学学生協会
東京大学支部
AFPLA 9th Forum 東京大会 報告書
平成 27 年 9 月
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目次
代表挨拶
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大会概要
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分科会報告
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外交分科会
歴史分科会
開発分科会
経済分科会
古典分科会
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代表者会議報告
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参加者所感
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議論を終えて
意義のある疲労
価値観の相克∼日本を相対化することの意義∼
「実りある議論」とは
9th 東京大会 会計報告
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代表挨拶
2015 年 8 月 18 日に、Asian Future Political Leaders Association 9 Forum(AFPLA 東
京大会)は幕を閉じ、AFPLA は来年度の AFPLA 台湾大会に向けて動き始めました。5 泊 6
日の東京大会では、北京大学、復旦大学、ソウル大学校、国立台湾大学、そして東京大学と
いう東アジアを代表する大学で学ぶ 113 名のメンバーが参加し、歴史、外交、開発、古典、
経済の 5 つの分科会で白熱した議論を交わし、友好を深めました。
th
現在、東アジア諸国間の関係の緊迫化がマスメディアなどで毎日のように取り上げられてい
ますが、東アジアで生きる、特に政治学を学ぶ学生の多くにとってそれは学問的関心の対象
だけでなく、懸念や不安の対象でもあります。国内政治や国際情勢、メディア、偏狭的ナシ
ョナリズムの台頭、歴史問題、国内経済の状態などの様々な要因が複雑に絡み合っており、
国境の向こうの「顔の見えない相手」に対する不信感は国家間だけでなく、各国の市民の間
でも増すばかりです。そのような状況に対して危機感を抱く学生が一同に会し、学問的分析
と個人的価値観の双方を互いに伝え合い、東アジアの多様な課題について議論を重ねること
は、将来のリーダーたるメンバーにとって貴重な経験であるだけでなく、東アジア全体の未
来にとって価値のあるものであると思います。
AFPLA のメンバーはそれぞれ異なる動機の下に参加しています。しかし、学問的議論と交流
を通じて知識のみならず相互理解を深め、将来社会を動かしていくリーダーとして必要な思
考力と仲間を得るというゴールは共有されていたのではないでしょうか。実際に、11 月に行
われた代表者会議において、本大会の目的を議論した際には、学問的知見やリーダーシップ
などはもちろん、
「他国の同世代がどのように考えているかを知り、多角的な視点から物事を
見たい」という声が最も多くあがり、私たちはこの想いを共にして本大会の準備を進めてき
ました。各メンバーが本大会を通じてこの目的を達成することができるために、AFPLA 東京
大会という場を提供できたこと、そしてそのような熱い想いを持つ学生を 112 名も集めるこ
とができたことは、AFPLA 運営メンバーのひとりとして誇りに思います。
本報告書には、各分科会の東京大学支部メンバーによる学びの成果や発見、今後の AFPLA
への提言などが記してありますが、メンバーが大会を通じて得た経験や感じたことはここに
は書き表しきれないほど多様で深いものです。このような実りある大会を開催できましたこ
とは、国際交流基金様、三菱 UFJ 国際財団様のご支援の賜物であり、深く御礼申し上げます。
また、以上のような学生の想いにご賛同いただき、ご指導、ご協力いただきました顧問の藤
原帰一教授、駒場友の会様の山本泰教授に心から感謝申し上げます。
最後に、東アジアの将来をより明るいものにしようと志す東京大学支部及び他大学支部の運
営メンバー・議論メンバーと共に本大会を造り上げられたことを光栄に思います。本大会の
メンバーや過去のメンバーの方々には感謝を伝えるとともに、今後 AFPLA やその大会がよ
り発展しますよう、引き続きご協力をお願いいたします。
2015 年 9 月
AFPLA 東京大学支部代表
中村優理子
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大会概要
団体名称
AFPLA 東京大学支部 (アフプラ東京大学支部)
Asian Future Political Leaders Association (AFPLA, 日本語名称:アジア政治学学生協会)
団体設立・活動趣旨
アジア政治学学生協会(以下 AFPLA)は、東アジアで主に政治学・国際関係を学ぶ学生により
2007 年に設立された団体である。日本・中国・韓国・台湾を代表する大学の学生が年に一
度集まり、東アジア共通の政治、外交問題を中心とする国際的な話題について、研究成果発
表・議論を行うことを活動主旨とする。参加大学は東京大学、北京大学、復旦大学、ソウル
大学校、そして国立台湾大学である。東京大学は 2009 年より本活動に参加しており、2010
年のソウル大会より本格的に大会に参加している。
大会前の事前勉強や大会本番の議論を通して、政治学を中心とする学問への見識を一層深化
させるとともに、東アジアの学生が共同で共通課題に取り組むことで、肌感覚の意見に相互
にふれあうこと、また議論以外の時間にも学生間の一層の国際交流を図ることで、将来的な
東アジアの未来志向の人的ネットワーク形成を目指している。
東京大会概要
【日時】
2015 年 8 月 13 日(木)∼8 月 18 日(火)
【場所】
独立行政法人国立青少年教育振興機構 国立オリンピック記念青少年総合センター及びその
周辺
ご支援
独立行政法人 国際交流基金様
公益財団法人 三菱 UFJ 国際財団様
駒場友の会様
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東京大会スケジュール
1 日目
8 月 13 日(木)
13 時∼15 時:北京大学、復旦大学、ソウル大学校、国立台湾大学の学生が到着。
15 時:開会式
18 時:ウェルカムディナー(参加者全員で夕食)
2 日目
8 月 14 日(金)
終日分科会議論
(8 時半開始、お昼休みをはさみ 16 時 45 分終了)
3 日目
8 月 15 日(土)
終日分科会議論
(8 時半開始、お昼休みをはさみ 16 時 45 分終了)
4 日目
8 月 16 日(日)
観光(浅草、お台場、みなとみらい、鎌倉、東京ディズニーランドに分かれて観光)
5日目
8 月 17 日(月)
分科会議論
(8 時半開始、お昼休みをはさみ 16 時 45 分終了)
17 時半∼:カルチャーパーティー(歌や踊り、伝統芸能
などの文化交流)
6 日目
8 月 18 日(火)
8 時半∼11 時 45 分:閉会式
12 時半∼:フェアウェルランチ(参加者全員で昼食)
14 時:解散
大会参加者
東京大学:26 名
北京大学:20 名
復旦大学:22 名
ソウル大学校:24 名
国立台湾大学:21 名
総計:113 名
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東京大学参加者一覧
【運営メンバー】
代表
池上京花
文科一類 2 年
中村優理子
文科一類 2 年
副代表
岡本宇弘
文科一類 2 年
会計
下田佳乃子
文科一類 2 年
スタッフ
王彦駿
工学系研究科修士 1 年
楠山恭平
文科一類 2 年
比嘉将大
理科二類 2 年
リーダー
ユン・ミレ
文科三類 2 年
参加者
イ・ジヨン
教養学部 4 年
三浦健
理科一類 2 年
渡邊瞳
文科一類 1 年
リーダー
坂部能生
教養学部 3 年
参加者
下田佳乃子
文科一類 2 年
小泉俊祐
文科一類 1 年
小山摩莉子
文科三類 1 年
リーダー
松熊利樹
文科二類 2 年
参加者
宍倉理沙
教養学部 3 年
岡本宇弘
文科一類 2 年
金丸博樹
文科二類 2 年
リーダー
茂木文華
教養学部 3 年
参加者
臧涵
経済学研究科修士 1 年
扶川穂
文科一類 1 年
リーダー
高原季子
教養学部 3 年
参加者
井野口碧依
教養学部 4 年
松清かな
文科一類 2 年
下山明彦
文科一類 1 年
【外交分科会】
【歴史分科会】
【開発分科会】
【古典分科会】
【経済分科会】
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分科会報告
外交分科会
分科会リーダー
ユン・ミレ
三浦健
イ・ジヨン
渡邊瞳
目次
⒈ 9th AFPLA での議題
⒉ 具体的な活動内容
⒊ 次年度以降に向けて
1. 9th AFPLA での議題
昨年 2014 年の 11 月、今年の本大会で議論する議題を決めるための代表者会議が東京で開
かれた。その時の代表者会議では、海洋資源というキーワードから東アジアの外交について改
めて考えてみようという提案が出され、採択された。具体的には、東アジアの海洋資源の共有
と開発の可能性を議論してみようというテーマである。その背景としては、今まで東アジアで
は領土紛争などナショナリズムに基づいた葛藤が続いてきた。そして、このような葛藤は外交
的緊張感を高めるだけでなく、各国間の経済的協力などにも被害を及ぼしてきた。しかし、周
知の通りこのような歴史認識問題は解決が困難で、葛藤によって生じる経済的損失はどの国に
とっても望ましいものではない。そこで、いっそ領土紛争問題を棚上げにして、経済的な協力
の具体的な手段として海洋資源の共有及び共同開発の可能性を探ってみることにした。このよ
うな海洋資源の究極的な目的は領土紛争自体の解決であるかについては異見があった。また、
海洋資源の共有を話している途中で必然的に境界画定の概念が取り上げられ、国家主権のテー
マについても議論に至ることが想定された。というのも、領土紛争の対象となっている島々は
多々公海ではなく、排他的経済水域の重なるところに位置し、国家主権の境界があいまいで正
確に定められてないということが一部起因する問題だということも作用したのだ。つまり、領
土紛争という問題はそもそもそれ自体が昔から存在した根強い葛藤ではなく、正確に国境とい
う線を引こうとする近代国家制度によって生まれた問題であるという点に着目しようとした。
利益関係と近代的制度が絡み合った産物でもあるという観点を導入することによって、改めて
領土紛争などのナショナリズム的な問題は迅速に解決すべき厄介な問題ではなく、経済的協力
のためのきかっけとして作用しうる。過去にあった東アジアでの経済的協力の前例を踏まえ、
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領土紛争問題を超越して海洋資源を共有することが可能かという質問について各国からの参
加者に自分たちの意見をぶつけ合う場を設けようと努めた。参加者には自国の社会・文化・政
治・経済への理解をもとにこのような東アジアの資源共有という協力がそもそも可能か、もし
不可能であればなぜか、可能ならば、どのような形で成されるべきかなどについて自分の見解
を他の学生たちと共有することで相互理解が得られると同時にどの国でも納得のいきそうな
現実味のある解決策が見つかることが期待される。
2. 具体的な活動内容
まず 8 月にあった本大会までに AFPLA 東京大学支
部外交分科会の学生たちは 2 月から着実に準備を進め
てきた。2 月から週 1 回のペースで分科会メンバー同
士集まり、まずは議題案の方向性を具体化させる作業
から始めた。去年の 11 月に作成された議題案はまだ海
洋資源の共有といったキーワードしか決まっておら
ず、共有することの目的は領土紛争とどのような関係
があるのかなど、その目的が具体的に提示されていな
かった。まずは他大学に勉強会のための参考文献を含め議論の方向性をあらかじめ提示する必
要があったため、海洋資源共有の目的と本大会までには議論に必要な知識を習得しておき、本
大会期間中には議論にだけ集中できるよう、議論の具体的な目標と方向性、そして参考文献を
提示する必要があった。なのでまずはその目的と議論で扱う海洋資源の定義の範疇(油田も扱
うかそれとも漁業だけに議論を限定させるかなど)、参考文献を定める作業をチーム内での議
論で決めようとした。
しかし海洋資源だけに限らず、キーワードが出た脈絡を考慮し、主権の概念や安全保障など
幅広いキーワードに関する日本語の文献を読みながら海洋資源に関する理解を深めてきた。他
にも日韓、日中、中韓の間にどのような領土紛争と漁業協定や海洋資源に関する経済的協力の
前例がどのようなものがあるかを調べ、お互い意見を交換した後他大学に聞きたいことを質問
でまとめメールで意見を交換する作業も行った。他大学との連絡はまずテーマがどのような背
景から出されたかを説明する内容からはじめ、勉強会で出た質問の中で他大学に答えてほしい
内容について連絡することもあった。
そして 8 月になって本大会が東京で開催され、5 大学の学生たちが集まって議論を進めた。
議論の初日には各大学ごとに今まで大学内の分科会で進めてきた勉強会の内容をまとめて発
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表してもらい、各大学の議題についての全般的な考えを他大学と共有した。北京大学は東アジ
アの資源共有について特に楽観的な展望をし、資源共有のために先行されるべき環境の整えを
強調した。相互尊重や寛容な態度、義務と責任などを取り上げながら、SNS などのニューメ
ディアを通して国民間の友好的な構築のための土台の重要性を訴えた。そして協力の妨害要因
とされているナショナリズムなデモやあいまいな国際海洋法の適用、アメリカとの力関係など
をどう乗り越えるかを課題とした。また、中国からのもう一つの学校である復旦大学はもっと
も国際関係学の現実主義的な立場として目立った。現状のようなナショナリズムのためにでき
る最善のことは今の力の均衡状態を維持させることにほかならないと主張しながら、復旦大学
の参加者たちはお互い相手国家に挑発する言動を自制すること、また相手の挑発的な言動は無
視することが最善で、長期的には領土紛争問題も解決してくれる方法だといった。経済的協力
という広義の用語では語弊があり、海洋資源の共有に限っていうと国は領土紛争とは関係なく
海洋資源を開発する十分な誘因があるので海洋資源の開発のための協力は可能であり、その協
力の目的は必ずしも領土紛争の解決のためではないという点を明らかにした。続いてソウル大
学は台湾政府が数年前発表した East sea Peace initiative という、平和かつ未来志向的な協力
のための意思を表明した宣言を引用しながら海洋資源の共同のためには超国家的で強力な組
織機構が必要だと力説した。委員会のように各政府間の時流の対外関係に大いに依存してしま
う形は、海洋資源にまつわる複雑性や資源種類の多様性を考えたら限界があるとの理解からの
主張だった。多国間海洋機構を組織し、独自な権限を委任されることである程度は瞬間的な外
交的関係とは関係なく持続可能な対話チャンネルとして働けることが必要だと主張した。台湾
国立大学の学生たちもこれに似たような形である union を海洋資源の協力のための手段とし
て主張したのである。
このような基本的な立場の確認をしてから、3 日間にわたり外交分科会は時には激しい討論
をし、時には妥協をしながら海洋資源の可能性について語り合ったのである。その結果わかっ
た最低限の合意点は、どの国も協力することには前向きであること、そして協力のためには制
度的な工夫が必要であるという認識だった。このような認識を得たことに大きな意義があると
思われる。また、普段日本の大学生としてわかりにくい中国国民や大学生が思う台湾と中国の
関係認識や、台湾政府の公式的な言い分などを知ることができた。たとえば、大多数の中国国
民は中国政府と同じく台湾は中国の属国であると認識している。これに反して台湾国民は台湾
政府が独立政府であることを主張しつつも、台湾政府が国際的に活動することが中国政府に妨
害されている現実は認めざるをえないと考えていることがわかった。そして中国政府に、台湾
を一つの主体として自由に放任してもらいたいという台湾の願望は今回の外交分科会議論の
結論に示された TCS+1 組織という結論にも反映されている。つまり、台湾を一つの国として
参加させる 4 か国国際機構を新たに立ち上げることは中国政府の立場からなかなか容認しに
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くいとは認めたうえで、すでに存在している組織の一部の分野に台湾を限定的に参加させるこ
とこそが現状では最善の妥協であるという台湾側の主張だったのだ。また、中国政府は他とは
違い、民主主義がまだそこまで成熟しておらず国民の世論が政府の政策決定に影響を与えうる
という認識が希薄だった。たとえば、新聞から SNS などをとおして国民がいくら友好的な外
交関係を望む旨の世論を形成するとしても、中国政府は国際政治学の利害関係に基づいて領土
紛争問題を諦めはしないだろうと中国側の学生たちは予見した。これは、程度の違いはあるに
せよ、ある程度は国民の世論は政府の政策決定に影響を与えると思われている韓国や日本の文
化とは違うということが確認できた。
最終的に全大学の同意から完成された解決策は、TCS というすでに存在する組織の経済協
力分野に限って、新しく台湾を参加させること、そしてその TCS という組織に海洋資源、特
に漁業のための対話のアジェンダをもたせることだった。これは新しく国際機構を立てあげる
ことより手間がかからず、台湾を独立政府として認めたがらない中国からしても許容しやすい
提案であることが評価された。
3. 次年度以降に向けて
まず今年外交分科会の本大会までの準備過程の中、一番の反省点としては海洋資源というキ
ーワードを用い、どのように議論をするべきかという方向性を定める過程でかなりの時間を無
駄にしてしまった。海洋資源というキーワードが今までの領土紛争を改めて葛藤ではなく協力
の可能性としてみなすという意味では意義があったに間違いない。しかし、作り手の意図が分
かりにくかったところがあり、しかも代表者会議で決めた内容の方向性を後に変えようとした
時に変えにくかったという点も混乱の原因になったので、今後代表者会議ではもっと慎重にど
の方向性でテーマを進ませるかを決め、それをより効率よく次の人に引き継がせるための工夫
がなされるべきだと思われる。
次に、外交分科会は 4 月から他大学とメールを通し
た連絡を図ってきた。その目的としては①議題案を作
成し、送信する側として、議題案に修正事項があった
場合その旨を連絡するため②本大会を構想する中で大
会の運営について他大学の希望や意見を積極的に反映
させるため③本大会までに済ませておくべき背景知識
の習得や勉強会において、東大と他の大学が同じ方向
性と問題意識を共有していることを確かめるためのも
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のであった。しかし、実際このような目的が効果的に達成されたかは懐疑的である。そもそも
他大学との連絡のやり取りが円滑に進まず、議題案の方向性や勉強会で出てきた他大学への質
問になかなか返信がこなかった。よって上に述べた本大会の前に連絡を図ってきた目的がうま
く達成されたとは言い難いのである。このような事態の原因としては各大学ごとに定期試験や
学事日程が違うことも主要な原因ではあるが、本大会までの準備に向ける大学間の意識にもズ
レがあったのではないかと思われる。
歴史分科会
分科会リーダー
坂部能生
下田佳乃子
小泉俊祐
小山摩莉子
目次
⒈ 本大会での議題
⒉ 具体的な活動内容
① 事前準備
② 議論内容
③ 成果
④ 課題・反省
⒊ 次年度以降に向けて
1.本大会での議題
本大会の歴史分科においては、「東アジアの排外的ナショナリズム」というテーマで研究・
議論を行った。
「東アジアにおいては、異なる認識を持つ他国を排撃する性格の強いナショナリズムが重大な
存在感を持ち、それが各領域(territory)1間、具体的には日本とその他の領域、あるいは大陸中
国(Mainland)と台湾との対立と深くかかわっている」、という認識がある。こうしたある程度
共有された認識に基づき、国民国家の統合を志向する政治運動としてのナショナリズムの、ネ
ーション外部との相互作用の側面・異質な他者を排斥する側面に注目して、東アジアにおける
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本報告書では「国家」の代わりに「領域」という表現を用いる。
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対立の実態を解明しようと試みたのである。かなり論争的であり、かつ、極めて広い内容を扱
うこととなったが、以下のように論点を整理して議論を運ぶこととした。
①東アジアの排外的ナショナリズムの形成
東アジアにおける排外的ナショナリズムの構造の形成について明らかにしようと試みた。当
初、時代の枠組みは 19 世紀半ばから二次大戦以前とした。
②人々の感情・歴史問題・外交と排外的ナショナリズム
以下は二次大戦後について問う。ここでは、歴史問題に関する人々の感情と外交政策が排外
的ナショナリズムとどのようにかかわっているのか、ということを検証しようとした。
③人々の対外認識と排外的ナショナリズム
日本における嫌韓言説など、ある領域に住む人が他の領域についてどのような認識をしてい
るのか、ということも排外的ナショナリズムには重要であると考えた。
④冷戦・アメリカファクターと排外的ナショナリズム
東アジアの排外的ナショナリズムは、東アジアという枠組みの中のみで理解できるものでは
ないと考え、外部要因として国際政治の情勢がいかに影響したかを検討した。
⑤東アジア各国間のパワーバランスの変遷と排外的ナショナリズム
排外的ナショナリズムの主張は、その領域が持つ国際的なパワー、発言権の相対的な強弱と
もかかわると考え、この要素を取り入れた。
これらのテーマについてのプレゼンテーション・議論ののち、「マネジメント」のためにど
のような方法が考えられるか、ということを討論することとした。「マネジメント」とは、排
外的ナショナリズムに基づく対立が容易に解消できないことを前提としつつ、そういった対立
が深化することを防ぐための方法を指す。ここで検討しようとしたのは、排外的ナショナリズ
ムの長所と短所、これまでにいかなる「マネジメント」がなされてきたか、地域主義の可能性、
具体的な外交政策、人々の適切な態度、以上の五つである。理念にとどまらず、可能な限り具
体的な方策を検討するように試みた。
2.具体的な活動内容
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① 事前準備
東大における事前の勉強会は計 12 回開催し、毎回担当を決めて参考となる知識を報告共有
し、それに基づいて議論を行う、という一般的なゼミナール形式を採った。東アジアのナショ
ナリズムを正面から扱った書物は少なかったが、歴史問題と内政・外交政策、対外認識などに
ついて、信頼できる新書、学術論文、各自が個人的に履修した講義の内容などから知識を得、
理解を深めた。
他大とは、議論するテーマを詰める段階から、定期的ではないにせよ活発な意見交換・議題
の確認がなされた。先述した排外的ナショナリズムの分析の視角、「マネジメント」の視角の
うちいくつかは他大によって提案されたものである。
②議論内容
予定していた議論の方法は以下のとおりである。一つのプレゼンテーションが行われるたび
に、各人が発言しやすくなるように分科を5人の小グループに分け、プレゼンテーションの内
容と関連した議論を行い、その後、議論内容を全体にシェアし、それに関する質問を求めるこ
ととした。「マネジメント」の部分に関しては、先述した要素それぞれについて小グループで
議論をすることとした。
実際には、プレゼンテーションの内容に上記のテーマにぴったりと一致しないものもあった
うえ、小グループに分けて発言回数を増やしたことで、グループにおける議論の内容が段々と
拡大していくといった事態も起きた。たとえば、人々の感情・歴史問題・外交と排外的ナショ
ナリズムのところでは、実際には領土問題と他の二者との関係についてプレゼンテーションが
なされたため、グループディスカッションにおいて他の歴史問題についても拾うこととした
(ここにおいて領土問題は歴史問題の一部として認識されている)。
「マネジメント」については、事前に計画されていたことではなかったが、ソウル大学の要望
と東京大学の賛意、および分科全体の合意を受けて、8月14日に出されたいわゆる「安倍談
話」について、調査し、意見を述べる場を設けた。そののち、それまでの議論や、事前に合意
された要素を踏まえたうえで、東京大学の分科長が、謝罪が関係改善に対して持つ可能性につ
いて、各領域が歴史について譲歩することは可能か、具体的かつ実行可能なマネジメントの方
法はあるのか、などといった質問を作成し、それに対してどう答えるかという方式で、小グル
ープで議論を行った。
③成果
本大会の議論を通じて、主に4つの成果が得られた。
(i) 差異を認識すること
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一つ目は、日本とその他の領域、及び大陸中国と台湾の間での認識の差が浮き彫りとなった
ことである。具体例は多々あるのだが、たとえば、大陸中国の学生は、「村山談話」の存在を
認知していなかった。さらに、先の大戦において日本がなした行為について、国家のレベルで
の補償を行うことには大きな困難があることも、他の領域の学生にはほとんど認知されていな
かった。これらは歴史問題と深くかかわることであり、これらのことが認識されていないこと
は驚きであった。そして、「村山談話」は政府によって公式に心からのお詫びが表明されたも
のであること、国家補償についてはサンフランシスコ体制、基本条約の解釈、および国内の反
対があって難しいことなど、日本の歴史問題政策の限界を説明したが、他の領域から来た学生
の多くは、「そうであるとしても、なぜ日本はドイツのように徹底した政策をとれないのか」
という見解を述べることがままあり、議論は平行線となった。
また、大陸中国と台湾の間の認識の差については、
台湾の学生が、「大陸沿岸にある台湾に向けられた
3000 発のミサイルと、台湾との統合を目指すことの矛
盾をどう説明するのか」という趣旨の質問をしたとこ
ろ、議論が紛糾した。大陸の学生たちは、この 3000
発のミサイルについても知らない者がほとんどであっ
たが、彼らの中の一人から、
「台湾とその背後にいるア
メリカに対する脅威認識を考えれば、ミサイルの存在
は自然なことである」という見解が出た。逆に大陸の学生たちは、台湾が 1000 発のミサイル
をアメリカから購入したことに関して台湾の学生にその意図を問うた。台湾の学生は「これは
安全のためだ」と主張し、ここでも議論は平行線となった。この論争は国際政治学の「安全保
障のジレンマ」理論とも重なる部分があるが、他方で以下のような排外的ナショナリズムの存
在も考えられる。すなわち、中国は、
「平和的方法」に基づく台湾統合を目指している(ここに
おいて中国の対台湾ナショナリズムは排外的でなく包含的である)が、台湾の人々にとっては
それが「平和的」であると認識できず、統合を脅威としてとらえ、統合に反対する排外的ナシ
ョナリズムが形成されているのだ。
このほかにも様々な差異の存在を確認、認識することができた。論争的な議題について話し
合うときに、まずは差異を認識し、相手の考え方を理解することから始めなければならない、
というのはほとんど当たり前のことであろう。しかし、それができていないのが今の東アジア
の現状であるといえるのではないだろうか。差異を認識することが成果といえるのは、この文
脈においてである。
(ii) 何が最も重要な要素か
二つ目は、東アジアの排外的ナショナリズムの根幹にあるもっとも重要な要素は、歴史を巡
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る問題である、ということである。形成、領土問題、人々の認識、外的要因、それからパワー
シフトなど、排外的ナショナリズムとかかわる要素は枚挙にいとまがないともいえるが、その
根本にあるといえるのが、やはり東アジアの歴史に関することがらをどう取り扱うか、である。
日本の帝国主義的拡大・南京大虐殺・「従軍慰安婦(従軍性的奴隷(military sexual slaves)のほ
うが適切であるという指摘があった)」は、日本とその他の領域との間でなされる論争の対象
であり続け、人々の対外認識や感情の根本にある。さらに、大陸中国と台湾が分断されたのち
に経験した歴史の違いは、両者の相互認識に深い影を落としているといわざるを得ない。こう
した点に鑑みて、その他の要素はいずれも補助的でしかないのではないか、という指摘もなさ
れた。
たしかに、たとえば日韓関係に焦点を絞れば、日韓条約と国力の非対称性に基づいて日本か
ら韓国への経済支援が行われていた時代は、歴史問題が表面化することはほとんどなかった。
しかし、韓国が 1990 年ころまでに経済成長をとげたのち、「慰安婦」問題を中心とする歴史
問題が提起されるようになったことを考えれば、歴史問題以外の要素が排外的ナショナリズム
に影響をもたらしていたことは否定できない。しかし、1990 年ころという終戦後半世紀が経
とうとする時期にこの問題が提起されたこと自体、歴史問題がどこまでも根本的であるという
ことの証左であるといえよう。
(iii)安倍談話の分析
三つ目は、バックグラウンドの異なる学生が、発表されたばかりのいわゆる「安倍談話」に
ついて検証し、自らの意見を述べたということと、それを通じて多くのことが指摘されたとい
うことである。今大会の会期は 8/13 18 という時期に当たり、議論初日にあたる 8/14 の夕刻
に談話が発表された。歴史分科のほとんどの学生がこの談話に対して極めて強い関心を持って
おり、発表された談話を次の日の議論までに自主的に読んできていた。そして、ソウル大学か
らの要望と、東京大学の賛意、および分科会全体の賛同を得て、予定外ではあったが、
「安倍
談話」について調査し意見を述べる場を設けた。以下、「マネジメント」で謝罪という行為が
持つ可能性について議論した事柄も含めて、簡単にまとめてみたい。
東京大学のチームは安倍談話のねらいについて説明した。すなわち、安倍談話に向けて専門
家により構成された委員会が設けられたが、それは少なくとも、村山談話が直面した歴史的検
証の不十分さという限界を克服することと、国民の間における歴史観の統一を可能な限り図り
つつ対外的にも過度な刺激を与えないことを目的にしたものであったのではないか、というこ
とを述べた。そして、そのような目的で設立された委員会の報告書における歴史観が、談話に
反映されているのではないか、と指摘した。また、おそらく「慰安婦」のことを念頭において
戦時下での女性の人権侵害に言及した個所があったことから、これは今までの談話にはないの
で、一定の進歩ではないか、と述べた。
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これに対して、他の領域においては、安倍総理大臣の一連の発言や政策に対して、「歴史修
正主義」「右傾化」というイメージが根強いが、今回の談話は、そういった印象ほどには極端
な内容ではなかった、という評価がなされた。また、談話にあった、将来世代に謝罪を宿命づ
けてはならない、という安倍首相の言葉は、そのとおりであり、日本の将来世代にまで謝れと
いうのは不公平である、という意見も多く聞かれた。
しかしながらやはり、被害国の国民感情の視点から見て受け入れがたい、という箇所が少なか
らず指摘された。ひとつには、談話の語り口が世界史の視座に立っていることにより生じる疑
念が指摘された。談話の中に、日露戦争における日本の戦勝が植民地下にあったアジア・アフ
リカの人々に希望を与えたという一節があったが、これについて、ソウル大学の学生が、韓国
からすれば日本もロシアもどちらも韓国を植民地化しようとしていたのであって、この戦争か
ら何らの希望も得ていないという指摘をした。また、同じく談話において、戦前日本が国際協
調の道から逸れた主要な原因として、世界恐慌に始まる一連の経済的危機が挙がっていたが、
それ以前にすでに東アジア諸領域に対する日本の侵略、および(半)植民地化は起こっていたと
いうこと、また当時の日本の国内的要因に関する言及がここにはほとんどみられないことか
ら、この表現は受け入れがたいものであったようだ。この世界史的なものの語り方は、談話に
明確な主語がないこと(「お詫び」を含め、安倍首相自らの言葉で語られなかったこと)と相俟
って、過去の自国の行為を直視しなかったり、もっといえばそれらを「正当化」「相対化」し
たりしようとしているのではないか、という疑念を生じさせたようである。東京大学のチーム
からは、安倍首相としては村山談話を全体として引き継ごうとしているということ、その村山
談話を出した村山元首相などから「客観化」「相対化」についての批判がなされていることを
説明した。
加えて、確かに「戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さん」など、被害を与えた人々への
言及はあったものの、それでも日本人の犠牲者への言及が中心的であったことは、日本の「犠
牲者のナショナリズム(victimhood nationalism)」の発露であり、加害者の立場に立ち切れて
いないことが指摘された。これに対し、東京大学のチームは、戦没者・歴戦者やその遺族のア
イデンティティーの存在感が強く、かつ彼らが自民党の支持母体となっていることを指摘し、
安倍首相が難しい対応を迫られていることに言及した。しかしながら、他の領域にとって、日
本の「誠実」な謝罪は日本との協調的関係のボトムラインとなっているのである、というのは、
他の領域の学生のほとんど一致した見解であった。
そして最後に、日本が談話によって表明した態度と、日本の行為が一致するべきだ、というこ
とが指摘された。談話に盛り込まれた、日本が「戦後一貫してアジアの平和と繁栄のために力
を尽くしてきた」という表現について(i)で言及した国家補償の問題も含め、懐疑的な意見が非
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常に多かったのもこのためであろう。日本が示す態度と行為が一致しない限り、日本に対する
不信感、あるいは脅威認識2は拭うことのできないものであるようだ。
談話に関する包括的な分析のためには少ない時間だったかもしれないが、それでも、ほとん
ど誰よりも早く、学生の力でこうした分析ができたことはそれ自体が大きな意義を持つことで
あると考えている。
(iv) ALTA (Asian Language Translation Association)
四つ目は、「マネジメント」の文脈で登場した、ALTA 構想である。様々なマネジメントの
ための方策を考える中で、もっとも具体的かつ実現可能性の高いものとして、「アジア翻訳協
会(ALTA)」構想が提起された。
「マネジメント」の議論においては、外交・経済・地域共同体
など様々な角度から方法が検討され、活発に議論されたが、その独創性において ALTA 構想
が特筆すべきものであると考え、ここではこれについてのみ述べる。
マネジメントの議論では、ALTA のほかに、対立の深化を抑えるために中立的な立場からも
のを見ることの重要性について指摘がなされ、そのような視点を持った報道連合の設立が提案
された。しかしながら、学生の一人が、
「一般に、対立のさなかにあって、
『中立』はきわめて
曖昧な概念で、どのような立場の人にも利用されやすく、実現が難しいものではないか」とい
う趣旨の反応をしたことで、中立的報道連合の構想が問題を抱えていることが明らかとなっ
た。また、交換留学プログラム乃至交流プログラムの更なる深化についてもその必要性がほぼ
全会一致で指摘されたが、こちらも、東アジアの問題に対し強い関心を持ち、かつもとより東
アジア諸領域間の友好を志すような、排外的ナショナリストとは正反対の考えを持つ人、ある
いは社会階層の高い人しか拾うことができないことが問題になった。以上二つの議論から、
「中
立」ではなく、意見の複数性や事情の複雑さへの理解を重視すべきであること、すでに関心を
有する人や社会階層の高い人のみならず、一般にも開
かれているべきこと、という要素を少なくともクリア
すべきであるとの認識に至った。
ALTA はこれらの要素をクリアできる可能性をもつ。
ALTA は、社会的価値観に責任をもつ社会事業体(social
enterprise)として、ビジネスを展開する。主な事業内
容は、各領域におけるテレビ番組、映画、ニュースな
どを只管翻訳して、一般の人々が東アジアの他の領域
日本の莫大な防衛費と安保法制のことを念頭に置いたものである。なお、安保法制の重要な要素の
一つが自衛権の問題であるが、自衛権の概念は日本が東アジアへの「侵略」を行った当時、それを正
当化する文脈で用いたため、他国にとってはこの法案が成立することは危機感を掻き立てられるもの
であるようだ。
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の文化や社会状況に直接触れる機会を広くもたらす。さらに、他の領域の言語を学びたいと考
える人たち同士をつなぐことで、交流の機会を広くもたらす。ALTA は、報道機関ではなく翻
訳機関なので、事象に対する解釈は内在せず、「中立」の問題をクリアしうる。さらに、情報
へのアクセスを広い範囲で可能にするので、事業の対象となるのは先述のカテゴリーに含まれ
る人々のみではない。
ALTA 構想の概要は以上のとおりである。たしかに、きわめてナイーブな構想ではないか、
という指摘を受けるかもしれない。しかし、言語の壁というのは極めて大きいというのもまた
真であろうし、対立の深化抑制のための第一歩としてその壁を越えてみようとする取り組みが
あってもよいと思われる3。
④課題・反省
以上のような成果が出たことは素直に評価したいと思うが、一方で改善を要する部分もある
と思われるので、今後の AFPLA の議論のために記しておきたい。
(i)テーマ設定
最初には、冒頭で述べたように、本年のテーマが広範なものであった、あるいは広範であり
すぎたことである。このことは「東アジアの排外的ナショナリズム」を多面的・包括的に分析
する機会を設けることができた意義を否定するものではないが、しかし、プレゼンである程度
内容をまとめておくなどの対策をしたにもかかわらず、議論の的がしぼりきれなかった印象を
受けた。東アジアの排外的ナショナリズムの諸要素の中で歴史が最も重要であるということを
事前に合意しておく、あるいは「マネジメント」について考えながら東アジアの排外的ナショ
ナリズムの姿をつかむという方針をとるなど、テーマを絞り込んでおく作業が必要であった。
(ii)事前研究内容の本大会への反映の程度
プレゼンテーションの内容は事前研究が始まったばかりのころに決定したが、しかし、事前
研究が進むにつれて、合意されたもの以外にも分析の視座のあることが分かった(民主主義の
進展の程度と排外的ナショナリズムの関係など)。大会直前にそのことを他大にも伝達したが、
しかし、それを本番の議論に盛り込む余裕はなかった。本年の大会において事前研究が不足し
ていた、あるいは事前研究の大部分が反映できなかった、とは考えていない。しかし、より密
に連絡を取り合う、議論の計画をより綿密に立てて時間を守る(議論の白熱ぶりを受けて時間
を延長するなどしていた)などして、事前研究の内容が最大限本番の議論に反映されるために
必要な時間を作るようにすることも考えるべきであった。
たとえば現在の EU では、言語の壁は相当低くなっているようである。EU のような地域的共同体の
創設は難しいにせよ、コミュニケーションが不足している事態は憂慮すべきものである
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(iii)参加したがらない人の視点
AFPLA に参加する人は、おそらく全員が東アジアに関心を持っている。さらに、本年の歴
史分科のテーマのように、対立状況を扱う分科に参加する人々は、その現状認識や方法論にお
いては異なるかもしれないが、東アジアの対立が抑制され、友好的な関係が構築されることを
望んでいる、と考えられる(そのためか、たとえば、東京大学の学生への気遣いからか、議論
における日本批判の論調がオブラートにくるまれることもあった)。一方で、対立の根源にあ
るのは、それぞれの領域の中にいる、他の領域を嫌う人々である。日本においても、嫌韓・嫌
中言説が無視できない強さを持っている。こうした他の領域に対する嫌悪感を持つ人、東アジ
アの友好を必ずしも望まない人の考え方、とくになぜそのように考えるのかについて、事前調
査も不足していたし、議論における言及も少なかったように思われる。これは解決が特に難し
い課題であり、本年の歴史分科のみならず AFPLA 全体が直面しうる問題ではある。しかしな
がら、こうした人々の存在とどのように向き合うかということは常に頭の片隅に置いておくべ
きだと感じた。
3.次年度以降に向けて
第二節③(ii)で指摘した通り、東アジアの対立の根底にあるのは歴史をめぐる問題である。
著名な歴史家 E.H.カーの言葉に、
「歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であ
り、現在との過去との間の尽きることを知らぬ対話なのであります」というものがある(E.H.
カー(清水幾太郎訳)(1962)『歴史とは何か』岩波書店 40 頁)。我々は学生であって歴史家では
ないが、東アジアに関心を持つ者、あるいは東アジアに生きる者として、いかなる過去の事実
が東アジアにおいて歴史的意味を持つのか検討し、それらの事実を直視しなければならない。
また、カーの発言から一歩進めて、東アジアにおいては、歴史を考えることは、現在のみなら
ず未来と直結するものである。たとえ、朴槿恵大統領の方針のように、政治的な判断から歴史
問題が他の問題と切り離されることがあろうとも、国民感情・ナショナリズムと固く結びつい
た歴史を蔑ろにして、将来における真の互恵的関係はありえないであろう。その意味で、歴史
を巡る問題について、いわゆる「将来世代」が議論するという取り組みを絶やしてはならない
し、むしろそういった機会を増やすべきですらあると考える。AFPLA においても、本年の広
範な議論の内容をベースに、様々な切り口から、東アジアの歴史やそれにかかわる問題につい
て問われ続けることが望ましいと考えている。
また、本年における「マネジメント」のように、対立の深化を抑制しながら、協調的関係を
築くための方策を考えることは我々学生だからこそ自由な意見を述べられることであって有
意義であると思われるが、他方で、夢を語りつつ現実的にものを考えなくてはならない、とい
うジレンマに陥ることになろう。このジレンマを克服することは容易ではない。しかし、この
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ジレンマに立ち向かうことをやめることもすべきではない。その難しさを自覚し、良いとは言
えない現状を打破するための取り組みを考えることそのものが極めて貴重であると考える。
AFPLA における議論にはこうした取り組みも含まれるべきである。
さらに、そうした議論を経由して形成された構想がそのまま放置されることもすべきではな
い。現実社会に実現することがすぐには難しくても、AFPLA においては類似の取り組みがさ
れるべきであろう。ALTA 構想とのかかわりで簡単に例を述べてみたい。現在、AFPLA では
共通言語として英語が用いられていて、将来的にも英語のステータスが変わることはないであ
ろう。とすれば、この英語を利用して、たとえば議論とかかわる重要な報道がある領域内でな
されたときに、その内容を当該領域の学生が英語で要約・共有したり、議論に必要な専門用語
を英語に直して共有したりすることで、議論のテーマについてどのような社会的反応が各領域
内でなされているのかを知ったり、用語について事前に学ぶことで議論を円滑に進めることが
できる。
加えて、議論の過程で登場した構想について、議論が不十分でナイーブなところもあること
は認めざるを得ない。こうした構想をより充実させるためには、やはりさらなる議論を AFPLA
内外で行う必要がある。ALTA についても、たとえば、翻訳する記事をどのように選ぶか、と
いうような問題がありうる。そういった問題提起にどのように応答するのか、ということを検
討しないことは、非常にもったいないことであろう。
最後に、人的交流・友情は対立を超える、ということを強調しておきたい。本年の歴史分科の
テーマは報告書冒頭で述べたとおり非常に論争的で、日本の歴史認識や台湾海峡問題について
厳しい指摘や舌戦が交わされることもあった。しかし、議論の外で、歴史分科のメンバー同士
は非常に強い人間関係を構築することができた。将来にわたって、時に議論を戦わせつつ、友
情をはぐくんでいくことができれば、と願い、筆を擱くこととさせていただきたい。
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開発分科会
分科会リーダー
松熊利樹
宍倉理沙
岡本宇弘
金丸博樹
目次
⒈ 9th での議題
⒉ 具体的な活動内容
① 事前準備
② 議論内容
③ 成果
④ 課題
⒊ 次年度以降に向けて
1. 9th での議題
第二次世界大戦後、イギリスで開発学が誕生しアメリカが開発分野で中心的な役割を担った
ように、開発援助は長らくヨーロッパ的価値観、特に民主主義を前提としてきたと考えられた。
1960 年以降の東アジア諸国の「開発独裁」による経済発展、民主主義を重視してきた南米・
インド諸国の経済発展の失敗は欧米が当然視してきた発展モデルの正当性に疑問を投げかけ
た。一方でアマルティア・センは民主主義をヨーロッパの枠組を超越した普遍的な価値観と訴
え、非ヨーロッパ諸国においても民主主義は開発に不可欠だとした。開発分野におけるパワー
バランスに変化が生じている現在、例えば AIIB の設立に関し外交的側面が強調されがちであ
るが、ヨーロッパ諸国の参加はのちに必ずメンバー国間での開発援助モデルの激しい議論を生
むであろう。そこで開発分科会は、開発の外交的側面という学生が議論をしたとしても不毛に
終わるであろう部分を排除し、「どのような政治体制が経済発展に良い作用を持つか」につい
て議論をすることとした。
東アジア各国の学生間では白熱する議題を選んだため、厳密な議論構築・進行が要請された。
政治に関しては民主主義と独裁主義という理論上の二項対立を便宜的に用いて議論を円滑に
しようと試みた。開発の定義は中国の学生と議論することを考慮し、人間開発を扱わず国家全
体の経済開発にのみ焦点を当てることとした。開発を目的、政治体制を手段としているため目
的である開発である程度の共通の理解が得られないと論点である政治体制を議論できないた
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めである。
本大会の議論進行は4段階で行った。1段階目は各大学が発表するプレゼンテーションと質
問の時間を設け、日中韓台それぞれの経済開発に焦点を当て、日中韓台での相違点、また他地
域との比較を通して東アジア地域での経済発展に対する政治制度の貢献について大まかな結
論に至った。2段階目は民主主義・独裁主義が経済開発に与えるグッドケース・バッドケース
について理論的な仮説を立てた。この仮説について各大学でプレゼンテーションと質問の時間
を設けた。民主主義・独裁主義は政治学者ダールの理論をもとに表現の自由、選挙権、政権交
代の可能性、政府に抵抗する権利、結社の自由、法の支配の6つの指標で区別した。実際の国
家は民主主義・独裁主義の中間に位置するが、東アジア各国の発展の歴史からより一般化した
結論を導くため、民主主義・独裁主義を両極端とし6つの指標が各国にどの程度当てはまるの
かについて結論を出した。3段階目は、1・2段階目のそれぞれ経済発展、政治制度の結論を
もとに「どのような政治制度が短期的に影響を与えるのか」について 4,5 人のグループで結論
を出した。4 段階目は「長期的な政治制度と経済開発の関係性」について焦点を当て、議論全
体の結論に至った。
2. 具体的な活動内容 - ①事前準備
東京大学内の活動は基本的に週に一回であった。授業の空き時間が重なった金曜日の4時間
目に毎回2時間ほど事前に読んできた共通文献について議論を行った。6 月までは議論内容・
進行を確定させるために、開発政治学を中心に、開発経済学、一般の政治学も扱った。4,6 月
にはアラムナイの方々から意見・提案を得る事ができる中間報告会のために、週に2回ほど集
まり暫定の議論内容をまとめた。7 月以降は議論内容がまとまり東アジア、南米、南アジア、
アフリカの政治体制と経済発展の歴史を調べて議論内容の具体化を進め、また政治体制と経済
発展の関係性について異なる見解を持つ論文を複数読み東京大学としての議論の立場を明確
にする作業を行った。一方で、東京大学の分科会メンバーで異なる意見も尊重すべきと考え、
共通文献に加え自由に選択した文献や授業、講演で学んだ事を紹介し合う機会を設けた。7 月
の試験期間中には準備が滞ってしまいがちになったことが反省点であるが、週に 1 回という
議論の頻度を維持することはできた。
他大学とは 5 月の時点からほぼ 1 週間に 1 度の頻度でオンラインミーティングを行い、議
論に最低限必要な理解を共有した。事前研究は東京大学が相当進んでいたため、議論内容・進
行、政治体制・経済発展の定義に関しては東京大学の提案が基本的に通ったが、民主主義に偏
っていた東京大学の原案に対しては中立的であるべきとの指摘を受け入れた。結果として議論
内容の共有は完全とは言えなかったが、共有を試みる事には大きな意味があったのではないだ
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ろうか。
3. 具体的な活動内容-②議論内容
開発分科会における議題は前述のように設定された
が、本大会における議論は意図通りには進まなかった。
真に同じ議論の土台に立てたのは二日目の議論に入っ
てからであり、後述の成果の項でも述べるが、その分
議論を予定ほどは深めることができなかった。しかし、
苦闘しつつ議論をかみ合わせていくうちに、どの点で
意見や、その前提となる認識に相違があるかを互いに
理解することができた。このことによって、予定ほど
深まらなかったとはいえ、どの大学も置き去りにすることなく、共通の理解を重ねた上で本当
に参加者全員が納得できる結論を得ることができたし、また参加者同士の表面的でない相互理
解を深め、AFPLA の目的である「未来志向のネットワークづくり」にも貢献したことと思う。
そこで本項では、議論ごとの結論を主眼に据えながらも、そこへ至る紆余曲折にも焦点を当て、
本番の議論内容について整理したい。
一日目(八月一四日)の午前中には、議論1を行なった。議論 1 では各国のケーススタデ
ィを通じて、経済発展に貢献した共通の政策やその他の要素を抽出することが目標であった。
具体的には、各大学が自国の経済発展の経緯について発表したのち、共通する政策や背景につ
いての議論を行なった。しかし、議論 1 では、その目標を十分に達成することは困難であっ
た。理由は以下の二点である。一つは、発表時間は 5 分から 10 分に設定されていたものの、
いくつか大幅に上回る時間で発表した大学があったため、その後の共通点に関する議論が短く
なってしまったことである。二つ目は、これはあとから次第に判明したことであるが、議題自
体の意味合いが誤って伝わっていたことである。議題を提起した東大側は、「東アジアの経験
に共通点を見出すことで、ある程度一般化した開発と政治体制の関係についての教訓を議論 3
において引き出すための起点」として位置づけていたが、他大学の参加者は、議論 1 は「互
いの国の経験について互いに知る」程度のものとして位置づけていたようである。従って議論
1 の終着点として「一般化」が明示的には見据えられておらず、議論がうまく展開しなかった。
そのため、議論 1 では本議論で対象とする民主主義や発展の定義について確認し、東大側が
事前にピックアップしておいた経済発展に影響を与えると考えられる一連の政策について、各
国における実施状況を形の上で整理したところで終了してしまい、議論 3 の起点となる有意
な共通点を見出すことはできなかった。
同日の午後には議論 2 を行なった。経済発展と政治体制の関係性の理論上の整理を行うべ
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く、議論 1 と同様大学ごとの発表と、それに続いて議論を行なった。しかし議論 2 も、議論 1
が成果を生むことを妨げた二つ目の要素と同じ誤解によって、上手く進めることができなかっ
た。
翌日(八月一五日)には、議論 3 の内容に取り組んだ。議論 3 では議論 1 と議論 2 を要約
した上で、議論 1 において「我々の経済発展に寄与した共通の重要な政策」として取り上げ
られた政策の実行可能性(能力、意思)と、政治体制との関係についての結論をまとめること
を狙いとしており、予想より一歩浅いながらも、結果としてこれを達成することができた。
議論 3 の開始時に、どの政策と政治体制との関係を論ずるか選ぶ際には、東大が予め想定
していた 6 つの政策に加え、新たに 2 つの政策が他大学から加えられた。午前中には、政治
と産業との関係という観点から、各大学一人ずつの小グループに分かれて腐敗(corruption)に
ついての議論がなされた。大まかに言って、腐敗は日中韓において見られ、台湾においては限
定的にしか見られなかったということであった。こうした内容を共有した後、腐敗と政治体制
の関係の議論に進んだが、なかなか意見が出なかった。そこで他大学の学生にどのように思っ
ているか聞いてみると、台湾大の学生から、 Corruption は単なる犯罪であり、特定の企業
が国から特別なお金を受け取ることは Corruption とは呼ばない、という意見が出た。この
意見にその他の大学の学生も賛同し、 Corruption という同じ単語でも、全く異なる具体的
な行為を想起することが議論の展開を妨げていることが分かった。またこのような議論を通じ
て、他大学の学生が、東アジアの経験から一般的な教訓を導こうとしているとは思っていない
ことに東大側が気付き、その点を繰り返し強調することで段々と意図していたような議論が展
開されるようになってきた。二日目の午後には、午前のように、全ての小グループで同じトピ
ックについて議論することをやめ、グループごとに論点を2つずつ割り振って議論することに
したため、一気に議論が進行した。
二日目の午後の後半には、それまで小グループで議論した 8 つの政策の中から、インフラ、
土地改革、外資導入、教育の 4 政策に絞り、これらの政策の実行を可能した要因を、三日目
の午前も使い、外的要因及び、政治体制にひもづく内的要因に分けて論じた。外的要因には第
二次世界大戦後であることや、冷戦の最中であることが挙げられた。前者が地主の勢力を弱め、
産業家の台頭を可能にしたし、また後者がアメリカの経済支援を齎すとともに、逆説的に地域
の政治的安定に繋がり、開発に集中することができた。しかしこうした要因は多くの開発途上
国に共通であるが、その中で東アジア諸国だけが遅滞なく経済発展を遂げることができた点を
鑑みるに、内的要因も極めて重要であると言える。そのような内的要因としては、官僚と産業
の協働、政府の政策実行意思の強さ、中央集権、政府の政策助言機関の存在が挙げられた。一
方これらの内的要因を政治体制(自由民主主義、権威主義を両極とするスペクトラム)と関連
付ける段階まで深めることは時間的にもできなかったが、「必要な政策を実行する強い意思と
能力を持った強い政府」が必要であることについて皆が同意した。
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政治体制をテーマにとることは、異なる思想に基づく政治が混在してきた東アジア諸国の学
生同士で話し合うには、あまりに「刺激的」であり、当初大きな困難を伴った。しかし、時間
をかけて忍耐強く話し合うことで、互いの政治体制や歴史についての理解を深めながら、「強
い政府」の必要性という一つの共通の認識に立つことができた。議論の最初、相手が頭に何を
描いて話しているかも理解できなかった状態から、互いのイメージをすり合わせ、共通の認識
に至ることができたのは大きな一歩である。
3. 具体的な活動内容-③成果
「東アジアの開発経験に基づき、開発に適した政治体制を考える」というテーマは難解で、
コンセンサスを取るのが困難だと思われたが、積極的な議論を通じて、意外な程多くの要素が、
東アジアの開発の歴史において共有されていることがわかった。特に、開発のバックグラウン
ドとして、内的には「強く安定した政府の存在」
、外的には「アメリカとの密接な関係」とい
った共通項が見えてきた。具体的な政策で言えば、積極的な産業政策や、地主を解体する農地
改革などが共通項として挙げられた。このように東アジアの開発経験という一見バラバラに見
えるものの中で、一定の Similarity, 共通点を得られたことは成果であるといえよう。また、
議論においては、他大学からも終始積極的な参加が見られ、各メンバーが本音で話し合うこと
ができた。東大が十分に議論をリードできたとは言い難いが、議論自体が常に盛り上がったの
も成果の一つだと言えるだろう。
2. 具体的な活動内容-④課題
一方で課題としては、開発と政治体制の関係という、
よりチャレンジングなテーマにあまり踏み込めなかっ
たことがある。今回の議論は開発という様々な要素が
絡み合った複雑なものを扱っていたため、東アジアの
開発の歴史を参照し、共通したバックグラウンド、政
策を洗い出すところで終わってしまった。東大開発分
科会の当初の考えでは、開発におけるコンセンサスをとった後、開発に適した政治体制、政治
制度(例えば言論の自由や公正な選挙)を考察する予定であった。中国の学生も含んでいるた
め、こうした議論は非常に controversial で面白いものになることが期待されていた。しかし、
開発におけるコンセンサスをとることが想定以上に困難であり、開発と政治体制の関係性が、
中国の学生に十分に理解されなかった。そうした中で課題として見えてきたものは、開発とい
うテーマがあまりに広く難解であることと、特に中国の学生にとっては、政治体制に対する考
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え方が根本から異なるので、それを考慮してプロポーザルを作成するべきであるということで
あった。
次年度の東大はプロポーザルを作成する側ではないが、もし開発分科会が存続するならば、
今回学んだ経験を活かし、台湾大をサポートしていく必要があるだろう。
4. 次年度以降に向けて
経済成長に寄与する民主主義の要素は何か、そしてそれらは実際に寄与するのか、という批
判的検討を東アジア各国の視点から議論するという、当初想定していた作業とは結果として異
なる議論の過程をたどることとなった。その原因として、一つには「開発」や「民主主義」な
ど、扱うテーマが広く到底網羅しきれるものではなく、大学や国よって一致していない理解の
仕方に関する合意形成が困難だったということ、そして二点目には、広いテーマであるゆえ、
期待されていない本筋外の要素が議論に入り込んでしまったということ、これら二点を先の項
で挙げた。前者に関しては、今後のテーマ作りの際への教訓とすることができるが、ここでは
後者の、議論に本筋外の要素が入り込んでしまって議論が複雑化した、という点について考察
したい。
今回の議論に沿ってさしあたり具体的に考えたい。東アジア各国の高度経済成長に帰するこ
ととなった各国の政策的特徴を洗い出す作業の段階に際して、その経済成長に対する直接的な
原因はその当時の政策によるものではなく、むしろ、朝鮮・ベトナム戦争による特需や、冷戦
による米国の軍事的保護、冷戦期における西側諸国の復興としての米国による投資など、東ア
ジア各国の域外で発生した外的な事象が原因となっている、という指摘がなされた。その結果、
本来政策の議論から政治体制と経済成長の関係について議論するべき段階において、その当時
の国内政策以外の外的要因をまずは洗い出そうという方向性に議論の過程が変わった。確か
に、事実としてそれらの外的要因が経済成長に寄与したことは確実であるし、政策的要因は補
助的なものであったのかもしれない。しかし、だからといってここで外的要因の特定を議論の
中心に移すことは必ずしも適切だっただろうか。
このような事態に陥った際に、すなわち従前に期待されていなかった本筋外の要素が議論の
中心となってしまった際に心がけるべきこととしては、「正しい」結論を下すことに固執しす
ぎて、本来の目的から逸脱してはならないということかもしれない。経済成長に帰することと
なった政策的特徴の正当性が、戦争などの外的要因によって不明瞭になってしまったとして
も、相対的にはより正しい、と考えられるならば、その相対的に正しいと考えられる範囲で、
政策的特徴を洗い出すべきであっただろう。「正しい」結論を出すことには、程度の差はあれ
限界がある。仮に結論付けることが困難であると判明してしまった場合、今回のように結論付
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けを諦め方向を転換するのではなく、さしあたり「比較的正しい」結論を下すべきなのかもし
れない。もちろん、事前準備の段階で、結論付けることが現実的に困難となってしまうのが予
測可能であれば予測して対処しておくべきだということも、忘れずに指摘しておく。
また、今回当初想定していた過程とは異なる議論の過程を踏んだことにより、知識だけに依
拠した議論が多くなってしまった。知識だけに依拠した議論には、時間という点においても、
能力という点においても限界があるから、知識だけではなく、その裏にある各国の学生の歩ん
できた人生経験や素直な思いが直接議論の対象となるような分科会作りも、今後試みる必要が
あるだろう。
経済分科会
分科会リーダー
高原季子
井野口碧依
松清かな
下山明彦
目次
⒈議題「外国人高度人材の流入促進」
⒉活動内容
・事前準備
・企業文化:議論内容、成果、課題
・企業の管理体制:議論内容、成果、課題
・教育:議論内容、成果、課題
⒊次年度以降に向けて
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⒈議題「外国人高度人材の流入促進」
グローバル化が進んだ現代は、高い専門性を有した高度人材が国境を越えて、自らが働きや
すい場所、待遇の良い職場に自由に移動できる時代である。いわば高度人材にとって売り手市
場になっている中、各国にとっては、いかにして高度人材を獲得するか、つまり、いかにして
外国人高度人材の流入を促進し、国内の高度人材の流出を食い止めるかが重大な問題となって
いる。現代は高度人材をめぐる世界戦争の時代でもあると言われているのである。
このような高度人材獲得競争の中で、私たちは外国人高度人材の流入促進という点に着目し
た。専門的な知識や技術を有した外国人高度人材は、国内労働者の能力向上への刺激となり、
企業の国際競争力を高めることによって、受け入れ国の経済成長と技術革新を促す存在であ
る。それゆえ、東アジアの各国政府も外国人高度人材を流入させるべく、様々な政策をとって
いる。例えば、日本政府は、経済社会の活性化と国際化のために積極的に受け入れるという基
本方針をとっており、2012 年には、高度人材ポイント制という出入国管理上の優遇制度が導
入された。また、中国では、「特別な必要があり、国内に適当な人材が欠如しており、かつ国
が定める関係規定に違反しない職種」に限って受け入れが進められている。具体的には、工業、
商業、金融分野及び外資系企業で働く経済・技術専門家などである。2004 年には、外国人高
度人材が中国に長期滞在して活動することを奨励する、中国永住制度(中国版グリーンカード
制度)が導入された。このように、政府による流入促進のための政策や、企業による努力が進
められている。
しかし、政府や企業による努力がなされているにも関わらず、東アジアの外国人高度人材の
数はまだまだ少ないと言わざるを得ない。その原因の1つに、閉鎖的な雇用、労働環境がある
と私たちは考えた。各国の外国人高度人材受け入れの状況を共有し、東アジア共通の問題点を
探し出し、それに対する解決策を考えることで、より開かれた雇用、労働環境をつくるための
戦略を提案することを目標に掲げたのである。
外国人高度人材の獲得は、少子高齢化が進み人口減少が懸念される東アジアにおいて、極め
て重要かつ現実的な問題である。この問題を、将来的に外国人高度人材として実際に活躍する
可能性の高い東アジアトップレベルの学生たちが議論することは非常に意義深く、実用性の高
い戦略の提案ができるのではないかと期待した。
⒉活動内容
・事前準備
まずは議題の最終決定のための準備と、他大学と共有する参考文献の決定を行った。参考文
献の選択においては、①アジアにおける外国人高度人材誘致の現状、②誘致における弊害、③
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企業における受け入れの現状、④外国人高度人材が有用な理由、⑤受け入れに対して企業に求
められること、⑥流入促進のために社会や法体制に求められること、⑦アジアの人事労務管理
の特徴、という7つの事項にそれぞれ対応した内容の文献を探すことを目指した。しかし、東
アジア全体を想定した内容で、さらに英語で書かれた文献を探すことは難しく、①④⑤⑦の事
項にそれぞれ当てはまる文献4つと、世界における外国人高度人材獲得競争の概要説明と成り
うる文献1つの計5つの参考文献を他大学と共有した。
議題決定については、外国人高度人材の流入促進という議題案を他大学に提出したところ、
ソウル大学(SNU)から、
「外国人高度人材(foreign talents)」の定義を明確にすべきである、外
国人高度人材を流入させるべきか、また、流入を促進させるべきかを話し合うべきだ、という
フィードバックを受けた。「外国人高度人材」の定義はもとより曖昧であるため、今回の大会
のために私たちが暫定的に決定することにした。多国籍企業での社内移動ではなく、単純にそ
の国、あるいはその国の企業に魅力を感じて流入する個人の外国人高度人材を想定し、年齢は
20 代から 30 代、職種はいわゆるサラリーマンを主に考えた。よって、大学や語学学校とい
う特殊な職場に就く教授や語学教師、また、芸術家は除いて考えた。また、頭脳循環(brain
circulation)と呼ばれる、一度外国へ流出し外国籍を取得した後、自国に帰国する高度人材は
今回私たちが注目しようと思った言語や文化理解における困難というものを有さないため、今
回の議論における「外国人高度人材」には当てはまらないと判断した。
外国人高度人材の流入への賛否については、事前準
備の段階で各大学に自国への流入に対する意見を表
明してもらい、反対意見が多かった場合は、本大会で
流入の是非をめぐる議論の時間をとることに決めた。
他大学からは、こちらが設定した期限内に北京大学
(PKU)、復旦大学(FDU)、台湾国立大学(NTU)から回
答があり、中国の2校は流入に賛成、NTU のみ反対
であった。反対が少なかったため、NTU の反対意見
に対し、流入促進に賛成するよう説得を試みた。NTU の主張は以下の通りであった。台湾で
は中小企業、下請け企業が大半であり、長時間、低賃金労働が一般的であって、さらに企業経
営者がコストカット以外の観点を優先していない。したがって、台湾は外国人高度人材にとっ
て魅力的な国ではなく、受け入れは困難である。また、台湾では頭脳流出(brain drain)が深刻
な問題になっており、国内労働者にとってさえ魅力がないような所に外国人高度人材が流入す
るはずがない。
これに対し、東大は、中小企業、下請け企業中心の産業構造では今後国際競争に取り残され
てしまうため、外国人高度人材を利用して改革を進める必要があると反論した。具体的には、
コンサルタントなど、世の中の仕組みを作る役割の人々を誘致し、中小企業を大企業にするビ
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ジョンやノウハウを導入することを主張した。台湾の高度人材が海外で学んだことを台湾社会
に適応させるよりも、外国人高度人材を利用する方が、即効性がある。よって、台湾は産業構
造の変化に必要な外国人高度人材を誘致するために努力する必要があると結論づけた。この東
大の説得に NTU は納得し、流入促進の利点が欠点を上回るという前提で議論を進めることが
決定した。
また、議題案で提示したキーワードの中から 3 つに焦点を絞り、それらをサブトピックと
して大会で議論することに決まった。分科会全体を、各大学からそれぞれ 1 人か 2 人が集ま
った3つのグループに分け、それぞれのグループが 1 つのサブトピックについて話し合うと
いう形式も決まった。すべてのキーワードに着目して議論するには時間が足りない、分科会全
体で議論すると発言者に偏りが出てしまうと考えたからである。そこで、15 個あったキーワ
ードの中から各大学に 5 つ選んでもらい、なるべく多くの大学が選んだキーワードを選択す
るようにして東大が 3 つのサブトピックを決定することにした。5 つのキーワードを選ぶ際に
は、そのキーワードに関わる自国の問題点とその解決策を説明するよう求めた。
東大は、15 個のキーワード全てにおける日本の現状と問題点を調査し、その上で、①採用体
制、②企業の管理体制、③企業文化、④生活、⑤保険、の5つを選んだ。選考の基準は一学生
として他国の学生と話し合う意義があるか、外国人高度人材の視点からだけでなく、企業や政
府の視点にも注目するというものであった。そして選択後、5 つのキーワードについてさらに
詳しい調査を行い、日本における問題点と解決策をまとめた。
他大学の選択も検討し、最終的に(1)企業文化、(2)企業の管理体制、(3)教育をサブトピック
とした。(1)と(2)の違いは、採用や人事評価などの制度を扱うのが(1)、企業内の雰囲気などの
労働者が感じる「働きやすさ」に重点を置いたのが(2)というように設定した。
大会では各グループでの議論の初めに、サブトピックに関する各国の現状、問題点についてそ
れぞれの大学の学生がプレゼンテーションを行うため、その準備を行った。最後の勉強会では、
英語の練習も兼ねて、プレゼンテーションのリハーサルと質疑応答を行った。
大会では、まず外国人高度人材流入の現状について各大学がプレゼンテーションを行った
後、3 つのグループに分かれ、それぞれのサブトピックについて議論した。
・企業文化(井野口)
議論内容
当日の議論では、最初に企業文化に関する現状について各大学がプレゼンテーションを行
い、質疑応答をした。各地の問題点を共有した結果、欧米人とアジア人に対する問題点は程度
や内容が異なっていることがわかったため、両者を区別して問題点を分類した。その中から特
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に重大で全部の地域に共通する問題点として、
「縦割り構造」、
「仕事中毒」、
「あいまいな表現」
の 3 つが選択された。その後、それら 3 つの問題点を一つずつ定義づけ、問題の原因を考え、
各国での特徴を抽出するというステップをたどりながら分析し、最後にそれぞれに対する解決
策を提示して結論とした。
「縦割り構造」とは、部下が自由に意思決定できないこと、発言の自由の欠如、規則への固
執などを指す。縦割り構造は効率的に成長するために必要だったと認識しつつも、意見が聞き
入れられないことによる仕事での達成感の欠如、高度人材の誇りを著しく傷つけることなどが
問題であると判断した。「縦割り構造の是正が必要だ」という意識を企業側に持たせること、
そして是正に向けた行動を取らせることという 2 つの観点から解決策を考え、労働者と学生
への教育、各企業の縦割り構造の度合いを測定して公表することなどを提示した。
「仕事中毒」とは長時間労働、仕事とプライベートの区分の曖昧さ、長期有給休暇の欠如など
を指し、特に西欧人が東アジアで働きたがらない要因になっていると考えた。解決策としては、
成果ベースの評価基準を作ること、外国人材には別の管理システムを適用することなどがあげ
られた。
最後に「あいまいな表現」とは、各地域ともに特有の、ストレートに説明しない特徴のこと
であり、上司と部下との意思伝達の齟齬、外国人材にとっての曖昧さ、混乱の増大を引き起こ
すことが問題であると認識した。これに対する解決策としては、現地人が外国人材に説明する
仕方の研修、外国人材への現地文化の講習などを考えた。
成果
議論を通じて、企業文化において東アジアはかなり多くの問題点を共有していることがわか
ったのが最大の成果だと思う。同時に特に西欧からの高度人材を受け入れるための環境整備に
は難題が多く待ち受けていることも痛感させられた。
課題
解決策がアイデアレベルにとどまってしまい深められなかったこと、全員が議論に積極的に
参加していくという姿勢が弱かったことが課題である。ホスト国の参加者として、そして当日
議論をリードした者として、どうしたらより議論の質が高められたか省みたい。
・企業の管理体制(松清、下山)
議論内容
議論の流れは、各国に共通する問題点を探して、それをどのように解決するかを考えるとい
う流れで行われた。そして、論点としてマクロな観点では官僚主義と縁故主義が挙げられ、そ
れが具体的な制度面で表出している部分を探して議論しようということになり、多数決で昇
進・評価基準という観点と賃金と福利厚生という観点が選ばれた。
昇進・評価基準に関する現状の問題点は、日本では昇進の機会を得るまでに長期間働く必要が
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あることがあげられた。韓国、中国、台湾においては、年功序列制と、明確な評価基準がない
ことがあげられた。賃金と福利厚生に関しては、韓国は外国人高度人材の給料が高いが、福利
厚生が欠けていること、台湾は中国人が台湾に来ることに対する制限、中国人への健康保険が
ないことが問題点であった。日本と中国ではグローバルスタンダードに比べると給料が低いこ
とが指摘された。
こうした問題に対して、以下のような解決策が持ち
上がった。評価基準に関しては、成果主義にのっとり、
業績に基づいた昇進を行うことが提案された。賃金に
関しては、国の資金によって外国人材への賃金を引き
上げること、女性に対する福利厚生が不十分なため、
結婚や出産に対して補助金を給付することが考えられ
た。また、雇用契約が短期・不安定な点については、
政府が労働者を保護する政策を作る、政府によって二
重の期間を持つ契約を支援するということが提案された。二重の期間を持つ契約とは、一つの
雇用契約が、例えば 3 年と 5 年という二つの期間を持ち、 3 年働いて、企業がその人を解
雇すると決めたら、残りの 2 年分の補償金を政府が支払うといったものである。
成果
企業側からのサポートと政府側からのサポートという両面から企業の管理体制をよりよく
していくにはどうすればいいかを話し合うことが出来た。
課題
各国固有の事情について話し合うことによって議論が停滞することを避けるあまり最終的
な結論が一般的な内容に留まってしまった部分があった。
・教育(高原)
議論内容
他のグループと同様、まず教育に関する現状、問題点について各大学からプレゼンテーショ
ンを行った後、各国に共通する問題点を探し出し、それに対する解決策を話し合った。外国人
高度人材の子どもの教育については、日本と中国、台湾に共通する問題が多かったが、韓国に
は他の 3 カ国と同じようなインターナショナルスクールが存在しないため、韓国については
新しいタイプのインターナショナルスクール案を考えることになった。最後に、外国人高度人
材自身の教育について議論した。
まず、外国人高度人材の子どもの教育については、5 つの共通問題がみつかった。1 つ目は
言語の問題であり、インターナショナルスクールで現地の言語の教育が十分でないこと、現地
の学校に通う外国人学生に対する母語維持のためのサポートが少ないことが指摘された。これ
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に対する解決策は、インターナショナルスクールで現地の言語学習のカリキュラムを創設する
こと、現地の言語を学生が放課後に学ぶことができる言語学習施設の設置、母語維持を補助す
るメンターをつけること、母語学習を推奨するための言語能力テストを実施することが提案さ
れた。
2 つ目以降の問題はインターナショナルスクールに関する問題であり、2 つ目の問題は、情
報の不足である。海外からも外国人高度人材が子どもの学校を選ぶことができるように、2 種
類のウェブサイトを創設することを考えた。1 種類目はインターナショナルスクールに子ども
を通わせている親による意見投稿ウェブサイトである。ランキングシステムも導入し、現存し
ているホテルやレストランの検索ウェブサイトのインターナショナルスクール版のようなも
のを目指す。これには、学校生活の詳細な情報を多量に提供できるという利点がある。2 種類
目は政府が運営するもので、インターナショナルスクールの情報や、最新のニュースや政策を
紹介する。これは、1 種類目で懸念される情報の信憑性を補完する。
3 つ目は、高い授業料である。外国人高度人材が勤務する企業からの支援、学校や社会団体
による奨学金の充実、政府からの助成金といった解決法が提案されたが、コスト面の問題など
から、現地の学校や公立学校の国際学科への入学を推奨する方が現実的であるという意見もあ
がった。
4 つ目は、統一的な指導要領が浸透していないことである。これに対しては、IB や AP とい
った国際基準の導入や、地方政府がインターナショナルスクールを専門的に扱う部門を設立
し、管理や監視を強化することが解決策として考えられた。
5 つ目の問題点は、インターナショナルスクールが都市に集中しているという、分布の偏り
である。都市郊外ではスクールバスサービスを行い、地方では寮制学校を設立し、かつ両地域
で e ラーニングシステムを充実させることが提案された。
次に、韓国における新しいタイプのインターナショナルスクール案を作成した。新しい学校
は、外国人高度人材の子どもを対象とした公立学校で、現存の国際学校とは異なり、高度な教
育ではなく、基本的な教育を施すことを目指す。授業料は現地学校と同等に設定し、教師不足
を補うために、政府が学校での勤務任期満了後の職を保障するなど、教師の雇用を手助けする。
さらに、教師のやる気を引き出すために、この学校に勤めた教師には外国人学生への教育資格
を与える。
最後に、外国人高度人材自身の教育について議論した。各国に共通の問題は、現地の言語と
文化を教える特定の教育機会が少ないこと、言語に比べて文化の教育が不足していることがあ
げられた。解決策は、政府が大企業にカリキュラムの作成を推奨すること、中小企業に勤める
外国人高度人材も教育を受けられるように、言語の授業を開講している大学や施設がより広く
宣伝すること、現地の言語や文化を学ぶことの重要性を外国人高度人材に教授すること、現地
の文化に興味を持つようなテレビ番組の作成などが提案された。
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成果
概念に関する議論だけでなく、具体的な解決策を提案することができた。韓国には日本や中
国、台湾のようなインターナショナルスクールが存在しないことは大きな発見であり、新たな
タイプの学校案を考えることもできた。
課題
解決策は具体的に考えることができたが、問題点についての議論が十分でなく、その原因や、
根本的な問題にまで言及した話し合いができなかった。
⒊次年度以降に向けて
今回の反省を次年度に活かして欲しいという希望をもとに、大きな反省を 2 つ述べる。1 つ
目は事前準備における反省であるが、他大学と東大の試験期間がずれていたために、多忙な時
期にもズレが出てしまい、他大学との連携に一部問題が生じてしまった。東大はホスト国とし
て責任をもって事前準備をリードするため、試験期間である 7 月には活動がほぼできないと
あらかじめ想定し、様々な質問に対する他大学からの回答期限などを早めに設定していた。し
かし、他大学は試験が 6 月にあり、一部の学生は全く活動できない状態になってしまったた
め、一部の大学からの回答が遅れてしまった。今回問題であったのは、その大学以外の大学は
期限を守ったため、遅れた大学を取り残して準備が進んでいってしまったことである。期限を
守らない方に非があると言い切ってしまうこともできるが、ホスト国として何か工夫できたか
もしれないと反省している。また、ホスト国であるかどうか関係なく、他大学とのコミュニケ
ーションは重要であると改めて感じた。
2 つ目の反省点は、大会中の議論の形式である。今回私たちはグループに分かれて少人数で
議論する形式をとった。最後に 30 分ほど全体でも議論を行ったが、その時間が短くなってし
まったことが残念である。実際に全体で議論を行ってみると、やはり発言者に偏りが出てしま
ったため、グループに分かれたことに後悔はない。しかし、より多くの学生の意見を聞き、活
発な議論を行うためには全体での議論ももう少し行う必要があった。
各国固有の事項を話し合って議論が停滞するのを避けようとするあまり、最終的な結論が一
般論に終わってしまったという指摘もあったが、今回この「外国人高度人材の流入促進」とい
う議題を話し合うことで東アジアが多くの問題点を共有していることも確認できた。共通点を
探す際には相違点も見えてくる。そのため、共通点や思わぬ相違点を発見することができた本
大会の議論は意義深く、興味深い結果を得ることができたと思う。だからこそ、次年度以降が
より良い大会になるよう、一層の努力が必要であると感じた。
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古典分科会
分科会リーダー
茂木文華
臧涵
扶川穂
目次
1)9th Forum での議題
2)具体的な活動内容
2a)事前準備
2b)議論内容
3)次年度以降に向けて
1)9th Forum での議題
AFPLA では東アジア各国の将来を担う学生が、毎年開催される大会を通じて互いの視点を
肌感覚で共有し、共に議論することで地域全体の関係向上、発展を目指している。各分科会は
東アジア共通の社会問題や外交問題について扱うが、古典分科会は通常五つ設けられる分科会
のうち、現代に特定されたアクチュアリティのある問題を扱わない点では、特殊な立場を占め
ているといっていいであろう。
本大会においては孫子の『兵法』を議論した。孫子の『兵法』の起源は二千年以上前に遡り、
現代までに書かれた兵法書のうち最も著名なものの一つでもある。かつての戦争は体系化され
ていなかったが、『兵法』は戦争を現象化し、人間の本性や軍隊の動向に注目することで戦争
の勝因を探った世界最古の作品であるともされている。『兵法』を一言で要約すると、それは
効果的な軍事戦略である。孫子は、戦争は国家の一大事であるとし、戦いに突入する以前に周
囲の状況全てを入念に分析することを何よりも強調している。また、戦いとは騙し合いのこと
であり、如何に敵を知り、自身を知ることで変動し続ける戦場の環境に適応していくかが主張
されている。
我々は実際の戦争の経験もなければ、各国で熾烈に展開されている、いわゆる「受験戦争」
に勝ち抜いて来た者たちでしかない。多くの参加者は中国古典に触れた経験があっても中国思
想に長けた者は少なく、そのような状況下で事前準備、大会本場の議論を行うことになったが、
とりわけ注意を払ったのは作品を丁寧に読み、個々人の意見を重視することであった。また、
例年の古典分科会は中国思想を扱ってきたが、今年は新たな試みとして西洋の関連作品も扱う
ことにした。
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2)具体的な活動内容
2a)事前準備
事前準備が開始されたのは分科会メンバー決定前の 3 月であった。まずは議題の最終決定
のために各大学のリーダーと連絡を取り、意見交換を行った。その上で会議の大枠を定め、課
題図書も最終的に決定された。会議の大枠としては、1)『兵法』の主題別分析、2)各国に
おける『兵法』の受容、3)クラウゼヴィッツの『戦争論』との比較が決まり、これら 3 つ
のテーマを元に準備を行うことになった。課題図書は各国で用意されている『兵法』の訳書を
使用し、会議共通言語である英語の訳書は現代において最も広く読み継がれてきたイギリスの
中国学者 Lionel Giles の著書を使用することにした。
勉強会においてはメンバー決定後、計 7 回開催した。4月は各自で課題図書を読み進め、
勉強会は5月より開始された。4 月と 6 月の中間報告会では全体への進捗報告を行う意味も含
み、議題を紹介し、フィードバックを受けて再検討する機会となった。結果的には大枠は変更
されなかったが、他大学との連携については、前年度とは異なり6月中旬に大学間での進捗報
告を行うことにし、課題図書の読書の進度とリサーチ状況、新たな議題や進行方法の提案を募
った。事前準備は東京大学が進んでいたため、議論内容や進行方法は東京大学の提案が基本的
に通された。結果的には各大学間での報告量などに差が生じ、進捗状況の共有は完全とは言え
なかったが、来年度以降は形式化出来ればと思う。
直前準備は会期の約2週間前に開始したが、主にはプレゼンテーションの準備や会議スケジ
ュールの最終確認を行った。東京大学内ではメンバーのスケジュールの都合により、7月に入
るまでクラウゼヴィッツの『戰爭論』との比較について議論することが出来なかったので直前
準備で詳細を詰めることが出来たのは有益であった。
2b)議論内容
議論は3日間に渡り、1日2回の午前と午後のセッションに分けられて行われた。
1日目の午前はアイス・ブレーキングと『兵法』の内容の復習を兼ねてグループ別での要約
を行った。『兵法』の 13 ある章を4つに分けた後、各大学のメンバーが一人ずつ入るように
グループ分けをした。個々のグループでは自己紹介と懇談しながらグループが担当した章につ
いてディスカッションし、分科会全体へ向けてのプレゼンテーションを用意した。
午後は各大学が『兵法』に関するテーマを自由に選択したプレゼンテーションを発表し、そ
れらから導かれた論点と疑問点について議論した。以下は各大学の発表の概要である。
まず、東京大学はビジネス界における『兵法』の適用と流行について『兵法』がビジネスの
場面で用いられるようになった歴史的経緯と流行の要因を発表した。『兵法』が軍事面以外で
用いられるようになったのは 19 世紀後半に入ってからだとされているが、東アジアでは近世
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半ばより民間人にも理解しやすい語法で出版されたのが起源だとされている。一方、東アジア
以外で流行したのは 20 世紀初めにイギリスで翻訳されたのと第二次世界大戦後に日本の訳書
がアメリカで流通したのが発端であり、日本では明治時代以降、『兵法』の兵法書としての実
用的な側面が失われてからはリーダーシップを培う図書として流行した。
ソウル大学は李舜臣など朝鮮半島の歴史的な軍事指導者を挙げ、『兵法』に記されている軍
事指導者と政治指導者の区別と資質の違いについて分析し、今日ある軍事と政治の識別やかつ
て敷かれていた軍政下の国家システムを『兵法』にある軍事と政治の別と比較した。 旦大学
も同様に軍事指導者に現れるリーダーシップの特質と『兵法』にある五つの勝利のポイント
(道、天、地、将、法)を道教の陰陽の思想と比較し、不利を有利な状況とも見なす両者の類
似性を指摘した。北京大学は『兵法』の軍事指導者に求められる柔軟性や欺瞞作戦の優位性、
「彼を知り己を知り勝利を見極める」ことを外交交渉と関連づけた上で現代中国の対外政策に
ついての分析をした。台湾大学は主導権を握り変幻自在に戦うことと敵を欺くこと二点に着目
し、清の皇帝ホンタイジを破った明朝末期の将軍袁崇煥の戦略を例に挙げながら、『兵法』で
挙げられている戦略にも優先順位が存在することを指摘した。
二日目の午前は各地域(中国/台湾、韓国、日本)での『兵法』の受容についての議論を行
った。『兵法』の伝搬と受容を扱う背景には、現代人である我々の『兵法』の解釈と各地域に
おける歴史上の解釈が異なり、それらの相違点を共有するのに意義があると判断されたからで
ある。
『兵法』は一見すると古典の名著として綿々と読み継がれて来た印象であるが、どの地域で
も隆盛期と不振期があることは共通していた。これは既に共有済みであったが、会議では隆盛
期と不振期がそれぞれ存在した要因と、戦時と平時との関連性について議論することにした。
議論は主に近代以降について白熱した。一般的に、日中韓の近代は 19 世紀前半から半ばに
かけて西洋の勢力が到来したことが始まりであるとされているが、西洋文化が流入した当初は
従来の文化を拒絶する動きと復興させる運動が相反して行われた。その後中国と朝鮮では植民
地化が進み、日本では軍備拡張が進んだが、前者では『兵法』は実用性を失った東洋文化の後
進性を表すものとして批判され、後者では元来の武士道精神を支えた一作品として賛美された
のが興味深い相違点として挙げられた。
午後は『兵法』と『戰爭論』の比較を行ったが、いずれの大学も『戰爭論』を読了するのが
7月に入ってからであったため、議論内容については事前に詰めることが出来なかった。代替
案として各大学はそれぞれの内容について自由に比較した発表を行った。
最も重視された点は孫子とクラウゼヴィッツの戦争観であった。いずれも戦争を国の一大事
としているが、孫子は戦争を政治的な問題解決のアプローチの延長であるとした一方で、クラ
ウゼヴィッツは戦争を政治的な問題解決が失敗した場合のアプローチとしている。また、孫子
は「戦わずして敵を屈服させる」という姿勢が硬く、戦争はあくまでも利益を拡張するためと
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いうスタンスを取っているが、クラウゼヴィッツは敵を全面的な排除するためのものとしてい
る。軍隊、戦略、同盟の三つの関係性について両者は共にその重要性を強調しているが、戦略
と同盟ありきの完全な軍隊を重視する孫子とは別に、クラウゼヴィッツは軍隊ありきの戦略と
同盟の重要性を指摘している。孫子とクラウゼヴィッツの思想を現代的な紛争に照らして議論
することは時間的な制約により出来なかったが、両者の戦争観とそれぞれの歴史的な文脈につ
いて議論出来たことは有意義であった。
3)次年度以降に向けて
三日目は二日間の議論の総括を行い、ファイナルプレゼンテーションの準備をする時間とな
った。我々は『兵法』の主題から『兵法』の国内外での影響、『戰爭論』との比較といったあ
らゆるテーマを扱ったが、その根底には「古典を読む意義とは何か」という本質的な問いがあ
った。無論、このような問いは過去から学ぶためや過去の人物を理解することなど、簡単に片
付けることも出来てしまう。しかしながら課題図書を時間かけて丁寧に読み、他者と議論する
ことは個人で読むといった営みと比べて全く違う経験が得られるのではないかと思う。このよ
うな経験の中で一人一人が知見を深め、また更に自身で古典を探求する発端になれば幸いであ
る。
最後に、本大会の反省点として先に上がるのは事前準備における各大学の進捗状況の共有で
あろう。東京大学は開催側として議題と進行方式を提案したが、他大学のフィードバックを受
けることが出来なかったためにやむを得ず提案を通過させたことも多々あった。中間報告の際
は6月が期限だったにも関わらず7月まで提出がない大学もあり、連絡の取れない期間も長く
続いたのは今後改善されるべき点である。事前のリサーチが思うように行かなった原因には議
題に理解が合致しない内容があったためだと推測され
るが、このような問題をなくすにはリーダー同士の円
滑なコミュニケーションが必要である。コミュニケー
ションの取り方や頻度については分科会の上に立つ各
大学の幹部が監督し、大学間のやり取りが滞りなく行
われるように絶えなく指揮することが求められてい
る。
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代表者会議報告
副代表
岡本宇弘
概要
次年度以降の AFPLA の活動内容、活動趣旨を各大学で確認することを目的として、大会期
間中に代表者会議を、8 月 14 日及び 15 日の夕食後、合計二時間ほど設けた。参加者は各大
学の代表や副代表、有志での参加者であった。
議題・内容
主に三つの議題に沿って話し合われた。一点目は、AFPLA への他大学の新規参加について、
二点目は、次回大会の開催主催大学の決定、三点目は、9th 東京大会に関しての反省と、そ
れに対する次回大会以降への改善案である。それぞれについて話し合われた内容をここに報
告する。
一点目の新規参加に関しては、主にタイの新規参加が念頭にあった。北京大学からの提案
によるもので、北京大学に留学中のタイ人学生を通じて、タイを代表する大学の学生を招待
できるということが発端であった。タイの大学生を新規に迎え入れる意義としては、AFPLA
の団体名に冠してある通り、AFPLA の活動は東アジアにとどまらずアジア全体に拡大するべ
きだということ、そして東アジア以外のアジアの大学を迎えることで、議論の内容にも新し
いトピックが取り入れられて刺激になるという二点が挙げられた。一方、AFPLA の従来の議
題作成の過程を考えると、東アジア以外の大学が加盟するという点で議題作成が従来通りに
はできなくなるという懸念、すなわち、アジア全体に拡大すると、参加者全員が共有できる
議題に限界が生じてしまう、という懸念が挙げられた。また現状からさらに多くの大学が加
盟すると、大きくなりすぎて従来通りの大会設計ができなくなるのではないかという懸念も
挙げられた。以上の議論を通じて、タイ加入の是非は、AFPLA の将来像、とでもいうべきも
のを考えなければならないという結論に落ち着き、東京大会終了後も各大学で AFPLA の将
来像を考える必要があるということで見解が一致し、一日目の議論は終えられた。本大会の
期間中ではあまりにも時間が短く、踏み込んだ将来像の話に行き着くことが叶わなかったが、
二日目の代表者会議において、今後東アジアと東南アジアの関係は緊密化していくはずであ
り、関係の深化に伴って議論可能な共通トピックも増えていくであろうという意見が出され、
結果、来年 1 月に台湾で開催される 10th 代表者会議にて、オブザーバー形式でタイからの
大学生をひとまず招待することとなった。従って、タイの大学の新規参加に関しては引き続
き台湾での代表者会議で議論されることとなる。
二点目の主催大学に関しては、例年持ち回りで主催大学を決定しているという経緯から、
そして 9th 東京大会の開催で 5th 東京大会より一周したという経緯から、台湾での初開催が
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なされることで全員の見解が一致した。具体的な来年度の代表者会議、本大会の日程も決定
され、二日目には国立台湾大学の代表から開催地の紹介などが行われた。三点目に関しては、
主に宿泊など生活面に関する改善案と、分科会議論に関する改善案が出された。生活面に関
しての改善案としては、Wi-Fi 環境が限られていたことが挙げられた。分科会議論に関して
は、フィールドワークはあった方がよかったのではないかという意見や、本大会中の議論時
間が長すぎたのではないかという意見が聞かれた。また、分科会議論の内容の面に関しても、
あまりにもコントロヴァーシャルに過ぎると議論が難しくなる一方、問題点を整理過ぎると
議論の時間が短くなりすぎてしまうというジレンマが挙げられ、今後の議題作成においてど
のような観点から作成するのが良いのかがやはり課題となった。
決定事項
タイなどの新規参加、及び次回の台湾大会に関して決定した事項をまとめる。
【新規参加】
・ タイの新規参加に関しては、来年 1 月に台湾で開催される代表者会議にタイの学生を招
待し、その際に再び当事者全員で議論する。
・ その際までに、各大学で AFPLA の将来像に関して改めて熟議しておく。
【次回大会】
・ 次回 2016 年度の 10th 大会は、国立台湾大学主催で、台湾の台北市にて開催される。10th
台湾大会の開催期間は、2016 年8月 8 日(月)から 13 日(土)を予定される。
・ 10th の台湾大会に備え、大会の議題決定などを目的として、代表者会議を行う。代表者
会議の開催期間は、2016 年 1 月 25 日(月)から 27 日(水)を予定される。
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参加者所感
議論を終えて
歴史分科会リーダー
坂部能生
歴史分科のテーマ「東アジアの排外的ナショナリズム」は、極めて論争的なテーマであり、い
くつかの課題はあるものの、一定の成果を出せたことは、ホスト校の分科長として議論の進行
を務めた身として、非常に誇らしいものである。
AFPLA には初参加であり、かつ、議論をほとんど一から組み立てるという経験もない中、
分科長としての責務を果たすべく、また、自らの関心領域への見識を深めるべく取り組んでき
た。私の海図となったのは、AFPLA のメンバーからのアドバイスや質問、及び、本である。
AFPLA の一つの特徴に、本大会以前に、テーマについて各大学のチームがきっちりと研究を
してくる、ということが挙げられる。筆者自身は、以前から東アジア、とくに日中間における
政治的対立に関心があったため、いくつかの平易かつ優れた書籍を知っていた。そこから、よ
り学術的な書籍や論文へと調査対象を広げていくことができた。
筆者が歴史分科の議論を通じて重視しかつ再確認したのは、知識に基づいて議論することの
重要性である。本来、知識と思考力は車の両輪であるはずだが、「思考力」ばかりが独り歩き
し、その議論に必要な「知識」は過度に単純化される傾向があるように思われる。特段こうい
った傾向に抗おうとしたわけではないが、歴史分科の議論では、複雑な事実関係をきっちりと
把握し、東アジアの排外的ナショナリズムがいかなる状況を抱えているのかについてある程度
知ったうえで物事を考えるように努めた。このようにすればこそ、建設的な議論、実りのある
議論ができるというものではないだろうか。たとえば、我々の議論を通じて明らかになったの
が各領域間の認識の差異だが、この差異を把握できたのは、ある程度の知識の蓄積があったか
らである。「マネジメント」についても、域内統合を進める EU においていかなる問題が生じ
ているのか、などの知識を持っていたことで、より批判的にその方法を検討することにつなが
った。
感想として、極めて一般的であるという印象を持たれるかもしれない。しかし、ことがらが
想像以上に複雑であることを悟るための信頼できる情報、および、「最低限」の事実関係の把
握に基づいた思考力というものは、今後の AFPLA の議論、さらには、社会で生きていくため
の基本的な条件となる、といえそうである。
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意義のある疲労
スタッフ
楠山恭平
今大会、スタッフメンバーとして AFPLA に参加した者として、議論に関わった大半のメンバ
ーとは違う視点からの感想が述べられればと思います。
僕は去年の大会に参加しておらず、海外のメンバーはもちろんのこと日本のメンバーですら
そのほとんどと大会日程中に初めて会うという本当に右も左もわからない状況で今大会を迎
えました。さらに 100 名近くの外国人を招待する大会としては東大側のスタッフメンバーは
数名と少なく、ひとりひとりの仕事量が膨大になる上に参加者の大半が他国の学生であること
から様々な特殊な対応も必要となりました。また僕は個人的に英語力にもかなりの問題を抱え
ていたので食事を取る時間ですら常に英語での会話に身構えながら過ごすというなかなかに
ハードな大会になりました。私見ですがいわゆる学生団体の運営という仕事は、大人数の団体
においてはしばしばその仕事が細分化され、まるで無給の事務バイトのようになってしまいが
ちだと考えています。しかし今回は少人数でハードな大会を回したからこそ運営という仕事の
全体像に触れることができ、ただの単純作業に終始しない有意義な時間を過ごせたと思いま
す。その点において再びホスト校をやることになる5年後の後輩たちにはもう少し大規模な団
体としてよりよい大会を提供してほしいような、またはまたこの少人数で有意義な時間を過ご
してほしいような、複雑な気持ちを抱いています。
最後に、この機会を与えてくれた AFPLA に感謝を述べたいと思います。そして、運営とい
う経験は知識の獲得や議論の末に得た新たな見地などと異なり非常に分かりにくく、活かしに
くく、しかし間違いなく活かし得る種のものだと考えているので、一層意識的にこの経験を殺
さぬように生き方を考えたいと思います。
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価値観の相克 ∼日本を相対化することの意義∼
外交分科会
三浦健
外交分科会では紆余曲折を経ながら、「排他的経済水域が被っている領域における漁業協力は
可能か、その条件とは何か」について議論した。UT、SNU、PKU の主張は、日本・中国・台
湾・韓国との間に経済協力連合を組織し、各国の経済的依存関係を強め領土問題の表面化・対
立化を防ぐことを目標に、まずは協力がしやすい漁業分野で実績をあげ後に石油を中心とした
非生物資源への開発協力につなげることであった。しかし、FDU の主張ではそもそも中国は
多国間協力に応じることは慣習的になく外交上の交渉は常に 2 国間でなされるために ASEAN
のような共通経済連合に中国が参加することはないと主張した。それは、中国は自国の利益が
侵害されることを決して許さないという強い決意によるものであるそうだ。また、経済協力は
外交・政治的観点と切り離すことはできないため、そもそも台湾を国として認めておらず外交
的問題を抱える中国と台湾が同様に交渉に参加することは難しいのではないかと主張した。
前者は互いの意見をぶつけ合った結果、合意に至ることができたという点で国際協調の理想的
な回答と言える一方で、後者はより現実的に考えられた意見のよう。最終的に FDU の学生は
「学生一個人として」の立場から、台湾の経済分野に限った部分的な交渉参加と中国の国益を
損なわない中で経済協力連合を組織することの希望的観測について譲歩してもらう形で発表
に臨んだ。
この一連の議論において、国としての価値観とは別に各国の学生は別個に個人としての意見
を持ち、そしてその意見は時には国としての価値観とは全く別に独立していて、それらの対立
からの葛藤の狭間に立たされることもあるのだということを強く感じた。それは上記のような
例だけではない。例えば、SNU の学生はメディア放送がプロパガンダとして使われることの
問題を強く意識している、PKU の学生は大気汚染などの深刻な環境問題に予想以上に真剣で
あるなど、日本でも共通の問題を抱えている部分は多くあり他国の同世代の若者が同様に真剣
にそれらの問題を考えていることにも共感を覚えた。
その一方で議論をしている最中に日本の主張、日本らしい主張とは何か、ということについ
ても考えさせられた。日本は大戦時各国に侵略した事実を深く反省し強く自国の権益を主張す
ることはこれまで避けてきたように思える。アメリカなど他国の国益の尊重や国際的慣習を順
守することに徹する姿勢などこれまでは敗戦国としての反省に立ち返ったある種つつましや
かな態度が外交交渉において主であったのではないか。この態度は必要であったと私は思うし
この良し悪しについてここで言いたいのではない。しかし、このような自国の主張を明確にし
ないあいまいな態度では、外交交渉はおろか国としての在り方にも日本人である私も疑問を抱
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いてしまった。その意味で日本は自国意識に乏しく、まだ「国」になり切れていないのかもし
れない。
今回の議論はいわば模擬国連のように各大学が自国の主張や権益に沿って主張することが
多かったが、実際の外交交渉の場においても敗戦国としての重圧を日本は背負いながら臨んで
いるのではないかと考えると、国益だけでなく歴史や政治など様々な要素が絡み合う外交の奥
深さを感じた。それはしばしば個人としての意見と乖離しそのギャップに苦しむこともあるか
もしれない。その意味で戦後 70 年という節目の年に、特に外交面におけるこれからの日本の
在り方について考えるよい機会ともなり、国籍など個人間の差や個人と国家間の差など様々な
ギャップに苦しみながらも日本人として自分はどのような立場をとりたいかを考えるきっか
けになり非常に有意義であった。これからも繰り返し問い続けていきたいと思う。
「実りある議論」とは
歴史分科会
小泉俊祐
実りある議論、というとき、頭に浮かぶのはどのような光景だろうか。
おそらくほとんどの人が想像するのは次のようなものではないだろうか。
参加者の意見が合わさり、優れた結論が導かれる。
それもそのはずである。多くの辞書によれば、「実りある」の意味には「成果を伴う」ことが
含まれている。実際、企業における戦略決定会議において目に見える成果が生まれなければ、
それは時間の浪費にしか過ぎないだろう。かくいう私も議論の成立条件の一つに結論の導出を
含んで考える、そうした人間の一人であった。
今回の大会、私は歴史分科会の議論メンバーとして関わらせていただいた。
歴史分科会の今年のテーマは「排外的ナショナリズム」について。具体的には、東アジア各国
が協力関係を結ぶ上で障壁となっているナショナリズムについて、その性質を分析し、歴史認
識問題や領土問題などを乗り越えていく方法を探っていこうというものである。当然ながら参
加学生の出身国が互いに激しく対立している論点であり、果たして冷静な議論が展開されうる
のかという不安が強かった。
実際に議論が始まると、予想通り白熱した議論が展開されることとなった。そして想像を遥か
に越えた認識の違いが次々と露わになった。中国人学生から飛び出した、「中国は拡大しては
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いない。本来の領域に戻ろうとしているだけだ。」という意見や、ナチスドイツを彷彿させる
ような「中国は平和愛好国家であり、(尖閣諸島に)日本が侵略してくるから仕方なく戦って
いるのだ。」といった考え。また、日本国内では身勝手な行動として非難された鳩山元首相の
韓国での謝罪を評価し安倍首相にも同様の謝罪を求めるといった意見を耳にしたときには、正
直言って驚きを隠せなかった。だが、これらと同様のことを他国の学生も我々に対して感じて
いたはずであり、自分たちが絶対的だと感じていた認識が単なる「解釈」の一つに過ぎないと
いうことを痛感したのだ。そして同時に、このような認識の溝を越えて相互理解を生むことが
いかに困難なことかも思い知らされたことであろう。
丸四日間に及ぶ議論、無数のその成果としての立派な結論は出されなかった。
それでは、この議論は果たして「実りのない」ものだったのだろうか。
私は決してそうは思わない。
私はこの AFPLA の大会を通じて、本当の意味で他国の人々に対する理解を深めたように思う。
お互いの意見をぶつけながら肌で感じた「違い」。これを知ることができただけで、少なくと
も自国の価値観を他国に押し付けるというような愚行に及ぶことはなくなったはずである。
学生団体は短期的で明確な成果に追われてはいない。これは社会に一歩踏み出したら決して望
むことができないものだ。学生の最大の贅沢であろう。漠然としているが体に刻み込まれた「成
果」。これこそが、学生団体が議論を通じて獲得すべきものなのではないだろうか。そして、
これこそが将来の政治的リーダー育成に資するのではないだろうか。
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9th 東京大会
会計報告
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収入
項目
金額(円)
参加会費
備考
¥3,390,000 113 名分(一部返金)
観光費
¥357,500 参加会費とは別途
独立行政法人
¥240,000 宿泊費
国際交流基金様
公益財団法人
¥300,000 印刷・複写・製本費、
三菱 UFJ 国際財団様
合計
消耗品費、借用費
¥4,287,500
支出
項目
施設利用費
収支差額
金額(円)
項目
金額(円)
¥1,091,620
収入合計
¥4,287,500
印刷費
¥69,832
支出合計
¥2,280,092
交通費
¥237,064
差額合計
¥2,007,048
食費
¥749,735
支払手数料
¥648
通信費
¥329
消耗品費
交際費
合計
¥10,426
¥120,438
¥2,280,092
* 交際費は、T シャツ費、他大学参加者全員への写真・お土産代などとなります。
* 差額分の内、東大生参加費の過分(宿泊費)及び、他大学参加費の過分の返金を適切に
行う予定です。
* 過分返金後の差額分に関しましては、恒常的な団体運営及び長期的な活動内容の改善、
拡充に使用することを目的とし、来年度の AFPLA 運営予算に引き継ぎます。
* その他会計内訳の詳細は、ご支援頂きました関係者の皆様に別途ご送付致します。
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