[第2回]鎮咳去痰薬

こどもの薬【第 2 回】
鎮咳去痰薬
咳って何?痰って何?
咳は気管や気管支などの空気の通り道(気道)にある痰や侵入物を体の外に出すた
めに必要な生体の防御反応です。咳チックなどの心因性の場合を除けば、気道の咳受
容体が刺激されこの刺激が咳中枢に伝わり、痰や侵入物を体外に出そうとして咳が起
こります。無理やり咳を止めてしまえば、痰づまりを起こしたり侵入物の除去が行わ
れなかったりして呼吸困難になり、重篤な場合は窒息死してしまうことさえあります。
痰には、気道に侵入した微生物(細菌やウイルスなど)や微粒子(花粉、ほこり、
PM2.5 など)を覆って線毛運動で運ばれやすい形にし、侵入物を除去する働きがあり
ます。
咳はどのようにして起きるの?
気道(のどから気管支の先まで)には咳受容体というものがあり、そこに加わった
刺激は咳中枢に迷走神経を介して伝達されます。咳中枢の興奮は迷走神経を介して声
門の閉鎖・気管支平滑筋の収縮・呼吸筋の収縮などを引き起こし、急激な呼気すなわ
ち咳となります。また、百日咳毒素のように迷走神経を介さずに直接咳中枢を興奮さ
せて咳を起こすものもあります。
鎮咳薬(咳止め)
鎮咳薬は、その作用により咳中枢を直接抑制するもの、咳受容体とそこから咳中枢
までの伝達経路を抑制するもの、咳中枢から咳を発生させる臓器(気管支平滑筋、呼
吸筋など)までの伝達経路及び臓器そのものを抑制するものがあります。
一般に狭い意味の鎮咳薬として扱われているのは咳を出しなさいと命令する咳中
枢に作用する中枢性鎮咳薬で、さらに麻薬性と非麻薬性鎮咳薬に分けられます。更に
広い意味での鎮咳薬には、間接的に咳受容体に作用する気管支拡張薬、去痰薬などの
末梢性鎮咳薬が含まれます。アメリカ小児科学会から、乳幼児への鎮咳剤は投与しな
いようにとの勧告が出ています
麻薬性中枢性鎮咳薬
① リン酸コデイン(商品名:リン酸コデイン)
l 咳中枢を抑制します。麻薬性のため軽度の依存性があります。強い鎮咳、鎮静作
用があり、軽度の呼吸抑制作用もあります。
l 呼吸抑制作用が強いので乳児に使用する場合などには注意が必要です。気管支腺
の分泌低下による痰の粘り気の増加や気管支平滑筋の収縮作用があるため、気管
支喘息発作中の投与は禁忌(使ってはいけない)です。
l 消化管運動を抑制する作用もあるので細菌性下痢症の場合は症状が長引く可能性
あるので原則禁忌とされています。
② リン酸ジヒドロコデイン(商品名:リン酸ジヒドロコデイン)
l 咳中枢の抑制作用がリン酸コデインの 2 倍強い薬です。
非麻薬性中枢性鎮咳薬
① ヒベンズ酸チペピジン(商品名:アスベリン)
l 咳中枢を抑制するとともに、気管支腺の分泌や気道粘膜の線毛運動を亢進させて
排痰を促します。
l 眠気、めまい。不眠、まれに食欲低下や便秘がみられます。
l この薬の代謝産物によりあかみがかった着色尿がみられることがあります。
② 臭化水素酸デキストロメトルファン(商品名:メジコン)
l 咳中枢の抑制作用が強いため、小児では激しい乾いた咳嗽時のみに使用を制限す
る。
l 眠気、めまい、頭痛、不眠、便秘、食欲亢進などがみられることがあります。
l パーキンソン病治療薬である MAO 阻害薬との併用はけいれん、異常高熱、昏睡
をきたすことがあるので禁忌です。
③ リン酸ジメモルファン(商品名:アストミン)
l めまい、悪心、嘔吐などがみられることがあります。
l 糖尿病患者の耐糖能に軽度の変化をきたすことがあるので注意が必要です。
l 咳中枢に作用して鎮咳効果を示します。
l リン酸コデイン投与時にみられるような消化管運動抑制作用(便秘作用)は示し
ません。
④ クロペラスチン(商品名:フスタゾール)
l 咳中枢に作用するものと考えられています。
l 気管支平滑筋弛緩作用と緩和な抗ヒスタミン作用もあります。
l 眠気、悪心、食欲不振、口渇がみられることがあります。
小児の特性と中枢性鎮咳薬
小児は成人に比べ次のような呼吸機能の特徴を持ちます。
l 気道が狭いため、わずかな分泌物でもヒューヒュー・ゼイゼイなどの狭窄症状を
起こしやすい。
l 気管軟骨の発達が十分でないため、気道がつぶれやすく狭窄症状(ヒューヒュー・
ゼイゼイ、息が吐きにくいなど)が出やすい。
l 咳をする力が弱いため、痰の排出がしにくい。
l 新生児や乳児では口呼吸が確立していないため、鼻腔に分泌物がたまると呼吸困
難に陥りやすい。
l 呼吸中枢が未熟なため、呼吸を休みやすい。
l 呼吸筋特に横隔膜の動きが未発達なため、深くしっかりとした呼吸がしにくい。
わかりやすくまとめると、①呼吸を休みやすく、②狭窄症状を呈しやすく、③痰が
つまりやすいということです。
小児に鎮咳剤を処方するときには、これらの特徴を十分に考慮しなければなりません。
そう考えると、中枢性鎮咳薬を小児に対してむやみに投与することは避け、百日咳の
際や胸痛のひどい場合など患者の日常生活に大きな支障がある場合に限って投与す
ることが必要と考えられます。先にも説明しましたが、アメリカ小児科学会から、乳
幼児への鎮咳剤は投与しないようにとの勧告が出ている薬です。
当院では、原則としてどうしても必要な時しか中枢性鎮咳剤は処方しません。
去痰薬
小児では、十分な咳嗽・痰の喀出ができないため、容易に分泌物(痰)がたまりま
す。痰の貯留の予防及び早期の改善が重要となります。
では、気道で産生された痰はどのようにして喀出されるのでしょうか?肺の杯細胞
というところで粘稠性のベトベトの痰が、分泌腺というところで粘稠性の痰とサラサ
ラの漿液性の痰が作られます。痰は線毛細胞の線毛運動で口側に運ばれます。漿液性
の痰はスムーズに運ばれますが粘稠性の痰は気道壁にへばりついてうまく運ばれま
せん。そこで、クララ細胞や肺胞Ⅱ型上皮細胞というところで表面活性物質(サーフ
ァクタント)というものが産生され、潤滑油の役割をして滑りやすくし、線毛運動に
よる口側への輸送を助けています。
痰の排出モデル
痰の排出モデル(拡大図)
去痰薬は作用機序によって 4 つに分けられます。一般的に「痰の切れが悪い」とい
う場合には、痰の粘稠性が高いために喀出困難になっている場合が多く、粘液溶解薬
を主体に粘膜潤滑薬を併用して対応するとより効果が期待できます。「痰が胸につか
える」という場合には、粘液修復薬や粘膜潤滑薬で対応すると有効のことが多いです。
痰の外観・量などを参考にして、去痰薬を使い分けることが重要です。
去痰薬の主な作用と各種症状に対する適応度
去痰薬の分類
① 粘液溶解薬
粘液性の分泌液を溶解して粘稠度を低下させ、痰の喀出を容易にします。わかりや
すく言うと、痰をサラサラにする薬です。痰の粘性が低下しすぎるとかえって線毛
による輸送能が悪化するので注意が必要です。
ア)塩酸ブロムヘキシン(商品名:ビソルボン)
l 気管支腺から漿液分泌を促進して痰を希釈するほか、リゾチーム様顆粒(加水分
解酵素群)の分泌促進により痰の粘度の原因となっているムコ多糖類の繊維を切
断することで、痰の粘稠度を下げて痰を喀出しやすくします。
l 多量に投与すると痰の量が増加するため、喀痰量が極めて多い症例や神経・筋疾
患で筋力が低下していて痰の喀出が困難な症例では、かえって症状を悪化させる
ことがあるので注意を要します。副作用として頭痛、食欲不振をきたすことがあ
ります。
イ)塩化リゾチーム(商品名:ノイチーム、レフトーゼ、アクディームなど)
l 成分に卵白由来成分が含まれているために、卵白アレルギーの症例には使用しま
せん。
l 気管支喘息な場合、様々なアレルギーを持っており、卵白アレルギーを持つ可能
性もあるので注意が必要な薬です。
ウ)アセチルシステイン(商品名:ムコフィリン)
l 気道分泌物の増量により喀出困難や気管支の閉塞をきたすことがあります。
l 気管支喘息や呼吸不全において気管支けいれんを起こすことがあるので注意が必
要です。
② 粘液修復薬
ア)カルボシステイン(商品名:ムコダイン)
l 気道粘液構成成分の組成を正常化することで粘液の粘稠度を下げ、喀痰を促進し
ます。
l 反対に、水のような痰を喀出する場合にも有効です。
l 気道粘膜上皮の線毛細胞を修復する作用や、副鼻腔領域での粘膜線毛輸送能の改
善作用もあります。
l 肝障害、心障害のある症例では、その障害を悪化させる恐れがあるので慎重に投
与する必要があります。
③ 異常粘液生成抑制薬
ア)フドステイン(商品名:クリアナール)
l 慢性気管支炎や気管支喘息では、気道の杯細胞に過形成が起こり、そのために痰
の粘稠度が増加するとされています。
l フドステインは杯細胞の過形成を抑制して粘液の量を減らすだけでなく、気管支
腺からの漿液の成分を増やして痰の粘稠度を下げます。
l 抗炎症作用もあるといわれています。
l 錠剤しかないので小児には使用しづらい薬です。
④ 粘膜潤滑薬
肺胞Ⅱ型細胞からの表面活性物質(サーファクタント)の分泌を促進させることに
より、気道壁を潤滑にして痰と気道粘膜との粘着を低下させ痰を移動しやすくさせま
す。わかりやすく言うと、痰を滑らせて排出しやすくする薬です。
ア) 塩酸アンブロキソール(商品名:ムコソルバン、ムコサール、プルスマリン A)
l サーファクタントの分泌が阻害されるようなはい実質病変がある場合に有効です。
l 気管支腺や杯細胞からの分泌を促進し、線毛運動を亢進させる効果もあります。
当院では、体の正常な防御反応を非常に大切なものだと考えています。その
ため、中枢性の鎮咳剤を極力使用せず、去痰剤を積極的に使用し痰の貯留を防
ぎ、気道を清潔にすることで咳を止めることを目的とした処方をしています。
行徳総合病院 小児科 佐藤俊彦