理科学習へのロールプレイの導入とその教育的効果

日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 7(2015)
理科学習へのロールプレイの導入とその教育的効果
Introduction and its Educational Effect of the Roll-play to Science Learning
鈴木
由美子*,人見
SUZUKI,Yumiko
久城**
HITOMI,Hisaki
宇都宮大学大学院* 宇都宮大学教育学部**
Graduate School of Education, Utsunomiya University*
Faculty of Education, Utsunomiya University**
【要約】小学校第4学年の物質学習において,アナロジーロールプレイを用いた系統的な教授
を行い,その教育的効果を調べた。そのうち2つの実践を報告する。水の状態変化のロールプ
レイでは,一般に難しいとされる湯気や水蒸気に関する知識の定着に効果が見られた。また,
圧縮された空気や水のロールプレイでは,メンタルモデルの獲得に効果が見られた他,社会的
相互作用により科学的な思考が精緻化していく様子が見られた。これらの結果から,理科学習
においてロールプレイが有効なアプローチであることが示唆された。
【キーワード】ロールプレイ,アナロジー,粒子概念,社会的相互作用,物質学習
1
研究の背景と目的
を整理し,小学校理科カリキュラムにおける実践
科学的な思考力や表現力を育成するための学
を提案し,教育上の効果の検討を行うことである。
習ストラテジーに関して,様々な研究や取り組み
が行われ,蓄積された知見が学校現場で活用され
2
始めている。
アナロジーとしてのロールプレイ
McSharry & Jones(2000)は,ロールプレイを7
しかし,Lawrence(1997)が述べているように,
つのカテゴリーに分類し,科学概念を教える際に
「教授の方法論が…(中略)…多種多様な方法を
活用できるものとしてアナロジーロールプレイ
含まないとすれば,学習スタイルに合わない児童
とシミュレーションロールプレイをあげている。
生徒の一部は不利益を被る」ならば,教師はより
そのうち本研究が対象としているのは,科学理論
多様な教授法を用いるべきであり,そのためには
の対象や要素として学習者を利用するアナロジ
常に新しい教授法が試され,洗練され,淘汰され
ーロールプレイである。
る必要がある。そこで学習者の思考力や表現力を
アナロジーロールプレイは子ども達のメンタ
高めるための一つの学習ストラテジーとして,ロ
ルモデルを可視化するものであり,説明にはアナ
ールプレイを提案したい。
ロジーが用いられる。内ノ倉(2006)は,ロール
諸外国では,神経細胞になって刺激の伝達を表
プレイ行為の背景には,幅広く比喩や類推などを
すロールプレイに取り組んだ事例(McSharry &
基盤としたレトリック的な認識活動があるとし,
Jones,2000)や,血液循環のロールプレイを小学
ロールプレイをアナロジーに基づいた教授アプ
生がデザインした事例(Aubusson et al.,1997)
ローチだとしている。そうであれば,ロールプレ
等が報告され,ロールプレイが学習にもたらす効
イの導入や活用には,アナロジーを用いた学習の
果について議論が進められている。しかし日本で
手法が援用できるはずである。
は,「擬人化」や「体験学習」として類似の活動
理科学習へのアナロジーの導入については
が報告されているが,ロールプレイの理論的な基
1980 年代以降教授アプローチの開発が進み,子ど
礎を提供する研究は散見されない(内ノ倉,2006)。
もによるアナロジー生成や社会的相互作用によ
本研究の目的は,ロールプレイの理論的背景及
るアナロジー生成が注目されるようになってい
び先行研究で得られた教育的効果に関する知見
る。アナロジーを用いた学習では,他者との交流
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が活発化され,「他者の存在がメタ認知機能をも
なお,調査対象となる小学校で使用されている
ち,アナロジーやメタファーの生成,評価,修正
理科教科書では粒子を用いたモデル図等がほと
を促進する機能を担う」
(内ノ倉,2010)ことによ
んど見られず,対象児童は粒子概念を用いた学習
り,科学概念が精緻化されると考えられている。
を経験していない。一人一人が粒子を演じるロー
Spier-Dance et al.(2005)は,社会的相互作用
ルプレイを行うには粒子概念の導入が不可欠で
によるアナロジーの生成と精緻化について,「概
あると考え,単元の配列及びロールプレイの導入
念的な理解が促進され,特に学力の低い学生に顕
計画を表3のように立案した。
著な効果」が見られるとしている。そこで本研究
本稿では,表3の「沸き立つ水のロールプレイ」
におけるロールプレイの導入にあたっては,
(※1)及び「圧縮される空気や水のロールプレ
Spier-Dance et al.(2005)及び Wong(1993)を参考
イ」
(※2)について報告する。
に表1のような手続きをとることとした。
表3.単元配列と導入したロールプレイ
単元配列(教科書の単元名)
表1.児童生成ロールプレイ導入の手続き
⑴科学的な知識を学習する
⑵ロールプレイの性質や生成の仕方を確認する
⑶当該現象を説明するロールプレイを生成する
⑷そのロールプレイをグループで評価し,ロールプレイ
を修正するか新しく生成する
⑸そのロールプレイをクラス全体で評価し,ロールプレ
イを修正するか新しく生成する
⑹妥当なロールプレイについて,クラスで合意する
3
研究の方法
⑴
対象者及び実践の時期
空気や水をとじこめると1
水のすがた
(粒子概念の導入)
水のゆくえ
空気や水をとじこめると2
ものの体積と温度
もののあたたまり方
対象者は栃木県内の公立小学校第4学年児童
⑶
17 名であった。期間は平成 26 年 10 月中旬から平
導入するロールプレイ
三態を表現するロールプレイ
沸き立つ水のロールプレイ(※1)
水の蒸発(密閉,開放)のロール
プレイ,結露のロールプレイ
圧縮される空気や水のロールプ
レイ(※2)
温度変化に伴う物質の体積変化
のロールプレイ
熱を伝えながら温まっていく金
属のロールプレイ
学習におけるロールプレイの位置付け
Aubusson et al.(1997)は,ロールプレイにつ
成 27 年2月末まで(4ヶ月半)であった。
いて,「概念を正確に描ききった場合ではなく,
⑵
作り出すことを中心におき,アナロジーを評価し
ロールプレイを用いた授業の立案
まず,McSharry & Jones(2000),Aubusson et
修正するような会話を促進した場合に成功であ
al.(1997)を参考に,小学校理科の学習内容の中
る」としている。また,Aubusson & Fogwill(2006)
から,アナロジーロールプレイの活用が考えられ
は,「ロールプレイはモデル化を試みる表現であ
るものを検討した(表2)。
り,常に不完全である。…(中略)…教師は,生
その上で,第4学年の「空気と水の性質」,
「水
徒がモデルの欠陥に気付くように仕向け,現象に
の自然蒸発と結露」,
「金属,水,空気と温度」は,
関する決定的な証拠や認識に着目するよう支援
粒子に関する内容を連続して扱う一連の学習で
することが必要である」と述べている。
あり,一人一人が粒子を演じるロールプレイを導
そこで本研究では,児童が現象に対する考えを
入しやすいのではないかと考え,それらの内容を
表出し,話し合いながら思考を精緻化していくこ
扱う単元を選択することにした。
とをロールプレイの目的とし,他者に見せる表現
表2.ロールプレイの活用が考えられる内容
学
年
第3学年
第4学年
第5学年
第6学年
内
として完成することは重要視しないという立場
容
で授業を展開する。さらに,児童の相互作用を促
「光の性質」,「磁石の性質」,「物と重さ」
「空気と水の性質」,「 水の自然蒸発と結露」,
「金属,水,空気と温度」
「物の溶け方」,「植物の発芽,成長,結実」,
「流水の働き」
「電気の利用」,「人の体のつくりと働き」,
「植物の養分と水の通り道」,「 生物と環境」,
「月と太陽」
進させるため,活動中の児童の言動をよく観察し,
必要な支援を適時行うことを教師の役割とする。
なお,ロールプレイには教師がアナロジーを提
示して演じ方を指示する場合と,児童自身が考え
て演じる場合がある。本研究では前者を「教師主
導型ロールプレイ」,後者を「児童生成ロールプ
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レイ」と呼ぶ。
レイを生成した後,クラス全体で見せ合った。最
⑷
終的にクラス全体で一つのロールプレイを行い,
ロールプレイの効果の評価方法
ロールプレイの効果については,次の3つの観
点で分析し,考察を行う。
加熱された水の中で水蒸気の泡が発生して沸き
上がり,蒸発して水が減っていく様子を表現した。
① ロールプレイが知識の定着にどの程度寄与す
るか,評価テストにより分析する。
クラス全体のロールプレイを生成した後,教師
の問いかけによって児童が即興で演じ方を変え
② ロールプレイの実施前と実施後で,児童の思考
るロールプレイへと発展させた。教師が,「ふた
にどのような変化が見られるか,ワークシート
があるよ。」,
「ふたをとったよ。」,
「火がそのまま
への記述と活動中の発言等から分析する。
ずっとついているよ。どうなる?」等と問いかけ
③ Ladousse(1989)の提示したロールプレイの効
ながらロールプレイを継続し,児童はどう動くべ
果(意欲を高める,仲間との学び合いが促進さ
きかをその場で考え,演じ続けた。活動中,粒子
れる,楽しい,誤った理解を特定するのに役立
として不自然な動きが見られた場合は,問いかけ
つ等)を,活動中の児童の行動やアンケートに
ながら意見を引き出し,修正していった。
より検証する。
4
⑴
実施前後に評価テストを用いて知識の定着を
調べた。実施後,ロールプレイによって気付いた
ロールプレイを用いた授業の実践
ことや改めて確認したことをワークシートに記
沸き立つ水のロールプレイ
「沸き立つ水のロールプレイ」を行う「水のす
がた」の単元展開と,導入したロールプレイを表
4に示す。第3次までの学習活動は実験と考察を
中心とした展開であるが,考察には粒子モデルを
導入し,ホワイトボードとマグネットを活用した。
まず,菊地ら(2014)を参考に,第1次で粒子
概念を導入し,
「粒子の存在」と「粒子の保存性」
を教授した。状態変化への理解をさらに深めるた
めに,第4次で様々な物質の三態変化を演示した
上で,水の三態における粒子を表現するロールプ
レイを導入した。初めてのロールプレイを円滑に
行うため,ロールプレイとは何か,何のために行
うかを教授した上で演じ方を指示し,教師主導型
ロールプレイを行った。
単元の最後に,沸騰する水を演じる「沸き立つ
水のロールプレイ」を行った。これは児童生成ロ
ールプレイであり,その導入手続きを表5に示す。
17 名を 2 グループに分け,それぞれがロールプ
表4.単元「水のすがた」の展開とロールプレイ
導 入
第1次
第2次
第3次
配当
学習内容
1時間
2時間 水を熱したときの変化
2時間 水を冷やしたときの変化
1時間 氷になる時の体積の変化
第4次 1時間 水の3つのすがた
まとめ 2時間
ロールプレイ
述させ,最後にアンケート調査を行った。
表5.導入手続きと児童生成ロールプレイ
まとめ:沸き立つ水のロールプレイ
⑴科学的な知識を学習する
・ 一人一人が水の粒になる
こと,水の粒は感情では動
⑵ロールプレイの性質や生
かず,自然界のルールに従
成の仕方を確認する
って動くことの確認
・ アナロジーの限界の確認
⑶当該現象を説明するロー ・ 沸騰する水の中で生じる
水蒸気の泡と水分子の様子
ルプレイを生成する
を演じるロールプレイを生
⑷ロールプレイをグループ
成する
で評価し,修正するか新し ・ 話し合いながら,ロール
く生成する
プレイの修正を重ねる
⑸ロールプレイをクラス全
体で評価し,修正するか新
しく生成する
⑹妥当なロールプレイにつ
いてクラスで合意する
⑵
・ クラス全体でロールプレ
イを見せ合い,表現の妥当
性を話し合い,修正する
・ クラスで合意したロール
プレイをまとめる
圧縮される空気や水のロールプレイ
「圧縮される空気や水のロールプレイ」は,既
習の単元「空気や水をとじこめると」の学習内容
を,粒子モデルにより捉え直すためのものである。
ロールプレイ実施前に,注射器の中に空気や水
を入れて圧縮した場合の粒子の様子をワークシ
ートに描かせた。この時点では,水蒸気の粒子の
振る舞い(既習)を空気に応用して粒子の動きを
想像するのが難しく,ワークシートに記述するの
物質の三態を表現
するロールプレイ
沸き立つ水のロー
ルプレイ
をためらう児童が多く見られた。
その後クラスを2グループに分け,それぞれロ
ールプレイをどう演じるべきか話し合わせた。グ
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ループ毎のロールプレイが生成されると,児童用
かし,空気に関しては,実施前の正答率は 18%で
の机をコの字型に並べたものを注射器,机2つを
あり,粒子自体が小さくなる,粒子が増減するあ
押し棒に見立て,圧縮される空気の粒子をロール
るいは出入りするといった誤概念が見られた。
プレイし,互いに見せ合った。それを元に,修正
ロールプレイをどのように演じるかについて
すべき点や演じる上での留意点を話し合い,クラ
の話し合いは活発で,粒子の振る舞いを理解する
ス全体でロールプレイを行いながら確認した。
上で重要な役割を果たしていた。話し合う中で,
再度,注射器の中に空気や水を入れて押し縮め
押し棒が戻る位置や粒子の配置など,理解があや
た時の粒子の様子をワークシートに記述させた。
ふやな部分が表出し,考えを伝え合う中で妥当な
最後にアンケートを行った。
解釈に収斂する建設的相互作用が見られた。
ロールプレイ実施後は,空気は粒子の隙間が小
5
実践の結果
さくなるため押し縮められ,水は隙間がないので
⑴
沸き立つ水のロールプレイ
押し縮められないというイメージを獲得した児
ロールプレイの事前,事後,3ヶ月後に,評価
童が増加し,空気,水ともに正答率は 80%となっ
テストにより知識の定着を調べた。評価テストに
た。表6はワークシートから読み取った,空気の
は,対象校が所在する市が行った平成 25 年度学
圧縮に関する児童の考え方の類型の変化である。
習内容定着度調査第5学年で実際に出題された,
ロールプレイ実施前後の正答率についてカイ
水の状態に関する選択問題を使用した。評価テス
二乗検定を行ったところ,実施後の正答率は実施
トの正答率の推移を図1に示す。同市の平成 25
前より有意に高かった(χ2(1)=10.063,p<.01)。
図2はワークシートの記述例である。実施後の
年度の平均正答率は 29.1%である。
正答率は,ロールプレイ実施前が 52.9%,実施
ワークシートには,「粒が小さくなると思ってい
たけれど,粒の大きさが変わらないことがわかっ
直後が 82.4%,3ヶ月後は 76.5%であった。
カイ二乗検定の結果,実施後及び3ヶ月後の正
た。気体だから隙間が縮まるから押し縮められる
答率は実施前に比べ有意に高く,実施後と3ヶ月
ことがわかった。」,「押し棒に押されたとき,前
2
後 の 正 答 率 に 有 意 な 差 は な か っ た ( χ (2)=
の方だけ下がればいいと思っていたけど,粒の間
69.035,p<.01)。ロールプレイにより正答率は上
が適当じゃだめなことがわかった。」といった記
昇し,そのまま維持されていると言える。
述が見られた。
また,ロールプレイ後のワークシートには「水
表6.空気の圧縮に関する児童の考え方の類型の変化
蒸気が増える代わりに水が減ることがあらため
てわかった。」,「湯気は冷えてまた水の中に落ち
るかもしれない。」,「水は水蒸気になってかさが
解答の類型
正答
増える。」といった追加記述が見られた。
誤答
実施前
実施後
割合(%)
割合(%)
粒子のすきまが縮まる
17.6
80.0
粒子自体が小さくなる
23.5
0.0
粒子が出入りする
17.6
0.0
5.9
0.0
その他
23.6
20.0
空欄または判別不能
11.8
0.0
粒子が偏って存在する
図1.評価テストの正答率の推移
⑵
圧縮される空気や水のロールプレイ
水が押し縮められない理由については比較的
理解しやすく,ロールプレイ実施前でも 41%の児
童が正しい図を描いて説明することができた。し
― 18 ―
誤答例
正答例
図2.児童のワークシートの記述
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 7(2015)
ロールプレイ導入直後(11 月)と「圧縮される
空気や水のロールプレイ」実施後(12 月)のロール
り,ロールプレイが学習を強く印象づけ,知識の
定着に役立っているのではないだろうか。
プレイについての意識調査の結果を図3に示す。
また,多くの理科授業では,例えば「空気は圧
導入当初から,活動に対する肯定的な回答の割
縮できるが水はできない」という事実を帰納的に
合が高い。また,初めてロールプレイを導入した
導きだすことをゴールにしており,最も重要な
時(11 月)に比べ,12 月には肯定的解答が増加
「それはなぜか」に触れることはない。ロールプ
している。特に,「2考えるのに役立つ」,「3考
レイでは,一人一人が粒子を演じながら「なぜそ
えがはっきりする」,
「5まちがいに気付く」に関
うなるのか」を考える必要があり,そのことがよ
して,「とても」という高い肯定意識を示す児童
り確かな理解につながったと考えられる。
が増加している。また,12 月の方が,恥ずかしい
⑵
や面倒くさいと感じる割合が低くなっている。
ロールプレイと科学的思考
5⑵から,科学的事象をモデル化する上で,ロ
ールプレイが有効であることが示唆された。
導入直後
児童は粒子について教授されても,粒子モデル
を即座に使いこなせるわけではない。圧縮された
空気の粒子を図化するにあたり,水の状態変化で
学習した水蒸気の振る舞いを空気に応用するに
は,気体という上位概念とモデルという概念が獲
12月
得されていなければならないが,それには抽象化
が必要であり,全ての児童が容易くできるもので
はない。こうした理由から,ロールプレイ実施前,
児童の多くは,図化できるような明確なメンタル
モデルをもつことができなかったと考えられる。
【アンケートの設問項目】
1楽しい
3考えがはっきりする
5間違いに気付く
7意見をいいやすい
9めんどうではない
ロールプレイの演じ方を話し合う中で,あやふ
やな理解や誤概念が表出する場面が多々あった。
2考えるのに役立つ
4友だちの考えがわかる
6もっとやりたい
8はずかしくない
※それぞれ4件法で回答
例えば,粒子自体が小さくなる,粒子が増減する,
注射器の押し棒が元の位置に戻らない等の意見
である。これらは話し合いにおける建設的相互作
図3.ロールプレイについての意識調査結果
用によって正しい理解に収斂していった。話し合
6
考察
いによって精緻化された思考をロールプレイし
⑴
ロールプレイによる知識の定着について
たことで,多くの児童が正しいメンタルモデルを
5⑴では,ロールプレイによって評価テストの
獲得したのではないかと考えられる。
正答率が明らかに上昇した。粒子概念を用いた学
また,5⑴において,教師の問いに対する児童
習により,ロールプレイ実施前の正答率も高かっ
の即興的なロールプレイの中に,彼らの思考を見
たが,ロールプレイ実施後の正答率は有意に高く,
取ることができた。教師はそれを評価し,教師と
3ヶ月後も維持されている。また,沸騰中に沸き
児童あるいは児童同士の会話を促進させたこと
上がる泡の正体は何かという問題に対し,実施後
で児童の思考がさらに精緻化したと考えられる。
3ヶ月を経過しても,全員が水蒸気であると解答
Enriquez(2010)で報告されたように,ロールプ
した。これらの結果からロールプレイの活用は,
レイは,学習者の当事者意識を高め,思考を精緻
知識の定着に効果があると考えられる。
化させる社会的相互作用を引き起こすアプロー
「水のすがた」の学習活動の中で最も強く記憶
チだと言えよう。
しているものとして,58.8%の児童がロールプレ
さらに,一連の学習を終えた後で,「頭の中で
イやロールプレイ活動中の話し合いをあげてお
たくさんの粒子を自由自在に操り,その振る舞い
― 19 ―
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を映像のようにイメージすることはできるか」と
考の精緻化に効果があることが示唆された。
いう質問をしたところ,約半数の児童が「難しい」
ただし,粒子概念の導入と同時にロールプレイ
「とても難しい」と答えた。そもそも目に見えな
を導入したため,それらの効果が複合的に作用し
いものを対象にして考え,イメージ上でなんらか
ている可能性がある。別の単元での検証,あるい
の操作を行うというのは,高度な知的作業である。
は統制群を設けた検証が必要であろう。
モデル図のように静止した場面を想像するのは
今回,粒子概念を扱う連続した単元においてロ
それほど困難ではないが,変化する現象を具体物
ールプレイを行った。児童の粒子概念の形成にロ
なしに自由自在にイメージすることは,小学校4
ールプレイがどのように寄与したかについては,
年生の段階では難しい操作であると考えられる。
今後さらに分析を進める予定である。
そのような場合にロールプレイが役に立つかと
引用文献
いう問いに対して,児童全員が肯定的回答をして
おり,ロールプレイは,刻々と変化する事象のメ
ンタルモデルを実体化する手段として,非常に有
効であると考えられる。
⑶
ロールプレイに関する児童の認識
Ladousse(1989)の報告するロールプレイの効
果は,本研究でも確かめられた。
アンケートでは,「楽しい」「もっとやりたい」
「考えがはっきりする」「間違いに気付く」とい
った項目に対する肯定的回答の割合が非常に高
く,活動が意欲的に行われ,かつ自分自身の思考
を見つめる機会となっていたことがわかる。
ロールプレイが楽しい活動として児童に受け
入れられるのは,「ロールプレイが遊びの要素を
含んでいる」
(McSharry & Jones,2000)からであ
ると考えられる。また,自分の思考が明確になり
誤概念がメタ認知されるのは,ロールプレイでは
必然的に社会的相互作用が活発となり,他者意識
が高まるためと考えられる。
2回目のアンケートでは,回答がさらに肯定的
に推移した。その原因は2つ考えられる。一つは,
経験を重ねることでロールプレイに慣れたこと,
もう一つは,2回目は学びを実感できるロールプ
レイの直後であったことである。ロールプレイは
身体表現を伴うため,恥ずかしいと感じる児童も
少なくない。しかし,経験を重ね,学習に役立つ
ことを理解し必要性を感じることで,肯定的感情
が生じるものと考えられる。
7
今後へ向けて
2つの実践から,ロールプレイの活用により,
知識の定着やメンタルモデルの獲得すなわち思
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