オープンソース LMS を利用した全学規模情報教育における講義の実施

学術情報処理研究
No.19 2015 pp.68-75
オープンソース LMS を利用した全学規模情報教育における講義の実施
Implementation of e-Learning Courses in University-wide
Information Education using the Open-source LMS
右田雅裕†,永井孝幸†,武藏泰雄†,戸田真志†,中野裕司†,
喜多敏博‡,松葉龍一‡,北村士朗††,辻一隆†,
島本勝†,木田健†,杉谷賢一†
Masahiro Migita†, Takayuki Nagai†, Yasuo Musashi†, Masashi Toda†, Hiroshi Nakano†,
Toshihiro Kita‡, Ryuichi Matsuba‡, Shirou Kitamura††, Kazutaka Tsuji†,
Masaru Shimamoto†, Takeshi Kida†, Kenichi Sugitani†
[email protected]
†熊本大学総合情報統括センター
†Center for Management of Information Technologies, Kumamoto University
‡熊本大学eラーニング推進機構
‡Institute for e-Learning Development, Kumamoto University
††熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻
††Graduate school of Instructional systems, Kumamoto University
概要
熊本大学では 2002 年度より全学部の 1 年生を対象に同一内容の情報教育科目を開講している.2003 年度
からは全学 LMS(Learning Management System)を利用した情報教育の実施体制が定着し,これまで継続されて
きた.一方で,本学の全学 LMS はそれまでの商用 LMS から 2015 年 4 月にオープンソース LMS へと実施基
盤が大きく変更となり,全学の学生を対象に開講されている情報教育科目においても,それまでの講義実施
体制に応じて異なる LMS 間での対応が必要になった.本稿では,そのオンライン教材の移行並びにそれを用
いた講義の実施について報告する.
キーワード
eラーニング, LMS, 情報教育
1. はじめに
熊本大学では,全 1 年生(約 1800 名)を対象にした情
- 68 -
報リテラシー科目「情報基礎 A・B」
(以降,情報基礎と
表記)[1]や語学教育の一環である CALL(Computer
Assisted Language Learning) 等 に お い て , 全 学
LMS(Learning Management System)を利用した講義が実施
されている.本学における全学 LMS の導入は 2003 年度
にさかのぼり,情報基礎では初期の段階となる開講 2 年
目の同年度より LMS を利用した講義形態を採用してい
る.大学における情報リテラシー科目はそれぞれ大学の
方針に則り様々な形態で実施されているが[2],[3],本学
における情報リテラシー科目となる情報基礎は,開講さ
れた当初より全 1 年生を対象に同一内容の必修科目とし
て実施されてきた.開講初年度となる 2002 年度は Web
サーバ上にて電子テキストを配信し,受講生は各週のテ
キストを Web ブラウザで閲覧しながらその週の演習を
進めるという対面講義の形態をとっていた.2003 年度に
は全学 LMS として WebCT CE4 が導入され,情報基礎で
はこれを利用してeラーニングを採用した対面講義の実
施体制を整えた.
それから2013年度までの間に全学LMS
はバージョンアップや名称変更等を受けながらも,同一
系統の商用 LMS が一貫して採用されており,2013 年度
の段階で Blackboard Learning System CE6 へと更新される
に至った.この間,情報基礎もバージョンアップに伴う
利用環境の変化に追随しながらこの全学 LMS 上でコン
テンツが整備され,対面による講義が実施されてきた.
本学の全学LMS は2015年度よりそれまでの商用LMS
からオープンソース LMS として知られる Moodle[4]へと
システムが大きく変更されることとなった.それまで採
用されてきたバージョンの商用 LMS のサポート終了,
また,その LMS のバージョンアップに伴うコンテンツ
移行の困難さや運用コスト等を総合的に考慮してのシス
テム変更となったと考えられる.2015 年度からのオー
プンソース LMS 本格運用に備えて,2014 年度は全学
LMS の移行期間と位置づけられ,商用 LMS 及びオー
プンソース LMS の両 LMS が全学 LMS として並行運用
される期間となった.商用の全学 LMS が運用終了とな
るまで 1 年を残した 2014 年度より,
情報基礎ではその講
義の実施基盤をオープンソース LMS へと移行すること
とした.これは情報基礎で LMS を利用した講義形態を
採用して以来の大きな変更となった.表 1 に情報基礎と
全学 LMS のこれまでの経緯を示す.
本学にはeラーニングを利用した情報教育科目である
情報基礎に加えて,本学 2 年生のおよそ 1/2~2/3 に相当
する受講生を抱える情報教育科目の「情報処理概論」も
開講されている[5].いずれも総合情報統括センター(旧
総合情報基盤センター)が実施主体として開講された科
目であり,全学 LMS を用いてeラーニングを利用した
科目であるという共通点を持つ.
しかしながら,演習が主体の対面講義形態で実施され
る情報基礎に対して,情報処理概論は完全eラーニング
科目として実施される点が大きく異なる.また,情報処
理概論では学期末に期末試験を実施していることも情報
基礎とは異なる点である.この期末試験は全学 LMS を
利用して PC 実習室にて実施される一斉オンラインテス
- 69 -
表 1.情報基礎 A・B と熊本大学全学 LMS の経緯
年度
情報基礎A・Bと全学LMS
2002
情報基礎A・BはWebサーバで電子テキ
ストを配信(全学LMSの運用はなし)
情報基礎A・Bは全学LMS WebCTを利
用してeラーニングを採用した対面講義
2003
形式に(全学LMSとしてWebCTを運用
開始)
全学LMSの全面移行を前に,情報基礎
A・Bは次期全学LMS Moodleを利用し
2014
て実施(全学LMSとしてBlackboard
Learning Systemも並行運用)
前年度と同様,情報基礎A・Bは全学
LMS Moodleを利用して実施(全学LMS
2015
はMoodleへ全面移行し,Blackboard
Learning Systemは運用停止)
トで,全学 LMS の変更はこの試験の実施体制にも大き
な影響を及ぼす.
当総合情報統括センターが実施主体となり開講される
情報基礎及び情報処理概論はそれぞれ約 1800 名並びに
約 900~1100 名の学生が受講する全学規模の情報教育科
目で,全学 LMS を用いてそれぞれ 2003 年度並びに 2004
年度より 2013 年度まで実施されてきた実績を持つ科目
である.この間継続的に利用されて実績のある商用 LMS
に対して,
本稿では全学 LMS として採用されたオープン
ソース LMS である Moodle を利用して 2014 年度に実施
された全学規模情報教育のコンテンツ移行並びにその実
施について報告する.新規のオープンソース LMS へと
全学 LMS が変更された状況においても,両科目とも従
来と同様の講義形態にて大きな障害もなく実施できるこ
とを報告するとともにその考察を行う.
2. 全学 LMS 及び全学規模情報教育科目の
概要
2.1. 全学 LMS
本学において全学で共用する全学 LMS は,2003 年度
に導入された商用LMS であるWebCT CE4 が端緒となる.
その導入以降,同システムのバージョンアップや製品名
変更を経て,2013 年度には Blackboard Learning System
CE6 へと更新されており,この間同一系統の LMS が採
用されてきた.
このシステムは 2014 年度末に運用を停止
し,2015 年度からはオープンソース LMS である Moodle
が新全学 LMS として本格運用されている.2014 年度は
全学 LMS の移行期間として,旧 LMS である商用 LMS
と新 LMS となるオープンソース LMS が並行運用される
期間となった.2014 年度の時点では Moodle 2.5 が全学
LMS として運用された(2015 年度の時点では Moodle
2.7)
.全学 LMS には本学の学務情報システム(SOSEKI)
にて開講された全科目が各受講生とともに登録されてい
る.全学 LMS を用いて全学規模で実施される科目とし
ては,当総合情報統括センターが実施主体となる情報教
育科目の情報基礎 A・B 及び情報処理概論の他にも,他
教育集団により実施されるベーシック科目やCALL 科目
等が開講されている.
2.2. 情報基礎 A・B
情報基礎 A・B は,それぞれ 1 年前期及び 1 年後期に
開講される必修科目で,本学における情報リテラシー科
目である.情報基礎は全学部の 1 年生を対象に開講され
ており,毎年約 1800 名の受講生を持つ科目で,概ね 13
名程度の教員により毎年度実施されてきた.2003 年度よ
り全学 LMS によるeラーニングを利用して対面講義の
形態で実施されている演習主体の科目である.本学にお
けるこの取り組みは,
「学習と社会に扉を開く全学共通情
報基礎教育」
として平成 16 年度特色ある大学教育支援プ
ログラム(特色 GP)にも採択されている.
情報基礎における LMS の主な利用法は,テキストの
配信,補助的な出席登録,課題の提出及び確認テストの
実施で利用される.
z 講義時間以外にも,オープンなオンラインテストで
ある確認テストを受験するため受講生は実施中の
テストに取り組む.
z テキストは情報基礎担当教員により執筆されたも
ので,毎年度加筆修正され内容の更新が行われてお
り,その週のテキストが順次公開される.
z 出席及び課題は各講義時間中に受付時間を設定し
ており,その時間中の登録及び提出のみを受け付け
ている.
z 確認テストは約 1 週間の実施期間を設け,その期間
中であれば受講生はランダムに出題される問題を
何回でも受験でき,その間の最高点がその評価とし
て採用される.
2014 年度情報基礎 A 及び B の各回テーマをそれぞれ
表 2 及び表 3 に示す.
2.3. 情報処理概論
情報処理概論は 2 年後期に開講される必修科目(一部
の学部では選択科目)で,情報基礎の次段階となる位置
付けの情報教育科目である.本学 2 年生のおよそ 1/2~
- 70 -
表 2.情報基礎 A(2014 年度)各回テーマ
回
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
テーマ
「情報基礎A,B」概要及びSOSEKI
による履修登録
統合認証用パスワード変更と熊本
大学ポータル及びSOSEKIによる
履修登録
情報倫理(1)及び電子メール
ファイル操作の基本と情報検索
著作権およびワードプロセッサ
レポートと情報倫理
ペイント
ドロー
スプレッドシートの基礎
スプレッドシートの発展
プレゼンテーション
作品課題の作成
インターネットの基礎知識
ファイルの参照とWebページ作成
の基本
情報基礎Aの振り返り
表 3.情報基礎 B(2014 年度)各回テーマ
回
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
テーマ
Webページ作成の概略
HTML入門
Webページのスタイル設定入門
CSSボックスの配置並びに文字飾り
Flashアニメーション入門
プログラミング入門
対話処理プログラム入門
応用プログラムの作成
Webサイトの公開
作品課題の作成
SNS
アプリケーションの利用及び情報セ
キュリティ
Webサーバを作る
電子メールの暗号化
情報基礎AおよびBの振り返り
表 4.情報処理概論(2014 年度)各回テーマ
回
1
2
3
4
5
6
7
テーマ
基礎理論
コンピュータシステム1
コンピュータシステム2
技術要素1
技術要素2
技術要素3
法務
2/3 に相当する複数学部で構成された約 900~1100 名の
受講生を持つ科目で,概ね 9 名程度の教員により毎年度
実施されてきた.2004 年度より全学 LMS を利用して完
全eラーニング形態で実施されている情報教育科目であ
る.
z 毎週順次公開されるオープンなオンラインテスト
である確認テストの受験により学習を進める形態
を採用している.
z 確認テストのフィードバックではカバーしきれな
い学習内容に関しては市販の書籍または電子テキ
ストを併用することで受講生は理解を深め,さらに
質問がある場合には毎週実施される対面での学習
相談会やメールにより受け付ける体制がとられて
いる.
z 各確認テストは毎回ランダムに出題され,実施期間
中に受験した最高点が評価として採用される.
z 学期末には PC 実習室にて開かれる一斉オンライン
テストにより期末試験が実施される.この期末試験
は試験中の利用者確認も行われる厳格なオンラ
インテストで,受講生を数グループに分割し数回に
分けてグループごとに全学 LMS 及び実習室の PC
を用いて実施される.
2014 年度情報処理概論の各回テーマを表 4 に示す.
3. オープンソース LMS を利用した 2014
年度情報教育科目の講義実施
3.1. 情報基礎におけるコンテンツ移行
情報基礎では Web サーバにて配信を行っていた開講
当初より,テキストを HTML ファイルで作成した電子テ
キストとして受講生に提供してきた.受講生が Web ブラ
ウザでそのテキストを閲覧しながら PC 実習室において
演習を行うという講義形態は 2015 年度の現在まで一貫
して採用されている.
講義の実施に全学 Web が採用されるようになっても,
テキストは同科目担当教員により執筆及び改訂が行われ
ており,HTML 及び CSS を利用して共通の書式を適用し
たWebページとして提供されている.
Blackboard Learning
System 及び WebCT を利用した旧全学 LMS 上では,ツ
リー状のフォルダ構造を活用して各週テキストの関連フ
ァイルが系統的に格納されている.
Moodle を利用した新全学 LMS へこのテキストを展開
するにあたり,旧ページを簡潔に Moodle のページとし
て実装する方法を試みた.しかしながら,ページ全体の
単純なコピー&ペーストやコードレベルでのコピーでは
CSS が適用されなくなることもあり,移行が困難であっ
- 71 -
た.テキストの中には CSS に依存したスタイルが適用さ
れない場合に著しく表示がくずれる箇所も含まれるため,
コース全体のテキストを移行する方法としてこれらは妥
当ではないと判断した.そこで,元の体裁をできるだけ
保ったまま旧ページを簡潔に移行する方法として情報基
礎ではブックモジュールを採用した.
ブックモジュールでは1 つのHTML ファイルを1 つの
章としてインポート可能なため,
旧テキストにおける
(フ
ォルダを含めた)1 週分の関連ファイル一式を一括して
ZIP ファイルとしてアーカイブし,それを 1 つのブック
としてインポートを行った.章としてインポートされた
各ページは旧 LMS と同様ページ順序の入れ替えやその
表示・非表示を選択可能であるため,旧 LMS と同様の
テキスト閲覧環境を整えることが可能となった.ページ
への CSS スタイル適用に関しては概ね旧ページのスタ
イルが再現されているが,旧ページのスタイルと顕著に
異なる箇所としては,表における枠線の消失が確認され
ている.また,文法的な誤りが含まれた HTML ファイル
をインポートした場合に,そのブックモジュールの目次
が表示されなくなることが判明している.
移行の困難が予想されたテキストに関しては,以上の
ようにブックモジュールへ関連ファイルを個別にイン
ポートすることで作成を行った.出席及び課題に関して
は,それぞれ小テスト及び課題を用いて新規状態から
テンプレートを作成した後,複製機能の利用と個別修正
での作成となった.小テストに関しては,その問題の変
換協力を本学eラーニング推進機構へ依頼した.問題の
多くを占める選択形式の問題に関しては Moodle 形式へ
の適切な変換を得られたが,それ以外の問題形式に関し
ては問題変換では対応できず新規状態から作成を行った.
3.2. 情報基礎における講義の実施
情報基礎では対面講義の形態をとっており,講義時間
内の出席登録を受け付けている.出席は講義開始後 20
分間のみ登録可能としている.また,講義終了前の 30
分間はその回に行った演習結果を課題として受け付ける.
この出席登録と課題提出の両方が揃った回を出席 1 回と
して取り扱っている.
情報教育科目ではこれまでより効果的な出席管理の取
り組み[6]が行われてきた.2014 年度の情報基礎では IC
学生証と Android タブレットを利用した出席登録[7]を主
とし,補助的な位置付けで新全学 LMS 上での出席登録
も受け付ける方針となった.受講生は Moodle の評定を
通して,
各回の出欠状況を各自で確認することができる.
2種類の出席登録を併用した出席管理は旧全学LMSでも
運用されてきた方法で,旧 LMS では 2 種類の出席情報
統合にグレードブックが用いられた.新 LMS でもこれ
と同様の機能を持つ評定を用いることで各計算が行われ
ている.新 LMS を用いた出席登録では旧 LMS と同様に
小テストが利用されており,各受講生が所属するクラス
に応じて登録可能な時間帯が制限されている.
3.3. 情報処理概論における期末試験の実施
情報処理概論では学期末に PC 実習室にて一斉オンラ
インテストにより期末試験を実施する[5].
z この試験では試験専用の特別なシステムは用いず
に,通常の講義に利用される PC 実習室の PC と同
様に通常の講義で利用される全学 LMS とを利用し
て実施される試験である.
z 講義期間中に実施される確認テストが実施期間中
はいつでもどこからでも受験できるオープンな
オンラインテストであるのに対して,期末試験は指
定された期日に指定された PC 実習室で受講生が受
験する厳格な一斉オンラインテストである.
z 期末試験中には受験者の確認も行われ,通常の定期
試験と同様に不正行為を予防した状態で実施され
る.
z PC 実習室定員の制約から試験は複数回にわたり実
施されるが,毎回問題はランダムに出題され,試験
中であれば複数回の受験を認めており,受験した中
で最高点が試験の評価として採用される.
旧全学 LMS を利用した期末試験において受験者は,
PC へのログインに通常の受験者個人の ID ではなく試験
専用の ID でログインし,不正行為を防止すべく試験用
にカスタム設定された Web ブラウザ(Firefox[8])を経由し
て LMS へログインし受験を行った.試験専用の ID はそ
の Web ブラウザの実行のみ許可されており,その Web
ブラウザも受験に必要な操作だけが利用できるように操
作が制限されていた.
2014 年度の情報処理概論期末試験では,従来と同様に
通常の PC 実習室の PC と新全学 LMS とを利用して試験
が実施された.
試験は各回の受験者数に応じて 4~6 名の
教員により 3~5 の PC 実習室を利用して合計 4 回実施さ
れた.試験時間は 70 分で,1 回の受験に対して 50 問の
問題がランダムに出題される.表 5 に期末試験実施体制
の詳細を示す.
PC へのログインに試験専用 ID を利用する点も変更は
ないが,その ID で唯一実行可能な Web ブラウザに関し
ては従来のカスタム設定された Firefox から Safe Exam
Browser[9]へと変更された.Firefox が通常の Web 閲覧に
利用される一般的な Web ブラウザであるのに対して,
Safe Exam Browser は試験での利用を前提により安全に
オンラインテストを実施できるように開発された Web
ブラウザである.一般的な Web ブラウザに備わる戻るボ
- 72 -
表 5.2014 年度情報処理概論期末試験の実施体制
試験回
1
2
3
4
受験者
188
238
229
121
教員
4
5
6
4
PC実習室 受験総数
3
690
4
946
5
778
3
413
タンが抑制されていたり,設定項目は多岐にわたるが,
Moodle との組み合わせでは小テストにキーを設定する
ことで同一のキーが設定された同ブラウザからのみその
小テストへの接続を制限することが可能である.試験専
用 ID ではこのキーの設定により,同 ID を利用せずに個
人 ID を利用した状態で期末試験を受験することの制限
を実現している.従来の試験では Web ブラウザに proxy
の設定を行うことで全学 LMS 以外へのネットワークア
クセスを遮断していたが,同試験実施期間に PC 実習室
で利用可能であった Safe Exam Browser 1.9.1 にはその
proxy 設定機能がなく同機能に関しては実現できなかっ
た.
4. 全学規模情報教育科目における新旧全
学 LMS に関する考察
4.1. ブックモジュールについて
情報基礎ではテキストの実装方法としてブックモジ
ュールを採用したことにより,旧ページにおいて CSS の
スタイルに依存した表示の不具合修正に要するコストを
大幅に削減することができた.また,各週単位でまとま
ったファイル群を一括インポート可能となったため,
ページ単位で逐一移行を行うことにより生ずるその手間
も省くことができた.一方で,情報基礎のテキストは基
本的に旧全学 LMS での旧ページスタイルを保持したま
まとなっているため,Moodle 本来のページスタイルが適
用されない点は課題として残る.
テキストをブックモジュールにて実装することによる
不便な点として,ブックモジュールを跨いだモジュール
間のページ移動を行うことができないことが挙げられる.
科目全体の構成変更に伴いある週に配置されたページ
(内容)を別のモジュール(週)へ移動が必要なケース
があるが,モジュールへ既に配置されたページの移動は
モジュール内での表示順序の移動にとどまる.したがっ
て,より柔軟な構成変更が実行しにくい状況である.
旧全学 LMS ではフォルダ構成に基づくページ
(HTML
ファイル)間のリンクが可能であった.フォルダ構成や
ファイル名といったリンク情報に変更が生じない限り,
各ページ(ファイル)の入れ替えがこれらのリンクに影
響を及ぼすことはなかった.したがって,リンクを維持
したままでファイル単位の削除やアップロードを行うこ
とができた.一方,新全学 LMS ではブックモジュール
へページをインポートする度にそのページの ID が更新
されてしまう.したがって,リンク先のページにこの変
更が生じれば,それを参照するすべてのリンクについて
その変更を絶対 URI で反映させる必要が生じる.ブック
モジュールへ配置された状態でのリンク依存関係は現在
のところ参照できないため,年度更新に伴うリンク維持
作業コストの増加が予想される.
4.2. 課題について
情報基礎では集計のために提出された課題を一括して
ダウンロードする必要がある.
新全学 LMS においては,
課題として提出されたファイルの一括ダウンロード機能
を備える.ところが,これを利用して約 1800 名の受講生
に対して課題の一括ダウンロードを行うと,処理の途中
でタイムアウトしてしまいダウンロードが完遂しないこ
とが判明している.そこで,情報基礎では全受講生の課
題を一括して取得するために,課題のバックアップを活
用した方法を用いている.課題のバックアップを行うと
その課題の MBZ ファイルが作成されるが,このファイ
ルより各課題ファイルを収集することでこれを実現して
いる.
課題において旧全学 LMS に対して新全学LMS が有効
な点としては,受講生による課題のアップロードが挙げ
られる.旧 LMS においては課題のアップロード時に不
具合を生じることが散見されたが,新 LMS においてこ
のような不具合が生じる機会は極めて減少した.
め,情報基礎のような影響は生じていない.
旧 LMS に対して新 LMS における評定の活用を困難に
している点として,評定の検索機能欠如が挙げられる.
これに関しては特定の条件を満たすユーザの検索や絞り
込みに対して非常に有用であるため,その機能が強く望
まれる.
4.4. 試験専用 ID について
旧全学 LMS を利用した期末試験では,試験専用 ID で
利用する Web ブラウザ(Firefox)に対して試験に必要な操
作のみに機能制限を行うための設定が必要であった.同
ブラウザは一般的な Web ブラウザであるためそのよう
な設定は特殊な用途となること,
また,
同ブラウザのバー
ジョンアップは頻度が高くメジャーバージョンアップだ
けでも年に数回行われるため,前年度に実現していた状
況を再現するだけでも設定に要する負担は大きかった.
一方,新全学 LMS とともに利用を開始した Safe Exam
Browser に関しては,試験での利用を前提とした設計が
なされており,試験専用 ID と Firefox との複合的な設定
により実現されていたことが,ブラウザの設定のみで済
むためその負担は確実に減少する.また,今回は実現で
きなかった proxy 設定に関しても,同ブラウザ 2.0 以降
で実装されたことが判明しており,次年度以降はその機
能を利用できると考えられる.proxy 機能を利用するこ
となく実施された 2014 年度の期末試験に関しては,
仮に
外部サイトへアクセスした際は試験を再度受験するため
に必ずブラウザの再起動が必要となり時間を要すること,
また,試験会場は複数名により監督されていることから
外部サイトへのアクセスは極めて困難な状況にあったと
考える.
4.5. 新全学 LMS について
4.3. 評定について
新全学 LMS における情報基礎の評定に関しては,表
示レスポンスが旧全学 LMS よりも悪く,表示の完了ま
でに 10 秒以上要することが常態化している.
これはコー
スに登録されたユーザ ID が(受講生に加えて教員や TA
の ID も含むため)1800 を超えること,また,各 ID に付
随する評定項目の数も(成績処理に必要な評定項目も含
めて)180 を超えることが影響していると考えられる.
これらの ID 数及び項目数はそれぞれ評定テーブルの行
及び列のサイズに相当する.評定においては表示処理の
遅延だけでなくテーブル全項目の一括ダウンロードも困
難になっており,情報基礎では評定テーブルの全容把握
が難しい状況である.もう一方の情報処理概論では,登
録ユーザ ID 数が約 900 で評定項目数も 70 程度であるた
- 73 -
新全学 LMS である Moodle を利用した情報基礎及び情
報処理概論の講義実施について考察を行う.まず,情報
基礎テキストの新全学 LMS による提供についての受講
生アンケート結果を図 1 に示す.このアンケートは 2014
年度情報基礎 A で実施されたアンケートで,設問及び回
答(選択肢)を以下に示す.
[設問 1] 情報基礎ではテキストを Moodle 上(オンラ
イン)で提供してきました.それについての
あなたのお考えをお聞かせください.
設問 1 回答(かっこ内は回答数)
a. オンラインテキストは学習しやすい
(1032)
b. オンラインと紙媒体(書籍)の両方あっ
た方が学習しやすい (210)
紙媒体(書籍)の方が学習しやすい (84)
教員の板書をノートする方が好ましく,
学習しやすい (32)
約 76%の受講生が Moodle によるオンラインテキストは
学習しやすいと回答しており,ブックモジュールを利用
したテキスト提供は受講生にとって概ね評価が高いこと
が分かる.同結果より,講義実施時のテキスト閲覧に伴
う受講生による新全学 LMS への多人数同時アクセスも,
情報基礎の講義における影響は少ないと考えられる.
次に,2014 年度情報基礎 A・B の各週課題提出状況を
表 6 に示す.表 6 において,提出者は課題を提出済みの
受講生数を,未提出者は課題の提出が未完了の受講生数
を表す.この表の未提出者には欠席等により講義中に課
題提出を行っていない受講生は含まれないため,出席し
ていたにもかかわらず課題提出の失敗等により課題が未
提出となった受講生の数は非常に少ないことが分かる.
ファイルアップロードを伴う課題の提出は,テキスト表
示以上に LMS への負荷が高くなると予想されるが,提
出処理は滞りなく行われていると考えられる.また,旧
全学 LMS では課題提出時にファイルアップロードに伴
う問題が発生することが観察されていたが,同結果より
新全学 LMS ではこの問題はほとんど生じていないと考
えられる.
表5 によると,
2014 年度情報処理概論の期末試験では,
各試験回の試験時間中に受講生 1 人当たり平均 3.41 回~
3.97 回の受験を行っていることが分かる.全試験回の平
均では 3.64 回となり,試験時間が 70 分で 1 回の受験に
つき 50 問が出題されることを考慮すると,
受講生は試験
時間中に不自由なく複数回の受験を行うことができたと
考えられる.また,情報処理概論の期末試験において,
受験端末の著しいレスポンス低下は観察されなかったが,
同結果からも受験に必要な応答性は確保されていたと考
えられる.この観点から,新全学 LMS とオンライン試
験用 Web ブラウザを組み合わせた期末試験の実施方法
は従来の実施方法と置換可能と考えられる.
以上のように,新規に導入されたオープンソース LMS
である Moodle は,全学規模情報教育科目である基礎 A・
B 並びに情報処理概論の講義を実施する全学 LMS とし
て有用であるといえる.新全学 LMS である Moodle を利
用した情報基礎及び情報処理概論の講義を実施する上で,
現状の利点並びに問題点を表 7 に示す.
c.
d.
5. まとめ
本稿では,全学 LMS として採用されたオープンソー
ス LMS である Moodle を利用して 2014 年度に実施され
- 74 -
a
b
c
d
図 1.2014 年度情報基礎 A における Moodle によるテ
キスト提供のアンケート結果(設問 1,回答数 1358)
表 6.2014 年度情報基礎 A・B における課題提出状況
週
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
情報基礎A
提出者
未提出者
課題なし
課題なし
1783
0
1734
1
1749
1
1729
0
1713
1
1732
0
1709
0
1653
0
1692
0
1681
0
1625
0
1573
0
1510
0
情報基礎B
提出者
未提出者
1751
0
1744
1
1724
0
1664
0
1687
0
1670
0
1673
0
1646
0
1655
0
1651
0
1643
0
1645
0
1603
0
1562
0
1482
1
表 7.情報基礎 A・B 及び情報処理概論講義実施上の
Moodle における利点・問題点
モジュール
利点
ブック
テキストの一括インポー
トが可能
CSSによるスタイル設定
が利用可能
課題
課題の提出失敗が少な
い
評定
計算式のコピーが容易
問題点
スタイル設定を行うと,
Moodle本来のスタイル
が適用されない
ページ間リンクの作成
に手間がかかる
受講生多数の場合,課
題の一括ダウンロードが
困難
表示レスポンスが悪い
受講生多数の場合,評
定項目の一括ダウン
ロードが困難
検索機能の欠如
た全学規模情報教育のコンテンツ移行並びにその実施に
ついて報告し考察を行った.
それぞれ約 1800 名または約
900 名の受講者を持つ各eラーニングのコースにおいて
も,従来の商用 LMS と同様の講義を大きな障害もなく
実施することができた.また,期末試験として試験会場
にて実施される一斉オンラインテストに関しても,従来
の商用 LMS と同様にオープンソース LMS が利用可能で
あるという実績を得た.
6. 参考文献
[1] 中野裕司,杉谷賢一,入口紀男,喜多敏博,松葉龍
一,右田雅裕,武藏泰雄,太田泰史,合林亨,辻一
隆,島本勝,木田健,宇佐川毅: 全学共通情報基礎
教育におけるオンライン繰返しテストの学習効果,
第 3 回 WebCT 研究会予稿集,pp.71-76 (2005).
[2] 佐々木正人,石黒克也,斎藤卓也,豊永昌彦: 大学
導入教育としての情報教育の実践,学術情報処理研
究誌,No.16,pp.174-177 (2012).
[3] 佐藤正英,森祥寛,松本豊司: 金沢大学での共通教
育における情報教育と必携 PC の活用,学術情報処理
研究誌,No.15,pp.180-184 (2011).
[4] Moodle,https://moodle.org/.
[5] 右田雅裕,杉谷賢一,松葉龍一,中野裕司,喜多敏
博,入口紀男,武藏泰雄,辻一隆,島本勝,木田健,
宇佐川毅: LMS を用いた学期末試験としての一斉
オンラインテスト,学術情報処理研究誌,No.11,
pp.14-22 (2007).
[6] 久保田真一郎,杉谷賢一,武藏泰雄,中野裕司,永
井孝幸,入口紀男,右田雅裕,喜多敏博,松葉龍一,
辻一隆,島本勝,木田健,宇佐川毅: パソコン実習
室型講義におけるプレゼンスタイプ出席管理システ
ムの構築とその評価,学術情報処理研究誌,No.13,
pp.24-31 (2009).
[7] 永井孝幸,松葉龍一,久保田真一郎,喜多敏博,北
村士朗,右田雅裕,武藏泰雄,杉谷賢一,戸田真志,
中野裕司: Android タブレットを用いた FCF キャン
パスカード対応 IC カードリーダのオープンな実装
と LMS 連携による出席管理の実現,学術情報処理研
究誌,No.17,pp.67-76 (2013).
[8] Firefox,https://mozilla.org/firefox/.
[9] Safe Exam Browser,http://www.safeexambrowser.org/.
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