音楽を使った「なわとび運動」の意義 U12B135A 藤塚 律子 Abstract The purpose of this paper is to clarify the significance of "rope skipping with the music." First, the author examined the problem of ideas about "Physical Fitness" on Japanese course of study. Then the author tried to consider the possibility for fusion of the "exercises to create various movements" and "exercises for releasing the body and mind." Finally, to compare with simple "rope skipping" and "rope skipping with the music," the author practiced 6 periods of PE classes of each other and analyzed the effects of both ones. The result was as follows. The significance of "rope skipping with the music" were: (1) generation of the share of "Nori" by ridding the rhythm of the music, (2) making deep the relation with the self, others and things by ridding the rhythm. The results suggest that "rope skipping with the music" is effective the acceleration of "feelings of moving" leading to rhythmic movements. Ⅰ.諸 言 -問題の所在 - ここ数年来,子どもを取り巻く環境の変化により, 心身の発達に大きな問題が生じている。三木(2005) は,自分の体のことが分かり,相手の体や気持ちが Ⅱ.研究の手順 本研究は,文献研究と比較授業よる事例研究の二 つを中核とする,三つの章立てで構成している。 最初に,学習指導要領および先行研究の概観から, 分かりあえる人間関係,仲間と共に楽しめる身体活 「体つくり運動」領域の捉え方と問題点について批 動の重要性を指摘している。実際に,筆者が担任し 判的に検討した。 ている学級においても,体育授業だけでなく休み時 次に, 「体ほぐしの運動」と「多様な動きをつくる 間の遊びの中でも仲間とのかかわりに困り感を抱え 運動」の融合の可能性について吟味した。そこでは, る児童が多くなったと感じる。 「音楽にのる」という視点から, 「新しい体育観」に このような現状において,小学校の体育授業が果 もとづいた音楽の役割を明らかにした。また,音楽 たす役割は大きい。平成 23 年に完全実施となった学 による身体の同調現象から「ノリの共有」について 習指導要領では,体育科の目標の一つに「心と体の 考察した。さらに, 「リズム」と「拍子」の相違を読 一体化」を掲げ,運動の楽しみや体力づくりを中心 み解き,体育における「リズム」の意味を追求した。 にしてきた従来の学習に加えて,豊かな人間性の育 そして,最後に「なわとび運動」と「音楽を使っ 成にねらいをおくことが明示された。この教育課題 たなわとび運動」の比較授業をおこない,アンケー に応じるように,従来の「体つくり運動」領域に「体 ト調査結果および記述による概観から,両方の効果 ほぐしの運動」が新設されている。しかし,何を学 について分析した。 ぶのか明確なねらいが持てないばかりか,その評価 Ⅲ.文献研究 に困難さがともない学校現場ではその意義がなかな 1.「体つくり運動」の捉え方と問題点 か認められない。 そこで,筆者は「体ほぐしの運動」と「多様な動き をつくる運動」における,それぞれの運動特性が互い 心の問題を含んだ身体活動の在り方が社会問題と なった経緯から, 「体つくり運動」領域は小学校学習 指導要領において以下のように示されている。 に融合する可能性を探求し,教材開発をおこなった。 本研究では,両者を融合させた教材として『音楽 を使った「なわとび運動」』を開発し,その意義を明 らかにすることを目的としている。 表1 学習指導要領に示される「体つくり運動」領域 社会の要請に応じて新設された「体ほぐしの運動」 (2) 表現運動からアプローチする「体つくり運動」 は,運動機能の特性から考えても,従来の競争原理 融合を図るためのアプローチ方法である「音楽を や到達目標にしばられない新しい体育観として注目 使ったなわとび運動」は,表現運動を切り口として が集まった。しかし,実際の学校現場では多様な指 いる。吉田(1996)によると,体育と他教科との違い 導方法が存在することや評価の難しさから,異質な は「自分の身体の特性に気づかせ,動きのプロセス 印象を与え,一種のブームは過ぎ去った傾向にある。 の中で自分の身体と対話し,さらに他者の身体とも 一方,「多様な動きをつくる運動(遊び)」につい 対話できる世界がある」と述べている。また,K.マ ては,体力低下が指摘される今日では,体力向上を イネルらによる運動モルフォルギーでは,<形なき 支える学習内容として重視されている。さらに,生 ものにかたちを見る>運動ゲシュタルトの認識とそ 涯にわたって運動に親しむ子どもの育成を目指し, れらを見る眼,つまり<動きの共感>が重要である 義務教育9年間の長いスパンで重点的に取り組まれ と主張している。以上のことから,表現運動を活用 ている。 した「音楽を使ったなわとび運動」を,教材として 2.「体ほぐしの運動」と「多様な動きをつくる運動」 提案することにした。 における融合の可能性 (1) 新しい体育観 -関係論に立つ体育学習- 本研究は「音楽にのる」ということを大切にして いる。体育と音楽の関係について,浦田(2001)は「一 「体ほぐしの運動」と「多様な動きをつくる運動」 体感」として捉えている。また, 「自己・他者・モノ」 の融合を試みるには,従来の「分かる・できる」を の間に流れる関係の中で,体育の「世界」に入り込 中心とした体育観ではその可能性は乏しい。松田 むスイッチの役割を果たしていると述べている。さ (2001)は,体育の内容を「体の動き」や「技能」と らに,岩田(2007)は「ノリの共有」を主張し,ノリ して捉えず, 「一つの固有なおもしろい世界」として を以下のように定義している。 捉え直すことを提唱している。また, 「運動を楽しむ」 ということは他者とかかわることでもあると主張し, 「かかわり」が生れるから単なる「運動」が遊びの 性格を持ったおもしろい運動へと創られていくと記 【岩田による「ノリ」の定義】 ノリとは、関係的存在としての身体による行動の基底にある リズムおよびその顕在の程度、すなわちリズム感、または身体 と世界との関係から生み出される調子、気分のことである。 述している。 以上のことから,松田による新しい体育観とは, そして, 「音楽のノリに身体が共振する(ノル)こ 図1に示すように「私」「他者」「モノ」が従来のよ と」であると述べている。音楽のノリに身体が共振 うに独立して存在するのはなく,それらがホリステ する(ノル)ことは,やがて音楽を介して自分へ, ィックなかかわりをもった「世界」と捉えている。 そして,友だち(他者)へ,さらには動きそのもの このように運動を捉えると,「分かる・できる」 に対して共鳴し「身体の同調」が生成される。つま の学習に困り感を抱える「体ほぐしの運動」や「多 り,このことが音楽によって誘発される「一体感」 様な動きをつくる運動(遊び) 」でも,学習内容の融 だと考えられる。しかし,そこには「自己・他者・ 合を示唆することができると考える。 モノ」による関係論の立場に立つ体育の生成が必要 であり, 「教師-子どもの関係」の重要性を忘れては ならない。 ノリによって身体的同調が生れ「一体感」が得ら れるのは,音楽に「リズム」があるからである。L. クラーゲス(1971)は, 「リズム」を生命現象として捉 図1 従来の運動のとらえ方と「世界」としての運動のとらえ方 え, 「拍子」と「リズム」の相違を論証している。そ 2.比較授業の方法 の主張によると,時計の音を例示した「拍子」は, (1) 日時・対象 意識的精神作業の所産であるが, 「リズム」は波紋を A群:なわとび運動 例示し,無意識的生命現象であると記述している。 平成 25 年 11 月 26 日~12 月 また, 「拍子は反復し,リズムは更新する」とも表現 B群:音楽を使ったなわとび運動 している。さらに, 「拍子」と「リズム」は本質的に 異なる発生源をもつ一方,両者は人間の中では融合 5日 平成 25 年 12 月 11 日~12 月 20 日 対象: N市T小学校 しうると論を発展させている。 第 3 年 1 組児童 21 名 (男子 10 名,女子 11 名) 以上のことから,運動にはリズムの典型的な表出 があり,人間はそこに「生命のリズム」を重ね,心 (2) アンケート調査・分析について 比較授業では, 「かかわり」 「技能」 「身体表現」 「関 心・意欲・態度」に関わる 12 の質問項目について から共鳴し身体に表出すると考える。 アンケート調査をおこなった。質問項目については, 時 Ⅳ.比較授業 4段階尺度による多項目選答形式による質問紙を用 1.比較授業の単元計画 いた。さらに,授業後に,各単元学習についての感 A群:なわとび運動 想を自由に記述させた。 見通し 1 ねらい① ねらい② 「自分がもっている力で楽しむこと」 「仲間と一緒に工夫して楽しむこと」 2 オリエン 3 4 まとめ 5 ○準備運動 6 なわとび選手権 *みんなで楽しくなわとび運動をする。 ・なわとび ○選択制なわとび について ・ビュンビュンなわとびタイム(演技づくり) ・なわとび選手権 ・チーム対抗 リーグ戦 *単技を練習する。 について ○ビュンビュンなわとび 選手権 アンケート① なわとびカード アンケート② なわとびカード アンケート③ なわとびカード アンケート④ なわとびカード アンケート⑤ なわとびカード (技にチャレンジ!) (技にチャレンジ!) (得点ゲット!) 子どもの変容 図2 アンケート⑥ 子どもの変容 見 通し 1 なわとび運動単元の学習計画 オリエン ね らい① ね らい② 「仲間と一緒に工夫して楽しむこと」 3 4 6 ○のりのり ミュージック *みんなで楽しくなわとび運動をする。 なわとび ○動きづくり(個人編・グループ編) 「あまちゃん」 ・のりのりミュージックなわとびタイム 学 習 内 容 ま とめ 5 ○準備運動 テーション ・みんなでジャンプ(なわとびリレー、ペアとび、グループとび) ・音楽について 【かかわり】 1/6 h 12 11 6/6 h 10 9 8 5/6 h ・ミュージック ・Aメロの動きづくり <「とぶ」を中心に> なわとびについて ・Bメロの動きづくり <「まわす」を中心に> ・技の組み合わせ ・技の挑戦 図4 ○ミニ発表(ペア編・グループ編) アンケート② なわとびカード なわとびカード なわとびカード なわとびカード なわとびカード (動きづくり) (動きづくり) (動きづくり) (動きこみ) ミニ発表会 音楽を使ったなわとび運動単元の学習計画 「かかわり」における学級平均 B群は,全6時間いずれも,「自己・他者・モノ」 ・お手本発表 *音楽に合っている動きを選択し、クラス全体で共有することを楽しむ。 アンケート③ アンケート④ アンケート⑤ アンケート⑥ アンケート① 図3 3/6 h 4/6 h ・Cメロの動きづくり <「動きの組み合わせ」を中心に> ミニ発表会 2/6 h ・チーム発表会 ・ペアで発表 ・グループで発表 評 価 方 法 態度」には大きな変化は見られず,以下の項目につ いては変化があった。 子どもの変容 「自分がもっている力で楽しむこと」 2 平均点を比較した。A・B群ともに「関心・意欲・ (得点ゲット!) B群:音楽を使ったなわとび運動 時 (1) 評価観点における学級平均の比較 「関心・意欲・態度」について,各単元全6時間の ・4人グループ内で得点ゲットゲーム *組み合わせ技を練習し、チームで力を合わせて競い合いを楽しむ。 評 価 方 法 3.結果と考察 4つの評価観点「かかわり」「身体表現」「技能」 ・技の解説(模範) ・ペアで得点ゲットゲーム ・技の挑戦 た資料の整理や計算には,「Exele2010」を用いた。 ○ビュンビュン テーション ・みんなでジャンプ(なわとびリレー、ペアとび、グループとび) 学 習 内 容 なお,質問紙および学習カードへの回答で得られ 発表会 とのかかわりが高かった。しかし,A・B群ともに, 2/6h は大きく平均点が下がっている。その要因は, 学習課題の把握が不足していることが考えられる。 課題提示の改善が,今後の課題となった。 【身体表現】 6/6 h 1/6 h 15 12 9 6 3 0 その中で,最も有意差がでたのは「身体表現」で ある。有意差がでると予想していた「かかわり」に 2/6 h ついては,主だった有意差は見られなかった。その 要因は,学習内容がA群「対戦」とB群「発表」で あったことが考えられる。しかし,授業後の感想を 5/6 h 3/6 h 肯定的に受け止める記述が多く見られた。 4/6 h 図5 概観すると,B群において,友だちとのかかわりを 「身体表現」における学級平均 A・B群ともに全6時間を通じて平均点は高く, Ⅴ.結 差は小さかった。ただし,B群は,毎時間安定した リズムとテンポを学習できていることが分かった。 論 本研究を通して,以下のことが明らかとなった。 1 「音楽を使ったなわとび運動」をすることで, 音楽のリズムにのるという「ノリの共有」を生成 1/6 h 12 11 10 9 8 【技能】 6/6 h 5/6 h することができる。 2/6 h 2 「音楽を使ったなわとび運動」をすることで, 自己・他者・モノとのかかわりが深化し,一体感 を味わうことができる。 3/6 h 3 「音楽を使ったなわとび運動」をすることで, リズムとテンポの指導が明確となり,リズミカル 4/6 h 図6 な動きを引き出す動感の促発に役立てることがで 「技能」における学級平均 B群から比べると,A群の平均点は低く,全6時 きる。 4 「音楽を使ったなわとび運動」をすることで, 間の中で技能向上の契機を設定することができなか 技能獲得を意識することなく,自然の流れの中で った。その要因は,学習内容の手立てを対戦にした 無意識的に動きを習得することができる。 ことにある。一方,B群は学習を重ねるごとに,平 均点は上がり,子ども自身が技能向上の実感を味わ 引用・参考文献 うことができたと言える。 1)文部科学省(2008)『小学校学習指導要領解説 (2) 「身体表現」における t 検定の結果 データにおける有意差を考察するために,4つの 評価観点「かかわり」 「身体表現」 「技能」 「関心・意 欲・態度」について t 検定をおこなった。 体育編』 pp.13-14. p.40-44. 2)高橋健夫他(2010)『新版 体育科教育学入門』 大修館書店 pp.142-156. 3)松田恵示他(2001)『かかわりを大切にした小学 校体育の 365 日』教育出版 pp.2-31. pp163. 4)金子明友(1996)『教師のための運動学-運動指導 pp.14-24. の実践理論-』大修館書店 5)岩田遵子(2007)『現代社会における「子ども文化」 成立の可能性』風間書房 6)L.クラーゲス(1971) 書房 図7 「身体表現」における t 検定 pp.28-34. pp.105-202. 『リズムの本質』 みすず pp.57-64. pp.84-140.
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