Cu を添加した Al-Mg-Zn 系鋳造合金の強度特性

平成 26 年度
修 士 論 文 要 旨
機械プロセス・エネルギー工学領域
6625032
田辺 晃弘
Cu を添加した Al-Mg-Zn 系鋳造合金の強度特性
1 緒言
現在,AC7A を母材とし Zn 添加と熱処理にて強
度特性を改善したホイール向け Al-Mg-Zn 系合金
の開発が行われている(1).ホイールは繰返荷重のか
かる部材であるが,開発材の疲労強度は従来材に
比べ劣っており(2),疲労強度向上が課題である.こ
こで合金成分である Mg は粒界強度低下因子であ
ることから(3),Mg 添加量の削減による疲労強度の
向上を検討した.Mg 添加量の減少に伴い,強度の
低下(4)や,融点の上昇(5)による鋳造性の低下が想定
される.そこで,Mg 添加量を減らした上で新たに
Cu を添加し,強度および鋳造性を維持したまま疲
労強度向上を試みた.一般的に Cu の添加は耐食性
を低下させる(6)ことが知られており,腐食環境下に
おける限界強度についても調査した.
2 理論
密度汎関数法に基づく局所密度近似と擬ポテン
シャル法を用いたプログラムパッケージ CASTEP
による第一原理計算を行った.原子核と内殻電子
の影響についてはウルトラソフト擬ポテンシャル
法(7)で表した.平面波のカットオフエネルギは 400
eV とした.交換相関項の評価には密度勾配展開法
を採用し,Perdew らにより提案(8)されている関数
系を使用した.原子配置の最適化には BFGS 構造
最適化法を用いた.k 点は Monkhorst-Pack(9)のス
ペシャルポイントで Al の慣用単位胞を基準に 12
×12×12 点とした.また,すべての計算は三次元
周期境界条件で行った.
3 解析および実験方法
3.3 供試材
AC7A(Al-4.5wt%Mg)と比較して Mg 添加量を
1.0wt%削減し,Zn を 2.5 および 3.0wt%,Cu を
1.0wt%添加した試料を,各純金属インゴットより
鋳造した.それぞれ Cu-Zn2.5 材,Cu-Zn3.0 材と
表記する.比較材として,AC7A+3.0wt%Zn(Zn3.0
材)および従来材 AC4CH を使用した.
3.4 熱処理条件の検討
Zn3.0 材における,適切な溶体化処理温度は 703
K である(11).材料設計用ソフト Thermo-Calc(12)を
用いて Al-Mg-Zn-Cu 系の四元系状態図を作成し,
Zn3.0 材と比較したところ,固相線温度において
50 K の上昇が見られた.このことより,Cu 添加
材の溶体化処理温度を 753 K,時間を 6h に設定し
た.処理後,時効硬化処理を施し T6 調質材とした.
時効硬化処理温度は 453 K とし,処理時間 t を 2, 5,
8h の 3 条件に設定した.Zn3.0 材においては既報
(13)を参考に時効硬化処理温度 453 K,処理時間 5h
とした.
3.5 引張試験
試験片は JIS Z 2201 14A 号に準拠した標点間距
離 50 mm の形状とした.油圧サーボ式疲労試験機
を用い,
引張速度 0.025 mm/s にて試験を行った.
3.6 疲労試験
油圧サーボ式疲労試験機を用い,室温大気下に
て応力比 0.1,繰返速度 10 Hz で 107 回の疲労試験
を行った.試験片寸法は引張試験と同様である.
3.7 水素発生観察
試料に引張負荷を与えた状態にて 1wt%NaCl 水
溶液に浸漬させ,試料表面からの水素発生の様子
を観察し,水素気泡の発生量を比較した.荷重条
件は無負荷および 100 MPa とした.
3.1 Cu 安定位置の検討
3.8 水素脆性試験
Al-Mg-Zn-Cu 系合金中での Cu 安定位置評価の
ため,108 個の Al 原子からなる完全結晶を模擬し
たモデルを基準とし,偏析を模擬した Mg,Zn お
よび Cu 原子を Al 原子と置換した結晶をモデル化
した.これらのモデルを構造最適化することで,
各系のエネルギを求め,安定位置を評価した.
平行部中央に V 字の円周切欠きを有する直径
3.6 mm,切欠底直径 3 mm,平行部長さ 15 mm の
ダンベル形試験片を用いた.切欠き部に腐食媒体
として 1wt%NaCl 水溶液 12h ごとに 1 ml 滴下し,
試験時間 720h の定荷重引張試験を行った.
3.2 結晶粒界の解析
結晶粒界および破壊によって生じた自由表面を
モデル化した.解析モデルは 48 個の Al 原子から
なる粒界,Mg,Zn,Cu のうち 1 つもしくは複数
からなる偏析を模擬した粒界である.これらの粒
界の割れやすさを評価するために,粒界凝集エネ
ルギ(10)の評価を行った.
4 結果および考察
4.1 Cu 安定位置
Al 完全結晶中に Mg,Zn,Cu 原子を導入し構造
最適化を行った.Cu 原子が Mg,Zn 両原子と最近
接にある場合,系のエネルギが低く安定であった.
これは,Mg,Zn,Cu が粒界付近に相を形成し偏
析するという報告(14)に一致する.
4.2 粒界凝集エネルギ
250
0.2 proof stress  0.2 [ MPa ]
いずれのモデルについても,Cu 原子が粒界に存
在する場合,粒界凝集エネルギは高い結果となっ
た.このことより,Cu を添加することで粒界強度
が向上し,粒界は割れにくくなると言える.
4.3 引張試験結果
200
150
t[h]
2
100
Fig.1
3
Weight fraction of Zn [ wt% ]
4
100
Cu-Zn3.0
Zn3.0
AC4CH
0
4
5
6
7
10
10
10
10
Number of cycles to failure N [ cycles ]
図 2 に,最大応力で表した S-N 線図を示す.図
中(→)は試験中に破断を起こさなかったことを
示す.107 回の疲労限は,AC4CH では 92 MPa,
Zn3.0 材では 70 MPa であった.一方,Cu-Zn3.0
材の疲労限は 92 MPa であった.このことより,
Mg 添加量を削減し,Cu を添加したことで疲労限
は向上した.これは,前節で述べた粒界強度の向
上の効果であると考えられる.
0 100 [ MPa ]
Cu−Zn3.0
Zn3.0
0.1
0.05
0
0
300
200
100
4.6 水素脆性試験結果
0
0
10
Fig.4
50 100 150 200 250 300 350
Time [ min ]
Hydrogen generation test results.
Nominal Stress [ MPa ]
Fig.3
S-N diagram.
0.15
2
2
Normalized area of bubbles [ m /m ]
Fig.2
4.5 水素発生観察結果
図 4 に定荷重引張試験で得られた Cu-Zn3.0 材,
Zn3.0 材および AC4CH の負荷応力と破断までの
時間との関係を示す.図中(→)は試験中に破断
を起こさなかったことを示す.Cu-Zn3.0 材,Zn3.0
材は,ともに腐食環境下で強度が低下したが,
Cu-Zn3.0 材は 236 MPa の条件で 720 h 経過後も
破断しなかった.このことより,Cu-Zn3.0 材の限
界応力は 236 MPa であり,耐食性は低下するが水
素脆化特性は AC4CH と同程度である.限界応力
が 0.2%耐力の目標値 200 MPa を超えていること
から,Cu-Zn3.0 材は腐食環境においても従来材と
同等の設計基準での使用が可能である.
8
200
4.4 疲労試験結果
図 3 に画像処理によって求めた,Cu-Zn3.0 材お
よび Zn3.0 材の水素発生に伴う気泡投影面積の時
間変化を示す.Cu-Zn3.0 材は Zn3.0 材に比べ気泡
発生量が多い.この主たる原因は,Cu 添加による
耐食性の低下と考えられる.しかし,荷重負荷時
には両材ともに気泡面積は減少しており,この減
少量は材料内部に吸蔵されたと推察される.両材
の減少量に有意な差は見られないことから,材料
中に吸蔵される量は Cu 添加の有無には影響され
ないと推察される.
2
5
𝜎0.2 with respect to Zn addition.
Maximum stress max [ MPa ]
図 1 に Cu 添加材における 0.2%耐力と Zn 添加
濃度の関係を示す.AC4CH の引張試験結果であ
る 0.2%耐力 200 MPa を目標値とし,図中に基準
線として示す.Zn 添加濃度の低い Cu-Zn2.5 材で
はいずれの条件においても目標値を満たさなかっ
た.ここで,図は省略するが,引張強さ,破断ひ
ずみに関してはいずれの試料においても AC4CH
の引張試験結果により決定した目標値 250 MPa,
8%を満たした.これらのことから,Cu-Zn3.0 材に
おいて, t = 5h にて時効硬化処理を施すことで
AC4CH の代替材とすることが可能である.以降の
試験では,この Cu-Zn3.0 T6-5h のみを試験対象と
し,試験を行った.
Cu Addtive
Cu−Zn3.0
Zn3.0
AC4CH
10
1
2
10
Time [ h ]
10
3
Hydrogen embrittlement test results.
5 結言
Al-Mg-Zn 系鋳造合金より,Mg 添加量を削減し
新たに Cu を添加したことで,粒界強度は向上した.
その結果,疲労限が向上し,AC4CH と同等の値を
示した.また,腐食環境における限界強度は
AC4CH の 0.2%耐力を超えており,腐食環境下に
おいても従来材と同等の基準で使用が可能である.
(参考文献省略)