ナトリウム貯蔵性化合物の創製とその二次電池負極への応用(PDF 1.4

総説
FB テクニカルニュース No. 71 号(2015. 11)
ナトリウム貯蔵性化合物の創製と
その二次電池負極への応用
Development of Novel Na-storage Compounds and
Their Application to Rechargeable Battery Anode
鳥取大学大学院工学研究科 化学・生物応用工学専攻 准教授 博士(工学)
薄井 洋行
Hiroyuki Usui
鳥取大学大学院工学研究科 化学・生物応用工学専攻 教授 工学博士
坂口 裕樹
Hiroki Sakaguchi
Abstract
Na-ion battery (NIB) operates by storage/extraction reactions of Na ions similarly to Li-ion battery
(LIB), while it requires a different material design from LIB due to larger ionic size of Na ions than Li
ions. With respect to LIB, we have developed various anodes of metal-, alloy-, and oxide-based
materials. Taking advantage of the knowledge about our LIB anodes, we have recently developed
Nb-doped rutile TiO 2 , SnO, Sn–P, and SiO as new NIB anode materials. In this report, we suggest
new material design from the view point of various physical properties of these anode materials.
ている。実用化を考えると希少元素を含まない活物
1 . はじめに
質の開発が望ましく、NIB の正極活物質に関しては
ナトリウムイオン電池(NIB)は、リチウムイオン
有望な候補が国内の研究者らにより既に報告されて
電池(LIB)と同様に一価のアルカリ金属イオンが電
きている。代表的な候補としては岡田らが開発し
荷移動担体となり電解質中を移動し正極・負極に
た NaFeO21)、藪内・駒場らの Nax[Fe1/2Mn1/2]O22)、
吸蔵されることで充放電を行う蓄電池である。NIB
3)
山田らの Na2Fe(SO
2
4)
3 などが挙げられる。負極活
は、資源が偏在しないナトリウムを電荷移動担体に
物質については難黒鉛化性炭素(ハードカーボン)
使用し、コバルト等の希少元素を使用せずに安全性
やスズを用いた材料の検討が行われている。特に、
の高い正極活物質を用いて構成できる特長を持つ。
駒場らは 250−300mA h g − 1 の可逆容量を示すハー
LIB に比べ大型化・低コスト化に適するため、電力
ドカーボンを負極材の第一候補と位置付け、種々の
平準化用の大型電源としての利用が大いに期待され
結着材や電解質との適応性を調査している 4)。ただ
著者略歴:
薄井 洋行(鳥取大学大学院工学研究科化学・生物応用工学専攻・准教授)
1975 年生。2003 年 9 月鹿児島大学大学院理工学研究科博士課程修了、博士(工
学)
。
2003 - 2005 年(独)産業技術総合研究所・博士研究員、2005 - 2007 年神戸大学・
研究機関研究員、2007 - 2009 年(財)電気磁気材料研究所・研究員を経て、2009
年 4 月より現職。平成 23 年度電気化学会論文賞、第 2 回新化学技術研究奨励賞
を受賞。専門分野:電気化学・固体化学・半導体工学。趣味:読書、秘境巡り。
坂口 裕樹(鳥取大学大学院工学研究科化学・生物応用工学専攻・教授)
1960 年生。1988 年 3 月大阪大学大学院工学研究科博士課程修了、工学博
士。1988 - 89 年日本学術振興会特別研究員。1989 年より大阪大学助手、
1995 年同講師、1996 年鳥取大学助教授を経て、2005 年 10 月より現職。
平成 23 年度電気化学会論文賞受賞。専門分野:無機材料化学・電気化学・
希土類化学。趣味:絵画鑑賞、読書、スキー、ゴルフ。
1
総説
ナトリウム貯蔵性化合物の創製とその二次電池負極への応用
し、正極活物質に比べ負極活物質の候補はまだ多く
応を示す黒鉛や Li4Ti5O1214)がその容量可逆率とサイ
は登場しておらず、NIB の開発においては負極材料
クル安定性の高さから LIB 負極として実用に供する
の探索が重要な課題の一つとなっている。
ものとなったように、NIB 負極においてもインサー
筆者らは、負極活物質をその反応機構により下記
ション反応系の活物質は重要な候補であると筆者ら
の 3 種類に分類するのが適当であると考える。
は考える。
i) 合金化-脱合金化反応
酸化チタン中の Ti の 3d 軌道のエネルギー準位は
(例:4Sn + 15Na + 15e ⇄ Na15Sn4)
他の遷移金属酸化物に比べ高いため、低い電極電
(P 等の非金属元素が Na を吸蔵-放出する反
位で Ti の還元・酸化反応が起こりこれにともない
応も本稿では合金化-脱合金化反応として扱
Li +や Na +の吸蔵・放出が行われる。このため酸化
う。
)
チタン系材料は有用な負極活物質になり得る。こ
+
−
コンバージョン反応
ii)
れまでにアナターゼ型 TiO215)、ブロンズ型 TiO216)、
(例:CuO + 2Na+ + 2e − ⇄ Cu + Na2O)
NaTiO217)、Na2Ti3O718)、Na2+xTi 6O1319)などが NIB 負
iii)インサーション反応
極として報告されている。ところが、ルチル型 TiO2
(例:Na2Ti6O13 +x Na +xe ⇄ Na 2+xTi6O13、0<x≦2)
の研究例は筆者らの知る限り無かった。これは、
5)
合金化-脱合金化反応を示す元素としてリン
(P)、
LIB 負極においてはアナターゼ型の方がルチル型よ
、およびアンチモン(Sb) などが挙
りも活物質に適するとされてきたためと推察する。
+
スズ(Sn)
−
6)、7)
8)
げられる。それぞれの理論容量は 2596mA h g−1、
アナターゼ型 TiO2 の結晶構造の中では三次元方向
847mA h g 、660mA h g であり、ハードカーボ
に Li + の拡散経路が存在し、c 軸に沿った一次元方
ンの可逆容量に比べ圧倒的に高い。しかしながら、
向にのみ Li + が拡散するルチル型 TiO2 に比べ Li に
Na と合金化した際の体積膨張率はそれぞれ 490%、
対する活性が高くサイクル安定性に優れると考え
520%、390% と非常に大きい。このため充放電の繰
られている。しかしながら、ルチル型の ab 面内方
り返しにより容量が急減してしまう。これらの元
向の Li +拡散係数(D Li +)は 10−14cm2 s−1 と非常に低
素を化合物化させる試みも行われており NiP39)や
いものの、c 軸方向の値(10−6cm2 s−1)はアナターゼ
Cu2Sb10)などが報告されているものの、本質的な
型のそれ(10−13−10−10cm2 s−1)に比べ格段に高い値
性能改善には未だ至っていないように見受けられ
である。筆者らはこの異方的な Li +拡散能の高さに
る。コンバージョン反応系の活物質も高い理論容量
注目した。ルチル型 TiO2 の形状を制御することで
を有する。Fe3O4
の理論容量はそれぞれ
高速での Li + 拡散を可能とする活物質が得られた
926mA h g−1 と 674mA h g−1 である。ただし、初回
ら、それは NIB 負極としても有用なものになると
サイクルの容量可逆率が低く、充放電電位プロファ
着想し、まずは LIB 用 TiO2 系負極の開発を行って
イルのヒステリシスが大きいという重要な課題を抱
きた 20)、21)。その結果、TiO2 の粒子サイズの減少に
えている。インサーション反応では母体となる活物
ともない負極性能が改善されることがわかった。特
質の結晶構造は維持されたまま格子内への Na の吸
に、粒子サイズをその結晶子サイズの 2 倍程度(約
蔵-放出が起こるため、高い理論容量は望めないも
30nm)としたときに、同程度のサイズのアナター
のの充放電時の体積変化が小さく可逆性に優れる傾
ゼ型 TiO2 を上回る LIB 負極性能を示すことを確認
向にある。ただし、黒鉛のように、従来の LIB 負極
している 21)。また、この TiO2 に対し Nb をドープす
をそのまま NIB に用いても Na + を可逆的に吸蔵-
ると高速充放電性能が飛躍的に向上することを最近
放出しないことが多い 13)。これは、電荷移動担体で
見出してきた 21)。そこで、本稿ではこの Nb ドープ
ある Na + の体積が Li + に比べ 2.4 倍も大きく、結晶
TiO(Nb-doped
TiO2)を NIB 負極に適用した結果に
2
格子内への Na の挿入が起こりにくいためと考え
ついて紹介する。また、他の反応機構に基づく活物
られている。しかしながら、Li のインサーション反
質として、筆者らが最近明らかにしてきた SnO22)、
−1
−1
と CuO
11)
12)
+
2
FB テクニカルニュース No. 71 号(2015. 11)
Sn−P23)および SiO24)の負極特性についても概説す
電極を作製できる特長を持つ。キャリアガス(He)
る。
の圧力を 4.0 × 105 Pa とし、ノズル径 0.5mm、ノズ
ルと基板との距離 10mm の条件で、チタン箔基板上
2 . ニオブをドープしたルチル型酸化チタン
(Nb-doped rutile TiO 2)
に厚さ約 14μm の Nb-doped TiO2 を製膜した。こ
れを試験極に用い、対極に Na 箔を、電解液に 1M
NaClO4/propylene carbonate(PC)を使用した 2032
負極活物質の調製にはゾル-ゲル法を用い
た
型コインセルを構築し定電流充放電試験を行った。
。この手法における TiO2 生成反応の一部は工
21)
業プロセスが確立された硫酸法と同じであるため、
測定は 30℃、電流密度 50mA g−1(0.15C )、電位幅
実用化に適用しやすい特長がある。チタンテトライ
0.005−3.000V vs. Na/Na+ の条件で実施した。
ソプロポキシドとニオブエトキシドを希塩酸に加え
これまでにルチル型 TiO2 負極の報告は無かった
た溶液を 55℃で撹拌し、得られたゾルを洗浄し大
ため、まずはドープしていない TiO2 の負極特性を
気中での 400℃の熱処理を経て活物質粉末を得た。
調べた。100−200nm の粒径を有する市販のルチル
一次粒子のサイズは 30nm 程度であった。X線回折
型 TiO2 を用いて作製した電極では充放電反応がほ
(XRD)測定の結果により、試料が単相のルチル型
とんど起こらなかったのに対し、ゾル-ゲル法によ
結晶構造を有する Ti1−xNbx O(
であるこ
2 x = 0−0.18)
り粒径・結晶子サイズを最適化したものを使用した
とを確認した。Nb の固溶限界は x = 0.06 であるこ
ところ、筆者らの期待通り 100mA h g−1 程度の可逆
とがわかった。
容量が得られることを確認した。XRD 解析の結果、
電極の作製は、筆者らの独自の蓄電池電極作製
Na +挿入(充電)により結晶性の低下をともないな
法であるガスデポジション(GD)法 25)~ 27)により実
がら結晶格子が広がり、Na +脱離(放電)を行うとこ
施した。GD 法は導電助剤や結着剤を一切用いずに
れらの変化が元に戻ることを確認した(図 1)。Na +
(b)
TiO2
Na+ insertion
0.466
Na+ extraction
0.300
a / nm
0.464
50nm
Particle size :
30nm
Crystallite size :
16nm
(c)
O
Ti
c
b
a
Ti
O
c
Ti
O
O
O
a
0.462
0.460
Ti
0.298
0.296
c
0.458
-400
Ti
O
0.302
c / nm
(a)
0.294
200
-200
0
Capacity / mA h g-1
Na+ insertion
2.4% expansion/contraction
of lattice volume
Na
Na+ extraction
a
図 1 (a)ゾル-ゲル法で調製したルチル型 TiO 2 粒子の SEM 像。
(b)充放電試験途中の XRD 解析により求めたルチル型 TiO 2 の
格子定数の変化。
(c)Na +の挿入-脱離にともなう結晶格子の変化を示した模式図。Li +よりも 2 . 4 倍大きい Na +が結晶格
子内に可逆的に吸蔵-放出されることを見出した 21)。
Fig. 1 (a) SEM image of rutile TiO 2 synthesized by a sol−gel method. (b) Changes in lattice parameters of rutile TiO 2 during the
first charge–discharge cycle 21 ). (c) Schematic configuration of TiO 2 crystal structure during Na-insertion/extraction.
3
総説
ナトリウム貯蔵性化合物の創製とその二次電池負極への応用
挿入により c 軸長はほぼ変化しないのに対し、a 軸
放電性能を与えた c 軸方向へのイオン拡散経路は
長のみが増大する異方的な格子の変形が起こるこ
Na +に対しても利用できることを新たに見出すこと
とを明らかにした。この結果より、格子中の Na +
ができた。
吸蔵サイトは、Li の場合と同様に、頂点共有する
この TiO2 に対し Nb をドープした活物質の評価
TiO6 八面体で形成される空間であると考えられる
を行った。Nb のドープにより放電容量が増加した
(図 2)
。このサイトは c 軸方向に沿って連なるため、
(図 3(a))。活物質の圧粉体の電気抵抗率測定によ
Na はこのサイト間の移動により拡散可能である。
り、Nb をドープすることで電子伝導性が 1000 倍以
このように、LIB 負極において極めて優れた高速充
上にも高まることを確認した。したがって、充放電
+
+
容量の増加は電子伝導性の向上によるものと推測で
きる。Nb 量 x が 0.06 の活物質からなる電極は 50 サ
TiO6 octahedron
イクル後でも 160mA h g−1 の容量を維持し、導電性
Ti
Ti
Ti
Ti
Na site
Na
質層は導電助剤を一切含まない厚さ 14μm の厚膜で
あるにもかかわらず、このような性能を達成できた
Ti
c
b
図 2
上回る性能を示した。筆者らが評価した電極の活物
Unit cell
of TiO2
Nb
Ti
Ti
カーボンを使用したアナターゼ型 TiO2 負極 15)をも
ことは注目に値する。Nb のドープは高速充放電特
a
性の改善にも効果を示し、x = 0.06 の電極において
3.0 C のレートで 90mA h g−1 の容量が得られた(図 3
Na を吸蔵するルチル型 TiO 2 の構造。Li の場合と
同じく、TiO 6 八面体の隙間に Na + が吸蔵されると
考えられる。Na +の挿入により結晶格子は ab 面内方
向に強い歪みを受けるため、TiO 2 の a 軸長と b 軸長
が増大する 21)。
Fig. 2 Possible occupation sites of Na in Nb-doped rutile
TiO 2 structure. Na occupies an octahedral oxygencoordinated interstitial site. The Na+ insertion results
in strong distortion of lattice along ab in-plane
direction, leading to the anisotropic lattice
expansion 21 ). Nb atoms randomly substitute for Ti
atoms.
+
+
(b))。
LIB 負極としても x = 0.06 の電極が最も良い性能
を示すことを確認している。この電極の NIB およ
び LIB 負極としての性能を図 4 に示す。市販のルチ
ル型 TiO2 のみ粒子サイズが大きく、それ以外では
それぞれの粒子サイズは同程度(約 30nm)である。
まず注目したい事項は、LIB 負極としては Nb ドー
(a)
(b)
Ti1-xNbxO2
x = 0.06
150
0.11
100
0.18
0.03
0
Anatase TiO2/carbon
(S. Passerini et al., J. Power
Sources, 251 (2014) 379)
50
0.15 C (50 mA g )
-1
0
0
10
20
30
40
0.06C
200
Discharge capacity / mA h g-1
Discharge capacity / mA h g-1
200
1.5C
3.0C
0.15C
1C = 0.335 A g-1
150
x = 0.06
100
50
0
50
0.3C
x = 0.03
x=0
Ti1-xNbxO2
0
10
20
Cycle number
Cycle number
図 3
導電助剤を使用せずに作製した厚さ約 14 µm の Nb-doped TiO 2 電極の
(a)
充放電サイクル性能と
(b)
レート性能。
Nb のドー
プにより活物質の電子伝導性が 1000 倍以上に増大し、これにともない放電容量が増加した。x = 0 . 06 の電極では性能が
最も向上し、導電助剤を使用したアナターゼ型 TiO 2 電極 15)をも上回る性能が得られた。レート性能試験においても、
x = 0 . 06 の電極が最も良い特性を示した。
Fig. 3 (a) Cycling performances of the rutile Ti 1 −xNbxO 2 thick-film electrodes cycled at 50 mA g− 1 ( 0 . 15 C ). (b) Rate capability of
the Ti 1 −xNbxO 2 electrodes under various rates from 20 mA g− 1 ( 0 . 06 C ) to 1 . 0 A g− 1 ( 3 . 0 C ).
4
FB テクニカルニュース No. 71 号(2015. 11)
プなしのアナターゼ相よりもルチル相の方が高容量
降はこの Sn が Li との合金化反応を示す。Li2O の形
を示したにもかかわらず、NIB 負極ではそうでない
成は不可逆反応であり、これが Sn の体積変化で生
点である。この結果から、LIB 負極としてのルチル
じる応力を緩和するマトリックスとして機能する
型 TiO2 はその c 軸方向の高い Li 拡散能のため粒子
ことで Sn 単体の負極で見られる容量衰退が改善さ
サイズの減少にともない性能が向上するが、NIB 負
れることが知られている。このメカニズムは Na 吸
極に適用した場合には Na が Li よりもイオンサイ
蔵-放出反応においても成り立つものと考え、SnO
ズが大きく拡散しづらいため三次元的な拡散が可能
の NIB 負極への適用を行った。GD 法で作製した
なアナターゼ型 TiO2 に劣る性能しか示さなかった
SnO 電極は PC 電解液中において 20 サイクル後でも
ものと考えられる。これに加えて、ルチル相の NIB
260mA h g−1 の高い容量を維持し、Sn 負極の性能を
負極性能は Nb ドープにより大幅に向上したが、ア
大きく上回った 22)。これは、期待通り初回充電過
ナターゼ相では全く改善されなかったことにも注目
程において形成された Na2O が Sn の膨張-収縮時に
すべきである。Ti よりもイオンサイズが大きい Nb
発生する応力を緩和したためと考えられる。しかし
のドープによりルチル型 TiO2 の Na +の拡散チャン
ながら、サイクル経過にともない容量が激しく減少
ネルサイズがわずかではあるが増大していること
し、50 サイクル後ではその容量をほとんど失った。
を構造解析により確認した。したがって、Nb-doped
これに対し、フルオロエチレンカーボネート(FEC)
TiO2 では電子伝導性の改善だけでなく格子中の
を添加剤として電解液に加えた場合ではサイクル
チャンネルサイズの増大により Na + の拡散能も向
性能が顕著に改善され、50 サイクル後においても
上したことで、充放電容量の増加と高速充放電性能
250mA h g−1 の高い放電容量を達成できた。これ
の改善が達成されたものと推測できる。
は、初期サイクルでの FEC の分解により負極表面
+
+
+
に形成された Na2CO3 が PC の継続的な還元分解を
抑制することで 30)、活物質の利用率の低下を防げた
3 . 酸化スズ
(SnO)とリン化スズ
(Sn − P)
ためと考えられる。
SnO を LIB 負極に適用した際には第 1 回目の Li 挿
Na を吸蔵する元素同士の化合物である Sn−P の
入過程で SnO が Li2O と単体の Sn に分相し、それ以
負極特性の調査も行っている 23)。メカニカルアロ
(a) NIB anode
(b) LIB anode
0.5C
Nb-doped rutile
200
Anatase
150
Nb-doped anatase
100
Rutile
50
0
Commercial rutile
Nb amount: 6 at.%
0
10
20
Discharge capacity / mA h g-1
Discharge capacity / mA h g-1
0.15C
Cycle number
20C
50C
Nb-doped rutile
Li4Ti5O12
200
Tarascon et al., Chem.
Mater., 20 (2010) 2857.
150
100
Nb-doped
anatase
Rutile
Anatase
50
0
0
30
5C
Graphite
Maier et al., Adv. Funct.
Mater., 17 (2007) 1873.
Nb amount: 6 at.%
10
20
30
40
Cycle number
図 4 ゾル-ゲル法で合成したルチル型の Nb-doped TiO 2 およびドープなしの TiO 2 を用いた電極の性能:
(a)NIB 負極としてのサイクル特性と(b)LIB 負極としてのレート特性。
比較のため、アナターゼ型の Nb-doped TiO 2 とドー
プなしの TiO 2 の結果も示す。LIB 負極としてのルチル型 Nb-doped TiO 2 では実用化された材料である Graphite 28)や
Li 4 Ti 5 O 1229)を上回る高速充放電性能が得られた。
Fig. 4 Electrode performances of thick-film electrodes consisting of Ti 1 −xNbxO 2 with rutile and anatase structure as (a) Na-ion
battery anode and (b) Li-ion battery anode. For comparison, the figures show results for thick-film electrodes of
commercial rutile and anatase TiO 2 .
5
総説
ナトリウム貯蔵性化合物の創製とその二次電池負極への応用
100
イ ン グ 法 に よ り Sn と P か ら な る 化 合 物 の 調 製 を
Capacity retention (%)
試みたところ、Sn4P3 と SnP3 が単一相として得ら
れた。そこで GD 法によりこれらを電極化し Na 吸
蔵-放出特性を調べた。Sn 単独および P 単独の電
極と比較して、Sn4P3 の組成の化合物を用いた電極
は 25 サイクルまでの容量維持率に優れることが
1 M NaTFSA/PC, 50 mA g-1
Sn4P3
80
Black-P
60
SnP3
Sn
40
20
わかった(図 5)
。充電時には、まず Sn4P3 が Sn と
0
0
Na3P に分相し、続いて Sn が Na と合金化し Na15Sn4
10
20
30
40
50
Cycle number
相を形成する。このときに、充電時には Na3P 相が
図 5
Sn−P 化合物(Sn 4 P 3 , SnP 3)からなる電極の初回
容量維持率の推移。比較のため、P 電極と Sn 電極の
結果も併せて示す。これらの中で Sn 4 P 3 電極が最も
良好なサイクル安定性を示すことがわかった 23)。
Fig. 5 C a p a c i t y re t e n t i o n o f t h i c k - f i l m e l e c t ro d e s
consisting of Sn−P compounds (Sn 4 P 3 , SnP 3 ) 23 ).
For comparison, this figure shows the results of P
electrode and Sn electrode.
Sn の凝集を防ぐマトリックスとして働き、放電時
には電子伝導性が低い Na3P に対し Sn が電子伝導パ
スとして機能するような相補的な効果が生じたこと
がサイクル安定性の向上につながったものと推察
する 23)。しかしながら、依然として 25 サイクル以
降では容量の衰退が見られた。そこで、従来の有
機溶媒に替わり電気化学的安定性に優れるイオン
4 . 酸化ケイ素
(SiO)
液体を電解質溶媒に用いた評価を行った。1-ethyl3-methylimidazolium bis(fluorosulfonyl)amide
LIB 負極としてのケイ素(Si)は Li との可逆的な
(EMI-FSA)と N-methyl-N-propylpyrrolidinium
合金化反応を示し非常に高い理論容量を有する。他
bis(fluorosulfonyl)amide(Py13-FSA)を電解液に使
方、Na とは反応しにくく、可逆的に Na を吸蔵-放
用した結果、有機溶媒である PC を用いた場合に
出した報告例はこれまでになかった。第一原理分
比べ容量衰退が軽減された。Py13 は EMI に比べ還
子動力学法による計算結果では、結晶性 Si の場合
元分解に対してより安定であり、これを用いたイ
は Na−Si 合金相の形成エネルギーは正の値となり
オン液体電解液の場合では 50 サイクル後において
合金化が起こらないが、アモルファス Si の場合では
280mA h g−1 の可逆容量を維持する良好なサイクル
負の値を取り合金化反応が起こり得ることが示唆さ
性能が得られることがわかった
れている 31)。また、その際の最も安定な合金の組
。
23)
アルカリ金属は周期表での周期が大きくなるほど
成は Na0.76Si であると予想されている 31)。もし Si が
結合解離エネルギーが減少し反応性に富む傾向があ
Na0.76Si 相を形成するまで電気化学的に Na を吸蔵で
るため、NIB 負極では LIB の場合よりもさらに電解
きれば 725mA h g−1 の高い理論容量を有することに
質の還元分解が起こりやすい。特に、合金化反応を
なる。このときの Si の体積膨張率は 220% となり Sn
示す Na 吸蔵物質はその大きな体積膨張率のため、
や Sb と比較すると低い値である 31)。これらに加え、
負極表面に形成される不働態被膜が充放電の繰り返
Si は豊富に存在する元素であるため有望な NIB 負極
しにより破壊されることでサイクル特性の劣化を招
活物質となり得る。
きやすい。したがって、溶媒の還元分解を防ぐため
筆者らは Si の Na 吸蔵-放出特性を調査する上で
の適切な方策が求められることになるが、添加剤や
SiO に着目した。SiO は Si と SiO2 からなる混合相で
イオン液体の使用が極めて有効であることを筆者ら
あり、クラスター状の Si が SiO4 四面体マトリックス
の結果が如実に示している。
中に微分散した構造 32)を有する(図 6(a)
)。そこで、
このクラスター状 Si がバルク(塊)状のそれよりも
高活性であろうと推測し、SiO を負極に用いること
で Si の Na 吸蔵-放出特性の発現を検討した 24)。
6
FB テクニカルニュース No. 71 号(2015. 11)
(b)
Silicon atom
クラスター状 Si
20
200
15
10
100
Crystallite size / nm
Oxygen atom
1 M NaTFSA/PC, 50 mA g-1
Reversible capacity / mA h g-1
(a)
5
0
0
20
40
60
0
Mechanical milling time / min
SiO
SiO 4四面体
SiO2
Si
Si
Mechanical milling treatment
図 6 (a)SiO が、Si と SiO 2 からなる混合相であることを示す模式図。クラスター状 Si が SiO 4 四面体マトリックス中に微分散
(b)顆粒状の SiO をミリング処理した粉末からなる電極の可逆容量と Si クラスターの結晶子サイ
した状態で存在する 32)。
ズの関係 24)。
Fig. 6 Schematic illustration of SiO with silicon clusters and SiO 2 . Our group previously reported that SiO being an amorphous
material is composed of three-dimensional SiO 4 tetrahedral network similar to silica (SiO 2 ) glass and metallic Si clusters,
and that the Si clusters are finely dispersed in the SiO 4 matrices 32 ). (b) Correlation between crystallite sizes of Si and
reversible capacities obtained from the SiO electrodes at the first cycle 24 ).
顆粒状の SiO 粉末に対し 10 分間から 60 分間のメ
らミリング時間が長くなるにつれ、つまり Si のサ
カニカルミリング処理を行い、クラスター状 Si の
イズの減少にともない容量が増えるはずである。し
サイズが充放電特性に与える影響を調べた。ミリ
かしながら、実際にはその逆の結果が得られてい
ング時間が増えるにつれ単体の Si の結晶化が徐々
る。充放電試験で得られた可逆容量を SiO 中に含ま
に進行し、Si の結晶子サイズは 7nm 以下の状態か
れるクラスター状の Si の重量当たりの値に換算す
ら 17nm までに増大した。これらの SiO 粉末を用い
ると 689mA h g−1 となり、これは Na0.76Si 相の理論
た GD 電極に対し充放電試験を行った。比較のた
容量である 725mA h g−1 に非常に近い値である。以
めに作製した塊状の Si 粉末を用いた電極では充放
上の結果は、SiO 中のクラスター状の Si が電気化学
電反応がほぼ進行しなかったのに対し、SiO 電極で
的に Na を吸蔵-放出する反応が起こっていること
は充電側 0.2 V 以下に電位プラトーが見られた 24)。
を強く裏付けるものである。
これは、塊状の Si よりも高い比表面積を有するク
ラスター状の Si を用いたことで Si の Na に対する反
5 . おわりに
応性が増大し、Si と Na の合金化反応が進行したた
めと考えられる。充放電容量は Si の結晶子サイズ
本稿では、筆者らが取り組む NIB 用負極活物質
が小さくなるにつれ増大することがわかった(図 6
の開発において得られた最近の成果を紹介した。特
(b)
)
。この容量は SiO のコンバージョン反応による
に、インサーション反応と合金化-脱合金化反応を
ものかもしれないと筆者らは考えたが、もしそうな
示す活物質の性質について LIB 負極のそれと対比さ
7
総説
ナトリウム貯蔵性化合物の創製とその二次電池負極への応用
13) M. Dahbi, N. Yabuuchi, K. Kubota, K. Tokiwa, S.
Komaba, Phys. Chem. Chem. Phys. , 16(2014)15007 15028 .
14) T. Ohzuku, A. Ueda, N. Yamamoto, J. Electrochem.
Soc. , 142(1995)1431 - 1435 .
せながら解説した。LIB に代表される蓄電池産業は
日本経済を支える基幹産業の一つであるが、現在で
は中国・韓国企業の台頭により脅かされているのは
周知の事実である。かつて吉野彰氏をはじめとする
15) L. Wu, D. Buchholz, D. Bresser, G. L. Chagas, S.
Passerini, J. Power Sources , 251(2014)379 - 385 .
16)
J. P. Huang, D. D. Yuan, H. Z. Zhang, Y. L. Cao, G. R.
Li, H. X. Yang, X. P. Gao, RSC Adv. , 3(2013)12593 -
日本の化学者・企業により LIB が開発され実用化に
至ったように、NIB もまた本国で開発され産業の礎
となるべきと考える。蓄電池産業の再興のためには
12603 .
17)
D Wu, X. Li, B. Xu, N. Twu, L. Liu, G. Ceder, Energy
Environ. Sci. , 8(2015)195 - 202 .
NIB 技術の国産化に加え、希少元素が含まれない低
コスト部材を用いることが求められる。はじめに述
18)
P. Senguttuvan, G. Rousse, V. Seznec, J.-M. Tarascon,
M. R. Palacín, Chem. Mater. , 23(2011)4109 - 4111 .
19) K. Shen, M. Wagemaker, Inorg. Chem. , 53(2014)
べたように、正極については非常に有望な候補が日
本の研究者の手により次々と開発されてきている状
況にある。これに加え、低コストかつ良好な性能を
8250 - 8256 .
20) H. Usui, K. Wasada, M. Shimizu, H. Sakaguchi,
示す負極の登場により NIB の実用化と普及が一気
Electrochim. Acta , 111(2013)575 - 580 .
21)
H. Usui, S. Yoshioka, K. Wasada, M. Shimizu, H.
Sakaguchi, ACS Appl. Mater. Interfaces , 7(2015)
6567 - 6573 .
22)
M. Shimizu, H. Usui, H. Sakaguchi, J. Power Sources ,
に進むものと筆者らは考える。本稿で紹介した知見
が次世代蓄電池の負極材料開発に貢献することを期
待したい。
248(2014)378 - 382 .
23) H. Usui, T. Sakata, M. Shimizu, H. Sakaguchi,
参考文献
Electrochemistry , 83(2015)in press .
24)
M. Shimizu, H. Usui, K. Fujiwara, K. Yamane, H.
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22 . 11 . 19)
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8