5.色調と化学 - 科学教育センター

5.色調と化学
理科教育講座 種田 将嗣
はじめに
化学実験で印象深いものの一つに、色調変化を伴う実験が挙げられます。無色の溶液が
赤に変化したりする様子は、子供の記憶に残りやすいものです。ところで、そもそも溶液
が無色であったり、赤色であったりするのは、どういう現象なのでしょうか?実際の実験
手法を確認しつつ、色というものを化学の観点から考えてみましょう。
1.BTB 溶液に学ぶ自然現象と化学者の向き合い方
水溶液の性質の一つである、pH(水素イオン濃度)を知るための指示薬で、小学校でも取り扱う
ものの一つに、BTB 溶液があります。水溶液の液性によって、指示薬が示す色に違いが出るので
すが、案外見落としがちなポイントが存在します。まずは手始めに、基本操作法の復習、確認を
兼ねて、BTB 溶液を使用した実験を行います。(あえてここで詳しくは書きません。実際に実験す
ることにこそ、本項目は意味があります。)
2.物体を見るということ
かの発明家、トーマス・エジソンが、小学校在籍時に先生を困らせた質問の一つに、「リンゴはな
ぜ赤いの?」というものがあります(著者が小学校在籍時に読んだ伝記(マンガ)には、そのような
描写がありました。)。この質問の仕方では、どこまでの解答を求めているのかがあいまいであり、
詳しいことを言い出すと、きりがありません。本日は、「物体が赤く見えているということは、どういう
現象なのか」ということに焦点を絞り、答えを探しだす実験を行っていきましょう。
そもそも「物体が見えている」というのは、どういう状態でしょうか。真っ暗な部屋にリンゴが置いて
あるとします。真っ暗とはこの時、一切の光が入り込まない状態を指しています。この時、部屋の
中に人がいるとして、リンゴを見ることができるでしょうか?もちろん、見ることができません。では、
リンゴを見るためにはどうすればよいか・・・部屋の電気をつければ良いわけです。しかしながらこ
の時、瞼を閉じれば、またリンゴは見えなくなります。何が起こっているのでしょうか。人が何かを
「見る」ということは、「眼」に光が入り込んできているということなのです。部屋の明かり(光)がリンゴ
にぶつかり、反射されて人の眼に飛び込んできているので、リンゴを「見る」ことができているので
す。リンゴと眼の間に「瞼」が入って邪魔をすれば、リンゴは見えなくなるということです。このように、
「物体を見る」ということは、物体に当たって反射してくる光が眼に入射してくることなのです。
ところで、部屋の電気をつけると、部屋が明るく見えます。この時、電気の「光」が眼に入ってく
るので、部屋を明るいと認識するのです。たとえば、その電気が「赤色灯」であったら、部屋の中は
どう見えるでしょうか。一面、赤の世界となるはずです。これは、「赤い光」が眼に飛び込んできて
いるからなのです。では、我々が日常に使用しているような蛍光灯を使用した部屋で、「リンゴが
赤く見えている」とは、どういう状態でしょうか。前述の赤色灯の事例から推察すると、リンゴから赤
い光が人の目に向けて入射しているということになります。しかしながら、部屋の中の光は、赤色
灯ではありません。通常使用されている、蛍光灯と定義したはずです。ここに、色を認識するという
ことの糸口が隠されています。
3.光って何だろう-虹を考えるそもそも我々が日常用いている光とは、どのようなものなのでしょうか。それをひも解く一つの鍵
に、虹という自然現象があります。図画工作の時間、虹を題材に絵を描く子供は多いかもしれま
せんが、その中で、虹の色を順序正しく塗り分けている子供はどれくらいいるでしょうか。もし、正
しく塗り分けているのならば、その子供は大した観察眼を持っているのでしょう。あるいは、科学的
な性質を理解したうえで、塗り分けている子供もいるのかもしれません。実験を行う本日の天気を
あらかじめ予測することは不可能であり、そもそもどのようにして虹を作りだせばよいのか、残念な
がら著者にはその方面の知恵がありません。しかしながら、虹と同様の配色を作りだす、簡単な実
験手法であれば、提供することができます。
用意するものは、まず、アクリルやガ
ラス等、無色透明の素材でできた、四
白い紙
角い容器です。魚用の水槽などが適
していますが、そんなに大きなもので
なくても大丈夫です。八分目くらいま
遮光した箱
水を入れた容器
で、水を張りましょう。それと、小型の
:光の進行方向
LED ライト(百円均一のお店にあるよ
うなものが適しています)、遮光可能
な大きめの箱、白い紙です。箱の遮
光ですが、段ボールか何かの内側に、
図1. 光を知るための実験装置を上から見た図.
黒い紙を貼れば十分です。図 1 にしたがって、それぞれの物品を配置して、部屋の明かりを消し
て(暗ければ暗いほど良いです)実験を行ってみましょう。実験を成功させるポイントは、図のように
二回屈折した光が、箱の中の白い紙に当たるようにすることです。水が入った容器に対する LED
光の入射角は、かなり浅めで試してみましょう。
白い紙の上に、虹のような配色が現れたことと思います。これは何を意味しているのでしょうか?
じつは、LED の光のように、普段我々が日常生活で使用している「光」には、この実験で白い紙の
上で観測されたような、さまざまな色の光が入っているのです。光の色によって、水などを通過す
るときに折れ曲がる屈折の角度が異なるという性質を利用し、光を分けているのです。
4.続・光って何だろう-色を考える光を分けると、さまざまな色が入っていることを観測したと思いますが、では逆に、色を混ぜ合わ
せるとどうなるのでしょうか。さっそく試してみましょう。用意するものは、LED ライトと色セロハンで
す。赤、青、緑を用意しましょう。そして、もうひとつ。絵の具も赤、青、緑の三色を用意しましょう。
絵の具については、すでに色を混合したことがある方が大半だと思います。二色を混ぜた時、そ
して三色すべてを混ぜた時、それぞれどのようになるのでしょうか、試してみましょう。
次に、光の色を混ぜる実験です。色セロハンを(二重か三重かにして)LED ライトにセロハンテ
ープか何かで固定しましょう。そうすることで、赤、青、緑の三色の簡易ライトの出来上がりです。
先の実験で使用した、遮光が可能な箱と白い紙を、再び使用しましょう。部屋の明かりを消して、
白い紙の上で、ライトの色を重ね合わせてみましょう。絵の具の時と比べて、結果の違いがわかる
と思います。三色の光を混ぜ合わせた時の色調に注目してください。通常、我々が使用している
光を当てた時のように、白い紙が白く見えていることが分かると思います。つまり、光の色を混ぜ
合わせることで、白色が合成されたわけです。絵の具の時とは、まったく異なる結果です。このよう
に光は混ぜ合わせることで、白色を作りだすことが可能であり、実験 3 のような操作を行うことで、
通常の光を分けることも可能なのです。通常の光は、白に相当するということがわかっていただけ
たと思います。このことから、我々が通常使用しているこの光は、「白色光」と呼ばれます。そして、
その白色光を作り出すことができた三つの原色(赤、青、緑)を、「光の三原色」と言います。
光の三原色を混ぜ合わせた状態から、青と緑のライトを消すと、紙は何色に見えるでしょうか。
当然、残ったライトの色、すなわち赤く見えていると思います。ここに、「リンゴが赤い」理由が示さ
れているのです。(合成した)白色光から、赤以外の色を取り除くことで、紙が赤く見えている。この
ことをリンゴに当てはめると、「降り注ぐ白色光から、赤以外の光が取り除かれて、反射されて眼に
入射している」ということになるのです。これが、「物体が赤く見えている」ということの答えです。
エジソンに対して、とりあえずの答えは用意できたことと思います。しかしながら、次にエジソン
がするであろう質問は、容易に想像がつくと思います。「赤以外の光はどこに行ってしまったの?」
と。じつは、リンゴが「吸収」してしまったのです。そうすると、「なぜ赤以外の色を吸収するの?」と
いう質問が来るでしょう。ここから先は、化学を少し学ばないと、簡単には答えることができない領
域に入ってきてしまいますので、今回は取り扱いません。
5.色調の変化を伴う実験
学校で取り扱う実験の中でも、色調の変化を伴う実験は、学生の印象に残りやすく、科学へ興
味を抱く足掛かりとなることも、多々あるかと思います。しかしながら、溶液を取り扱う実験に限った
ことではないのですが、事故を起こさないように、正しい操作法を習得することこそが重要であり、
事故が起こってしまうと、科学への興味よりもむしろ恐怖が植えつけられてしまい、科学離れにも
つながります。それ以前に、学生を危険にさらすようなことは、教育現場では絶対にあってはいけ
ません。
くれぐれも気をつけていただきたいのは、「事故は起きなくて当たりまえ」なのです。「これまで、こ
のやり方で事故は起きなかったからこれでいい」ではなく、「これからもこのやり方であれば事故は
起きない」やり方でなくてはいけないのです。無論、億が一にでも事故が起きた時の対処法も、熟
知しておき、準備しておくことは当然ですが、その準備があるからといって事故が起きで良いわけ
ではないのです。
本実験では、水溶液の性質を調べる実験を通して、実験器具の正しい操作法を再確認してい
ただくとともに、色が見えているとはどういうことなのかを、実験 3 と 4 の結果を踏まえて考えていき
ます。
6.見えない光について
光を分ける実験で、白色光には紫色から赤色まで、さまざまな色が含まれているということを、
体感されたと思います。このような、我々人間が見ることができる光を「可視光」と呼びます。しかし
ながら、我々人間が見ることができない光も存在するのです。本実験では、見えない光を検知す
るためのセンサーとして「蛍光ペン」を使用します。
そもそも蛍光ペンとは何でしょうか。黄色の蛍光ペンを用意して、何か書いてみましょう。その横
に、黄色いペンで何か書いて、比較してみましょう。この二つの明確な違い、わかりますでしょうか。
蛍光ペンで書いたところは「光っている」のです。蛍光ペンで書いたものを、先ほどの遮光できる
箱の中に入れて、暗がりで観察してみましょう。この時、蛍光ペンは光っていないことが分かると思
います。しかしながら、通常の「反射」とは様子が違うということは、黄色いペンと比較することでわ
かります。
蛍光ペンとは何なのか、実験を行ってみましょう。遮光できる箱の中に、蛍光ペンで書いたもの
を入れ、赤、緑、青の順番で、各色のライトで照らしてみましょう。赤、緑の光で照らしたときは、蛍
光ペンで書いたものは見えないのに、青の光で照らしたときは、通常よりも鮮明に、蛍光ペンで書
いたものが観測されたことと思います。これは、何を示しているのでしょうか。蛍光ペンのインクは、
青い光を「吸収」して、黄色い光に変換して「発光」しているのです。この点が、反射で黄色に見え
ている通常の黄色いペンとは異なるのです。ここで重要なことは二つあり、「蛍光ペンは光を吸収
して別の色に変換して発光している」ということと、「どんな色でも吸収して発光するわけではない」
ということです。後者については、また別の節で述べることとして、今着目していただきたいのは、
「光を吸収して発光する」という現象です。
実験 3 で行った装置を、もう一度組んでみましょう(図 1)。次に、白い紙に蛍光ペンで書いたも
の(一辺 3 cm 程度の四角がシンプルでわかりやすいかもしれません)を、赤い光のところから青い
光のほうに、順に移動させていって見ましょう。当然、青い光付近で、はっきりと蛍光ペンの発光
が観測されると思います。そこからさらに、紫色の光を超えて、光が見えていない領域に移動して
みましょう。光が見えていないところで、蛍光ペンが発光していることに気付きましたでしょうか。前
述の通り、蛍光ペンは「光を吸収して発光する」のです。つまり、この眼には見えていない領域に、
確かに光は存在しているのです。この光、眼には見えないことから、「ブラックライト」と呼ばれるこ
とがあります。お聞きしたことがある名称かと思います。または、紫色の光よりも外側の領域の光と
い う こ と で 、 「 紫 外 線 」 と い わ れ る こ と も あ り ま す 。 紫 (violet) を 超 え た と こ ろ 、 と い う 意 味 で
「Ultraviolet」、略して UV ともいわれます。むしろこちらのほうが、おなじみかもしれません。このよ
うに、光とひとえに言っても、見えない光も存在するのです。
では、紫色の反対側の端、赤の外には光はあるのでしょうか?これが、赤の外側の光、「赤外
線」といわれるものです。赤外線も眼で見ることができないことから、なかなかその存在を認識する
ことは難しいのですが、太陽には大量の赤外線が含まれているということは、感覚的に知ることが
できます。小学校で、虫眼鏡を利用した実験の一環として、黒く塗った紙に太陽の光を集めて、
火をつけたことはありますでしょうか。この時、太陽の光ではなく室内の蛍光灯等の光をいくら集め
ても、火をつけることはできません。これは、太陽には赤外線が大量に含まれていることによるの
です。赤外線は熱を与えるということなのです。そして、なぜ紙を黒く塗る必要があったのか、その
理由は本日の実験から考えることができると思います。
7.生活に潜む蛍光材料
ある光を当てることで、光を発光する物質があるということを学びましたが、蛍光ペン以外にも生
活の中で出会うことがある蛍光材料が存在します。例えば、衣服を洗濯するための洗剤に、蛍光
材料が含まれていることがあります。太陽光、あるいは室内照明に含まれる微量の紫外線で、青
色に発光する材料が、「増白剤」という名称で洗剤に含まれていることがあります。衣服やタオル
は、黄ばみが落ちないことがあります。そのような場合に、増白剤がほんのり青く光ると、何が起き
るのでしょうか。実験 4 の結果から、考察してみましょう。