新潟水俣病関連情報発信事業の豊高生による参加報告記(4)

新潟水俣病関連情報発信事業への豊高生参加報告記(その4〈最終回〉)
いよいよ3日目の最終日です。過去の悲劇と余りに対照的な、青く透明な水俣湾でした。
2月17日(火)(第3日目)
9:00 ホテルから「明水園」(水俣病患者入所施設)→9:45 チッソ工場周辺の巡検
明水園からの眺め。透き通る青色でした。
明水園の園長さんと。
原因不明の病気として水俣病公式確認の地
「坪段地区」s31年2才と5才の姉妹でした。
明水園内部の見学。清潔感溢れる施設です。
チッソ工場専用の梅戸港。早くも梅が満開。
「坪段」地区の港の神社
11:30 昼食会場→13:00 新水俣駅着
昼食会場でプチ感想報告会。
海の幸の貝汁とわっぱ飯は格別でした。
九州新幹線「さくら408号」
博多に向け出発。
「新潟水俣病と共に生きるフォーラム」の発表報告
上記の水俣市訪問の成果発表として、標記フォーラムが開催【3月20日(金)新潟市東
映ホテル】され、本校の訪問生徒2名(2年生)が堂々と発表しました。その内容は新
潟日報を含む各新聞に掲載されました。
「発表要旨」
・かつての悲劇が想像できないくらい、水俣湾が余りに綺麗でした。
・最初の患者である5才の女子は解剖され、そのときの器具が生々しく胸が痛みました。
・百間排水口に、新潟の阿賀野川の石に彫られたお地蔵様が立ち、連帯を感じました。
・『水俣病の対応がきちんと出来ていれば、9年後に新潟水俣病が起きなかったでしょう
に』、というホテル従業員の方の言葉に胸が熱くなりました。
・胎児性水俣病患者のお一人は、かつては偏見やいじめを受けた、と明るく話しておら
れましたが、乗り越えて前向きに生きる姿に感動しました。
水俣市訪問で得た、悲しみ、疑問、
怒り、感動を、堂々と語りました。
フォーラム参加の小学生、
大学生との記念写真です。