平成26年度 新興国等における知的財産 関連情報の調査 中国最高裁判所が初めて薬の投与方法に関する特許について意見を表明 ——「キュビシン」(ダプトマイシン) 特許無効再審案件 北京市天達共和法律事務所 パートナー弁護士 北京市天達共和法律事務所 張 青華 弁護士・弁理士 中国全国人民代表大会 常務委員会法制業務委員 会に勤務の後、1994 年から弁護士活動を開始。 2001 年から北京市天達法律事務所のパートナー として弁護士活動を行っている。数多くの外国企 業の法律顧問を務め、商標、特許、実用新案、意 匠権侵害訴訟を代理している。 龔 建華 化学系、薬品や農業化等の分野の知財保護に精 通し、主に、特許出願、知的財産のデューディ リジェンス、特許/商標の権利保護、模倣品対 策等を担当。知財訴訟・行政摘発、ライセンス、 植物新品種の保護等の豊富な経験を有してい る。 なる作用の仕方をしたため、キュービスト社は ■概要 ダプトマイシン(英文名 Daptomycin)は、 巨額の利益を得た。 米国イーライリリー社(英文名 Eli Lilly and Co. 1999 年、キュービスト社は、その研究成果 以下「リリー社」) によって発見され、米国 について中国知識産権局にて特許を申請し、 キュービスト・ファーマシューティカルズ社 2004 年に特許権を受けた。特許番号は ZL (英文名 Cubist Pharmaceuticals, Inc.以下「キ 99812498.2 である。特許付与されたクレーム ュービスト社」)が開発した新規環状リポペプ 1 は、「ダプトマイシンの、必要とする患者の チド系抗生物質である。しかしながら、リリー 細菌感染を治療し筋骨格系への毒性をもたな 社による研究で本剤 4 mg/kg の 1 日 2 回投与 い薬品の作成における用途であって、前記治療 により筋骨格系への毒性がみられたことから、 に用いられる投与量は 3~75mg/kg のダプト キュービスト社は安全性を懸念し開発を一旦 マイシンであり、24 時間から 48 時間ごとに一 中止した。その後、1997 年、キュービスト社 回という投与間隔で前記投与量を繰り返して がリリー社から本剤を導入し、用法を 1 日 1 投与する。」である。 回投与に変更した結果、非臨床及び臨床試験で 専利復審委員会(日本の審判部に相当)は、 有効性及び安全性を確認できたことから、本剤 その無効審決において、「薬品の分量、重複投 の開発を再開し、米国で承認申請した。これに 与および投与間隔などの特徴は、医師が治療の より、重い細菌感染のある患者に対する臨床応 過程で患者に対して選択して決める情報であ 用への道が開かれ、臨床分野におけるダプトマ り、薬の投与過程に関する情報に該当し、薬の イシンの価値が高まった。2003 年から、米国、 作成過程とは無関係であることは当業者にと 欧州、中国など主な国や地域の薬品審査認可機 って周知の事実である。そのため、薬品の分量、 関が続々と、キュービスト社(またはその提携 重複投与および投与間隔に関する特徴は、薬物 会社)の注射用ダプトマイシンを認可した。そ 自体に何らの限定作用ももたらしておらず、ク の商品名は「キュビシン(英文名 CUBICIN)」 レーム 1 の製薬用途を既知の製薬用途と区別 という。臨床上重要とされるグラム陽性菌を体 させるものではない。そこで、クレーム 1 の製 外で迅速に殺菌し、且つ既存の構成物質とは異 薬用途は既知の用途と実質的に同一のもので、 新規性を有していない」と認定し、特許権を無 1 Copyright Japan Patent Office. All Rights Reserved. 2014.12.2 平成26年度 新興国等における知的財産 関連情報の調査 効とした。本件の無効審決は、一審、二審にお 上の製薬過程は、一般的には、特定の手順、工 いても維持された。 程、条件、原料等により特定の薬物そのものを キュービスト社はこれを不服とし、最高人民 作成する行為を指しており、薬品の説明書、ラ 法院(日本の最高裁判所に相当)に再審を申し ベルやパッケージのデザインなどの薬品出荷 立て、 「製薬過程には、原料、用量(薬品規格) 前の工程は含まない。 の確定、作成工程および作成設備のみならず、 さらに、本特許のクレーム 1 に記載された治 さらに薬品の説明書、ラベル、パッケージの記 療に用いる薬品の用量は 3~75mg/kg であり、 載事項および印刷などの薬品の出荷前の全て 限定したのは薬品の投与量である。患者の個体 の工程も含む。本特許の規定した薬品の分量、 差に応じて適切な投与量を選択することによ 重複投与、投与間隔などの薬の投与に関する特 り、薬品の最良の治療効果を発揮することは、 徴は、製薬段階での薬品の用量(即ち薬品規格) 薬品を使用して疾病を治療する行為に該当す および薬品説明書、ラベルの記載事項に直接影 る。薬品の投与量の変更は、薬品の作成過程に 響するものであり、製薬過程を限定する役割を 必ずしも影響するものではない。同様に、時間 持っている」と主張した。しかし、最高人民法 間隔を踏まえて作成された薬品の投与方法は、 院はこれを認めず、薬の投与方法に関する特許 薬品の作成段階における特徴を示したもので について、裁判所としての意見を初めて示した はなく、薬品の使用過程において如何にして当 とともに、その理由を詳細に説明した。 該薬品を使用するかという方法上の特徴を示 したものであり、薬品の使用過程の特徴を示し ■判決の要点 たものである。このような薬品使用の過程の特 まず、最高人民法院は、方法クレームの観点 徴と、薬品の作成方法には必然的な関連性がな から分析すべきであることを強調した。一般的 く、ダプトマイシンの作成方法に何らの変更も に言って、直接的な限定作用をもたらすのは、 生じるものではないため、製薬過程に対する限 原料、作成工程、作成条件、薬品製品の形態ま 定作用は持たない。 たは成分、および設備などである。薬物の使用 方法のみに関わる特徴については、これらの特 ■評価と分析 徴は、製薬方法と直接的な関連性を持たない場 中国特許法 25 条 1 項 3 号によって、「疾病 合、実質的には、製薬方法を実施して薬物を作 の診断および治療方法」は特許権付与の対象か 成した後に、その薬物を人体に投与する際の具 ら排除されている。したがって、ある物質の医 体的な使用方法に該当し、製薬方法とは直接的 薬上の用途について、「病気の治療に用いる」 且つ必然的な関連性を持っていない。 または類似するクレームで特許出願をした場 次に、薬品の安全性、有効性および品質の制 合、それは特許権を受けられない。なお、薬品 御可能性は、行政機関による審査認可制度によ の研究開発分野における発明者の創造的貢献 り規制されているものの、物質の医薬用途に関 を保護し、特許法による特許権者の適法な権益 する特許制度は、薬品の行政管理制度と異なっ 保護、発明創造の奨励という立法の主旨を実現 ており、両者には実質的な違いがある。特許法 するために、中国の特許制度においては、薬品 2 Copyright Japan Patent Office. All Rights Reserved. 2014.12.2 平成26年度 新興国等における知的財産 関連情報の調査 の用途に関する発明創造について、製薬方法を 国の裁判所の見解を統一することになるため、 記載したクレームによって特許による保護を たいへん意義深く、今後における同類の案件の 受けることを許している。例えば、「化合物 X 審理にも大きく影響すると見られる。 を Y 疾病を治療する薬物とする応用」などの 以上 形式がある。 実務において、投薬量、時間間隔などの投薬 に関する特徴は、製薬方法に関するクレームに よく表れる技術的特徴である。この種のクレー ムの特許性を判定する場合、このような投薬に 関する特徴を如何に捉えるべきかについては、 意見が分かれている。本案の無効審決に表れて いる知識産権局および専利復審委員会の捉え 方に対し、北京市高級人民法院は異なる見方を しており、米メルク社(英文名 Merck & Co.) のフィナステリド(英文名 finasteride)特許無 効案件の中で、 「医薬上の用途に関する発明は、 その本質が薬物の使用方法の発明であり、投薬 に関する特徴が使用方法の技術的特徴に該当 するため、それをクレームに組み込むべきであ る。薬品の作成は、活性成分または原料薬の作 成のみならず、薬品の出荷前の全ての工程も含 むべきであり、当然、薬の投与に関する特徴も 含むべきである。医療の実践において、投薬に 関する特徴にも改善を施す必要性があり、発明 者が投薬の特徴を改善した場合、これらの特徴 を考慮しないと、医薬産業の発展や人々の健康 に不利であり、特許法の主旨に反している」と いう見方を示している。 最高人民法院は、キュービスト社 「キュビ シン」(ダプトマイシン)特許の無効審決不服 取消訴訟の再審案件において、初めて投薬の特 徴を含む特許に対する意見を表明し、知識産権 局と専利復審委員会の観点への支持を示した。 最高人民法院の上記判旨は、知識産権局および 専利復審委員会の現行基準と一致するよう中 3 Copyright Japan Patent Office. All Rights Reserved. 2014.12.2
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