エネルギー・シフトが 及 ぼす各業界への インパクト 著者:白石 章二 地球上の全員、全産業にかかわる「エネルギー」 ギーにかかわるさまざまな状況が世界規模で変化していることに ついて紹介し、各産業での変革のレバー(梃)の可能性について 日本では今、エネルギーに関する人々の関心がこれまでになく 論じる。 高まっている。そ の 背 景 の 一つは、世 界 的な気 候 変 動 へ の 対 策 として CO2排出削減への要求が非常に強くなっており、代替エネ エネルギーが密接にかかわる企業の戦略 ル ギーがこの 問 題 の 解 決 へ の 一 つ の 大きな 糸 口となるためで ある。また、震災に端を発する原子力発電所の安全性への問題が 交通・運輸 人 々にエネ ル ギーを考えさせるきっかけとなり、非 常に関 心が 自動車業界では、エネルギー価格、つまり原油価格が下がって 高まっていることもある。 いることで、最大のマーケットの一つである米国でエコカーブー 日本国内では、 これらを背景に、政府のエネルギー政策も大きな ムが薄れ、もともと人気のある大型車の需要が増えている。これ 転換点を迎えている。国際的には 2030 年に13 年度比 26 %の温室 が今 、世 界 の自動 車 業 界 全 体 の 利 益 の 多くを支えている。この 効果ガスの削減を公言している。この目標の是非は別として、公言 瞬間で見ると、エコカーに対する需要という意味ではブレーキが している以上、国を挙げて取り組み、結果を出す必要がある。国内 かかった形になっているが、CO 2 削減という観点から見れば車に に向けては 2030 年度の望ましい電源構成を示す「電源のベスト 対 する燃 費 規 制 は 当 然 強 まって いく。日 本 で 車 の 燃 費 が 向 上 ミックス」が 2015 年 7 月に決定された。原発による発電の縮小を し、ガソリンスタンドが減ったことからも現れているように、燃費 補うため、特に再 生 可 能 エネ ル ギ ー の 役 割 が 高まって いるが 、 規 制が強まれば、エネ ルギー の 需 要が小さくなる。世 界 中で車 安 定 的 な 供給にはまだ高いハードルがあり、どのように推進して の燃費は 10 年前と比べ 20 %以上向上している。日本で運輸セク いくのか、そのためにどういう社会を作っていくべきかについて ターは原油の主な用途のうちの 4 割ほどを占めているが、その需 要 さまざまな 議 論 がなされて いる。税 制 面 からも 、炭 素 税 などが は 車 の 台 数 が 増 加しな い 限り燃 費 の 向 上 に 合 わ せ て 低 下 す 以 前から検 討されているが、経 済 成 長とのバランスが難しい 問 る。よって運輸部門に対する CO2 対策ではまずは燃費規制が強 題である。エネルギー 政 策 のもう一つ大きなインパクトとして、 まり、合わせて電 動 化が進 んでいく流 れになることが想 定され 2 0 1 6 年 4 月に電 力 小 売りの 全 面 自 由 化 が 決まり、都 市ガスの る。米 国でも欧 州でも、今 後 10 年 間で燃 費をさらに向 上させる 自由化もスケジュール化されたことが挙げられる。 動きがあり、そ の 改 善ができない 企 業には罰 金を科すことすら こうした社会的な背景と、技術的なイノベーションもあり、エネ ある。今 後 新 興 国でも環 境 規 制が加わると同 様 の 動きが生じ、 ルギーにかかわるトレンドは単にエネルギー業界のみにとどまら 全 世 界 的に車 の 燃 費 の 向 上が進 んでいく。加えて車 の 総 数は、 ず、製造、流通、IT 、金融、消費財など、幅広い分野に大きな影響を 2020 年には頭打ちになり、増えなくなると言われている。 及ぼし得る(図表 1 参照)。本稿では多くの産業にわたってエネル エアライン産業は、コストに占める燃料代の割合が多いため、 4 S t r a t e g y & F o r e s i g h t Vo l . 5 2 0 1 5 A u t u m n 白石 章二(しらいし・しょうじ) shoji.shiraishi@ strategyand.jp.pwc.com Strategy& 東京オフィスのパートナー。 25 年以上にわたり、自動車、産業機械、 エネルギー、流通・サービス業など幅広 い分野のクライアントに対し、全社成長 戦略、技術戦略、新規事業開発、 グロー バル戦略など多数のプロジェクトを支援 してきた。 図表1 : 多方面にわたる変革の可能性 エネルギーに 関するトレンド 温室効果ガスの 削減 原発問題 原油価格の下落と 新しいエネルギー の台頭 電力とガスの 自由化 生じうる変革 環境制約による 技術革新 マーケティング (環境によいという イメージ) 生産拠点の 立地 顧客アカウント 大争奪戦 関連する業界 ・ 交通・運輸 ・ 全業界 ・ 製造業・素材 ・ エネルギー 保険など 新しいサービスの 提案 ・ 金融 ・ 製造業・素材 ・ 金融 ・ エネルギー ・ IT ・ IT ・ 消費財 ・ エネルギー ・ エネルギー 出所:Strategy& 燃料価格の下落を鑑みると、確実に利益が増えると言っても過言 船 主がいる場 所とは異なることが多 い 。そ のような中で徐々に ではないだろう。よって今のエネルギー価格が続くと、エアライン オペレーターの側から、環境対策のために排出ガスや燃費規制 は大きく発展すると考えられる。現在のエネルギー価格を考える を入 れよう、という機運が高まってきている。船は重油を原料に と、同様の構造を有するあらゆる産業に言えることである。 ディーゼルエンジンで動いているものが多かったが、重油は排ガ 船は環境規制により、燃料や技術革新に変化が表れてきている。 スの問題や CO2 規制もあるため、クリーンさや CO 2 の 問 題と長 車は使うのは平均 10 年ほどであり、飛行機は機体そのものは20 ∼ 期にわたり安定的に安く手に入るというコストの点から、LNG 燃 30 年、エンジンを交換しながら使うが、船の場合はエンジンも含め 料への舵を切っている。船のエンジンに関わる企業は LNG 燃料 て20 年以上使う。船が基本的に休みなく24 時間運航することを への対応をする必 要があり、新 技 術 へ の 対 応が勝ち残りのカギ 考えると、非常に長い時間である。船は公海上、規制のないところ を握る。一 方で中 国が造 船 の 生 産 キャパシティを増 加してきた で航行するため、燃費規制や排出ガス規制が困難であった。船籍 ために需 要を超える生 産 能 力が あり、今 後もインドやブラジル は、船にかける税金の安い国にすることが多く、船に投資をする といった新 興 国 の 増 産 計 画によりさらなる生 産 キャパシティの S t r a t e g y & F o r e s i g h t Vo l . 5 2 0 1 5 A u t u m n 5 増 加が想 定され、コスト面で中 国や 韓 国 勢に勝 つことが難しい 原発が発電の主流であるが、安全性の面から真剣に原発を廃止す 状 況になっていることから、新 技 術 へ の 対 応による対 策が重 要 ることになれば、CO2 排出削減の点でも他の電源の選択肢として な意味を持つ。 は、再 生 可 能エネ ルギーが有 力 な 選 択 肢とならざるを得 な い 。 これらのことは何を意味するのか、昨年来大きく価格を下げた このように電源が多様化してくることにより、電気がどこで作られる 原油相場については、さまざまな見方がされているが、上記のよう か、エネルギーはどこで余るのか、国や地域ごとに大きな差異が な状況から筆者は今後の原油価格の上昇には悲観的である。中東 生じる。エネルギーは運ぶのに大きな投資が必要で高いコストが 情勢はさらなる混迷を深めているが、そもそも世界の原油生産に かかるため、特にエネルギー 使 用や素 材としてのエネルギーが 占める中東地区の割合が小さくなってきている。原油価格の長期 コストの大部分を占める企業は、エネルギーが安価な土地に生産 低迷は、ほかの産業にはコストの低下という恩恵以外にも、次で 拠 点を移し、価 値 の 高 いものに変 換することで競 争 力を高める 論じるようなさらなる変化をもたらすであろう。 企業も出てくる。 たとえば米 国でのシェー ルガス革 命により、安 い 原 料が手に 製造業や素材産業 入ることで、世 界 の 化 学 産 業が米 国に立 地しようと動 いたのは エネルギーを使う産業やエネルギーを原材料とする業界のエネ まさにこの 動 機で ある。また、石 油 化 学 業 界では「 石 油 」という ルギーにかかるビジネスチャンスについて考えてみたい。こうした エネルギーを原材料にして、さまざまな商品を作っていたが、実は 産業にとって、エネルギーは生産や物流に関わる必要不可欠なコ ガスも原材料に使えるものもあり、ガスが安く手に入るところに ストであり、それを抑えることは競争力に直結する大変重要な問 立地しようという動きが起こっている、という具合である。 題である。原発の問題や原料 価格の高騰で、エネルギーコストが これらにより、今まで「エネルギーを単純に作って売る」のみで 大きな負荷としてのしかかってくる。グローバルで見ると、エネル 産業が成り立っていた国は、今後の経済回復に長い年月が必要で ギーの地域的な違いが顕著に現れてきており、エネルギーの観点 あることが予想される。エネルギーが安く採れる国では、従来の から生産拠点の立地を検討することも、製造業の競争力に影響 ようにエネ ルギーをそ のまま海 外に輸 出するのではなく、そ れ を及ぼし得る。 を原材料にして何か付加価値のあるものを製造することで産業 また日本はエネルギーとしての電力が、他国に比べ割高である。 の育成を図り国の発展につなげていくことが必要になるだろう。 電力を何で作るかは、価格を左右する重要な点である。現在、日本 また、再生可能エネルギーを産業の梃にしようと荒野や僻地に の 電 源 の 主 流 は L N G を燃 料とする火 力 発 電 で ある。日 本 では 風力発電所を設置するだけでは、十分な需要は見込めず、作った LNG による発電コストが国の試算によると約 13 円 /kwh 。一方、 エネルギーをそのまま捨てることになりかねない。作り出したエネ 世界の最先端の太陽光発電のコストは 5 ∼ 10 円 /kwh まで下がっ ルギーを蓄積し別の製品に変換し、世界各地の消費拠点へ運搬 ている。日本の太陽光発電コストはそれに比べるとまだまだ高く、 する仕 組 みを産むことが不 可 欠である。エネルギーを水 素など 国 の 試 算によると 30 円 /kwh である。これはパネ ルの 価 格では 「 貯めて運 べるもの 」に転 換し、それにかかわる新しい 産 業エコ なく、設 置 側 のコストによる。極 端な例では米 国 、テキサスでは システムを構築することが重要である 4セント/kwh 程度で、再生可能エネルギーが LNGより安価に発電 ロシアや北アフリカ諸国のような国々が、1 次エネルギー産業 できるまでになって いるの で ある。価 格は 普 及に大きなドライ 中心の経済から、電気を水素に変換して輸出するような 3 次エネ バーとなるため、本来は再生可能エネルギーが安価で手にはいら ルギー産業の育成や、安くできる電気を使い水など社会で必要不 ないとCO2 の排出量は減らない。原発がここまで普及してきたの 可欠なものに変換するような産業の育成を通じて、安定的な経済 は過去に費用が安いと考えられていたためである。いまだ世界は 発展を目指すことは、世界の秩序と政治的安定のためにも不可欠 6 S t r a t e g y & F o r e s i g h t Vo l . 5 2 0 1 5 A u t u m n で は な い だろうか 。そこには 技 術と資 本 を 海 外 から 導 入 する ことで、まずモノを紹介し売り込みができる。毎月使う光熱費の インセンティブも含 めて、新たな 事 業 機 会が生 み 出されてくる フローの部分を把握できれば、今度はその人の生活パターンを であろう。 分 析し、そこから、そ の 人に合った 商 品をプロモ ーションする。 一方でエネルギー意識の高まった最終消費者は、その商品が 購買行動に結び付けられたら、次に引き落とし口座やクレジット 作られて手 元に届くまでにどのようなエネルギーが使 用された カードその他の決済手段を抑えているので「決済」を獲得できる。 のかに強く関心を持つようになる。その結果、企業は自社が選択 決済から「ポイント贈呈」につながり、最終的に「お金を貸しましょ したエネルギーが、最終消費者にとってはその商品やブランドのイ う」になる。各 種 料 金 の 支 払 い 状 況から信 用 情 報を正 確に得ら メージにも直結し得る、 というマーケティング面にまで影響を及ぼ れ、新たな金融商品やサービスが提案できるようにもなる。たと すことまで考えなければならない。 えば地域によってはエネルギー使用量の季節変動が大きいため、 例えばリボルビング払いを導入するなどの金融サ ービスなども 電気とガスの完全自由化による他産業の参入 考えられる。 こうしてみると、エネルギーのアカウントを把握するということ 目を家 庭 向けサ ービスに転じよう。電 気とガスで今 後 起こる は、 さまざまな業界にとって非常に重要なマーケティングのツールに エネルギーの自由 化は、発 電・送 配 電・小 売りの 分 離と自由 化を なり得るという意味で、大きなインパクトを有する。大手 E コマー 引き起こす。そ れによりお客 様 のアカウントをめぐり、各エネル ス企業がクレジットカードを普及させて、ポイントを給 付している ギ ー 会 社 が 携帯電話各社などと組むなど、言わば「顧客アカウン の は 、当 該 企 業 はモノを売り、今 後 は 電 力 も 射 程に入 れること ト大争奪戦」が生じる。 でユ ーティリティにも入り、グ ル ープ の 旅 行 会 社 で旅 行 の 履 歴 たとえば一つの家計で見たときに、電気は 1カ月約 1 万円、ガス も把 握し、同じクレジットカードを使って決済もし、金融で融資も は 約 5 0 0 0 円 払って いるとする。携 帯 電 話 は 、親 子 が み ん な で し、どんどん顧客の支出を獲ろうとしている動きと見ることがで 使っていると合わせて数万円と結構大きな額になる。さらに水道 きる。このように伝 統 的なユーティリティ企業が、 これまでとは全 や固定電話など、公共料金と必要な固定費を多くの人々は銀行 く異なるプレイヤーと組むことで、新しいサ ービス形 態が生まれ 口 座から毎月自動 引き落としで支 払っている。 「 顧 客アカウント ようとして いるため 、顧 客 争 奪 戦 の 様 相を呈 することになって 大争奪戦」では、このコストを、全部一括で管理しようという動き いる。 である。アカウントを握った企業は、各家庭の電気やガスの使用 量、通 信 費 などの 情 報をすべ て 手に入 れることができる。個 別 エネルギー業界に押し寄せる変化の波 のコストを管 理 するだけでなく、ひとまとめにすることで、アカ ウントの 生 活にかかるさまざまな 情 報 の み ならず 、そ の 引き落 エネルギー業界にとっては、 「電力とガスの自由化」は非 常に とし口 座も把 握し、携 帯 電 話 番 号 、さらにメー ルアドレスもすべ 大きな影響があることは自明のことである。従前、市民へのエネ て握っているとなれば、あらゆる消 費 パワー の 吸 引が起こるの ルギー の 安 定 供 給ということを絶 対 的な目的として、岩 盤 の 規 ではないかと容 易に想 定される。各 家 庭 のエネ ルギーコストは 制で守られていたエネルギー業界も、市場の自由化の波が押し 季 節 変 動 は あ れど不 可 欠 な 支 払 い で 、毎 月の 家 計 の 支 払 い の 寄 せ てきて おり、もはや 変 化 が 避 けられな い 状 況 で ある。この 中 では 大 きなウエイトを 占 める。これを 巡り、各 企 業 が 業 種 を 自由化を前に、エネルギーを生成する技術および市場でのプレ 超えた提携や統 廃 合などの 動きが進むであろう。 イヤーともに多様化しており、たとえば新しく電力小売りに参加 アカウントを握った企業は、顧客のいろいろな情報を入手する する企業として約 200 社もの企業が手を挙げたとされる。新たな S t r a t e g y & F o r e s i g h t Vo l . 5 2 0 1 5 A u t u m n 7 市 場を狙う新 規 参 入 者にとっては 、巨 大 なビジネスチャンスが 広がっていると言える。ただし、これら電 力 小 売りに参 加する新 規 事 業 者 は 、単にこれまで 地 域 の 電 力 会 社 が 消 費 者 に 共 有し てきたスタイルと同様のサービスを供給するだけでは新たな市 場も開拓できない。社会に何らかの新しい付加価値をもたらすこ とが新規事業 者には求められる。 エ ネ ル ギ ー 業 界 にお い て 、I T を 活 用した 消 費 者 へ の 新しい サービスには大きな期待がかかるが、従来の「エネルギーの IT 化」 として 挙 げられてきた スマ ートグリッドの 管 理 や 、発 電 送 配 電 の分離・小売りの分離、新システムの構築だけでは不十分である。 顧 客との 接 点で得られる情 報を生かし、新しい サ ービスを提 供 することに IT を生かすべきだろう。たとえばエネルギーを売る会 社と保険商品は極めて親和性が高く、エネルギー会社は保険の 販売会 社になれる可能性も有する。 エネ ル ギーと金 融や 保 険と、一 見かけ離 れている産 業が、I T で顧 客 のアカウントとライフラインの 使 用 状 況を把 握すること でまったく新しい 役 割を果たすことも可 能になる。既 存 の 金 融 機 関が取り込 む のか、エネ ル ギー 会 社か、または流 通 などの 他 業種もしくはまったくの 新プレイヤーか、いち早くビジネスチャ ンスをつかみ 、販 売チャネ ルを手に入 れた者が覇 者となるであ ろう。 事 業 者や 消 費 者にとっては、これまで所 与と考えていたエネ ルギー 事 業 者を、自分たち の 消 費スタイルに合うもの 、割 安 な も の 、環 境にやさしいといった 主 義 主 張に合うも の 、安 定 供 給 第 一といったさまざまな 条 件から選 択 肢が増える商 品となる。 一 方で、伝 統 的なエネルギー 企 業にとっては多 様なプレイヤー との 新 た な 競 争 が 待 ち 受 け て いる。電 気 の 自 由 化 を 追う形 で ガスの自由 化も起こり、電 気とガスの 双 方で新しい 変 革が生じ る。多 様 化した エ ネ ル ギ ー をうまく生 産 に 生 かしたり、消 費 者 へ の 新しい サ ービスに発 展 させ たりする企 業 の 競 争 が 始まる だろう。 8 S t r a t e g y & F o r e s i g h t Vo l . 5 2 0 1 5 A u t u m n
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