1%支援制度はなぜ拡大しないか、その理由を考える 伊藤久雄(認定NPO法人まちぽっと理事) 市川市が「市民活動団体支援制度(1%支援制度)」を始めたのは 2005 年。それからち ょうど 10 年になる。しかし、現在の「1%支援制度」にカウントできるのは、別紙のとお り 8 自治体にとどまっている。 別紙⇒1%支援制度(支援者届出数、交付団体交付金額は 2014 年度実績) なぜ拡大しないのかが課題である。そこで、制度を廃止した恵庭市と制度案のパブリッ クコメントを行いながら、断念した奈良市の例をまずみてみよう。 1.恵庭市と奈良市の事例 ① 恵庭市 北海道恵庭市は 2008 年「えにわブーケトス制度」をスタートさせた。この制度は、中学 生以上の市民が選択した数の合計に500円を乗じて得た額が、支援交付予定金額。ただ し、支援金は1事業につき50万円を限度となっていた。しかし恵庭市は、市長が交代し たこともあってか、2012 年度をもって制度を廃止した。制度創設以来、市民活動団体が行 う社会貢献事業(76 事業)に総額 734 万円の支援が行われた。恵庭市は廃止の理由を次の ように説明した。 市は、「本制度では、市民活動団体自らが活動を広げるなど一定の効果がありました。し かし一方では、市民活動に対する理解・参加・協力が市民全体につながらないなどの課題 や問題点がありました。 」 この説明は市議会の質疑における市側答弁からの抜粋であるが、以下、議事録全体を採 録した。 <ブーケスト制度について> 質問者:猪口信幸氏(無所属市民の会) 質問:ブーケストについて、恵庭市のHPでは「市民が直接市民活動団体を支援していく ところが特徴」と書いてあります。行政が実施する事業で問題や課題のない事業な どありません。問題や課題を具体的に解決していくのが行政の姿であり、事業内容 を豊かにしていくことでまちは未来に進むのだと思います。 ブーケスト事業の一連の取組みに市民も職員も大変努力してきたところです。その 結果投票率も年々向上してきました。 だから、市民は突然の事業廃止を聞かされたことに戸惑いや疑問を持っているので す。市民に喜ばれた事業をどうして廃止してしまったのか大変残念です。このこと はどのように考えますか伺います。 理事者:ブーケストにつきましては、これまで 5 年間の運用を通して、市民活動団体が活 動の幅を広げるなど、一定の効果はあったものの、一方では、市民全体に市民活動 への理解や参加、協力にはつながらなかったなど、市民活動を支え活性化させる継 続的な制度としては必ずしも十分ではなかったものと考えています。 この制度の見直しにつきまして参加頂いた団体、実行委員会、判定委員会そういう 方々にはきちんと説明してきたつもりであり、ブーケストという形はなくなります が、市民活動を支援する制度は継続しますので、今後さらに周知してまいりたいと かんがえております。 ところで恵庭市には「市民活動支援制度 まちづくりチャレンジ協働事業」 (まちチャレ) がある。これは市民活動団体や学生が、市内で行なう社会貢献事業に対し助成する「提案 型協働事業」 、「学生版市民活動体験プログラム支援事業」を今年 4 月より一新したもので ある。 助成額は、まちづくりチャレンジ協働事業は1つの団体が行う協働事業 10 万円、2つ以 上の団体が連携して行う協働事業 15 万円、学生版まちづくりチャレンジ協働事業は1事業 5 万円となっている。 2014 年度「提案型協働事業」の実績 番号 協働事業名称 単位:円 団体名 1 市民歩くスキーの集い 恵庭歩くスキークラブ 2 異文化理解促進事業 恵庭国際交流プラザ 3 フリーペーパーによる知恵ネット カラビナの会 促進事業 4 早朝健康ラジオ体操 総事 業費 72,393 補助金 確定額 30,000 182,033 100,000 137,643 100,000 早朝健康ラジオ体操会 112,201 91,801 5 恵庭のまちづくり起業家育成事業 起業ネットワーク恵庭 2014 82,288 55,288 6 団体用ウォーキング簡易マップの えにわ楽々歩こう会 作成 90,830 88,000 7 プレーパーク in えにわ えにわプレーパーク実行委 126,252 100,000 員会 8 社会起業家育成事業 ENIWA リーダ 恵庭青年会議所 ートレーニングプロジェクト 9 美育を通して子どもの「生きる力」美しいまちづくり恵庭ネッ 150,000 100,000 を育む事業 トワーク 269,390 100,000 10 第5回わくわくお仕事体験 恵庭青年会議所 195,246 100,000 11 紫雲台孝子堂宝物館 恵庭ロケーション推進の会 100,665 12 ツナゲル・カフェ えにわ市民プラザ・アイル 100,000 100,000 13 第4回えにわ犬ぞり大会 えにわ犬ぞり大会実行委員 872,076 100,000 会 90,000 このような現状をどう判断するか、いずれにしても恵庭市民の判断次第である。 ② 奈良市 2010 年に奈良市が「(仮称)奈良市市民が選ぶ1%支援制度」(素案)を提起し、パブリ ックコメントを行った経緯があるが、実現していない。その理由は、 「2 年続けてご議論い ただいたが、税収が落ちているときに1%支援制度の財源を個人住民税としていることや、 非課税の方々の参画方法についてなど、ご理解が得られなかった」とされている(平成 23 年度第1回奈良市市民公益活動推進会議(2012 年 2 月 28 日)会議録) 。 奈良市が最初に提案した「(仮称)奈良市市民が選ぶ1%支援制度」(素案)は、奈良市 市民公益活動推進会議が提言した「1パーセント支援制度実施要綱(案)」にもとづいてい る。 <奈良市市民が選ぶ1パーセント支援制度実施要綱(案)2010 年 3 月提案> (納税者の選択等) 第8条 納税者は、前条第2項の規定により支援対象団体とする決定の通知を受けた支援 対象団体の中から支援したい支援対象団体3団体以内を選択し、この項の規定による届出 をする日の属する年度の前年度の個人の市民税額の1パーセントに相当する額(支援した い支援対象団体を2団体選択した場合にあってはその額の2分の1に相当する額、支援し たい支援対象団体を3団体選択した場合にあってはその額の3分の1に相当する額。以下 「1パーセント相当額」という。)で支援することを次に掲げる方法により、その旨及び市 長が必要と認める事項を市長に届け出ることができる。ただし、特定の支援対象団体を選 択することを希望しない納税者は、1パーセント相当額を奈良市市民参画及び協働による まちづくり基金(以下「基金」という。)に積み立てることを選択し、次に掲げる方法によ り、その旨及び市長が必要と認める事項を市長に届け出ることができる。 ○支援対象団体等選択届出書(以下、略) パブリックコメント結果や、その後の奈良市市民公益活動推進会議における議論の経緯 をみると、財源問題よりも「非課税の市民の参画方法」が課題であったように思われる。 パブリックコメントは、2010 年 10 月 5 日から 29 日まで実施され、市民からの意見提出数 は 6 通、延べ 17 件であった。 (仮称)奈良市市民が選ぶ1%支援制度に対する意見募集の結果 http://www.city.nara.lg.jp/www/contents/1298003774815/files/1.pdf 項目 意見の内容 意見の内容対応 非課税の方々が 金銭的な支援もいいが、ポイント制度の より多くの市民の皆様方が 制度に参画でき 方がいいのでは。他の地 制度に参画できる方法とし る方法について 域では、既にポイント制度を導入してい て、「地域貢献ポイント制 るようである。参考にしてほしい。 度」を創設し、貯まったポ ポイント制度に賛成である。社会貢献活 イントを支援金に換算して 動をしてポイントを貯めていく方法が 支援できる方法をとり入れ 良いと思う。 ることとしました。 ・これとは別に、外国の例だが、若い頃 から社会貢献の活動に従事すればポイ ントが貯まり、高齢化や障害で援助を受 ける身分になれば、貯めたポイントが使 えるというような制度(社会貢献の年金 制度のようなもの)設計が出来ないもの かと、日頃考えている。 自分のお金で寄附できる方法が良いと 思います。この場合は、税金の対策をき ちんと作ってもらえると良いと思いま す。また、ポイント制度は、誰でもが支 援制度に取り組めるという点で、この二 つの制度を両立させれば良いと思いま す。 意見の内容対応(市の回答)にあるように、パブリックコメントの市民の意見に対応し て、2011 年 1 月 31 日、市民公益活動推進会議から『「市民公益活動を支援する仕組み」に 関する提言』が出され、次のような提言が行われていた。 <幅広く市民の皆さま方の参画を得る方法について> 市民が選ぶ1%支援制度による支援に参画できない非課税の市民の方々にも参画頂ける ように、この制度を補完するものとして、次の二つの手法を別立てで制度化すること。 ア 奈良市地域貢献ポイント制度(案)の活用 市民の皆さま方が、市の指定するボランティア活動に参加するなどして貯めたポイン トが満点になると、市の施設の入場料の一部として利用できる制度を創設し、そのポイ ントを活用する。 そのポイント制度により貯めたポイントが満点にならなくても、貯まったポイントを 円に換算して、1%支援制度において、支援したい事業(団体)を選択するか、基金へ の積み立てを選択することができるものとする。 イ ワンコインによる支援制度 自分のお金、一人 1 回ワンコイン(500円)で、支援したい事業(団体)を選択す るか、基金への積み立てを選択することができるものとする。この制度の創設により、 より多くの市民の皆さま方に参画頂けるとともに、様々な方法を用意することで市民の 皆さま方の志をよりよく活かすことができるのではないかと考えます。 しかし結論的には、1%制度は実現せず、「奈良市ポイント制度」がスタートすることに なった(2014 年度からだと思われる) 。 奈良市ポイント制度 ポイントの種類 対象 長寿健康ポイント 70 歳以上の市民 市が指定する、健康づくりや介護予防に関する事業 ボランティアポイン ト 健康増進ポイント ポイント対象事業 全ての市民 市が指定する、ボランティアに関する事業 全ての市民 市が指定する、健康増進に関する事業 2.納税者参加方式と市民参加方式 1%支援制度は、市川市が全国で最初に制度化し、始めたものである。市川市の方式には 「納税者以外、参加できない」ことから批判もあり、当初は全国的に拡大する状況にはな かったが、2008 年頃から少しずつ広がり、今日に至っている。しかし、2011 年以降新たに 導入した自治体はない。 なお、市川市と同様な制度は大分市、和泉市だけで、他の 6 自治体の仕組みは、納税者 以外の市民(奥州市は世帯)が参加できるようになっている。それぞれの制度とも、市が NPO等の事業計画を公表した後、市民が支援団体を選択することになるが、その選択権 を納税者だけが持つのか、納税者以外の市民(一宮市は 18 歳以上の市民)も持つのかが制 度の違いである。 代表的な例として、市川市と一宮市の仕組みを図からみてみよう。 <市川市の仕組み> <一宮市> 市川市における納税者とは、個人市民税の納税者であり、1%はその納税額である。一宮 市も市民税納税額の 1%が原資であり、その点は変わらない。市民活動団体の選択権(投票 権)を持つものが納税者に限定されるか、納税者か否かに関わらず市民全般(一宮市は 18 歳以上)が参加できるかに違いがある。したがって、一宮市のような仕組みをつくれば、 「納 税者以外、参加できない」という批判はあたらないことになる。 団体交付額をみても、全国的には最も多い「全額自治体拠出方式」 (自治体予算)による 基金や、市民から寄付を募って基金化する方式(杉並区や横浜市に代表される「市民ファ ンド」などと比較しても、交付額は大きい。 ではなぜ、1%支援制度が広がらないかといえば、1つには「税金」(市の予算)を使う ことに対する批判があるからだと考えられるが、「全額自治体拠出方式」(自治体予算)が 多いことを考えると、むしろ予算執行に対する「市民参加」に首長などの抵抗があるので はないかと考えられる。 3.予算執行に対する市民参加の視点 ところで弘前市は、2011 年度から「市民参加型まちづくり1%システム」を始めている。こ れは、 「個人市民税の1%相当額を限度とする市民参加型まちづくり1%システム支援補助金(以 下「補助金」という。)を交付する制度」であり、 「市民主権による市政運営の徹底と市民参加の まちづくりの促進を図ることを目的とする。 」(実施要項)ことを謳っている。 個人市民税の1%相当額ということで、 「1%支援制度」と似た制度であるが、市民から団体を 選択するものではなく(市民に選択権がない) 、 「まちづくり 1%システム審査委員会」において 審査する方式である。ただし、弘前市の 2011 年度決算によれば、個人市民税は 63 億 8000 円程 度であったから、個人市民税の 1%は、6、380 万円程度の規模になる(2014 年度の交付実績は、 18,326,000 円であった) 。したがって弘前市のこの方式は、金額的には「1%支援制度」とそん 色ないものになっている。 <弘前市の実績> 2012 年度交付決定額 14,541,000 円 2013 年度交付決定額 15,571,000 円 2014 年度交付決定額 18,326,000 円 今後の課題を考えると、 「予算執行に対する市民参加の視点」の重要性を指摘しておきたい。 弘前市も含めて、1%支援制度よりは「市民ファンド」の方に、首長の判断が傾くことは否定で きなし、寄付税制の改正もあって、 「市民の寄附を増させること」は重要な視点である。しかし、 もう1つの視点も考える必要がある。それが「予算執行に対する市民参加の視点」である。 個人市民税の1%相当額ではあっても、その執行に市民の選択権、市民の投票権を認めること は、「予算執行に対する市民参加」である。個人市民税の 1%相当額は、予算規模が大きく、歳 入に占める個人市民税の額が高いほど、その額は大きくなる。例を 2013 年度決算からあげてみ よう。 <2013 年度決算における孤児市民税の 1%相当額> 港区 55,218,876 千円×1%=552,188 千円 杉並区 56,295,868 千円×1%=562,958 千円 武蔵野市 15,638,246 千円×1%=156,382 千円 府中市 18,850,305 千円×1%=188,503 千円 日野市 12,334,080 千円×1%=123.340 千円 以上のように、日野市の予算規模(約 600 億円)でも個人市民税の 1%は 1 億円を超える。こ の予算執行、とりわけ市民活動に対する交付決定に市民参加を導入する意義は大きいと考えられ る。弘前市方式とも呼べる方式の拡大も課題である。
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