首都圏とその周辺における農村空間の商品化による観光

地理空間 7-2 113 -148 2014
首都圏とその周辺における農村空間の商品化による観光活動の地域差
田林 明*・大石貴之**
*
筑波大学名誉教授,**岡山商科大学経営学部
この報告では,首都圏とその周辺を含む 15 の都県の観光と農政の担当者から,それぞれの都県にお
ける農村空間の商品化による観光活動の種類と分布状況,そして地域差について聞き取り,さらに統
計や既存の研究,そして観光パンフレット等の分析を加えて,現代社会で活発に行われているか,あ
るいはその潜在的可能性が高い,重要とみなされる観光活動を抽出した。それらは,散策と市民農園,
農産物直売所・農家レストラン,観光農園,ハイキング,農林業・農山村生活体験,避暑,スキー,登山,
そしてマリンレジャーの 10 種類であった。これらの分布に基づいて地域区分を行った結果,基本的に
は東京都心部を中心とした同心円状のパターンがみられた。それは,農村空間の商品化による観光活
動は,主として大都市からの近接性や交通利便性によって,さらには自然環境や農林水産業の内容,
既存の観光地の存在によって規定されるからである。
キーワード:首都圏,農村空間,商品化,観光活動,地域差
を取り入れて地域振興を試みる傾向は,都市地域
Ⅰ はしがき
であろうと農村地域であろうと,現代の一般的な
現代の地域振興の重要な手段となっているの
傾向となっている(溝尾,2007)。
が,観光によるものである。観光は時代ととも
農村地域においては,生産を基盤とした農村
に大きく変化しており,これまでの国立公園や
経済から消費を基盤とした経済への転換がみら
国宝級の建造物,名所といった著名な観光拠点を
れ,消費に基づく多様な農村経済活動のうち,
めぐる観光にかわって,棚田の景観や都市近郊の
最も視覚に訴える活動が観光によるものである
里山,都市の中の生活感のある古い町並みなどが
(Woods,2005)。すなわち,現代は農村が観光客
重視されたり,農山村の景観や産物,食文化など
の商品になっている時代であり(Butler,1998),
が観光資源化されたりするという傾向が強まって
例えば,果樹農業地域では摘み取り園や農産物直
いる。そしてグリーンツーリズムやエコツーリズ
売所,宅配サービスなどの観光的な要素を取り入
ムといった新しい観光形態が注目されている(山
れて地域農業や経済活動を発展させようとする取
村,2006)。また,日本における観光活動の推移
り組みが増えている(林,2007)。それぞれの地
に関して,財団法人日本交通公社(2004)は,周
域のもつ自然環境を含めた農山漁村の地域資源を
遊型観光や慰安団体旅行などの「みる」観光に,
活用すること,すなわち農村空間の商品化による
スポーツ旅行や体験旅行などの「する」観光と保
観光活動が,実際にどのように行われており,地
養や休養,避暑や避寒などの「滞在型の旅行」な
域によってどのような特徴があるかを整理し,そ
どが加わり,さらにそれらを人々が目的に応じて
の地域的条件について考えようとするのが,この
使い分けるようになったとしている。こうした
報告の目的である。ここでは,観光を遊覧や見学
人々が観光地に求める要素の変化は,地域振興の
に加え,レクリエーション,保養・休養・体験・
ありかたにも変化をもたらし,新しい観光的要素
交流等を含めた広範な意味で用いることにする
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