樋口直人レジュメ PDF - 韓国人研究者フォーラム

韓国人研究者フォーラム(於:法政大学) 20150307
日本の排外主義運動をめぐるミクロ分析 ――活動家の背景と動機をめぐって―― 樋口直人(徳島大学)
1.右派市民運動をめぐる言説と先行研究 ・社会運動研究と社会運動に対する通俗的見解の間
‐社会運動研究:90 年代から Mobilization や Social Movement Studies など、英語圏で
専門誌が出されるようになっている。その基礎の 1 つとなったのが、1960 年代以降の資
源動員論といわれる社会運動論のパラダイム転換がある。つまり、社会運動は不安や剥
奪から生まれるのではなく、機会や資源を活用する活動家によって生み出されるという
認識の変化が背景にある。
‐通俗的な見解:こうした見方は、メディアや評論のレベルではほとんど共有されてい
ない。何かがあるたびに、その背景に不安や剥奪を読み込む作業が繰り返される。
→社会運動論の立場から排外主義を扱ったところに、報告の特徴がある。
・先行研究①:『癒しのナショナリズム』(小熊・上野 2003)
‐「新しい歴史教科書をつくる会」の横浜支部への参与観察の成果、貴重な先行研究と
して参照される頻度が高い。
「ミドルクラスのそこはかとない不安」が運動の背景にある
と分析。
‐研究者としての評価:小熊英二と上野陽子の共著となっているが、調査報告部分は上
野の卒論。先行研究も把握しておらず、対象との距離について自ら困惑を記している学
部生が書いたもの。自らも参加していたかもしれないという自己投影が強すぎて、練ら
れたフィールドワークの成果になっているとはいえない。小熊自身も調査の素人だし、
その小熊の手も入っていないことは繰り返しの多さなど文章の未熟さをみれば明らか。
これは学部卒会社員の著者ではなく、きちんと吟味せず受け止める研究者の問題。
・先行研究②:『ネットと愛国』(安田 2012)
‐在特会を世に知らしめた発掘的ルポルタージュの成果。日本ジャーナリズム大賞と講
談社ノンフィクション賞を受賞など、社会的な評価も高い。取材もよくされている。非
正規雇用の増加などによる下層の若者の不安を、在特会の背景としている。
‐研究者としての評価:取材はよくされているが、①感覚的な把握にもとづく(無責任
な)発言、②再帰性がビルトインされていない「普通の人」的な分析、③当初のストー
リーに流し込む「見込み捜査」により、分析には間違いが多い。①在特会の参加者の半
数以上は日韓ワールドカップをきっかけに嫌韓になったというが、計算のもとになった
分母と分子を聞いても答えられない。表 1 にあるように、安田の著作やメディアに登場
する人物をみる限り、特段「下層の若者」に集中しているともいえない。②ワールドカ
ップの件が事後的に再構築された可能性が高いことを指摘したら、そうした思考がない
ことを認めていた。③聞き取りを受けた在特会副会長は、安田氏が「寂しかった自分の
若者時代」についてひとしきり話して「そういうことですよね」と言われたという。こ
れも注意深く読めばわかることだが、研究者は額面通りに受け止めてしまう傾向が強い。
→外国の事例研究が参照されることもなく、質が高いとはいえない少数の分析から「常
1
韓国人研究者フォーラム(於:法政大学) 20150307
識」が作られていく状況。研究領域として成立する以前の段階1。
・報告者の調査結果として提示した排外主義運動の活動家像
‐階層:活動家層のほうがフォロワーより階層が高いから当然とはいえ、学歴は高いし
経済的に困窮している者も少ない。全体としていえば、明確な階層的基盤がある運動
とはいえない。
‐政治的志向:代わりに共通項となるのが保守的な政治的志向性。弱い自民党支持から
右翼まで幅があるが、もともと保守的なことが排外主義運動への抵抗を弱めている。
表1 『ネットと愛国』やメディアに登場した排外主義運動の参加者
No
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
活字に登場した呼称
八木康洋
米田隆司
OL
藤田正論
菊地内記
金友隆幸
増木重夫
中村友幸
沓沢亮次
西村修平
黒田大輔
森脇武一郎
自動車整備士
宮井将
15 松本修一
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
桜井誠
川東大了
荒巻靖彦
有門大輔
よーめん
行本慎一郎
西村斉
岡本祐樹
星エリアス
中谷良子
中谷辰一郎
若い男
先崎玲
男性
高橋阿矢花
徳部㐂久夫
OL
元支部長
元支部長
元会員
パート女性
年配の参加者
青年
一二三
中島康治
年齢
38
49
29
30代後半
27
25
58
57
44
62
34
28
39
32
35
39
40
47
36
40代半ば
27
42
21
24
35
42
14
54
32
28
41
30代
30代
40代
30代
32
50代
25
31
34
地域
関東
関東
九州
北海道
東北
東京
関西
関西
東北
東京
関東
中国
九州
関西
学歴
院卒
大卒
大卒
大卒
大卒
大卒
大卒
大卒
大卒
大学中退
大学中退
大学通信課程
専門学校卒
専門学校卒
職業
研究所勤務
出版社勤務
OL
デザイン会社経営
銀行員
右翼団体
学習塾経営
サラリーマン
獣医師
建設会社員
行政書士
塾講師
自動車整備士
配送センターアルバイト
関西
専門学校中退
自動車洗浄業
関東
関西
関西
東京
関東
東京
関西
関西
関西
関西
関西
東北
九州
九州
北海道
東北
東北
西日本
西日本
関西
沖縄
沖縄
東京
中部
四国
高卒
高卒
高卒
高卒
高卒
高卒
高卒または中退
高卒または中退
高卒または中退
高校中退
中卒または高校中退
中学生
非常勤公務員
電気工事業
バー経営
右翼団体
健康食品販売業
院卒
大卒
不動産管理
鮮魚店員
植木職人
ネイリスト
建設
学生
美容院経営
農業
OL
ダンプ運転手
OL
自営業者
会社員
会社員
パート
自営業者
転職繰り返す
情報処理会社員
自営業者
出典
2012a: 54
2012a: 40
2012a: 60
2012a: 77-8
2012a: 84-91
2012a: 154
2012a: 339-40
2012a: 226-7
2012b: 293-4
2012a: 145-8
2012a: 178-9
2013a:10-19
2012a: 69
2012a: 314-8
2012a: 332-5
朝日新聞2010.12.30
2012a: 16-30
2012a: 118-27
2012a: 118-42
2012a: 163-4
2012a: 173
2012a: 178-81
2012a: 118-31
2012a: 118-41
2012a: 118-38
2012a: 118-42
2012a: 118-34
2012a: 82-3
2012a: 58-9
2012a: 67
2012a: 73
2012a: 85
2012a: 85-6
2012a: 264
2012a: 280-1
2012a: 337-8
2012b: 291
2012b: 291-2
2013a: 31-4
朝日新聞2010.3.17
朝日新聞2013.8.22
1 このほかに、活動家層にアプローチしたものとして、北原・朴(2014)や山口・斉藤・荻上(2011)が
ある。ただ、これらをもってしても右派市民運動の実像が理解できるといえるほどの蓄積にはならない。
2
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表1 『ネットと愛国』やメディアに登場した排外主義運動の参加者(続き)
No 活字に登場した呼称
年齢
地域
学歴
職業
41 山本優美子
40代
東京
大卒
自営業者
出典
北原・朴(2014)
佐波(2013)
42 サヤカ
北原・朴(2014)
30代
大卒
OL
43 岡山ひびき
28
佐波(2013)
大卒
44 津原加奈
30
佐波(2013)
東京
大卒
会社員
45 大学生
20
毎日新聞2013.6.13
中国
大学在学中
学生
46 中野区の女子大生
19
朝日新聞2010.3.15
関東
大学在学中
学生
47 佐波優子
35
北原・朴(2014)
東京
短大卒
キャスター
48 中曽千鶴子
北原・朴(2014)
50代
兵庫
短大卒
49 Saya
佐波(2013)
神奈川
短大卒
シンガーソングライター
50 若者
東海林(2013)
20代
埼玉
専門学校卒
派遣労働者
51 青年
23
朝日新聞2014.5.1
東京
高卒
アルバイト
52 にゃんにゃん
25
佐波(2013)
東京
高卒
53 神鷲皇国会の少年
18
産経新聞2013.5.13
関西
高校中退
仕事長続きせず
54 駒井真由美
41
毎日新聞2015.1.5
関西
中卒
生活保護
55 横浜市青葉区の男性管理職
49
朝日新聞2010.3.15
関東
外食チェーン管理職
56 前橋市の行政書士
54
朝日新聞2010.3.15
関東
行政書士
57 国立大の男性職員
45
朝日新聞2010.3.17
大学職員
58 無職男性
25
朝日新聞2010.5.3
関西
無職
59 大阪市の自営業の男性
34
読売新聞2010.9.6
関西
自営業者
60 会社員男性
40代
西日本新聞2013.4.7
関東
会社員
61 生主
39
朝日新聞2013.4.28
関東
メーカー勤務
62 会社員男性
20代
朝日新聞2013.5.3
関東
会社員
63 ビジネスマン
25
Japan Times 2013.5.23
関東
ホワイトカラー
64 男性
26
毎日新聞2013.6.14
関西
運送会社員
65 事務員女性
26
毎日新聞2013.6.25
関西
事務員
66 会社員男性
27
毎日新聞2013.6.25
関西
会社員
67 男性会社員
28
共同通信2013.7.3
関東
会社員
68 男性会社員
33
読売新聞2013.7.3
関西
会社員
69 男子学生
20代
読売新聞2013.7.3
東京
学生
70 幸希
41
中日新聞2013.7.16
中部
看護師
71 20代女性
20代
朝日新聞2013.11.22
関西
事務職
72 会社員女性
32
朝日新聞2013.11.22
関西
会社員
73 男性
55
毎日新聞2014.1.5
東京
派遣社員
74 伊藤広美
54
朝日新聞2014.10.24
三重
職業不詳
75 山本雅人
50
朝日新聞2014.10.25
京都
運送業
76 天羽絢子
35
佐波(2013)
モデル
77 あにぃ
22
佐波(2013)
78 鈴木千春
佐波(2013)
東京
会社員
注:出版年だけの表記は安田の著作を示す。属性については、他の情報源から得られたものも補ってある。安田の著作については
2012年時点、他のメディアは掲載時点での年齢を示す。
2.調査設計 ・先行研究との関係:日本には有力な極右政党がなかったため、投票行動という「行為」
ではなく移民への態度という「意識」に関するサーベイがあるくらい。欧州だと極右政党
への投票が、排外主義をみる上でもっとも有力な変数。しかし欧米でも活動家に関する研
究は少なく、白人至上主義者に対する Blee(2002)、イギリス国民党に対する Art(2011)、
Goodwin(2010, 2011)、西欧の比較研究(Klandermans and Mayer 2006c)がある程度。
・ライフヒストリーと政治的社会化の過程:ケニストン『ヤング・ラディカルズ』のよう
な、活動家が政治意識を形成していく過程に着目。活動家の「主張」よりもイデオロギー
形成の過程をみることで、組織から引きはがしてここの背景をみることができる。
→これにより、図 1 のようなミクロ動員の過程を想定し、それぞれの要素に即して何が特
質なのかを報告する。
3
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家族内での
運動と対立的な
社会化
イデオロギー
その他の社
運動に親和的な
会化の影響
イデオロギー
フレーミングの水準=第 4 節
運動に共
感しない
動員対象
でない
運動に共
感する
動員対象
となる
政治的社会化=3 節
参加意欲を
持たない
参加意欲を
持つ
運動に参
加しない
運動に参
加
動員構造の水準=5 節
図 1 運動参加への段階
出典:Klandermans (1997: 23)と McAdam (1986: 69)を合併して作成
3.運動以前の政治的社会化 ・イデオロギーと政治的社会化
‐活動家が運動と出会う以前からの「根っこ」としての「保守」イデオロギーは、いか
にして形成されるのか。
‐表 2 の類型が、調査対象者のそもそものイデオロギーであり、この節では各類型にた
どりついた過程をみていく。
表 2 排外主義運動に関わる以前のイデオロギー
政治的立場
排
明示的
無関心
革新→保守/右翼
保守
右翼
0名
0名
排外主義者
0名
接合=3名
外
志
非明示的
向
ノンポリ
転向者
草の根保守
右翼
覚醒=3名
翻身=3名
拡張=18 名
増幅=7名
注:類型の名称に関しては以下を参照した(Berger and Luckmann 1966; Blee
1996; Snow et al. 1986)。
・覚醒、翻身、接合、拡張、増幅――類型に至る過程
‐先行研究と異なる点:先行研究によると、極右活動家のなかには極右的な両親のもと
で育った者が多い。しかし、調査対象者のなかで家族の影響について言及する者はいた
が、先行研究が示唆するより少数であり、しかも両親よりは祖父母に言及する頻度の方
が高かった。
‐ノンポリからの覚醒(3 名):「政治」「外国人」の双方に対して関心がなかったノンポ
リが、何らかのきっかけで「目覚めた」場合を指す。
*筆者と同年齢の K の場合:在特会に関わるまで選挙に行ったことがなかった。
「昔から
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韓国人研究者フォーラム(於:法政大学) 20150307
アジアに対して日本はひどいことをしたって聞いてますし、社会人になってから従軍慰安
婦問題も聞いてますけど、その時も「そんなのいちいち問題にすべきじゃないよ」という
くらいで 」 という認識が根っことなっている。直接のきっかけとなったのは、「(2005
年の)上海の大規模なデモですね。
日本は中国や朝鮮に対してひどいことをしてきたん
で、嫌われているって話ずっと聞いてたんですよ。
あれだけの大規模なデモが始まった
んで、当時の日本はどれだけひどいことをしたんだろうと思って、調べ始めたんですよ。
ところがほとんどそういう事実はなかったというのがわかって、今に行き着いた」。
‐転向者の翻身(3 名):革新を自認していた者が転向する場合を指す。
*在特会広報局長の A(40 代男性)の場合:30 代までは左派政党に投票。
「決定的だっ
たのは
拉致が発覚したあの年ですね。あの年に自分のなかではっきりとあの舵が違う方
向にガチャッときられたのを感じましたね」。ここでも事件がきっかけになっているが、
彼は「戦勝国」との関係の見直し――「戦後レジーム」の全面的な否定にまで至って
いる。「今までヨイショしてきた北朝鮮とか、中共とか、ああいう国がいかにとんでもな
い国か
要するに日本は戦勝国に囲まれていて、事実上やりたい放題されている状態なん
ですけど、まあ戦勝国側の理屈がいかにでたらめか」。
*数少ない女性たる X(40 代女性)の場合:父親が自治労の組合員という家庭で育ち、
20 代前半には親の意向を受けて社会党に投票。20 代後半には同盟系労組の専従とな
り、男女共同参画を推進する活動に従事していた。「自分の中で日本が好きだというの
をかっちり持ってましたけど、外には口にできない」ストレスがたまる状況。違和感を
明示化するきっかけを提供したのは自己啓発の団体で、そこで「正しく導いてもらっ
た」と感じ、
「しっくり来るという感覚」を得た。その結果、組合の仕事がつらくなっ
て仕事を辞めた。これはエディプス的反抗の一種であり、それが彼女の振幅を大きく
し、過激なものに対する抵抗感を弱めたと考えられる。
‐排外主義者と接合(3 名)
:運動に加わる以前から「外国人に対するネガティブな関心」
を持っていた者を指す。
*エンジニアの H(30 代男性)の場合:親が神職である保守的な家で育ち、
「実を言う
と僕、○○という地区で朝鮮人部落というのがあるんですね。そういうところがあって、
親から朝鮮人とは付き合うな、あいつらと関わると危ないぞという教育があるんですよ」。
京大入学後、学長がウトロ地区に関して在日コリアンを擁護する発言をするので、
「抵
抗運動みたいな」ものとして在日コリアンを攻撃するようなサークルに。
‐草の根保守の拡張(18 名)
:明示的な排外感情を持っていたわけではない草の根保守が、
保守として排外主義に共鳴する場合を指す。
*農村的な草の根保守たる B(30 代男性)の場合:デフォルトとしての自民党。
「実家
のほうが農村部で場所的に保守的な層が厚いところで、というのを子どもの時からずっと
そういうのを聞いていて」。そうした立場からの愛国心。
「この国に生まれたのも、父ち
ゃん母ちゃんから生まれたのも、全部必然で偶然はないと思うんですよ。 この国で生ま
れ育った以上、愛すしかない」。それが「日本が嫌いだ嫌いだって壊している人間が嫌い」
として拡張され、排外主義に結びつく。
*船橋出身の B(40 代女性)の場合:生活保守主義にもとづく典型的な自民支持層だ
った。「昔は自民党政権でしたから、別に一般人は興味持たなくても上の人が適当に何か
5
韓国人研究者フォーラム(於:法政大学) 20150307
やってくれるだろうと」
。それが排外主義運動に関わるのは、やはり生活保守主義ゆえ
のことであり、「この国を元の 90 年代の日本に戻したいということじゃないかなと思い
ます。80 年代か 90 年代の。昔の自民党が政権を治めていた時代、何も考えないで普通に
生活できる時代に戻すことかな」。
‐右翼の増幅(7 名):排外主義運動に関わる以前から自民党より「右」の立場にいた場
合。
*「尊王派」たる在特会副会長の D(30 代男性)の場合:「中 1 のときは、大東亜戦争
終結の御詔勅も暗記させられたんで、今でも普通にいえますね。・・・「五内為ニ裂ク」―
―先帝陛下がおっしゃっている。要するに、内臓が張り裂けそうに辛いっていうようなこ
とをいっていると、しゃべっているうちに段々泣きそうになってくるんですね」。
*右翼から排外主義に至った報告者と同年齢のγの場合:
「天皇陛下のお写真があって陛
下に挨拶くらいしてけ、というじいちゃんで、自然とこう
。学校でも教えられないじゃ
ないですか。だから多分わかんなかった。天皇陛下の御存在自体考えたことなかったのに
――じいちゃんに高校時代お世話になってから、天皇陛下というのは尊敬しなければいけ
ないものなんだ、と毎日刷り込まれていったっていうのが土壌になっていると思いますね」
大学に入学したγは、「朝まで生テレビ」に出演していた右翼活動家の野村秋介を知
った。友人を介して彼の著作に接して感銘を受け野村事務所に連絡したところ、維新
政党・新風を紹介され活動家生活に入ることとなる。組織としての体をなしていない
新風を離れ、自前の活動を続けるうちに在特会と出会い、排外主義運動にも関わるよ
うになっている。
→では何が排外主義への回路となったのか?
・家族の影響
‐V(30 代男性)の場合:比較的よくみられる(極端ではない)保守的な拡大家族で育
ち、祖父の影響を受けてきた。「祭日には日の丸をじいちゃんが掲げたりとか。
政治に
興味を持つというか、社会人としての最低(のことを)知らないかんということで、ニュー
スは見なさい、毎日、新聞読みなさいとか。わからんところは聞いたらちゃんと教えてくれ
るし。
うちのじいちゃん自体が自民党が好きだったんで、昔の話からいうと「自民党に入
れとけば」というような考え方ですよね」。それが排外主義と接点を持つ要素の 1 つは、
戦前の状況に対する親族の話により培われた、歴史修正主義。「(戦争)体験の話とかい
う部分で、
(戦後教育に)疑問は昔から持ってたのはあるんです。じいちゃんとかから聞いた
話とかと大分違うなと。で、うちの母も自分のじいちゃんは植民地――朝鮮半島に農園とか
1 つ持ってたんで、向こうに行っていたという話を母に聞きながら、なんか聞いているよう
な話と大分違うなというイメージはありました。そんなひどいことなんかしてないのに、と
いう感じのイメージもありましたし」。彼の場合、歴史修正主義も親族からの影響であり、
インターネットを介して受容したわけではない。彼が排外主義を受容する素地になった
のは、親族や地域を媒介とした第一次的な社会化の過程であり、社会集団から遊離した
ネット右翼というイメージとは対極にある。
→こうした類型に属する者が少数であることは、インターネットの影響力の強さを逆説的
に示す。
・歴史修正主義
6
韓国人研究者フォーラム(於:法政大学) 20150307
‐歴史修正主義に関しては、学校教育への違和感が語られる比率が高く、大人が「自虐
史観」として敵視するのとは異なる水準にある、子どもとしての反発。インターネット
が普及してからは、
「総合学習とかあって、パソコン活用したりとか」
(20 代男性)する過
程で歴史修正主義のホームページに行き当たるケースも多い。
‐P(20 代女性)の場合:幼少の頃から過去の戦争に関わる報道や学校教育に疑問を抱
いていた。Pは高卒でホステスになるが、歴史には強い関心を持ち、教科書の細部の記
述に至るまで覚えていた。「8 月になると、戦争特集とかテレビでやりますよね。あれみて
て、何でこんなに日本が悪い悪いといわれないといけないのかという疑問があったので、誰
に教えられたわけではないですけど、やっぱり右に寄っていきますよね」。そこでシンボル
とされるのは「慰安婦」問題で、歴史修正主義全体にとっての主要な攻撃目標をなぞっ
たにすぎない部分もある。ただしそれだけでなく、政治過程において韓国政府と韓国人
と在日コリアンが重なるところに「慰安婦」問題があることが、
「慰安婦」への関心→排
外主義という回路を形成している。
・近隣諸国との関係にかかわる事件
‐在特会初代事務局長の S(30 代男性)の場合:野球の本場たる米国にあこがれて隣国
のカナダにワーキングホリデービザで滞在していた。その時、「WBCの時に二次リーグ
で韓国とやって、日本が負けて、その時に韓国の選手団がマウンドに旗刺したって事件覚え
てないですか。そういった事件があったんですね。
マウンドってのはその中でもさらに上
位、それこそ何ていうんだろうな、感覚的にはそれこそキリストだとかマリアだとかに近い
くらい神聖なものなんです。
それに対して旗を刺すとは何事だっていう怒りがこみあげて
きまして。そこからですね、本格的に(嫌韓に)なったのは」。S は同時に、バンクーバー
の雨季には出歩くことがないからネットサーフィンするうちに、
「世界史コンテンツ」と
いう修正主義的なページを熱心にみるようになってもいた。 ‐中国が嫌いだったという J(40 代男性)の場合:天安門事件で中国が嫌いになり、
「毒
入りギョウザとか、北京オリンピックの時の長野の暴動事件」で信用できないという感
情が強まったと述べる。そして「決定的な出来事は尖閣ですよね。中国がああいうことを
する国だというのはわかっていたけど、中国の行為よりも日本の政府の対応の方に怒ってた
んですよ」。彼の場合、古典的ともいえる反共意識が先にあり、その上に中国で起こる数々
の「事件」があって嫌悪感が固定化していったとみたほうがよい。
→「事件」は、従来から持っていた認識を強化する役割を果たす。
・排外主義を受容する土壌
‐活動家内部でも温度差があり、それは活動参加以前においてより大きい。欧州で極右
運動に関わる少年たちは、ほとんどがそれ以前に逸脱的なサブカルチャーに関わってい
たが、日本の場合にはそうではなかった。加えて、政治的社会化の過程で排外主義を受
容する素地が形成されているか否かは、活動家によってかなり異なる。当初から排外志
向を明示的に持っていた者は 3 名にすぎず、しかも 2 名は「在日」ではなくニューカマ
ーに対する排外意識だった。
‐ほとんどの者は、「外国人問題」ではなくそれ以外の回路から排外主義へと近づいてい
った。その有力な要素として、まずは歴史修正主義が挙げられる。90 年代に修正主義的
な情報が手軽に入手できる形で流通しており、そうした「供給」側の変化が言語化され
7
韓国人研究者フォーラム(於:法政大学) 20150307
ない修正主義を言語化、さらには集団化したと考えられる。
‐周囲の他者から影響を受けたと自覚している者の比率は低く、受けたとしても両親で
はなく祖父母であることが多い。これは、排外主義運動が保守主義に起因するというよ
りは、歴史修正主義の一変種であることに起因。戦争に関する実体験にもとづいた修正
主義は、年齢的にみて両親でなく祖父母から受け継がれるからである。右翼に分類され
る者の場合、周囲(家族や学校)の影響を受けていることが多かった。これは、右翼的
思考が大人になってから形成されるわけではないこと、子ども時代には「意味ある他者」
の導きが必要であることを意味している。
‐こうした「意味ある他者」を挙げられないような形で政治的社会化を経験した者の場
合、その機能的等価物となるのが何らかの「事件」であった。聞き取りで言及されたも
のを列挙すると、
「拉致問題」
「ワールドカップ」
「WBC」
「尖閣問題」
「中国の反日デモ」
をきっかけに、排外主義への傾斜が進んでいく。ほぼ全員が、マスメディアを通じて初
期の情報を知り、それからインターネットによりマスメディアに載らない情報を得ると
いう段階を経ていた。
‐在特会の基盤は草の根保守にあるが、類型のなかでもっとも多様性が大きかった。ま
た、ノンポリの一部と草の根保守の一部には、政治的社会化の過程で排外主義運動につ
ながる要素を見出すのが難しい者がいた。つまり、運動と接点を持つ以前には相当の温
度差があるのだが、これは排外主義運動に参加する段階でかなりの程度解消されている。
→それはいかにして解消されるのか。
4.運動への誘引 ・政治的社会化から運動へのフレーミングへ
‐前節では、排外主義運動とイデオロギー的に親和性がないわけではないが、「外国人問
題」に関心があるわけでもない「潜在的活動家(動員ポテンシャル)」の形成をみた。
‐動員ポテンシャルは、いかにして排外主義運動へと誘引されるのか。その認知過程を
みる際にフレームという概念(Snow et al. 1986)は有効。フレームとは、ゴフマンの用
語で「解釈図式」を、フレーム調整とは、
「個人と社会運動組織の解釈志向をつなげるこ
と」
(Snow et al. 1986: 464)を指す。社会運動組織は、問題の「診断」と解決に向けた
「予言」、そのために必要な行動への「動機付け」を行う中心的な主体と位置づけられる。
‐排外主義運動の中心的なフレーム:「在日特権」だが、新聞やテレビはおろか、右派論
壇ですら認知されておらず、インターネット掲示板で生まれマンガで使われたに過ぎな
い。にもかかわらず、いかにして活動家たちは在特会に誘引されていったのか。
‐組織と勧誘対象との間のフレーム調整:勧誘対象のイデオロギーと運動のフレームの
親和性によって分岐が生じる。親和性がある場合でも、両者の接点は顕在的な場合と潜
在的な場合がある。運動との接触以前から、
「在日特権」と結びつくようなイデオロギー
的関心があったものを、ここでは「顕在」としておく。この場合、潜在的支持層はスノ
ーらのいうフレーム架橋により「在日特権」フレームに共鳴する。
‐フレーム調整の類型
① フレーム架橋とは、「特定の争点や問題に関してイデオロギー的に親和的だが構造
的に結びついていなかった」(Snow et al. 1986: 467)対象者とフレームの接続。
8
韓国人研究者フォーラム(於:法政大学) 20150307
② 両者の接点が潜在的である場合、「特定の争点、問題、一連の出来事に関わる解釈
フレームの明確化・活性化」(Snow et al. 1986: 489)たるフレーム増幅が必要。
③ 両者が対立的な関係にあるときには、「古い理解や価値を変える、そしてまたは新
しい理解や価値を生み出す」
(Benford and Snow 2000: 625)フレーム転換が必要。
④ ノンポリのような立場の場合、潜在的支持者は何らかのきっかけにより運動の掲げ
るフレームに関心を持つようになり、フレームに共鳴するようになると考えられる。
こうした過程をフレーム邂逅(frame encounter)と呼んでおくと、フレーム転換
ほどの変容は伴わないものの、ノンポリが活動家になるといった変化は生じる。
イデオロギーとフレームの親和性
低
高
両者の関係
両者の接点
対立
無関心
フレーム転換
顕在
潜在
フレーム邂逅 フレーム架橋
フレーム増幅
図 2 イデオロギーとフレーム調整過程の関係
・活動家の語りにみるフレーム調整過程
‐フレーム架橋(14 名):前出のエンジニアの H の場合、「社会運動で従軍慰安婦はいた
んだと訴えてきた人と対峙してディベート合戦していたと。在日というよりも、初っ端は従
軍慰安婦の問題」。このグループがなくなり、検索するうちに在特会に行きついた。「(在
特会を)認知するのがカルデロン問題で動画をアップしてたのがあって、そこからですかね。
そいつらに面と向かって「やめろ」という人が――在特会がいたんですね。これは素晴ら
しいじゃないかということで、そこから在特会に入ったんですよ」。彼にとって在特会は、
自らのイデオロギーを具現化する存在であり、それゆえ「在日特権」フレームにも即座
に共鳴。
→運動参加に必要なのはイデオロギーとフレームの間を調整し共鳴に至る認知的な変化
ではない。自らのイデオロギーを体現する運動=在特会の存在を知ることが重要なので
あり、両者をつなげたインターネットこそが運動参加を促した最大の要因となる。
‐フレーム増幅(13 名)
:多くは偶然のきっかけにより在特会の動画などに接するように
なり、そこから「在日特権」という「問題」を見出していく。O(50 代男性)の場合、
韓国・朝鮮が「全然嫌いでもなければ好きでもない、興味もないんですよ」。それが、「在
特会に一番最初に入るきっかけは、名前が良かった。
「在日特権を許さない」――めっちゃポ
イント絞っているじゃないですか。「在日特権」、何だそれ?というのがあったんですけど、
ちょうど私が会に入るきっかけになったのが、三重で詐欺がですねえ、公務員による詐欺が
発覚したんです。住民税が半額、50 年間に渡って恒久的に半額にしてたっていうあのニュー
スが出て、「ああやっぱり在日特権はあるんだ」。
→フレームの「経験的信憑性(empirical credibility)
」(Snow and Benford 1988: 209)
が、Dをして「在日特権」を信じさせる。
‐フレーム邂逅(3 名)
:ヤマダ電機で働く I の場合、ネットサーフィンしている最中に、
「日本語動画でみたら 1 位になっている動画があって、そこに「創価学会をつぶす存在」み
たいなタイトルがあったんで、「何だこれ?」と思って。「あんなところにけんか売ったら殺
9
韓国人研究者フォーラム(於:法政大学) 20150307
されるだろう」と思って」。I がみたのは在特会と共同戦線を張る瀬戸弘幸の街宣で、創価
学会に否定的な感情を持っていた I は、
「月に 1 回 2 回くらい休みの日に半日動画をみて」
さまざまな情報に接するようになり、フレームに共鳴するようになっていく。
→動画に接した時のインパクトの大きさが、フレーム調整を可能にしている。邂逅した
としても動画に興味を惹かれない限り、排外主義の動画との邂逅はネットサーフィンの
断片にしかならない。フレームの「中心性」(Snow and Benford 1988: 198)、すなわち
自分にとって重要なことかどうかが影響を及ぼす。
‐フレーム転換:なし。フレーム邂逅も少ないことから、運動に加わる以前から、それ
に共鳴するイデオロギーを持つようになっていた。その意味で、運動参加によって自ら
が大きく変わったという意識を持つ者は、ほとんどいなかった。 ・イデオロギーとフレームをつなぐもの ‐無媒介で「在日特権」フレームに即座に共鳴するのは、在特会に関わる以前から在日
コリアンに対する嫌悪感を持っている者――フレーム架橋の一部――に限定されていた。
それ以外の者については、
「在日特権」の発見は新たな出来事であり、イデオロギーとフ
レームを媒介する要素が必要だった。 ‐経験的信憑性をめぐる競合:「カルデロン問題」に関するメディアの報道に違和感を持
ち、在特会の動画に接して共感したといった場合が該当する。サッカーワールドカップ
で韓国チームに反感を持った例なども該当→マスメディアとインターネット上の排外主
義の間にフレーム矛盾(Nepstad 1997)――特定の紛争に対する両方の解釈の矛盾――
が顕著に生じた例。
表3 排外主義運動につながるきっかけとなった出来事
区分
具体的なきっかけ
外国人労働者
「外国人問 フィリピン人一家の在留特別許可
題」
外国人参政権
在日コリアンの集住地区問題
韓国
北朝鮮
中国
歴史
その他
人数
2
2
6
1
1
スポーツ(ワールドカップ、オリンピック)
拉致問題
2
4
尖閣問題
中国の反日デモ
1
1
天安門事件
北京オリンピック聖火リレー
1
2
歴史修正主義
人権擁護法
8
1
創価学会批判
戸塚ヨットスクールへの共鳴
2
1
民主党政権の誕生
右翼へのあこがれ
2
2
1
民族派つながりで参加
合計
2
4
5
8
9
34 34
‐マスターフレーム:より多くの者に影響を及ぼしていたのは、「自虐」「反日」という
右派社会運動全体を束ねるマスターフレーム(Snow and Benford 1992)の影響。
「在日
特権」を公言する政治家を探すのは難しいが、歴史修正主義や近隣諸国に対する敵意を
10
韓国人研究者フォーラム(於:法政大学) 20150307
つまびらかにする政治家は跡を絶たない。
「在日特権」フレームは、そうした「自虐」
「反
日」の下位フレームの 1 つ。
「在日特権」という「経験的信憑性」の低いフレームは、
「自
虐」
「反日」という近隣諸国・在日コリアン・日本の左派という敵手を一体のものとして
扱うフレームによって補強される(表 3 参照)。
‐中心性:以前から関心のある出来事をセンセーショナルに扱った場合、強い関心を持
つようになる。
「尖閣諸島での漁船衝突」といった事件により、在特会の会員数が急増す
るのも同じメカニズム。
5.舞台装置としてのインターネット ・インターネットによって可能になった排外主義運動
‐インターネットによって「促進される(enhanced)」運動と、インターネットによって
初めて「可能になる(enabled)」運動(Earl and Kimport 2011)。ゼロに近い基盤から
始めた日本の排外主義運動は後者の典型例。とりわけ在特会の場合、活動経験がまった
くない者が圧倒的多数であり、ネットワーク機能を代替したのはインターネット。
‐小集団を介して排外主義運動に参加したのは、在特会以外では 9 名中 6 名だったが、
在特会では 25 名中 3 名。社会運動にとって既存の集団やネットワークが重要であると
いう知見は、在特会については過去のものとなっている。
・インターネットとミクロ動員過程の変化
‐動員コストの低減、情報(フレーム)の独自性という 2 つの要素について、インター
ネットが促進/インターネットで実現という区分により作ったのが表 4。動員コストの
低減は、勧誘対象の範囲を広げる効果を持つ。情報の独自性は、インターネットでなけ
れば見過ごしていた「問題」を発見し、参加意欲を引き出すという点でフレーミング過
程を変える可能性がある。
表 4 運動への接触・フレーミングにおけるインターネットの役割
フレーミング過程
インターネットが促進
インターネットで実現
動
インターネット
(3)偶発的閲覧
(4)リンクを通じたフレーミング
員
で実現
9名
2名
過
インターネット
(1)自発的検索
(2)ネット経由の「問題」発見
程
が促進
10 名
4名
注:Earl and Kimport 2011; Van Laer and Van Aelst 2010 をヒントに作成。表中
に示した以外に、ネット普及以前から活動している者が 7 名、人に誘われた者が 2
名いる。
‐4 つの類型:
① 自発的検索(10 名)
:運動との接触、運動のフレームに共鳴する過程の双方におい
て、インターネットは重要な役割を果たしているが、それなくして実現不可能とい
うわけではない。
② ネット経由の『問題』発見(4 名):運動との接触はインターネットにより促進さ
11
韓国人研究者フォーラム(於:法政大学) 20150307
れ、フレーム共鳴はインターネットで初めて実現。
③ 偶発的閲覧(9 名):自ら検索するわけではなく、インターネットで偶発的に排外
主義的なコンテンツを閲覧し、共鳴。
④ リンクを通じたフレーミング(2 名):インターネットで偶発的に排外主義とは直
接関係ないコンテンツを閲覧し、そこからのリンクを通じて排外主義に共鳴。
・インターネットを介したミクロ動員過程
① 自発的検索:検索で簡単に情報をみつけられるようになったことで、運動参加を促進。
P の場合、ミクシィの保守系コミュニティでの呼びかけに応じて、外国人参政権反対
のビラ配りに参加。それから自らネット検索して活動の場を探している。「 外国人の
特権に反対する団体があるんじゃないかと思ってネット検索したら、正しくそれを団体名
にしているような、この団体(在特会)が一番最初にヒットしたので、もうこれは入ろう
と思って」。Pは、インターネットを使う前から歴史修正主義に関心があった。排外
主義はその延長であり、在特会との出会いも運命的なものではない。この類型に属す
る者にとってのインターネットは、情報入手の機会費用を低減する以上の機能を持た
なかったといえる。
② ネット経由の「問題」発見:自ら検索するなかで運動につながる情報を得ているが、
それを閲覧するうちに当初の関心から離れて排外主義に傾くようになる。在特会現会
長の F の場合、「やっぱりサッカーというのは結構大きかったんですよ。影響というか、
今回こういう運動やるという意味で」。学生時代にラグビーをしていた F は、サッカー
にも関心を持って「今のファウルだろうというのをとってくれない」と、韓国戦をみ
て思った。F はサッカーに関して検索を重ねていくうちに、当初は関心がなかったは
ずの「在日特権」を糾弾するようになる。「気がついてみたらこれだけやられている
んだ」と彼はいうが、それは何の関係もないことがネットサーフィンさながらにリン
クを通じて結びつけられた結果である。
③ 偶発的閲覧:B は、パチンコ店を営む企業で経理事務をしており、在日コリアンとの
接点は多かったが排外主義に結びつくような認識は「まずなかった」。それが、
「9 月
の雨が降っている日」に「李登輝さんと誰かが話している」ネットラジオの番組で、
「今の日本人は昔のことを悪くいうばっかで、という話があったんですね」。彼によれば、
「拾って聞いてみたら、何か急に心震えるものがあって。そこから勉強をちょっとずつし
て」歴史修正主義関連の情報を集めるようになる。その過程で、在特会の前身ともい
える桜井誠のホームページに行き当たり、彼のラジオ番組を聴き、在特会設立の告知
にも接して、すぐに入会を決めている。
④ リンクを通じたフレーミング:システムエンジニアの Q(30 代男性)の場合、「何か
のリンク」で瀬戸弘幸の動画を市長し、
「外国人、朝鮮人の話もされて。そこから調べ
て、気になって調べたというのがあるんですけどね。裏付けるものもいろいろ出てくるわ
けですね」。彼の場合、創価学会とも何の関係もないサイト→リンクにあった創価学
会中傷の動画→演説者のホームページ→「外国人問題」の発見という経路をたどって
いる。これはいわば、ヴァーチャル空間を飛んでいた蝶が、排外主義者の張ったクモ
の巣に引っかかるようなもの。
・資源動員をめぐる後発効果
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韓国人研究者フォーラム(於:法政大学) 20150307
‐インターネットによる動員は、強い紐帯と弱い紐帯の問題を改めて提起。資源動員論
は、強い紐帯がフリーライダー問題解決の鍵になるとみたが、日本の排外主義運動に関
して効果的だったのは弱い紐帯=インターネット経由の勧誘であった。日本には、排外
主義運動の基盤となるようなサブカルチャー集団(フーリガンやスキンヘッド)が、実
質的に存在しない(表 5)。インターネットと社会運動の研究においてさえ、インターネ
ットは強い紐帯を補完する性格が強いとされてきた。日本の排外主義運動による弱い紐
帯頼みの動員は、近年の反原発運動などとも共通する新たな様式といえるのか。
表 5 日本の極右をめぐる政治‐市民社会的基盤
イデオロギー
次
維
世
新
自 の 代
党
の
民
伝統主義
党
党
サブカルチャー的基盤
在特会
インターネット
救う会
一部経済団体(青年会議
会
新しい歴史教科書をつくる会
所)
議
英霊にこたえる会
一部宗教(神社、一部新
街宣右翼
宗教)
歴史修正主義
対外強硬派
社会運動組織
ナ
リ
ズ
ム
外国人排斥
ナ
シ
政党
日
本
出典:Minkenberg(2002: 247)を参考にして作成。
‐インターネットがミクロ動員に及ぼす影響には一定の幅がある。表 4 のうち、25 名中
10 名が単に検索機能を使った程度。偶発的に排外主義のコンテンツを閲覧した者は 9 名
おり、その意味でインターネットが新規の勧誘を実現する側面はある。だが、インター
ネットを介したフレーミングは 6 名についてのみ。インターネットは新たな情報を得る
場としては機能しているが、新たな認識を得る場としての機能は見劣りする。インター
ネットは、既存の立場を拡張する媒介と考えた方がよい。以前から政治的に保守的な者
が活動家になっているのは、そうしたインターネットの特性によるところもあるだろう。
‐ヴァーチャルな基盤に依存した動員は、その匿名性ゆえに選択的誘因(物質的誘因や
社会的誘因)に依存できない。「在日特権」の廃絶という組織目標を達成したところで、
活動家たちが利益を得られるわけでもない。その意味で排外主義運動の活動家は、純粋
にモラル・プロテスト(Jasper 1997)として運動に馳せ参じたことになる。
6.ミクロ分析からみた今後の研究課題――結語に代えて ・ネガとポジの逆転による課題の析出
‐病理的な行動をどう捉えるか:排外主義運動への参加が病理的な行動なのは当たり前、
しかしそれを単なる病理と捉えると、議論が次に続かない。病理的ではあるが合理的な
理解が可能な行動として捉え、そこに至る過程をみてきた。実際、3∼5 節の議論をみる
限り、排外主義者になる過程は理解可能な範囲にあると考える。
‐前節の最後からみえるのは、単なる排斥行動がモラル・プロテストにみえる文脈を特
定する必要性である。つまり、合理的な行為者が自らの行動に正義があると思わせる文
脈を問う必要があり、最後にこの点を論じたい。
・在日コリアン排斥の文脈
13
韓国人研究者フォーラム(於:法政大学) 20150307
‐排外主義運動は、移民一般ではなく在日コリアン(程度は弱いが在日中国人も)を標
的としてきた。
「ヨーロッパと外部」という欧州における排斥の文脈をみてきた者からす
ると、そこに日本型排外主義の特質がある。図 3 が示すように、標的は「日本と外部」
ではなく「日本と東アジア諸国」という文脈で設定される。
‐これは、「日本のアジア蔑視」というスタティックな議論で解ける問題ではない。2000
年代後半になって排外主義運動が拡大したことは、報告内容に内在的にはインターネッ
トの普及によって説明できる。だが、それだけでなく 90 年代後半以降に生じた近隣諸国
との関係や歴史認識問題を抜きにして、排外主義運動の台頭は説明できない。これを報
告者は日本型排外主義と呼んだ。
国民国家
国民国家
地域
地域
外部
外部
欧州型
日本型
図 3 排斥の標的をめぐる日欧の相違
・なくて困った研究について――今後の方向性をめぐって
‐極右運動の系譜:旧来型右翼(街宣右翼)、新右翼から、1990 年代以降に出てきた歴史
修正主義、ジェンダーバッシング、排外主義に至る系譜。あるいは、日本会議とその関
係者による「国民運動」の系譜。さらに、生長の家や神社本庁が核となった宗教右翼の
運動(統一教会も含む)。それぞれどのような関係があり、それぞれどこが新しいのか、
研究のメスはほとんど入っていないに等しい。
‐政治と排外主義:在日コリアン排斥をモラル・プロテストに見せるのは、政治的文脈
によるところが大きい。拉致問題や歴史問題などでの日本政府や保守政党の言説・行動
を、排外主義運動はデフォルメして再現しているに過ぎないともいえる。逆にいえば、
政治が排外主義を容認している部分があり、それが排外主義運動の台頭を招いたところ
はあるだろう(Art 2006)。表 5 を単なる一覧に終わらせず、精緻なマッピングを可能に
するような研究の蓄積が必要。
‐日本のナショナリズムと近隣諸国敵視:日本の社会学における日本のナショナリズム
に関する研究は、政治よりも文化ナショナリズムに目を向ける傾向が強かった(吉野
1997)。特にサブカルチャーの延長でナショナリズムを語る、不要不急のどうでもいい
研究が社会学の俊英と呼ばれる人たちから出される不毛な状況が続いている(北田
2005; 大澤 2011)2。日本の排外主義は、民族化国家(日本)と民族の祖国(中国、韓
2
それからすると、社会学者としてはまったくの素人だが、小熊英二の素朴な問題意識にもとづ
14
韓国人研究者フォーラム(於:法政大学) 20150307
国、北朝鮮)の関係にナショナル・マイノリティ(在日コリアン等)が巻き込まれるこ
とで生じている(図 4)。そうしたもつれた糸を解きほぐす作業の必要性を、特にこの研
究会では強調しておきたい3。
民族の祖国
ナ ショ ナ ル・
民族化国家
マイノリティ
図 4 民族問題の三者関係モデル
注:Brubaker(1996)をもとに筆者作成
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く研究は方向としては正しいと思う。彼がきちんと研究を組み立てて検証までできる人でないの
が惜しまれる。
3 この点に関わる研究で直近で出されたものとして木村(2014)があるが、筆者からすると期
待外れの内容だった。
15
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(付記)本稿は科学研究費による研究成果であり、稲葉奈々子、申琪榮、成元哲、高木竜
輔、原田峻、松谷満の各氏との共同研究によっている。記して感謝したい。 16