第2回ウェルケアグランプリ抄録

第2回
ウェルケアグランプリ
抄
録
2015 年 10 月 26 日(月)
大手町サンケイプラザ
Value aging を目指して ~自立支援介護とつながり社会の実践~
所属:ウェルケアテラス氷川台
氏名:門馬 真弓
1.ケアの目的
対象となるご入居者の歩行と尿失禁に焦点をあてて ADL(日常生活動作)の向上を図り、社会との
接点を再構築することによって生活の質(QOL)を上げることをケアの目的としました。
2.事例紹介
S.T 様 95歳 女性 要介護4 入居日:2015 年 6 月 30 日
【病歴】 大腸癌術後人工肛門増設・膀胱炎・便秘症・変形性膝関節症
3.経過
入居された当時、歩行は介護職による手引き歩行で、主に居室と食堂までの往復のみの移動しか
ありませんでした。もちろん屋外に出掛けることはなく、生活の全てはホーム内で完結していました。
食事は全量召し上がっておられましたが、1 日の水分量は1日約 1,000ml 程度でした。尿意は無く、
ほぼ毎回失禁されていました。また、食堂ではテーブルに突っ伏していることが多く、他のご入居者
との関わりはほとんど見られませんでした。
歩行に関しては、入居早期に歩行器歩行に切り替え、筋力強化訓練ではなく、歩き方を思い出して
もらう練習を集中的に行い、さらにシルバーカー歩行、杖歩行へと切り替えていきました。歩行距離
としては、7月は 10m程度で休憩が必要であったものの、8 月は月トータル1kmにせまり、歩行能力
は徐々に向上していきました。
水分摂取は自発的にされない方でしたので、目配り、声掛けを都度実施し、嗜好を考慮した飲み物
も配慮して提供する対応としました。また、敢えて目標値を1,700mlに設定して、1 日1,500ml 摂
取に取り組みました。
4.結果
歩行は前述のとおり、手引き歩行→歩行器歩行→シ
水分と歩行
ルバーカー歩行を経て、2 ヶ月で杖歩行一部介助、
1800
丸3ヶ月経った現在は杖歩行見守りという状況となり
1600
1400
ました。
1200
尿失禁については、入居時はほぼ100%の割合で失
1000
800
禁されていたのが、1 ヶ月目で 12%は尿意を訴えら
600
れるようになり、2 ヶ月目で 20%となりました。3 ヶ月
400
経過後の現在、尿意の訴えは 24%となっています。
200
0
QOLの向上については、歩行能力が向上し、外食す
6月
7月
8月
9月
ることができたこと、さらには運動会の見学に行けたこ
水分量(ml)
屋外歩行(m)
とは、リハビリが訓練のための訓練で終わることなく、そ
の先にある生活や社会につながっていった大きな成果でした。
また、机に突っ伏するご様子が半減し、他のご入居者との関わりが増えました。
1
5.考察
歩行は手引き歩行から杖歩行の自立となり、介助下ではありますが、階段昇降も実施することがで
きました。95 歳という年齢を考慮すると、この短期間での歩行能力の伸び幅は相当の成果であると
考えられます。失禁に関しても大きな改善ではありませんが、10 回に 2 回は失禁がなくなったと考え
れば、大きな前進と捉えることができます。さらには外部と遮断され、ホーム内で完結していた生活
が歩行能力の向上に伴い、外に目線を向けることができ、社会とつながる 1 歩を踏み出せることが
できました。
6.今後の課題
残念ながら、今回の対象期間においては、歩行、排泄以外におけるADLの変化は見られませんで
した。 これは援助してもらうという習慣や、自分でやらなくてもスタッフが手伝ってくれるという環境も、
状態を改善させる妨げになっている可能性があります。また、尿失禁に関しては自身で排尿を訴え
るようになり、頻度は減少しているものの、まだまだ向上の余地はあると考えられます。これらに関し
て、水分摂取量の増加を中心に、今後も引き続きアプローチしていきます。
<参考文献引用>
◆「介護の生理学」(竹内孝仁/秀和システム)
◆「自立支援介護ブックレット・歩行と排泄」(竹内孝仁/筒井書房)
◆「おむつを外し尿失禁を改善する-排泄自立の理論と実践-」(竹内孝仁・藤尾祐子/筒井書房)
2
「自由になりたい」「自由でありたい」
所属:ウェルケアテラス谷津
氏名:鈴木 久子
1.研究の背景と目的
身体機能低下による行動制限から生活の質が低下し、社会との関わりがなくなり、日常生活にスト
レスを感じていました。介護者の支援や援助を受けずに、自立した生活を送れるようになりたいとい
うご本人の願いを叶えるべく取り組んだ事例を紹介します。
2.事例紹介
S 様 88 歳 女性 要介護 2 入居日:2015 年 1 月 7 日
【病歴】
高血圧、神経性因性膀胱、不眠症、廃用症候群、直腸悪性黒色腫(ストマ造設)、乳がん
3.経過
2014 年 10 月に自宅で転倒され救急搬送されました。脱水と肝機機能障害が認められ、3 ヶ月間
の入院生活となりました。廃用症候群による心身機能の低下があり、独居での生活が困難となった
ことから、ご兄弟の勧めで 2015 年 1 月 4 日当ホームへご入居されました。
入居 3 日目に転倒され、大腿骨骨折で入院となり、約 1 ヶ月後の 2 月 3 日に退院されました。
退院後のホームでの生活においては倦怠感
が強くみられ、水分摂取量、食事摂取量、
運動量は全体的に少なく、ADL の低下から
生活の意欲もなくなり、介助されて自由に行
動できないことが大きなストレスとなっている
ようでした。
「自由に行動するために重要なことは歩ける
ようになること」と考え方を定め、そのために
は、①水分ケア、②低栄養改善、③歩行訓
練が必要であるという結論から、当該 3 つの
項目にかかる取り組みを始めました。
4.結果分析
①水分摂取量の増加により覚醒度が
上がり、離床時間も増加しました。
2 月の状況
8 月の状況
1 日の平均水分摂取量
約 800ml
約 1,480ml
②ⅰ)常食化に向け、訪問歯科医と
移動
車いす(介助)
杖歩行(屋外)
の義歯調整を行いました。ⅱ)車イス
食事形態
主食:粥
主食:米飯
副食:刻み
副食:一口大
身長/体重
150cm/30.4 ㎏
150cm/32.4 ㎏
アルブミン値
3.2g/dl
4.0 g/dl
排泄形態
昼夜:おむつ
布おむつ、尿ケアシート
ではなく、イスに座って食事を召し上
がっていただくことができました。
3
ⅲ)粥やきざみ食を中止し、米飯や一口大に食事形態を変更することにより、摂取量が増加し、体
重やアルブミン値の改善が図れました。
③歩行器やシルバーカーなどを使用して、歩行練習の機会を増やしたことにより、買い物や外食が
できるようになりました。
5.考察
自立支援介護の基本ケアを進めることによって、ADL の改善、QOL の向上につながり、社会とのつ
ながりを取り戻すことができました。それにより、ご本人の求める「自由」の獲得に近づき、他者との交
流も増え、日常生活を楽しく過ごされています。「自由になりたい!」という考えは人それぞれ違いが
あり、介護する側が思う安心・安全な生活はご本人にとって自由な生活を奪うことにもなりえることを
改めて感じました。今後は、ご入居者一人一人の声に耳を傾け、ご入居者志向の援助をしていか
なければならないと強く感じました。
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もう一度楽しく~認知症を治すケアの実践~
所属:ウェルケアガーデン馬事公苑
氏名:山田 理奈
1.はじめに
我々が日々実践している自立支援介護においては、まず認知症が「脳の病気」であるという単純な
捉え方を捨てて対応しています。また、「生理的ぼけ」、「身体的活動」、「役割・社会関係」という3
つの要素が失われていくことにより認知力低下することと、認知症のタイプ別の行動特性を理解した
上でケアに取り組んでいます。その中で「認知症はケアで治る」ことを確信できた事例を紹介します。
2.事例紹介
F 様 90歳 女性 要介護1 入居日:2015 年 2 月 28 日
独居で生活されており、2015 年2月、自宅内で転倒し頭部、左半身打撲、捻挫を繰り返していたこ
とから、同年2月末にウェルケアガーデン馬事公苑にご入居となりました。
2015 年6月、ホーム内で転倒し腰椎を圧迫骨折されました。痛みの増大に伴い、ADL が低下し、
各種認知症状が出現しました。主な認知症状として
(1)「部屋に虫が入る」と言いながら部屋の中を動こうとする。
(2)「痛い、痛い」と言いながら強い興奮状態になる。
(3)「やめて、やめて」と言いながら大声を出して興奮状態になる。
上記の症状に対して、認知症状を消失させることを目標とし、基本ケアおよびタイプ別ケアを実践し
ました。
3.経過
基本ケア(水、食事、排泄、運動)を実践した上で、(1)を身体不調型【脱水】、(2)を身体不調型
【急性の病気、ケガ】、(3)を葛藤型【介護抵抗】とタイプ別判定を実施し、それに応じたケアプラン
を下記のとおり立案、実践しました。
(1)水分ケアの向上を図る。1日 1,800ml 摂取の目標を立てる。
(2)廃用症候群を防ぐ。動きを制限する事なく、痛みのコントロール、環境整備を行う。
(3)「きっかけ」である制止、指示的言動や介助をせず、ご本人主体の「待つケア」を行う。
4.結果
認知症状である(1)~(3)の症状は、すべて消失しました。
症状が消失したことで、ご本人の不安や混乱する状況もなくなり、以前の F 様の健康状態に戻られ
ました。また、ご家族との面会時のご様子も穏やかになりました。なにより、我々職員の夜勤業務負
担軽減にもつながりました。
栄養状態、水分摂取量、歩行状態は相互に関連しあって改善しました。また、生活意欲が回復す
ることで、よく通われていた地域のお店の話も話題にあがるようになり、以前のように外出することも
可能になりました。
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5.まとめ
痛みが強く出ているときは、再転倒する恐れがありましたが、基本ケアを忠実に行うことで防ぐことが
できました。
また、認知症状を治すためには、丁寧で的確なアセスメントが必要だと感じました。認知症ケアを行
い、ご入居者が元通りの生活が出来ようになった今、職員にとっても大きな自信となりました。
<参考文献引用>
◆「介護の生理学」(竹内孝仁/秀和システム)
◆「自立支援介護ブックレット認知症ケア」(竹内孝仁/筒井書房)
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閉じこもり生活からの脱却 ~信頼関係作りから本来の自分へ~
所属:ウェルケアテラス川口元郷
氏名:斎藤 由香里
1.ケアの目的
パーキンソン病を発症された後に社会との交流をなくしたことにより、すっかり心を閉ざしてしまい、だ
んだんと体が動かなくなる不安から、幻覚や幻聴による不安を引き起こすご入居者に対して、その
恐怖心や不安を取り除き、今一度「生活に対する意欲」を引き出し、安心した生活を送ってもらうこ
とを目的としました。
2.事例紹介
U 様 84歳 女性 要介護1 入居日:2015 年 5 月 28 日
【病歴】 パーキンソン病、起立性低血圧
3.経過
2012 年のパーキンソン病発症により、病院や高齢者施設を転々とされるうちに知人との交流がなく
なっていき、自然と閉じこもりがちの生活となりました。2015 年にご主人が他界されたことにより独居
となったため、2015 年 5 月に当ホームへ入居されました。
入居当初は、「袋の中から動物が出てきた」、「ダンボールの中から人が覗いている」などといった幻
覚・幻聴症状があり、「調子が悪いからご飯が食べられない」、「フラフラするから食堂に行けない」な
ど、1 日中居室に閉じこもったまま生活をされていました。1 日の平均水分摂取量は約 500mlであ
るため、明らかに脱水による症状であると判断できましたが、不安感から飲み物を飲んでいただけな
い状態が続き、「水分・食事・排泄・運動」の基
本ケアも進まず、さらに不安、混乱を招いて
◆私たちが行った信頼関係作り
しまうという悪循環に陥っていました。水分を勧
1.こまめに居室へ行き顔を合わせる
めても飲んでいただけず、居室からも出ていただ
2.ご本人の好きな相撲や編み物の話をする
けないU様に対して、私たちが行ったことは、右
3.一緒に片付けをしながら会話をする
欄のように少しずつ U 様との信頼関係を構築し
4.他のご入居者と顔を合わせる機会を作る
ていくことでした。
<水分摂取量と移動手段の変化>
4.結果
1600
信頼関係を築くことにより、U 様は私たちの提案も聞い
けており、移動手段に関しても、居室のみの移動から、
シルバーカーを使用して屋外へも出られるようになりま
800
1195
閉じこもり
車いす
1034
884
400
504
0
(ml)
7
シルバーカー
車いす
1200
てくださるようになり、基本ケアが進められるようになり
ました。水分摂取量は6月~9月の4ヶ月間上昇し続
車いす
シルバーカー
6月
7月
8月
9月
した。
5.まとめ
今回の事例は、対人援助の基本である信頼関係作りを介護の「はじめの一歩」と据え、U様との共
同作業によって自立支援介護を実践することができました。その結果、水分摂取量増加による幻
覚症状が消失し、身体的活動性の向上により意識が外に向き、U 様は閉じこもり生活から脱却する
ことができました。ご入居者と介護者の信頼関係を構築することについての重要性をあらためて考
えさせられる事例でした。
<参考文献引用>
◆「ケアマネジメントの職人」(竹内孝仁/年友企画)
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