卵巣発生において卵巣特異的転写因子FOXL2はWT1によるSf1の発現を

研究フロンティア
(平成 年度学術奨励賞受賞論文)
卵巣発生において卵巣特異的転写因子 FOXL は
の発現を抑制する
WT による
高澤
啓,鹿島田健一
東京医科歯科大学発生発達病態学分野
その転写抑制機構などは不明であり,詳細は明らかでな
はじめに
い.特に精巣における Sf の転写の正の制御については
哺乳類の性腺の分化は,未分化性腺の発生後に Y 染
SOX が担うと考えられているが[
]
,これは卵巣での
色体上にある Sex-determining region Y (SRY/Sry)の有
Sf 発現が上昇しないことを説明できても,発現が抑制
無によって精巣・卵巣への分化が決定づけられる[
されることを説明することはできない.
]
.
マウス精巣においては性決定期である胎生 .日から
われわれは,卵巣分化における Sf の発現調節に何ら
.日 に SRY が 発 現 す る こ と で SRY-box (Sox )の
かの卵巣特異的因子が関与していると仮説を立て,卵巣
転写を活性化し,その下流にある一連の精巣分化を誘導
発生およびその維持に必須である FOXL [
する分子の発現が促進される[
し,FOXL が卵巣分化における Sf 発現に与える影響
]
.卵巣においては性
]に注目
,
Wingless
決定期以降に Forkhead box L (FOXL /Foxl )
を検討した. その結果 FOXL が卵巣発生初期において,
-type MMTV integration site family, member (WNT
Sf の発現を能動的に抑制することを示したので,それ
/Wnt )
,R-spondin- (RSPO /Rspo )といった卵 巣
らについて簡略に報告したい.
特異的因子が発現することで卵巣分化が促進される[
(図
]
と
)
.
SF (AD BP ,NR A )/Sf (Ad Bp,NR a )は
は胎仔卵巣において相反的な発現経過
をとる
副腎,性腺の発生,分化に必須な転写因子である.これ
は Sf のノックアウトマウスでは,副腎および性腺が発
生しないこと[
]
,ヒトでは SF 異常症において,副
われわれはまず胎仔マウス性腺における Sf ,Foxl
の発現を RT―PCR 法にて定量, 評価した. 既報の通り,
腎低形成および性腺の低形成が生じ, XY 性分化疾患
性決定後の胎生 .日以降,Sf の発現は精巣において
を呈すること[
亢進,卵巣において有意に抑制される一方,それとほぼ
]から確認される.SF は原始性腺の
発生に必須であることに加え,性決定後においては,精
同時期に卵巣における Foxl の発現が亢進した(図
巣の発生において特に重要な役割を果たす.事実,SF
また,未分化性腺において Sf の上流の制御因子である
/Sf の発現パターンは未分化性腺では XX,XY 性腺に
ことがすでに報告されている Wt および Lhx の発現は
おいて均等に発現するのに対し,性決定後では XY 性腺
性差を認めなかった.これらは,FOXL が Sf の発現
(精巣)において発現が亢進,XX 性腺(卵巣)において
を抑制するというわれわれの仮説と矛盾しないもので
は発現が抑制され性腺特異的な発現パターンをとる
[
)
.
あった.
]
.性決定後の精巣において SF は,SOX /Sox 性
腺特異的エンハンサーである TESCO において,SRY と
FOXL は WT ―KTS による
共役的に働き SOX /Sox の発現を上昇させる[
in vitro において抑制する
]な
の転写活性作用を
ど,種々の精巣分化を誘導する分子の転写活性を正に制
御する.一方,性決定後の卵巣においてみられる SF /
続いて,内因性 Foxl の発現がないマウス精巣体細胞
Sf 発現の抑制は出生時までの間持続するが,胎生期卵
由来であるTM 細胞を用いてin vitroでの解析を行った.
巣発生における SF の役割や,転写が抑制される意義,
TM 細胞に Wt ―KTS ,Lhx を導入したところ,既報
連絡先:高澤 啓,東京医科歯科大学発生発達病態学分野
〒 ―
東京都文京区湯島 ― ―
TEL : ―
―
FAX: ―
―
E-mail:[email protected]
通り[ ]
,WT ―KTS および LHX によって Sf の発現
が亢進することが確認された[ (
]図
A)
.さらに FOXL
を共発現することで,WT ―KTS による Sf の発現亢
進が FOXL によって用量依存的に抑制されることが確
日本生殖内分泌学会雑誌(2015)20 : 47-51
47
高澤
啓
他
ᛶỴᐃᮇ
SF1
WT1
GATA4
LHX9
FGF9,PGD2
SRY(+)
ᮍศ໬
ᛶ⭢
⚄⤒ሐ
SRY(-)
SOX9
Amh
⢭ᕢ
WNT4
RSPO1
Fst
༸ᕢ
expression
level
FOXL2
SRY
Time(dpc)
10.5 11.5 12.5
図
図
認された(図
SOX9
性分化の分子機構(マウス)
[ ]より改変
マウス胎仔性腺における
,
の経時的発現(RT―PCR)
[ ]
胎生 .∼ .日.実線(XX)
:卵巣,破線(XY):精巣.***:p< .
B)
.一方,FOXL による Sf 発現抑制
は哺乳類の間ではよく保存されており,その重要性が示
作用は LHX による Sf 転写制御に対しては明らかでは
唆されるうえ,Sf の転写を活性化する WT ―KTS,LHX
結合領域よりも Sf の近位にあることから,FOXL に
なかった(図
C)
.
FOXL は
近 位 promoter に 直 接 結 合 し WT ―
よる Sf 転写抑制に重要な役割を果たしている可能性が
KTS による
転写活性化を抑制する
示唆された.
われわれはこの FOXL 結合配列と思われる部位に対
して in vitro のクロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイを
FOXL による Sf の発現抑制の機序を明らかにする
側
ために,Sf 遺伝子 ’
bp(−
行い,FOXL が Sf 近位プロモーターに直接結合する
∼+ )のプロモー
ことを確認した.さらにその配列に変異を導入したレ
ターを用いてレポーターアッセイを行った.このプロ
ポーターを用いてレポーターアッセイを行ったところ,
モーターは胎生 .日の性腺において,WT ―KTS およ
FOXL による Sf 転写抑制作用が消失することを確認
び LHX が直接結合することで活性化されることが in
し た(図
vivo で確認されている[ ]
.レポーターアッセイでも
抗作用においては,本シークエンス(−
WT ―KTS により Sf プロモーターの転写活性が上昇
の結合が必須であることを示している.さらに,WT ―
し,それは FOXL によって用量依存的に抑制された(図
KTS 結合配列に対する ChIP アッセイでは,WT ―KTS
A)
.さらに興味深いことに,われわれはこのプロモー
B)
.こ れ ら は,FOXL の WT ―KTS へ の 拮
∼−
)へ
の Sf 近位プロモーターへの結合が FOXL の存在下に
ター領域内に FOXL の結合モチーフと相同性の高い配
よって阻害されなかったため,FOXL の(−
列を(−
への結合は WT の DNA への結合を阻害しないことが示
48
∼−
)に見い出した(図
日本生殖内分泌学会雑誌
Vol.20 2015
)
.この配列
∼−
)
卵巣発生において卵巣特異的転写因子 FOXL は WT による Sf の発現を抑制する
図
強制発現系(TM 細胞)における
*
:p< .
A
発現(RT―PCR)
[ ]
B
近位プロモーターを用いたルシフェラーゼアッセイ[ ]
近位プロモーター,B:FOXL 結合配列に変異を導入したプロモーター.
A:
*
:p< . ,**:p< . ,NS:有意差なし.
図
WT1
-589
LHX9
FOXL2
Sf1
1
-318
-240
Mouse
Rat
Human
Cow
Dog
-229
-222
-210
A-CAGCCAGCTGGCCAAGGTCTCTCC--AGTGC
A-CAGCCAGCTGGCCCAGGCCTCCCC--AGTGC
AACAGCCAGCTGGTCAAGGCCTCTGC--AGTGC
AACAGCCAGCTGGTCAAGGCCTCC--AGAGTGC
AACAGCCAGCTGGCCAAGGCCTCC--AGAGTGC
ͤFOXL2⤖ྜ䝰䝏䞊䝣 : GTCAAGGT/C
図
近位プロモーターと FOXL 結合配列(− ∼− bp)
WT ―KTS および LHX 結合領域[ ]
.FOXL 結合モチーフ[ ]
.
研究フロンティア
49
啓
他
Sf1 expression
高澤
WT1
LHX9
SIX1/4
9.5dpc
図
図
ノックアウトマウス胎仔卵巣における
WT:野生型.*:p< . ,**:p< .
発現
(RT―PCR)
[ ]
⢭ᕢ
SOX9
FOXL2
༸ᕢ
12.5dpc
マウス胎仔性腺における
P0
発現調節機構
による Sf 発現抑制は卵巣分化の比較的早期に限定され
る可能性が示された.Foxl 以外の抑制機序に関しては
された.以上の結果より,FOXL が Sf 近位プロモー
今後さらなる検討が必要であるが,今回解析に用いた Sf
ターに直接結合することで,WT ―KTS による転写活性
近位プロモーターは卵巣発生初期以降(胎生 .日以
を抑制する機序が in vitro において示された.
降)において,部分的にしか機能していない可能性が示
唆されており[ , ]
,そうした卵巣における特異的
FOXL は卵巣発生初期に Sf の発現を抑制する
エンハンサーの変動などが寄与している可能性がある.
これらについては今後の解析が待たれるところである.
以上で示された FOXL が Sf 発現を抑制する機構が
近年,熊本大学藤本らが未分化性腺の発生における Sf
in vivo においても同様に認められるかどうか,という点
の発現制御に関わる新たな因子として SIX /SIX を報
について検証を行うために,Foxl ノックアウトマウス
告した[ ]が,SIX /SIX の Sf への発現制御におけ
の胎仔卵巣における Sf の発現を RT―PCR 法で定量し
る FOXL の作用に関しては今後の検討課題としたい.
一般に WT―KTS は転写因子として,下流遺伝子の転
た.その結果,野生型に対して Foxl ノックアウトマウ
スでは Sf の発現が有意に亢進していた(図
)
.これ
写活性,もしくは抑制に作用することが知られており,
らは卵巣発生において FOXL が Sf の発現を抑制して
それらは標的遺伝子や結合する制御領域によって決まる
いることを示唆するものである.さらに,ノックアウト
と考えられている.今回の報告は,WT ―KTS が同一の
マウスと野生型における Sf 発現の差は胎生 .日で最
標的遺伝子に対し,同一の結合部位において,他の分子
も大きく,出生時にはその差を認めなかったことから,
(この場合は FOXL )の存在/非存在によって,転写活
FOXL による Sf 発現抑制は卵巣分化の比較的早期に
性が抑制されることを示した.こうした WT の転写制
限定されると考えられた.
御については,これまで報告がなく,新たな WT の制
御機構として興味深いと考えている.WT は性腺だけ
おわりに
ではなく,心臓や神経系の発生にも重要であり,今回の
発見はそうした臓器発生における WT の機能を検討す
われわれは,卵巣特異的な Sf の転写抑制において,
るうえで貴重な示唆を与えるものと考える.
卵巣特異的転写因子である FOXL による能動的な機構
が関与することを示した(図
本検討は,卵巣分化を制御する新たな分子機構を明ら
)
.近年,性分化におい
かにしたものであり,今後のさらなる検討を通じて ,
て,卵巣特異的因子と精巣特異的因子の拮抗的な機構が
XX 性分化疾患や卵巣形成不全の原因究明につながるこ
報告されるようになっているが,今回の検討の結果は Sf
とを期待したい.
の転写制御においても,同様の機構が関与し制御され
ている事を示すものである.
今回の検討より,Sf の卵巣での発現が能動的に抑制
されていることが判明したことから,卵巣での Sf の過
剰は卵巣発生に何らかの不都合を起こす可能性があるの
ではないかと考えている.
また,Foxl ノックアウトマウスにおいて,Sf の発
現上昇は,胎生 .日までであったことから,FOXL
50
日本生殖内分泌学会雑誌
Vol.20 2015
謝
辞
本稿は
年度に日本生殖内分泌学会学術奨励賞を受賞し
た研究内容をまとめたものである.本稿の執筆の機会を与え
てくださいました日本生殖内分泌学会理事長 苛原 稔教授,
第 回学術集会会長 北脇 城教授に感謝申し上げます.
卵巣発生において卵巣特異的転写因子 FOXL は WT による Sf の発現を抑制する
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