特別実験 ラウドネス計測テキスト

特別実験 ラウドネス計測テキスト
(最終改訂
2015/12/09)
実験の目的
大きな音に長時間晒されていると次第に聴力が低下し、失われた聴力は決して戻らない。
「音響外傷」
を「ヘッドホン難聴」とも称する様に、音楽鑑賞の形態の変化による難聴者の増加を懸念した EU では
2013 年 2 月から携帯音楽プレーヤの音量制限(既定では A 特性で 85dB)が義務付けられている。CM
になると急に音量が大きくなると言われていた TV 放送の音量についても、人間の音量感覚を表すラウド
ネス基準を定めた ITU-R(International Telecommunication Union Radio communication Sector)の
勧告に基づき、米国では 2012 年 12 月から平均音量で CM が本編を上回らない様に規制され(p.6 後述
の通り規制逃れの抜け道を塞ぐ運用は 2015 年 6 月 4 日から)、国内でも民放連は 2012 年 10 月、NHK
は 2013 年 4 月から新しい音声レベル管理規準に従った運用がなされている。本課題では、実際に自分が
聞いている音量がどの位であるのかを簡単な操作で確認し、ラウドネスについての理解を深め、耳を大
切にする習慣を身につけることを目的とする。
参考資料
EU Standards for Personal Music Players
http://www.actiononhearingloss.org.uk/your-hearing/tinnitus/eu-standards-for-personal-music-pla
yers.aspx
Implementation of the Commercial Advertisement Loudness Mitigation (CALM) Act
現行規制版
https://www.federalregister.gov/articles/2014/08/27/2014-20251/implementation-of-the-commercial
-advertisement-loudness-mitigation-calm-act
ラウドネスによる音声レベル管理の導入
http://www.nhk.or.jp/pr/marukaji/pdf_ver/321.pdf
民放連テレビ音声運用規準 T032 の運用イメージ
http://www.loudnesssummit.jp/kyushu/SummitQshuSession2.pdf
電波産業会技術資料一覧表
http://www.arib.or.jp/tyosakenkyu/kikaku_hoso/hoso_gijutsu_number.html
実験ノート以外に用意するもの
普段聴いている音楽ファイル(実験で再生するものは、演奏時間 5 分以内の 1 曲)を格納したメモリ
プレーヤ(音声ファイル再生機能を持つ携帯電話等を含む。以下、単に「メモリプレーヤ」と言う。)
イヤホン(ここでは、インナーイヤータイプの狭義のイヤホンに限る)
フォーマットしても構わない SD カードまたは SD アダプタに挿した micro SD カード(何れも HC を
含み、XC を除く。以下、本テキストではこれらを総称して単に「SD カード」と言う。)
事前準備
本テキストの他、実験で使用する Zoom H4n のマニュアルをダウンロードして事前に目を通しておく。
所要時間は高々10 分程度であるが、機材の数に限りがあるので実験希望者が多い場合には迅速に交代で
1
きる様に効率よく作業するための十分な準備をしていただきたい。
Zoom H4n マニュアル
https://www.zoom.co.jp/sites/default/files/products/downloads/pdfs/J_H4nSP.pdf
使用機器・部品類
ハンディレコーダ Zoom H4n(左マイクロホンに内径 14φシリコンチューブを装着済)
シリコンチューブ(内径調整用)各種
使用ソフトウェア(何れも事後作業用)
Wavosaur(フリーの波形編集ソフト)
http://www.wavosaur.com/
K-meter(フリーのラウドネスメーター:VST プラグイン及びスタンドアロン:Windows XP 作業用)
http://www.mzuther.de/en/software/kmeter/
Orban Loudness Meter(フリーのラウドネスメーター:スタンドアロン:Windows Vista 以降作業用)
http://www.orban.com/meter/
表紙交付基準
本実験はレポートの提出を要せず、表紙を交付しない。
実験手順
本実験では、メモリプレーヤで再生した音楽をイヤホン・カプラ・マイクロホンを通して録音した音
声ファイルから、実際にイヤホンを耳に挿して聴いた場合の聴感上の音量(以下、
「ラウドネス」と言う。)
を近似的(音声情報が片チャンネルのみであること、カプラが JIS に基づく正式なものではないことに
より数 dB の誤差が見込まれる)に求める。そのためには、音声ファイル中の標本のディジタル値と音圧
とが固定された関係にある必要があり、本実験では、ハンディレコーダの録音レベルを指定値にしたと
き、シリコンチューブの簡易カプラを装着したサウンドレベルメータで 83dB(C 特性)の 1kHz 正弦波
が-20dBFS で記録される(註参照)。
紙片に記載された値は、図 1 左で基準再生音圧を設定したプレーヤとイヤホンの組合せにより、同じ
カプラを用いて各レコーダの録音レベルを確認したものである。本実験では図 1 中の様に左チャンネル
の情報のみを使用するが、カプラを両チャンネルに装着できるマイクロホン(図 1 右)を別に用意すれ
ばステレオの情報を記録することもできる。
註:基準記録レベル-20dBFS(dBFS は「正弦波合成と音声ディザ」で既出。備考の「レベル」参照)
の設定値 83dB は、使用ソフトウェアの K-meter に示されるラウドネスを用いて音楽制作を行う場合の
基準であり(正式にはピンクノイズで較正するが、ここでは簡単のため 1kHz 正弦波を用いている)、イ
ヤホンを耳に挿して聴いた場合と本実験で記録された音声ファイルをスピーカーで再生して標準の鑑賞
環境で聴いた場合とで音圧レベルが一致する様にしている。なお、以前は sound level meter の国内用語
として「騒音計」が使われ、旧 JIS では JIS C1502「普通騒音計」、C1505「精密騒音計」により規定さ
れていたが、2005 年に旧規格を廃止して C1509「サウンドレベルメータ(騒音計)
」に一本化し用語も
2
変更している。
図 1 基準音圧レベルの設定(左)と収録の様子(中、右)
1.SD カードをハンディレコーダに挿してフォーマットする。
ハンディレコーダ Zoom H4n(以下、「レコーダ」と言う。)およびシリアル番号と基準録音レベルの
記載された紙片を受取り、レコーダの電源が OFF の状態で SD カードを挿し、電源を ON にしてフォー
マットする(マニュアル 027 頁)。
2.レコーダに装着したシリコンチューブにイヤホンをセットする。
レコーダの左チャンネル収音マイクロホンには、内径 14φのシリコンチューブが装着されており、こ
れに各自の用意したイヤホンをそのサイズに適合する内径調整用のシリコンチューブを介して装着する。
3.メモリプレーヤの再生音をレコーダで録音する。
メモリプレーヤの再生音量(イコライザ等の効果も)を普段聴いている水準に調節し、レコーダを録
音状態(録音レベルは紙片に記載されたレコーダ毎に指定された値に設定すること。マニュアル 047 頁)
にして、録音開始数秒後に曲の最初から再生する。
4.録音を停止し、SD カードを取り出す。
曲の再生が終ったら数秒後に録音を停止する。レコーダの電源を OFF にして SD カードを取出し、機
器・部品を返却する。
事後作業
実験終了後、情報科学研究教育センターまたは個人所有の PC で以下の作業を行う。使用するソフトウ
ェアを個別にダウンロードして構成してもよいが、Orban Loudness Meter については管理者権限によ
るインストール作業が必要なため、ここでは Wavosaur に K-meter と Orban Loudness Meter を同梱し
3
た loudness.zip を情報学実験のページからダウンロードして使用する場合について説明する。手順3、
4は Orban Loudness Meter が動かない Windows XP の場合に必要なもので(XP で動作する旧版の
Orban Loudness Meter もあるが、XP ではサウンド出力のループバックができないのでループバックの
できるオーディオインタフェースが別途必要になる)、Vista 以降では省略して構わない。
0.loudness.zip を解凍してフォルダ loudness を適当な場所に置く。
管理者権限によるインストールの必要は無く、リムーバブル媒体に置いても動作する。以下の図は解
凍したフォルダを I:¥loudness に置いた例のキャプチャである。
1.録音した音声ファイルを PC がアクセスできる場所に置く。
記録に使用した SD カードをカードリーダに挿してアクセスしてもよいが(この場合には、loudness
フォルダも SD カードに保存するのが適当である)、例えば loudness フォルダにコピーする。
2.Wavosaur を起動し音声ファイルを開き編集する。
ラウドネスの演算には両チャンネルのデータを使用するが(片チャンネルのみに記録されたデータで
は 10log102 dB だけ小さくなる。図 12 参照)、本実験では必要な情報が左チャンネルのみに記録されて
おり(右チャンネルの記録データは単なる環境雑音)、これを右チャンネルにコピーする。
●
loudness.zip を解凍した loudness フォルダの Wavosaur.exe を開く。
●
File→Open…で録音した音声ファイル(例では sample.wav)を開く。
●
曲の前後の無音区間および機器の操作音等の雑音を、クリック・ドラグで範囲を指定して Edit→Cut
で切取る(「音声分析」課題の Wavesurfer の操作と同じ)。
●
Process→Convert to mono で Left only を選ぶ(図 2 左)
。
●
Process→Convert to stereo で 2 チャンネルファイルに戻し、File→Save As...で別名で保存する(図
2 右)。5節では loudness フォルダに保存した場合で説明している.
図 2 左チャンネルのみを取出し(左)、2 チャンネルファイルに再構成する(右)
。
3.【Windows Vista 以降では省略可】K-meter プラグインを呼び出す。
4
Rack をクリックし(図 3 左端)、VST Rack ウィンドウを表示し、Load VST をクリックする。VST
プラグインが含まれるフォルダ(¥loudness¥VstPlugins)を指定して K-Meter (Stereo).dll を選び、
「開
く(O)」をクリックし、View をクリック(図 3 右端)すると K-meter が表示される。そのままでは再生
ボタン等が隠れるので、VST Rack ウィンドウを閉じ、K-meter を適当な位置に移動する。
図 3 VST プラグイン K-meter (stereo).dll を呼び出す。
4.【Windows Vista 以降では省略可】音声ファイルを再生し K-meter の表示を読取る。
K-meter の既定の設定では、メーターの表示はラウドネスで LKFS(ITU-R ボタンが緑になっている。
全チャンネルの総合の量であり値は単一。LKFS は5節参照)が、-20dBFS を基準とする K-20 レンジ
(最上段の K-20 ボタンが緑になっている)で表示される。
図 4 K-meter を適当な位置に移動し、Processing にチェックを入れて音声ファイルを再生する。
このとき、K-meter の示す値に 83 を加えたものが K 補正によるラウドネスとなる(註参照)。通常の
5
0dBFS を基準とするレンジにするには Normal ボタンをクリックする(灰色から赤くなる)。この場合
には、メーターの読みに 103 を加えたものが K 補正によるラウドネスとなる。
ラウドネスではなく重み無しの単純な実効値を表示したい場合には RMS ボタンをクリックする(灰色
から黄色になり、左右両チャンネルの表示となる)。図 4 右端は、Hold、Peaks、Expand を ON にして
表示した例である。VST の Processing 窓にチェックを入れ、再生ボタン(►)をクリックする。
註:周波数による耳の感度の違いに従った重み付けをするフィルタでは騒音レベルの評価で用いられる A
補正が一般的であるが、A 補正では実際の耳の感度と比較して高域の重みが小さく、より正確に感覚的
な音量を表すものとして K 補正が提案された。K-meter で計算されるラウドネスは、旧勧告 ITU-R
BS.1770-1 のアルゴリズムによるもので、ITU-R BS.1770-2 以降で採用されたゲーティング(無音区間
を平均処理から除く)を採用していない。ゲーティングは、米国の「平均音量で CM が本編を上回らな
い様に」との規制に対し、CM の中に無音区間を細分化して入れる事により平均を抑えてピークを大音
量にするという規制逃れが横行したことで、これを排除するために設けられた。米国では 2015 年 6 月か
らゲーティング付のアルゴリズムによるラウドネスで規制される。本実験では再生音声として音楽を対
象としており、意図的に細分化された無音区間が挿入されているとは考えられないため、K-meter によ
るゲーティング処理の無いラウドネス値で十分と考えられる。
5.【Windows Vista 以降のみ】Orban Loudness Meter でファイル全体の分析結果を表示する。
以下の手順により、2節で編集保存した音声ファイルを分析する。
●
loudness フォルダの Orban Loudness Meter.exe を開く。
●
Settings タブをクリックし、Audio Device メニューからサウンドカードを選択する。PC の音声入力
端子にマイクロホン等を接続している場合には、Input 欄にもデバイスが表示されるが、Output
loopback 欄から選び、 Analysis メニューの Folder Watch を ON にし、Folder で loudness を選ぶ。
最後に Analysis タブをクリックする(図 5)。設定内容は情報科学研究教育センターの PC では保存さ
れないが、個人 PC では” C:¥Users¥[account]¥AppData¥Roaming¥Orban¥Orban audio loudness
meter.properties”に保存される。
図 5 Orban Loudness Meter の設定
6
Analysis タブをクリックすると、Analysis メニューの Folder で指定したフォルダ内の全音声ファイ
ル(この例では編集後の sample_edit.wav のみ)が分析され(複数のファイルがある場合にはクリック
で選択して)表示される(図 6)。ラウドネスの曲中の時間変化(Line Graph)と頻度(Histogram)を
表示して、自分が聴いている音楽のラウドネス(LKFS 値に 103 を加えた値)を確認する。LKFS のス
ケールは dB と同じで、値が 1 大きくなると重み付パワーが 100.1 倍になる。図 6 の例では、曲全体平均
の Integrated Loudness が-25LKFS(Loudness, K-weighted, relative to Full Scale)、ピークが-
20LKFS で、相当する再生音のラウドネス 78dB、83dB は、特に耳を傷める音量ではないことが分る。
図 6 曲全体のラウドネス分析結果
時間変化(左)と頻度(右)
表示データの BS.1770 Integrated Loudness は ITU-R BS.1770-2(ゲーティング処理を採用)による
曲全体の平均ラウドネス(放送で運用管理に用いる。国内の基準は-24.0LKFS)、LRA は曲中のラウド
ネスレンジ、Highest Reconstructed Peak Level は DA 変換後の真のピーク値(備考の「レベル」参照)、
Reconstructed Peaks Above 0 dBFS は、DA 変換後に 0dBFS を超える標本区間数を示す。
図 6 の例では、DA 変換後の最大が-7.9dBFS で 0dBFS を超える区間は無いが、再生音量が大き過ぎ
てレコーダの録音でクリップした場合に発生する。BS.1770 Integrated Loudness が、-13LKFS 以上
(103 を加えた 90dB 以上で聴いていることになり、誤差を考慮しても大音量)であるか、Reconstructed
Peaks Above 0 dBFS が 0 でない値となった人は、音量を下げて聴く様に心がけて頂きたい。
分析結果の概要は Excel 用のファイルとしてドキュメントライブラリのフォルダ(演習室 LocalPC の
場合、S:¥Documents¥Orban Audio Loudness Meter)に Loudness Analysis Log.csv として作成される。
事後作業の3、4節を省略した人は、Meters タブをクリックし、メーター画面を表示し
をクリッ
クする。2節で編集保存した音声ファイルを再生して曲の各部分のラウドネスを確認する。計測目的の
再生には WaveSpectra(「オシロスコープと信号処理[オシロスコープ編]」
、
「音声分析」テキスト参照)
が適しているが、ここでは Wavosaur で再生した例を図 7 に示す。メーターパネルの Write to log file を
クリックすると一定時間(Settings の Audio Monitor Log File メニューで設定する。既定では 10 秒間)
毎にデータがドキュメントライブラリのフォルダにログファイル(ファイル名に日時が含まれれる個別
7
ファイル)として記録される(図 8)。記録項目の内容はラウドネス算出アルゴリズムの設定により異な
る。既定では Settings の ITU BS.1770 メニューの Type がゲーティング処理を行う BS.1770-2+で、ロ
グ中の BS.1770 min、BS.1770 max の項目は全て最小値の-200 になる。一方、Type でゲーティング
処理の無い BS.1770-1 を選んだ場合には、重要な情報である BS.1770 long-term と LRA の値が 0 とな
るので、通常は既定の設定で使用する。
図 7 Wavosaur で再生中の Orban Loudness Meter
図 8 Write to log file を ON にして出力されたログファイル
6.【任意作業:Windows Vista 以降のみ】Orban Loudness Meter で一般の音楽ファイルを分析する。
本課題では、K-meter、Orban Loudness Meter を用いて再生音を録音した音声ファイルから再生時の
ラウドネスを推定したが、これらのメーターの本来の用途は音楽制作、放送用素材制作である。興味の
ある人は、自分のよく聴く音楽ファイルを5節の手順で分析することを推奨する。図 9~11 は対照的な 2
曲の分析結果で、図 9(あるオペラ間奏曲の例)ではラウドネスが曲中で大きく変化し(LRA は 23.6)、
8
ヒストグラムは二山になっている。BS.1770 Integrated Loudness はほぼラウドネスの大きな山で決ま
るが、-17.7LKFS と-14LKFS 以下になっている。
図 9 ラウドネスレンジのある曲の例
これに対し、図 10(あるアニメの主題歌の例)ではコンプレッサによりレベルを全曲に亘って 0dBFS
に近づけた結果(LRA は 2.9)、BS.1770 Integrated Loudness は-5.6LKFS と大きな値となっている。
ラウドネスは時間変化のグラフもヒストグラムも画面(Meter Range が既定の EBU +9 Scale では最大
が-14LKFS)からはみ出し、DA 変換後の真のピーク値もオーバー(最大超過値 1.5dB、標本区間 42389
箇所)している。この様な曲を聴く場合、音量を絞らない限り平均のラウドネスが大きくなり、結果と
して耳の負担が大きくなるので注意を要する。
図 10 ラウドネスレンジが小さい曲の例
9
図 11 Loudness Analysis Log.csv の内容
Orban Loudness Meter のメーター画面は、ウィンドウサイズを調節して縦に表示することもできる。
図 12、13 は、WaveGene(情報学実験Ⅰ「正弦波合成と音声ディザ」他テキスト参照)で生成した音声
信号による例で、図 12 は両チャンネルと片チャンネルとでラウドネスに 3.01dB の違いがあること、図
13 は同じ-20dBFS の正弦波でも低い周波数ではラウドネスが小さくなることを示している。
図 12 チャンネル数によるラウドネスの違い
図 13 周波数によるラウドネスの違い
10
左:両チャンネル
左:100Hz
右:片チャンネル
右:3150Hz
7.【任意作業:Windows Vista 以降のみ】ラウドネスの定義の違いによる値の変化を確認する。
現在、日米欧の TV 放送の音量は ITU-R BS.1770 の基準(米国のゲーティング処理は 2015 年 6 月 4
日以降)で管理運用されており、本実験でもこのラウドネス値を用いた。定義の違いによるラウドネス
値の変化の実態は、Orban Loudness Meter の設定で Settings の ITU BS.1770 メニューの Type を切替
えて音声ファイルを分析することで確認できるが、単純な値の違いは WaveGene 等で作成した音声ファ
イルを再生することでも簡単に確認できる。
図 14 は、WaveGene で作成した 1kHz -20dBFS 正弦波の 30 秒間の音声ファイルを Wavosaur で編
集して一部を無音化(操作は、クリック・ドラグで範囲を指定して Process→Mute)したものを再生し
ている様子である。ここでは、Orban Loudness Meter を 2 個開いて、Settings の ITU BS.1770 メニュ
ーの Type の設定を一方(図で左側のメーター)は BS.1770-1 に他方(右側のメーター)は BS.1770-2+
にして対比(ゲーティング処理の無い BS.1770-1 では無音区間も平均されるためラウドネスが小さく表
示される)している。保存されるメーターの設定(情報科学研究教育センターの PC では保存されない)
は、最後に閉じた Orban Loudness Meter の設定内容となる。
図 14 無音区間のある音声でのゲーティング処理の有無による ITU-R ラウドネスの違い
同じパワーで耳の感度が同じ周波数帯域であっても単一周波数である純音(正弦波)とスペクトルが
広がった音声とでは音量感が異なり(1/3 オクターブ幅まで広がるとほぼ飽和するとされている)、これ
を反映していない K 補正のカーブによる重み付けに映画産業からは不満が出ている。
http://www.sbe24.org/wba-sbe-shows/archives/Clinic2012/Orban-Orban-2012.pdf
CBS は、1960 年代に初めて自動音量調整技術を開発した放送局で、CBS Loudness Meter(Indicator)
はフィルタバンクを用いた回路により人間の音量感覚に合せていた。Orban Loudness Meter では CBS
ラウドネスが併せて表示され、ITU-R ラウドネスと比較することができる。ピンクノイズ(註参照)で
は CBS ラウドネスと ITU-R ラウドネスとが一致する(図 15 右)。
註:可聴周波数全帯域で単位周波数当りのパワーが等しいノイズを可視光全波長の光を含む白色光にな
ぞらえてホワイトノイズ(white noise)と呼ぶ様に、低い周波数(色では赤)でパワーが強い(周波数
が 2 倍でパワーが半分、すなわち 10log102 dB だけ弱くなる)ノイズをピンクノイズ(pink noise)と呼
ぶ。区間両端の周波数比を固定した場合(例えば比を 2 としたオクターブ幅)、どの区間を取ってもその
11
周波数範囲でのパワーが等しくなるため、音響機器の試験用信号としてよく用いられる。
WaveGene で生成する信号の振幅パラメータは、波形の最大値の dBFS(備考の「レベル」参照)で
表し、1kHz 正弦波では-20dBFS、ピンクノイズでは-8dBFS が ITU-R ラウドネス-20LKFS に相当
する。ピンクノイズでは CBS ラウドネスと ITU-R ラウドネスとが等しくなるが(図 15 右)、1kHz 正弦
波では 6dB の差を生じている(図 15 左)。
図 15 ITU-R ラウドネスが-20LKFS となる 1kHz 正弦波(左)とピンクノイズ(右)
純音とピンクノイズの中間として、WaveGene でピンクノイズをバンドパスフィルタに通した信号を
作り、バンド幅を変えることで 2 つのラウドネスの差がどの様に変化するかを見ることができる。図 16
は、中心周波数、バンド幅がそれぞれ約 1kHz、約 1 オクターブの例である。
図 16 バンドパスフィルタで処理したピンクノイズのラウドネス
12
図 16 の WaveGene のパラメータとフィルタ画面で見る通り、帯域を制限して-20LKFS のラウドネ
スを得るためには、生成するピンクノイズの振幅値を最大の 0dBFS にした上で、フィルタの通過帯域で
の利得を 0dB 以上に取る必要がある。フィルタの操作については WaveGene のヘルプファイルを参照の
こと。
よく使われるオクターブバンドと 1/3 オクターブバンドのピンクノイズを生成するプログラム(作者は
高精度計算、天体暦計算で MS-DOS の時代から知られている S. Moshier)が以下の URL からダウンロ
ードできる(実効値は AES 基準で-15dBFS。電波産業会表記では-18dBFSrms)。Windows の実行フ
ァイルの他に FFT ルーチンを含む C のソースプログラムが付いており、プログラムで音声ファイルを生
成するお手本にもなるのでダウンロードすることを推奨する。図 17 は中心周波数 1kHz の 1/3 オクター
ブバンドピンクノイズを再生している様子である。モノラル信号であるが、WaveSpectra の「再生/録音」
メニュー既定の「Mono は Stereo で再生する」では正しいラウドネス値が得られる。
Pink Noise Digital Waveform Generator Program
http://www.moshier.net/pink.html
図 17 中心周波数 1kHz の 1/3 オクターブバンドピンクノイズ
最後に
肉眼で見える最も暗い星は街の照明が無く空気のきれいな所で 6 等星とされている。その光のエネル
ギーは地球上で 10-10 W/m2 という微小な値であるが、耳で聞こえる最も弱い音のエネルギーは更に 2 桁
小さな値で、耳は驚くべき効率の感覚器官であると言える。
2014 年度から通年必修となった情報学実験にはヘッドセット、ヘッドホンを使用して音を扱う課題が
いくつも含まれていた。最後に、改めて耳という感覚器官の重要性を認識して大切にして頂きたい。音
量感覚と耳の損傷への危険度とが一致する訳ではなく、CBS ラウドネスが人間の感覚に合っているから
と言って、その値を過度に重視することには注意を要する。
13
備考
レベル
音声のディジタル信号において個々の標本値の大きさを dB で表す場合、その絶対値を表現可能な最大
値(16 ビット量子化では 32767)を基準として dBFS(decibels relative to full scale)で示す。標本化
されているため、例えば正弦波で振幅と絶対値最大の標本値とが一致するとは限らず、最も極端な標本
化周波数の 1/4 の周波数(標本化周波数 44.1kHz では 11025Hz)で初期位相がπ/4 の場合には、図 18
左の様に全ての標本値が尖頭値の 1/√2(dBFS は-10log102≒-3.01)となる。逆に言えば、図 18 左の
波形で標本値を全て√2 倍したとき、
(dBFS は 0)標本値としては表現可能であっても、DA 変換後のア
ナログ値に対応するディジタル値は 3.01dBFS とオーバーし歪を生ずることになる。
図 18 基本周期に 4 個の標本点のある正弦波の初期位相による標本値の違い
図 19 は、左チャンネルが初期位相π/4、右チャンネルが初期位相 0 の共に周波数 11025Hz 最大振幅
の正弦波を WaveSpectra で再生した波形ウィンドウとリサジュー図形である。WaveSpectra で表示され
る波形は標本値をそのまま直線でつないだ折線であり、実際に再生される音声の波形ではない。標本化
周波数 44.1kHz で周波数がその 1/2 弱の 20kHz 正弦波のディジタルデータが DA 変換後にきれいな正弦
波の形を描くことは「オシロスコープと信号処理」の実験で見た通りである。
図 19 標本化周波数の 1/4 の周波数の最大振幅の正弦波
初期位相π/4(左)、0(右)
音声信号のパワーを dB で表す場合(記号は標本値と同じ dBFS)、自乗の平均値の平方根である実効
値(RMS 値:RMS は root mean square の略で定義そのものを示している)を用いるが、基準に最大振
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幅の矩形波(全ての標本値が 0dBFS)の実効値を用いる EBU 基準と最大振幅の正弦波(DA 変換された
結果の最大値が 0dBFS)の実効値を用いる AES 基準とは 3.01dB(3.01 は正確には 10log102)だけ異な
る。表現可能な波形の最大を基準とするか、基本波形である正弦波の最大を基準とするか優劣の議論が
分れる。現在は AES 基準が主流であるが、電波産業会(ARIB)では正弦波以外のディジタル信号の実
効値には dBFSrms を用い EBU 基準の値を使用している。WaveSpectra のレベルメーター(黄色のバ
ーが標本値、緑のバーが RMS 値を示し、赤のラインと右端の数値は標本値のピークを示す)の設定では
EBU 基準を既定としているが、Wave の設定で「フルスケール Sin 波の値を 0dB とする」にチェックを入れて
AES 基準による表示もできる(図 20)。
図 20 RMS 値の設定による違い
EBU 基準(上)、AES 基準(下)
空気中の音圧レベル(SPL:sound pressure level)は最小可聴音圧の 2×10-5 Pa(RMS 値)を基準
の 0dB としており、マイクロホンの感度基準 1Pa(約 10-5 気圧)の圧力振幅はほぼ 94dB である。
周波数重み付け
人間が感じる音量を求めるには単純なパワーではなく、周波数の違いによる耳の感度を考慮する必要
がある。サウンドレベルメータによる騒音の計測では A 特性の周波数重み付けを行っているが、放送で
は今回の実験でラウドネス計測に用いた K 特性が使われている(図 21)。WaveGene で生成する正弦波
の周波数を変化させて Orban Loudness Meter で実際に K 特性を確認することができる(図 13)。
図 21 左 A 特性(http://www.sengpielaudio.com/Rechner-dba-spl.htm) 右 K 特性(EBU-TECH3343)
平均操作
風の強さを表す「風速」は気象用語では 10 分間の平均風速を意味し、「瞬間風速」と言っても実際に
は 1/4 秒間隔で測定した 12 個の標本から得られた 3 秒間平均の値である。感覚的な音の大きさもディジ
タル標本の単独の値、短時間でのピークではなく平均操作を要し、200ms の平均で概ね音量感覚に近く
なる。Orban Louodness Meter(図 7)に表示される ITU BS.1770 Momentary は 400ms、ITU BS.1770
Short Term は 3 秒間のそれぞれ移動平均で、「momentary = 瞬時値」ではない。なお、ログファイル
(図 8)の項目 BS.1770 long-term の値は、ログ採取の時間間隔(既定では 10 秒)での平均である。
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