2章 【各論 1】 2014年株主総会 の議決権行使結果

特集1
成長戦略としての
コーポレートガバナンス
本稿では上場企業の臨時報告書による議決権行使結果に
つき概観する。2014年の株主総会シーズンにおいては、
安倍政権が立て続けにコーポレートガバナンス改善施策を
打ち出したこともあり、例年にも増してコーポレートガバ
ナンスが注目された。株主総会におけるコーポレートガバ
2章 【各論1】
2014年株主総会
の議決権行使結果
~ TOPIX100採用
企業の分析を
中心に~
ナンスの議論が「形式」だけでなく、企業価値を高めると
いう「実質」に向いたかという問題意識に基づき分析を行
う。
分析対象
本稿が主に分析対象とするのは、TOPIX100採用企業
とする(13年10月31日時点)
。同企業は総じて時価総額
が大きく、外国人を始めとする機関投資家が株主全体に占
める割合が高いため、機関投資家による議決権行使の影響
が大きく現れる傾向がある。もっとも議案によっては、こ
れらの企業があまり上程していないものもあるため、
適宜、
分析対象を広げて追加の考察を実施することとした。
対象期間は13年7月から14年6月の株主総会で、3月決
算のため6月に開催した企業が90社、12月決算で3月開催
の企業は6社であった。直近の決算期末における外国人株
未来経営研究部長
主席研究員
藤島 裕三
主比率は35.9%で、09年の31.2%と比較して5ポイント
近く上昇している。なお全上場企業における直近期末の外
国人株主比率は30.8%であるため(東証など「株式分布状
況調査」)
、TOPIX100は市場全体を約5ポイント上回って
いることになる。
議案別による全体概要
合計1,313議案の会社提案が上程、全ての議案が可決さ
れた(なお役員選任議案は候補者ごとに1議案とする)。
<表1>は各議案の平均賛成率を議案別に前年比でまとめ
たもので、議案の分類は投資信託協会が会員向けに定めて
いるフォーマットによる。なお「その他会社提案」には買
収防衛策、第三者割当増資、法定準備金減少、自己株式取
得、資本減少、株式併合などが含まれる。
少なくとも上記の分類で見る限り、いずれの議案につい
ても賛成率が向上していることが分かる。これは大学受験
になぞらえて表現すれば、上場企業による「受験対策」が
洗練された結果と言えるかもしれない。具体的には以下が
挙げられよう。この「受験対策」が形式的な技術に止まる
のか、実質的な価値につながっているのか、焦点になると
考える。
EY総研インサイト Vol.3 February 2015
7
表1 TOPIX 100採用企業の議案別賛成率(会社提案)
2013年
社数
議案数
賛成率
剰余金処分
78
78
96.7%
取締役選任
96
1
,
023
94
.8 %
)((
1-&)
1,&*
監査役選任
58
115
90.1%
1+&) 1,&,
1)&*
定款一部変更
26
29
94.9%
1( 退職慰労金支給
5
8
83.9%
役員報酬額改定
4
5
95.6%
//&/
0( 新株予約権発行
12
12
91.0%
会計監査人選任
0
0
0
0
/( 再構築関連
その他会社提案
34
35
90
.4 %
(
∼)( ∼*( ∼+( ∼,( ,(以上
合計・平均
100
1
,
305
94
.3 %
(0社) (.社) (*+社)(*(社)(),社)()-社)
社数
2014年
議案数
76
)(( 95
66
26
1(
3
0*&/
9
0( 12
0
0
/(
29
(
100
()社)
賛成率
76
96.1%
1,045
95.0%
1-&+ 1,&/
110
92.2% 1,&1
1)&*
1(&(
26
97.5%
3
88.0%
10
96.4%
12
93.3%
0
0
31
94
.4% ∼+( ∼,( ,(以上
∼)( ∼*(
1
,
313
94
.8%(*(社)()0社)()/社)
(,社) (*1社)
出典:各社臨時報告書よりEY総合研究所(株)作成
たこと、ROE(自己資本利益率)の平均水準が上昇した
①そもそも難関科目は選択しない
ことなどから、経営トップに対する信任が高まったものと
:退職慰労金の廃止、買収防衛策の非継続など、反
言えるだろう。
<図1>は、コーポレートガバナンスの整備に責任を持
対を受けやすい議案上程を回避
②採点者の意図をくんで学習する
つとされる経営トップ(非執行の会長、
いない場合は社長)
:社外取締役の選任、業績連動報酬の導入など、投
の賛成率を、選任した社外取締役の割合別に比較したもの
である。社外取締役ゼロの企業は8社から1社に激減して
資家が支持する取り組みを実施
③丁寧かつ読みやすく回答を書く
おり、賛成率は平均で80%前後と前年同様の低い水準と
:招集通知の早期発送、
独立性の定量的な記載など、
なっている。また、
10%および20%未満の企業についても、
読み手を意識して情報を開示
前年と比較して賛成率が低下しており、同年内の比較でも
20%以上の企業との間で明確な差がついている。社外取締
役の人数に関するものであるため「形式」論ではあるもの
社内取締役(経営トップ)の選任議案
の、単に「社外取締役がいるか?」から「影響力を行使で
取締役選任議案のうち社内取締役のみを抽出したとこ
きる人数がいるか?」にシフトしたと考えると、「実質」
ろ、14年の賛成率は平均で95.2%となっており、13年の
論の観点が生じ始めていると考えることができよう。
95.1%と大差ない水準であった。経営トップ(会長、社長)
<図2>は、マネジメントの成果に責任を持つとされる
に限ると93.9%で、13年の92.8%から約1ポイントの改
経営トップ(執行側の会長、および社長)の賛成率を、直
善となっている。社外取締役を選任していない企業が減っ
前年度のROE水準別に比較したものとなっている。まず
図1 社外取締役の割合と経営トップの賛成率(2013年→2014年)
)((
1)&*
1+&)
1,&,
1,&*
1-&)
1(
1(
0( //&/
0(
/(
/(
1,&1
1(&(
1)&*
1-&+
1,&/
0*&/
(
∼)( ∼*( ∼+( ∼,( ,(以上
(0社) (.社) (*+社)(*(社)(),社)()-社)
出典:各社株主総会参考書類等および臨時報告書よりEY総合研究所(株)作成
8
)((
(
∼)( ∼*( ∼+( ∼,( ,(以上
()社) (,社) (*1社)(*(社)()0社)()/社)
Feature
図2 直前年度ROEと経営トップの賛成率(2013年→2014年)
)((
1,&(
1+&+
1,&*
1+&.
)((
1( 0.&0
1(
0(
0(
/(
/(
∼-
∼)(
∼)- )-以上
赤字
(.社) (),社) (,)社) ()0社) (/社)
1,&.
1,&,
1-&-
1.&-
0.&/
赤字
(-社)
∼-
∼)(
∼)- )-以上
())社) (+/社) (*1社) (/社)
出典:各社有価証券報告書および臨時報告書よりEY総合研究所(株)作成
最終赤字の企業では、13年・14年ともに厳しい賛成率と
式それ以前の実質」が問われた例といえるだろう。
なっている。次に黒字の企業群については、13年には
一方で社外監査役については、14年の賛成率は平均で
ROE水準の高低が賛成率に影響しているか不明確な一方、
91.6%となっており、13年の87.9%から4ポイント弱も
14年においては同水準によって差が付き始めているよう
改善している。背景として「監査役」という制度自体が外
に見える。このことも小さな変化ではあるが、コーポレー
国人である機関投資家になじみが薄く、形式によった議決
トガバナンスの「実質」を議決権行使に反映させる動きが、
権行使がされた結果、13年は属性(独立性)が厳しく判
機関投資家において徐々に広がっている表れのひとつと言
断されて反対票を集めたと見られる。これを受けて14年
えるかもしれない。
は独立性を備えた候補者を選任するなどして、賛成率は向
上したのではないか。なお<図4>は属性別による賛成率
だが、金融機関出身者が特に厳しく評価されていることが
社外取締役・監査役の選任議案
分かる。
取締役選任議案のうち社外取締役のみを抽出したとこ
なお社内監査役についても賛成率を確認してみると、
ろ、14年の賛成率は平均で94.0%と、13年の93.7%から
13年が94.4%だったのに対して、14年は93.1%と1ポイ
若干の改善となった。<図3>は14年の賛成率について、
ント強の低下となっている。これは先述したように監査役
社外取締役候補者の属性別に比較したものだが、どの属性
制度が外国人に認知されておらず、
「何をするか/どう貢
も90%以上の水準を確保しており、銀行出身者は絶対に反
献するか」という実質では判断が難しいため、
「監査役全
対など画一的な議決権行使はされていない。反対票を集め
体の過半数に達していない」という形式がより否定的に判
た個別議案を確認すると、取締役会出席率の低さが問題に
断されたと見られる。このように議案によっては、形式に
されたとみられる候補者が目立っている。
これはいわば
「形
よる判断基準が厳格化する傾向も確認できる。
図3 属性別による社外取締役の賛成率(2014年)
図4 属性別による社外監査役の賛成率(2014年)
)((
1,&+
1(
1.&, 1-&) 1-&1
1(&.
1*&/
1-&,
1(
1/&-
1+&+
01&.
1/&,
1*&(
/,&)
コンサル
会計・税務
法務・検察
研究・文筆
官僚・首長
金融機関
事業会社
-(
コンサル
-(
会計・税務
.(
法務・検察
.(
研究・文筆
/(
官僚・首長
/(
金融機関
0(
事業会社
0(
出典:各社株主総会参考書類等および臨時報告書よりEY総合研究所(株)作成
10&(
)((
出典:各社株主総会参考書類等および臨時報告書よりEY総合研究所(株)作成
EY総研インサイト Vol.3 February 2015
9
Feature
という問題意識を持って議決権行使結果を分析した。例え
その他の会社提案
ば経営トップの選任議案において、社外取締役の割合=影
TOPIX100採用企業において最も賛成率が低かった議
響力が問題視されつつあること、ROE水準の高低が賛否
案は、買収防衛策の導入議案であった。もっとも同企業で
に反映されたように見えること、などは尚早に過ぎるかも
買収防衛策を上程したのは1社のみで、全体の傾向を推測
しれないが、
「実質」重視の流れを予感させると言えるの
することは難しい。また退職慰労金の支給議案(打ち切り
ではないか。14年の株主総会シーズンを総括するならば、
支給を含む)も反対行使が集まる傾向があるが、3議案し
「実質的な議決権行使の問題提起」総会だったと言えるか
か上程されておらず分析に不足感が存する。そこで以下、
もしれない。
年度末時点で時価総額500億円以上の企業にサンプルを
ただし一方では「形式」重視の判断が強まる傾向が、議
拡大して分析を進める。
案によっては生じているようにも思える。とりわけ社内監
時価総額500億円以上で退職慰労金の支給議案を上程
査役の賛成率低下は、典型的な事例と捉えられるかもしれ
した事例として76社を抽出したところ、賛成率の平均は
ない。上述した経営トップの賛否に関わる社外取締役の割
84.2%となり、最も低かった例は62.7%だった。<図5>
合についても、単なる数値として扱われているのならば、
は外国人株主比率と同賛成率を比較したものだが、両者に
むしろ形式面のハードルが上がっただけとも考えられる。
相関性は見られない。機関投資家の反対行使は対象者(社
ROEにしても今後、定量基準で画一的に議決権が行使さ
外取締役、監査役)や金額開示(取締役会に一任など)で
れることが定着すれば、
「実質」とは程遠い新たな形式基
顕著になる、換言すれば機関投資家株主の多い企業では、
準が増えただけとする批判も出てくるだろう※1。
多くの賛成票を得やすい制度設計にしている可能性が指摘
このような「実質面の形式化」を避けるためにこそ、企
できる。
業と投資家のエンゲージメント(目的を持った対話)が必
同様に買収防衛策の導入議案を上程した事例は72社が
要なのではないか。エンゲージメントの目的は「企業価値
抽出され、平均賛成率については72.7%、最も低かったの
の向上」すなわち実質的な成果である。社外取締役の人数
は47.4%すなわち否決事例が出ている。<図6>で外国人
やROE水準を単なる数値基準とせず、個社が企業価値を
株主比率と同賛成率を比較したところ、明らかな相関性が
高めるためにどのような意味を持っているのかを議論、そ
認められる。買収防衛策に関しては機関投資家の不信感が
うして得た相互理解が議決権行使に際して反映されるべき
強く、制度設計(情報提供期間の長さ、独立委員会の関与
だろう。投資家との実質的な議論を導出するため、コーポ
度など)および、運用の裏付けとなるコーポレートガバナ
レートガバナンスを中心とした非財務情報の開示充実が企
ンス体制(社外取締役の人数など)が相当に堅固であって
業に強く望まれる。
も、賛成票を得ることは極めて難しいと言わざるを得ない。
※1「ISSが2015年版議決権行使助言方針(ポリシー)を発表」参照
日本企業における対応
本稿では14年の株主総会について、機関投資家による
議決権行使のポイントが「形式」から「実質」に移ったか、
図5 退職慰労金の賛成率と外国人株主比率(2014年)
)((
1(
)((
0-&/
0+&/
0*&,
0+&0
00&)
1(
0(
0(
/(
/(
.(
.(
-(
∼)(
∼*(
∼+(
∼,( ,(以上
()1社) (*0社) (),社) ()(社) (-社)
出典:各社臨時報告書よりEY総合研究所(株)作成
10
図6 買収防衛策の賛成率と外国人株主比率(2014年)
-(
0-&/
/.&-
.1&+
-1&+
∼*(
∼+(
∼)(
())社) (*+社) (*1社)
出典:各社臨時報告書よりEY総合研究所(株)作成
∼,(
(.社)
-.&(
,(以上
(+社)