院内助産を継続している助産師の思いのプロセス

香川大学看護学雑誌 第 19 巻第 1 号,15–22,2015
〔報 告〕
院内助産を継続している助産師の思いのプロセス
名草 みどり 1,佐々木 睦子 2,内藤 直子 3
1
摂南大学看護学部看護学科
2
香川大学医学部看護学科
3
藍野大学医療保健学部看護学科
Process of the Thought of Midwives Has Continued in Hospital Midwife-Managed Delivery
Midori Nagusa1, Mutsuko Sasaki2, Naoko Naitoh3
1
School of Nursing, Faculty of Nursing, Setsunan University
School of Nursing, Faculty of Medicine, Kagawa University
3
Department of Nursing, Faculty of Nursing and Rehabilitation, Aino University
2
要旨
目的
助産師が院内助産を継続する思いのプロセスを明らかにする.
方法
院内助産を担当する助産師7名を対象に院内助産への思いについてインタビューガイドによる半構成的面接を行い,戈木のグ
ラウンデットセオリーアプローチを参考に継続比較分析した.本研究は A 大学医学部倫理委員会の承認を得て行った.以下コ
アカテゴリー〖 〗, カテゴリー【 】
.
結果
対象者 7 名の平均年齢は 42.0 歳 ( ± 9.0),勤務年数は平均 14.7 年 ( ± 6.4),院内助産担当年数は平均 3.1 年 ( ± 0.9).7 事例を
統合した結果,コアカテゴリー〖お母さんの力で産む手伝いをするわくわく感と責任感〗の現象と 6 カテゴリー【助産師として
できることをやりたい】,【ずっとそばについて産婦の満足の声】,【長時間でも産婦家族から喜ばれるオンコール体制】【助産師
の意志で継続している院内助産】,【助産師の力だけで分娩を進められない落ち込み】,【助産師としての自信と成長できる喜び】
が抽出された.
考察
助産師は医師不足や分娩数減少の中で,
【助産師としてできることをやりたい】と院内助産に取り組んでいた.また,分娩中
産婦につくことは,従来の体制では困難であったことから,
【ずっとそばについて産婦の満足の声】を得ていた.さらに,
【長時
間でも産婦家族から喜ばれるオンコール体制】という思いもあり,厳しい勤務体制の中で【助産師の意志で継続している院内助
産】の状況にあった.一方,医師介入の必要時は【助産師の力だけで分娩を進められない落ち込み】を感じながらも,経験を重
ねることによって,
【助産師としての自信と成長できる喜び】を得ていた.
〖お母さんの力で産む手伝いをするわくわく感と責任感〗という気持ちの高揚から充実感を得て同時
助産師のみの分娩介助は,
に責任感を感じる中で,院内助産を継続していることが明らかとなった.
キーワード:院内助産システム,院内助産,助産師
連絡先:〒 573-0101 大阪府枚方市長尾峠町 45-1 看護学部看護学科 名草 みどり
Reprint requests to : Midori Nagusa,School of Nursing, Faculty of Nursing, Setsunan University, 45-1 Nagaotoge-cho, Hirakata
City, Osaka, 573-0101, Japan
− 15 −
香大看学誌 第 19 巻第 1 号(2015)
Summary
Objective :
To clarify the thought processes of midwives who continue in-hospital midwifery care.
Method :
Semi-structured interviews were conducted with 7 midwives who are in charge of in-hospital midwifery care on
their thoughts on in-hospital midwifery care, and continuous comparative analysis was done with reference to
Saiki’s grounded theory approach. This research was conducted with the approval of the ethics committee of the
medical department of X University. Core category is indicated in〖 〗and categories in【 】below.
Results :
The 7 subjects had an average age of 42.0 years (±9.0), had worked an average of 14.7 years (±6.4), and had been
in charge of in-hospital midwifery care for an average of 3.1 years (±0.9). As a result of integration of the 7 cases,
a core category phenomenon of〖Sense of excitement and responsibility in assisting birth by the mother’s power〗
and 6 categories.
Discussion :
Amidst a shortage of doctors and declining births, midwives engage in in-hospital midwifery care with the intention
of【Wanting to do what one can as a midwife】. As being with the mother during birth was difficult under the
conventional system,【Being there for the mother’s voice of satisfaction】was obtained. There was also the thought
of【On-call even it is for long periods, can please the family of the expectant mother】, and amidst hard working
conditions, they are in the situation of【In-hospital midwifery care continued by the will of midwives】. When a
doctor’s intervention is required, they can feel【Distress that birth cannot be promoted by the midwife alone】, but
by gaining experience they obtained【Confidence and joy to grow as a midwife】. Birth assistance by the midwife
alone provides the uplifting feeling and sense of responsibility of〖Sense of excitement and responsibility in
assisting birth by the mother’s power〗
Keywords : In-hospital midwifery care system, In-hospital midwifery care, Midwife
助産が開設され数年経過している 6).助産外来は一定
はじめに
の普及に至っているが,院内助産開設数は全国の分娩
わが国では,第 2 次世界大戦後まで出産は自宅で
を扱う病院の 7.4%にとどまっている.
行われていた.しかし,1960 年に自宅分娩と施設分
院内助産開設の推進を阻んでいるものとして,以下
娩の割合が 50% になり出産の場は家庭から施設へと
の三つが考えられる.保健師助産師看護師法では,助
.現在は,99 %以上が医療施設
産師は正常経過をたどる妊婦・産婦・褥婦と新生児で
での出産である.そのため,一人の助産師が一貫して
あれば自立・自律して助産ケアを行うことができる専
妊娠 ・ 分娩 ・ 産褥までケアを行うことは少なくなって
門職である 6).しかし,助産師は分娩が施設内に移行
いった.それから半世紀が経過し,わが国の産科医療
した後は,医師と共同して妊婦の健康診査・助産介助
は急激な産科医師不足 4) により産科病棟閉鎖という
を行っていた.そのため,一人の助産師が責任を持っ
事態が生じており,妊産婦にとっては出産場所が生活
て妊娠・分娩・産褥までのケアを行うことはなかった.
圏になくなるといった状況を引き起こしている.また,
このように,助産師が自律・自立して助産業務を行っ
出生数の減少により 4),多くの産科病棟が混合病棟化
てこなかったため,院内助産の推進を阻んでいると推
し,助産師は本来の助産業務に専念できない状況に置
測できる.二つめは,院内助産に取り組んでいる施設
一気に移行した
1 ~ 3)
5)
かれている .
の看護管理者や助産師の調査票に基づく認識におい
日本看護協会は 2004 年より,その解決策として,
て,院内助産の推進を阻んでいるものは,助産師の高
助産外来や院内助産の普及を推進してきた.正常妊産
度な実践能力不足や精神的負担が報告されている 7).
婦については助産師が産科医療施設において健診や保
三つめは,開業助産院であれば,助産師は一人の妊婦・
健指導を行い,分娩 ・ 産褥まで一貫したケアを行うこ
産婦・褥婦までのケアを専従することができるが,産
とを求められ,助産師による助産外来,院内助産の開
科医療施設における院内助産の場合は,産科医療施設
設が奨励され全国の産科施設において助産外来,院内
の業務と院内助産の業務の二つの役割を担わなければ
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香大看学誌 第 19 巻第 1 号(2015)
ならない.そのため,院内助産において助産師は専門
真実性の確保としてデータから導き出されたカテゴ
性を発揮する一方,過重業務になることが推進を阻ん
リー関連図を対象者に開示し,研究者のバイアスのか
でいると考える.
かった解釈になっていないか確認をした.研究開始当
そこで,院内助産が普及していない現状から,院内
初から指導者から助言を受けながら研究者間で討議を
助産を継続している助産師の思いのプロセスを明らか
繰り返し,さらに質的研究の経験者と,指導者の助言
にすることは,今後の院内助産のあり方を検討する基
を受けながら真実性の確保に努めた.
礎資料になり,妊婦・産婦・褥婦・新生児への安全と
快適な支援にもつながると考えた.
5.倫理的配慮:
目的
付番号 23-10)を得た後に実施した.説明文書及び同
本研究は,
A 大学医学部倫理委員会において承認(受
意書を用いて,研究の趣旨や研究の方法を十分に説明
助産師が院内助産を継続する思いのプロセスを明ら
し,よく理解された後に,文書と口頭にて目的と方法
かにする.
を説明し,同意を得られた助産師を対象とした.研究
参加,不参加の意志を尊重し,インタビュー途中にお
方法
いても中断できることを説明した.調査結果は,個人
の特定できないように連結可能匿名化とし,研究デー
1.用語の定義
タは施錠できる保管庫に保管し,研究以外の目的には
院内助産:
一切使用しないこと.また,研究終了後,研究データ
日本看護協会は 2010 年に「院内助産」を定義付け
は完全に廃棄をすることを文書と口頭で説明し文書に
ている.「院内助産」とは分娩を目的に入院する産婦
て同意を得た.
及び産後の母子に対して,助産師が主体的なケア提供
を行う方法・体制と定義づけた.そこで本研究におい
結果
てもこの定義づけとした.
以後,コアカテゴリー〖 〗,カテゴリー【 】,サ
2.対象
ブカテゴリー《 》,ラベル〈 〉,データからの引用
助産師の経験年数 5 年以上の院内助産を担当してい
「 」,プロパテイ“ ”,で表記する.
る助産師とした.
1.対象者の概要
3.データ収集方法
インタビューの協力が得られた分析対象者は 2 施
データ収集は半構成的面接調査とし(期間:平成
設に勤務する 7 名であり,平均年齢は 42 歳(± 9.0)
24 年 4 月~平成 24 年 9 月)面接時間は平均 34 分であっ
た.
インタビューは,研究者がインタビューガイドを用
いて実施し,インタビューの導入部分で,対象者の基
本属性を尋ねた.
面接内容は院内助産をはじめて体験できたこと,
「や
(37-56)であった.助産師としての勤務年数は平均
14.7 年(± 6.4)(7-25)であり,院内助産担当年数は
平均 3.1 年(± 0.9)(2-5)であった.既婚者 6 名未
婚者 1 名であり既婚者全員の子どもの数は 2 人であっ
た.また,子どもがいる助産師 6 名中 4 名(66.7%)
が助産院で出産している.概要は表 1 に示す.
るぞ」という気持ちになったできごと,「やるぞ」と
表1 対象者の背景
いう気持ちがくじけたできごと,満足した気持ちに
なったできごとについて等である.
対象者
1
4.データの分析方法:
年齢
助産
師歴
37
15
助産院
未婚・ 子ども
分娩介
での分娩
既婚 の数
助件数
の有無
既婚
2
有
院内
助産
担当
年数
役職
200件以上 3 中間管理職
2
37
14
既婚
2
有
200件以上 3
無
ローチ 8 ~ 12)を参考に 1 名のインタビュー終了ごとに
3
46
7
既婚
2
有
200件以上 3
無
4
37
15
未婚
0
無
分析を行い,継続比較分析を繰り返した.理論的サン
5
51
20
既婚
2
無
200件以上 3 中間管理職
プリングを行いながら,理論的飽和に達したと判断し
6
56
25
既婚
2
無
1000件以上 5 中間管理職
7
31
7
既婚
2
有
データ分析は戈木のグラウンデッドセオリーアプ
た 7 名で分析を終了した.
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200件位
120件位
3
2
無
無
香大看学誌 第 19 巻第 1 号(2015)
2.関連統合図の分析結果
できることはやっていく【助産師としてできることを
1)分析結果とストーリーライン
7 事例の分析結果は表 2,図 1 に示す.7 事例の分
析から,コアカテゴリー〖お母さんの力で産む手伝い
をするわくわく感と責任感〗の現象と 6 カテゴリー,
状況【助産師としてできることをやりたい】,行為 /
相互行為【ずっとそばについて産婦の満足の声】,【長
時間でも産婦家族から喜ばれるオンコール体制】,【助
産師の意志で継続している院内助産】,帰結【助産師
の力だけで分娩を進められない落ち込み】,【助産師と
しての自信と成長できる喜び】が抽出された.
〖お母さんの力で産む手伝いをするわくわく感と責
任感〗という現象に関するカテゴリー関連統合図は図
1 に示した.
医師不足や分娩数の減少がある中で,院内助産をや
りたいと強く思っていたわけではないが助産師として
やりたい】状況にあった.“他の病院との違い”は以
前から医師の妊婦健診後助産師は保健指導のみしてい
たことと,病院が“新しいシステムを受け入れる体制”
があったことである.このような状況からはじめた助
産外来であるが,
“助産外来の時間”丸々 45 分間きっ
ちり確保されていて,“妊婦さんと助産師との関係性”
ができ,“妊婦に関わる頻度”も毎回かかわることが
できることが以前の保健指導と違っている.院内助
産は“分娩の方法”もフリースタイル分娩を選択で
き,助産師が判断して“家族が分娩室に入ること”は
当たり前であり,助産師が“産婦に付く程度”はしっ
かりつくことができる.そのため,産婦の院内助産に
対する“評価の内容”は自分の希望をかなえてもらっ
て【ずっとそばについて産婦の満足の声】がある.そ
のような産婦からの反応を知ると“スムーズに分娩が
表 2 パラダイム一覧(統合)
パラダイム
状況
カテゴリー名
サブカテゴリー名
以前から外来で保健指導(対象者 1)
やりたいと強く思っていない院内助産 ( 対象者 2)
ひどいめにあってるひと多いお産(対象者 3)
【助産師としてできる
やっていかないといけない自分たちができる仕事(対象者 4)
ことをやりたい】
満足している普段の分娩(対象者 5)
医師不足ではじまった院内助産(対象者 6)
やりたいからここに来た(対象者 7)
助産師外来から毎回かかわる院内助産(対象者 1)
産婦の意向に添う院内助産(対象者 1)
うれしいのは産婦の満足の声(対象者 1)
患者の意向に応じた分娩(対象者 2)
【ずっとそばについて
お母さんが楽ならどんな分娩体位にも対応(対象者 3)
産婦の満足の声】
外来から情報共有してしっかりお産の援助ができる院内助産(対象者 4)
やってよかったと思える産婦の満足や感謝の言葉(対象者 4)
産婦のペースでずっとそばにつける院内助産(対象者 5)
助産師だけの介助の要望(対象者 6)
行為
相互行為
大変だけれど産婦家族から喜ばれリピートにつながるオンコール ( 対象者 2)
【長時間でも産婦家族
せんでいいならしたくないオンコール(対象者 4)
から喜ばれるオン
病棟内の連携(対象者 6)
コール体制】
子どもがいるから時間的に制約(対象者 7)
モチベーション下げる後ろ向きの人もチーム(対象者 3)
【助産師の意志で継続 自分の意志でしている院内助産(対象者 5)
している院内助産】 強制できない院内助産(対象者 6)
やらざるをえなくてちょっとしんどい人(対象者 7)
責任がある妊婦健診・院内助産(対象者 1)
自然にお母さんの力で生むお手伝いをする充実感(対象者 2)
責任を強く感じる院内助産(対象者 3)
よしがんばろうとちょっと気が重い院内助産(対象者 4)
〖お母さんの力で生む
産婦・助産師にメリットあるオンコール(対象者 4)
手伝いをするわくわ
ふれあった人の電話を待つすごいわくわく感(対象者 5)
く感と責任感〗
自然に生まれることを体験して満足(対象者 5)
二つの命を守る助産師だけでする仕事(対象者 6)
自分のペースでできるからすごいわくわく(対象者 7)
変わらない責任感(対象者 7)
帰結
助産師の力で分娩進められないと無力感(対象者 1)
【助産師の力だけで分 追いついていない助産技術(対象者 2)
娩を進められない落 赤ちゃんになにかあるとくじける原因(対象者 4)
ち込み】
保証のない怖さ(対象者 5)
医師がいるとできない(対象者 7)
アップしたんじゃないかとうれしい判断技術(対象者 1)
ぐんと成長できた開業助産師の指導(対象者 3)
【助産師としての自信
すごく救われたから助産院開業が大きな夢(対象者 3)
と成長できる喜び】
診察と診断するようになった院内助産(対象者 4)
例数重ね自信(対象者 6)
〖 〗はコアカテゴリー,【 】はカテゴリーを示す.
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香大看学誌 第 19 巻第 1 号(2015)
終わった達成感”は助産師にあり,“仕事のやりがい”
る院内助産】という状況にある.一方,以前の外来保
についてもさらに大きく感じている.しかし,院内助
健指導と助産外来の“違う内容”は,助産外来の方が
産ではずっとつきっきりで“産婦に付く程度”は長く,
助産師による妊婦健診の結果をより保健指導にいかす
助産師の“オンコールの大変さの程度”は結構大きい.
ことができることである.助産師による妊婦健診では
また,“子どもがいるから時間的制約”があり,その
なかったため,“以前の保健指導と助産外来との違い
ため,“任されない辛さ”も強く感じており,【長時間
の程度”は大きく,さらに,助産師が助産診断を行い
でも産婦家族から喜ばれるオンコール体制】という思
その結果に基づいて助産介助を行う院内助産について
いが助産師にはある.そのため,勤務の“拘束時間”
も“院内助産の責任”を重く感じている.そのため,
“無
が長く,産婦に“付き添っている時間”の長い院内助
事に生まれてよかったという思い”という安堵の思い
産は,“やる気”を持った【助産師の意志継続してい
も強くまた,院内助産の産婦を待つ“わくわく感”も
図1 〖お母さんの力で生む手伝いをするわくわく感と責任感〗という現象に関わるカテゴリー関連統合図
〖 〗はコアカテゴリー,【 】はカテゴリー,太字はプロパテイと細字はデイメンションを示す.
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強くあわせもっている.そのわくわく感を感じるよう
メリットとして院内助産を実施・準備施設の看護管理
になった体験として《自然にお母さんの力で産む手伝
者 44.3%は「助産師のやりがいやモチベーションの向
いをする充実感》には「自然にお母さんの力で産む手
上につながる」と報告している 14).今回の結果から
伝いをした.」「家族の一員の生まれる手伝いをした.」
助産師のやりがいやモチベーションの向上につながる
等であり,院内助産において〖お母さんの力で産む手
院内助産の具体的実践内容は,【ずっとそばについて
伝いをするわくわく感と責任感〗を強く感じている.
産婦の満足の声】であると考える.ずっとそばについ
しかし,医師の介入が必要な分娩の場合は【助産師の
て関わることによって,産婦の満足の声という助産師
力だけで分娩を進められない落ち込み】を感じている.
にとっての喜びを,院内助産に取り組むことによって
このように院内助産をはじめるために《ぐんと成長で
実感できていた.
きた開業助産師の指導》や,院内助産において《アッ
しかし,【ずっとそばについて産婦の満足の声】を
プしたんじゃないかとうれしい判断技術》などの経験
可能にしている【長時間でも産婦家族から喜ばれるオ
を重ねていくことによって,助産師は【助産師として
ンコール体制】に表れている勤務形態が,オンコール
の自信と成長できる喜び】を感じているという帰結に
である.オンコールとは,従来の夜間勤務以外に専用
至った.
の電話を持ち,院内助産の産婦の入院時に,連絡があ
れば勤務に就く体制である.一人の助産師が分娩開
考察
始から終了まで関わる場合,初産婦平均 15 時間,経
産婦平均で 8 時間 15,16)である.助産師の勤務時間は 8
〖お母さんの力で産む手伝いをするわくわく感と責
時間と考えると,分娩中産婦につくことは,助産師の
任感〗という院内助産を継続する助産師の思いのプロ
勤務時間が長くなり負担が大きくなると予測できる.
セス
このように,長時間のオンコール体制等,院内助産の
勤務形態が整備されていない現状がある.そのため,
助産師が院内助産をはじめるに至った理由は,産科
助産師の意志によって院内助産を継続している状況に
医師の不足,分娩数の減少,病棟の混合化のため,
【助
あった.勤務態勢の早急な整備が院内助産を継続する
産師としてできることをやりたい】状況にあった.渡
ためには必要であるといえる.
邊らは 13),院内助産開設に向けては,
〈助産師の自覚・
また,《モチベーション下げる後ろ向きの人もチー
責任感〉が重要であり,「意識の高い助産師がいるこ
ム》,《やらざるをえなくてちょっとしんどい人》に表
とが必要」と述べており,今回の結果においても助産
れているように個々の助産師は院内助産に対する考え
師は自らできることをしたいという助産師としてのア
方がそれぞれ大きく違っていた.船津 7) らは院内助
イデンティティが覚醒し院内助産をはじめていた.
産に対する施設勤務助産師の意識に関する実態調査に
このような中で院内助産に取り組み始めたところ,
おいて,院内助産の必要性の認識について「絶対必要
助産師は,【ずっとそばについて産婦満足の声】,ずっ
だと思う」と「必要だと思う」が 53.4 %であり,残
と産婦のそばにつくことが,院内助産の良いところで
り 43.1%の助産師が院内助産の必要性を認識していな
あると答えている.そして,院内助産において担当助
かった.今回の結果においても同様の状況であった.
産師が他の業務と兼任することなく院内助産に専従で
【助産師の意志で継続している院内助産】に表れてい
きる.そのため,産婦を援助する時間が従来の分娩シ
るように,現在の院内助産は意欲のある助産師の意志
ステムより増加し,産婦の意向に応じることができる
で継続していた.
環境となった.また,院内助産の実施状況別メリット・
このような状況の中で院内助産を継続している助産
デメリットにおいて,メリットとして院内助産を実施・
師は,〖お母さんの力で産む手伝いをするわくわく感
準備施設の看護管理者 41.4%が「助産師が家族を含め
と責任感〗,《自然にお母さんの力で産むお手伝いをす
た産婦のニーズや希望に応じることで,産婦の希望す
る充実感》,《自然に産まれることを体験して満足》と
るお産に近づくことができる」と報告している 14).こ
いうように,人工的に管理された分娩ではなく,お母
のように,1 人の助産師が長時間分娩中に関わり産婦
さんの力だけで産む手伝いをすることに充実感や満足
の意向に沿うことは,産婦への援助に対する満足につ
を得ていた.それは,時間をかけて自然な経過に付き
ながる.そして,助産師にとっては,産婦の満足の声
そうことによって実感できた経験である.従来の分娩
を直接聞き,喜びを実感できたといえる.さらに,院
システムでは 1 人の助産師が分娩終了まで付き添うこ
内助産の実施状況別メリット・デメリットにおいて,
とは少なく,院内助産において時間をかけて自然の経
− 20 −
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過に付き添うことができ.充実感や満足を得られたと
ケアの標準化はまだ整備されていないという看護管理
考える.また,わくわく感とは,期待などで心が落ち
者の認識の通り,院内助産を行っている助産師も《追
着かない感覚であり,助産師は自然に産む手伝いをす
いついていない助産技術》と認識しており,助産師は
る事によって得られる充実感や満足を期待し気持ちが
助産技術向上のための研修を受けたいという思いが強
高揚していると考える.
く,本研究からも研修の場を作り受講の機会を増やす
一方,〖お母さんの力で産む手伝いをするわくわく
必要があるという結果が得られた.
感と責任感〗における責任感は《責任ある妊婦健診・
現在日本看護協会では,2011 年から院内助産を担
院内助産》,《責任を強く感じる院内助産》に表れてい
える助産師の育成を目指したクリニカルラダーレベル
る院内助産の責任について,石岡らは
17)
,院内助産
(レベルⅢ)や,助産ケア提供の基準や手順を明確化
システムを開設するにあたり「助産師の責任の所在」
することを提案している 6).クリニカルラダーについ
に対する不安が高いと述べている.今回の結果からも,
ては 2015 年 8 月から使用することが決まった.また
助産師は責任の重さを強く感じている.それは,助産
遠藤は 1),院内助産システムを進めるにあたって整備
師に院内助産をまかされているということであり,そ
すべきこととして,中堅助産師のための助産実践能力
の責任の重圧を感じながら,まかされていることに気
研修と認定−助産師のキャリアパスの提示−を挙げて
持ちが高揚しているとも考える.
いる.本研究結果よりこれらクリニカルラダーの活用
このように,院内助産を継続する助産師にとって,
は,助産師一人ひとりの助産実践能力の獲得の支援に
お母さんの力で産む手伝いをすることに充実感と同時
つながると考える.このように,助産師の助産技術向
に責任を強く感じることが,院内助産を継続する原動
上に向けた取り組みと,助産ケア提供の基準や手順の
力となっていると考えたため,〖お母さんの力で産む
明確化は,全ての助産師が同じ高い実践力に基づいた
手伝いをするわくわく感と責任感〗をコアカテゴリー
ケアの提供につながり,院内助産を継続発展させる大
とした.
きな原動力になると考察する.
また,石引は 18)院内助産に従事している助産師は
従事していない助産師に比較すると専門的自律性が高
結論
いと述べている.院内助産において産婦と子どもの命
を預かる責任感が高まることによって,専門職的自律
性が高くなるのではないかと推測できる.
次に,出産がうまくいくということは,助産師とし
ての判断技術が以前より向上したことを実感でき,助
産師としての成長を感じたためと考え【助産師として
の自信と成長できる喜び】,とした.また,《ぐんと成
長できた開業助産師の指導》についても,院内助産を
始めるための研修として受けた,開業助産師からの指
導がきっかけとなり,ぐんと成長できたことを表して
いる.これは院内助産をはじめるための研修であり,
院内助産を行うことによって得られた助産師としての
成長体験である.
一方,
【助産師の力だけで分娩を進められない落ち
込み】,に表れているように,院内助産には胎児の心
音低下,分娩が進行しない等の場合,途中で医師の協
1.院内助産を継続している助産師の思いを,戈木のグ
ラウンデットセオリーアプローチ法を参考に分析
した結果,コアカテゴリー〖お母さんの力で産む
手伝いをするわくわく感と責任感〗,6 カテゴリー,
状況【助産師としてできることをやりたい】,行為
/ 相互行為【ずっとそばについて産婦の満足の声】,
【長時間でも産婦家族から喜ばれるオンコール体
制】,【助産師の意志で継続している院内助産】,帰
結【助産師の力だけで分娩を進められない落ち込
み】,【助産師としての自信と成長できる喜び】と
いうプロセスが抽出された.
2.コ アカテゴリー〖お母さんの力で産む手伝いをす
るわくわく感と責任感〗より助産師はわくわく感
から充実感を得て同時に責任感を感じる中で,院
内助産を継続していることが明らかとなった.
力を得なければならない事もあり,助産師だけで分娩
を進められず助産師が落ち込む原因となっている.日
本研究に際し,貴重なデータを頂いた助産師の皆様
本看護協会に希望する支援内容として「助産師対象の
に心よりお礼申し上げます.また,研究にご理解頂き,
研修の開催」を 80.1%の看護管理者
調査の場を快く提供して下さいました,施設の看護局
14)
があげており,
院内助産の実施状況別院内助産のメリット・デメリッ
長様,助産師の皆様,多くのスタッフの皆様に心より
トにおいて,「助産ケアの質確保,やケアの標準化」
感謝いたします.
を 31.4%の看護管理者が答えている.助産技術の質や
− 21 −
香大看学誌 第 19 巻第 1 号(2015)
する調査』
なお,本研究は香川大学大学院医学系研究科の修士
h ttp://www.nurse.or.jp/home/innaijyosan/
論文の一部である.
文献
1)遠 藤俊子,加藤尚美,池ノ上克他編:院内助産
システムガイドブック,医歯薬出版株式会社,
2010.
2)遠藤俊子,葛西圭子:助産師外来 ・ 院内助産の現
状と今後への課題 , 看護管理,18(9),756-761,
2008.
3)財団法人母子衛生研究会編:母子保健の主なる統
計−平成 21 年度刊行−,母子保健事業団,125,
2010.
4)厚 生労働統計協会編:国民衛生の動向・厚生の
指標増刊,59(9),192,2012.
5)公 益社団法人日本看護協会:平成 23 年度院内
助産システム推進ワークショップ「混合病棟で
院内助産システムを推進する」,2011.http://
www.nurse.or.jp/home/innaijyosan/pdf/
forum2303032013.6.10.
6)福 井トシ子編:助産師業務要覧第2版,日本看
護協会出版会,2012.
7)船津有紗,横田真実,松下みゆき他:院内助産院
に対する施設勤務助産師の意識に関する実態調
査,香川母性衛生学会誌,10(1),1-11,2010.
8)戈 木クレイグヒル滋子:グラウンデット・セオ
リー・アプローチの技法とその適用,看護研究,
40(3),59-77,2007.
9)戈木クレイグヒル滋子:質的研究方法ゼミナール
増補版グランデッドセオリーアプローチを学ぶ,
医学書院,2009.
10)戈 木クレイグヒル滋子編:グラウンデット・セ
オリー・アプローチ実践ワークブック,日本看
護協会出版会,2010.
11)戈 木クレイグヒル滋子:グラウンデット・セオ
リー・アプローチ入門,小児保健研究,72(2),
194-197,2013.
12)ホロウェイ・ウィーラー著,野口美和子監訳:ナー
スのための質的研究入門,医学書院,2008.
13)渡邊めぐみ,林猪都子,乾つぶら:院内助産開設
に関わる要素 - 院内助産モデルケースの聞き取り
調査から -,日本助産学会誌,26(2),256-263,
2012.
『日本看護協会
(2010)
14)公益社団法人日本看護協会:
平成 21 年度院内助産システムの普及課題等に関
pdf/21-okoku.pdf2013.6.10
15)坂 元 正 一 編: 最 新 産 科 婦 人 科 学, 朝 倉 書 店,
1983.
16)坂 元正一,水野正彦,武谷雄二監修:改訂版プ
リンシプル産科婦人科学2,メジカルビュー社,
1998.
17)石岡洋子,甲斐洋子:日本看護学会論文集 母性
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18)石引かずみ,長岡由紀子,加納尚美:助産師の産
科医師との協働に関する研究−助産師の専門的
自律性に焦点をあてて−,日本助産学会誌,27
(1),60-71,2013.
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