宮城県北部地震による堤防の被災メカニズム

研 究 報 告
宮城県北部地震による堤防の被災メカニズム
中山 修
鈴木善友
調査第一部
次長
調査第一部
主任研究員
に発生した地震として、震度6以上が3回、震度5以上が
研究の背景と目的
5回発生し、これまでの地震観測史上では初めての頻度で
あった。
平成15年7月26日に宮城県北部を震源とする連続地震
表−1
主な地震の発生状況
が発生し、宮城県では震度6弱以上が3回観測され、これ
らの地震により負傷者675名、家屋の全・半壊約5,000
棟の甚大な被害が発生した。
震源に近い鳴瀬川では甚大な堤防被害が発生し、特に
堤防被害の大きい箇所については、復旧工法の選定に役
立てるため、その被災メカニズムを明らかにすることと
なった。この堤防被害は、
1)震度6を超える地震が1日に3回発生したこと。
2)地震発生前の長期降雨により、堤防が湿潤状態にあ
ったこと。
3)地震発生時の河川水位が指定水位を超え、堤内地盤
より高い状態であったこと。
という点で、特異なケースであったと言え、単に堤防の復
旧工法選定のための被災メカニズムの検討にとどまらず、
今後の堤防耐震対策を検討する上で貴重な情報となる。
地震の特徴として、前震と本震の時間間隔は7時間と短
本報告は、復旧工法の検討のために設置された「鳴瀬
く、最大加速度については、ほぼ同規模であったが、余
川堤防検討会」における検討結果 1)を踏まえて被災メカ
震に比べて本震は100gal以上の揺れが3倍程度の継続時
ニズムを整理し、その所見を記したものである。
間であった。なお、表-1には50gal、100gal以上の継
続時間を示しているが、これは、一定規模の地震動継続
時間が、被災に影響を与える要因になる可能性があると
鳴瀬川堤防の地震被災メカニズムの検討
考えたものである。
(2)降雨及び河川水位の状況
1
被害状況の概要
地震被災メカニズムの検討に当たっては、堤防に作用
地震による被災規模や形態は、基礎地盤及び堤体の土
質構造のほか、地下水位や堤体の湿潤状況が影響するこ
とが知られている。このため、以下では降雨と河川水位
した地震動や地震発生時の堤防の状況を把握することが
について整理した。
重要である。
① 降雨の状況
(1)地震の概要
地震の発生は表−1に示すとおりであるが、1日のうち
図−1には、地震発生の1ヶ月前からの降雨状況を示す。
地震発生のほぼ1ヶ月前より断続的に降雨があり、地震発
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生直前の7月24日には日雨量78mm、前震発生時までの
せて66箇所であるが、被災の多くは震源に近い鳴瀬川に
累積雨量は356mmに達し、堤体にはかなりの降雨浸透
集中し、規模の大きな被災は鳴瀬川の河口から8km∼
があったと考えられる。
17km地点(図−3中の矢印)の堤防に集中している。ま
た、堤防の多くは本震により被災していることが確認さ
れている。
図−1 被災前後の降雨状況(6/23からの累積雨量)
(於:気象庁仙台管区気象台鹿島台雨量観測所)
② 河川水位
鳴瀬川流域では7月23日夜から降り始めた雨により、
7月26日05時20分に石巻地域に洪水警報が発令された。
鳴瀬川の鹿島台観測所では7月25日13時00分に指定水
位を超え、震度6弱以上の3回の地震は、いずれも指定水
位を超えた状態で発生している。なお、鳴瀬川の高水敷
高は、ほぼ指定水位と同じ高さであり、外水位が堤防に
直接作用した箇所もあったと考えられる。
図−2
鳴瀬川13.0km
水位雨量グラフ
(3)堤防の被災状況
河川堤防の被災箇所は北上川、鳴瀬川の両水系を合わ
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図−3
写真−1
堤防被災箇所位置図
堤防被災状況(鳴瀬川右岸13.0k
木間塚1)
写真−1は、鳴瀬川中流部右岸の木間塚その1地区の被
災状況である。堤防天端に大きな段差が発生し、川裏側
研究報告
への流動が確認できる。
発生した段差は高さ約3.5m(写真−2)で、縦断方向
に亀裂が100m程度連続している。また、亀裂の深さは
2m程度(写真−3)で、亀裂内部には地下水と思われる
水が確認されているが、亀裂発生後の降雨による水の可
能性もあるため、ボーリング孔の観測水位とあわせて、
後述する解析に用いる堤体内の水位を評価した。
法尻の流動は幅5m程度(写真−4)発生し、堤防に平
行する側道を埋没させていることが確認できる。土質状
写真−4
態は、含水量が多く泥濘化している状態であった。なお、
木間塚その1
川裏側の土砂流動
現地では、崩壊土砂の先端部から水が噴出していたこと
が確認されている。
2
被災後の堤防の調査と解析手法
(1)被災後の土質等の調査
被災後に行った調査を下表に示す。
堤防に関する調査については、改修史等による履歴調
査や地図調査等の机上調査が実施されている。
表−2
写真−2
木間塚その1
調査の概要
段差の状況
① 被災地周辺の地盤状況
空中写真判読による鳴瀬川下流∼中流域の微地形区分及
び治水地形分類図より読み取れる堤防沿いの微地形区分と
大規模被災箇所との関係を整理した。一般に地震による堤
防被害は、基礎地盤の液状化現象に代表され、旧河道跡な
どで被害がみられることが多いが、今回の場合は旧河道と
写真−3
木間塚その1
堤体川裏側の亀裂
被害箇所、被害規模には明瞭な関係は認められず、大規模
な被災箇所は後背湿地の微地形区分に属していた。
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③ 開削調査
大規模な被災箇所については、緊急災による仮締め切
りが施されており、被災した堤防の詳細調査のため、開
削調査を実施した。この結果、地震による堤防変形のす
べり面が確認されるとともに、堤体下部の基礎地盤から
と考えられる砂脈が確認された。
図−4
被災箇所と改修履歴、地盤状況の関係2)
② 堤防の改修履歴
旧地形図、昭和38年、49年、平成14年の河川の堤防
図−6
開削調査(木間塚その1地区)
横断測量成果及び堤防台帳を用いて築堤履歴を調査した
結果、初期築堤は明治末期∼大正初期にさかのぼり、そ
の後2∼3回の嵩上げ、拡幅を行い現在の堤防となってい
ることが推定された。
堤体土質の物理試験、大規模被災箇所の調査結果、ボ
ーリングデータ及び物理探査の結果から、鳴瀬川下流∼
中流域の堤防は、粘性土あるいは砂質土による築堤が主
で、堤体土質構造は1∼2層構造となっていることがわか
った。以下に堤体土質構造のタイプを整理したが、堤防
構造で川裏に粘性土がある場合、堤体内浸潤線が上昇し
やすく、洪水時に対して危険な構造タイプが存在するこ
とが確認された。
図−7
開削調査断面図(木間塚その1地区)
④ 調査結果
堤体及び基礎地盤に関する調査の結果、以下のような
特徴が確認された。
・堤体材料は、砂質土主体であり施工当時の締固めが不
十分(聞き取り調査より)であるところが多く、水が
浸透しやすい。
・基礎地盤は、表層に液状化の可能性がある砂質土が分
布するところが多い。
・N値50程度の良好な基盤までは、N値1∼3程度のゆる
図−5
10
●
堤体土質構造分類3)
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い粘性土が40m程度堆積する。
研究報告
(2)解析手法
被災メカニズムの検討は、地震発生前の堤防の湿潤状
態を再現し、地震動を作用させた安定解析、変形解析を
行うとともに、前述した現地調査による結果も併せ、総
合的に判断するものとした。解析の手順、方法、諸条件
を以下のフローに示す。
図−8
解析フロー
図−10
二次元FEM最大加速度分布図(前震時)
図−11
二次元FEM最大加速度分布図(本震時)
① 浸透流解析
観測された降雨量及び河川水位を考慮して二次元飽和不
飽和浸透流解析による堤体内浸潤線を求めた結果、被災直
後に実施したボーリング観測水位と概ね一致しており、地
震発生時には堤体内水位が上昇していたと予想される。
③ 液状化時の残留変形解析液状化判定
静的FEM(ALID)を用いた自重法による液状化流動解
析を行い、液状化時の残留変形解析を行った。
図−12は、本震時のFL分布であり、堤体内にFL<1.0
の液状化範囲が広く分布していることがわかる。
図−13はALIDの変形図、図−14は変位ベクトル図で
ある。川裏側の水平変位量が約1.2mと大きく、実被災と
同様の変形形態が再現されている。
図−9
浸透流解析結果
② 地震応答解析
等価線形周波数応答法による二次元地震応答解析を行
い、地震時の地盤内応力、加速度を求め、安定解析、変
形解析の入力値とした。最大加速度の解析値は、実地震
同様、本震時に比べ前震時の方が大きい結果を得ている。
図−12
FL分布図(本震時)
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飽和度及び浸潤線が上昇し、堤体強度も低下したと
考えられる。
図−13
ALIDによる変形図
図−15
地震前の状況
(2)地震時の状況
③ 地震時の状況(図−16参照)
a)前震によりAs1層の一部及び堤体内砂質土の浸潤線
(地下水位)以下で液状化が発生し、間隙水圧の上
昇、堤体強度の低下が生じたと考えられるが、大き
な変形や亀裂は生じなかったと推定される(前震後
図−14
変位ベクトル図
の点検では発見されていない)
。
b)前震の7時間後に発生した本震により、堤体下部お
3
被災メカニズムの検討
よびAs1層の液状化の範囲が拡大し、これらの層の
剛性・強度の低下が一層進んだものと考えられる。
前述までの調査結果及び解析結果に基づき、大規模な
地表面最大加速度は本震に比べ前震が大きかった
被災箇所について被災メカニズムについて検討を行った。
が、前震では被災が無かったことから一定規模以上
以下に代表箇所(木間塚その1地区)の被災メカニズム
の加速度の継続時間(表−1参照)が堤防変形に大
の検討結果を記す。
きく関係していたと考えられる。
(1)地震前の状況
① 堤防および地盤の構成(図−15参照)
a)川表側は粘性土主体の旧堤、川裏側は砂質土主体の
盛土で拡幅した形態。さらに川裏法尻部には粘性土
主体の盛土(道路)がある。基礎地盤は表層が粘性
図−16
地震時の状況
土(Ac1)、その下に砂層(As1)が分布。
b)川表には法枠護岸、護岸基礎には遮水矢板が施され
ている。
② 地震前の堤防の状況(図−15参照)
a)降雨により河川水は上昇していたが、遮水矢板、護
12
●
④ 被災要因の推定(図−17参照)
a)この結果、堤体の安定が失われ、旧堤体(粘性土)
の境界に沿うように堤内側へのすべり破壊が生じた
ものと考えられる。(開削調査により確定)
岸により河川水の堤体への浸透は抑制されていたと
b)すべり破壊端部の盛土土塊の一部は、泥濘化したよ
考えられる。しかしながら、降雨浸透により堤体の
うな状態であった。盛土内で飽和度が高く、液状化
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研究報告
したことが窺われる。
c)一方、川表側には変状等が確認されなかった。川表
は遮水矢板および護岸が設置されており、変状抑制
に効果があったと考えられる。
d)なお、As1層の液状化に伴う沈下も生じたと考えら
れる。しかしながら、堤体内や堤防周辺での噴砂の
跡は確認できなかったことから、Ac1層は破壊され
なかったと考えられる。
⑤ 被災の主要因(図−17参照)
べり破壊が生じていることが読み取れる。
② 降雨浸透を考慮しない場合
堤防天端における変形量は最大で40.7cmとなり、降
雨浸透時の半分以下となる。
川裏側では、堤内側への水平変位量が17.4cmとなり、
降雨浸透時の約1/7の変位にとどまる試算結果を得た。
また、変位ベクトル図を比較した場合、降雨浸透時に
はすべり破壊のような土塊移動が発生しているが、降雨
浸透が無い場合は変位が小さい。
堤体は水が抜けにくい構造であったため、降雨浸透に
伴い堤体の浸潤線が上昇し、盛土の強度低下が進んだ状
態で地震による振動が加わり、堤体内の砂質土部分が液
状化し崩壊した。
図−18
図−17
4
ALIDのよる変形図(降雨浸透なし)
被災時の状況
被災の要因分析
今回の地震被災は、地震発生前の降雨による堤体内の
浸潤線の上昇が被害程度に大きく影響したと考えられた
図−19
ことから、堤体内部の湿潤線が上昇しない状態、すなわ
ち事前降雨が少ない場合や浸透対策が施された場合を想
定した地震時変形量解析を行い変形量の差異を試算した。
試算については、前述と同様の静的FEM解析(ALID)
変位ベクトル図(降雨浸透なし)
③ 試算結果のまとめ
堤体内の浸潤線が上昇し、浸潤線以下の部分が完全飽
和状態となり液状化の状態を呈した場合には、堤体が不
で求められる変形図及び変位ベクトル図により評価した。
飽和状態の時と比べ、天端における沈下量は2倍程度、堤
① 降雨浸透を考慮した場合
体川裏側基部の水平変形量は7倍程度大きくなる試算結果
前掲の図−13、−14の変形図、変位ベクトル図のと
を得た。
おり、堤防天端における変形量は最大で92.9cmとなり、
試算結果より、降雨浸透の抑制対策、若しくは浸潤線
川裏側では、堤内側への水平変位量が119.7cmとなる。
が上昇しにくい対策、すなわち堤防の表面遮水対策や裏
変位ベクトル図を見た場合、実被災同様、川裏側へのす
法尻ドレーンの設置等による堤防の質的強化対策を施せ
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ば被災が軽減できる可能性があると考えられる。
表−3
試算結果比較表
3)地震被災は最大加速度の大きさより継続時間の影響
が大きく影響すると考えられること。
おわりに
今回の被災メカニズムの検討は、被災断面を開削調査
5
今後の堤防の耐震設計への反映
するとともに、現場で実際に起こった現象を再現計算し、
被災の実現象と解析結果の比較により被災要因を分析し
これまでの河川堤防の耐震設計は、堤防が地震により
たものであるが、重大な被災に至った箇所と軽微な被災
被災しても2週間程度以内の短期間で概ね緊急的な復旧が
にとどまった箇所の違いを説明できる要因の特定までに
4)
可能であることから、次の考え方を基本にしている。
は至っていない。
1)洪水と地震は同時には生起しないという前提とする。
これは、基礎地盤や堤防土質の不均一性などについて定
2)防御の対象とする河川水位は、朔望満潮位+余裕と
量的に把握することが困難であることが原因と考えられる。
する。
3)防御の対象区域は、ゼロメートル地帯等、平水位で
も浸水被害の可能性のある地域とする。
また、堤防の耐震対策実施の判定は、解析の技術的な
また、地震動についても堤防に作用する方向に起因す
る被災程度の違いや堤防の固有周期との関係など解明さ
れるべき事項は多数存在する。
現在、内閣府の中央防災会議から大規模地震に関する
限界もあり、基礎地盤の液状化による変形・沈下を円弧
外力や被害想定など様々な情報が発信されているように、
すべり法をもとに判断してきた。しかしながら、円弧す
地震国である日本ではその影響を避けることは出来ない
べり安全率と堤防の沈下量についての相関性は高いとは
ため、地震災害の最小化に向けた地震と共生した地域づ
言い難く、本検討で用いた地震時変形量解析のように沈
くり、施設整備、情報伝達体制の整備等を行っていくこ
下量として算出することは出来ない。
とが重要となる。
今後の耐震設計の検討において、地震時変形量解析手
また、地震発生後には、早急な施設の復旧や、地域コ
法は、より具体的な沈下量の算出が可能となる手法であ
ミュニティの再生も含めた復興が重要であることは言う
り、これまで以上に詳細な被害想定や対策検討が行える
までも無いが、上述した課題を取り入れた被災メカニズ
こととなる。また、本研究によって得られた下記事項は
ムの検討などを継続的に行い、工学的知見の向上に寄与
貴重な情報であり、今後の様々な研究に寄与できると考
していくことも重要と考える。
えられる。
1)堤防の沈下量算定方法として、静的地震時変形量解
析(ALID)から一定の成果を得たこと。
2)湿潤状態の砂質堤防は、地震時に大幅な強度低下や
変形を引き起こす可能性があること。特に堤体材料
が飽和状態にあるときは、堤体自体が液状化し、変
形する可能性があること。
14
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JICE REPORT vol.7/ 05.03
参考文献
1)国土交通省北上川下流河川事務所
平成16年3月、
「鳴瀬川堤防検討業務報告書」
2)国土交通省北上川下流河川事務所 治水地形分類図
3)国土交通省北上川下流河川事務所
平成16年3月、
「地震による被災箇所調査報告書」
4)建設省河川局治水課
平成7年3月、河川堤防耐震点検マニュアル・解説
● 財団法人国土技術研究センター
平成14年2月、河川堤防の地震時変形量の解析手法
● 財団法人国土技術研究センター
平成14年7月、河川堤防の構造検討の手引き