新幹線函館延伸による水産物輸送の可能性とその効果

新幹線函館延伸による水産物輸送の可能性とその効果
Fishery products transportation by the bullet train with extension for
Hakodate and it’s economic effects
○ 長野 章(公立はこだて未来大学システム情報科学部情報アーキテクチャ学科)
古屋温美((有)マリンプランニング)
中泉昌光(国土交通省北海道開発局農業水産部)
黒澤 馨((財)漁港漁場漁村技術研究所)
1.はじめに
平成 17 年に青森函館間の新幹線延伸工事が着工され、平成 27 年度に完成する予定である。
新幹線は旅客専用で延伸の効果は旅客の増に伴う経済波及で推計している。北海道南地域は水
産業を主産業としており、現在においても高価格魚介類は函館空港及び千歳空港経由で約 1 万
トン/年の水産物が首都圏に輸送されている。また、一般の水産物はトッラク輸送により青函フ
ェリーと高速道路で首都圏へ輸送され、多くの時間を要している。特に郡部では漁獲した日の
翌翌日に首都圏へ輸送され、鮮度の維持が価格に大きく影響する水案物では大きなハンディを
負っている。
新幹線が函館まで延伸されると函館・東京間は 3 時間 40 分、1 日 15 便、始発の午前 6 時か
ら最終が午後 8 時、8 両編成で運転されると予定されている。これら新幹線の車両の一部分の
内部に水産物を輸送した場合の、時間短縮による鮮度保持がどの程度価格を向上するか、また
首都圏への新幹線輸送における輸送許容価格を流通業者へのアンケートにより調査した。更に
北海道南地域の水産物を首都圏に新幹線で運ぶことの経済波及効果を産業連関表により計算し
た。
2.水産物の本州との輸送実態
2.1 輸送機関別流通の概要
平成 16 年度における函館空港から羽田空港向け貨物量は 10,831 トンで、全道の羽
田空港向け貨物量 94,482 トンの 11.5%を占める。既調査(航空貨物流動実態調査集計
表(平成 13 年 3 月 国土交通省))によれば、10,831 トンのうち約 80%は水産品である
とされる。函館圏の特徴から水産物の航空貨物による移出が多く、移入が少ない。こ
の航空貨物による移出量は地方空港にしては比較的多いと言える。
フェリー貨物流動実態調査(平成 12 年 3 月 北海道開発局)による水産物の港別移出量(フレ
ートトン)である。平成 11 年 11 月の調査期間(2 週間)の中で、函館は水産物輸送全体の 45%を
占めている。次に函館港から東京向け水産物の搬出元は、渡島圏・檜山圏あわせて 24,510 トン
と、函館港から移出する東京向け水産物 44,340 トンの約 55.3%を占める。次に多いのは札幌圏
で 28.0%である。
2.2 ㈱函館魚市場に集積するイカの輸送及び漁協から航空便を利用した輸送例
表-1 には、道南の水産物のうち㈱函館魚市場に集積するイカを東京へ輸送する際の経路を示
す。東京向けのイカのうち 90%を占める築地への輸送は主にトラック便による輸送になり、翌
日のせりにかける。10%を占める相対(寿司屋や料理屋直送)は函館空港から飛行機で羽田空港
へ向かい、羽田空港からトラックによって各店舗へ輸送される。
沿岸部の漁協市場から、
航空機を利用して東京へ輸送されるのは主に高付加価値商品である。
表-2 は、砂原・森等の活ホタテ、活タコ等が航空便を使用して輸送される経路を示す。現状で
は産地から仕出しする時間が午後なので、航空機を使用しても翌日の扱いになる。
表-1 ㈱函館魚市場に集積するイカの輸送実態
6
90%
㈱函館魚
トラック便
函 市
■
市場に
集積する
イカ
10%航空便
函 館
空港発
■
■
7:00
9
12
函館港
■
9:30
15
18
21
青森港
■
13:30
24
3
築地
■
○
24:00 2:00
(せり)
羽 田 羽 田 店舗等
空港着 空港発
■
■
■
8:30 11:00
13:00
表-2 漁協から航空便を利用する場合の輸送実態
6
漁協から航空便を利用
函館便利用
9
12
■
せり
する高付加価値商品
15
18
テ、活タコ等)
■
24
3
函 館 羽 田 羽 田 築地
空港発 空港着 空港発
■
■ ■
■
○
18:50
20:30
24:00 2:00
(せり)
(砂原、森等の活ホタ
新千歳便利用
21
■
新千歳 羽 田 羽 田
築地
空港発 空港着 空港着
■
■
■
○
24:00 2:00
(せり)
3.流通転換の一方策として新幹線の条件把握
3.1 輸送機関別輸送コストと現状の課題
図-1 は㈱函館魚市場から築地に
産地
築地
300 円/箱(10kg)
イカ 1 箱(10kg)を輸送した場合の輸 トラック輸送
産地
羽田空港
築地
送コストを示す。トラック輸送は築
600 円/箱(10kg)
航空輸送
地まで 300 円/箱(10kg)であり、1 輸
トラック (1 コンテナ 90 箱)
送業者との契約をすればその価格で
450 円/箱
150 円/箱
輸送が可能である。一方、航空輸送
の場合は羽田空港まで 450 円/箱
図-1 生産地から築地までの輸送コストと経路
(10kg)、それに加えて羽田空港から
築地まで 150 円/箱(10kg)であり、あわせて 600 円/箱(10kg)となることからトラック輸送の 2
倍となる。更に航空輸送では函市から羽田空港、羽田空港から築地までの輸送業者が異なり、
契約も別に結ぶ必要がある。
現状の輸送機関は次の通りである。
航空便の課題は、羽田空港での貨物の引き取りに 2~3 時間かかること、冬期は航空機材が小
型化し貨物の積載可能量が小さくなること、航空機のカーゴは冷凍コンテナが無いので、ドラ
イアイスを 20~30kg くらい入れること等である。
トラック便の課題は、年 5~6 回の頻度で荒天によってフェリーが欠航すること、北海道は三
陸などに比べると輸送時間、コスト、輸送の安定性・定時性などの面において競争力が小さい
こと、トラックは数量がまとまらないと割高になる。一台 10 トン(1000 箱)以上が必要で、荷
がまとまらないときは一部航空便で輸送することなどである。
3.2 高速輸送に期待されること
(1)新幹線輸送のコスト比較
新幹線で水産物を輸送した場合の輸送形態、輸送時間及び許容輸送価格をトラック輸送、航
空輸送及び新幹線輸送を比較する形式のアンケートを行った。
水産物価格は、㈱函館魚市場から築地へトラック、フェリー便で輸送する場合を標準(100)
とした。他の輸送経路、輸送手段をたどった場合の価格を答えて頂いた。
アンケート回答者は 36 人であったが、有効回答数は 28 であった。集計はこの 28 の解答をも
とに行っている。アンケート結果は表-3 の通りである。
表-3 アンケート結果
築地
到着
築地
入荷
出荷から築
地到着まで
の概ねの時
間(hr)
水産物の
価格
(標準を 100
としたとき)
10kg あたりの
輸送費(ケース 4,5
は希望価格を記入)
函館市場出荷(早朝)⇒フェ
リー⇒トラック⇒築地
函館郡部出荷(昼頃)⇒トラ
ック⇒フェリー⇒トラック
⇒築地
当日
深夜
翌日
早朝
16 時間
100
300 円
翌日
深夜
翌々日
早朝
16 時間
87
(50~100)
300 円
函館市場或は郡部市場出荷
(昼頃)⇒トラック⇒函館空
港⇒トラック⇒築地あるい
は料理屋・寿司屋
当日夜
翌日
早朝
12 時間
145
(85~300)
600 円~1200 円
当日夜
(料理・
寿司屋着)
-
12 時間
199
(100~400)
600 円~1200 円
当日夜
翌日
早朝
12 時間
142
(100~300)
600 円~1200 円
当日
夕方
当日夜
6 時間
175
(110~500)
当日夕方
(料理・
寿司屋着)
-
6 時間
214
(110~500)
当日夜
翌日
早朝
6 時間
173
(100~500)
流通経路解説
使
用
す
る
場
合
法
が
出
来
た
場
合
既
存
の
フ
ェ
リ
ー
・
ト
ラ
ッ
ク
・
飛
行
機
を
新
幹
線
に
よ
る
新
た
な
輸
送
方
標準
ケース
1
ケース
2-a
ケース
2-b
ケース
3
ケース
4-a
ケース
4-b
ケース
5
函館市場或は郡部市場出荷
(昼頃)⇒トラック⇒新千歳
空港⇒トラック⇒築地
函館市場或は郡部市場出荷
(10 時頃)トラック⇒新幹線
⇒トラック⇒築地あるいは
料理屋・寿司屋
函館市場或は郡部市場出荷
(15 時頃出し)⇒トラック⇒
新幹線⇒トラック⇒築地
希望価格
843
(350~1800)円
希望価格
926
(400~2000)円
希望価格
856
(350~1800)円
新幹線輸送も含めて水産物価格の輸送形態別の比較をしたものが図-2 であり、平均値及び最
小値と最大値を示している。価格は、輸送時間が短いものそして消費に近い料理店・寿司屋の
順序で高価格になっている。
新幹線で輸送した場合の許容輸送価格も、同様の傾向を示しているが、かなり高輸送費まで
許容している。料理店・寿司屋では宅配便(2,000 円/10kg)レベルまで許容している。
4.期待される効果
水産物価格向上による道南域(檜山、渡島支庁)への経済波及効果を図-2 のフローに従い試算
する。また、道経連・野村総研が試算した北海道新幹線開業による旅客だけの経済波及効果を図
-2 のフローに従い試算する。また、道経連・野村総研が試算した北海道新幹線開業による旅客
だけの経済波及効果(平成 15 年)との比較を行なう。
新幹線による水産物の輸送量は次のように
試算した。15 便のうち約半分の 7 便に 2 両増結し、新幹線超満員電車(250%)並の 14 トンを積
み込み輸送する。
これを 300 日間輸送すると、
7 便*2 両*14 トン*300 日=約 6 万トン(渡島、
檜山支庁管内の水揚量 30 万トンの 20%)に相当する。
平成 10 年 道南地域産業連関表
表-4 には、渡島桧山管内の 20%を新幹線で輸
送した場合と旅客だけを輸送した場合の経済波
i)新幹線輸送漁業の設定
及効果の比較を示す。
(鮮魚部門を新設)
(付加価値を 50,70%
この比較の結果、次のことが言える。
向上と設定)
1)本調査で試算した水産物の新幹線輸送によ
ii)平成 10 年 新道南地域産業連関表の作成
る効果のうち、70%の価格上昇率を想定した場
合の GDP 増加額は 37 億円であり、道経連・野村
道南域の水産物輸送量の
総研が試算した旅客だけの効果のうち道内での
うち新幹線活用は 20%(約
60,000 トン)と設定
GDP の増加額は 75 億円である。すなわち、渡島
iii)経済波及効果試算
桧山管内の水産物の 20%を新幹線で輸送する
・新幹線輸送漁業生産量(ΔX1)と
ことは、旅客を輸送することによる効果の約 5
従来型漁業生産量(ΔX2)
・ΔX で第一次波及効果を計算
割に匹敵する。
・第二次波及効果を計算
2)雇用効果では、70%の価格上昇率を想定し
た場合の雇用者数の増加は 1,048 人であり、道
iv)旅客だけの効果との比較
経連・野村総研が試算した効果のうち道内での
図-2 波及効果算定のフロー図
雇用者数の増加は 1,270 人である。すなわち、
渡島桧山管内の水産物の 20%を新幹線で輸送することは、旅客を輸送することと同程度の雇用
効果を創出する。
表-4 水産物を新幹線で輸送と旅客だけを輸送した場合の経済波及効果の比較(百万円)
単価上昇率
(%)
一次波及
効果
二次波及
効果
水産物輸送
の効果
50
2,465
926
848
3,011
70
3,045
1,144
1,048
3,719
旅客だけの
効果
北海道だけ
全国
1,270
4,000
7,470
19,250
12,040
36,100
雇用効果
(人)
GDP
備考
H10 道南産業連関表に新
幹線鮮魚部門を設け
H10/H15 で補正
道経連・野村総研(平成 15
年)
5.実現性と今後の課題
新幹線で新鮮な水産物を輸送するには次のような課題がある。
(1)積み卸しを 5 分程度で行なうこと、(2)車両自体は改造しないが内部構造を改良すること
(3)復荷の確保、(4)水産物水揚げ地における滞貨機能(畜養施設)の整備
しかし、車両構成はそのままでダイヤを変更しなくて良いことから実現性は大きい。新幹線
を活用した水産物を首都圏に輸送した場合の道内への経済波及効果は大きく、また新たな輸送
システムに対する地元水産業界の期待が大きいことがわかった。今後は、新幹線を活用した新
たな輸送システムをより具体化して、それらが水産業にとってどれだけ効果があるのか、それ
に対応する水産基盤整備を検討することで、水産業と漁村の振興にどれだけ効果を創出するか
検討が必要である。
参考文献
1)波床正敏,田村信弥:新幹線利用高速貨物輸送の可能性について,平成 17 年度 土木学会全
国大会 第 60 回年次学術講演会,2005 年 9 月
2)北海道新幹線函館開業による経済効果,株式会社野村総合研究所,2003 年 10 月
3)平成 16 年度 道南地域水産物流調査検討業務報告書,北海道開発局函館開発建設部,2005
年3月