サード・パーティ・ビジネスのガバナンス

【視点・論点Ⅱ】 NPM・PPP
サード・パーティ・ビジネスのガバナンス
本レポート No.61、62 号(2002 年 5 月、6 月)において、「英国国民貯蓄庁にみるパートナーシ
ップ戦略」を紹介した。以下では、この英国国民貯蓄庁(以下「国民貯蓄庁」と略す)が展開して
いるサード・パーティ・ビジネスのガバナンスについて取り上げる。
NPMの考え方は、「官から民へ」を基本としている。これに対して、PPPのパートナーシッ
プでは、公的部門と民間部門の協働によって、それぞれが持つ異なる資源を組み合わせ効率化と同
時に新たな「第三の活動領域(サード・パーティ)」の形成を一つの目的としている。単なる官か
ら民への資源移動ではなく、官から民への移動に加え、官と民の協働によって新たな資源、新たな
領域の創造に挑戦するものである。日本の行政改革においても、スリム化、効率化だけでなく、新
たな領域を創造する取り組みが求められている。スリム化だけでは組織スラックが改善しないこと
は、本レポート【視点・論点Ⅰ】で指摘しているところである。サード・パーティ・ビジネスは、
地方自治体にとっても単なるスリム化ではない、新たな地域経営の手段を提供するものである。
こうした「第三の活動領域(サード・パーティ)」の具体的事例として、国民貯蓄庁が取り組ん
だサード・パーティ・ビジネスについて、まず簡単に整理する。国民貯蓄庁は、資金規模こそ10
分の1以下と小さいものの、基本的には日本の郵便貯金と同じ仕組みである。国民貯蓄庁は英国大
蔵省のエイジェンシー機関(日本の「独立行政法人」)であり、国民に貯蓄のための商品を供給し、
調達した資金は、大蔵省に運用することで財政的に活用されている。
資金調達
国
民
資金運用
国民貯蓄庁
貯蓄手段提供
大
蔵
省
資金返済
大蔵省のエイジェンシー機関
対大蔵省折衝等
15年間
業務を全て委託
シーメンス・ビジネス・サービス社
国民貯蓄庁業務
(SBS社)
人材・施設移行
移行人材4000人
この国民貯蓄庁が自らの業務を15年間にわたり民間事業者に委ねるため、競争入札方式により
事業を担う民間事業者を募集、90社以上の応募の中からシーメンス・ビジネス・サービス社(以
下「SBS社」と略す)が落札する結果となった。SBS社は、15年間、国民貯蓄庁の業務を国
民貯蓄庁の名で行うものであり、その業務執行のために国民貯蓄庁から施設、人材を15年間に限
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No.69)2003 年 3 月
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定してSBS社に移行する措置がとられている。公務員の私的雇用の形態である。これにより、国
民貯蓄庁の職員4200人強のうち対大蔵省折衝業務を担う数百人の職員を残し、約4000人が
SBS社の社員として15年間、国民貯蓄庁の業務を担う形態となった。
国民貯蓄庁は、サード・パーティ・ビジネスの契約に内在する二つの本質的リスクについて整理
している。第一は、サード・パーティ・ビジネスの目標達成の鍵となるサービス提供の質を入札に
より選択した単一の民間事業者の行動に全面的に依存する状況となること、第二は、長期契約であ
るため契約で定めたサービスやコストの質が時間の経過と共に市場や社会から得られる最良のも
のとは言えなくなる可能性があること、である。とくに、前者については、民間事業者との関係が
悪化し非協力的関係が生じることにより深刻化する危険性がある。こうしたリスクを回避するため、
入札に先立ちインフォメーション・メモランダムを作成し、契約目標とその目標を達成するための
要求事項を明らかにする措置が採用されている。ただし、提示されるのは契約目標と要求事項であ
り、目標達成のための方法を指示する内容とはなっていない。達成する方法を指示することは業務
を革新しようとする入札者の能力を限定する結果となるからである。
インフォメーション・メモランダムの主な内容
目
標
目標達成のための要求事項
運営業務の実施 ①事業プロセスを通じた業務運用の効率性の大幅な改善
と強化に関する ②明確な主要業績指標により測定可能な品質水準の保持・向上
責任及びリスク ③②が達成できない場合の段階的な支払金額の減額措置
の移転
④業務会計に責任を負う
⑤法令変更によるリスクを負う
競争的な水準ま ①変動幅を予め定めた業務量の標準的ケースに基づく漸減的な固定料金制
でのコスト削減
度の設定
②標準的なケース及び変動幅を超えた業務量に対しては別途料金制を導入
③契約期間を通じたコスト基準を設定し、料金、価格については下方修正
のみ認めると同時に、サービスの質的改善に努める
④業務によって予想以上の利益が発生した場合、国民貯蓄庁に利益の分配
を行う
⑤解雇コストが約定金額を超えた場合、受託者たる民間事業者が負担
協力的で柔軟性 ①民間事業者に対してあらゆる面から監査する権限の留保
のある関係の構 ②会計上の完全な透明性の確保
築
③会計検査院の立ち入り権の設定
④国民貯蓄庁業務に関する契約実施組織の明確な分離
⑤通常の変更事項に対する料金請求の放棄
対等関係の確立
①長期的視野に立った国民貯蓄庁とのパートナーシップへの投資の実施
②商品やチャネルが根本的に異なる新しい商品に対する国民貯蓄庁の自立
的権利の確保
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サード・パーティ・ビジネスに限らずPPPを成功させるためには、最適なリスク配分と同時に、
配分したリスク等を含め、その実施を担保する契約に対してのガバナンスが不可欠となる。こうし
た契約に対するガバナンスは、契約時において契約書の作成からスタートするのではなく、公的部
門が入札戦略を形成する段階からはじまる。国民貯蓄庁のプロジェクトにおいても、市場調査を含
めた入札戦略形成に多くの時間を投入している。このプロジェクトの入札戦略形成と入札後のガバ
ナンスのために形成された組織は下図のとおりである。
経営委員会
顧問
調達戦略チーム
(財務・法律・プロセス)
プロジェクト・マネージャー
プロセス・コンサルティング
IT
仕様
品質保証チーム
法律
このプロジェクト組織を通じて契約締結に向けたガバナンスが展開されている。契約締結に向け
たプロセスは5段階に分けられている。
第1段階
第2段階
第3段階
第4段階
第5段階
官報公示
実施方針提供
交渉招請
評価
交渉
入札者受付
入札評価
最終入札
交渉終了
契約締結
入札者決定
(90)
(4)
落札者決定
(2)
(1)
(1)
注.
( )内は入札者数等の推移
実施方針提供に先立ち、顧問を通じて入札参加希望の約90社にプロジェクトに対する要望等の
確認を行っている。そして、入札参加者として残った4社に対してPPP事業における利益の見通
しと利益を最大化するプロジェクト・スペックの考え方について詳細にわたって確認を行っている。
本プロジェクトは、金額提示による入札方式が採用されているものの、提案は創造的な提案を奨励
する制限のない文書形式となっており、こうした確認等のプロセスは、協議と位置づけている。P
PP原則の中で、発注者たる公的セクターは、入札において最低価格を提示した民間事業者と契約
する責務を負わないとしていることの実践形態である。国民貯蓄庁は、以上の協議を通じて、最善
のプロジェクトを形成するため、第一に規模における効率性、経済性を最大化するため、国民貯蓄
庁の資産、職員を一括して民間セクターに委ねること、第二に国民貯蓄庁の資産、職員等資源に余
力がある場合、民間セクターは新規事業の展開に利用できること、第三に民間セクターの投下資本
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回収には長期契約が必要となること、などの基本方針を整理している。
サード・パーティ・ビジネスに限らずPPPを成功させるためには、最適なリスク配分を行いV
FMの改善を求めていく姿勢が必要となる。日本のPFIをはじめとしたPPPの取り組みでは、
過度に民間セクターにリスクを移転したり、あるいは官が従来同様のリスクを抱え込んで民間企業
の公共サービス改善に向けたインセンティブを制約する事例が多く見られる。リスクを過度に民間
セクターに移転すれば、民間セクターは与えられたリスクに対応するために事業維持に向けたキャ
ッシュフローの増大、すなわち公共サービス価格の引き上げや企業としての資本金の割り増しなど
を行わなければならず、全体としてVFMの構造を悪化させる結果となる。こうしたVFMの悪化
は、最終的に事業の継続性自体を危うくする要因ともなる。一方で、民間セクターにリスク移転を
行わなければ、民間セクターは確実に利益確保することはできても、公共サービスの質的改善に対
するインセンティブが低下し、過度にリスク移転した時と同様にVFMの構造を悪化させる結果と
なる。最適なリスク配分を実現するために必要なことは、第一に、リスク配分を議論する前提とし
て、関連するリスクの実際的な関係について徹底した分析を行うこと、第二に、長期契約の下でリ
スクを管理する体制が公的セクターと民間セクターの間で形成されていることである。すなわち、
モニタリングも含めた契約に関するガバナンス機能の構築である。
国民貯蓄庁とSBS社間の特色的主要リスクの配分状況
リスク
国民貯蓄庁
SBS社
運営リスク
水準不達成
マイナス査定の裁量権有
業績に対し大幅なマイナス査定の可能性
有り
業務変革遅延
業務変革遅延の結果、予定以上の職員を
抱えた場合、未使用分の準備金も国民貯
蓄庁に返還
ユーロ対応
適切に計画を設定し実施し得
対応計画を適切に設定して実施し得ない
ない場合、第三者に実施させ
場合、対応遅延のコストを負担する。国
コストをSBS社に求めるこ
民貯蓄庁が対応を第三者に委ねた場合、
とも可能
その第三者に対するコストをSBS社が
負担する
不正
年間損害金のうち、25万ポ
年間損害金のうち、国民貯蓄庁負担分を
ンドまで国民貯蓄庁が負担
超える金額についてSBS社が負担。故
意、過失による損害は全額負担
商品リスク
開発コスト
入札時の予定コストを超えて国民貯蓄庁
へ負担を求めることはできない。余った
場合は、国民貯蓄庁と分かち合う
事務量
大幅に減少した場合は、契約金額を調整
法改正リスク
国民貯蓄庁のみを対象とする法改正を除
き、あらゆる法改正リスクを負担
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