概要 - 政策研究大学院大学

土砂災害防止法による区域指定の効果に関する研究
政策研究大学院大学
まちづくりプログラム
MJU14619
1 はじめに
吉永
亜希
2.3 イエロー・レッドゾーンの概要
土砂災害防止法(以下「土砂法」)は、土砂災害から国民
イエローゾーンは、過去の土砂災害に関するデータに基づ
の生命を守るため、土砂災害のおそれのある区域について危
き土石等が到達する区域を地形的基準で定めており、土砂災
険の周知、警戒避難態勢の整備、住宅等の新規立地の抑制、
害が発生した場合に、住民等の生命又は身体に危害が生じる
既存住宅の移転促進等のソフト対策を推進するために制定さ
おそれがあると認められる区域である。イエローゾーンに指
れた。しかしながら、行政は基礎調査を実施し土砂災害の危
定されると以下のことが求められる。
険を把握しているにもかかわらず、土砂災害警戒区域(以下
(1)市町村地域防災計画への記載
「イエローゾーン」
)
及び特別警戒区域
(以下
「レッドゾーン」
)
(2)災害時要援護者関連施設利用者のための警戒避難体制
の指定が、地価を下落させる等の理由により住民等の反対が
あり、区域指定が進んでいない実態がある。
一般に、土地取引の売り手と買い手の間には、土地固有の
の整備
(3)土砂災害ハザードマップによる周知の徹底
(4)宅地建物取引業者の相手方等に対する重要事項説明
リスクに関する情報の非対称性が存在することが知られてお
レッドゾーンは、土砂災害が発生した場合に建築物に損壊
り、イエロー・レッドゾーンの指定により情報の非対称性が
が生じ、住民等の生命又は身体に著しい危害が生ずるおそれ
軽減されると、土砂災害リスクが反映された土地価格が形成
があると認められる区域であり、レッドゾーンに指定される
される。また、レッドゾーンに指定されると建物の一部を鉄
とイエローゾーンに要求される内容に加えてさらに以下のこ
筋コンクリート造にすることや防護塀の設置等の構造規制等
とが求められる。
が付加されることになるため、情報公開による土砂災害リス
(1) 住宅宅地の分譲や災害弱者利用施設の立地を目的とし
クが反映された土地価格かつ規制の内容を加味した土地価格
た土地の区画形質を変更する行為の許可制度
になると考えられる。本稿ではイエロー・レッドゾーンの指
(2) 建物内部での人命の被害を防止するため、居室を有す
定による情報の非対称性の軽減に着目し、政策実施により①
る建築物について、想定する最大の土石等の力及び土
区域指定により情報の非対称性が軽減されているか②構造規
石等の高さに対し耐えられる構造とすること
制等の有効性(空振りの規制になっていないか)についてヘ
(3) 建築物の移転等の勧告及び支援措置
ドニック法による実証分析を行う。そして区域指定と構造規
3 イエロー・レッドゾーン指定による情報の非対称性の軽減
イエロー・レッドゾーン指定による情報の非対称性の軽減
制等が地価に及ぼす影響を明らかにし、土砂法における政策
情報公開前後で地価の変化がある場合、情報の非対称性は
の今後のあり方の提言を行う。
軽減されたと考えられる。情報公開前後で地価が上がる場合
2 土砂法の概要
は、土砂災害リスクを過大に評価していたためであると考え
2.1 土砂法の対象となる土砂災害
土砂法の対象となる土砂災害は、急傾斜地の崩壊、土石流、
地すべりである。急傾斜地の崩壊とは、斜面の表層の土地が
られ、情報公開前後で地価が下がる場合は、土砂災害リスク
を知らなかった又は予想を超えるリスクがあると分かった場
合であると考えられる。
崩壊する自然現象のことである。土石流は山腹が崩壊して生
情報公開前後で地価が変化しない場合、情報の非対称性は
じた土石等または渓流の土石等が一体となって流下する自然
無かったもしくは情報が認識されておらず、情報の非対称性
現象、地すべりは土地の一部が地下水等に起因して滑る自然
は軽減されていなかったと考えられる。
現象又はこれに伴って移動する自然現象である。
2.2 イエロー・レッドゾーンの指定方法・指定基準
イエロー・レッドゾーンの指定をするためには、数値地図
という高さ情報を持った 3 次元のデジタル地図を作成し、現
また、情報公開前の土砂災害リスクの認識度に応じて地価
の変化率が異なり、土砂災害リスクの認識度の低い土地ほど
地価が下落し、リスクの認識度の高い土地ほど地価の下落が
小さいと考えられる。
地調査箇所を抽出、
住民に現地調査を行う旨を周知後、
地形、
以上の考察をふまえ、以下の(1)~(3)の仮説について、資
植生、地質、降水等の状況の調査及び土地利用の状況等の基
本化仮説が成立すると仮定し、4 節にて特定の地域を対象と
礎調査を実施し、基礎調査の結果、土砂災害による被害のお
した実証分析を行う。
それがある箇所又は著しい被害のおそれがある箇所だと明ら
(1) イエロー・レッドゾーンに指定されると地価が下がる。
かになった場合は、市町村長の意見を聴いたのちにイエロ
(2) レッドゾーンの方がイエローゾーンに比べ地価の下
ー・レッドゾーンに指定される。なお、平成 26 年 12 月末時
点のイエロー・レッドゾーンの指定箇所数はイエローゾーン
が 367,455 件、レッドゾーンが 214,633 件となっている。
がり幅が大きい。
(3) 事前のリスク認識が高い土地ほど、下がり幅は小さい。
4 レッドゾーン指定による
レッドゾーン指定による構造規制等の効果
指定による構造規制等の効果
イエローゾーン
イエローゾーンとレッドゾーン
レッドゾーンの違いは危険度による違
の違いは危険度による違
௜௧ ଴ ଵ ଵ௜௧
௜௧ ଶ ଶ௜௧ ଷ ଷ௜௧
௜௧ ସ~ଵହ௧ ௜ ௜௧
いと、開発許可制度や構造規制等が付加されることであり、
いと、開発許可制度や構造規制等が付加されることであり、
௜௧:都道府県地価調査価格の対数値
:都道府県地価調査価格の対数値
図 1 に示すように、規制等が課されることによりさらに地価
に示すように、規制等が課されることによりさらに地価
ଵ௜௧ :図 3① ④ダミー 区域指定半年後ダミー
区域指定半年後ダミー
が下落すると考えられる
と考えられる。また、図
。また、図 2 に示すように、土地所
有者が災害時の政府の介入を見込み、リスクに応じた土砂災
害対策を怠っている
害対策を怠っている場合、
場合、
社会的総費用が最小化する X2 の予
防水準から X1 の予防水準となり、
行政コストが増加すると
行政コストが増加すると考
ଶ௜௧ :図 3② ⑤ダミー 区域指定半年後ダミー
区域指定半年後ダミー
ଷ௜௧ :図 3③ダミー
ダミー 区域指定半年後ダミー
区域指定半年後ダミー
:地価調査のポイント
:地価調査のポイント:年次
:年次௜ :固定効果௜௧ :誤差項
5.2.2 推計結果・考察(分析 11)
えられる。6 節
節で土砂災害リスクをコントロールし、
砂災害リスクをコントロールし、レッド
砂災害リスクをコントロールし、レッド
分析 1 における推計結果を表 1 に示す。隣接する崖にイエ
に示す。隣接する崖にイエ
ゾーンに課される規制により
に課される規制によりどれだけ地価が変化しているの
に課される規制によりどれだけ地価
変化しているの
ローゾーンが指定されると地価が約
ローゾーンが指定されると地価が約 1.3%下がることが統計
%下がることが統計
か実証分析を行う。
的に 5%水準で有意に示された。また、
%水準で有意に示された。また、
%水準で有意に示された。また、イエローゾーン
イエローゾーンに指
に指
定されると約 2.8%地価が下がり、
%地価が下がり、
%地価が下がり、レッドゾーン
レッドゾーンに指定され
に指定され
ると地価が約 9.1%下がることが
%下がることが 1%水準で有意に観察され
%水準で有意に観察され
た。推計結果から区域指定により情報の非対称が軽減されて
いることを確認することができた。
表 1 推定結果(分析1)
図 1 地価と土砂災害リスクの関係概念
地価と土砂災害リスクの関係概念図 図 2 損害の最適な予防水
損害の最適な予防水準
5 実証分析(
実証分析(イエロー・レッドゾーン
イエロー・レッドゾーン指定による効果)
イエロー・レッドゾーン指定による効果)
5.1 実証分析に使用するデータ(分析 1・
・2・3)
分析対象地域は福井県、静岡県、鳥取県、広島県、山口県、
福岡県、長崎県の7県とした。選定理由
福岡県、長崎県の7県とした。選定理由は
は、レッドゾーン
ゾーンの
指定箇所の多い県かつ
指定箇所の多い県かつ地理情報システム
地理情報システムを用いてインターネ
を用いてインターネ
ットによりイエロー・レッドゾーン
イエロー・レッドゾーンの情報公開を行っている
イエロー・レッドゾーンの情報公開を行っている
県を対象とした。分析対象とする土砂災害の種類はレッドゾ
県を対象とした。分析対象とする土砂災害の種類はレッドゾ
ーン内に地価ポイントの多い急傾斜地の崩壊とし、急傾斜地
内に地価ポイントの多い急傾斜地の崩壊とし、急傾斜地
の崩壊以外の土石流・地すべりによる
の崩壊以外の土石流・地すべりによるイエロー・レッドゾー
イエロー・レッドゾー
ン内の地価ポイントについては対象外とした。
内の地価ポイントについては対象外とした。また、土砂災
内の地価ポイントについては対象外とした。また、土砂災
害危険箇所図(以下「ハザードマップ」
)についてもイエロー・
についてもイエロー・
レッドゾーンと同様、土砂災害の種類に応じて土石流危険区
と同様、土砂災害の種類に応じて土石流危険区
域、
急傾斜地危険区域、
地すべり危険区域に分類されている。
情報公開前の土砂災害リスクの認識度を正確に分類するため
に、急傾斜地崩壊危険区域及び急傾斜地崩壊危険区域から
50m 圏内の地価ポイントデータのみを使用し、土石流、地す
べりは対象外とした。
5.2 実証分析 1
イエロー・レッドゾーン
イエロー・レッドゾーンの指定の前後の地価の変動を分析
の指定の前後の地価の変動を分析
し、情報の非対称
し、情報の非対称性が軽減されているかパネルデータを用い
されているかパネルデータを用い
被説明変数:都道府県地価調査の対数値(円/㎡)
被説明変数:都道府県地価調査の対数値(円
説明変数
係数
①+④ダミー×指定後ダミー
ダミー×指定後ダミー(指定区域外
指定区域外)
-0.0130
②+⑤ダミー×指定後ダミー
ダミー×指定後ダミー(イエローゾーン)
(イエローゾーン)
-0.0279
-0.0907
③ダミー×指定後ダミー(レッドゾーン)
③ダミー×指定後ダミー(レッドゾーン)
年次ダミー
(省略)
定数項
10.3122
1680
観測数
自由度調整済決定係数
0.8402
※***、
、**、*はそれぞれ1%、5%、
%、10%で有意であることを示す
%で有意であることを示す
**
***
***
***
標準誤差
0.0064
0.0066
0.0186
(省略)
5.3 実証分析 2
分析 1 の事前のリスク認識度の違いによる地価の下落率を
計測する。イエロー・レッドゾーン
計測する。イエロー・レッドゾーン
イエロー・レッドゾーン指定前のリスク認識度の
指定前のリスク認識度の
指標としてハザードマップを用いる。ハザードマップとは
1/25,000 地形図を用いて土砂災害危険箇所の所在を把握し、
過去の土砂災害の実績等から得られた知見を基に危険箇所を
決めたもので、2002
決めたもので、2002 年に公表されている。
土砂災害リスクの認識度の高い土地をハザードマップ内
の土地とし、土砂災害リスクの認識度の低い土地をハザード
マップから周囲 50m の圏内の土地とする。土砂災害リスクの
低い土地(図 4 の④⑤⑥地点)が
の④⑤⑥地点)がイエロー・レッドゾーン
イエロー・レッドゾーンに
に
指定される(図 4 の⑤'⑥'地点)と、災害リスクの高い土地
地点)と、災害リスクの高い土地
(図 4 の①②③地点)がイエロー・レッドゾーン
の①②③地点)がイエロー・レッドゾーンに指定され
イエロー・レッドゾーンに指定され
た場合(図 4 の②'③'地点)と比べて地価の下落率が大きい
の②
地点)と比べて地価の下落率が大きい
と考えられる。
た固定効果モデルによる
固定効果モデルによる DID 分析を行う。
図 4 分析モデル 2 概念図
図 3 分析モデル1概念図
(分析 1)
5.2.1 推計モデル 1(分析
被説明変数は 2003~2014
2014 年の都道府県地価調査(円/㎡
年の都道府県地価調査
㎡)の
対数値とした。
対数値とした。図 3 の①~⑤(
⑤(⑥は地価データ無し)
⑥は地価データ無し)の
のいず
れかの地点をとる
地点をとるダミー変数
変数とイエロー・レッドゾーン
イエロー・レッドゾーン
イエロー・レッドゾーン指定
半年後のダミー
ダミー変数の交差項により情報公開による影響を分
の交差項により情報公開による影響を分
析する。なお、区域指定の半年後としたのは区域指定が地価
に反映するまでの期間を考慮したためである。
5.3.1 推計モデル 2(分析 2)
パネルデータを用いた固定効果モデルにより推計を行う。
ハザードマップの公表が 2002 年のため、被説明変数は 2003
~2014
2014 年の都道府県地価調査(円
年の都道府県地価調査 円/㎡)の対数値とし、説明変
の対数値とし、説明変
数は図 4 の①~⑤(⑥は地価データ無し)のいずれかの地点
をとるダミー変数とイエロー・レッドゾーン
をとるダミー変数とイエロー・レッドゾーン指定半年後
指定半年後のダ
ダ
ミー変数の交差項を
ミー変数
項を用いた。
௜௧ = ଴ + ଵ~ହ ௜௧ + ଺~ଵ଻௧ + ௜ + ௜௧
:地価調査のポイント ௜ :誤差項
表 5 変数の説明(分析 3)
௜௧ :都道府県地価調査価格の対数値
௜௧ :図 4 の①~⑤各地点ダミー × 指定半年後ダミー
:地価調査のポイント :年次௜ :固定効果௜௧ :誤差項
5.3.2 推計結果・考察(分析 2)
分析 2 の結果を表 2 に示す。ハザードマップ内の地価ポイ
ントがイエローゾーンに指定されると、地価が約 2.8%下が
り、レッドゾーンに指定されると地価が約 9.1%下がること
が1%水準で統計的に有意に示され、イエロー・レッドゾー
ンの指定による情報の非対称性の軽減効果が確認された。ま
た、ハザードマップ外の地価ポイントがイエローゾーンに指
変数名
lnlp
Rd
YRd
risk
mitudo
douro
youseki
suidoud
gesuid
koyoutoshikend
説明
2014年の都道府県地価調査価格(円/㎡)及び公示地価(円/㎡)の対数値
レッドゾーン内の地価ポイントであれば1をとるダミー変数
イエロー・レッドゾーン内の地価ポイントであれば1をとるダミー変数
距離に応じた各地価ポイントのリスクを設定した値
2010年の国勢調査を基にした市町村別の人口密度
地価ポイントの前面道路幅員
地価ポイントの容積率
地価ポイントに上水道が整備されていたら1をとるダミー変数
地価ポイントに上水道が整備されていたら1をとるダミー変数
各都市雇用圏内であれば1をとるダミー変数
6.2 実証分析手法の検討
定されると地価が約 3.1%下がることが 5%水準で有意であ
リスクに応じた地価を計測するために、各地価ポイントの
り、ハザードマップの有無による差は約 0.3%であったこと
リスクを求める必要がある。レッドゾーンは、土石等の移動
から、ハザードマップによる情報の非対称性の軽減効果は確
による力の大きさもしくは土石等の堆積による力の大きさが
認されたが、情報を精緻化したイエロー・レッドゾーン指定
建物の耐力を上回る土地の区域である。レッドゾーン指定業
によるリスクの認識効果の方が大きいことが分かった。
また、
務担当者への聞き取り調査により、急傾斜地のレッドゾーン
ハザードマップ外の地価ポイントがイエローゾーンに指定さ
の多くは移動による力の大きさで決まるとのことだったため、
れなかった場合、
地価が約 1.6%下がることが 5%水準で有意
移動による力の大きさを指標に各地価ポイントのリスクを設
であることが示された。これは、今まで土砂災害リスクが低
定する。
いと考えられていた土地が、近くの崖にイエローゾーンが指
リスクの設定方法について、公示図書でレッドゾーン内の
定されたことにより、危険度の認識が高まったためであると
土石等の移動による力と移動の高さの最大値が示されている。
考えられる。
イエローゾーンとレッドゾーンの境界は土石等の力の大きさ
以上の結果から、土砂災害リスクの認識度が低い土地ほど
=建物の耐力であり、イエローゾーンは土石等の力の大きさ
警戒等区域が指定されると地価の下落率が大きいことが示さ
<建物の耐力となる。土石等の力の大きさはリスクの高い地
れ、リスクの認識度に応じて地価の下落率に違いがあったこ
点から離れるほど小さくなることから、リスクの高い地点か
とから、区域指定前に土砂災害リスクを正確に把握していれ
ら離れるほどリスクが減少するリスク関数を求める。リスク
ば地価の下落はないと考えられる。
関数は指数関数に近似すると想定し、レッドゾーンは図 5 の
表 2 推定結果(分析 2)
被説明変数:都道府県地価調査価格(㎡/円)
説明変数
①ダミー×隣接急傾斜地区域指定半年後ダミー
②ダミー×区域指定半年後ダミー
③ダミー×区域指定半年後ダミー
④ダミー×隣接急傾斜地区域指定半年後ダミー
⑤ダミー×区域指定半年後ダミー
年次ダミー
定数項
観測数
自由度調整済決定係数
※***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%で有意であることを示す
係数
-0.0033
-0.0278 ***
-0.0907 ***
-0.0159 **
-0.0314 **
(省略)
10.3561 ***
1680
0.8404
a○
b の点を通る関数で、イエローゾーンは図 5 の○
b○
c の点を
○
標準誤差
0.0108
0.0066
0.0186
0.0069
0.0153
(省略)
6 実証分析(レッドゾーン
実証分析(レッドゾーンの
レッドゾーンの規制による
規制による効果の定量的分析)
による効果の定量的分析)
5 節の分析結果により、イエローゾーンとレッドゾーンに
通る関数で、それぞれのリスク関数を表すことができると考
えられる。リスクは移動の力×移動の高さとし、リスク関数
はリスク(y)=a×exp(b×リスク最大値からの距離(x))とす
る(ab は定数)
。
リスク レッドゾーン
a
○
イエローゾーン
指定区域外
b
○
c
○
図 5 リスク関数の設定
距離
(1) レッドゾーン内の場合
指定される場合では、地価の下落率に大きな違いがあること
公示図書に記されている土石等の力の大きさを用いて、
が確認された。本節では、土砂災害リスクに応じた地価形成
地価ポイントの力の大きさを以下の図 6 のように求める。
を評価し、レッドゾーンに課される規制等により、どれだけ
地価が変化しているのか、
土砂災害リスクをコントロールし、
クロスセクションデータを用いた OLS で分析を行い、土地利
用規制効果による地価への影響を分析する。
6.1 推計モデル(分析 3)
被説明変数は平成 26 年の都道府県地価調査及び公示地価
の対数値とし、説明変数は表 5 に示す。
௜ =଴ + ଵ risk ௜ + ଶ ௜ + ଷ YR௜ + ସ yoseki௜ +
ହ ௜ +଺ ௜ +଻ ௜ +଼ ௜ +
ଽ ℎ௜ + ௜
図 6 レッドゾーン内危険度設定概念図
(2) イエローゾーン内の場合
レッドゾーンとイエローゾーンの境界地点の力の大き
さを建物の耐力とし、イエローゾーンと区域外の境界の力
対策の水準は、想定する土石等の力に対し耐えられる構造と
の大きさを 0 として以下の図 7 のように地価ポイントの危
しており、社会的費用をどれだけ下げられるか試算されてい
険度を求める。
ないため、住民へ政府が定める対策を取らせることは難しい
と考えられる。そのため、対策の水準が最適か分からない場
合、保険制度による対応が考えられる。保険制度は強制的に
リスク比例型の保険に加入させることで自主的にリスク軽減
対策を行うインセンティブを与え、かつ救援費用を自己負担
させることで行政コストを削減する。任意保険の場合、保険
加入者にフリーライドすることが考えられ、また、所得の低
い人ほど危険な土地に住み、保険に入らないことが考えられ
るため強制保険の方が望ましい。強制力確保の点から保険料
図 7 イエローゾーン内危険度設定概念図
6.3 推計結果・考察(分析 3)
の徴収は固定資産税に含めることが考えられるが住民の反対
への対応が難航すると予測される。また、巨大地震災害のよ
分析 3 における推計結果を表 4 に示す。レッドゾーンダミ
うな一度に多額の保険金の支払いが生じる場合、リスク分担
ーが 10%の有意水準でマイナスの値となり、イエローゾーン
が難しくなるため、民間では保険制度が成立しない。土砂災
とレッドゾーンの間にマイナスの乖離があることが分かり、
害は、
日本各地で毎年平均して 1000 件程度発生し被害範囲も
住民の自発的な防災水準よりも政府の求める規制の方が強い
地震と比べて限定的であることから、リスク分担は比較的容
こと分かった。
易であると考えられるが、未曽有の大規模災害が発生する可
表 4 推計結果(分析 3)
被説明変数 :都道府県地価調査及び地価公示価格の対数値
説明変数
係数
レッドゾーンダミー
-0.4055
イエローゾーン+レッドゾーンダミー
-0.0690
リスク
0.0030
人口密度
0.0001
前面道路幅員
0.0463
容積率
-0.0001
上水道ダミー
0.6095
下水道ダミー
0.4575
雇用都市圏ダミー
(省略)
定数項
8.8885
観測数
176
自由度調整済決定係数
0.5355
※***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%で有意であることを示す
*
***
**
***
***
***
能性も否定できないため、保険制度が成立するかどうかは検
標準誤差
0.2440
0.0868
0.0027
0.0001
0.0180
0.0057
0.2152
0.0922
(省略)
7 政策提言
討が必要である。
8 おわりに
本稿では土砂法によるイエロー・レッドゾーンの指定が情
報の非対称性を軽減させているか、レッドゾーンの規制によ
る地価への影響はどの程度生じているのかという疑問から、
イエロー・レッドゾーンの指定が地価に与える影響を明らか
にした。結果としてイエロー・レッドゾーンの指定が地価を
下落させていることが明らかとなり、レッドゾーンの構造規
制等により地価がさらに下落していることが分かった。
しかし、いくつかの課題も残されている。まずレッドゾー
ン内での政府の求める対策の水準が最適かどうかは分からな
分析結果 1・2 から、区域指定により情報の非対称が軽減さ
いため、レッドゾーンの指定にあたっては、社会的費用を最
れていること、土砂災害リスクの認識度に応じて地価の下落
小化する最適水準の規制が行われることが望まれる。また、
率に違いがあることが確認された。区域指定前に土砂災害リ
データ制約上、イエロー・レッドゾーン内の地価調査ポイン
スクを正確に把握していれば地価の下落はないことから、地
トが限られていたことや、分析 3 のリスク評価では公示図書
価の下落を理由に住民から反対があっても、区域指定をすべ
から各ポイント間距離を手拾いで計測したため、個人作成デ
きである。また、情報開示により最適な水準で土地取引が行
ータの正確性の問題や、評価手法のさらなる検討が必要であ
われること、住民の危機意識が高まり行政コスト削減につな
る。
がることから区域指定を行うことが望ましい。また、行政が
さらに、他に存在する建築基準法に基づく災害危険区域や、
リスクを把握していながら情報を開示しなかった場合、損害
各自治体が独自に行っている政策等は考慮していないことか
賠償義務が生ずる可能性も考えられることからも、情報開示
ら、イエロー・レッドゾーンの指定による地価への影響をよ
を積極的に行うべきである。
土砂法改正法が平成 27 年 1 月 18 日に施行された。改正法
では、イエロー・レッドゾーン指定前に基礎調査結果の公表
り正確なものとするために、より精緻なデータと多くのサン
プルを収集し他の規制による効果も勘案して検討を行う必要
がある。
を都道府県に義務付けられることになった。基礎調査の結果
主な参考文献
主な参考文献
を公表することでリスク周知が図られるため、法改正により
・社団法人全国治水砂防協会(2003)「土砂災害防止法令の解説‐土砂
適正な価格に近づくが、イエローゾーンで義務付けられる、
災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律-」
不動産取引時の重要事項説明や住民説明会を行うことでより
国土交通省河川局水政課・砂防部砂防計画課監修
リスクを周知されることが望ましい。
分析 3 の推計結果により住民の自発的な防災水準よりも政
府の求める規制の方が強いこと分かった。しかし政府の課す
・瀬尾佳美(2005)「リスク理論入門 どれだけ安全なら充分なのか」
・西嶋淳(2009)「土砂災害等リスクの資産価値への影響と資産評価上
の課題」
(第 4 回防災計画研究発表会)