31.市販食肉類の腸管出血性大腸菌及び食中毒起因菌の 汚染状況調査 ○岩崎 直昭(堺市衛生研究所) 【目的】 2011(平成 23)年 10 月に生食用食肉の規格基準が定められ、2012 年 7 月には生食用牛レバー の販売が禁止になった(食品衛生法、厚生労働省)。しかし、これらの規制以降も堺市内では 腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症が 14 例報告され、肉類喫食の関与が疑われる事例が多い。 また当所の調査では過去 2 年間に食肉類検体のうち、約 1/3 からカンピロバクターが検出され ている。このことから食肉類の EHEC 及び食中毒起因菌の汚染状況について調査を行った。 【材料及び方法】 1.期間 2013 年9月から 2014 年8月の期間で、月に1回、市内4か所の食肉販売店より牛 肉類を計 10 検体以上入手し、検査対象とした。 2.材料 この期間に入手した牛肉類は 134 検体で、内訳は赤身類(バラ、ロース、ハラミな ど)46 検体、レバー35 検体、消化管系のいわゆるホルモン類 53 検体であった。 3.方法 1)EHEC の分離 EHEC O26、O111、O157 の分離は、通知法に従い実施した。すなわち、食肉 25 g をノボ ビオシン加 mEC ブイヨン 225 mL で懸濁したものを増菌培養(42℃、24 時間)後、その 培養液をポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法によりベロ毒素(VT1, VT2)遺伝子のスクリー ニングを行った。VT 遺伝子陽性の場合、その増菌液より免疫磁気ビーズ O26、O111、O157 で集菌後、各血清型の選択分離培地にて培養した。そこで発育した疑わしいコロニーにつ いて、生化学性状及び血清型別試験、PCR 法による VT 遺伝子の有無を確認することで分 離同定した。上記以外の血清型 EHEC の分離は、上記培養液を DHL、CT-SMAC 寒天培地 等に直接塗抹・培養し、スクリーニング検査としてコロニー密集部分を掻き取り PCR 法に よりベロ毒素(VT1, VT2)遺伝子の検出を行った。VT 遺伝子陽性の場合、培地上の独立 コロニーをできる限り多く釣菌し、PCR 法により VT 遺伝子の有無を確認し、生化学性状 及び血清型別試験により同定を行った。 分離した菌株の薬剤感受性試験は Kirby-Bauer 法(センシディスク)によりアンピシリ ン(ABPC)、セフォタキシム(CTX)、カナマイシン(KM)、ゲンタマイシン(GM)、 ストレプトマイシン(SM)、テトラサイクリン(TC)、クロラムフェニコール(CP)、 シプロフロキサチン(CPFX)、ナリジクス酸(NA)、ノルフロキサシン(NFLX)、ホス ホマイシン(FOM)、サルファメソキサゾール-トリメトプリム合剤(ST)の 12 薬剤に対 して行った。 2)カンピロバクター属菌の分離 - 151 - 食肉 25g をプレストンブロス 100mL で懸濁したものを微好気性増菌培養(42℃、48 時 間)後、増菌培養液の 1 白金耳をバツラー寒天培地に塗抹し、微好気性培養(42℃、48 時 間)した。定型的なコロニーは血液寒天培地を用いて、微好気性培養(42℃、24 時間)及 び好気性培養(37℃、24 時間)を行い、発育の有無を確認、微好気性培養にのみ発育した 菌株について馬尿酸加水分解試験及びナリジクス酸、セファロシン感受性試験を行った。 分離した菌株の薬剤感受性試験は Kirby-Bauer 法(センシディスク)によりテトラサイ クリン(TC)、シプロフロキサシン(CPFX)、ナリジクス酸(NA)、ノルフロキサシン (NFLX)、オフロキサシン(OFLX)、エリスロマイシン(EM)の 6 薬剤に対して行っ た。 パルスフィ-ルド・ゲル電気泳動法(PFGE:Protocol-Kinki 法)による分子疫学 DNA 解 析は、食肉由来分離株及び比較対象として散発事例分離株について実施した。泳動像は FingerprintingⅡにて相同性の解析を行った。 3)サルモネラ属菌の分離 食肉 25g を EEM 培地 225mL で懸濁したものを前増菌培養(37℃、18 時間)し、前増菌 培養液 1mL をセレナイトシスチン培地 15 mL に接種し、選択増菌培養(42℃、20 時間) した後、DHL、SS 寒天培地に塗抹し、定型的なコロニーを釣菌して、定法通りの分離同定 を行った。 【結果】 牛肉類 134 検体から EHEC 20 株、カンピロバクター属菌 41 株、サルモネラ属菌 1 株を分離 した。 EHEC の検出は、赤身類からの分離はなく、すべてレバー及び消化管系(胃、小腸、大腸) の部位からであり、特に消化管系部位からの分離がほとんどであった。VT 遺伝子の保有状況 は、VT1 遺伝子のみ保有するものは 4 株、VT2 遺伝子のみ保有するものは 15 株、VT1, VT2 遺 伝子共に保有するものは 1 株であった。血清型別の内訳は、O1、O15、O103、O119、O157 がそ れぞれ 1 株ずつ、O115 が 2 株、OUT(型別不能)が 13 株であり、多様な血清型への分布がみ られた(表 1)。調査期間中における EHEC 散発事例株の 70%以上は O157 であったが、食肉 からの同血清型の分離は、2014 年 4 月にシマ腸(大腸の中の特に柔らかい部分)から分離され た 1 株だけであった。この食肉から検出された時期に散発事例の発生はなかった。また、その 他の血清型 EHEC において食肉分離株と散発事例株での同一の血清型はなかった。薬剤感受性 試験では、12 薬剤すべてに感受性のものが 17 株であり、他の 3 株は薬剤耐性を示した。薬剤 耐性パターンは、SM 耐性が 1 株、SM と TC 同時耐性が 2 株であった。FOM に耐性を示す菌株 はなかった。 カンピロバクター属菌の検出は、赤身類が 4 株、消化管系の部位が 37 株であった。菌種は Campylobacter jejuni が 40 株、C. coli が 1 株分離された(表 2)。薬剤感受性試験では、6 薬剤 すべてに感受性を示すものが 15 株、その他 26 株は 1 種類以上の薬剤に耐性を示した。キノロ ン系薬剤である NFLX、OFLX、CPFX、NA の 1 種類以上に耐性を示したものは 26 株あり、4 剤すべてに耐性を示したものは 15 株あった。EM に耐性を示したものは 4 株であった。また、 - 152 - 6 薬剤すべてに耐性を示したものが 1 株あった(表 3)。PFGE による DNA 解析では、食肉分離 株 41 株のうち、DNA パターンが一致したものは 2 株(2 組)、3 株(1 組)、4 株(1 組)の 4 組であった。食肉分離株と散発事例株の比較では、同じ DNA パターンを示すものはみられな かった(図 1)。 サルモネラ属菌の検出は、2013 年 9 月に赤身類から分離された S. Bahrenfeld の 1 株のみであっ た。 【考察】 調査の結果、EHEC 及びカンピロバクター属菌の多くが消化管系の部位から検出された。分 離された EHEC は、多様な血清型に分布し、感染症や食中毒の原因である主要な血清型の O157 や O26 への偏りはみられなかった。しかし、2011 年 4 月に富山県、同 5 月にドイツで発生した 大規模な EHEC 集団発生事例は、それぞれ O104、O111 が原因菌であり、O103、O145 の集団発 生事例もしばしば報告されている。2011 年 10 月以降、食品衛生法により生食用の食肉並びに 牛レバーの喫食に対する規制が強化されている。しかし、食肉や肉汁からの二次汚染や調理時 の加熱不十分による生残汚染菌感染の可能性が考えられ、O157 や O26 のみならず、他の血清型 にも注意が必要である。 分離されたカンピロバクター属菌のうち、同一の薬剤耐性パターンと DNA パターンを示す ものが 2 組あった。このうち 1 組は、2013 年 10 月、11 月と 2014 年 1 月に同じ販売店 A から入 手した 3 検体、他の 1 組も 2014 年 4 月と 6 月に同じ販売店 B から入手した 2 検体からの分離株 であった。このことから、それぞれの販売店、もしくはそれより上位の生産段階において継続 的な汚染の可能性が考えられる。近年、細菌性食中毒は減少傾向にあるが、カンピロバクター 属菌の占める割合は依然高い。今回の調査では、全検体の約 30%でカンピロバクター属菌が検 出されており、1 種類以上の薬剤に耐性を示したものは分離株の 63.4%であった。このうち、 キノロン系薬剤(NFLX、OFLX、CPFX、NA)すべてに耐性を示したものも 36.6%と多く、EM 耐性株もみられた。カンピロバクター属菌食中毒の原因食品としては、鶏肉類の生食(鳥刺し、 鳥たたきなど)に起因することが多いが、牛肉類によるカンピロバクター属菌の食中毒に対し ても注意する必要がある。 EHEC 感染症や食中毒事例発生の際、今回の調査結果を考慮し、感染源や経路対策に、そし て、拡大防止に寄与したい。 謝辞 今回の調査を実施するにあたり助成を頂いた財団法人大同生命厚生事業団、調査の実施 と本報告の作成にご協力を頂いた堺市衛生研究所所長、堺市衛生研究所細菌検査担当の各位に 厚くお礼申しあげます。 【経費使途明細】 食肉購入費 130,093 円 EHEC 検査用試薬、培地 135,080 円 サルモネラ検査用培地 20,720 円 カンピロバクター検査用培地 39,000 円 計 324,863 円 - 153 - 表1 EHEC の分離状況 消化管系(ホルモン類)53 検体 部位 赤身類 46 検体 レバー 35 検体 血清型 O1 O15 O103 O115 VT2 VT2 VT1 VT1 VT2 O119 VT2 O157 VT2 OUT VT1 VT2 VT1&2 計 小腸 5 検体 大腸 (シマ腸) 34 検体 計 胃 134 検体 (アカセン、ミノ) 14 検体 検出せず 1 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 1 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 1 検出せず 1 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 1 検出せず 2 検出せず 1 1 1 1 3 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 検出せず 0 4 1 8 検出せず 検出せず 検出せず 5 1 7 1 1 1 1 1 1 1 2 10 1 20 表 2 カンピロバクター属菌の分離状況 部位 消化管系(ホルモン類)53 検体 計 小腸 大腸(シマ腸) 胃(アカセン、ミノ) 134 検体 5 検体 34 検体 14 検体 5 17 6 40 赤身類 46 検体 レバー 35 検体 C. jejuni 4 8 C. coli 検出せず 検出せず 検出せず 4 8 5 菌種 計 1 18 表 3 カンピロバクター属菌の薬剤耐性パターン 薬剤耐性パターン 株数 すべて感受性 15 TC 8 NA 1 CPFX, NA, NFLX 1 CPFX, NA, NFLX, OFLX 4 CPFX, NFLX, OFLX, EM 1 TC, CPFX, NA, NFLX, OFLX 8 CPFX, NA, NFLX, OFLX, EM 2 すべて耐性 1 計 41 - 154 - 検出せず 6 1 41 カンピロバクター属菌の DNA 解析(食肉分離株と散発事例株の比較) デンドログラム 電気泳動像 カンピロバクター1 Dic e (Tol 1 .2%- 1 .2 %) (H > 0.0% S> 0.0% ) [0 .0 % -1 00 .0 %] 100 90 80 70 60 50 40 カンピロバクター1 30 図1 30 34 7 9 18 5 11 25 36 26 44 12 43 45 46 23 47 3 10 17 28 42 35 1 19 21 24 29 33 40 8 14 37 4 13 41 31 22 39 6 15 16 38 ●・・散発事例株 ・・類似度 100%の株 - 155 -
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