平成 27 年電気学会産業応用部門大会 5-25 相関ルールの考え方を応用した都市圏の鉄道の遅延対策の評価 非会員 上石 拓* 会員 矢吹 英之¶* 会員 富井 規雄*a) Evaluation of Delay Reduction in urban Railways based on Association Rules Taku Ageishii*, Non-Member, Hideyuki Yabuki¶*, Student Member, Norio Tomii*, Member, In urban railways, because trains are operated densely, even a small delay easily propagates to other trains and the delay tends expand. Railway companies are now keen to reduce occurrence and propagation of such small delays which often happen during rush hours. In order to reduce such delays, various kinds of counter measures are taken. However, it is difficult to estimate that such counter measure worked well or not because situation of train operation vary from day to day, usually a set of delay reduction counter measures are taken at the same time and the timetables are very complicated. In this paper, we propose an algorithm based on the association rules, which is an often used technique in data mining with which we can evaluate the delay reduction measures. The algorithm takes daily train traffic records as the input and produces association rules which mean co-occurrence of delays. By comparing the outputs for the train traffic records before some delay reduction measures were introduced and the train traffic records after the delay reduction measures were introduced, we can know whether the delay reduction measures were effective or not. キーワード:遅延対策,アソシエーションルール,データマイニング,鉄道 Keywords:delay reduction, association rule, data mining, railways 1. た施策それぞれに効果があったのかどうかを分析すること はじめに は容易ではない. 都市圏においては,混雑緩和を目的として列車の増発を これは運行実績データが全ての列車を対象として出力さ 重ねた結果,稠密に列車が運転されており,乗降時間の超 れることで,全体の運行把握には優れているものの,遅延 過や急病人対応などに起因して,ある列車に遅延が発生す の発生箇所を限定することや,その遅延がどのようにどの ると,その遅延が他の多数の列車に伝播する傾向がみられ 程度波及しているかを判別することが難しいことに起因し る.その結果,ラッシュ時には,小規模な遅延が発生して ている.逆に,運行実績データが全ての列車と時間帯で出 それが比較的広範囲に影響を与え,また,このような遅延 力されることから,これらデータの集まりから因果関係を が頻繁に発生しているという問題が生じている. 導くことが出来れば,別々の箇所で発生する遅延につなが 鉄道会社では,このような遅延の発生や伝播などの状況 りを見出したと言え,それらのつながりが断ち切れたかど の把握と分析を行なうために,運行管理システムから出力 うかを判別することで,ある遅延対策が効果を発揮したこ される実績ダイヤと運行実績データの利用,現地へ赴いて とを証明できると考えられる. の実態調査などを行ない,これらの結果に基づいて遅延の 本稿では,この考え方に基づき,列車運行実績データに 発生や伝播・拡大を防止するための対策をとっている(1).そ 対して,相関ルールの考え方を適用することによって,遅 の内容は,ホーム上の駅係員の増員やオペレーションの変 延対策として実施された対策に効果があったのかどうかを 更,設備改良など,多岐にわたる(2). 分析する手法を提案する.遅延対策のための施策を実施す しかし,多数の列車が稠密に走行していること,列車の る前と後の列車運行実績データに対して本稿で提案する手 運行状況は日々異なること,一箇所の遅延が多数の列車に 法を適用し,導出された相関ルールを比較することによっ 伝播することから,遅延対策の効果も同様にある範囲をも て,実施された施策が遅延対策の面で有効であったかどう って現れるはずであること,一般にダイヤ改正にあわせて かを評価することが可能になる. 複数の施策が取られることなどの理由によって,実施され a) Correspondence to: Norio Tomii E-mail: [email protected] * 千葉工業大学 〒275-00016 習志野市津田沼 2-17-1 ¶ 東京地下鉄(株) 〒110-8614 東京都台東区東上野三丁目 19-6 [ V - 219 ] Ⓒ 2015 IEE Japan 平成 27 年電気学会産業応用部門大会 5-25 2. 遅延対策 が有効である.また,混雑が激しく扉が一度で閉まらない 状況が発生している場合にも,補助要員の配置によって再 〈2・1〉 遅延の発生と伝播 図 2・1 を用いて,遅延の発生と伝播の状況を解説する. 開扉が無くなると停車時間短縮の効果が大きい. ア列車がA駅を所定停車時間で発車した場合(図・上),後 旅客の集中による停車時間の増加 続のイ列車はB駅~C駅を所定時刻で運転することができ る(計画ダイヤどおりの運転) .ここで,A駅においてア列 車が所定停車時間を超過したとき,高密度で列車が運転さ 図 2・2 駅での旅客流動例 れている線区ではア列車とイ列車の間の運転間隔に余裕が ないために,イ列車は,減速や機外停止を強いられること になる.これによって,所定の駅間運転時間を超過するこ とになるためイ列車の A 駅到着は遅延する.さらに,イ列 車が駅間で停止することにより,ウ列車の運転にも影響を 与えることとなり,このように遅延が後続の列車に伝播し ていく(図 2・1 下) .一旦このように遅延が連鎖する状況に なると,運転間隔が広がるラッシュ後まで列車の遅延は回 (2)信号設備改良 図 2・1 の下図のような状況でイ列車が 機外停止している場合,ア,イ列車の間に閉そく区間を追 加することでイ列車がア列車に更に接近できる場合があ る.すなわち,このような条件では信号設備改良を行なう ことでイ列車の運転時間による遅延が改善できるほか,さ らに後方への遅延伝播の改善が期待できる. (3)その他 復しない. 図 2・1 の下図を例にとれば,ウ列車がB駅に到 着しないような運転間隔であれば,遅延はイ列車で留まり ウ列車へ伝播しないことになる. が挙げられる. 〈2・3〉 遅延対策の評価 制動距離 発車可能 ア イ B駅 遅延対策を実施した後には,個々の対策について,それ A駅 らの有効性の評価が求められる.しかし,前述のように, イ列車はB駅~A駅間を減速、停止することなく運転できる 遅延対策には発生状況に応じていくつかのアプローチ方法 があること,また,遅延そのものもいくつかの要因が重な ア列車がA駅の停車時間を超過した状況 発車不可 遅延 もいくつかの対策が複合的に実施されることが多いことな ア 遅延 B駅 って発生していることが多いことから,遅延対策について 制動距離 イ ウ A駅 どの理由により,個々の遅延対策の評価は容易ではない. イ列車はB駅~A駅間で減速又は停止し、その時間分遅延が生じる。 また、イの駅間減速、停止によりウ列車へも遅延が伝播していく。 例えば,連続していない A 駅と D 駅を対象として遅延対 策を行なった後に路線全体で遅延が 3 分改善されたとする. 図 2・1 駅停車時間の超過による遅延の伝播 〈2・2〉 しかし,この時,A 駅と D 駅のどちらかの遅延対策に効果 があったのか,あるいは,両駅の遅延対策が重畳して効果 遅延対策 2・1 で述べた遅延は駅の数秒の遅延が,後続列車の運転時 間の遅延では数倍,十数倍となって拡大していくことを表 している.このことは,逆に,このような状況では駅停車 時間を数秒改善できれば,その改善効果が相当大きなもの になるということを意味している.すなわち,駅停車時間 の管理が遅延対策には,非常に重要である. (1)駅係員 その他の遅延対策としては,車掌の整理ブザータイミン グや運転士の駅間運転操作方法の統一,停止位置の変更に よる旅客流動の改善,ラッシュ時の列車接続の見直しなど ア列車がA駅を所定停車時間で進出した状況 ウ 乗り換え 階段 ホーム上の駅係員による停車時間の短縮は 遅延対策に大きく寄与するところであるが,旅客流動等を があったのかなどの評価は容易ではない.仮に,運行実績 データを利用してこのような評価を行なうとすれば,D 駅 の停車時間超過や D 駅に至る運転時間の超過が D 駅の停車 時間に起因しているか否か,さらにはその後方駅へ遅延が 伝播されていないかなどを D 駅と A 駅でそれぞれ調査し, かつ,D 駅と A 駅の間に遅延の伝播がなかった(D 駅に起 因して A 駅が遅れている状況が無い)のかを調べるといっ た分析が必要となり,多大な労力と時間が必要になる. 3. 関連研究 踏まえて対策を行なうことが重要である.図 2・2 のような 駅があった場合,乗り換え階段が近い先頭車両付近は非常 に混雑する.先頭車両付近は多数の旅客が降車するまで乗 車が開始できず,また,階段から駆け込み乗車をする旅客 が続くと閉扉のタイミングが遅れ,所定停車時間を超過す る状況となる.このような駅では,降車時間を短縮するこ とは難しいことから,乗車旅客をより後ろの車両へ誘導す ることや,乗り換え階段付近から駆け込んでくる旅客が次 列車に乗車するように閉扉を補助する要員を配置すること 列車遅延の因果関係を分析する研究としては,次がある. 山村らは,稠密に列車が運転されている路線では列車の遅 延は物理的な現象によって伝播することに着目し, PERT/CPM の考え方を適用して,遅延の発生原因を特定す る手法を提案している(3).Conte らは,tri-graph と呼ぶ手法 を導入し,到着・発遅延を確率変数として扱うことによっ て遅延の伝播の分析を行なっている(4).Flier らは,駅内で の遅延の伝播要因にはリソースの競合と接続による 2 種類 [ V - 220 ] Ⓒ 2015 IEE Japan 平成 27 年電気学会産業応用部門大会 5-25 があるとし,それらを検出するアルゴリズムを提案してい 箇所を 0 とすると,表 4・1 のような行列が考えられる.同 る(5).Büker らは,解析的な手法で遅延の伝播を予測するア 様の行列を駅間走行時間,駅停車時間についても作成する. ルゴリズムを提案している(6).Cule らは,データマイニン 列車番号 1 3 5 7 9 11 13 グにおいて用いられるエピソードマイニングという手法を もちいて,遅延の伝播を予想するアルゴリズムを提案して いる(7).しかし,これまで,個々の遅延対策の評価という視 点から行なわれた研究は,報告されていない. 4. 相関ルールによる遅延対策の評価 〈4・1〉 相関ルールとは A 0 1 1 1 1 1 1 B 0 1 1 1 1 1 1 C 0 1 1 1 1 1 1 D 0 0 1 1 1 1 1 E 0 0 0 0 1 1 1 F 0 0 0 0 1 1 1 表4・1 遅延の有無を表す行列 一般に,相関ルールはある事象 X が発生すると別の事象 Y が発生するという関係を表しており,これを X ⇒ Y と トランザクションの総数は列車の総数であるから,7 と 表記する.矢印の左側,X の部分を条件部(または前提部) , 矢印の右側,Y の部分を帰結部(または結論部)と呼ぶ. なる.表4・1 において,遅延があると判断される箇所に注 相関ルールにおける X,Y に該当する要素はアイテムと呼 目することで,相関ルールを生成する.この時, ・D ⇒ A 確信度1.00 ばれ,アイテムの組合せはトランザクションと呼ばれる. ・A ⇒ D 確信度0.83 ここで,アイテムの集合をI とすると,相関ルールは X ⇒ Y (X ⊆ I, Y ⊆ I, X ∩ Y = ϕ)と表される. といったように,左辺と右辺を入れ替えた相関ルールが生 相関ルールの重要度を表す主な指標として,支持度(サポ 成されることがある.本稿では,このような場合,確信度 が高い方のみを残す.ただし,確信度が同じ相関ルールが ート),確信度(confidence)がある. (1) 支持度 相関ルールの支持度とは,アイテム集合XとY 現れた場合には,どちらをも残す.抽出された相関ルール を含むトランザクション(σ(X∪Y)) が,データベース全体 に対し、一定値以上の確信度とサポートの相関ルールを抽 の中に占める比率を表す.この指標の値が高いほど,相関 出し,さらにこれらの相関ルールにおいて左辺にのみ現れ ルールが多く発生しているといえる. ている要素を探す.なお,本研究では,相関ルールを抽出 (2) 確信度 確信度は,相関ルールの前提部X を含むトラ するために,統計ソフトウェアRを用いた. ンザクションのうち,結論部Y も含むトランザクションが 5. 実行例 どれだけ存在するか,という割合で表される.この指標の 遅延対策を実施して効果を挙げた路線において,その実 値が高いほど,前提部の条件を満たした時に相関ルールを 施前後で前述の手法を適用した相関ルールの抽出を行な 満たす可能性が高いといえる. い,その結果を比較することによって,提案アルゴリズム 〈4・2〉 相関ルールによる遅延対策の評価の考え方 提案アルゴリズムの全体構成を図 4・1 に示し,その詳細 の有効性を評価する.データとして,東京メトロ半蔵門線 の運行実績データを使用する.半蔵門線では, を以下に説明する. 2014 年 2 月に永田町駅で閉扉を補助する係員を増員した (これ以前を期間 A,これ以降を期間 B とする) . 同年 3 月に九段下駅付近の信号設備改良を実施した(こ れ以降を期間 C とする) . 東京メトロによる運行実績データの詳細な分析から,こ れら 2 つの対策による遅延拡大の縮小という結果が得られ ている. 図 5・1 と図 5・3 は各 A,B,C 期間の朝ラッシュ時 間帯各駅発車遅延量を示したグラフである.また,図 5・2 は期間 A,B の朝ラッシュ時間帯各列車の永田町駅停車時間 を示したグラフである.図 5・2 からは期間 A と期間 B を比 較して永田町駅の停車時間が改善したことが読み取れる. これにより,永田町駅での遅延拡大が期間 B で解消されて いることが分かる(図 5・1○印) .さらに,図 5・3 を見ると, 期間 B では九段下駅で遅延量が拡大していたものが,期間 C 図 4・1 プログラムのフローチャート で改善されていることが分かる. このことから,これら 3 つの期間の運行実績データから 列車の運行状況に対して,列車番号を行に取り,駅の着 遅延を列に取るような行列を作成する.当該行列において, 相関ルールを導出すると, 遅延があると判断される箇所を 1,遅延がないと判断される 期間 A では永田町駅停車時間及び九段下駅付近の遅延ル [ V - 221 ] Ⓒ 2015 IEE Japan 平成 27 年電気学会産業応用部門大会 5-25 ールが導出され,期間 B では永田町駅の遅延ルールが導 出されない. 期間 B で導出された九段下駅付近の遅延ルールが期間 C では導出されない. という結果が推測され,このような結果が得られれば,提 図 5・6 期間 C の相関ルール導出例 案アルゴリズムによる個々の遅延対策の評価が可能である と言える. 期間 A では「半蔵門-九段下運転時間」及び「永田町停 車時間」が導出された(図 5・4) .期間 B では「半蔵門-九 段下運転時間」は導出されたが, 「永田町停車時間」は導出 されなかった(図 5・5) .期間 C では「永田町停車時間」, 「半 蔵門-九段下運転時間」ともに導出されなかった(図 5・6) . この結果から,当初想定した通りの結果が得られている 図 5・1 期間 A(左)と期間 B(右)の各駅遅延 永田町停車時間 ことが分かる. 2013/11/11 6. 残された課題 2014/2/26 1:30 今回のルール導出では,一定のしきい値を設けることで 遅延のあるなしをビット情報に置き換えている.路線の始 1:00 端から徐々に遅延が拡大していく路線を想定すれば,始端 駅と終端駅でのしきい値は異なる値を使用することが望ま 0:30 しいと思われる.また,遅延状況をビット情報に置き換え ていることから,抽出された相関ルールがどの程度の影響 0:00 1 3 5 7 9 11 13 15 17 19 21 23 25 27 29 31 33 35 37 39 41 43 45 47 49 51 53 55 57 59 61 63 65 67 度合いであるかの判別が難しい.これらの問題を解決する 手法を考えることが今後の課題である. 図 5・2 期間 A(黄)と期間 B(青)停車時間 7. おわりに 運行実績データに対して相関ルールを導出し,その結果 にもとづいて,実施された個々の遅延対策が有効であった かどうかを評価するアルゴリズムを提案した.現実のデー タへの適用結果から,この手法が promising であることを実 図 5・3 期間 B(左)と期間 C(右)の各駅遅延 証した.今後は,しきい値の設定方法,他列車からの影響 を直接評価に反映する手法等に関する研究を深度化し,他 A・B・C 期間の典型的な日 1 日ずつに対して,相関ルールを 導出した.結果を図 5・4,図 5・5,図 5・6 にそれぞれ示す. の路線のデータにも適用して,提案アルゴリズムの有効性 を確認していく所存である. 文 献 (1) 山村明義, 足立茂章, 牛田貢平, 富井規雄,「首都圏稠密運転路線にお ける遅延改善策の検証」J-RAIL2012, 2012 (2) 山村明義: 「列車運行実績を活用した稠密運転路線における遅延改善 アプローチとその効果」 ,土木学会論文集 D3(土木計画学) ,70(1), 44-55,2014 (3) A. Yamamura, M. Koresawa, S. Adachi, N. Tomii: Identification of Causes of Delays in Urban Railways, COMPRAIL2012, New Forest 2012 (4) C. Conte A. Schöbel: Identifying dependencies among delays, RailHanover - 2nd International Seminar on Railway Operations Research, Hanover, 2007. (5) H. Flier et al.: Mining Railway Delay Dependencies in Large-Scale Real-World Delay Data, Robust and Online Large-Scale Optimization, Lecture Notes in Computer Science Volume 5868 (2009). (6) T. Büker, B. Seybold : Stochastic modelling of delay propagation in large networks, J. of Rail Transport Planning & Management, Vol 2, 1–2 (2012) (7) B. Cule et al.: Mining Train Delays, Advances in Intelligent Data Analysis X, Lecture Notes in Computer Science Volume 7014 (2011) 図 5・4 期間 A の相関ルール導出例 図 5・5 期間 B の相関ルール導出例 [ V - 222 ] Ⓒ 2015 IEE Japan
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