中野区長 田中大輔 殿 平和の森公園の再整備及び新体育館の建設方針

中野区長 田中大輔 殿
2015年8月17日
新日本スポーツ連盟中野区連盟
理事長
小澤哲雄
平和の森公園の再整備及び新体育館の建設方針に対する要請書
(概要)
1、平和の森公園再整備計画及び新体育館の建設方針(案)は従来の利用計画からの大きな
転換
6月30日付、区政策室企画担当名で議会に配布された、「平和の森公園の再整備及び
新体育館の建設について」の文書を吟味してみれば、この再整備計画案は、従来の平和の
森公園利用計画からの根本的な転換を目指そうとしているがことが伺われます。後に詳しく
述べるように、この公園のスポーツ機能を充実させるとか、防災機能を向上させるとか、地域
の安全に有効に機能する場所にするとか述べているが、これらは、この公園が出来るまでの
歴史的経過や、刑務所跡地利用検討区民協議会が策定し、中野区がそれをそのまま公園
の基本計画とした現在の平和の森公園利用計画を根本から歪めるものとなっており、到底
看過出来るものではない。
以下、その歴史的経過をたどりながら再整備計画の重大な問題点を列挙する。
2、平和の森公園が出来るまでの歴史は今日も生きている。
上記再整備計画の文書では、昭和 60 年の公園開設からのことが叙述されているが、一
番肝心なのはそれ以前の長い、ながい移転・廃止運動の歴史や、利用計画を巡る初めて
の本格的な区民参加の歴史が全く無視されている。
1)区民、区議会、区の三者の力を合わせた総力戦で、中野刑務所の廃止が実現した。
中野刑務所移転運動・・・昭和30年代から20年以上にわたる区民、区議会(国会・都
会)、区の三者の力を合わせた闘いは、全国的にも例を見ない歴史的大運動であった。
“刑務所跡地に緑の広場と避難場所” のスローガン、すなわち区民の命を守ることを至
上命題に掲げたからこそ、国を動かす力に。
●その面からみれば総合運動場や都立高校、都営住宅では刑務所の廃止、払い下げ
は実現しなかった。
2)「刑務所跡地利用を考える区民協議会」と「中野刑務所跡地利用計画区民協議会」の
重要な役割と、区民大会を経た区民合意の法的拘束性
中野区要綱で設置された、中野刑務所跡地利用を考える区民協議会(S51年設置)は、
跡地に対するさまざまな区民要求を、特に体育協会関係者は10万人の署名を持って総
合運動場を求め、高校全入運動関係者(中学校 PTA 連合会を中心)は8万人の署名を
持って都立高校建設を要求。生活と健康を守る運動体からは高齢者向け都営住宅の要
求など、真っ向から対立した。この対立を克服し区民合意に至った最大の要因は、中野
刑務所移転廃止運動の原点であった“緑の広場と避難場所”、すなわち区民の命を守る
拠点にすることを最優先にすることで一致し、各団体は自分の要求を取り下げた。したが
って、この利用計画は区民合意という法的拘束力があるといっても過言ではない。
また、この区民協議会の跡地利用基本構想を受け、S55 年に設置された中野刑務所跡
地利用計画区民協議会は翌 56 年 2 月に基本計画案をまとめたが、区はこの基本計画案
をそのまま尊重する旨、公式に表明している。
ちなみにこの基本計画案では 4 つの柱を打ち立て、「その実現のため、緑の広場を中
心に樹林帯と水辺を出来るだけ多く配置して防災に備える。平常時には、子どもたちが
自由に遊びを作り出せるよう広場や、家族でレクレエーションを楽しめる多目的な空間と
する。『濃い緑』『豊か水』『明るい広場』をメインテーマ・・・・・・・」としている。
3)、緑の広場と避難場所とする国、東京都、区の諸文書による法的拘束性
●昭和52年5月「緑の防災公園をつくる区民大会」決議
●昭和52年 大蔵大臣あて開放促進同盟、中野区長、中野区議会議長名の陳情書
●昭和53年 要望書 野方・沼袋・新井の近隣全町会の総意。「中野区取得分について
はいかなる理由があっても公園に付随する以外の施設は絶対に建設しない」。これ
を厳守するとした区の公式見解。
●昭和54年7 東京都と中野区の跡地利用協定 取得面積 東京都 6,3ha、中野区2
、1ha、それらを合わせた整備計画。
●昭和55年 都市計画決定 下水処理場(上部覆蓋部)と中野区所得分と併せた都市
公園とする都市計画決定。
●昭和56年 建設省国庫補助金(防災公園整備補助)決定(中野区取得分への)にあた
ってのその条件
●昭和56年3月・・? 区議会本会議での区長の所信表明演説
以上の文書はその一部に過ぎないが、跡地利用をめぐる法的拘束力をもつものとして尊
重されなければならない。
3、利用計画転換は区民合意が不可欠
以上の経過からみても、また、以下の区政運営の基本からみても利用計画を転換する場合
は、区民の合意が必要である。
1)―区政運営の基本原則である中野区基本構想と自治基本条例―
●基本構想は Ⅳ-1で政策等の「計画―実施―評価―改善」の段階ごとに区民が参加
する仕組みが整い、区民に開かれた区政運営・・・と謳っている。
●自治基本条例は、第3条で区民は区の政策の企画立案、検討、実施、評価及び見直
しの全ての過程に参加する権利を有する・・・としている
この基本原則からみても、平和の森再整備計画は区民合意が無条件に必要である。
2)区民合意を目指す新しい区民協議会の設置を
●区長が自ら提案し、議会が議決したこの二つの区政運営の基本は、区民はもとより区
長、区議会も遵守する義務が課せられている。そのことからも、
●(仮称)平和の森公園利用計画再整備検討区民会議を早急に設置することを求める。
●利用計画の変更は、その結論得てからにするのが筋だと考える。
4、スポーツ機能の拡充、再整備による効果をうたった基本方針及び基本内容の大きな問題
1) スポーツ振興の中心的場所とすることについて
●スポーツ振興の中心的場所とすることは「刑務所跡地利用計画」の根本的転換になる。
スポーツ振興の中心とすることについては、跡地利用を考える区民協議会では既に否
定されている。
●そもそも、「スポーツ振興の中心的場所」という基本的概念は、どの程度専門的に議論
され、吟味されたものか大いに疑問ある。体育館建設を正当化するための思いつきに
過ぎないのではないか。
●大人の軟式野球場や陸上競技トラック、体育館を整備したら防災公園ではなく、運動
公園になってしまう。
2) 災害時、地域の安全に有効に機能する場所とすることについて
●そもそもここは避難場所。現少年野球場広場こそ、中野区取得分の最も貴重な防災空
間。この広場に巨大建築物を建てれば、中野区が取得した面積の半分が犠牲になり、
平和の森公園の防災機能が半減する。ここを潰したら、地元町会の要望(s53年)を無
視することにもなる。
●この広場を救援物資の保管、消防の応援隊、自衛隊などの拠点(宿営地)にするとして
いるが、それらの拠点になったら、区民はここに避難することが出来なくなる。
一時避難場所(平和の森公園・都決定)を救援活動の拠点にしてはならない。
●体育館建設による樹林の伐採は、豊かな防災樹林の喪失になる。
3)地域住民が憩える場所とすることについて
●この整備方針で、草地自由広場が「陸上競技トラック」、「軟式野球場」の予定なってい
るが、これでは間違いなく地域住民から憩いの場所を奪い取ることになる。こんな無謀
な計画は許されない。
●朝でも、昼でも、夜でも、いつでも、誰でも自由に利用できる開放型公園の存在は貴重。
区民のかけがえのない財産を潰してはならない。
5、なぜ九中跡地を新体育館建設候補地から外したのか。
1)10カ年計画では新体育館は区立第九中学校跡地に。その後は十分な議論もなく区
庁舎建て替え計画とセットで警察大跡地に。これも検討らしい検討の跡が見えず。
●九中跡地の新体育館建設検討経過は区民や区議会に示されていない。
2)九中跡地断念の背景に、民間医療機関払い下げの怪しげな噂
一部議会関係筋は、九中跡地は民間医療機関に売却される事に成っていると町なか
で言いふらしている。
●公共施設の売却が、入札前に特定業者に落札するような噂は、明らかに利益誘導。
ましてや、議会と云う公式の場でそのようなことが話されているとすれば行政の公平、公
正に著しくもとる。談合若しくは秘密の漏えいがあったとすれば犯罪に。
6、新体育館は九中跡地で可能
●去る6月に報告された区政策室の新体育館建設計画では、予定される新体育館の延
べ床面積は 10,000平方メートルとなっている。九中跡地の面積からすればこの跡
地への新体育館の建設は十分可能。
●10 カ年計画でここを候補地に挙げたのは、何がしかの根拠があったからではないのか。
しかも、元々ここは文教施設で体育館建設にうってつけ。
●また、運動施設の中野区西北部への偏在を是正すためにも、新体育館は中野中央部
の九中跡地で建て替えを。
7、オリンピックをふりかざしての拙速は避けること
●国立競技場計画の失敗から学ぼう。
国民が黙っていたらとんでもない国立競技場になるところを、専門家も入れた世論と運動
が方向転換をもたらす。
●期限付き補助金は区民参加の妨げ
体育館の調査費補助金は期限付。区民参加の妨げとなって、間違えば大きな禍根を残
す事にも。
●中野体育館はオリンピックの競技施設ではない。大規模事業であればある程、急がずに
時間をかけて行政、区民の協力共同の内実を上げる努力を。
●東京オリンピックを契機に、地域のスポーツ施設の充実、拡充は求められるところ。
しかし、そのことを笠に着て、合点のいかない事を区民に押しつけることは避けるべき。