申請者名:医療法人財団老蘇会静明館診療所 矢崎一雄

 テーマ: 神 経 難 病 在 宅 療 養 ハ ン ド ブ ッ ク の 全 面 的 見 直 し と 出 版
申 請 者 名 :医 療 法 人 財 団 老 蘇 会 静 明 館 診 療 所 矢 崎 一 雄
助 成 対 象 年 度 :2014 年 度 前 期
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神経難病在宅療養バンドブック改訂版
(タイトル未確定)
出版社:メディカルレビュー社
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執筆者一覧
(50 音 順 )
執 筆 者 大達清美
松阪中央総合病院 神経内科
荻野美恵子
北里大学医学部付属新世紀医療開発センター(北里大学東病院神経内科)
高橋貴美子
札幌中央ファミリークリニック
武井麻子
北祐会神経内科病院 神経内科
成田有吾
三重大学医学部看護学科
難波玲子
神経内科クリニックなんば
橋 本 司
訪 問 診 療 ク リ ニ ッ ク 六 花 ・ 愛 媛 医 療 セ ン タ −神 経 内 科
矢崎一雄
静明館診療所
薬 剤 表
岡本明大
三重大学医学部附属病院薬剤部
杉本浩子
三重大学医学部附属病院薬剤部
協力者
生駒真由美
愛媛大学医学部附属病院 老年神経内科 難病コーディネーター
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目次:
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ハンドブックチャート:
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第1章
緩和ケアの概念
(神経内科における緩和ケアの必要性)
これまでの日本における緩和ケアはがんを中心に発展してきました。しかし、すでに
2002 年 の WHO の 定 義( コ ラ ム 1 )で 示 さ れ て い る よ う に 、緩 和 ケ ア は が ん の み な ら ず 全 て
の「重い病を抱える患者やその家族一人一人の身体や心などの様々なつらさをやわらげ、
より豊かな人生を送ることができるように支えていくケア」
( 日 本 緩 和 医 療 学 会 )を 意 味 し
ま す 。 こ れ は ま さ に 神 経 難 病 分 野 で 行 っ て き た 診 療 そ の も の と い え ま す 。 神 経 難 病 で は 、移 動 、整 容 、摂 食 、排 泄 、呼 吸 、コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 、思 考 、記 憶 な ど 、
さ ま ざ ま な 機 能 に 支 障 を き た し ま す 。 医 療 技 術 は 日 々 進 歩 し て お り 、 iPS 細 胞 に 代 表 さ れ
る再生医療にも大きな期待が寄せられていますが、実際の臨床応用が実現するにはまだま
だ時間が必要です。特に変性疾患に代表される神経難病では、現在のところ進行を止める
ことすら困難です。原因が解明されておらず治療方法が確立していない疾患では、診断時
に難病であると告げられるだけで精神的苦悩を生じます。さらに、診断がつく前から患者
さんは症状とともにあり、診断確定までにはかなりの時間がかかることもあります。発症
からの時間経過は患者さんを苦しませ不安に追い込んでいます。その意味でも発症早期か
ら 様 々 な 苦 し み を 「 緩 和 」 す る た め の ケ ア の 導 入 が 求 め ら れ ま す 。 近年はさまざまな情報に患者さん・ご家族も容易にアクセスできる時代になりしたが、
ときにそれらの情報が、不安や妥当ではない期待や予測を生じさせます。初診からそれほ
ど時間が経過していなくとも、症状進行時の苦悩を予見して不安を生じたり、実際に進行
を自覚し、出現しはじめた息苦しさなどの症状から先行きを悲観して自殺まで考える患者
さんもいます。息苦しさや痛みなどの苦痛症状を抱えたままでは前向きに考えることが難
しくなります。心理的支援やケアに加えて、薬物や補助機器を適切に使用することは、患
者 さ ん の 苦 悩 を 軽 減 し 、生 命 の 延 長 と 生 活 の 質( QOL)の 改 善 が 期 待 で き 、こ れ ら を 含 め て
緩和ケアと捉えることができます。しかし、これまで神経難病と呼ばれる領域おいて、特
に終末期の緩和ケアの概念や捉え方、具体的な対処方法が十分に教育されてきたとはいえ
ま せ ん 。 そ こ で 、 神 経 疾 患 ・ 神 経 難 病 と と も に 現 在 を 生 き る た め の 対 応 を 支 援 す る 「 緩 和 ケ ア 」
の 方 法 論 と 具 体 的 手 段 に つ い て 、医 療 処 置 の 選 択( 胃 瘻 造 設 、非 侵 襲 的 人 工 換 気( NPPV)、
吸引、カフアシストなど)、苦痛となる諸症状とその対応、病気についての告知、コミュ
ニ ケ ー シ ョ ン 支 援 、 在 宅 で の 看 取 り ま で 、 事 例 を 交 え て の 解 説 を 6 名 の 筆 者 が 担 当 し 、 で
きるだけ率直な表現での小冊子(ブックレット)化を試みました。また、本書の読者を、
在 宅 療 養 を 担 当 す る 医 師 お よ び 医 療 専 門 の 多 職 種( 訪 問 看 護 師 、保 健 師 、理 学 療 法 士( PT)、
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作 業 療 法 士 ( OT) 、 言 語 聴 覚 士 ( ST) な ど ) と し て 、 神 経 疾 患 や 神 経 難 病 を 専 門 と は し て
いない方々を念頭に置きました。療養者(患者さん・ご家族)にも理解していただけるこ
と を 期 待 し て い ま す 。 唾 液 分 泌 過 多 へ の ス コ ポ ラ ミ ン 製 剤 の 使 用 な ど 、 本 邦 に お い て 現 時 点 で は 保 険 収 載 さ れ
ていない事項でも、文献上および筆者らの使用経験から有効性を実感できた内容を記載し
ました。但し、現在、施用にあたっては、各医師の自己責任であることをご理解下さい。
きわめてエビデンス化しにくい領域であり臨床研究での裏付けは容易ではありませんが、
神経疾患に関しての報告ばかりでなく、先行する「がん」緩和ケアの知識も応用しての実
践 経 験 が 記 載 さ れ て い ま す 。 オ ピ オ イ ド は 、 す で に が ん の 疼 痛 緩 和 を 中 心 に 先 進 諸 国 で 使 用 さ れ る よ う に な っ て 久 し
い状況です。総使用量でみると、米国、カナダ、豪州、欧州などの欧米諸国で世界全体の
消 費 量 の 90~ 98% を 占 め て い ま す 1 ) 。な か で も 米 国 は 群 を 抜 い て 多 く 、本 邦 の 10 倍 を 超 え
て い ま す 1,2) 。 し か し 、 ア ジ ア に 目 を 転 ず る と 本 邦 の 使 用 量 は 東 南 ア ジ ア 諸 国 と 比 較 し て
決 し て 少 な く は あ り ま せ ん 3) 。 が ん へ の 疼 痛 対 応 を 中 心 に 使 用 経 験 も あ る 程 度 蓄 積 さ れ て
き て い る と も 理 解 で き ま す 。 経 済 ・ 社 会 の 発 展 レ ベ ル と は 無 関 係 に オ ピ オ イ ド の 使 用 量 に 差 が あ り 、 そ の 差 が 継 続 、
拡大する理由として、医療職の教育や使用経験の不足から使用にあたっての知識が限られ
ていること、および国ごとのオピオイドの使用範囲や管理に関連する制度や施策の違いが
挙 げ ら れ て い ま す 4) 。 神 経 疾 患 患 者 さ ん な ど 、 非 が ん 患 者 さ ん の 呼 吸 困 難 感 へ の オ ピ オ イ
ドの使用については、有用性の報告とともに、相対的過量投与により呼吸抑制をきたす可
能 性 、 不 測 の 副 作 用 か ら 死 を 早 め る の で は な い か な ど さ ま ざ ま な 議 論 が あ り ま す 5) 。 し か
しながら、オピオイドの受容体は脳内より呼吸器内にはるかに密に存在していることが知
ら れ て い ま す 6 , 7 )。オ ピ オ イ ド の 呼 吸 困 難 感 へ の 投 与 量 は 鎮 痛 で 用 い る よ り も 通 常 少 な く 、
少 数 例 な が ら 有 効 性 と 安 全 性 に つ い て の 報 告 も み ら れ る よ う に な っ て き ま し た 8 , 9 )。た だ 、
エビデンスを積み重ねるうえでも、呼吸困難感へのオピオイド使用にあたっては詳細な状
況 を ト レ ー ス で き る よ う に 記 録 す る 必 要 が あ り ま す 。 米国では終末期だけでなく、慢性疼痛などにオピオイドが用いられているため、国全体
の 使 用 量 が 多 く な っ て い ま す 。 非 が ん 性 疼 痛 に 3 ヵ 月 以 上 オ ピ オ イ ド を 使 用 し た 9,940 例
を 診 療 録 か ら 検 討 し た コ ホ ー ト 研 究 が 報 告 さ れ て い ま す が 、51 例 に 用 量 超 過 が 疑 わ れ 、副
作 用 の 年 間 頻 度 は オ ピ オ イ ド 1 日 量 20 mgま で の 群 で 0.2% 、 同 50 ~ 99 mg の 群 で 0.7% 、
お よ び 同 100 m g を 超 え る 群 で 1.8% と 算 出 さ れ ま し た 1 0 ) 。本 邦 で も 、期 待 さ れ る 効 果 と 同
時にリスクの可能性まで十分に説明できる知見の集積が求められています。アジア諸国か
ら も 本 邦 の 緩 和 ケ ア の 動 静 は 注 目 さ れ て い ま す 1 1 ) 。 神 経 難 病 患 者 さ ん の 不 安・抑 う つ に は 、抗 不 安 薬 や 抗 う つ 薬 の 使 用 、精 神 科 医 へ の 対 診 、
臨床心理士などへの依頼など、病初期から躊躇するべきではありません。自殺企図は病初
期でも起こりうるものです。また、人工呼吸器を選択した場合も安定した療養体制構築と
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ともに継続した緩和ケアが必要です。緩和ケアは人工呼吸器の選択や個人の生命観に直接
左 右 さ れ る も の で は な く 、個 々 に 異 な る 苦 悩 を 軽 減 す る た め の 医 療 上 の 方 策 の 1つ と し て 行
われるものであり、患者さん・ご家族の必要に随時対応できるよう知識を整理しておきた
いものです。医師ひとりでできることはきわめて限られています。心理、薬物、看護、理
学療法、作業療法、構音/摂食/嚥下の支援、コミュニケーション機器支援など、多方面
にわたる支援チームの形成が欠かせません。特に在宅では、社会資源の確保と連携がなけ
れ ば 支 援 は 成 り 立 た ず 、患 者 会 、医 療 ソ ー シ ャ ル ワ ー カ ー( MSW)、訪 問 看 護 ス テ ー シ ョ ン 、
難 病 医 療 専 門 員 な ど の ネ ッ ト ワ ー ク へ の 相 談 が 強 く 勧 め ら れ ま す 1 2 - 1 6 ) 。 コ ラ ム 1 WHO2002 年 緩 和 ケ ア の 定 義
緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、
痛 み や そ の 他 の 身 体 的 問 題 、 心 理 社 会 的 問 題 、ス ピ リ チ ュ ア ル な 問 題 を 早 期 に 発 見 し 、的
確 な ア セ ス メ ン ト と 対 処( 治 療・処 置 )を 行 う こ と に よ っ て 、 苦 し み を 予 防 し 、和 ら げ る
こ と で 、 ク オ リ テ ィ ・ オ ブ ・ ラ イ フ を 改 善 す る ア プ ロ ー チ で あ る 。 WHO ホ ー ム ペ ー ジ ( 英 語 原 文 )( http://www.who.int/cancer/palliative/definition/en/)
日 本 緩 和 医 療 学 会 http://www.jspm.ne.jp/link/index3.html (成田有吾、荻野美恵子)
< 参 考 文 献 > 1) http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/07/dl/s0706-2f_0009.pdf 2) http://www.incb.org/pdf/technical-reports/narcoticdrugs/2009/en_comments.pdf 3) Wright M: appendix 1. Average daily consumption of defined daily doses of morphine per million inhabitants, 2003-05; countries o f C entral, S outh, a nd E ast A sia. I n H ospice a nd P alliative C are i n S outheast A sia, ed by Wright M. Oxford, Oxford University Press, 205, 2010 4) http://www.incb.org/pdf/annual-report/2009/en/AR_09_English.pdf 5) Mahler D A, S elecky P A, H arrod C G, e t a l: American C ollege o f C hest P hysicians c onsensus s tatement on the management of dyspnea in patients with advanced lung or heart disease. Chest 137: 674-691, 2010 6) Cabot PJ, Dodd PR, Cramond T, et al: Characterization of non-conventional opioid binding sites in rat and human lung. Eur J Pharmaco 268: 247-255, 1994 7) Zebraski SE, Kochenash SM, Raffa RB: Lung opioid receptors; pharmacology and possible target for nebulized morphine in dyspnea. Life Sci 66: 2221-2231, 2000 8) Clemens KE, Klaschik E: Morphine in the management of dyspnea in ALS. A pilot study. Eur J Neurol 8 / 123
15: 445-450, 2008 9) Mazzocato C, Michel-Nemitz J, Anwar D, et al: The last days of dying stroke patients referred to a palliative care consult team in an acute hospital. Eur J Neuro 17: 73-7 l, 2010 10) Dunn KM, Saunders KW, Rutter CM, et al: Opioid prescriptions for chronic pain and overdose; a cohort study. Ann Intern Med 152: 85-92, 2010 11) Wright M : Introduction. i n H ospice a nd P alliative C are i n S outheast A sia, e d b y W right M . O xford, Oxford University Press, 1-12, 2010 12)牛 久 保 美 津 子 : 米 国 の 診 療 と ケ ア .中 島 孝 監 ,ALSマ ニ ュ ア ル 決 定 版 ! .松 戸 ,日 本 プ ラ ン ニ ン グ セ ン
タ ー , 212-215, 2009 13) 岩 泉 康 子 : 「 自 宅 で 過 ご し た い 」 と い う 願 い に 応 え て . 中 島 孝 監 , ALS マ ニ ュ ア ル 決 定 版 ! . 松 戸 ,
日 本 プ ラ ン ニ ン グ セ ン タ ー , 227-230, 2009 14) 本 田 彰 子 : 医 療 福 祉 制 度 変 更 に よ る 経 済 的 影 響 . 中 島 孝 監 , ALS マ ニ ュ ア ル 決 定 版 ! . 松 戸 , 日 本 プ
ラ ン ニ ン グ セ ン タ ー , 237-240, 2009 15) 関 本 聖 子 , 栗 原 久 美 子 : 在 宅 療 養 に 関 す る 相 談 へ の 対 応 . 吉 良 潤 一 編 , 難 病 医 療 専 門 員 に よ る 難 病 患 者
の た め の 難 病 相 談 ガ イ ド ブ ッ ク . 福 岡 , 九 州 大 学 出 版 会 , 27-43, 2008 16) Maddocks I, Brew B, Waddy H, et al: 在 宅 ケ ア の 実 際 . 葛 原 茂 樹 , 大 西 和 子 監 訳 , 神 経 内 科 の 緩 和 ケ
ア . 大 阪 , メ デ ィ カ ル レ ビ ュ ー 社 , 203-207, 2007 9 / 123
第 2章
神経難病の告知と面談の仕方
(診断名・現状および見通しを患者さんやご家族に伝える)
ポイント
・神経難病の告知は、ショックを慮り、十分に配慮した告げ方をした上で、告知されてよ
かったと患者や家族がメリットを理解できるように心掛ける。
・い た ず ら に 告 知 の 内 容 を 控 え た り 、ご ま か し た り す る こ と は か え っ て 患 者 や 家 族 の QOL
を低下させることがあることを自覚する。
・うつ状態や認知機能低下がある場合も、相手の許容範囲を見極め、できる範囲で伝える
ように努力する。
神 経 難 病 は そ の 希 少 性 か ら 診 断 に 至 る ま で に 時 間 が か か る こ と が 多 い 。 例 え ば ALS で は
診 断 ま で も 10~12 カ 月 か か る と い わ れ て お り 、 診 断 に 行 き つ く ま で に す で に 苦 悩 が 始 ま っ
ています。自分自身の体に起こった変化に不安を感じていた後に、治療の方法が非常に限
られる難病であると告知されるわけですから、難病の告知は、患者にとってショックを受
ける内容です。患者のショックが予見できるため、告げる方にも躊躇があるのも当然で、
ど の よ う に 、 ど こ ま で 話 し た 方 が よ い の か 迷 う こ と も 多 い . ま ず 、
「 何 の た め に 告 知 を す る の か 」を 告 知 す る 側 は 認 識 し な け れ ば な り ま せ ん 。当 然 で
す が 、患 者 の た め に 告 知 す る の で す 。
「 患 者 が 告 知 さ れ て よ か っ た 」と 思 う よ う な 告 知 、も
しくはなぜ告知された方がよいのかを理解できるような告知が望ましい。そのためにはた
だ病名や病態を説明するのではなく、今後の起こりうることと、本人が知っておくと何が
よいのかを説明する必要があります。治癒は難しくとも少しでも病状を安定させ、生活を
しやすくする治療やケアはあること、それに関わる様々な医療・介護スタッフがいて、決
して見放されることはないこと、様々な制度の利用をすることにより、介護や経済的問題
にも対処の方法があること、など、孤立化しないように支える医療があることを伝えなく
て は な り ま せ ん 。 20 年 ほ ど 前 は 、が ん を 含 め 、予 後 の 悪 い 疾 患 に つ い て は 患 者 に 知 ら せ な い こ と が 多 く あ
りました。現在はむしろ知らせないことが後に責任を問われる時代で、医療側は「知らせ
なくてはならない」という意識で告知が行わることもあります。また、多くの難病は検査
機器が揃っている医療機関で行われます。主治医となるのも比較的若い世代で、急性期医
療を中心に診療していることが多い。つまり、自分が告知する患者さんが進行期にどうな
っていくかを診たことがない医師が告知をすることとなります。進行期には様々な知識や
ネットワークを動員して地域を巻き込んだ究極のチーム医療が必要となります。しかし、
そのような経験がない場合には、適切な告知にならない場合もあります。しかし、病気の
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ことをインターネット等で知ることと、医療者から話をされることで、一番異なる点は、
当該患者の個別性を考慮して話すことができること、および、何より今後の病気と付き合
っていかなければならない患者の気持ちを慮って話がされることです。この患者への思い
は 経 験 が な く て も 持 つ こ と の で き る も の で す 。 難病の告知は患者に対して過酷な内容となるため、医療者も躊躇しがちですが、患者調
査からは病気についてできるだけ早い段階で十分に知りたいという結果がうかがえます。
ALS の 調 査 で も 、 で き る だ け 早 い 段 階 で 詳 し く 全 体 像 を 話 し て ほ し い と い う 結 果 と な っ て
います
1,2)
。段階的告知と言っても、現代ではインターネットで調べることで、医療者が
話す前に知ってしまうことも多く、段階的告知にならないという問題があります。事前に
イ ン タ ー ネ ッ ト で 知 る こ と に つ い て 、 注 意 を 促 し て お く こ と も 必 要 な 時 代 で す 。 どのように告知するかは「1患者がそれを求めるならば、情報を差し控えてはなりませ
ん。2.患者がそれを求めないならば、情報を強要しない。3.告知に対する患者の反応
を評価し、対応するべきです
てはなりません
3)
。4.伝える内容が残酷であっても、伝え方が残酷であっ
4)
」。と い わ れ て い る よ う に 患 者 自 身 が ど こ ま で 知 っ て お き た い と 思 っ て い
るかを把握する努力が必要です
2-6)
。 ま た 避 け る べ き 表 現 は「 根 治 療 法 は あ り ま せ ん 」
「 死 に 至 る 病 気 で す 」の よ う な 過 度 に 直
接 的 な 表 現 や 、「 治 療 法 は あ り ま せ ん 」「 当 院 で す る こ と は あ り ま せ ん 」 な ど 実 施 可 能 な 治
療までも否定するような言い方は慎むべきであり、前向きな考えや、希望を持てるように
説 明 し ま す 。 欧 米 で も 告 知 の 重 要 性 が 報 告 さ れ て お り 、Borasioら は 、告 知 に は 高 度 の ス キ ル が 必 要 で
あり、もし適切に行われないと患者にダメージを与えるだけでなく、医師患者関係が壊れ
て し ま う と 報 告 し て い ま す 7 ). 悪 い 予 後 を 伝 え な け れ ば な ら な い こ と も あ り ま す 。 緩 和 ケ
アの第一歩であり、患者のペースに合わせて、家族も一緒の場を設定し、情報提供を進め
ます。最新の治療や研究についてはもとより、今後起こりうる症状も緩和ケアを十分に行
うことで対処できること、患者の治療に対する意思決定は尊重されることを説明して、前
向きな気持ちを失わせないようにします。希望を与えることが重要です。そのためには十
分 な 時 間 を か け る こ と が 必 要 で す 8 - 9 ) .症 例 毎 に 異 な る 対 応 が 求 め ら れ る 場 合 も あ り ま す が 、
参 考 ま で に 、 告 知 の 際 に 話 し て お い た 方 が よ い と 思 わ れ る 項 目 を 表 1 に 示 し ま し た 。 告知の前には患者の精神状態を評価し、うつ状態や認知症がある場合にはどのように告
知するか、慎重な検討と配慮が必要です。高齢者であっても本人が告知を望んでいる場合
や、十分に受け入れられる精神状態と認知機能がある場合は、配慮の上、告知したほうが
よ い 場 合 が 多 く あ り ま す 。告 知 す る こ と で 、前 向 き に 病 状 と 取 り 組 む 動 機 付 け が で き ま す 。
周囲も嘘を重ねることになると、本人が孤独になってしまういます。また、確定診断がつ
いていない場合でも、その診断の可能性が高い時には、疾患について言及しておいた方が
よい場合もあります。また、進行に応じて、その都度、病態の説明は継続されて行われる
べきです
9)
。 11 / 123
球麻痺による誤嚥のリスクがある場合、または呼吸筋麻痺により十分は排痰ができない
場合など、窒息による急変が生じます。このような危険性が予測される時には、急変のと
き に ど の よ う な 医 療 処 置 を 望 む の か 、 事 前 に 意 思 確 認 が 必 要 と な り ま す 。 特に気管内挿管や気管切開、気管切開を伴う人工呼吸器の使用など侵襲的な医療処置に
ついて、差し控えることはできても、開始後の中止は現実には困難なことが多いため、選
択によるメリットとデメリット、選択しない場合の対処方法について十分な説明が必要で
す 。 情 報 提 供 が 十 分 で な け れ ば 自 己 決 定 に は 至 り ま せ ん 。 告 知 に お い て 、 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 問 題 が 、 多 く の 報 告 で 指 摘 さ れ て い ま す 。 コ ミ ュ
ニケーションは双方向であり、患者の言葉(捉え方や理解など)に耳を傾け、患者の立場
に 立 っ て 説 明 す る こ と が 重 要 で す 。癌 の 領 域 で は SPIKESと い う 方 法 が 推 奨 さ れ て お り 、ALS
に も 応 用 で き る と 思 わ れ ま す 。SPIKESを 踏 ま え た ALSの 告 知 に つ い て 、参 考 と し て 付 録 に 示
し ま す 5-9) .
(荻野美恵子)
文 献 1) 水 町 真 知 子 、 若 林 佑 子 、 川 上 純 子 、 吉 本 佳 預 子 .筋 萎 縮 性 側 索 硬 化 症 の イ ン フ ォ ー
ム ド ・ コ ン セ ン ト ALS と と も に 生 き る 人 か ら 見 た 現 状 と 告 知 の あ り 方 医 療 2002; 56
( 6): 338-343 2) 荻 野 美 恵 子 、 荻 野 裕 、 川 浪 文 、 坂 井 文 彦 : ALS の 告 知 の あ り か た に つ い て ― 患 者 ア ン
ケ ー ト 調 査 よ り ― . 臨 床 神 経 学 43:1027,2003. 3 ) Maguire P, Fairbairn S, Fletcher C. Consultation skills of young doctors: I-Benefits o f f eedback t raining i n i nterviewing a s s tudents p ersist. B r M ed J ( Clin Res Ed). 1986 Jun 14;292(6535):1573-6 4) 白 浜 雅 司 .イ ン フ ォ ー ム ド・コ ン セ ン ト .医 療 ビ ッ グ バ ン の 基 礎 知 識 - 医 療 の 大 変 革 を
理 解 す る た め に - 日 本 内 科 学 会 ( 認 定 内 科 専 門 医 会 編 ) 1999, pp.52-57. 5) Walter F. Baile,a Robert Buckman,b Renato Lenzi,a Gary Glober,a Estela A . B eale,a A ndrzej P . K ucelka b . S PIKES― A S ix-Steps P rotpcol f or D elivering Bad News:Application to the Patient with Cancer h t t p : / / t h e o n c o l o g i s t . a l p h a m e d p r e s s . o r g / c g i / r e p r i n t / 5 / 4 / 3 0 2 6) The EFNS Task Force on Diagnosis and Management of Amyotrophic Lateral Sclerosis. EFNS gidelines on the Clinical Managiment of Amyotrophic Lateral Sclerosis (MALS)-reviced report of an EFNS task force. European J of Neurology 2012,19:360-375. 7 ) Brasio GD, Sloan R, Pongratz DE. Breaking the news in amyotrophic lateral sclerosis.J Neurol Sci. 1998 Oct;160 Suppl 1:S127-33. 8) McCluskey L , C asarett D , S iderowf A . Breaking t he n ews: a s urvey o f A LS p atients and c aregivers. Amyotroph L ateral S cler O ther M otor N euron D isord 2004;5:131-135. 9) 筋 萎 縮 性 側 索 硬 化 症 診 療 ガ イ ド ラ イ ン 2013.
「筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン」
作 成 委 員 会 編 、 日 本 神 経 学 会 監 修 、 南 江 堂 、 東 京 2013 表 1 告 知 に 際 し て 話 す べ き こ と チ ェ ッ ク リ ス ト
9)
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* 告 知 を す る 前 に 環 境 を 整 え 、 準 備 状 況 を 確 認 し 、 十 分 な 時 間 を 確 保 す る . * 患 者 が 現 状 を ど の よ う に 捉 え て お り 、 病 気 を ど の 程 度 知 り た い と 思 っ て い る か を つ か む . * 全 て の 情 報 を 一 度 に 伝 え る 必 要 は な い . 必 要 に 応 じ て 数 回 に わ け て 詳 し く 説 明 し て い く . *重要な情報は最初に伝えるようにする.その際、患者にとって厳しい情報は良い情報とともに伝え
る こ と . 患 者 の 動 揺 が 大 き い か ら と い っ て 悪 い 情 報 を 伝 え た の み で 終 わ る こ と の な い よ う に す る . * 患 者 や 家 族 の 反 応 を 見 な が ら 、 伝 え る 内 容 、 量 、 伝 え 方 を 調 整 す る . *全体を通して病状や予後など個人差が大きい疾患であり、インターネットや本に書いてあることが
必 ず し も 当 て は ま ら な い こ と を 説 明 す る . *治癒を望めない状態だからといって見捨てられるわけではなく、病状を改善する様々な方法がある
こ と を 伝 え る . * ど う し て こ の よ う な 伝 え 方 を し た か に つ い て も 説 明 を 加 え る 1 . 診 断 に 至 っ た 理 由 診 察 所 見 の ま と め や そ こ か ら わ か る こ と 検 査 の 目 的 、 結 果 、 そ こ か ら わ か っ た こ と 2 . ALS に つ い て の 一 般 論 ( 原 因 ・ 遺 伝 性 ・ 頻 度 ・ 発 症 要 因 は 特 定 困 難 ・ 病 態 の 概 略 ) 主 な 症 状 ( 四 肢 麻 痺 、 球 麻 痺 、 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 障 害 、 呼 吸 筋 麻 痺 ) 今 後 の 予 想 さ れ る 症 状 お よ び そ の 対 処 ( リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン 、 補 助 療 法 、 経 管 栄 養 、 呼 吸 補 助 機 器 等 ) 治 療 の 選 択 は 自 己 決 定 が 原 則 で あ り 、 自 ら 理 解 し 選 択 す る こ と が 必 要 と な る こ と 症 状 を 緩 和 す る 方 法 が 種 々 あ る こ と 3 . 現 在 提 供 で き る 治 療 リ ル テ ッ ク に つ い て 完 治 さ せ る 薬 で は な い が 予 後 を 改 善 す る 可 能 性 が あ る こ と 過 度 で は な い 範 囲 で 希 望 を 奪 わ な い よ う に 1 ) 提 供 可 能 な 治 験 に つ い て 4 . 研 究 が ど の よ う に 進 ん で い て 、 今 後 の 見 通 し は ど う か 諸 外 国 の 状 況 も 踏 ま え て 説 明 す る 5 . 社 会 制 度 利 用 に つ い て 特 定 疾 患 制 度 ・ 介 護 保 険 ・ 障 害 者 総 合 支 援 法 、 患 者 会 等 6 . 今 後 の 生 活 を 支 え る シ ス テ ム に つ い て 介 護 の 補 助 、 在 宅 医 療 、 施 設 や 病 院 な ど 7 . 経 済 的 支 援 に つ い て ( 休 職 手 当 、 傷 病 手 当 金 、 障 害 年 金 、 生 命 保 険 高 度 障 害 、 特 定 疾 患 制 度 等 ) ( 筋 萎 縮 性 側 索 硬 化 症 診 療 ガ イ ド ラ イ ン 2013よ り ) . SPIKES を 踏 ま え た ALS の 推 奨 さ れ る 告 知 9 ) S T E P 1 : S E T T I N G U P t h e I n t e r v i e w 面 談 の 設 定 ・ 静 か で 心 地 よ く 、 プ ラ イ バ シ ー の 保 て る と こ ろ で 対 面 し て 座 っ て 行 う . ・ 十 分 な 時 間 を と っ て ( 少 な く と も 45~ 60分 ) 中 断 さ れ な い よ う に 準 備 し て 、 院 内 コ ー ル
も 預 け る も し く は サ イ レ ン ト モ ー ド に す る .時 間 が 限 ら れ て い る 場 合 は 予 め 患 者 に 伝 え る . ・ 家 族 が 多 数 参 加 す る 場 合 に は 代 表 者 を 指 定 し て も ら う . ・家 族 、精 神 状 態 、社 会 的 立 場 、病 歴 、問 題 と な る 検 査 結 果 な ど の 患 者 情 報 を 知 っ て お き 、
全 て の 情 報 を 手 元 に 持 っ て お く . ・ 可 能 で あ れ ば 専 門 の 看 護 師 や ソ ー シ ャ ル ワ ー カ ー を 確 保 し 、 同 席 の 許 可 を え る . S T E P 2 : A S S E S S I N G T H E P A T I E N T ’ S P E R C E P T I O N 患 者 の 認 識 を 評 価 す る ・患者が自身の体に起こっている異変をどのように捉え、どの程度知っているかを確認す
る . (「お身体の状態について、今までどのようなことを伝えられたことがありますか」「検
査 を 行 う 理 由 に つ い て ど の よ う な お 考 え を お 持 ち で す か 」 な ど ) ・患者の理解に誤解がないか、どのように感じているのか(悲観的なのか、非現実的な期
待 を 持 っ て い な い か な ど ) を 探 る . S T E P 3 : O B T A I N I N G T H E P A T I E N T ’ S I N V I T A T I O N 患 者 か ら の 求 め を 確 認 す る ・ 患 者 が 自 身 の 疾 患 に つ い て ど の 程 度 知 り た い と 思 っ て い る か を 探 る . ・ 悪 い 知 ら せ を 聞 く こ と か ら 目 を そ む け る こ と は 妥 当 な 心 理 学 的 対 処 方 法 で あ る . ・できれば検査を始める前に悪い知らせだったとしても聞いておきたいかを聞いておく.
(「どのように検査結果をおしらせしましょうか、悪い結果であったとしても全ての情報
を 知 ら せ て ほ し い で す か 」 な ど ) ・ 患 者 自 身 が 聞 き た く な い と き に は 他 の 誰 に 話 し て お い た ら よ い か 指 定 し て も ら う 13 / 123
S T E P 4 : G I V I N G K N O W L E D G E A N D I N F O R M A T I O N T O T H E P A T I E N T 患 者 に 知 識 と 情
報 を 提 供 す る ・悪い知らせであることを予め予告する.(「申し上げにくいのですが・・」「少し厳し
い 話 に な り ま す が ・ ・ 」 ) ・患者が理解しやすい知識や語彙を用いること、過度に直接的な表現(「根治療法はあり
ません」「死に至る病気です」)、実施可能な治療までも否定するような表現(「治療法
は あ り ま せ ん 」 、 「 当 院 で は す る こ と は あ り ま せ ん 」 ) は す べ き で な い . ・今のところ完治させることはできず、症状は少しづつ悪くなることを伝えるが、根治が
難しくとも症状緩和のための治療はあること、実際の生活を少しでも楽に過ごすためのケ
アや補助があること、合併症は治療できること、最後まで責任をもって関わっていく医療
機 関 が あ る こ と を 、 前 向 き な 考 え や 、 希 望 を 持 て る よ う に 説 明 す る . ・患者が病気の経過を知りたい場合にはおおよその進行と予後について正直に話すが、個
人 差 が 大 き い こ と や 、 予 測 に は 限 界 が あ る こ と を 認 識 さ せ る . 予 後 は 変 動 が 大 き く 、 5年 、
10年 も し く は そ れ 以 上 生 存 す る 人 も い る こ と に 言 及 す る . ・進行抑制薬(例リルゾール)や現在行われている研究や参加できる治験について知らせ
る . ・ 簡 単 な 絵 を 描 い て 疾 患 に つ い て の 解 剖 を 説 明 す る . ・ 質 問 す る 時 間 を 十 分 に と る ・患者の機能を維持するためにあらゆることを行い、患者の治療に対する意思決定は尊重
さ れ る こ と を 保 証 す る . ・ 患 者 の こ と を 継 続 的 に 気 に か け 、 決 し て 見 捨 て る こ と は な い こ と を 保 証 す る . ・患者支援組織(患者会など)について伝え、患者が望めばセカンドオピニオンにも同意
す る . S T E P 5 : A D D R E S S I N G T H E P A T I E N T ’ S E M O T I O N S W I T H E M P A T H I C R E S P O N S E S 患
者 が 抱 く 感 情 に 共 感 を 込 め て 対 応 す る ・患者の感情は、ショック、孤独感、悲しみ、沈黙から疑い、涙、否定や怒りまでさまざ
ま で あ る . ・医師の共感的対応(患者の気持ちを推察し、必要に応じて言語化して確認する.非言語
的コミュニケーションや沈黙も共感的な対応となりうる.医師としてももっと良い知らせ
ができたらよかったのにと思っていることやそのような感情を抱くのは無理もないと理解
し て い る こ と を 伝 え る 、 な ど ) は 患 者 を さ さ え 、 連 帯 意 識 を 与 え た り す る こ と が で き る . ・温かみをもち、注意を払い、尊重すること、正直で思いやりをもつこと、過度に感傷的
に な ら な い こ と ・ 相 手 の ペ ー ス に 合 わ せ て 話 す こ と S T E P 6 : S T R A T E G Y A N D S U M M A R Y 方 針 と ま と め ・ 治 療 計 画 に つ い て 議 論 す る 心 の 準 備 が で き て い る か を 患 者 に 尋 ね る ・実施可能な治療の選択肢を提示し、期待される効果を具体的に議論することで治療効果
を 誤 っ て 理 解 し て い な い か 確 認 す る . ・ 話 し 合 い の 内 容 を ま と め て 話 し 、 記 載 も し く は 録 音 し て ま と め て お く . ・告知後の最初の外来は2~4週後とし、今後定期的なフォローアップをしていくこと、
治 ら な い か ら と い っ て 見 捨 て ら れ る わ け で は な い こ と を 説 明 す る ・以下のことはさける:診断を保留する、不十分な情報を与える、患者が知りたがらない
情 報 を 与 え る 、 無 感 情 に 情 報 を 伝 え る 、 希 望 を 失 わ せ る ( 筋 萎 縮 性 側 索 硬 化 症 診 療 ガ イ ド ラ イ ン 2013 よ り 改 変 )
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第 3章
医療処置の選択に対する説明と施行のポイント
担当:橋本 司 先生
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第 3 章 医 療 処 置 の 選 択 に 対 す る 説 明 と 施 行 の ポ イ ン ト 1. 医 療 処 置 の 説 明 全 般 に つ い て ポ イ ン ト ● 神 経 難 病 で は 、そ の 疾 患 の 特 性 上 、様 々 な 医 療 処 置 を 選 択 す る か し な い か を 決 め る 必 要 が あ り ま
す 。 ●患者・家族が「治療の選択」を行う際に、医療処置の説明は重要(説明を受けたいかどうかの意
思 確 認 も 必 要 で す )。 ● な か で も ① 嚥 下 機 能 に よ り 不 足 す る 水 分 ・栄 養 の 補 給 ② 呼 吸 機 能 低 下 に よ る 呼 吸 不 全 へ の 対 応 は 重 要 で す 。 ◎ 口 頭 だ け で な く 図 や 写 真 ・ パ ン フ レ ッ ト な ど を 用 い て 説 明 し ま す 。 ◎ で き れ ば 実 際 に 使 う 医 療 器 具 の サ ン プ ル な ど を 見 せ な が ら 説 明 し た 方 が よ い で し ょ う 。 ◎説明時には環境に配慮し時間をかけて複数回じっくりと説明します。
(説明を十分に行うことで、
効 果 が 上 が り ( 理 解 が 深 ま り ? )、 か つ そ の 後 の 療 養 生 活 が ス ム ー ズ に な り ま す 。) ◎ ALS の ケ ア 、医 療 処 置 の 選 択 に 関 し て は 、2013 年 日 本 神 経 学 会( 筋 萎 縮 性 側 索 硬 化 症 診 療 ガ イ ド
ラ イ ン 2013)、 2009 年 米 国 神 経 学 会 よ り ガ イ ド ラ イ ン が 出 て い ま す 。 1)2) ■ 医 療 処 置 の 説 明 を 受 け た い か ど う か の 確 認 を し ま す 。 ALS や パ ー キ ン ソ ン 病 な ど は 製 薬 会 社 が い
ろ い ろ な 説 明 に 使 用 で き る パ ン フ レ ッ ト な ど が 提 供 さ れ て い ま す 。以 下 に 入 手 ・ ア ク セ ス し や す い
神 経 難 病 の パ ン フ レ ッ ト の 例 を 示 し ま す 。( ウ ェ ブ サ イ ト の URL は 2014 年 7 月 31 日 現 在 )。 【 筋 萎 縮 性 側 索 硬 化 症 】 ・ ” LIVE TODAY FOR TOMORROW” ( LIVE T ODAY F OR T OMORROW プ ロ グ ラ ム 委 員 会 、東 邦 大 学 医 療 セ ン タ ー 大 森 病 院 岩 崎 康 雄 教 授( 神
経 内 科 ) ほ か 編 、 サ ノ フ ィ ・ ア ベ ン テ ィ ス 株 式 会 社 ) * DVD も 制 作 さ れ て い ま す 。 http://www.als.gr.jp/index.html に も 同 様 の 情 報 が あ り ま す 。 【 パ ー キ ン ソ ン 病 ・ パ ー キ ン ソ ン 病 関 連 疾 患 】 ・「 パ ー キ ン ソ ン 病 と 関 連 疾 患 ( 進 行 性 核 上 性 麻 痺 、 大 脳 皮 質 基 底 核 変 性 症 ) の 療 養 の 手 引 き 」 難
治 疾 患 克 服 研 究 事 業 神 経 変 性 疾 患 に 関 す る 調 査 研 究 班 編 http://plaza.umin.ac.jp/neuro/files/inside/tebiki/tebiki.pdf ・「 パ ー キ ン ソ ン 病 よ ろ ず 相 談 所 」 フ ァ イ ザ ー 株 式 会 社 http://www.parkinson.gr.jp/ ・「 パ ー キ ン ソ ン 病 サ ポ ー ト ネ ッ ト 」 協 和 発 酵 キ リ ン 株 式 会 社 http://www.kyowa-kirin.co.jp/parkinsons/index.html ・「 パ ー キ ン ソ ン .jp」 ノ バ ル テ ィ ス フ ァ ー マ 株 式 会 社 16 / 123
http://www.parkinson.jp/index.html 【 脊 髄 小 脳 変 性 症 ・ 多 系 統 萎 縮 症 】 ・「 SCD サ マ リ ー 脊 髄 小 脳 変 性 症 知 っ て お き た い 病 気 の こ と 」 田 辺 三 菱 株 式 会 社 編 http://www.mt-pharma.co.jp/general/pdf/spin.pdf ・「 脊 髄 小 脳 変 性 症 の 理 解 の た め に 」 東 京 都 立 神 経 病 院 編 http://tmnh.jp/m1/07-3.pdf ・「 SCD・ MSA ネ ッ ト 」 田 辺 三 菱 製 薬 http://scd-msa.net/ 神 経 難 病 そ れ ぞ れ に 患 者 団 体 が あ り 、 難 病 情 報 セ ン タ ー ( http://www.nanbyou.or.jp/) の ホ ー ム
ペ ー ジ に そ の 一 覧 が あ り ま す( http://www.nanbyou.or.jp/entry/1364)。患 者 団 体 へ の 紹 介 や( 患
者 会 を 通 じ て ) 他 の 患 者 の 療 養 生 活 を 見 学 さ せ て い た だ く の も 一 つ の 方 法 で す 。 ■ 説 明 の 準 備 ど こ で 、 ど の く ら い の 時 間 を か け て 説 明 を 行 う か 。 1. 個 人 情 報 が 漏 れ な い よ う な 環 境 で 説 明 し ま す( 病 院 で あ れ ば カ ン フ ァ レ ン ス 室 や 面 談 室 な ど )。 2. 疾 患 の 種 類 や 対 症 療 法 の 種 類 、 患 者 ・ 家 族 の 状 況 ・ 質 問 の 量 に よ っ て 異 な り ま す が 、 患 者 や 家
族 の 満 足 度 や 集 中 力 ・ 疲 労 を 考 え る と 1−2 時 間 で の 説 明 を 予 定 し て お き ま す 。 あ る い は 1 回 30 分
程 度 で 日 を 改 め て 説 明 を 繰 り 返 す 、前 述 の 神 経 難 病 の パ ン フ レ ッ ト に 沿 っ て 説 明 す る な ど の 方 法 も
あ り ま す 。 3.1 回 で 説 明 す る 必 要 は な く 、徐 々 に 詳 し く 、あ る い は 患 者・家 族 の 理 解 の 状 況 に 応 じ て 数 回 に 分
け て 行 い ま す 。 4. 医 師 か ら 一 方 的 に 話 す だ け で は な く 、 時 々 患 者 ・ 家 族 の 反 応 を 見 る た め に 質 問 や 確 認 を は さ み
ま す 。 5. 患 者 や 家 族 が 同 意 し 可 能 で あ れ ば 、 医 師 の み で な く 担 当 看 護 師 や ソ ー シ ャ ル ワ ー カ ー 、 臨 床 心
理 士 、担 当 保 健 師 、
( す で に 決 ま っ て い れ ば )ケ ア マ ネ ー ジ ャ ー な ど に も 同 席 を 求 め て 説 明 し ま す 。
都 道 府 県 に よ っ て は 難 病 医 療 専 門 員 な ど に 連 絡 し て 同 席 を 依 頼 す る 方 法 も あ り ま す 。 6. 日 程 の 調 整 は 医 療 連 携 室 が あ れ ば 同 所 の ソ ー シ ャ ル ワ ー カ ー な ど 担 当 者 に 調 整 を 依 頼 す る 方 法
も あ り ま す 。 7 .「 多 職 種 連 携 チ ー ム 」 の 編 成 :「 多 職 種 連 携 チ ー ム 」 が 動 き 出 す と 、 そ の 後 は 必 ず し も 医 師 主 導
で 調 整 す る 必 要 は な く 、 医 師 の 負 担 軽 減 に も つ な が り ま す 。 医 師 の 中 に は 詳 し い 説 明 を 本 当 は 行 い た い が 時 間 が と れ な い 、と い う 声 も よ く 聞 き ま す 。し か し 時
間 を か け て 患 者 さ ん ・ご 家 族 に き ち ん と 説 明 を 行 う と こ は ,患 者 さ ん ・ご 家 族 に と っ て は 治 療 の 選 択
に 役 立 つ ば か り で な く 満 足 度 も 上 が り ま す 。最 初 に 十 分 に 時 間 を か け る こ と で 結 果 的 に そ の 後 の ト
ー タ ル の 説 明 の 時 間 が 短 く て す む こ と も よ く 経 験 し ま す 。十 分 な 時 間 を 共 有 す る こ と で 、信 頼 関 係
の 構 築 に 役 立 ち 、結 果 的 に ト ラ ブ ル が 起 こ り に く く な っ て ト ラ ブ ル に 費 や す 時 間 が 減 り 、そ の 結 果
診 療 が ス ム ー ズ に 運 ぶ こ と も あ り ま す 。 ■ 説 明 す る 方 法 と 内 容 1. で き る だ け 専 門 用 語 を 使 わ な い よ う に し ま す 。 2. 具 体 例 を 挙 げ て 説 明 し ま す 。 3. そ れ ぞ れ の 利 点 ( 医 療 処 置 施 行 に よ り 期 待 で き る 点 ) と 欠 点 ( リ ス ク な ど ) を 説 明 し ま す 。 4. 判 断 能 力 に 問 題 の な い 疾 患 や 状 態 の 場 合 「 治 療 の 選 択 」 を 行 う 上 で 療 養 方 法 の 詳 し い 説 明 は 必
須 で す 。 17 / 123
5. 患 者 の 自 宅 の 周 辺 が 医 療 ・ 介 護 資 源 に 乏 し い な ど 地 域 に よ っ て も 状 況 が 異 な る の で 、 そ の 地 域
に赴任しているあるいは赴任したことがある医療関係者に確認するなど患者の療養地域の状況を
確 認 し て お く こ と も 必 要 で す 。 告 知 時 な ど 、医 療 処 置 の 説 明 不 足 を き っ か け に そ の 後 の 経 過 に 影 響 を お よ ぼ す こ と が あ り ま す 。ま
た 医 療 処 置 の 多 く は 病 院 で 施 行 ・導 入 さ れ ま す 。 し か し 、 病 院 で の き ち ん と し た 説 明 が な い ま ま 在
宅 療 養 に 移 行 し た 場 合 に ト ラ ブ ル が 生 じ や す く な り ま す 2.嚥 下 機 能 低 下 に 対 し て ● ポ イ ン ト 神 経 難 病 で 嚥 下 機 能 低 下 に 対 し て よ く 行 わ れ る 医 療 処 置 と し て 、経 鼻 胃 管 、胃 瘻 、腸 瘻 な ど が あ り
ま す 。 い ず れ も 嚥 下 機 能 低 下 の 程 度 に よ り 経 口 摂 取 と 併 用 す る こ と も あ り ま す 。 1. 経 鼻 胃 管 • 胃 管 先 端 の 位 置 の 確 認 が 必 要 で す 。 • 薬 品 な ど が 詰 ま る 可 能 性 も あ り ま す が 、意 識 が は っ き り し て い る 患 者 に は 最 初 は で き る だ け 細 め
の サ イ ズ を 選 択 ( 6~ 8 Fr) し ま す 。 2. 胃 瘻 ( PEG) • 使 用 頻 度 が 高 い 方 法 で す 。 • 造 設 前 に 呼 吸 機 能 ( %FVC、 動 脈 血 ガ ス な ど ) の 検 査 が 必 要 で す ( 球 麻 痺 例 で は 咽 頭 麻 酔 は 誤 嚥 の
危 険 性 が あ り 避 け た 方 が 無 難 で す 。 施 行 医 と 前 も っ て 打 ち 合 わ せ し ま し ょ う )。 ・パ ー キ ン ソ ニ ズ ム で は 腸 管 が 胃 の 全 面 に 来 て し ま う 場 合 が あ る の で 、CT 等 で 事 前 の 確 認 が 必 要 で
す 。 位 置 に よ っ て は 施 行 で き な い の で 、 経 皮 経 食 道 瘻 な ど 他 の 方 法 を 考 慮 し ま す 。 • A LS で は 胃 瘻 造 設 後 、誤 嚥 性 肺 炎 の 合 併 や 初 回 注 入 時 な ど に 呼 吸 機 能 悪 化 の 報 告 も あ り ま す 。PEG
造 設 の 判 断 に お い て は 、 今 後 の 方 針 に 従 っ た 予 後 予 測 も 重 要 で す 。 PEG 造 設 時 の ( 呼 吸 機 能 の ) 目
安 は 、( % FVC で ) 60%以 上 は 比 較 的 安 全 。 50-60%は 注 意 し な が ら ( 特 に セ デ ー シ ョ ン 時 や 痛 み が 強
い と き に は コ ン ト ロ ー ル が 必 要 で す 。 3. 腸 瘻 • 全 身 麻 酔 下 で 造 設 さ れ る た め 、 リ ス ク が 増 大 し ま す 。 • 経 鼻 胃 管 や 胃 瘻 に 比 べ る と 下 痢 の 頻 度 が 高 い よ う で す 。 4. 経 皮 経 食 道 胃 管 ( PTEG:Percutaneous Transesophageal Gastrostomy) ・ 胃 切 除 後 な ど 胃 瘻 の 作 成 が 困 難 な 場 合 に 選 択 肢 と な り え ま す • 胃 瘻 ほ ど は 広 ま っ て お ら ず 、施 行 で き る 施 設 が 胃 瘻 よ り は 限 ら れ ま す 。一 時 期 保 険 適 応 か ら 外 れ
ま し た が 、 2011 年 4 月 1 日 か ら 胃 瘻 造 設 が 困 難 な 患 者 に 対 し て の み ・ 専 用 の 「 PTEG キ ッ ト 」 の み
対 象 と い う こ と で 再 度 保 険 適 応 に な り ま し た 。 ( http://www.sumibe.co.jp/ww-attaches/339.pdf 住 友 ベ ー ク ラ イ ト 社 )。 • 造 設 時 の 呼 吸 へ の 負 担 が 胃 瘻 時 の 内 視 鏡 よ り 少 な く 多 少 呼 吸 機 能 が 悪 く て も 可 能 で す 。 • 瘻 孔 の 位 置 が 下 部 頸 部 で 、気 管 切 開 の カ ニ ュ ー レ を 固 定 す る 紐 ・ バ ン ド の 邪 魔 に な る こ と が あ り
ま す 。 • 胃 瘻 よ り 細 い チ ュ ー ブ を 使 用 す る こ と が 多 く 、 詰 ま り や す い 場 合 が あ り ま す 。 ・ 瘻 孔 の 状 態 が 安 定 す れ ば 、 解 剖 学 的 に 食 道 /胃 以 外 に チ ュ ー ブ 先 端 が 迷 入 す る こ と は ま れ で 、 交
換 し や す い と い う 利 点 も あ り ま す 。 18 / 123
・ 噴 門 を 通 過 す る の で 、 経 鼻 胃 管 と 同 様 に 胃 内 容 物 が 逆 流 し や す く な る 場 合 が あ り ま す 。 5. 中 心 静 脈 栄 養 ・ 中 心 静 脈 栄 養 ポ ー ト 留 置 • 神 経 難 病 で は 胃 や 腸 に 何 ら か の 問 題 が あ り 、胃 瘻 や 経 皮 経 食 道 胃 管 な ど の 方 法 が と れ な い と き に
限 ら れ ま す 。 • 感 染 予 防 が 必 要 な た め に 取 り 扱 い に 注 意 が 必 要 で す 。 6. そ の 他 の 嚥 下 障 害 へ の 対 処 気管分離・食道吻合術、喉頭分離術があります。しかし、比較的侵襲の大きな手術であり、全身麻
酔 下 で 施 行 す る 場 合 の 人 工 呼 吸 器 離 脱 困 難 の 可 能 性 や 合 併 症 の 危 険 性( 感 染 ・ 出 血 、喉 頭 閉 鎖 不 全
な ど )、 疾 患 の 急 速 な 進 行 に も 考 慮 し な け れ ば な り ま せ ん 。 ■ 嚥 下 障 害 に 対 す る 医 療 処 置 の 導 入 時 期 と そ の 指 標 ● ポ イ ン ト ・ 嚥 下 機 能 低 下 に 対 し て の 医 療 処 置 に 生 命 延 長 効 果 な ど の エ ビ デ ン ス は レ ベ ル B で す 。 ・ 早 め に 施 行 す る 方 が 確 実 に 安 全 に 施 行 で き ま す 。 ・ ALS の 場 合 、 体 重 減 少 が 予 後 を 悪 化 さ せ る 報 告 が あ る こ と を 説 明 し 、 胃 瘻 造 設 に は で き る だ け 体
重 減 少 を 防 ぐ と い う 意 味 合 い も あ る こ と を 説 明 し た 方 が よ い で し ょ う 。 3)4)5) ・ 呼 吸 器 を 選 択 し な い 事 例 で は 、有 効 に 活 用 で き る 予 後 の 長 さ が あ る か か ど う か を 考 慮 し 選 択 ・ 施
行 す べ き で す 。 PEG 造 設 の 判 断 に は 、 今 後 の 方 針 に 従 っ た 予 後 予 測 も 重 要 。 PEG 造 設 時 の ( 呼 吸 機
能 の ) 目 安 は 、( % FVC で ) 60%以 上 は 比 較 的 安 全 。 50-60%は 要 注 意 ( 特 に セ デ ー シ ョ ン 時 や 痛 み が
強 い と き に は コ ン ト ロ ー ル が 必 要 )。 * 施 行 を 考 え る 時 と そ の 指 標 ・ALS の 場 合 、自 覚 症 状 が な く と も 急 激 な 体 重 減 少 を 認 め る 時 で は 経 口 だ け で は 不 十 分 で す 。
(病前
体 重 の 10% 以 上 低 下 、 あ る い は BMI:body mass index<18.5 kg/m2)。 栄 養 障 害 や BMI の 減 少 が 予 後
を 規 定 す る 因 子 と し て 重 要 で あ る 、と い う 報 告 も あ り ま す 。3)4)5)す な わ ち ALS の 場 合 、誤 嚥 予 防
で 経 口 摂 取 の 代 わ り の 手 段 と い う よ り 、体 重 減 少 を 防 い で 予 後 の 悪 化 を 予 防 す る 、と い う 目 的 も あ
り ま す 。 ・ ALS の 胃 瘻 造 設 の 場 合 、 %FVC が 50%以 上 の 時 に 行 う べ き と さ れ 、 経 口 摂 取 が で き る 段 階 で も 適 応
と な り え ま す 。 1)2)6) ・ 呼 吸 機 能 が 低 下 し て い る 場 合 に は NPPV を 併 用 し た 胃 瘻 造 設 も 考 慮 し ま す 。 パーキンソン病の場合など服薬が時間通りにできると経口摂取できるようになったりするため、
wearing off の 対 処 の た め に 行 う 場 合 も あ り ま す 。 19 / 123
< 図 1 ALS の 球 麻 痺 患 者 に お け る 栄 養 に 関 す る 対 症 療 法 の ア ル ゴ リ ズ ム ( 米 国 神 経 学 会 ガ イ ド ラ
イ ン よ り ) > R. G. Miller、 C. E. Jackson、 E. J. Kasarskis、 J. D. England、 D. Forshew、 W. Johnston、 S. Kalra、 J.
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S. Katz、 H. Mitsumoto、 J. Rosenfeld、 C. Shoesmith、 M. J. Strong、 and S. C. Woolley
Practice Parameter update: The care of the patient with amyotrophic lateral sclerosis: Drug、 nutritional、
and respiratory therapies (an evidence-based review): Report of the Quality Standards Subcommittee of the
American Academy of Neurology、 Neurology. 2009 Oct; 73: 1218 - 1226.よ り 改 変 .
以 下 の よ う な 指 標 に よ っ て 経 管 栄 養 な ど の 医 療 処 置 を 検 討 し ま す 。 【 比 較 的 主 観 的 な 指 標 】 ⅰ ) 水 分 摂 取 不 良 、 脱 水 傾 向 ⅱ ) 内 服 薬 の 服 用 困 難 ⅲ ) 食 事 形 態 の 工 夫 を し て も 食 事 量 が 減 少 ⅳ ) 食 事 形 態 の 工 夫 を し て も 食 事 時 間 が 1 時 間 以 上 か か る ⅴ ) 流 涎 が 増 加 ま た は 常 時 あ る 【 比 較 的 客 観 的 な 指 標 】 ⅰ ) 体 重 ・ BMI の 急 激 な 減 少 ⅱ ) %FVC の 低 下 ・・・た だ し ALS の 場 合 安 全 に 行 う に は 50%以 上 ⅲ ) PCF( 最 大 呼 気 流 速 ) ・・・270ml/分 未 満 ⅳ ) 動 脈 血 ガ ス ・・・PaCO2 45-50mmHg 以 上 ⅴ ) 胸 部 CT で 不 顕 性 の 誤 嚥 性 肺 炎 を 確 認 ⅵ ) 誤 嚥 性 肺 炎 の 初 回 罹 患 ⅶ ) 可 能 で あ れ ば 嚥 下 造 影 検 査 ( VF)・ 嚥 下 内 視 鏡 検 査 ( VE) * 実 際 に は 上 記 の 指 標 を 組 み 合 わ せ て 判 断 し ま す 。 * た だ し 、進 行 が 早 い 場 合 や ALS な ど で 呼 吸 機 能 低 下 も 同 時 に 進 行 す る 場 合 、上 記 の 市 場 で は 安 全
に 施 行 で き な い こ と が あ り 、 上 記 の 指 標 よ り 早 い 段 階 で 施 行 し た 方 が よ い こ と も あ り ま す 。 * ALS の 場 合 嚥 下 障 害 が 軽 度 で 人 工 呼 吸 器 を 行 わ な い と 決 め て い る 場 合 、 早 い 段 階 で 行 い 胃 瘻 を 使
用 し な い ま ま 死 亡 と な る 例 も あ り 、 状 況 を よ く 考 慮 す る 必 要 が あ り ま す 。 ・ ALS 患 者 さ ん で %FVC を 測 定 す る 際 、測 定 に 通 常 使 用 す る マ ウ ス ピ ー ス を 使 用 す る と 口 輪 筋 の 筋 力
低 下 の た め 、 呼 気 の 漏 れ が 生 じ 正 確 な 値 と な ら な い こ と も よ く み ら れ ま す 。 ・ 当 初 か ら マ ウ ス ピ ー ス の 代 わ り に マ ス ク を 使 用 し て 測 定 す る ほ う が よ い で し ょ う 。 ・ 臥 位 で 測 定 す る こ と で 初 期 の 低 下 を 早 期 に キ ャ ッ チ で き る と い わ れ て い ま す 。 ■ 嚥 下 障 害 に 対 す る 医 療 処 置 に 関 す る 説 明 ● ポ イ ン ト ・ ま ず 嚥 下 機 能 低 下 に 対 し て 、何 ら か の 医 療 処 置 の 説 明 や 施 行 を 受 け る 意 思 が あ る か ど う か を 確 認
し ま す 。 ・ 意 思 を 確 認 し 、 必 要 性 に 加 え て 医 療 処 置 の メ リ ッ ト と デ メ リ ッ ト 、 施 行 方 法 な ど を 説 明 し ま す 。 ・ 医 療 処 置 の 希 望 が な い 場 合 は 、誤 嚥 性 肺 炎 や 窒 息 な ど の 危 険 性 を 患 者 と 家 族 に 十 分 に 説 明 し た 上
で 経 口 摂 取 を 続 け る こ と に な り ま す 。誤 嚥 性 肺 炎 や 窒 息 を 起 こ し た 時 の 対 処 を ど う す る か 、例 え ば
在 宅 療 養 中 で あ れ ば 訪 問 診 療 医 や 訪 問 看 護 ス テ ー シ ョ ン へ の 連 絡 、入 院 が 必 要 と 判 断 さ れ た 場 合 の
入 院 先 の 確 認 、 医 療 処 置 を ど こ ま で 希 望 す る か の 確 認 な ど が 必 要 で す 。 21 / 123
* 経 鼻 経 管 と 胃 瘻 に つ い て ・経 鼻 経 管 と 胃 瘻 の 優 劣 に つ い て は 一 長 一 短 が あ り ま す 。管 理 の し や す さ や 非 侵 襲 的 人 工 換 気( NPPV)
マ ス ク へ の 影 響 か ら 胃 瘻 が 多 く 行 わ れ て い ま す が 、 経 鼻 経 管 で も 十 分 に 対 応 が 可 能 で す 。 ・ 呼 吸 機 能 が 極 端 に 低 下 し て お り 予 後 が 数 ヶ 月 と 予 測 さ れ る 場 合 に は 、胃 瘻 の メ リ ッ ト は 少 な く 経
鼻 経 管 が よ い 場 合 も あ り ま す 。 ・ い ず れ の 場 合 で も 胃 か ら の 逆 流 に よ り 誤 嚥 を き た し や す い の で 、 臥 位 に す る と き も 30 度 以 上 、
上 半 身 の 挙 上 を 心 が け ま す 。 1. 医 療 処 置 に つ い て の 説 明 ① な ぜ 経 口 摂 取 が 厳 し く な っ て き た か ・ 嚥 下 に 関 係 す る 筋 肉 の 働 き が 弱 く な っ た こ と な ど 、具 体 的 に 経 口 摂 取 が 厳 し く な っ て き た 理 由 を
説 明 し ま す 。 • 患 者 さ ん ・ ご 家 族 は で き る だ け 経 口 摂 取 を 続 け た い 、と い う 希 望 が 強 い こ と が 多 い で す が 、ま ず
経 口 摂 取 が 厳 し く な っ て き た と い う 認 識 を 確 認 し 共 有 し ま す 。 • 経 口 摂 取 の み に 頼 る こ と で 栄 養 障 害 が 進 行 し 、失 わ れ て し ま う 筋 力 を 取 り 戻 す こ と は 困 難 で あ る
こ と を 説 明 し ま す 。 • 経 口 摂 取 の み で は 誤 嚥 性 肺 炎 の 危 険 性 が 高 く な り 、重 症 度 に よ っ て は 命 に 関 わ る 事 態 を 招 く 可 能
性 が あ る こ と 、 窒 息 の 危 険 性 も 高 く な る こ と を 説 明 し ま す 。 ・パ ー キ ン ソ ン 病 の よ う に 服 薬 に よ り ADL を 改 善 し う る と き に は 経 口 薬 の 投 与 経 路 と し て も 重 要 で
あ る こ と を 説 明 し ま す 。 ② 経 口 摂 取 に 対 す る 医 療 処 置 の 種 類 と メ リ ッ ト ・ デ メ リ ッ ト • 胃 瘻 な ど の 処 置 を 行 う こ と に よ っ て 、 必 要 な 水 分 /栄 養 が 確 保 で き る こ と を 説 明 し ま す 。 • 経 鼻 胃 管・胃 瘻・腸 瘻・PETG な ど で は 抗 パ ー キ ン ソ ン 病 薬 や 緩 和 ケ ア の た め の 薬 も 含 め 内 服 薬 が
確 実 に 投 与 で き る こ と を 説 明 し ま す 。 • 方 法 そ れ ぞ れ に 特 有 の メ リ ッ ト ・ デ メ リ ッ ト を 説 明 し ま す 。 • 処 置 の 中 で 患 者 さ ん に も っ と も 適 応 が あ る と 思 わ れ る 療 法 を 提 示 し ま す( 神 経 難 病 の 場 合 、胃 瘻
の 頻 度 が 高 い )。 • 患 者 さ ん ・ ご 家 族 に ど の 対 症 療 法 を 希 望 す る か を 確 認 し ま す ( 治 療 方 法 の 選 択 )。 ③ ど の よ う に し て 医 療 処 置 を 行 う の か • 医 療 処 置 そ れ ぞ れ に つ い て 施 行 方 法 を 説 明 し ま す 。 • 胃 瘻 の 場 合 、 内 視 鏡 を 使 用 し て 造 設 す る こ と を 説 明 し ま す 。 • 胃 瘻 や 腸 瘻 ・ PTEG・ IVH/IVH ポ ー ト の 施 行 時 の 麻 酔 や 造 設 に か か る 時 間 、 リ ス ク を 説 明 し ま す 。 ④ 医 療 処 置 を 行 っ た あ と は ど う す る の か • 施 設 や 施 行 後 の 経 過 に よ っ て 異 な り ま す が 、安 静 の 期 間 や 実 際 使 用 し は じ め る 時 に つ い て 説 明 し
ま す 。 • 施 行 後 、 安 静 解 除 時 ま で の 排 尿 ・ 排 便 ・ 栄 養 /水 分 補 給 な ど に つ い て 説 明 し ま す 。 • 胃 瘻 や 腸 瘻 ・ IVH/IVH ポ ー ト 施 行 後 の 疼 痛 管 理 に つ い て 説 明 し ま す 。 22 / 123
• 経 鼻 胃 管 ・ 胃 瘻 ・ 腸 瘻 ・ PTEG の 場 合 : ◇ 栄 養 剤 を 注 入 す る 場 合 は 、 ど の よ う な も の か 、 ど れ だ け の 量 を 注 入 す る か 説 明 し ま す 。 ◇ 交 換 の 必 要 性 と 次 回 交 換 の 時 期 に つ い て 説 明 し ま す 。 ◇ 患 者 さ ん ・ ご 家 族 に 注 入 の 方 法 を 練 習 : 看 護 ス タ ッ フ と 日 程 調 整 を し ま す 。 ◇ 瘻 孔 や 刺 入 部 の 周 囲 の ケ ア に つ い て 説 明 し ま す 。 ◇ 抜 去 時 の 対 応 に つ い て 説 明 し ま す 。 • IVH/IVH ポ ー ト 留 置 の 場 合 : ◇ 感 染 の 危 険 性 と 発 熱 な ど 感 染 時 の 徴 候 、 感 染 時 の 対 応 に つ い て 説 明 し ま す 。 ◇ 在 宅 療 養 を 行 う 場 合 、 訪 問 診 療 医 や 訪 問 看 護 な ど の 在 宅 療 養 体 制 の 確 認 を し ま す 。 ⑤ 患 者 の 状 況 に よ っ て 、 さ ら に 付 け 加 え て 説 明 す る べ き こ と • 経 口 摂 取 が 食 事 形 態 の 工 夫 な ど に よ り あ る 程 度 可 能 な 場 合・ま だ 嚥 下 機 能 に は 大 き な 問 題 が な い
も の の 呼 吸 状 態 等 に よ り 事 前 に 胃 瘻 を 行 う 場 合 は 、経 口 摂 取 で き る も の は 経 口 摂 取 で 行 い 、補 助 的
に 栄 養 や 水 分 ・ 内 服 薬 を 胃 瘻 か ら 注 入 す る 「 併 用 」 も 可 能 で あ る こ と • 経 鼻 胃 管・胃 瘻・腸 瘻・PTEG の 場 合 に 呼 吸 状 態 の 急 激 な 悪 化 や 、注 入 で 横 隔 膜 が 押 し 上 げ ら れ 呼
吸 不 全 が 生 じ る 可 能 性 も あ る こ と 。 2. 以 上 の 説 明 を 必 要 に 応 じ て 複 数 回 行 い 、 患 者 さ ん や ご 家 族 が 十 分 に 理 解 で き た こ と を 確 認 し た
上 で 、 ど の 対 症 療 法 を 希 望 す る か 確 認 し ま す ( 治 療 方 法 の 選 択 )。 ま た そ れ ら 医 療 処 置 を 行 わ な い
場 合 の リ ス ク や 対 症 療 法 に つ い て も 説 明 ・ 確 認 し ま す 。特 に 誤 嚥 性 肺 炎 や 窒 息 な ど の 危 険 性 に つ い
て と そ の 処 置 に つ い て 説 明 し ま す 。 3. 患 者 の 意 思 を 確 認 で き な い 場 合 : 家 族 に よ く 説 明 す る こ と が 重 要 4. 経 管 栄 養 を 選 択 し な い 場 合 ① 水 分 補 給 • 食 物 の 形 状 な ど に 工 夫 し つ つ 経 口 摂 取 を 続 け ざ る を 得 ま せ ん 。 • 経 口 摂 取 の 減 少 と と も に 薬 の 内 服 も 不 可 能 に な っ て き ま す 。 • 当 初 は 末 梢 か ら の 補 液 で 対 応 で き る も の の 、次 第 に 脱 水 等 か ら 末 梢 の 静 脈 が 虚 脱 し 、末 梢 静 脈 路
が 確 保 で き な い 状 況 に な る こ と も あ り ま す 。 ま た 補 液 も 希 望 し な い 場 合 も あ り 得 ま す 。 • 持 続 皮 下 注 を 行 う こ と も で き ま す が 、こ れ の み に よ り 脱 水 や 栄 養 不 足 を 改 善 す る の は 困 難 で 、倦
怠 感 や 意 識 レ ベ ル の 低 下 、 低 蛋 白 血 症 に よ る 浮 腫 な ど も 生 じ て き ま す 。 ② 緩 和 ケ ア を 行 う こ と が 重 要 で す 。 ■ 呼 吸 状 態 が 悪 い 状 況 下 で の 胃 瘻 造 設 ・嚥 下 障 害 に 対 す る 医 療 処 置 の う ち 、胃 瘻 が も っ と も ADL の 制 限 や 負 担 が 少 な い と い わ れ て い ま す 。
し か し 内 視 鏡 を 使 用 す る 胃 瘻 造 設 時 、呼 吸 状 態 に よ っ て は 患 者 に 対 す る 負 担 や 危 険 性 が 高 く な り ま
す 。 ・ 胃 瘻 造 説 時 の 疼 痛 管 理 と し て 術 中 に 鎮 静 を 行 う 場 合 に は 、 ALS で 呼 吸 機 能 低 下 を 来 し た 症 例 な ど
で は 容 易 に 呼 吸 不 全 を 来 す の で 、十 分 に SPO2 な ど を モ ニ タ ー し な が ら ゆ っ く り 少 量 か ら 鎮 静 剤( ド
ル ミ カ ム な ど ) を 投 与 す る 必 要 が あ り ま す 。 ま た 、 非 侵 襲 的 人 工 喚 起 ( NPPV) を 用 い な が ら で あ れ
ば 酸 素 投 与 を 併 用 し な が ら 施 行 す る 場 合 も あ り ま す 。%FVCga30% 程 度 の 呼 吸 状 態 で も 、NPPV の 鼻 の
み の マ ス ク ( 一 部 施 設 で は 内 視 鏡 対 応 鼻 口 マ ス ク ) を 使 用 し な が ら の 胃 瘻 造 設 も 行 わ れ て い ま す 。 23 / 123
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3.呼 吸 機 能 低 下 に 対 し て ■ 呼 吸 不 全 に 対 す る 医 療 処 置 の 種 類 と 注 意 点 ● ポ イ ン ト ・ 神 経 疾 患 で は 呼 吸 筋 麻 痺 ( ALS な ど )、 声 帯 麻 痺 や 中 枢 性 呼 吸 障 害 ( 多 系 統 萎 縮 症 ( MSA) な ど )
で 考 慮 し ま す 。 ・近 年 、MSA で は CPAP( continuous p ositive a irway p ressure)/BiPAP( biphasic p ositive a irway pressue) を 使 用 す る こ と が 多 く な っ て い ま す が 、 と き に 睡 眠 時 の 喉 頭 軟 化 症 ( sleep-induced laryngomalacia)の 報 告 も あ り 7)8)、導 入 時 に は 注 意 が 必 要 で す 。ま た ALS で も floppy e piglottis
( 喉 頭 軟 化 症 ) を 起 こ し た 症 例 の 報 告 も あ り 9)、 ALS で も 導 入 時 に 注 意 が 必 要 で す 。 ・ 人 工 呼 吸 の 選 択 、 特 に 気 管 切 開 下 人 工 呼 吸 器 ( TPPV) 装 着 に 関 し て は 個 々 人 に よ っ て 考 え は 異 な
り ま す 。装 着 後 在 宅 療 養 を 希 望 す る の か ど う か 、介 護 力 等 可 能 か ど う か 、地 域 に よ っ て は 入 院 し て
の 療 養 が 難 し い と こ ろ も あ る と い う こ と を ふ ま え て 、そ の 後 の 病 気 の 進 行 、介 護 負 担 、在 宅 支 援 体
制 に つ い て の 十 分 な 情 報 提 供 と 、着 け て「 生 き る 」と い う 患 者 さ ん の 強 い 意 志 と ご 家 族 の 協 力 が 必
須 で す 。可 能 で あ れ ば 、在 宅 人 工 呼 吸 療 養 中 の 患 者 さ ん ・ ご 家 族 に 会 っ て も ら う こ と も よ い で し ょ
う 。 ・神 経 疾 患 で は 、痰 の 喀 出 困 難 に よ り 急 性 呼 吸 不 全 に 陥 る こ と が 少 な く あ り ま せ ん 。ALS な ど で TPPV
の 選 択 を 希 望 し な い 場 合 は 、苦 痛 を 緩 和 す る こ と を 重 視 す べ き で し ょ う 。十 分 に 考 慮 し た 意 思 決 定
が な い ま ま 緊 急 人 工 呼 吸 器 装 着 と な り 苦 悩 し て い る 患 者 さ ん ・ ご 家 族 も お ら れ ま す 。 1. 酸 素 吸 入 • 初 期 の 呼 吸 機 能 低 下 、特 に SpO2 の 低 下 に は 0.5-1ℓ/分 、動 脈 血 二 酸 化 炭 素 の 値 に よ っ て は 2ℓ/分
程 度 の 低 容 量 で も 効 果 が あ る こ と が 多 い よ う で す 。 • 導 入 に 際 し 、 侵 襲 は な く 練 習 も 不 要 で す 。 • 高 容 量 、 で は ( 患 者 さ ん の 状 態 に よ っ て は 低 容 量 で も ) CO2 ナ ル コ ー シ ス を お こ す 危 険 性 が あ る
の で 注 意 が 必 要 で す が 、人 工 呼 吸 器 使 用 を 希 望 し な い 終 末 期 の 場 合 は 苦 痛 を 緩 和 す る こ と が 重 要 で
あ り 、 使 用 を 躊 躇 す べ き で は な い で し ょ う 。 • 在 宅 で 酸 素 使 用 中 の 患 者 さ ん の 周 囲 は 火 気 厳 禁 で す ( た ば こ に よ る 引 火 ・ 火 災 例 あ り )。 2. 気 管 切 開 • 痰 の 吸 引 を 目 的 に 行 わ れ る こ と が 多 い で す が 、痰 の 除 去 の 効 果 や 死 腔 の 減 少 な ど に よ り 、呼 吸 状
態 が 一 時 的 に 改 善 す る こ と も あ り ま す 。 • MSA で は 声 帯 外 転 筋 麻 痺 に 対 し て の 根 本 的 な 治 療 法 に な り ま す 。 3. 輪 状 甲 状 間 膜 穿 刺 ( 商 品 名 「 ミ ニ ト ラ ッ ク 」) •気 管 切 開 に 比 較 す る と 侵 襲 が 少 な く 手 技 的 に も 容 易 で す が 、 ブ ラ イ ン ド で 行 う た め 、 稀 に 施 行 時
に 出 血 を お こ し 命 に 関 わ る こ と が あ り ま す 。 •痰 が 多 い 例 に 施 行 し 、 NPPV と 併 用 し た 例 も あ り ま す ( NPPV 施 行 時 に ミ ニ ト ラ ッ ク の ふ た を し て 、
痰 の 吸 引 時 に ふ た を あ け ま す )。 ・ 1~ 2 週 間 で 交 換 が 必 要 で す 。 •長 期 の 留 置 で 気 管 内 に 肉 芽 が 発 生 す る こ と も あ り ま す ( ア ル ゴ ン レ ー ザ ー 等 で の 治 療 が 必 要 に な
る 場 合 も あ り ま す )。 ・ 同 じ 輪 状 甲 状 間 膜 穿 刺 キ ッ ト で も 、 直 線 の 形 状 の も の ( 商 品 名 「 ト ラ ヘ ル パ ー 」) は 長 期 間 留 置
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で は 吸 引 の 際 な ど 気 管 後 壁 を 傷 つ け る 可 能 性 が 高 い の で 、 L 字 型 の も の ( 上 記 ) が 望 ま し い で す 。 4. CPAP •気 道 閉 塞 に 対 し て 持 続 的 に 陽 圧 を か け て 送 気 を 行 う も の で 、 人 工 呼 吸 器 で は あ り ま せ ん 。 •閉 塞 性 呼 吸 障 害 に 対 し て 使 用 す る も の で 、MSA の 場 合 、吸 気 時 の 陰 圧 に よ っ て 喉 頭 蓋 や 披 裂 部 も 尾
側 方 向 に 引 っ 張 ら れ 上 気 道 が 閉 塞 す る こ と が あ り ま す 。floppy a rytenoids あ る い は sleep-induced laryngomalacia と い わ れ 、程 度 に も よ り ま す が CPAP/NPPV 導 入 で か え っ て 上 気 道 閉 塞 が 悪 化 す る
こ と も あ り 、 そ の 場 合 は 耳 鼻 科 的 な 診 察 が 必 要 で す 7 ) 8 )。 ま た 仰 臥 位 で 呼 吸 困 難 を 訴 え る 時 に は 注
意 が 必 要 で す 。 5. 非 侵 襲 的 人 工 換 気 ( NPPV/NIV、 商 品 名 BiPAP な ど ) •導 入 に あ る 程 度 の 練 習 が 必 要 で 、 患 者 さ ん 自 身 の 協 力 と 意 志 、 患 者 さ ん ・ ご 家 族 に 取 り 扱 い の 知
識 習 得 が 必 要 で す 。 ・ 最 近 で は 肺 炎 な ど の 急 性 期 疾 患 合 併 時 で も 用 い ら れ る こ と も あ り ま す 。 •ALS の 場 合 な ど 当 初 は 患 者 さ ん が マ ス ク の 着 脱 が で き て い て も い ず れ は 筋 力 低 下 に よ っ て で き な
く な る の で 、 着 脱 で き る 介 護 者 が い る こ と が 必 要 で す 。 •マ ス ク の 圧 迫 に よ る 皮 膚 病 変( 潰 瘍 な ど )の 合 併 が 長 時 間 の 施 行 時 な ど で は 高 頻 度 に 出 現 し ま す 。
褥 瘡 の 時 に 使 う シ リ コ ン シ ー ト ( 商 品 例 ス ミ ス ・ ア ン ド ・ ネ フ ュ ー CICA-CARE( シ カ ケ ア )) な
ど の 皮 膚 保 護 材 を 使 用 す る こ と も あ り ま す 。 •日 中 の 練 習 の の ち 、呼 吸 抑 制 の あ る 睡 眠 中 の 装 着 か ら 開 始 し ま す が 、ALS な ど の 場 合 徐 々 に 装 着 時
間 が 延 長 し 最 期 に は 24 時 間 連 続 装 着 に な り 、 か つ 必 ず 「 限 界 」 が き ま す 。 そ の と き に は ほ と ん ど
の 患 者 さ ん で 呼 吸 苦 を き た す の で 、TPPV を 選 択 し な い 場 合 は 、苦 痛 を 緩 和 す る 医 療 が 必 須 と な り ま
す 。特 に ALS で は 患 者 さ ん /ご 家 族 に こ の 点 も し っ か り 説 明 し て NPPV を 導 入 す る か ど う か 、ど こ ま
で 使 用 し 続 け る か 検 討 す る 必 要 が あ り ま す 。 • ALS で は 、 24 時 間 装 着 に な る 前 に 自 分 の 意 思 で 装 着 を 中 止 す る 例 も あ り ま す 。 • 近 年 、 機 器 の 進 歩 で 自 発 呼 吸 が か な り 少 な く な っ て も NPPV で 対 応 で き る よ う に な っ て き て い ま
す が 、 そ れ で も 気 管 切 開 下 人 工 換 気 ( TPPV) に 代 わ る も の で は あ り ま せ ん 。 内 臓 バ ッ テ リ ー の な い
機 種 も あ り ま す の で 、24 時 間 装 着 に な っ た ら 必 ず 外 部 バ ッ テ リ ー や ア ン ビ ュ ー バ ッ グ を 用 意 し 、メ
ー カ ー と の 相 談 に な り ま す が で き れ ば 予 備 器 の 準 備 も し た ほ う が よ い で し ょ う 。 6. 気 管 切 開 下 人 工 換 気 ( TPPV) • NPPV が 限 界 に な っ た と き や NPPV が 困 難 な 方 で 、 か つ 装 着 を 希 望 す る 場 合 が 対 象 に な り ま す 。 • 現 在 使 用 さ れ て い る 人 工 呼 吸 器 は 陽 圧 式 で あ り 、生 理 的 な 呼 吸 と は 逆 に な り ま す 。適 正 な 設 定 を
し な い と 肺 の 圧 損 傷 や 頭 部 な ど の 浮 腫 が 出 現 す る こ と も あ り ま す 。 • 在 宅 療 養 が 基 本 で あ り 、 回 路 交 換 、 稼 働 状 況 の 確 認 、 気 管 カ ニ ュ ー レ の 管 理 ( 抜 け た 場 合 の 処 置
も 含 む ) な ど 人 工 呼 吸 器 の 取 り 扱 い の 知 識 を ご 家 族 に 知 っ て い て い た だ く 必 要 が あ り ま す 。 • 現 在 、日 本 で は 、24 時 間 連 続 で 人 工 呼 吸 器 を 装 着 し て い る 場 合 、患 者 さ ん・ご 家 族 が 希 望 し て も
人 工 呼 吸 器 を 外 す こ と は 困 難 で す 。 • ALS の 場 合 、10% 程 度 と 報 告 さ れ て い ま す が 1 0 )、人 工 呼 吸 器 を 装 着 し て 数 ~ 十 数 年 経 過 す る と 四
肢 の 動 き だ け で な く 眼 球 の 動 き な ど も な く な っ て 意 志 疎 通 の 手 段 が 全 く な く な る「 完 全 閉 じ 込 め 症
候 群 」( Totally Locked-in Status、 TLS) に 至 る 患 者 さ ん も い い ま す ( 神 経 因 性 膀 胱 、 体 温 調 節 障
害 、 血 圧 変 動 ・ 発 作 性 頻 拍 な ど の 自 律 神 経 症 状 も 出 現 )。 7. 陽 ・ 陰 圧 体 外 式 人 工 換 気 ( Biphasic Cuirass Ventilation、 商 品 名 「 RTX」) 1 1 ) キ ュ イ ラ ス と 呼 ば れ る 「 胸 当 て 」 を 胸 腹 部 に 装 着 し て 、 キ ュ イ ラ ス 内 に 機 械 本 体 か ら 陰 圧 ・ 陽 圧
を か け て 横 隔 膜 を 動 か す こ と で 呼 吸 を 補 助 し 、生 理 的 な 呼 吸 に 近 い 動 き を さ せ る も の で す 。キ ュ イ
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ラ ス の 装 着・取 り 外 し に 手 間 が か か る こ と 、在 宅 で の 保 険 診 療 は 平 成 26 年 度 診 療 報 酬 改 定 で は 7480
点 で す が レ ン タ ル 料 ( 13 万 円 /月 ) を カ バ ー す る も の で は な く 、 購 入 す る に も 高 価 で あ り 、 機 械 の
大 き さ や 音 も や や 大 き く 、 施 行 例 /報 告 例 も 多 く は な い 状 況 で す ( 入 院 で は 保 険 適 応 も あ り 、 少 数
例 で 使 用 報 告 あ り )。 た だ 何 ら か の 理 由 で NIV を 使 用 で き な い と き な ど は 適 応 を 考 え て よ い で し ょ
う 。 ■ 痰 / 唾 液 の 吸 引 に つ い て 1) 排 痰 補 助 装 置 : 器 械 的 咳 介 助 ( MAC: mechanically assisted coughing) ・気 道 に 陽 圧 を か け た あ と 、陰 圧 に か え る こ と で 、患 者 さ ん の 気 管 支・肺 に た ま っ た 痰 な ど の 分 泌
物 を 除 去 す る 方 法 で す 。 ・ 平 成 22 年 4 月 の 診 療 報 酬 改 定 か ら 在 宅 ( 入 院 以 外 ) で NPPV・ TPPV を 使 用 し て い る 神 経 難 病 な ど
の 患 者 さ ん に 対 し て 保 険 適 応 ( 排 痰 補 助 装 置 加 算 1,800 点 ) と な り ま し た 。 ・ 適 応 の 基 準 は 咳 最 大 流 速 ( PCF: peak cough flow) で 、 ① 自 力 の 咳 で PCF< 270L/分 : 胸 部 圧 迫 や 腹 部 の 圧 迫 介 助 に よ る 徒 手 介 助 咳 導 入 ② 徒 手 介 助 咳 で PCF< 270 L/分 : 上 気 道 感 染 時 な ど に MAC を 使 用 ③ 徒 手 介 助 咳 で PCF< 160L/分 : 日 常 的 に 気 道 確 保 と し て MAC を 使 用 * 微 少 な 無 気 肺 を 予 防 し 肺 や 胸 郭 の 柔 軟 性 を 維 持 す る た め に 呼 吸 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン と し て 早
期 に 導 入 す る こ と も あ り ま す 。 ・ bulla の あ る 肺 気 腫 の 既 往 、 気 胸 や 気 縦 隔 の 疑 い 、 人 工 呼 吸 に よ る 肺 障 害 の 患 者 さ ん に は 禁 忌 で
す 。 ・ 導 入 ① まずフェイスマスクに慣れてもらいます。マスクをさわってもらったり、マスク単独で顔に
当てたりします。陽圧・陰圧を体感してもらうために胸や手などに当てて体感してもらうの
も い い で し ょ う 。 ② 最 初 は 陽 圧 10cmH 2 O〜 陰 圧 10cmH 2 O 程 度 で 始 め ま す 。陽 圧 は 1.5〜 3 秒 、陰 圧 は 1.5〜 3 秒 、休
止 時 間 は 0 〜 1 秒 程 度 か ら 始 め ま す 。陽 圧・陰 圧 の サ イ ク ル も 1 サ イ ク ル か ら 始 め ま す 。機 種
によってはバイブレーションをかけ排痰をより促すこともできます。またバッテリー内蔵式
の も の も あ り ま す 。 ③ 効果や患者の状況に応じて、陽圧/陰圧を調整します。体格にもよりますが、できれば陽圧
40cmH 2 O〜 陰 圧 40cmH 2 O が 目 標 値 で す 。 陽 圧 ・ 陰 圧 の サ イ ク ル の 目 安 は 5 サ イ ク ル で す 。 ④ 途 中 で 痰 が 出 た 場 合 な ど は 中 止 し て 吸 引 を 行 い ま す 。 ・ 注 意 点 ① 機 種 に よ っ て は 大 き な 音 が し ま す 。ま た フ ェ イ ス マ ス ク も ぴ っ た り と 顔 に 当 て る 必 要 が あ り ま
す 。こ れ ら に よ っ て 恐 怖 感 を 持 つ 患 者 さ ん も お ら れ る の で 、医 療 者 が そ ば に つ い て 声 を か け る な ど
安 心 感 を も っ て も ら え る よ う に し ま す 。 ② 緊 急 時 を 除 き 、食 事 直 後 ・ 注 入 直 後 は 陰 圧 で 嘔 吐 を 誘 発 す る 可 能 性 が あ る の で 、で き る だ け 使
用 を 避 け ま す 。 ③ 気 管 支 ・ 肺 か ら と れ た 痰 が 咽 頭 付 近 で た ま る こ と が あ り 、吸 引 が 必 要 で す 。す な わ ち 吸 引 の 技
術 が な け れ ば 効 果 が 半 減 し ま す 。 吸 引 の 技 術 も し っ か り 指 導 す る 必 要 が あ り ま す 。 ④ ま れ な が ら Bulla の 破 裂 に よ る 気 胸 や 不 整 脈 が 誘 発 さ れ る こ と が あ る の で 、初 回 は 医 師 の 監 視 下
で 行 い ま す 。 ⑤ 頻 回 に 使 用 し す ぎ る と 過 喚 起 に な り 、し び れ や 意 識 障 害 、血 圧 低 下 な ど き た す 可 能 性 が あ る の で 、
5 サ イ ク ル 3 セ ッ ト 行 っ た ら 、 し ば ら く 休 む よ う に し ま す 。 27 / 123
・ 参 考 資 料 MAC を 用 い た 排 痰 介 助 ・ 咳 介 助 「 概 要 に つ い て 」「 導 入 に あ た っ て 」「 患 者 さ ま と ご 家 族 の 方 へ 」 独 立 行 政 法 人 国 立 病 院 機 構 八 雲 病 院 小 児 科 医 長 石 川 悠 加 先 生 フ ィ リ ッ プ ス ・ レ ス ピ ロ ニ ク ス 株 式 会 社 2) 低 圧 持 続 吸 引 器 ・口 腔 内 に 唾 液 が 貯 留 す る 時 に 専 用 の 吸 引 チ ュ ー ブ を 口 腔 内 に 入 れ 低 圧 で 持 続 的 に 吸 引 を 行 う 器 械
で す 。 ・ 口 腔 内 の み で 鼻 か ら の 吸 引 や 痰 の 吸 引 は で き ま せ ん 。 ・ 吸 引 チ ュ ー ブ に は メ ラ チ ュ ー ブ な ど が あ り ま す 。 写 真 1 . メ ラ チ ュ ー ブ ・ 参 考 資 料 難 病 情 報 セ ン タ ー 「 低 圧 持 続 吸 引 器 」 http://www.nanbyou.or.jp/entry/1523 ■ 呼 吸 不 全 に 対 す る 医 療 処 置 の 導 入 時 期 と そ の 指 標 ● ポ イ ン ト ・神 経 難 病 で も ALS や MSA、筋 ジ ス ト ロ フ ィ ー で は 呼 吸 不 全 に 対 す る 医 療 処 置 の 必 要 性 が あ り ま す 。 ・ 施 行 を 考 え る 指 標 は 、 疾 患 に よ っ て 多 少 の 差 異 が あ り ま す 。 ・ 神 経 難 病 で は NPPV 使 用 が 一 般 化 し て い ま す が 、 導 入 に は あ る 程 度 の 慣 れ が 必 要 で す 。 ・MSA で は CPAP/NPPV 導 入 前 に sleep-induced l aryngomalacia の 有 無 な ど 耳 鼻 科 的 な 評 価 が 必 要 な
場 合 が あ り ま す 。 ALS で も floppy epiglottis( 喉 頭 軟 化 症 ) を 起 こ し た 症 例 の 報 告 も あ り 9 ) 、 ALS
で も 導 入 時 に 注 意 が 必 要 で す 。 医 療 処 置 を 検 討 す る 際 、 呼 吸 状 態 を 把 握 す る た め に 、 以 下 の 項 目 を 確 認 し ま す 。 【 ALS な ど で 呼 吸 筋 麻 痺 の 主 観 的 指 標 】 ⅰ ) 睡 眠 時 の 症 状 ( 呼 吸 筋 麻 痺 が か な り 進 行 し て か ら ): 寝 つ け な い 、 睡 眠 が 浅 く す ぐ 目 覚 め る 、
朝 頭 痛 が す る 、 昼 間 に う と う と し て し ま う ⅱ ) 覚 醒 時 : ・ 早 期 の 症 状 ( 高 度 の 球 麻 痺 の な い 場 合 ): 大 き い 声 を 出 し に く い 、 声 が 小 さ く な っ た 、 強 い 咳 を
し に く い ・ あ る 程 度 進 行 し た 症 状 : 歩 行 や 階 段 昇 降 時 の 息 切 れ 、 食 事 ・ 排 泄 ・ 入 浴 中 /後 の 息 切 れ ・呼 吸 筋 麻 痺 か ら 始 ま る 場 合 の 症 状:疲 労 感・身 体 の だ る さ 、急 激 な 体 重 の 減 少( 食 事 中 も 息 切 れ )
円 背 28 / 123
【 ALS な ど の 呼 吸 筋 麻 痺 の 客 観 的 指 標 】 ⅰ ) 呼 吸 音 の 減 弱 ( 聴 診 ) ⅱ ) 胸 郭 の 動 き : 可 能 で あ れ ば 吸 気 時 と 呼 気 時 の 胸 部 レ ン ト ゲ ン の 比 較 ⅲ ) SpO2 モ ニ タ ー に よ る 睡 眠 中 の 呼 吸 状 態 の 把 握 ⅳ ) 呼 吸 機 能 検 査 ・・・%FVC、 最 大 吸 気 圧 ( MIP)、 鼻 吸 気 圧 ( SNP) ⅴ ) 動 脈 血 ガ ス 分 析 ⅵ ) 胸 部 CT で 肋 間 筋 や 横 隔 膜 の 萎 縮 の 程 度 を 把 握 【 MSA お け る 指 標 】 ⅰ ) 睡 眠 中 の 著 明 な 鼾 ( い び き ) ⅱ ) 吸 気 時 の 声 帯 部 の 狭 窄 音 、 声 が 高 く な る ⅲ ) 中 枢 性 呼 吸 障 害 が 出 現 す る と : 無 呼 吸 ・ 低 呼 吸 を 混 ず る 不 規 則 呼 吸 、 チ ェ ー ン ス ト ー ク ス 呼 吸 ⅳ ) SpO2 モ ニ タ ー に よ る 睡 眠 中 の 呼 吸 状 態 の 把 握 * ALS で の NPPV 導 入 の 具 体 的 な 指 標 : (National Association for Medical Direction of Respiratory Care,1999、 日 本 神 経 学 会 筋 萎 縮 性 側 索 硬 化 症 治 療 ガ イ ド ラ イ ン 2013) ◇ 呼 吸 困 難 の 自 覚 症 状 ( 上 記 ) が あ る と き ◇ %FVC 50%以 下 か 最 大 吸 気 圧 ( MIP) が 60cmH 2 O 以 下 ◇ 動 脈 血 ガ ス PaCO2 45mmHg 以 上 ◇ 睡 眠 中 血 中 酸 素 飽 和 度 が 88% 以 下 5 分 以 上 持 続 こ れ ら の 3 項 目 の う ち 1 つ が 満 た さ れ た 場 合 ( た だ し 、 こ の 状 態 で は す で に 遅 い 場 合 も あ り ) 29 / 123
< 図 2 ALS で の 呼 吸 に 関 す る 対 処 療 法 の ア ル ゴ リ ズ ム ( 米 国 神 経 学 会 の ガ イ ド ラ イ ン よ り ) > R. G. Miller、 C. E. Jackson、 E. J. Kasarskis、 J. D. England、 D. Forshew、 W. Johnston、 S. Kalra、 J.
S. Katz、 H. Mitsumoto、 J. Rosenfeld、 C. Shoesmith、 M. J. Strong、 and S. C. Woolley
Practice Parameter update: The care of the patient with amyotrophic lateral sclerosis: Drug、 nutritional、
and respiratory therapies (an evidence-based review): Report of the Quality Standards Subcommittee of the
American Academy of Neurology、 Neurology. 2009 Oct; 73: 1218 - 1226.よ り 改 変 .
30 / 123
・ 主 観 的 な 指 標 と 客 観 的 な 指 標 が 相 関 し な い こ と も よ く あ り ま す 。た と え ば 呼 吸 機 能 低 下 が 緩 徐 に
進 行 し た 場 合 、動 脈 血 ガ ス で CO2 が か な り 蓄 積 し て い る に も か か わ ら ず 呼 吸 苦 の 徴 候 が な い 場 合 も
あ り ま す 。 ・ ま た 、と き に は 呼 吸 困 難 が あ っ て も 血 液 ガ ス に 変 化 の な い 場 合 も あ り ま す 。患 者 ひ と り ひ と り の
状 況 を み て 、 検 査 所 見 だ け で な く 総 合 的 に 判 断 す る こ と が 必 要 で す 。 ■ 人 工 呼 吸 器 の 実 際 の 導 入 と 注 意 点 1. 非 侵 襲 的 人 工 換 気 ( NPPV/NIV、 商 品 名 BiPAP な ど ) 【 対 象 疾 患 】 • ALS、 MSA( シ ャ イ ・ ド レ ー ガ ー 症 候 群 な ど )、 各 種 筋 ジ ス ト ロ フ ィ ー な ど 。 • MSA で は ‘ sleep-induced laryngomalacia’ な ど の 有 無 を 事 前 に 耳 鼻 科 的 に 確 認 す る 必 要 が あ り
ま す 。 ま た ALS で も floppy epiglottis( 喉 頭 軟 化 症 ) を 起 こ し た 症 例 の 報 告 も あ り 、 ALS で も 導
入 時 に 注 意 が 必 要 で す 。 • ALS・ 筋 ジ ス ト ロ フ ィ ー な ど の 呼 吸 筋 麻 痺 : 換 気 量 を 確 保 、 MSA: 無 呼 吸 時 の バ ッ ク ア ッ プ 。 • 患 者 ( 意 識 が あ る 場 合 ) が 希 望 し 装 着 の 必 要 性 が 理 解 で き る こ と が 前 提 に な り ま す 。 【 禁 忌 】 • 患 者 本 人 の 協 力 が 得 ら れ な い と き 、 痰 や 流 涎 が あ ま り に も 多 い と き 。 【 合 併 症 】 • TPPV ほ ど で は な い も の の 、 気 胸 や 陽 圧 換 気 に よ る 胸 腔 内 圧 上 昇 で 血 圧 低 下 な ど 。 • 尿 量 減 少 な ど 。 【 設 定 の 基 本 的 考 え 方 】 • 神 経 難 病 の 場 合 、呼 吸 器 疾 患 が 併 存 し て い な い か ぎ り 、肺 の 機 能 自 体 は 正 常 で あ る と い う こ と を
念 頭 に お き ま す 。 • ALS や 筋 ジ ス ト ロ フ ィ ー な ど で は 換 気 量 を 確 保 す る こ と を 第 一 に 考 え ま す 。 【 導 入 時 の IPAP と EPAP の 設 定 方 針 】 ◇ 換 気 量 の 確 保 に は ・・・IPAP 圧 を 上 げ て( 最 初 は 6mmH 2 O)、EPAP 圧 は 最 低 レ ベ ル に 下 げ ま す( 2-4 mmH 2 O) ◇ 酸 素 化 の 改 善 ( SpO2 を 上 げ る ) に は ・・・EPAP 圧 を 上 げ ま す ( 4-6 mmH 2 O) ◇ MSA で は 声 帯 の 狭 窄 を 減 ら す た め に EPAP 圧 を 上 げ る ( 4-8 mmH 2 O) ◇ た だ し EPAP 圧 を 上 げ る と 息 苦 し さ ( 吐 き に く い ) 感 が 出 て く る こ と も あ り ま す 。 ◇ 最 近 、 AVAPS( average volume assured pressure support) や auto EPAP な ど 新 し い 機 能 が
付 属 し て い る NPPV も あ り ま す 。 た だ 急 激 に 呼 吸 不 全 が 悪 化 し た な ど 何 ら か の 理 由 が な い 限 り 、 導
入 当 初 は こ れ ら の 機 能 は 使 わ ず に 設 定 し た 方 が 調 整 時 に 複 雑 で な く 調 整 し や す い と 思 わ れ ま す 。 【 マ ス ク の 違 い ・ 選 択 】 • 鼻 マ ス ク と フ ル フ ェ イ ス マ ス ク ( 鼻 口 マ ス ク ) が 一 般 的 で す 。 両 方 用 意 し て 、 そ れ ぞ れ 試 し て か
ら 決 定 し ま す 。 31 / 123
• 鼻 マ ス ク の 方 が 安 全 な 面 も あ り ま す が 、フ ル フ ェ イ ス マ ス ク の 方 が 確 実 に 換 気 で き る こ と が 多 い
よ う で す 。 • 鼻 マ ス ク は 鼻 閉 ・ 鼻 茸 な ど 鼻 に 関 す る 疾 患 が あ る と 使 い に く い よ う で す 。 • 口 を 開 け て 寝 る 人 は フ ル フ ェ イ ス マ ス ク が 適 し て い ま す 。 • 構 音 障 害 が 軽 度 で 声 に よ る コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン が で き る 患 者 さ ん の 場 合 、フ ル フ ェ イ ス は 声 が こ
も る た め 、 睡 眠 中 は フ ル フ ェ イ ス マ ス ク 、 日 中 は 鼻 マ ス ク と 使 い 分 け る と よ い こ と が あ り ま す 。 • ど う し て も 口 が 開 く 場 合 は 「 チ ン ス ト ラ ッ プ 」( 開 口 防 止 の バ ン ド ) も あ り ま す が 、 有 効 で な い
場 合 も 多 い よ う で す 。 • 鼻 マ ス ク よ り フ ル フ ェ イ ス マ ス ク の 方 が IPAP 圧 を 上 げ や す い で す 。 【 モ ー ド 】 • 機 種 に よ っ て 異 な り ま す が 、自 発 呼 吸 優 先 と 強 制 換 気 挿 入 の 2 つ の モ ー ド を 有 す る 場 合 が 多 い で
す 。 • 導 入 時 は 自 発 呼 吸 優 先 の モ ー ド で 行 い ま す 。 • 呼 吸 状 態( NPPV の ア ラ ー ム の 回 数 や 患 者 の 楽 さ を み な が ら )に よ っ て は 強 制 換 気 挿 入 の モ ー ド に
変 更 し ま す 。 • 強 制 換 気 挿 入 の モ ー ド は
、バ
、ッ
、ク
、ア
、ッ
、プ
、が
、あ る の で 安 全 で す が 、自 発 呼 吸 の 状 況 に よ っ て は フ ァ イ
テ ィ ン グ が お こ り や す い 傾 向 が あ り ま す 。 • 無 呼 吸 が 多 い 場 合 は 最 初 か ら 強 制 換 気 挿 入 の モ ー ド で 行 う こ と も あ り ま す 。 【 使 用 開 始 後 継 続 時 の 各 種 設 定 】 個 々 に SPO2 モ ニ タ ー や 動 脈 血 ガ ス 、 患 者 の 呼 吸 苦 の 有 無 な ど で 調 節 し ま す 。 ① IPAP/EPAP • IPAP 圧 を 中 心 に 増 量 し て い き ま す 。 • ALS で は 、 EPAP 圧 は 低 い ほ う が 苦 痛 が 少 な く 、 換 気 量 が 確 保 さ れ ま す 。 • IPAP 圧 を 上 げ て も SpO2、PaO2 が 上 が ら な い と き は 酸 素 の 併 用 ま た は EPAP を 上 げ る こ と も 考 え ま
す 。 、、
● ALS の 場 合 : 導 入 開 始 時 設 定 の 目 安 ( 何 れ も PaCO2 は room air で の 値 ) ・ PaCO2 45-55mmHg・・・自 発 呼 吸 優 先 の モ ー ド 、 IPAP 6-8 mmH 2 O・ EPAP 2-4 mmH 2 O ・ PaCO2 55-65mmHg・・・自 発 呼 吸 優 先 /強 制 換 気 挿 入 の モ ー ド 、 IPAP 8-12 mmH 2 O・ EPAP 2-4mmH 2 O ・ PaCO2 65mmHg 以 上 ・・・強 制 換 気 挿 入 の モ ー ド 、 IPAP 10-16 mmH 2 O・ EPAP 2-4 mmH 2 O ② 呼 吸 回 数 ・ 12-15 回 で I: E 比 を み な が ら 調 整 し ま す 。 ③ ト リ ガ ー ・ 最 初 は 設 定 で き る 範 囲 の 中 間 の 値 か ら 始 め ま す 。 ・ 患 者 さ ん が 吸 気 が 弱 い と 言 わ れ る 時 に は IPAP を 上 げ る 以 外 に も 、 吸 気 ト リ ガ ー を 敏 感 に し て 早
め に 吸 気 を 行 わ せ る こ と で IPAP 圧 や 換 気 量 を 確 保 し 吸 気 の 弱 さ を カ バ ー す る 方 法 す る 方 法 も あ り
ま す 。逆 に 強 い と 言 わ れ る 時 に は IPAP を 下 げ る 以 外 に も 、吸 気 ト リ ガ ー を 鈍 く す る 方 法 も あ ま す 。
ま た 呼 気 し に く い 、す な わ ち 息 を 吐 き に く い と い わ れ る 時 に は 、呼 気 ト リ ガ ー を 敏 感 に し て 呼 気 の
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タ イ ミ ン グ を 早 め る 方 法 も あ り ま す 。 ④ ラ イ ズ タ イ ム ・ 最 初 は 設 定 で き る 範 囲 の 中 間 の 値 か ら 始 め る こ と が 多 い で す 。 ・患 者 さ ん が 吸 気 が 弱 い と い う 時 に は 、IPAP を 上 げ る 以 外 に も ラ イ ズ タ イ ム を 速 く 立 ち 上 が る よ う
に し て IPAP 圧 や 換 気 量 を 確 保 し 吸 気 の 弱 さ を カ バ ー す る 方 法 す る 方 法 も あ り ま す 。 逆 に 強 い と 言
う と き に は IPAP を 下 げ る 以 外 に も ラ イ ズ タ イ ム を 遅 め に す る 方 法 も あ り ま す 。 ⑤ 最 大 /最 小 吸 気 時 間( モ ー ド に も よ り ま す が NPPV の 種 類 に よ っ て は 最 大 /最 低 吸 気 時 間 な ど を 設
定 で き ま す ) • 機 種 に よ っ て は I : E 比 を モ ニ タ ー で き る も の も あ り 、 I: E 比 を み な が ら 調 整 し ま す 。 ・ 機 種 や 設 定 に よ っ て は あ ま り に 最 小 吸 気 時 間 が 短 い と IPAP 圧 が 十 分 に 上 が ら な か っ た り す る の
で 注 意 が 必 要 で す 。状 況 に も よ り ま す が 最 小 吸 気 時 間 は 0.3〜 0.4 秒 以 上 に し た 方 が 良 い で し ょ う 。 ・ 機 種 や 設 定 に よ っ て は あ ま り に 最 大 吸 気 時 間 が 長 い と 息 が 吐 き に く く な る こ と が あ り ま す 。 I:E
比 な ど を 見 な が ら で す が 、 最 大 吸 気 時 間 は 2 秒 以 下 に し た ほ う が 良 い で し ょ う 。 ⑥ 適 正 な リ ー ク ・IPAP の 圧 や マ ス ク の 種 類 、発 声 可 能 か ど う か な ど に も よ り ま す が リ ー ク は 15−35L/分 が 目 安 で す 。 ⑦ ア ラ ー ム • 機 器 に よ っ て ア ラ ー ム の 設 定 が 異 な り ま す が 、低 圧 ア ラ ー ム は IPAP 圧 の 80%程 度 が 目 安 と な り ま
す 。 • ア ラ ー ム は 高 め の 感 度 が 安 全 で す が 、感 度 を 高 く 設 定 す る と ア ラ ー ム が 頻 発 し ま す 。実 際 の 状 況
を み て 設 定 す る 必 要 が あ り ま す 。例 え ば MSA で は 無 呼 吸 の ア ラ ー ム を 敏 感 に 設 定 し す ぎ る と 中 枢 性
無 呼 吸 が 頻 発 し た 時 に 無 呼 吸 の ア ラ ー ム が 頻 発 す る こ と が あ り ま す 。中 枢 性 無 呼 吸 の 程 度 を 把 握 し
て ア ラ ー ム を 設 定 す る 必 要 が あ り ま す 。 • ア ラ ー ム と 原 因 の チ ェ ッ ク ◇ 低 圧 ア ラ ー ム : マ ス ク ・ 回 路 か ら の 漏 れ を 確 認 ◇ 低 換 気 ア ラ ー ム:マ ス ク・回 路 か ら の 漏 れ 、自 発 呼 吸 の 低 下( → IPAP 圧 高・モ ー ド 変 更 を 検 討 ) ◇ 高 圧 ア ラ ー ム : 回 路 の 閉 塞 ・ 呼 気 ポ ー ト が あ る マ ス ク で は 呼 気 ポ ー ト の 閉 塞 → 回 路 ・ マ ス ク の
交 換 ◇ フ ァ イ テ ィ ン グ 」 の 可 能 性 ( モ ー ド の 変 更 、 IPAP 圧 減 や ト リ ガ ー の 設 定 の 見 直 し ) 【 加 湿 器 】 • 季 節 や 湿 度 に も よ り ま す が 、 1-2 時 間 以 上 連 続 で 装 着 す る と き は 必 要 で す 。 ・ 個 人 差 が あ り ま す が 、呼 気 時 に マ ス ク が う っ す ら 白 く な る か ど う か ぐ ら い が ち ょ う ど い い 加 湿 状
態 の よ う で す 。 • マ ス ク に 水 滴 が び っ し り つ い て い る と き は 口 腔 内 に 垂 れ こ む の で 加 湿 器 の 強 さ を 弱 く し ま す 。 • 水 を 入 れ る 容 器 も 定 期 的 に 洗 浄 す る 必 要 が あ り ま す 。 ・ メ ー カ ー が 限 ら れ ま す が 、回 路 の 結 露 が ひ ど い と き に は 一 部 に 電 熱 線 が 入 っ た 回 路 を 使 用 す る こ
ともあります。その他結露予防として、できるだけ布団の下に入れるようにするなどありますが、
呼 気 弁 を ふ さ が な い よ う に 注 意 が 必 要 で す 。 【 酸 素 と の 併 用 】 • 換 気 量 が 十 分 に も か か わ ら ず 低 酸 素 の と き は 酸 素 の 併 用 を 行 い ま す 。 • 機 種 に よ っ て は 、 回 路 に は さ む 専 用 の ア ダ プ タ ー が あ り ま す 。 ・ マ ス ク 自 体 に 酸 素 を 接 続 す る 部 位 を も つ 型 も あ り ま す 。し か し 死 腔 等 の 関 係 で 回 路 に は さ む ア ダ
プ タ ー を 推 奨 し て い る メ ー カ ー も あ り ま す 。 ま た NPPV の 機 器 自 体 に 酸 素 接 続 口 が あ る も の も あ り
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ま す 。 【 内 部 バ ッ テ リ ー の 有 無 と 外 部 バ ッ テ リ ー 】 • 機 種 に よ っ て は 内 部 バ ッ テ リ ー を 内 蔵 し て い ま す 。 • 2 4 時 間 連 続 装 着 な ど 長 時 間 装 着 の 場 合 は 、停 電 や 災 害 に 備 え て 外 部 バ ッ テ リ ー の 準 備 と ア ン ビ ュ
ー バ ッ グ が 必 須 で す 。 ど ち ら も 使 い 方 を 指 導 す る 必 要 が あ り ま す 。 ・ 平 成 24 年 度 の 診 療 報 酬 改 定 で 人 工 呼 吸 器 の 外 部 バ ッ テ リ ー が 保 険 適 応 ( 正 確 に は 人 工 呼 吸 器 加 算 が 7,000 点 で あ っ た も の が 改 訂 で 7,480 点 と な り 、 こ の 増 加 分 に 外 部 バ ッ テ リ ー
お よ び バ ッ グ バ ル ブ マ ス ク の 費 用 が 入 る ) と な り ま し た 。 NPPV や TPPV 等 の 電 源 を 停 電 時 な ど に 車 の シ ガ ー ソ ケ ッ ト や コ ン セ ン ト か ら 電 源 を と っ た り ポ ー
タ ブ ル 発 電 機 か ら 電 源 を と っ た り す る 方 法 も 行 わ れ て い ま す が 、 NPPV や TPPV の 電 源 と し て 使 用
するには「ノイズの少ない正弦波のインバータ電源(インバ ータの出力波形は矩形波と正弦
波 が あ る ) 」 の も の が 推 奨 さ れ て い ま す 1 2 )。 ノ イ ズ の 多 い 矩 形 波 で は NPPV や TPPV に 悪 影 響
を及ぼすことがあり、不明な場合はメーカーに問い合わせる必要があります。また不明なままで
や む を え ず 使 用 す る 場 合 は 、 で き る だ け 外 部 バ ッ テ リ ー の 充 電 の 目 的 に 使 用 し 、 NPPV や TPPV を
直 接 つ な げ る 電 源 と し て は 使 用 し な い 方 が い い で し ょ う 。 【 長 時 間 装 着 に よ る 鼻 部 の 皮 膚 ト ラ ブ ル 】 • 長 時 間 装 着 の 場 合 は 鼻 や 頬 に び ら ん や 潰 瘍 が で き る 場 合 が あ り ま す 。 • 対 策 と し て ◇ バ ン ド を 強 く 締 め す ぎ な い 。患 者 さ ん 個 人 の 好 み も あ り ま す が リ ー ク 過 多 ぎ り ぎ り の 緩 さ( 少
し 漏 れ る ぐ ら い ) で も か ま わ な い 。 ◇ 複 数 の 種 類 の マ ス ク を 用 意 し 、 適 宜 交 換 す る こ と で 同 じ 場 所 に 圧 が か か ら な い よ う に し ま す 。 ◇ 褥 瘡 で 使 用 す る よ う な 保 護 材( 薄 い 方 が リ ー ク が 少 な い )や シ リ コ ン シ ー ト( 商 品 例 ス ミ ス ・
ア ン ド ・ ネ フ ュ ー CICA-CARE( シ カ ケ ア ) な ど ) を 使 用 し て 保 護 し ま す 。 ・ 入 れ 歯 を い れ て い な い 場 合 な ど 口 角 の 部 分 が く ぼ み 漏 れ や す く な る の で 、つ い き つ く 締 め て し ま
う こ と が あ る 。 保 護 材 な ど で 補 充 し 、 で き る だ け 一 点 に 圧 が か か り す ぎ な い よ う に 工 夫 し ま す 。 ・ ト ー タ ル フ ェ イ ス マ ス ク や 頭 か ら か ぶ る ヘ ル メ ッ ト 型 マ ス ク ( ス タ ー メ ッ ド 社 製 商 品 名
CASTAR "R 」)、 布 製 マ ス ク ( 商 品 名 「 ス リ ー プ ウ ィ ー バ ー 」) な ど も あ る 。 但 し 、 呼 吸 器 会 社 に よ
っ て は 指 定 以 外 の マ ス ク を 使 用 す る こ と を 推 奨 し て い な い 場 合 も あ り 、確 認 が 必 要 で す 。実 際 は 使
用 に 際 し て モ ニ タ ー 値 が 正 確 に な ら な い こ と は あ っ て も 、換 気 が 問 題 に な る こ と は な い と 思 い ま す 。 【 分 泌 物 の 喀 出 困 難 】 • TPPV を 希 望 さ れ な い 場 合 、 輪 状 甲 状 間 膜 穿 刺 を 併 用 す る と 有 効 な 場 合 が あ り ま す 。 ・ フ ル フ ェ イ ス マ ス ク ( 鼻 口 マ ス ク ) を 用 い て い て も 、 排 唾 管 を 用 い た り ( マ ス ク の 種 類 に よ っ て
は 酸 素 チ ュ ー ブ の 接 続 口 が あ る も の も あ り 、こ れ ら を 利 用 し て )唾 液 用 低 圧 持 続 吸 引 器 を 併 用 す る
こ と も あ り ま す 。 • カ フ ア シ ス ト( 排 痰 補 助 装 置 )を 利 用 す る こ と も で き ま す が 、中 枢 気 道 ま で 上 が っ た 分 泌 物 で 窒
息 状 態 と な る こ と が あ る の で 、 カ フ ア シ ス ト の 使 用 と 吸 引 に 熟 練 が 必 要 で す 。 【 導 入 時 の 注 意 点 】 • マ ス ク の フ ィ ッ テ ィ ン グ が 導 入 の 可 否 を 分 け る 最 初 の 大 き な ポ イ ン ト で す 。決 し て メ ー カ ー 担 当
者 ま か せ に せ ず 、 主 治 医 が そ ば に い て 細 か な 調 整 を 行 い ま す ( 特 に MSA で は ( ALS で も 報 告 あ り )
floppy epiglottis( 喉 頭 軟 化 症 ) の 報 告 も あ り 、 少 な く と も 初 回 導 入 時 は 医 師 が 立 ち 会 っ た 方 が
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安 全 ) 。 患 者 さ ん に 声 を か け て 表 情 な ど を 見 な が ら 恐 怖 感 を 減 ら し ま す 。 • 最 初 の 導 入 時 に は い き な り マ ス ク を 着 け て 始 め る の で は な く 、 手 な ど に NPPV の 気 流 を 当 て て 、
ど の く ら い の 気 流 が 入 っ て く る か を 事 前 に 知 っ て も ら い ま す 。少 し で も 恐 怖 感 を 減 ら す た め に 有 用
で す 。 • 患 者 さ ん に 自 信 を 持 っ て も ら う た め に 、上 手 に で き て い る 時 も き ち ん と 声 を か け て( 褒 め て )く
ださい。患者さんの性格(短 気 かが ま ん 強 い かなど)を把握して導入のペースを調整することも
重 要 で す 。 ・ で き れ ば ご 家 族 に も 実 際 に NPPV を 弱 い 設 定 で 数 秒 間 装 着 あ る い は 手 な ど に 当 て て 「 体 験 」 し て
も ら い 、 ど の よ う な 器 械 で あ る の か ・ 使 う 目 的 な ど の 理 解 の 一 助 に し て も ら う 方 法 も あ り ま す 。 【 NPPV の 新 し い 機 能 】 最 近 の NPPV で は メ ー カ ー に よ る と こ ろ も あ り ま す が 、い ろ い ろ な 新 し い 機 能 が 追 加 さ れ て い ま す 、 ① AVAPS( average volume assured pressure support) ・ IPAP 圧 を 一 定 で は な く あ る 程 度 幅 を 持 た せ て 設 定 ( 下 限 = IPAP min、 上 限 = IPAP max) し 、 患
者 が 必 要 な 換 気 量 ( target t idal v olume) も 設 定 し 、 で き る だ け そ の 間 器 量 が 確 保 で き る よ う に
IPAP を 設 定 し た 幅 で 調 整 す る 機 能 で す 。IPAP 圧 が こ れ 以 上 上 げ に く い と き な ど あ る 程 度 呼 吸 不 全
が 進 行 し た 場 合 な ど に 有 効 で す 。 ② auto EPAP ・ 患 者 さ ん の 上 気 道 抵 抗 に 合 わ せ て 上 気 道 閉 塞 を お こ さ な い EPAP に 自 動 的 に 調 整 す る 機 能 で す 。
MSA な ど で 有 効 で す 。 ③ 設 定 の 複 数 記 憶 ・IPAP 圧 な ど の 設 定 を 複 数 記 憶 で き る 機 能 で す 。例 え ば 日 中 覚 醒 時 と 夜 間 入 眠 時 の 2 種 類 の 設 定 を
記 憶 さ せ 、 夜 間 入 眠 前 に 複 雑 な ス イ ッ チ 操 作 な し に 設 定 を 変 更 で き ま す 。 【 NPPV の 限 界 】 • IPAP 圧 を 上 げ て も 、 ま た AVAPS( average volume assured pressure support) な ど の 新 し い 機
能 を 使 用 し て も 呼 吸 苦 が 改 善 し な い 、圧 を 高 く す る と か え っ て 苦 し い 、動 脈 血 ガ ス な ど の 検 査 値 が
改 善 し な い と き( 個 人 差 や マ ス ク の 種 類 に も よ り ま す が IPAP18-20 m mH 2 O が 限 界 の こ と が 多 い で す )。 ■ NPPV の 限 界 が く る 前 に ・24 時 間 NPPV に な る 前 に 、そ の 以 上 条 件 を 強 く し た り 使 用 時 間 を 延 長 し て い く の か 、別 な 方 法( 酸
素 投 与 や モ ル ヒ ネ の 使 用 な ど ) で 呼 吸 苦 の 緩 和 を 行 う の か 、 方 針 に つ き 意 思 確 認 が 必 要 で す 。 NPPV の 限 界 が く る 前 に 、 限 界 が 来 た と き TPPV を 選 択 す る の か 、 し な い の か を 決 め て お く 必 要 が あ
り ま す 。 NPPV を 導 入 す る 前 に も 、 NPPV で は 限 界 が あ る こ と に つ い て と そ の 時 点 で の 意 思 確 認 が 必
要 で す 。 ・ TPPV を 希 望 し な い 場 合 は 、 苦 痛 緩 和 を 優 先 し た 対 応 が 重 要 と な り ま す 。 ■ 外 来 /在 宅 で の NPPV の 導 入 ・ NPPV の 取 り 扱 い に な れ た 医 師 で あ れ ば 外 来 /在 宅 で の 導 入 も 可 能 で す 。 ・外 来 の 場 合 、マ ス ク フ ィ ッ テ ィ ン グ を 行 い 、受 け 入 れ が 良 け れ ば 可 能 な 範 囲 の 施 行 か ら 行 い ま す 。 35 / 123
■ NPPV の ト ラ ブ ル ・ 突 然 停 止 す る 、 と い う NPPV 機 器 ト ラ ブ ル が お き る こ と も あ り ま す 。 ・ 対 応 が 進 ん で い ま す が 、 機 器 に よ っ て は 痰 の 吸 引 な ど で NPPV を 作 動 さ せ た ま ま マ ス ク を 外 す と
NPPV 本 体 に 負 荷 が か か り 、 負 荷 防 止 の 「 安 全 装 置 」 が 働 い て NPPV が 止 ま っ て し ま う こ と も あ り ま
す 。 ・通 常 、NPPV の メ ー カ ー は ト ラ ブ ル に 対 し て は 24 時 間 対 応 で す 。そ の 連 絡 先 を 確 認 し て お き ま す 。 ・24 時 間 連 続 装 着 な ど 長 時 間 の 装 着 の 場 合 、ア ン ビ ュ ー バ ッ グ や( メ ー カ ー 次 第 で す が )予 備 機 の
導 入 な ど も 検 討 す る 必 要 が あ り ま す 。 ・メ ー カ ー の サ ポ ー ト 体 制 も 非 常 に 重 要 で す 。NPPV の 機 器 選 定 に 際 し て は 、必 ず メ ー カ ー の サ ポ ー
ト 体 制 ( 連 絡 先 、 マ ス ク の 種 類 な ど ど こ ま で 対 応 可 能 か な ど ) を 確 認 し ま す 。 ・ま た 医 師・看 護 師・臨 床 工 学 士 な ど の 医 療 従 事 者 と メ ー カ ー と の 連 携 も 非 常 に 重 要 で す 。メ ー カ
ー の 担 当 者 は 定 期 的 に 患 者 宅 を 訪 問 し て お り 、在 宅 で の 使 用 状 況 に つ い て メ ー カ ー の 担 当 者 に 尋 ね 、
デ ー タ 解 析 や 情 報 を 得 る こ と で 設 定 調 整 の ヒ ン ト に な る こ と も あ り ま す 。 ・各 種 の 設 定 を 変 え て も SPO2 や 動 脈 血 ガ ス で PaO2 の 低 下 が 続 い た り PaCO2/EtCO2 の 上 昇 が 改 善 し
な い 、 ま た CO2 ナ ル コ ー シ ス の 状 態 が 続 く と き 。
・痰 が 多 く 気 管 切 開 が 必 要 に な っ た と き( NPPV と 輪 状 甲 状 間 膜 穿 刺 を 併 用 す る 方 法 も あ り ま す )。 ・ 機 器 に よ っ て は 使 用 中 の デ ー タ 分 析 が で き る も の も あ り ま す が 、そ の デ ー タ で 強 制 換 気 が ほ
と ん ど の と き ・ 自 発 呼 吸 が ほ と ん ど な く 、 NPPV の 設 定 を 変 更 し て も 改 善 が で き な い と き 。 2. 気 管 切 開 下 人 工 換 気 ( TPPV、 TIV) 【 対 象 疾 患 】 • ALS、 MSA( シ ャ イ ・ ド レ ー ガ ー 症 候 群 な ど )、 各 種 筋 ジ ス ト ロ フ ィ ー な ど 。 【 導 入 を 検 討 す る 時 期 】 ・近 年 、NPPV が 普 及 し 、ま ず NPPV を 導 入 す る こ と が 多 く な り ま し た 。NPPV は 、TPPV を 行 う か ど う
か を 決 め る た め の 猶 予 期 間 と し て の 意 味 も あ り ま す 。 NPPV の 限 界 が き た 場 合 や NPPV で は 対 応 で き
な く な っ た 場 合 な ど に 、 TPPV の 導 入 を 検 討 し ま す 。 【 導 入 と 注 意 点 】 • 呼 吸 器 疾 患 の 合 併 や 併 存 が な い 限 り 、 換 気 量 確 保 を 主 眼 に 置 き ま す 。 • 導 入 時 は SIMV( 同 期 式 間 欠 的 強 制 換 気 ) +PS( 圧 支 持 換 気 ) か ら 行 う こ と が 多 い で す 。 • ALS や 一 部 の 筋 ジ ス ト ロ フ ィ ー で は 次 第 に 自 発 呼 吸 が な く な り 、従 量 式 調 節 換 気( VCV)な ど の 調
節 換 気 に 移 行 す る こ と が あ り ま す 。 • フ ァ イ テ ィ ン グ 、 緊 張 性 気 胸 に 注 意 し ま す 。 • PaO2 は 80-120mmHg 程 度 に 目 標 値 を 設 定 し ま す 。 • 慢 性 的 に PaCO2 が 高 か っ た 場 合 は 、急 激 に PaCO2 を 正 常 に 戻 す と 呼 吸 性 ア ル カ ロ ー シ ス を 生 じ る
こ と が あ る の で PaCO2 の 目 標 値 を や や 高 め に 設 定 し 、pH を 見 な が ら 調 整 し ま す 。ま た 終 末 呼 気 炭 酸
ガ ス 分 圧 測 定 装 置( カ プ ノ メ ー タ ー )が 使 用 で き る 場 合 は 持 続 的 に etCO2 を 測 定 し な が ら 調 整 し て
も い い で し ょ う 。 • ALS で も 自 発 呼 吸 が ま だ あ る 程 度 残 っ て い る 場 合 は 、 日 中 を 中 心 に あ る 程 度 外 す こ と も 可 能 な 場
合 が あ り ま す 。 • 人 工 呼 吸 器 は 機 器 の 種 類 に よ っ て 同 じ モ ー ド で も 呼 び 名 が 違 う 場 合 や 、機 器 特 有 の 機 能 な ど が あ
り 、機 器 そ れ ぞ れ の 特 徴 を 把 握 す る 必 要 が あ り ま す 。た だ 、複 数 の 機 器 の 混 在 は 事 故 の リ ス ク を 高
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め ま す ( 病 院 で は あ る 程 度 、 機 器 の 種 類 を 限 定 す る こ と も や む を え ま せ ん )。 ・ NPPV 同 様 、 メ ー カ ー の サ ポ ー ト 体 制 も 非 常 に 重 要 で す 。 TPPV の 機 器 選 定 に 際 し て は 、 必 ず メ ー
カ ー の サ ポ ー ト 体 制 を 確 認 し ま す 。 ・ TPPV を 導 入 し 在 宅 療 養 に 移 行 す る 場 合 は 、 TPPV の ト ラ ブ ル 時 の 対 処 法 や 回 路 交 換 、 ア ン ビ ュ ー
バ ッ グ の 使 用 方 法 な ど を ご 家 族 に 指 導 す る 必 要 が あ り ま す 。 【 内 部 バ ッ テ リ ー の 有 無 と 外 部 バ ッ テ リ ー 】 • NPPV 同 様 、 機 種 に よ っ て は 内 部 バ ッ テ リ ー を 内 蔵 し て い ま す 。 • 2 4 時 間 連 続 装 着 な ど 長 時 間 装 着 の 場 合 は 、停 電 や 災 害 に 備 え て 外 部 バ ッ テ リ ー の 準 備 と ア ン ビ ュ
ー バ ッ グ が 必 須 で す 。ど ち ら も 使 い 方 を 指 導 す る 必 要 が あ り ま す( NPPV の 同 項 を ご 参 照 く だ さ い )。 37 / 123
■ 呼 吸 不 全 に 対 す る 医 療 処 置 に 関 す る 説 明 ● ポ イ ン ト ・ ま ず 呼 吸 機 能 低 下 に 対 し て 、 何 ら か の 医 療 処 置 を 受 け る 意 志 が あ る か ど う か を 確 認 し ま す 。 ・ 意 思 を 確 認 し 、 必 要 性 に 加 え て 医 療 処 置 の メ リ ッ ト と デ メ リ ッ ト 、 施 行 方 法 な ど を 説 明 し ま す 。 ・ 人 工 呼 吸 器 を 選 択 し な い 場 合 、苦 痛 は す べ て の 人 に あ る も の で は な い こ と( 頻 度 は 疾 患 に よ っ て
異 な る )、 苦 痛 を 緩 和 す る 方 法 が あ る こ と を 説 明 し ま す 。 ・ 繰 り 返 し て の 確 認 で も 意 思 表 明 が な い / で き な い 場 合 、危 険 性 を 十 分 に 説 明 し た 上 で 経 過 を み ざ
る を え ま せ ん が 、で き る だ け 決 定 し て も ら う よ う 努 め る こ と が 必 要 で す 。た だ こ の 場 合 も「 い つ 意
思 が 変 わ っ て も い い 」 こ と を 付 け 加 え る 必 要 が あ り ま す 。 1. 医 療 処 置 に つ い て の 説 明 ① 呼 吸 機 能 障 害 に つ い て • ALS や 筋 ジ ス ト ロ フ ィ ー な ど で は 呼 吸 筋 の 筋 力 低 下 に よ り 、 MSA で は 声 帯 外 転 筋 麻 痺 な ど の 上 気
道 閉 塞 お よ び 中 枢 性 無 呼 吸 に よ り 、呼 吸 機 能 障 害 を 生 じ る こ と が あ る こ と 、呼 吸 不 全 に 対 す る 医 療
処 置 が あ る こ と を 説 明 し ま す 。 ② 呼 吸 機 能 低 下 に 対 す る 医 療 処 置 の 利 点 ・ 欠 点 ( 酸 素 吸 入 、 NPPV に つ い て は 前 項 参 照 ) ③ 気 管 切 開 下 人 工 呼 吸 器 装 着 ( TPPV) に 関 し て • 患 者 さ ん の 「 生 き た い 」 と い う 意 思 が 重 要 で す 。 • 現 在 の 医 療 状 況 下 に お い て は 、TPPV を 行 っ た あ と QOL の 面 や 地 域 の 医 療 資 源 の 問 題 に よ っ て「 在
宅 療 養 」 が 基 本 で あ る こ と を 説 明 す る 必 要 が あ り ま す 。 • 装 着 後 何 年 も ( ALS で は 、 合 併 症 な ど が な け れ ば 7,8 年 、 10 年 以 上 も 決 し て 稀 で は な い ) 生 き る
こ と が 可 能 で す が 、そ の 間 に 病 気 は 確 実 に 進 行 し て い く こ と 、介 護 も 大 変 に な る こ と を 十 分 に 理 解
し て も ら う こ と が 必 要 で す 。 ま た 、 ALS 一 部 の 症 例 で は TLS に な る こ と が あ る と い う 説 明 も 必 要 で
す 。 • 了 解 が 得 ら れ れ ば 、 実 際 に 在 宅 人 工 呼 吸 療 養 を 行 っ て い る 患 者 さ ん ・ ご 家 族 ( 同 じ よ う な 年 齢 、
介 護 ・ 家 庭 状 況 が 望 ま し い )に 直 接 会 っ て 療 養 生 活 を 見 せ て も ら っ た り 、選 択 し な か っ た ご 遺 族 な
ど を 紹 介 し て 話 を 聞 か せ て い た だ い た り す る の も よ い と 思 い ま す 。医 療 者 側 の 価 値 観 で 、選 択 す る
か し な い か を 誘 導 す る よ う な 説 明 は 避 け る べ き で す 。 • ALS の 場 合 、TPPV を し た 方 の 書 籍 や イ ン タ ー ネ ッ ト の ホ ー ム ペ ー ジ が 多 く あ り ま す 。そ の よ う な
書 籍 や ホ ー ム ペ ー ジ を 紹 介 あ る い は 検 索 し て も ら う 方 法 も あ り ま す 。TPPV を 選 択 し な か っ た 方 の 書
籍 な ど は 少 な い も の の い く つ か あ り 1 3 )、 両 方 に 目 を 通 し て も ら う 方 法 も あ り ま す 。 • 在 宅 TPPV を 選 択 す る 場 合 は ご 家 族 に 人 工 呼 吸 器 の し く み を あ る 程 度 理 解 し て も ら い 、作 動 状 態 、
ア ラ ー ム へ の 対 処 、回 路 交 換 や 気 管 カ ニ ュ ー レ が 抜 け た と き に 挿 入 す る 手 技 な ど 、い ざ と な れ ば 行
え る よ う に な っ て も ら う こ と が 必 要 で す 。 • 人 工 呼 吸 器 そ の も の に つ い て は 医 療 保 険 の 適 応 で あ り 、特 定 疾 患 や 身 体 障 害 者 制 度 に よ り 医 療 費
は そ の 疾 患 に つ い て は 経 済 的 負 担 が 軽 減 さ れ ま す 。た だ 、周 辺 物 品 、消 耗 物 品 な ど に 費 用 が か か る
こ と は 理 解 し て も ら わ な け れ ば な り ま せ ん 。導 入 時 に は 自 費 で 負 担 し て 用 意 す る 物 品 に 10−20 万 円
強 か か る こ と も あ り ま す ( 前 項 の よ う に 外 部 バ ッ テ リ ー は 保 険 適 応 と な り ま し た )。 • 停 電 な ど の 災 害 時 に 備 え 、バ ッ テ リ ー や ア ン ビ ュ ー バ ッ グ の 用 意 と 使 用 方 法 の 練 習 な ど 、準 備 が
必 要 で す 。 • 機 器 ト ラ ブ ル に 備 え て メ ー カ ー の 緊 急 連 絡 先 を 確 認 し て お き ま す 。 38 / 123
• 在 宅 療 養 で は 、訪 問 診 療 医 の 確 保 と 、ご 家 族 の み の 介 護 で は 介 護 負 担 が 非 常 に 大 き い た め 各 種 の
支 援 制 度 を 活 用 す る こ と が 必 要 で あ り 、 信 頼 で き る ケ ア マ ネ ー ジ ャ ー を も つ こ と が 重 要 で す 。 • 緊 急 時 の 入 院 先 以 外 に も レ ス パ イ ト 入 院( 介 護 休 暇 目 的 入 院 )対 応 可 能 な 医 療 機 関 の 確 保 と 、療
養 者 へ の 利 用 を 勧 め ま す 。 • 現 在 の 日 本 で は 、 TPPV が 24 時 間 連 続 に な っ た 場 合 、 患 者 や 家 族 の 希 望 が あ っ て も 人 工 呼 吸 器 を
外 す こ と は 殺 人 罪 に 相 当 す る と 判 断 さ れ る 可 能 性 も 否 定 で き ず 、事 実 上 非 常 に 困 難 で す の で 、そ の
こ と も 十 分 説 明 し て お く こ と が 必 要 で す 。 • TPPV の 施 行 を 検 討 す る 頃 に は 、身 体 全 体 の 筋 力 低 下 が 進 行 し て「 寝 た き り 」状 態 で 意 思 の 伝 達 も
ま ま な ら な い こ と が あ り ま す 。こ の よ う な 状 況 に な る 前 に 、何 ら か の 意 志 伝 達 装 置 を 導 入 し 、慣 れ
て お く こ と が 望 ま れ ま す 。 • TPPV が 長 期 に な っ た 場 合 、無 気 肺 の 出 現・拡 大 や 、肺 の コ ン プ ラ イ ア ン ス が 低 下 し て 人 工 呼 吸 器
を 装 着 し て も 換 気 量 が 減 少 し 、著 明 な 呼 吸 苦 を き た す 場 合 も あ り 、こ の よ う な と き に は 苦 痛 緩 和 が
必 要 と な り ま す 。 • TPPV( NPPV で も )で は 機 器 そ の も の 、あ る い は 回 路 の ト ラ ブ ル が お こ る こ と も 知 っ て お く べ き で
す 。 日 常 の 点 検 /管 理 は も ち ろ ん 、 ト ラ ブ ル が お こ っ て も 対 応 策 が あ る ・ と れ る 、 あ る い は 機 器 に
ト ラ ブ ル は お こ る も の と し て 対 策 を と る 「 フ ェ イ ル ・ セ ー フ 」 の 考 え 方 が 必 要 で す 。 • 呼 吸 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン を 継 続 し 喀 痰 の 排 出 を 促 す こ と も 重 要 で す 。 排 痰 補 助 装 置 ( MAC, カ フ ア シ ス ト ) を 利 用 す る 方 法 も あ り ま す ( 平 成 22 年 4 月 か ら 在 宅 人 工 呼 吸 療 法 施 行 中 に 限 っ て
保 険 適 応 )。 • 停 電 な ど 災 害 に 備 え た 準 備 ( 必 要 物 品 の 準 備 の 他 、 安 否 確 認 、 個 別 避 難 計 画 を 含 む )、 地 震 対 策
に 機 器 の 転 落 /転 倒 予 防 な ど も 必 要 で す 。 最 低 3 日 間 は 自 宅 で 対 処 で き る 準 備 が 必 要 と 言 わ れ て い
ま す 。 2. 人 工 呼 吸 器 装 着 を 行 う 意 思 が な い 場 合 • 苦 痛 ( 呼 吸 苦 、 痛 み 、 不 穏 な ど ) が 生 じ た 場 合 、 苦 痛 緩 和 の 方 法 が あ る こ と を 説 明 し ま す 。 • 近 年 、特 に ALS に 対 す る 苦 痛 緩 和 の 認 識 が 広 ま り 施 行 で き る 医 療 機 関 も 増 え て い ま す 。も し 、担
当 医 が 知 ら な か っ た り 経 験 が な か っ た り す る 場 合 は 、経 験 の あ る 医 師 に 相 談 す る こ と も よ い と 思 い
ま す 。 ( 橋 本 司 ) 文献
1) 日 本 神 経 学 会 治 療 ガ イ ド ラ イ ン ALS 治 療 治 療 ガ イ ド ラ イ ン 2013
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報 告 書 巻 : 2004 頁 : 473-478
9) 荒 井 元 美 他( 聖 隷 三 方 原 病 院 神 経 内 科 ):球 麻 痺 症 状 が 比 較 的 軽 度 の 時 点 で 高 度 の
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476-480、 2008
11) 宮 川 沙 織 他( 北 里 大 学 病 院 神 経 内 科 学 )ALS/ MND に お け る RTX( 体 外 式 人 工 呼 吸
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12) 医 療 機 器 の 停 電 対 応 マ ニ ュ ア ル (2013 年 度 版 ) 公 益 社 団 法 人 日 本 臨 床 工 学 技 士 会 医 療 機 器 の 停 電 対 応 マ ニ ュ ア ル 作 成 委 員 会 http://miyazaki-hd.com/images/a8d72f8ba4f6a1747ef9eab0dbec05ec.pdf
13) 40 / 123
第 4章
神経難病における苦痛症状とその対応
担 当 : 高 橋 貴 美 子 先 生 , 難 波 玲 子 先 生
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神 経 筋 疾 患 で は 進 行 期 に さ ま ざ ま な 苦 痛 を 自 覚 し ま す 。 苦 痛 症 状 の 緩 和 は QOL の 向 上
に直結するため非常に重要です。本項では、前述の医療処置以外の薬物療法を中心に症状
別に概説します。
1.倦怠感
筋 力 低 下 を き た す 疾 患 で は 運 動 量 に よ っ て 倦 怠 感 を 自 覚 し ま す 。 ま た 、 重 症 筋 無 力 症 や
多発性硬化症では易疲労感が疾病の特徴です。
い ず れ も 副 作 用 に 注 意 が 必 要 で す が 以 下 の 薬 剤 を 用 い る こ と が あ り ま す 。
【薬物療法】
● カ フ ェ イ ン ; 400 mg/日 ま で 増 量 可
● モ デ ィ オ ダ ー ル ®; 100~ 200 mg/日 , 分 2
● メ ス チ ノ ン ®; 120 mg/日 , 分 2( 朝 昼 食 後 )
ま た 、 う つ 状 態 が 影 響 し て い る 可 能 性 も あ り 、 抗 う つ 薬 が 有 効 な こ と も あ り ま す 。
2.筋力低下
神 経 難 病 の 場 合 、 治 癒 を 望 め な い 筋 力 低 下 が 多 い で す が 、 適 宜 リ ハ ビ リ や 装 具 な ど を 用
い た 対 症 療 法 を 行 い ま す 。( 参 照 : 第 6 章 , リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン )
3.筋緊張亢進・線維束性収縮
錐 体 路 障 害 を 伴 う 病 態 で は し ば し ば 四 肢 の 突 っ 張 り が 苦 痛 と な り ま す 。ALS な ど 終 末 期
になると筋トーヌス(筋の緊張度)は低下することが多いものの、なかには最後まで筋緊
張の強い症例があります。突っ張りには薬物で緊張を取り除いたほうがよいものとそのま
ま残したほうがよいものがあります。麻痺はあっても突っ張りがあるために介助しての立
位 が 保 て る 場 合 も あ り ま す 。 そ の よ う な 場 合 に 抗 痙 縮 薬 を 投 与 す る と か え っ て ADL が 低
下してしまいます。しかし、あまり突っ張りが強いのも筋痙攣をきたして、痛みを生じま
すので、筋緊張を低下させる抗痙縮薬や筋弛緩薬を試みます。
副 作 用 と し て 、倦 怠 感 、眠 気 、脱 力 感 を き た す こ と が あ り ま す の で 注 意 し て 使 用 し ま す 。
【薬物療法】
● 段 階 的 に 用 い る こ と が 多 く 、 リ オ レ サ ー ル ® 15~ 30 mg /日 , 分 3、 テ ル ネ リ ン ® 3~ 9
mg/日 分 , 3( 眠 気 に 注 意 )、 ダ ン ト リ ウ ム ® 50~ 150 mg/日 , 分 2~ 3 の 順 に 、 あ る い は
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組み合わせて投与を試みます。
● セ ル シ ン ®、 リ ボ ト リ ー ル ®、 ガ バ ペ ン ®、 な ど を 用 い る こ と も あ り ま す 。 呼 吸 障
害 の あ る 場 合 の セ ル シ ン ®投 与 で は 呼 吸 抑 制 に 注 意 し ま す 。
● 線 維 束 性 攣 縮 が 多 い た め に 不 眠 と な る 症 例 も あ り ま す が 、セ ル シ ン ®、テ グ レ ト ー ル ®、
ア レ ビ ア チ ン ®、 な ど が 用 い ら れ ま す 。
● こ む ら が え り に は 芍 薬 甘 草 湯 を 用 い る こ と も あ り ま す 。筋 肉 の け い れ ん に 2.5g 服 用 し
ま す (就 寝 前 1 包 )。日 中 も 問 題 な ら 3 包 、分 3 で 使 用 し ま す 。喉 頭 痙 攣 時 に 服 用 し て 効 果
あったという報告もあります。ただ芍薬甘草湯には甘草が多く含まれ偽性アルドステロン
症に注意が必要です。
● 突 っ 張 り が 激 し い 場 合 に は ボ ト ッ ク ス ®注 射 、バ ク ロ フ ェ ン 髄 注 を 用 い る こ と が あ り ま
す ( 保 険 適 用 に 制 限 あ り )。
4 . 痛 み
痛 み の 原 因 と し て は 種 々 あ り ま す が
1 ,2 )、 大 切 な こ と は 、 患 者 さ ん の 訴 え を よ く 聴 く こ
とです。そして、痛みの部位、性質、時間的経過を把握し、診察所見と合わせてその要因
を探ります。慢性化している場合には心理的要因の有無や背景を考慮します。
特 に 容 易 に 生 じ て し ま う 関 節 拘 縮 に よ る 痛 み は 進 行 期 に は 大 き な 障 害 と な る た め 、 病 初
期から筋力低下のある部位の自/他動的関節運動をおろそかにしないことが肝要です。ま
た、痛みは患者さんにとって苦痛であり、痛みを和らげることが最重要課題です。痩せる
と圧迫による痛みを生じるので、痩せさせないことも重要です。
物理的方法
不 動 や 圧 迫 で 生 ず る 痛 み に は 、体 位 交 換( 体 位 交 換 ベ ッ ド も 有 用 )、マ ッ ト・ク ッ シ ョ ン・
抱き枕などを使用して痛みを生じにくい姿勢を保持することが大切です。また、関節の運
動 、マ ッ サ ー ジ( エ ア マ ッ サ ー ジ 器 の 利 用 も よ い で し ょ う )、鍼 灸 、温 め る な ど の 運 動 療 法
や物理療法も行ってみます。
薬物療法
物 理 的 方 法 だ け で は 痛 み が と れ な い 場 合 や 、 ほ か の 要 因 で 生 じ た 痛 み に 対 し て は 、 薬 物
療法を行うことになります。
① 神 経 の 障 害 に よ る 痛 み に 対 し て
神 経 因 性 疼 痛 は 、神 経 支 配 領 域 に 一 致 し て 、ビ リ ビ リ・チ ク チ ク す る 、針 で 刺 す よ う な 、
電気が走るようななどと表現され、痛覚過敏を伴うことが多くみられます。
・ 抗 痙 攣 薬( 疼 痛 に は 保 険 適 用 外 の こ と が 多 い ):リ ボ ト リ ー ル ® 1~ 4 mg/日 , 分 2、ア
レ ビ ア チ ン ® 100~ 200 mg/日 , 分 2、テ グ レ ト ー ル ®( 三 叉 神 経 痛 に 保 険 適 用 あ り )100~
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200 mg/日 , 分 2、 ガ バ ペ ン ® 600~ 1,200 mg/日 , 分 3、 リ リ カ ® カ プ セ ル ( 末 梢 神 経 障 害
性 疼 痛 の 保 険 適 用 あ り ) 150~ 300 mg/日 , 分 2 な ど 。
・ 三 還 系 抗 う つ 薬( 保 険 適 用 外 )
:三 環 系 、四 環 系 抗 う つ 薬:ト リ プ タ ノ ー ル ® 30~ 75 mg/
日 , 分 3、 ト フ ラ ニ ー ル ® 30~ 75 mg/日 , 分 2~ 3
* 経 管 で 投 与 す る 場 合 、粉 砕 し た と き の 溶 解 性 か ら ト リ プ タ ノ ー ル ® の ほ う が よ い で す 。
・ 自律神経が関与した痛みは、交感神経ブロックが有効といわれています。
② 不 動 や 圧 迫 に よ る 筋 骨 格 系 の 痛 み に 対 し て
・ ア セ ト ア ミ ノ フ ェ ン や 非 ス テ ロ イ ド 性 抗 炎 症 薬 ( nonsteroidal anti-inflammatory
drugs; NSAIDs)な ど の 鎮 痛 薬 を 使 用 し ま す 。比 較 的 半 減 期 が 長 く( 5~ 9 時 間 )、副 作 用
も 多 く な い セ レ コ キ シ ブ ( セ レ コ ッ ク ス ®) な ど を 用 い ま す 。 ア セ ト ア ミ ノ フ ェ ン の 注 射
薬 で は 、ア セ リ オ 静 注 液 1000mg が 使 え る よ う に な り 、ポ ー ト な ど 造 設 し て い る 場 合 は 一
回 300-1000mg を 15 分 か け て 静 脈 内 投 与 し ま す 。 投 与 間 隔 は 4-6 時 間 あ け ま す 。 ま た 、
関節痛に対しては関節内注射が有効な場合もあります。
* NSAIDs は 、胃 粘 膜 の び ら ん や 潰 瘍 を き た し 出 血 す る こ と も あ る た め 、長 期 に 使 用 す る
と き に は 抗 潰 瘍 薬 ( H2 ブ ロ ッ カ ー 、 プ ロ ト ン ポ ン プ 受 容 体 拮 抗 薬 ) を 併 用 し た ほ う が よ
いでしょう。
③ 痙 縮 な ど に よ る 筋 骨 格 系 の 痛 み 、 有 痛 性 筋 痙 攣 に 対 し て
・ リ オ レ サ ー ル ® 15~ 30 mg/日 , 分 3、 テ ル ネ リ ン ®3~ 9 mg/日 , 分 3( 眠 気 に 注 意 )、 ダ
ン ト リ ウ ム ® 50~ 150 mg/日 , 分 2~ 3、 リ ボ ト リ ー ル ®0.5~6mg/日 、 分 1~3、 ガ バ ペ ン
®600~1800mg/日 、 分 3 な ど を 用 い る こ と も あ り ま す 。
・抗 う つ 薬 の 併 用:鎮 痛 補 助 薬 と し て の 効 果 も あ り ま す 。サ イ ン バ ル タ ®( SNRI)20~40/
日 、 分 1、 リ フ レ ッ ク ス ®(NaSSA)15mg/日 、 分 1 な ど を 併 用 し ま す が 、 MAO 阻 害 薬 投
与中の場合は併用禁忌になっていますので注意が必要です。
④ 心 理 的 要 因 の あ る 場 合
神 経 難 病 で は 、 病 気 が 進 行 し 動 き が 悪 く な り 、 治 ら な い こ と か ら 不 安 や う つ 状 態 に な っ
たり、その後の生活のことやご家族のことなど思い悩むことが多く、痛みが慢性化しやす
い 状 況 が あ り ま す 。運 動 療 法・物 理 的 方 法 や NSAIDs な ど の 鎮 痛 薬 で コ ン ト ロ ー ル が 困 難
で心理的要因が考えられる場合には、抗うつ薬を使用して痛みが軽減することも少なくあ
り ま せ ん 。ま た 、ALS な ど 呼 吸 筋 障 害 を き た す 疾 患 で は 呼 吸 抑 制 に 注 意 が 必 要 で す 。ガ イ
ド ラ イ ン で は SSRI、SNRI、ワ イ パ ッ ク ス が 薦 め ら れ て い ま す 。デ パ ス の 使 用 は 注 意 す べ
き で す 。。
⑤ 上 記 の 各 種 療 法 に よ っ て も コ ン ト ロ ー ル 困 難 な 場 合
・ が ん の 疼 痛 緩 和 と 同 様 に 、弱 オ ピ オ イ ド を 、そ れ で も 痛 み が コ ン ト ロ ー ル で き な い と き
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は、強オピオイド(モルヒネ、オキシコドン)を使用して痛みを軽減することが望まれま
す。
・ ALS で は 、 コ ン ト ロ ー ル 困 難 な 痛 み が あ る 場 合 、 呼 吸 苦 も 同 時 に あ る こ と が 多 く 、 モ
ルヒネが第一選択となります。
* 副 作 用 の 便 秘 に 対 し て は 各 種 緩 下 剤 や 浣 腸 な ど で 十 分 対 応 可 能 で す 。人 に よ っ て ご く 少
量でも激しい嘔気・嘔吐をきたすことがありますが、しばらく使用を続けると改善するこ
と が 多 い こ と を 説 明 し 、ノ バ ミ ン ®、ル ー ラ ン ®、ク ロ ル プ ロ マ ジ ン 、ハ ロ ペ リ ド ー ル な ど
の抗精神病薬を併用して症状の軽減を図ります。また、オピオイドは、依存や呼吸抑制な
どの副作用を考えて使用を躊躇する医師は少なくなく、患者さんも依存への怖れのため拒
否的になることをよく経験します。しかし、神経疾患での使用量は非常に少なく、適切に
使用すれば麻薬依存になる可能性はきわめて少ないといわれています。
5.呼吸困難・呼吸苦
神 経 筋 疾 患 が 致 命 的 と な る の は 多 く の 場 合 は 合 併 症 と し て の 感 染 症 で す が 、 呼 吸 筋 障 害
をきたす疾患では、換気不全による呼吸苦が問題となります。単に換気不全だけでなく、
誤嚥による因子も加わってくる場合もあり、肺がんの末期とも異なった対応が必要です。
呼吸困難と呼吸不全は同一ではない
患 者 さ ん の「 息 が 苦 し い 、息 が で き な い 」と い う 訴 え は 呼 吸 時 の 不 快 な 感 覚( 呼 吸 困 難 )
のことであり、痛みと同じように主観的な症状です。一方、呼吸不全は血液中の酸素が不
足 し て い る 状 態( 低 酸 素 血 症 : 動 脈 血 酸 素 分 圧 PaO 2 ≦ 60Torr)と い う 客 観 的 な 病 態 で す
3 )。
両 者 の 「 息 苦 し い 」 と い う 訴 え は 同 じ で も そ の 病 態 は 一 致 し な い 場 合 が 多 く 、 重 症 度 も
相関しません。また、神経疾患では、呼吸に関係する筋肉の筋力低下が原因となり呼吸困
難 を き た し 、 肺 に 原 因 が あ る 呼 吸 器 疾 患 と 異 な り ま す 。。
がん緩和ケアにおける呼吸困難への第一選択薬はモルヒネです
が ん の 緩 和 ケ ア で は 呼 吸 困 難 が 肺 炎 、 貧 血 な ど 原 因 が 明 ら か な 呼 吸 不 全 に 起 因 す る と き
にはまず、抗生剤投与、輸血などの治療を行います。しかしそれでも改善できないときに
は対症療法を行います。がんの緩和ケアでは呼吸困難治療の第一選択はモルヒネの投与で
す
4 )。 呼 吸 回 数 が 多 く 、 浅 い 呼 吸 し か で き な い 患 者 さ ん に 、 塩 酸 モ ル ヒ ネ 散 や オ プ ソ ®、
オ キ ノ ー ム ®な ど 少 量 の モ ル ヒ ネ を 経 口 投 与 す る と 「 楽 に な っ た 」 と い わ れ 有 効 な こ と が
多いです。
呼 吸 困 難 治 療 の モ ル ヒ ネ は 一 般 量 の 25% か ら( 塩 酸 モ ル ヒ ネ 1.25mg か ら )開 始 し 呼 吸
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回 数 は 8~ 10 回 /分 以 上 に 維 持 し ま す 。副 作 用 は 便 秘 、嘔 気 、眠 気 、排 尿 困 難 、せ ん 妄 な ど
で、対策を講じます。
呼 吸 困 難 の 治 療 用 量 で は 末 期 の 高 用 量 に な っ た と き を 除 け ば 酸 素 飽 和 度 低 下 、 PCO 2 の
上昇、呼吸抑制はきたしません
5 )。
呼 吸 困 難 に 対 す る モ ル ヒ ネ 使 用 に よ る 死 亡 率 の 上 昇 は 報 告 さ れ て い ま せ ん
6 )。
神経疾患の呼吸困難へのモルヒネの適応
神 経 疾 患 で は 呼 吸 筋 麻 痺 か ら 低 換 気 と な る 場 合 が 問 題 と な り ま す 。 ま だ 残 存 し て い る 呼
吸筋には以前にも増してよりいっそうの呼吸努力が求められるため、筋痛や不安感から患
者さんの消耗と筋量減少に至ります
7 )。
そのため神経筋疾患の呼吸困難の評価には肺活量、気道閉塞の有無などの身体的要素に
加えて、不快感に影響する精神的、社会的、文化的な側面を考慮した広いアプローチが必
要 で す 。窒 息 へ の 恐 怖 か ら 不 安 発 作 を 起 こ し 過 換 気 を 生 じ る こ と も あ り ま す 7)。治 療 の 原
則 は 不 安 感 に 対 し て SSRI( selective serotonin reuptake inhibitors, SSRI(ジ ェ イ ゾ ロ
フ ト 25mg 一 日 一 回 夕 食 後 、レ ク サ プ ロ 10mg 一 日 一 回 夕 食 後 な ど )の 投 与 、痰 、炎 症 な ど
への対応です。
神 経 疾 患 で も 少 量 の 経 口 モ ル ヒ ネ 1.25~ 10mg を 必 要 に 応 じ て 2~ 6 時 間 ご と に 投 与 す
ると、呼吸困難に伴う不安発作と苦痛、浅い頻回の呼吸を改善してくれます。
抗 不 安 薬 単 剤 で の 呼 吸 困 難 改 善 の 効 果 に 関 し て 十 分 な エ ビ デ ン ス は 存 在 し ま せ ん が 、 モ
ルヒネとの併用で上乗せ効果が認められています
8 )。 た だ し 、 併 用 時 は 呼 吸 抑 制 に 注 意 が
必要です。
呼 吸 機 能 が 低 下 し て い て 不 眠 を 訴 え る 患 者 さ ん に 睡 眠 薬 を 増 量 し て も 効 果 が な い 場 合 は 、
夜間の呼吸困難のために夜間覚醒している可能性があります。日中の呼吸が正常でも睡眠
中には生理的な筋緊張低下が起こり、呼吸筋力が低下します。そのようなときには、睡眠
薬をもとの量に戻し、ごく少量のモルヒネを使い「よく眠れるようになった」といわれる
ことがあります。
神経難病における苦痛症状とその対応
・ 大 き い 声 や 強 い 咳 を し に く い → 声 が 小 さ く な る 、咳 を し に く い → 声 が 出 な い 、咳 が で き
ない
・労作性呼吸困難→少しの体動や食事で呼吸困難
・ 寝 付 け な い → 夜 何 回 も 目 覚 め る 、熟 睡 で き な い → 朝 起 き た と き 頭 が 重 い 、ボ ー ッ と す る
・ 呼吸筋から始まる場合、著明な疲労感、じっとしていられない感じ
・ 血液ガスデータがよくても苦しいと感じる
① 閉塞性呼吸障害の場合:自覚症状はないことがほとんど
・ 睡眠中の著明な鼾→声のトーンが高くなる→声帯部で吸気時狭窄音
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② 中枢性呼吸障害の場合:自覚症状はないことがほとんど
・ 睡眠中の無呼吸、低呼吸→日中にも生じ、チェーンストークス呼吸となる
1. 呼 吸 困 難 の 診 察 所 見
患 者 さ ん の 息 使 い 、 息 継 ぎ の 速 さ 、 声 の 小 さ さ 、 呼 吸 補 助 筋 の 使 い 方 、 脈 拍 数 な ど を よ
く観察します。
2. 原 因 の 検 索 と そ の 対 処
感 染 症 を 重 畳 し た の で は な い か 、 体 位 を 工 夫 す べ き か 、 頸 部 の 位 置 は ど う か 、 生 活 に 無
理はないのか、精神的な反応ではないかなどを検討し、判明した原因に可能なかぎり対処
します。
① 感染症に伴う低酸素化(呼吸不全)による呼吸苦の場合は酸素投与が優先されます。
② 無気肺に伴う低酸素化の場合は含気が多い側が上方にくるよう側臥位にすることで改
善 し ま す 。( し か し 、 含 気 が 悪 い 側 の 排 痰 を 促 す た め に は 逆 効 果 と な り ま す )
③ 排痰困難に伴う呼吸苦に対しては排痰補助を行います。
・痰をやわらかくするための薬物療法
. ビ ソ ル ボ ン ®、ム コ ソ ル バ ン ®、ム コ ダ イ ン ®、な ど の 経 口( 経 管 )投 与 。
( 例:ビ ソ ル ボ
ン 4mg 3 錠 3x、 ム コ ソ ル バ ン 15mg 3 錠 3x、 ム コ ダ イ ン 250mg 6 錠 3x)
. 気管支拡張薬などの吸入(ただし排痰量が増加することが苦痛になることもあります)
・排痰を促す手技
. 用手排痰補助の指導(呼吸リハビリテーション)を訪問看護や訪問リハビリに依頼しま
す。
. 排痰補助装置(商品名カフアシスト)の導入を検討します。
( NPPV、 TPPV な ど の 人 工 呼 吸 器 を 使 用 し て い る 在 宅 神 経 筋 疾 患 で は 保 険 適 用 と な り ま
す)
・唾液などが垂れこむことによる誤嚥に伴う呼吸苦
. 誤 嚥 を さ け る 工 夫 : 体 位 ( 仰 臥 位 を 避 け る )、 口 腔 内 唾 液 低 圧 持 続 吸 引
. 唾液量を減少させる(***頁参照)
. 手 術 的 方 法:輪 状 甲 状 間 膜 穿 刺( ミ ニ ト ラ ッ ク 設 置 )、気 管 切 開( す で に 呼 吸 筋 麻 痺 が 高
度 の 場 合 は 人 工 呼 吸 補 助 が 必 要 と な る 可 能 性 が あ る た め 、 TIV を 希 望 し て い な い 場 合 は 慎
重な判断が必要となります)
⑤
換 気 量 が 減 少 し て 高 CO 2 血 症 を 伴 い 低 酸 素 化 と な る 場 合
・ 換 気 量 の 増 加 を 図 る : NPPV や TPPV の 導 入 ( 第 3 章 「 3 呼 吸 機 能 低 下 に 対 し て 」 *
47 / 123
**頁参照)
・消費酸素量を抑える:無理な運動を避ける
* リ ハ ビ リ に 期 待 し て 運 動 訓 練 を 行 い 、負 荷 を か け て 悪 化 さ せ て い る こ と が よ く あ り 、注
意が必要です。一方、胸郭を広げるリハビリは呼吸困難感に対して有効な可能性がありま
す。
4. 呼 吸 苦 緩 和 の 薬 物 療 法 の 実 際
疼 痛 ラ ダ ー と 異 な り 、 呼 吸 苦 に 対 し て は 呼 吸 抑 制 や 効 果 の 観 点 か ら 最 初 か ら 塩 酸 モ ル ヒ
ネもしくは硫酸モルヒネを用います(注
1 、 注 2 )。
目 安 は お よ そ が ん で 用 い る 半 量 で あ り 、 増 量 す る と き も ゆ っ く り 増 量 し ま す 。 意 識 を 落
とさずに呼吸苦を緩和することが目標です。
モ ル ヒ ネ の 増 量 や ほ か の 薬 物 の 併 用 を 行 っ て も 呼 吸 苦 の 改 善 が 得 ら れ な い と き に は 、 酸
素 投 与 も 併 用 し ま す 。し か し 、( 注
3 ) そ れ で も 改 善 せ ず 、他 に 方 法 が な い 場 合 は 、患 者 さ ん
ご本人、ご家族の同意を得たうえで鎮静(ターミナルセデーション)を行うことも考慮し
ます。
① 神 経 筋 疾 患 に 対 す る モ ル ヒ ネ の 導 入 方 法
投 与 経 路 は 、 経 管 栄 養 の 場 合 は 経 管 で 投 与 し や す い も の 、 経 口 摂 取 が 可 能 な 場 合 は 経 口
で飲みやすい剤形を用います。
・ 塩 酸 モ ル ヒ ネ ( 散 剤 、 水 薬 ) 1.25~ 2.5mg/回 で 使 用 開 始 し 、 効 果 を 実 感 す る ま で
1.25~ 2.5 mg ず つ 増 量 し ま す 。
( 注 1): オ ピ オ イ ド の 選 択 種 類
過 去 の 報 告 で も オ ピ オ イ ド の 使 用 に よ り 81% で 呼 吸 苦 が 緩 和 さ れ た と 報 告 さ れ て い ま
すが
1 1 )、わ れ わ れ の 経 験 か ら も 意 識 を 保 ち な が ら 呼 吸 苦 を 緩 和 す る に は モ ル ヒ ネ の 使 用 が
望ましいと考えます。導入時期と導入方法が適切であれば呼吸状態を悪化させることなく
約 9 割 の 症 例 で 有 効 で し た 。ま た 上 記 の よ う に ゆ っ く り 増 量 す る 場 合 に は 呼 吸 抑 制 を き た
すことは稀です。
リ ン 酸 コ デ イ ン は 鎮 咳 作 用 を 期 待 す る と き に は よ い の で す が 、 呼 吸 苦 の 緩 和 効 果 は 弱 い
ため、最初から強オピオイド(モルヒネ)を用いるほうがよいと思います。
オ キ シ コ ド ン は 経 管 投 与 時 に は 散 剤 の オ キ ノ ー ム ®を 用 い る こ と が で き ま す が 、 長 時 間
型の散剤がないため頻回投与となります。また、フェンタニルのパッチ剤は、呼吸苦への
効果はモルヒネより劣るとされ意識障害や呼吸抑制をきたしやすいため推奨できません。
ス テ ロ イ ド 剤 は 、 が ん で は よ く 用 い ら れ ま す が 、 呼 吸 筋 障 害 の 末 期 の 場 合 、 病 態 が 異 な
り、あまり用いることはありません。
進 行 す る に つ れ て 徐 々 に 投 与 量 は 増 加 し ま す 。こ れ ま で 、維 持 量 と し て は 最 高 で 180mg/
日 程 度( 200mg/日 以 上 の 使 用 は 稀 )ま で 用 い た こ と が あ り ま す 。少 量 で は 死 の 直 前 の 苦 し
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みを解消することは困難で、増量が必要となり、長時間型の硫酸モルヒネの 2 回投与であ
れば、3 回投与にするとよいこともあります。入院の場合には塩酸モルヒネの持続静脈注
射を行うことで安定した効果を得ることができ、こまめに投与量の調整が可能であり、安
楽な状態を作り出すことができます。在宅の場合は持続皮下注にて投与することもありま
すが、ポンプなどのレンタル料を賄う指導管理料が癌しか認められていないため、費用負
担 の 問 題 が あ り ま す 。多 く の 場 合 24 時 間 の NPPV 使 用 中 を 含 め CO 2 ナ ル コ ー シ ス と な り
意識状態も低下してきますので、鎮静まで必要とすることは少なく、モルヒネの増量、他
剤の併用、酸素投与のみで安らかな死を迎えることが多いです。
た だ し 、 時 々 咽 頭 部 垂 れ こ む 分 泌 物 貯 留 に よ る 呼 吸 苦 に つ い て は モ ル ヒ ネ の 投 与 だ け で
は改善は難しく、持続吸引等の唾液の対処が必要となります。また、覚醒度が強い場合に
は、意識が保たれたままで呼吸苦を訴え、上記の対処ではコントロール困難なことがあり
ます。モルヒネ増量などでも対応できないほど呼吸苦が強いときには、セデーションの必
要性も検討します。
・ 1 回 有 効 量( 通 常 2.5~ 10mg)を 確 認 し 、効 果 が な く な っ た ら 屯 用 で 用 い る こ と( お よ
そ 4 時間ごとに投与)で 1 日必要量を確認します。
・ 塩 酸 モ ル ヒ ネ 1 日 必 要 量 と 同 量 の 硫 酸 モ ル ヒ ネ( モ ル ペ ス ®:市 販 さ れ る 硫 酸 モ ル ヒ ネ
( 注 2)
の な か で 最 も 粒 子 が 細 か い 、MS コ ン チ ン ®な ど )を 1 日 量 と し て 投 与 し ま す( 1 日
2 回 投 与 )。さ ら に 苦 し み を 感 じ る と き に は レ ス キ ュ ー と し て 塩 酸 モ ル ヒ ネ 1 回 有 効 量 を 適
宜使用します。
・ レスキューの必要量を平均し、硫酸モルヒネ総投与量を増量し、必要に応じて 3 回投
与とします。増量する際の大雑把な目安は 2 割増量として考えます。
・ 臨 死 期 な ど 、よ り 効 果 を 安 定 さ せ た い と き に は 持 続 注 射( 持 続 静 注 ま た は 持 続 皮 下 注 射 )
に 切 り 替 え る と よ い こ と が あ り ま す ( 1 日 経 口 /経 管 投 与 量 : 1 日 注 射 量 = 2~ 3: 1)。
在 宅 で は PCA( patient control analgesia) シ ス テ ム 付 き バ ル ー ン ポ ン プ が レ ス キ ュ ー
で使いやすく、管理も容易です。最近では機械式ポンプのレンタルもあるため、流量の調
整が頻回に必要な場合は機械式を用いると注入量を調節しやすいです。神経疾患では、保
険適用上問題があります(注
2 )。
* 投 与 開 始 時 期 に も よ り ま す が 、 初 期 の 1 日 投 与 量 は お よ そ 10~ 30mg、 維 持 期 は 30~
60 mg 程 度 と な る こ と が 多 い で す 。
* 進 行 期 に は 徐 々 に 増 量 す る こ と に な る の で 、長 期 間 に な る と 200 mg 近 い 維 持 量 と な る
場合もあります。
* 低 酸 素 化 を 伴 う 場 合 に は 少 量 の 酸 素 投 与( 0.5~ 2L/分 )も 併 用 し ま す 。進 行 期 に は 増 量
することもあります。
* 臨 死 期 ( 死 の 直 前 1 週 間 ~ 数 日 ) に は 、 CO 2 ナ ル コ ー シ ス が 徐 々 に 進 行 し 意 識 が 低 下
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する場合はよいのですが、覚醒度が高い場合はかなり増量しないと呼吸苦を緩和できませ
ん。
* モルヒネの増量や酸素投与のみでは呼吸苦を緩和できない場合もあり、そのときには、
がんと同様にミダゾラムなどを用いたターミナルセデーションを考える必要がありますが、
神経疾患では認識が不十分な現状です。
( 注 2): 保 険 適 用 に つ い て 塩酸モルヒネの持続注射は入院では保険適用となりますが、塩酸モルヒネといえども持続
皮下注射は在宅ではがん以外では保険適用はなく、皮下注射用のバルーンポンプなどの機
材も費用にあてる加算がついていません。そのため、費用負担をどうするかを検討しなけ
れば、実際には使用できません。今のところは医療機関のボランティア(持ち出し)によ
る と こ ろ が 大 き い よ う で す 。 塩 酸 モ ル ヒ ネ 10m g (1 ml)と 生 理 食 塩 液 47ml を シリンジェクター
に詰め
1 時 間 に つ き 1 m l 皮 下 注 で き る 設 定 で は 、モ ル ヒ ネ 1 回 量 2.5mg を 6 時 間 ご と に 経 口 摂
取するのと同等の力価となり安定します。
② 呼 吸 苦 に 対 す る モ ル ヒ ネ 以 外 の 薬 剤
・ 抗 不 安 薬( マ イ ナ ー ト ラ ン キ ラ イ ザ ー )
:呼 吸 苦 の 緩 和 に 比 し て 呼 吸 抑 制 を き た す た め 、
モルヒネの使用を優先しますが、換気不全ではなく、不安により呼吸回数が増加している
場合などには適応となります。
・ 抗 う つ 薬:呼 吸 苦 が 心 理 的 要 因 に よ る と 思 わ れ る と き に は 試 み ま す 。唾 液 の 減 少 も 期 待
するときには抗コリン作用の強い三環系、四環系抗うつ薬を用います。
・ 抗 精 神 病 薬 ( メ ジ ャ ー ト ラ ン キ ラ イ ザ ー ): 呼 吸 苦 や 不 安 に よ り パ ニ ッ ク に な っ て い る
場合や興奮性が高まっていると思われるときには併用します。
. 非 定 形 抗 精 神 病 薬:セ ロ ク エ ル ® 50~ 75 mg/日 , 分 2~ 3、リ ス パ ダ ー ル ® 2~ 4mg/日 , 分
2 など。
. 抗 精 神 病 薬:セ レ ネ ー ス ® 1.5~ 3 mg/日 , 分 2~ 3、コ ン ト ミ ン ® 20~ 60mg/日 , 分 2~ 3、
ヒ ル ナ ミ ン ® 10~ 75mg/日 , 分 2~ 3 な ど 。
( 注 3): 呼 吸 苦 進 行 期 の 酸 素 投 与 に つ い て
欧 米 の ホ ス ピ ス で 治 療 に あ た っ て い る 複 数 の ホ ス ピ ス 医 に よ る と 、 神 経 難 病 の 終 末 期 に
酸素投与を用いることはないそうです。モルヒネなどで呼吸苦が緩和されないときに酸素
投与を行っても呼吸苦の改善にはあまり効果が強くないこと、酸素化が良くなることで医
療 者 が 安 心 す る だ け で は な い の か と い う 考 え 方 、 CO 2 ナ ル コ ー シ ス に さ せ る こ と に な り 意
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識が落ちてしまうので用いないなどの理由があるようです。
し か し 、 が ん 以 外 の 疾 患 に お い て タ ー ミ ナ ル セ デ ー シ ョ ン よ り は 酸 素 投 与 の ほ う が 社 会
的 に も 保 険 適 用 の 面 で も 受 け 入 れ や す い 日 本 に お い て は 、む し ろ CO 2 ナ ル コ ー シ ス を 助 長
して意識低下をきたすことでセデーションの代わりになっているのかもしれません。酸素
投与は高価な治療であり、保険適用などは国によって事情が異なるように思われます。
* TPPV へ の 移 行 に つ い て は 最 後 ま で 揺 れ 動 く 気 持 ち の 方 も 多 い た め 、モ ル ヒ ネ を 使 用 し
は じ め て も 、TPPV へ の 希 望 に つ い て の 確 認 は 必 要 で す 。モ ル ヒ ネ で 苦 し み を と る こ と で 、
深 く 考 え る こ と が で き る よ う に な る 場 合 も あ り ま す 。 TPPV も 緩 和 ケ ア の 1 つ の 方 法 で あ
り 、 高 い QOL を 保 っ て 生 活 さ れ て い る 方 も 多 く お ら れ ま す 。
嚥下障害
嚥 下 動 作 は 非 常 に 複 雑 な 運 動 に よ り 成 り 立 っ て い る た め 、 さ ま ざ ま な 神 経 筋 疾 患 で 障 害
されますが、基礎疾患によって異なる面と共通の面があります。ときどき誤嚥する苦しさ
は通常の呼吸困難とは異なる対応が必要です。
嚥下障害の評価と対処
1. 嚥 下 障 害 の 症 状
① 観 察 点 、 自 覚 症 状
・ む せ 、 飲 食 時 に ご ろ つ く ( 喉 で ゴ ロ ゴ ロ 音 が 聞 こ え る )。
・ 発 熱 し や す く な い か ( む せ が な く と も 誤 嚥 は あ り 得 ま す )、 痰 の 量 や 食 後 の 咳 や 息 苦 し
さが増えていないか、食事時間が長くなっていないか、微熱が続かないかなど。
・ 多 く の 場 合 構 音 障 害 も 同 時 に 進 行 す る こ と が 多 い た め 、構 音 障 害 の 進 行 が あ る と き に は
要 注 意 で す 。た だ し 、ALS な ど 一 部 の 疾 患 で は 驚 く ほ ど 嚥 下 障 害 と 構 音 障 害 が 解 離 す る こ
ともあるため、構音障害がないからといって安心はできません。
② 検 査
・ 簡 便 な 検 査 ( 在 宅 で も 可 能 ): 反 復 唾 液 飲 込 み テ ス ト ( 30 秒 間 2 回 以 下 は 機 能 低 下 )、
水 飲 み テ ス ト( 30ml の 水 を 5 秒 以 内 に む せ ず に 飲 め る か )、両 者 を 組 み 合 わ せ た 改 訂 水 飲
み テ ス ト ( 冷 水 3ml を 嚥 下 ) な ど 。( 詳 細 は 第 5 章 を 参 照 )
・ 病 院 で の 検 査:む せ ず に 誤 嚥 す る タ イ プ で は 感 知 で き な い こ と も あ る の で 、疑 わ れ る 場
合 は 嚥 下 造 影 検 査 ( VF) や 嚥 下 内 視 鏡 検 査 ( VE) が 有 用 で す . 特 に 梨 状 窩 に 唾 液 の 貯 留
の あ る 場 合 は 要 注 意 で す 。( 詳 細 は 第 5 章 を 参 照 )
2.嚥下障害の治療
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① 食 事 準 備 の 工 夫 : 体 位 、 頸 の 角 度 、 口 腔 咽 頭 体 操 、 ア イ ス マ ッ サ ー ジ な ど
② 食 物 形 態 の 工 夫 : む せ や す い も の を 避 け る 、 と ろ み を つ け る
③ 食 事 の 取 り 方 の 工 夫 : な が ら 食 べ ( テ レ ビ を 見 な が ら な ど ) は や め る 、 一 回 に 少 量 ず
つ食べる、解除のタイミングに気をつける
④ 口 腔 ケ ア : 常 に 清 潔 に 保 つ
な ど の 対 策 を と り ま す 。そ れ で も 誤 嚥 が 多 く 、感 染 症 を き た す 、食 事 時 間 が 1 時 間 以 上 ,
十分な食事量がとれず痩せてくるなどの場合には、経管栄養の併用を考えます(第 3 章お
よ び 第 5 章 , 関 連 部 分 参 照 * * * ペ ー ジ )。 ALS な ど 筋 萎 縮 を 伴 う 疾 患 で は 痩 せ る と 筋 力
低下に直結し、後の回復は困難なため、痩せる前に介入すべきです。
3.嚥下リハビリについて
嚥 下 体 操( 頸 部 、体 幹 の リ ラ ク ゼ ー シ ョ ン )、喉 の ア イ ス マ ッ サ ー ジ 、嚥 下 反 射 促 通 手 技 、
K-point 刺 激 法 、 皮 膚 の ア イ ス マ ッ サ ー ジ 、 バ ル ー ン 法 な ど を 行 い ま す 。 し か し 、 進 行 性
疾患の場合は効果が限定的であり、医療処置をどうするか考慮すべきです。
4 . 経 管 栄 養 の 導 入 に つ い て ( 第 3 章 「 2 嚥 下 機 能 低 下 に 対 し て 」 * * * ペ ー ジ 、 お よ
び第 5 章,関連部分***ページ参照)
経 鼻 経 管 と 胃 瘻 の 優 劣 に つ い て は 一 長 一 短 が あ り ま す 。管 理 の や さ し さ や NIV マ ス ク へ
の影響からは胃瘻が望ましいですが、経鼻経管でも十分に対応可能です。筆者の施設では
予 後 が 6 ヵ 月 以 上 見 込 ま れ る 場 合 に は 胃 瘻 造 設 を 勧 め て い ま す 。呼 吸 機 能 が 極 端 に 低 下 し
ている症例、予後が数ヵ月の症例には経鼻経管を推奨します。いずれの場合でも胃からの
逆 流 に よ り 誤 嚥 を き た し や す い の で 、 臥 位 に す る と き も 30 度 以 上 、 上 半 身 の 挙 上 を 心 掛
けます。
「 延 命 処 置 を 一 切 拒 否 す る 」 と い う 方 も 多 々 お ら れ ま す が 、 実 際 に は 臨 死 期 が イ メ ー ジ
できていない場合が多く、在宅で薬物による緩和ケアを行う場合には、薬の投与経路の確
保 の 意 味 か ら も 経 管 栄 養 が 必 要 に な る こ と を お 話 す る と 納 得 さ れ る こ と も 多 い で す 。ま た 、
痩せ細って体が動かせない状況では、痛みや褥瘡が問題となるため、栄養状態はよくして
おいたほうが、患者さん自身が楽に過ごせることも伝えます。それでも拒否する場合、貼
付剤(フェンタニル)は呼吸苦にはあまり用いられないため、持続皮下注射にて塩酸モル
ヒネの投与を行うことができます。
5.終末期の経口摂取
最 後 ま で 経 管 栄 養 を 拒 否 し て 、 経 口 摂 取 の み を 希 望 さ れ る 場 合 は 、 そ の 結 果 ど の よ う な
状態になるかをよく説明し、理解したうえでも同じ決断であるかを確認します。経口摂取
では十分な栄養や水分をとれない場合の代替手段として、入院を希望する場合は塩酸モル
ヒ ネ の 投 与 を 含 め 末 梢 静 脈 輸 液 や 、希 望 が あ れ ば IVH も 可 能 で す が 、在 宅 療 養 を 希 望 す る
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場合は長期間の静脈注射は実際上管理が困難となります。積極的にポート造設し、中心静
脈栄養とするのか、持続皮下注射でできるところまでするのか、あるいは、まったく輸液
はしないとしたら緩和のための投薬をどのようにするか、具体的に方針を立てる必要があ
ります。一般の方は経管栄養よりも点滴がよい方法と思いこんでいる場合がありますが、
侵 さ れ て い な い 胃 腸 を 用 い な い で IVH を す る 方 が 余 程 人 工 的 で あ る こ と を 説 明 す る と 、納
得されることがあります。感染やたんぱく質の吸収などの栄養効率を考えてどちらがより
自然なことなのかを説明する必要があるように思います。
ほ と ん ど が 経 管 か ら の 栄 養 お よ び 水 分 の 摂 取 と な っ た と し て も 、 好 き な も の だ け は 経 口
摂取で食べさせてあげたいと思うご家族は多いのですが、その場合、窒息など急変もあり
得るという覚悟が必要です。多少の誤嚥は覚悟して少量を口腔内に入れ、すぐに吸引する
な ど の 方 法 で 味 わ う こ と を 楽 し む こ と も あ り ま す 。 総 合 的 に ご 本 人 に と っ て の QOL が 高
くなる選択を支持するようにしたいものです。
唾液・痰
誤 嚥 が あ る と き の 唾 液 や 、 呼 吸 筋 麻 痺 が あ る と き の 痰 の 喀 出 困 難 は 、 呼 吸 苦 に 直 結 す る
問題として重要です。唾液はパーキンソン病やパーキンソン症候群では分泌過多となり、
脳 卒 中 や ALS な ど 球 麻 痺 を 伴 い 飲 み 込 む こ と が で き な く な る 疾 患 で も 結 果 的 に 流 涎 が 増
加 し ま す 。流 涎 に よ る 美 容 上 の 問 題 だ け で な く 、誤 嚥 に つ な が る こ と か ら 問 題 と な り ま す 。
嚥 下 機 能 の 回 復 の た め に 嚥 下 リ ハ ビ リ や ,パ ー キ ン ソ ン 病 薬 の 投 薬 調 整 な ど を 行 い ま す が 、
それでも問題が解決しないときには唾液量を減らすように試みます.
【薬物療法】
① 抗 コ リ ン 作 用 の 薬 剤
全 身 投 与 の た め 、 口 渇 、 尿 閉 な ど の 副 作 用 も 生 じ る 可 能 性 が あ り 、 注 意 し て 用 い る 必 要
があります。
・ 抗 コ リ ン 薬 : ア ー テ ン ® 4~ 6 mg/日 , 分 2~ 3、 ポ ラ キ ス ® 20~ 40 mg/日 , 分 2 な ど 。
・ 三 環 型 抗 う つ 薬 : ト リ プ タ ノ ー ル ® ( 経 管 の 場 合 は 、 溶 解 性 の 点 か ら 本 剤 が よ い ) 30
~ 60mg/日 , 分 3 な ど 。 う つ 的 傾 向 や 不 安 、 心 理 的 要 因 も 考 え ら れ る 呼 吸 苦 や 痛 み の あ る
場合には、唾液減少と両方に有効なこともよくあります。
② ス コ ポ ラ ミ ン 軟 膏
5% ス コ ポ ラ ミ ン 軟 膏 を 調 剤 し 、 耳 介 後 部 に 絆 創 膏 を 用 い て 貼 付 す る こ と で 、 全 身 性 の
副作用なく唾液分泌抑制効果を得ることができます。しかし、現状では薬剤として認めら
れていないため国内の販売はなく、あくまで研究という立場で個々の医療機関内で調剤し
て対応するしかないので通常の調剤薬局での対応は困難です(海外では吐き気止めとして
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パ ッ チ 剤 が 販 売 さ れ て い ま す )。
③ A 型 ボ ツ リ ヌ ス 毒 素 ( ボ ト ッ ク ス R) 投 与 な ど
欧米ではボトックスの耳下腺、顎下腺への注射が推奨されていますが、日本では保険適
用外であり、実際には使用は難しい状況です。ほかには顎下腺除去術や放射線照射が行わ
れていますが、いずれも不可逆的変化となるため、特殊例にのみ適用となります。
【手術的方法】
( 第 3 章 * * * ペ ー ジ 、 第 5 章 * * * ペ ー ジ 参 照 )
輪 状 甲 状 間 膜 穿 刺 、 気 管 切 開 が あ り ま す が 、 患 者 さ ん の 選 択 が 重 要 で す 。
不 安
症 状 の 進 行 へ の 不 安 、 終 末 期 へ の 漠 然 と し た 不 安 、 唾 液 が 落 ち 込 む な ど の 苦 痛 の 症 状 が
出てきたときにも精神的に不安定になったり不安をきたしやすくなったりします。
【支持療法】
病 態 に 対 し て 十 分 に 説 明 し 、 対 処 で き る 方 法 を と も に 考 え 、 周 囲 が 支 え て い く こ と も 重
要です。
【薬物療法】
● 呼吸抑制のない疾患であれば、通常用いる抗不安薬
( ワ イ パ ッ ク ス ®、ソ ラ ナ ッ ク ス ®、デ パ ス ®な ど )を 用 い る こ と も あ り ま す が 、特 に セ ル
シン® やレキソタンは筋弛緩作用も強いため呼吸に影響を与えやすいので注意して使用
します。
● 呼 吸 が 問 題 に な る と き に は リ ボ ト リ ー ル ® や メ ジ ャ ー ト ラ ン キ ラ イ ザ ー 、SSRI を 試 み
てもよいです。
● ALS で し ば し ば み ら れ る 「 喉 が 詰 ま る よ う な 感 じ 」 と い う チ ョ ー キ ン グ も 非 常 に 不 安
にさせますが、気管閉塞とは異なるので心配はないということを理解し、緊張を解くよう
に呼吸することを指導します。それでも治まらないときには抗痙縮薬を用いると改善する
ことが多いです。
*
ALS の 終 末 期 の 不 安 ・ 不 眠 に は 、 抗 不 安 薬 の 効 果 は 乏 し い こ と が ほ と ん ど で す 。
せん妄、不穏
パ ー キ ン ソ ン 病 、 MSA な ど で は 、 せ ん 妄 状 態 や 幻 覚 妄 想 状 態 、 REM 睡 眠 行 動 障 害 に よ
る 問 題 行 動 、ALS で は 、終 末 期 に 著 明 な 不 穏 状 態 に 陥 る こ と が あ り ま す 。こ れ ら に 対 し て
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薬物療法で症状を軽減することは、患者さん自身の苦痛緩和だけでなく、ご家族や介護者
の QOL に も 非 常 に 大 切 で す 。
【薬物療法】
① せ ん 妄 、 幻 覚 妄 想 状 態 、 REM 睡 眠 行 動 障 害 に 対 し て
・ 非 定 型 抗 精 神 病 薬 : セ ロ ク エ ル ® 50~ 150 mg/日 , 分 2~ 3、 リ ス パ ダ ー ル ® 2~ 4 mg/
日 , 分 2、 ル ー ラ ン ® 4~ 12 mg/日 , 分 2~ 3 な ど 。
・ 抗 精 神 病 薬:セ レ ネ ー ス 1.5~ 3mg/日 , 分 2~ 3、コ ン ト ミ ン ® 30~ 75 mg/日 , 分 2~ 3、
ヒ ル ナ ミ ン ® 10~ 75 mg/日 , 分 2~ 3 な ど 。
・ そ の 他 の 抗 精 神 病 薬 : グ ラ マ リ ー ル ® 50~ 150 mg/日 , 分 2~ 3、 ド グ マ チ ー ル ® 100~
150 mg/日 , 分 2~ 3。
・漢方薬の抑肝散が有効なこともあります。
* 向 精 神 薬 は パ ー キ ン ソ ン 症 状 を 悪 化 さ せ る こ と が あ る の で 注 意 し な が ら 使 用 し ま す 。
② ALS の 終 末 期 の 不 穏 状 態 に 対 し て も 、非 定 型 抗 精 神 病 薬 、抗 精 神 病 薬 が 有 効 で す が 、
痩せていること、終末期で体力低下があることなどを考えて、少量から状態をみながら使
用するようにします。
抑うつ
パ ー キ ン ソ ン 病 で は 、う つ 状 態 が よ く み ら れ ま す 。ま た 、ALS を は じ め 多 く の 疾 患 で も 、
病気の進行による不安からうつ状態に陥ることがあり、抗うつ薬を適切に使い症状の緩和
を図ることが大切です。
【薬物療法】
① 三 環 系 、四 環 系 抗 う つ 薬:ト リ プ タ ノ ー ル ® 30~ 75 mg/日 , 分 3、ル ジ オ ミ ー ル ® 30
~ 75 mg/日 , 分 2~ 3、 テ ト ラ ミ ド ® 30~ 60 mg/日 , 分 1~ 2 な ど 。
② SSRI、 SNRI( selective Serotonin & norepinephrine reuptake inhibitors)、 そ の
他 : ジ ェ イ ゾ ロ フ ト ® 25~ 100 mg/日 , 分 1、 デ プ ロ メ ー ル ® 50~ 150 mg/日 , 分 2、 レ ス
リ ン ®75~ 200 mg/日 , 分 1~ 3 な ど 。
不 眠
不 眠 は う つ 状 態 、 不 眠 不 安 、 不 安 な ど 原 因 は さ ま ざ ま で あ り 、 ま た 、 入 眠 障 害 、 中 途 覚
醒、早朝覚醒のどれが問題なのかなどによって、睡眠薬を選択し使用します。
こ こ で 強 調 し て お き た い こ と は 、 不 眠 の 原 因 と し て 呼 吸 障 害 が あ る こ と を 見 逃 さ な い こ
と で す 。こ の 場 合 は 、上 記 の よ う に モ ル ヒ ネ を ま ず 使 用 し て み る の が よ い で す( 第 4 章「 5
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呼 吸 困 難 ・ 呼 吸 苦 」 ***ペ ー ジ 参 照 )。
(荻野美惠子、高橋貴美子、難波玲子)
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<参考文献>
1) Borasio GD, Volts R: Palliative care in amyotrophic lateral sclerosis. J Neurol 244
(Suppl.4): S11-S17, 1997
2)Oliver, D:Motor neuron disease, Royal College of General Practioners, London, 1994
3) Lanken PN, Terry PB, DeLisser HM, et al: An official American Thoracic Society
clinical policy statement: palliative care for patients with respiratory diseases and
critical illnesses. Am J Respir Crit Care Med 177: 912-927, 2008
4) Bruera E, MacEachern T, Ripamonti C, et al: Subcutaneous morphine for dyspnea
in cancer patients. Ann Intern Med 119: 906-907, 1993
5 ) Mazzocato C, Buclin T, Rapin CH : The effects of morphine on dyspnea and
ventilatory function in elderly patients with advanced cancer ; a randomized
doubleblind controlled trial. Ann Oncol 10: 1511-1514, 1999
6) http://www.whocancerpain.wisc.edu/?q=node/325
7) Maddocks I, Brew B, Waddy H, et al: 神 経 ・ 筋 疾 患 の 進 行 期 に 苦 痛 と な る 症 状 ; 呼 吸
器症状.葛原茂樹,大西和子監訳,神経内科の緩和ケア.大阪,メディカルレビュー社,
76-80, 2007
8) Navigante AH, Cerchietti LC, Castro MA, et al: Midazolam as adjunct therapy to
morphine in the alleviation of severe dyspnea perception in patients with advanced
cancer. J Pain Symptom Manage 31: 38-47, 2006
9) Manning HL, Schwartzstein RM: Pathophysiology of dyspnea. N Engl J Med 333.
1547-1553, 1995
10) Peiffer C, Poline JB, Thivard L, et al: Neural substrates for the perception of
acutely induced dyspnea.
Am J Respir Crit Care Med 163: 951-957, 2001
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第 4章
神 経 難 病 に お け る 苦 痛 症 状 と そ の 対 応 Q& A
Q1: タ ー ミ ナ ル 期 の 不 安 や 辛 い 症 状 に 対 し て ど の よ う な 薬 を よ く 使 い ま す か ?
(難 波 事 例 1 : p ○ ○ 、 事 例 2 、 事 例 3 : p ○ ○ 参 照 )
A1:ク エ チ ア ピ ン 1 2 .5 m g を 眠 前 服 用 す る と よ く 眠 れ 、不 安 せ ん 妄 が や わ ら ぐ 。エ ビ
リファイを使うこともある。それらでも効果ないときはコントミンを10mgから開始し
ます。通常の使用量より少なめに、簡単に言えば薬の最小容量の最小錠数、あるいは半錠
で開始して漸増します。
A2:が ん タ ー ミ ナ ル で は セ レ ネ ー ス を 使 う こ と が 多 い 。神 経 難 病 タ ー ミ ナ ル で は コ ン ト ミ
ンを使うことが多い。コントミンは呼吸状態を悪くしないのではじめから使うこともあり
ま す 。お 年 寄 り で は 肝 機 能 障 害 に 注 意 が 必 要 で す 。ヒ ル ナ ミ ン は 循 環 器 系 の 副 作 用 が あ り 、
ドグマチールは錐体外路症状に注意します。リボトリールもレストレスレッグ症候群や異
常感覚に対してよく使います。
A3:「 不 安 を と る 」最 も 良 い 方 法 は「 だ れ か が い つ も す ぐ に 対 応 し て く れ る 。」と い う 保 証
です。薬や医療資源も大切ですがそれ以上に訪問の医師や看護師がすぐに対応してくれる
という安心感が重要です。
A4:抗 不 安 薬( マ イ ナ ー ト ラ ン キ ラ イ ザ ー )は 神 経 難 病 タ ー ミ ナ ル 期 の 不 安 に あ ま り 効 か
ない。かえって呼吸抑制を起こす可能性がある。
Q2: 痛 み に 対 し て は ? ( 難 波 事 例 2 :p ○ ○ 参 照 )
A1: ま ず は ROM・ 体 位 変 換 な ど 理 学 療 法 か ら は じ め ま す 。 薬 物 療 法 は 通 常 の 痛 み で は
ま ず カ ロ ナ ー ル 、NSAIDs で 開 始 し 、圧 迫 痛 な ど で 効 果 な い と き に は モ ル ヒ ネ を 開 始 し ま
す 。漸 増 し て も 効 果 な け れ ば 背 景 に 不 安 な ど が あ る と 思 わ れ 、 抗 う つ 剤( ト リ プ タ ノ ー ル
など)
・コ ン ト ミ ン も 検 討 し ま す 。不 安・イ ラ イ ラ 訴 え る 人 は コ ン ト ミ ン か ら 開 始 し ま す 。、
このときクエチアピン使うこともある。パーキンソン病などで神経内科医としてはクエチ
アピン使いやすい。
Q3: モ ル ヒ ネ は 痛 み 以 外 で は ど の よ う な と き 開 始 し ま す か ? (難 波 事 例 4 : p ○ ○ 、 事 例
5:p○○)
A1: 呼 吸 困 難 感 が あ る と き 、 呼 吸 回 数 が 1 分 間 2 0 回 以 上 の と き 使 い ま す 。
A2:「 し ん ど い 」 と き 開 始 す る 。 食 事 、 排 便 、 入 浴 が 「 し ん ど く 」 な っ た と き 、 食 前 、 排
便前、入浴前にモルヒネ水(オプソ2.5mg)を飲む。服用後30分くらいで効いてき
て 楽 に 食 事 や 排 便 が で き る 。 効 果 の あ る モ ル ヒ ネ 量 は 個 人 差 が 大 き い 。 一 日 10mg で 効 果
あ る 人 も 一 日 180mg 程 度 必 要 な 人 も あ る が 200mg/日 以 上 の 使 用 は 稀 で す 。
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Q4:が ん タ ー ミ ナ ル 期 に モ ル ヒ ネ や ミ タ ゾ ラ ム の 持 続 皮 下 注 を 使 い ま す が 神 経 難 病 の 場 合
は?
A1 神 経 難 病 で は モ ル ヒ ネ は 保 険 適 応 に な っ て い ま す が 、持 続 皮 下 注 に つ い て は 現 在 保 険 適
応 と な っ て い ま せ ん 。持 続 皮 下 注 で は 経 口 モ ル ヒ ネ の 1 / 3 、1 / 2 量 で 同 様 効 果 が あ り 、
また持続投与により血中濃度も比較的一定になるので症状コントロールしやすくなります。
Q5: 嚥 下 ・ 唾 液 の 問 題 は ? 食 事 の あ と 鼻 水 が で て 止 ま ら な い と い う 訴 え が あ る 。
A1: : 唾 液 の 逆 流 あ る い は 食 事 よ る 誘 発 食 事 の と き の 唾 液 分 泌 に よ る も の と 考 え ら れ る 。
唾 液 分 泌 を 少 な く す る た め に ト リ プ タ ノ ー ル 10mg 寝 る 前 0.5 錠 服 用 。 ま た 5% ス コ ポ ラ
ミン軟膏を調剤し、耳介後部に絆創膏を用いて貼付することで、全身性の副作用なく唾液
分 泌 抑 制 効 果 を 得 る 場 合 も あ る 。あ る い は PL、PA な ど を 食 前 に 服 用 し て 改 善 す る 場 合 も
あ る ( 保 険 適 応 外 )。
A2:噛 む と 唾 液 分 泌 多 く な る の で 噛 ま な く て も 良 い も の 、噛 む 回 数 が 少 な い も の を 希 望 す
る患者さんもいる。つるっと入る麺類、カレー、あんかけなど。逆に酸味の強いもの、甘
いものは唾液分泌を増やす。
A3:唾 液 分 泌 が 多 く て NPPV 導 入 困 難 な 症 例 が あ り 、一 時 的 に 絶 食 に し て 点 滴 を し 、NPPV
導入後すこしずつ経口摂取再開した。その人は経口摂取普通にできるが食後に唾液多かっ
た 。 お そ ら く NPPV 長 時 間 で き れ ば 嚥 下 も 改 善 す る か と 考 え た 。
Q6 : 在 宅 で NPPV 導 入 後 退 院 し て き て も 使 用 し な い 人 、 胃 ろ う を 造 設 し て も 使 っ て い な
い 人 も い る 。 (難 波 事 例 1 : p .**参 照 )
A1:医 療 資 源 の「 無 駄 な 導 入 ? 」と も 考 え ら れ る 症 例 も あ る 。医 療 処 置 は ご 本 人 へ の 侵 襲
もあり、何よりも本人の意思を反映してから導入すべきと考えられます。
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第5章
神経難病の摂食嚥下・栄養管理
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第 5 章 「 神 経 難 病 の 摂 食 嚥 下 ・ 栄 養 管 理 」 ポ イ ン ト ・ 診 断 の 早 期 か ら 、 多 職 種 ( ST、 PT、 OT、 栄 養 士 、 看 護 師 、 歯 科 衛 生 士 、 医 師 な ど ) が チ
ー ム と し て か か わ り 、 摂 食 嚥 下 ・ 栄 養 に 介 入 す る こ と が 求 め ら れ ま す 。 神経難病における栄養障害は、摂食嚥下障害が背景となっていることが多く、誤嚥性肺
炎や呼吸障害を合併することで、さらに低栄養の悪循環をきたしやすくなります。また経
口摂取が困難で、代替栄養を利用するケースも多く、経静脈栄養、経管栄養の知識も求め
られます。診断早期から経時的に、多職種チーム(医師、看護師、栄養士、言語聴覚士な
ど)で必要栄養量や摂食嚥下機能の評価を行い管理していくことで、患者の予後にも大き
な 影 響 を 与 え ま す 。 1 . 摂 食 嚥 下 障 害 ポ イ ン ト ・ 嚥 下 障 害 を 疑 う 場 合 、 で き る だ け 早 期 に VF や VE を 含 め た 嚥 下 機 能 の 評 価 を 行 い 、 嚥 下
調 整 食 な ど の 介 入 を 行 い ま す 。( 在 宅 移 行 前 や レ ス パ イ ト な ど の 入 院 時 に 対 応 ) ・病期により障害の程度が変化しますので、迅速に対応することで、より安全に、できる
だ け 長 く 「 食 べ る 楽 し み 」 を 維 持 し て い く こ と が 目 標 と な り ま す 。 ( 摂 食 嚥 下 運 動 の 基 礎 知 識 ) リハビリテーションでは、嚥下を「摂食嚥下運動」ととらえて、食物の移動にあわせた 5
期 モ デ ル で 説 明 す る こ と が 一 般 的 で す 。 ① 先 行 期 : 食 物 を 認 識 し 、 口 ま で 運 ぶ 段 階 意 識 障 害 や 認 知 に 影 響 を 受 け ま す ② 口 腔 準 備 期 : 食 物 を 噛 ん で 砕 き 唾 液 と 混 ぜ て 食 べ や す い 食 塊 を 形 成 す る 段 階 咀
嚼 期 と も い い ま す 。 味 覚 も 伝 え ま す 。 舌 の 運 動 障 害 に 影 響 を 受 け ま す 。 ALS や 多 発 性 脳 梗 塞 で 認 め る 仮 性 球 麻 痺 で は 高 度 に 障 害
さ れ ま す 。 ③ 口 腔 期 : 舌 を 前 歯 の う し ろ に 押 し 付 け 、 食 塊 を 後 方 の 咽 頭 に 送 り 込 む 段 階 舌の運動障害に大きな影響を受けます(準備期と同様に仮性球麻痺により高度に障害され
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ま す )。 ④ 咽 頭 期 : 嚥 下 反 射 の 段 階 。 約 0.3~ 0.5 秒 。 意 識 的 に 開 始 し た り 中 止 し た り で き な
い 反 射 で す 。 嚥 下 反 射 は 以 下 の よ う な 機 序 で 起 こ り ま す 軟口蓋が後方へ動き鼻咽腔を閉鎖→舌骨と甲状軟骨、輪状軟骨が前上方に動く→輪状咽頭
筋が弛緩して食道入口部が開く→食塊が咽頭から食道に押し出される→喉頭蓋が倒れて喉
頭 を 閉 鎖 す る ( 誤 嚥 防 止 ) 仮性球麻痺では咽頭反射の遅延、喉頭挙上の減弱、喉頭蓋谷や梨状窩への食物の残留が認
め ら れ ま す 。 ま た 、 球 麻 痺 ( ALS な ど ) で は 、 嚥 下 反 射 の 消 失 、 食 道 入 口 部 の 開 大 不 全 な
ど を 認 め 、 い ず れ も 誤 嚥 へ と つ な が り ま す 。 ⑤ 食道期:食塊が食道を通過して食道に入ると、食道蠕動運動が起こり胃に運ばれ
ま す 。 全身性硬化症や逆流性食道炎などによる蠕動運動の障害が有名ですが、パーキンソン病な
どの変性疾患や筋緊張性ジストロフィーなどの筋疾患でも食道蠕動運動の減弱や胃食道逆
流 を 認 め ま す 。 ( 神 経 筋 疾 患 に お け る 嚥 下 障 害 ) すべての神経筋疾患で嚥下障害を合併する可能性があります。しかし、障害の特徴はそ
れぞれの疾患や病期により異なります。また、認知症やうつ病の合併により先行期が影響
を 受 け る こ と も あ り ま す 。 パ ー キ ン ソ ン 病 で は 、 嚥 下 障 害 は 約 50%に 存 在 し 、 食 道 期 も 含
め た 全 嚥 下 機 構 の 障 害 を き た し や す く 、 不 顕 性 誤 嚥 が 多 い と 考 え ら れ て い ま す 。 ALS も 口
腔期・咽頭期ともに侵されますが、時期によっては高度に口腔期が障害され食塊形成や送
り込みが全くできなくても、嚥下反射がよく保たれていることもあります。逆に咀嚼はで
きても、咽頭反射が惹起されないケースもあり、味わうだけ、噛むだけを勧める場合もあ
り ま す 。 ( 嚥 下 障 害 を 疑 う 徴 候 ) む せ が あ る 、食 後 横 に な る と 咳 が 出 る 、食 事 中 や 食 後 に 咳 が 多 い 、食 事 中 に 湿 声 と な る 、
上を向いてのみ込む、食物や唾液が口からこぼれる、食事時間の延長、摂取量の減少、体
重 減 少 、 な ど が 認 め ら れ る と き は 嚥 下 障 害 を 疑 い 、 評 価 ・ 介 入 を 行 い ま す 。 ( 嚥 下 障 害 の 評 価 ) ① ベ ッ ド サ イ ド で で き る 評 価 ・ 観 察 項 目 : 口 唇 閉 鎖 、持 続 発 声 、発 声 の 評 価( 湿 声 嗄 声 、開 鼻 声 、失 調 性 な ど )、構 音
の評価(パタカ・パタカ;パ行-口唇音、タ行-舌尖音、カ行-奥舌音)、挺舌、舌圧、
舌 の 動 き の 速 さ や 協 調 性 、 口 腔 衛 生 状 態 、 歯 の 状 態 、 咳 の 観 察 、 嚥 下 時 の 喉 頭 挙 上 な ど 。 62 / 123
・ 反 復 唾 液 嚥 下 テ ス ト ( R e p e t i t i v e s a l i v a s w a l l o w i n g : R S S T ) 1 ) : 人 差 し 指 で
舌 骨 を 、中 指 で 甲 状 軟 骨 を 蝕 知 し た 状 態 で 空 嚥 下 を 指 示 し 、30 秒 間 に 何 回 嚥 下 で き る か を
観 察 。 2 回 /30 秒 以 下 で あ れ ば 陽 性 。 ・ 改 訂 水 飲 み テ ス ト ( M o d i f i e d W a t e r S w a l l o w i n g T e s t : M W S T ) 2 ) : 3ml の 冷 水
を口腔底に入れ嚥下させ、嚥下運動およびそのプロフィールにより咽頭期障害を評価する
方 法 ( 表 1 ) 。 ( 表 1 ) ② 嚥 下 造 影 ( V i d e o f l u o r o s c o p i c e x a m i n a t i o n : V F ) : 透 視 室 で の 造 影 剤 の 使 用 や 、
被爆の問題がありますが、口腔期から食道期の観察が可能で、不顕性誤嚥も検出されやす
い こ と が 利 点 で す 。 ③ 嚥 下 内 視 鏡 ( V i d e o e n d o s c o p i c e v a l u a t i o n o f s w a l l o w i n g ; V E ) : ベ ッ ド サ
イドで行え、実際の食事なども試すことができますが、嚥下の瞬間が観察できず、食道の
評 価 が で き ま せ ん 。 患 者 の 状 態 に 応 じ て ② ま た は ③ を 選 び ま す 。 で き る 限 り 安 全 を 確 保 し て 摂 食 嚥 下 を 継 続 す る た め に 、 病 期 に 応 じ て VF や VE を 行 う こ と
をすすめます。適切な食形態や代償方法を見つけることができるからです。しかし、全身
状態が悪い場合や、病期が進行した状態では危険を伴いますので、施行については主治医
が 総 合 的 に 判 断 す る 必 要 が あ り ま す 。 ( 嚥 下 障 害 に 対 す る ア プ ロ ー チ ) ① 嚥 下 間 接 訓 練 : 食 事 を 摂 取 ( 直 接 訓 練 ) せ ず に お こ な う も の で す 。 a ) 筋 力 増 強 訓 練 : 舌 運 動 ( 舌 背 や 舌 尖 の 挙 上 ) の 練 習 や 、 頸 部 筋 力 の 増 強 を 目
的 と し た 頭 部 挙 上 訓 練 ( S h a k e r 法 が 有 名 で す が 、 神 経 筋 疾 患 患 者 で は 疲 労 を 伴 う た
め 、 リ ク ラ イ ニ ン グ 姿 勢 な ど で 調 整 が 必 要 で す ) を 行 い ま す 。 b ) 嚥 下 反 射 誘 発 法 : 冷 圧 刺 激 法 ( t h e r m a l t a c t i l e s t i m u l a t i o n : T T S ) は 、
レモン水などに浸して凍らせた綿棒などで前口蓋弓などを軽く圧迫しながらこすり、
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その後唾液を嚥下させます。刺激と繰り返しの嚥下により、嚥下関連筋群を強化す
る 効 果 が あ り ま す 。 ま た 、 K-point 刺 激 は 、 臼 後 三 角 後 縁 ( 図 1 ) を 湿 ら せ た 綿 棒
やスプーンで軽く触るように刺激すると、咀嚼運動に続いて空嚥下が誘発される手
技です。噛む反射が強く、開口できない患者や、嚥下反射が起こりにくい仮性球麻
痺 患 者 に 有 効 で す 。 (図1)
4)
②嚥下直接訓練:以下のような代償手段を用いて安全に摂取できる形態で摂取する
こ と で す 。 ③ 代 償 方 法 ・ 姿 勢 調 節 : 舌 や 口 唇 の 動 き が 乏 し く 口 腔 期 障 害 が 強 い 場 合 、嚥 下 反 射 が 遅 延 す る 場 合 や
坐 位 保 持 が 困 難 な 場 合 は 、リ ク ラ イ ニ ン グ 姿 勢( 30~ 60 度 )を と り ま す 。頭 頚 部 屈 曲 位 も
誤嚥を予防する効果がありますが、無効であったりむしろ誤嚥しやすい場合もあるため、
実 際 に VF な ど で 確 認 が 必 要 で す 。 ま ・ 息 こ ら え 嚥 下 (supraglottic swallow) 3 ): 嚥 下 前 に 意 識 的 に 息 を 止 め て 、 声 門 を 閉 じ
ておいて嚥下し、嚥下したら素早く息を吐く方法。嚥下反射を惹起し、誤嚥防止に有効で
す 。 ・ 頸 部 回 旋 : 咽 頭 残 留 を 除 去 で き る 場 合 が あ り ま す 。 そ の 他 多 数 の 訓 練 方 法 4 ) が あ り ま す が 、個 人 に 合 う 方 法 を 嚥 下 チ ー ム に よ り 模 索 し て い き
ま す 。 ③ 食 事 形 態 の 工 夫 :嚥 下 機 能 に 見 合 っ た 、嚥 下 調 整 食 を 指 導 し て い き ま す 。増 粘 食 品( と
ろ み 調 整 食 品 ) の 使 用 に つ い て も 、 患 者 に 応 じ た 使 用 方 法 を 指 導 し ま す 。 64 / 123
④ 誤 嚥 防 止 術 :耳 鼻 咽 喉 科 医 と 連 携 し て 誤 嚥 防 止 術( 輪 状 咽 頭 筋 切 除 術 、声 門 閉 鎖 、気 管
喉 頭 分 離 術 、 気 管 食 道 吻 合 術 、 喉 頭 摘 出 術 な ど ) を 検 討 す る 場 合 が あ り ま す 。 ( 代 替 栄 養 ) 参 照:第 3 章 医 療 処 置 の 選 択 に 対 す る 説 明 と 施 行 の ポ イ ン ト ,3-2 嚥 下 機 能 低 下 に 対 し
て . 経管栄養などの代替栄養を行う中でも、
「 楽 し み 」程 度 の 摂 食 嚥 下 を 追 求 し て い く こ と は 、
リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 大 切 な 役 割 で す 。 2 . 栄 養 管 理 ポ イ ン ト ・必要栄養量(エネルギー、蛋白、脂質、糖質、ビタミン、微量元素、水分)を算出しま
す 。 ・ 患 者 の 病 期 や ADL の 状 態 に よ り 必 要 栄 養 量 は 変 化 す る た め 、 栄 養 士 を 中 心 と し た NST
( Nutrition Support Team) な ど が 定 期 的 に 評 価 す る こ と が 求 め ら れ ま す 。 栄養管理は、必要栄養量:必要エネルギー量、三大栄養素(蛋白質量、脂質量、糖質量)
を算出し、ビタミン量、微量元素量、水分量を決定していくことからはじめます。栄養士
を 中 心 と し て 、 医 師 、 薬 剤 師 、 看 護 師 な ど に よ る NST チ ー ム の 関 与 が 求 め ら れ ま す 。 ( 必 要 栄 養 量 の 算 出 ) ① 必 要 エ ネ ル ギ ー 量 の 決 定 ( Long の 式 ) ・ 1 日 の 必 要 エ ネ ル ギ ー 量 (kcal/日 )= 基 礎 代 謝 量 ( BEE) ×活 動 係 数 ( AF) ×傷 害
係 数 ( S F ) ※ BEE: Basal Energy Expenditure、 AF: Active Factor、 SF: Stress Factor ・ BEE( kcal/日 ) の 算 出 方 法 a ) Harris-Benedict 式 男 性 : BEE= 66.5+ ( 13.7×体 重 ) + ( 5×身 長 ) -(6.8×年 齢 ) 女 性 : BEE= 655+ ( 9.6×体 重 ) + ( 1.8×身 長 ) -( 4.7×年 齢 ) b ) 簡 易 式 男 性 : BEE= 14.1×体 重 + 620 女 性 : BEE= 10.8×体 重 + 620 c ) 体 重 か ら 推 測 BEE=25kcal/kg×体 重 d ) 間 接 熱 量 測 定 法 に よ り 基 礎 エ ネ ル ギ ー 代 謝 の 実 測 ※ 呼 吸 機 能 低 下 の 影 響 や 酸 素 ・ 呼 吸 器 の 装 着 な ど で 困 難 65 / 123
・ 活 動 係 数 ( AF)( 表 2 ) 活動
係数
寝 たきり
1.0~1.1
ベッド上
1.2
ベッド以 外 の活 動
1.3
軽 い労 作
1.5
中 等 度 の労 作
1.7
高 度 の労 作
1.9
( 表 2 ) ・ ス ト レ ス 係 数 ( 表 3 ) 身 体 ストレス
係数
正 常 (ストレスなし)
1
飢餓
0.84
感染症軽度
1.2
感染症中等度
1.5
手術軽度
1.1
手術中等度
1.5
手術高度
1.8
骨折
1.35
癌
1.1~1.3
( 表 3 ) 神経筋疾患に対する活動係数やストレス係数のエビデンスはありません。これまでの報告
か ら 、 気 管 切 開 下 人 工 呼 吸 器 装 着 患 者 に 対 す る 必 要 カ ロ リ ー の お お よ そ の 目 安 は 900kcal
と さ れ て い ま す 5 )。 ② 各 栄 養 素 の 必 要 量 ・ 蛋 白 質 必 要 量 体 重 あ た り 0.8~ 1.0g/日 を 基 準 と し 、病 態 お よ び ス ト レ ス の 程 度 に 応 じ て 増 減 し ま す( 表
4 )。 ストレスレベル
蛋白必要量
(g/kg/日 )
正常
1
軽 度 (小 手 術 、骨 折 )
1.0~1.2
中 等 度 (多 発 外 傷 、腹
膜炎)
高 度 (多 臓 器 不 全 、熱
1.2~1.5
1.5~2.0
66 / 123
傷)
腎機能障害
0.6-0.8
( 表 4 ) ・ 脂 質 必 要 量 必 要 エ ネ ル ギ ー 量 の 20-30%と し ま す 。COPD 患 者 で は 、代 謝 の 過 程 で 発 生 す る CO2 産 生 量 を
減 ら す た め に 、 脂 質 の 割 合 を 増 や し ま す ( 40-50%)。 ・ 糖 質 必 要 量 糖 質 必 要 量 = 必 要 エ ネ ル ギ ー 量 - 蛋 白 質 必 要 量 - 脂 質 必 要 量 ・ ビ タ ミ ン ・ 微 量 元 素 十分なエネルギー量を半消化態栄養剤や濃厚流動食で補給している場合にはビタミンや微
量元素は補充できますが、必要エネルギー量が低下し、経腸栄養剤の使用量が少なくなる
場 合 に は 注 意 が 必 要 で す 。 ・ 必 要 水 分 量 水 分 量 は 一 般 に 投 与 エ ネ ル ギ ー 量( kcal)と 同 量 (ml)か 、あ る い は( 体 重 kg)×30-35(ml)
で 求 め ま す 。経 腸 栄 養 剤 に 含 ま れ る 水 分 量 は 、64~ 85%と 幅 が あ る た め 、脱 水 を 引 き 起 こ さ
な い よ う 十 分 量 な 白 湯 が 必 要 で す 6 )。 コ ラ ム 1 A L S の 代 謝 ・ 栄 養 障 害 に つ い て ALS の 代 謝 は 病 期 に よ り 病 態 が 異 な り ま す 。ADL の 保 た れ て い る 病 初 期 に は 著 明 な 代 謝 亢
進による急激な体重減少を示しますが、進行期にはエネルギー消費は徐々に減少していき
ま す 。 現 在 、 ALS 診 断 時 の 予 後 不 良 因 子 と し て BMI≦ 18.5 7 ) が 示 さ れ て い ま す 。 本 邦 の 多
施 設 共 同 研 究 8 )で は 、78 例 の ALS 患 者 の 発 症 前 か ら 最 初 の 受 診 の 際 の BMI 変 化 率( BMI-RR)
と 生 存 期 間 に つ い て 後 方 視 的 に 調 査 し て い ま す 。BMI-RR≧ 2.5 の 群 は BMI< 2.5 の 群 に 比 べ
ると、有意に生存期間が短縮していることが示されました。したがって、診断早期に低栄
養を改善する取組みは重要だと考えられます。一方、人工呼吸器装着後などには、必要エ
ネルギー量は減少します。むしろ栄養過多になり、高浸透圧性高血糖状態をきたすことも
あ る た め 、 定 期 的 な 評 価 が 必 要 で す 9 )。 コ ラ ム 2 M S A の 病 期 に よ る 必 要 栄 養 量 の 推 移 MSA 患 者 28 名( 男 女 14 名 ず つ 、平 均 年 齢 66 歳 、平 均 罹 病 期 間 7.6 年 )の 栄 養 状 態( 体
格 指 数;BMI、上 腕 周 囲 長;AC、上 腕 三 頭 筋 肥 厚;TSF、上 腕 三 頭 筋 周 囲 長;AMC= AC-( 0.314
×TSF)、 日 本 人 の 新 身 体 計 測 基 準 値 に 照 ら し 合 わ せ た % TSF、 % AMC) を 検 討 し た 報 告 1 0 )
で は 、 経 管 栄 養 導 入 前 ; PEG(-)群 は 、 経 管 栄 養 導 入 ; PEG(+)群 に 比 べ て 、 有 意 に BMI と %
67 / 123
AMC が 減 少 し て お り 、 経 管 栄 養 が 必 要 と な る よ う な 患 者 で は 筋 蛋 白 栄 養 障 害 を 基 盤 と し た
体 重 減 少 を き た し て い る と 考 え ら れ ま し た 。 一 方 で 、 PEG(+)群 で は 、 % TSF が 増 加 す る 傾
向があり、体脂肪が蓄積する傾向があることが示唆されています。実際の臨床でも、経管
栄養・呼吸器装着となってから肥満傾向となり、気管カニューレや胃瘻チューブが埋没し
て い る よ う な 場 合 も あ り ま す の で 、 NST な ど に よ る 適 切 な 介 入 を 継 続 し て い く こ と が 必 要
で す 。 ( 大 達 清 美 ) ( 参 考 文 献 ) 1 )小 口 和 代 、才 藤 栄 一 ほ か .機 能 的 嚥 下 障 害 ス ク リ ー ニ ン グ テ ス ト「 反 復 唾 液 嚥 下 テ ス ト 」
の 検 討 (1)正 常 値 の 検 討 .リ ハ 医 学 37(6): 375-382、 2000. 2) 才 藤 栄 一 .平 成 11 年 長 寿 科 学 総 合 研 究 事 業 報 告 書 .pp1-17、 2000. 3) Logemann J. Evaluation and treatment of swallowing disorders. San Diego:College Hills Press,1983. 4) 日 本 摂 食 嚥 下 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン 学 会 医 療 検 討 委 員 会 .訓 練 法 の ま と め (2014 版 ).日 摂
食 嚥 下 リ ハ 会 誌 ;18(1): 55-89、 2014. 5) I chihara N , K amada Y , F ujii S , e t a l. E nergy r equirement a ssessed b y d oubly l abeled water method in patients with advanced amyotrophic lateral sclerosis managed by tracheostomy positive pressure ventilation. Amyotrophic Lateral Sclerosis;6:544-549,2012. 6) 田 中 弥 生 .栄 養 療 法 の 基 礎 、栄 養 ア セ ス メ ン ト .NST 完 全 ガ イ ド・改 訂 版 、経 腸 栄 養・静
脈 栄 養 の 基 礎 と 実 践 、 照 林 社 、 2009. 7) M arin B , D esport J C, K ajeu P e t a l. A lteration o f n utritional s tatus a t d iagnosis is a prognostic factor for survival of amyotrophic lateral sclerosis patients. JNNP;82:628-634,2011. 8) Shimizu T,Nagaoka U et al. Reduction rate of body mass index predicts prognosis for survival in ALS: A multicenter study in Japan. Amyotrophic Lateral Sclerosis;13:363-366,2012. 9) 中 野 今 治 ほ か .6 .嚥 下・栄 養 、筋 萎 縮 性 側 索 硬 化 症 診 療 ガ イ ド ラ イ ン 2013.日 本 神 経
学 会 監 修 、 医 学 書 院 、 pp104、 2013. 10) 長 岡 詩 子 、 清 水 俊 夫 、 松 倉 時 子 ら . 多 系 統 委 縮 症 の 栄 養 障 害 - 早 期 の 経 管 栄 養 導 入 と
進 行 期 の カ ロ リ ー 制 限 の 必 要 性 - . 臨 床 神 経 ;50:141-146,2010. 68 / 123
第 6章
神経難病患者のリハビリテーション
69 / 123
第 6 章 神 経 難 病 患 者 の リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 施 療 者 は 患 者 さ ん 身 体 に 触 れ る 時 間 が 長 い 職 種 で す 。 患 者 ・ 家 族
の限られた時間を共有する医療者として、リハビリテーションの手技を通じ相互の信頼関
係 を 築 き 、 患 者 ・ 家 族 を 支 え る こ と に な り ま す 。 こ こ で は 神 経 難 病 の 緩 和 ケ ア に お け る リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 目 的 、 神 経 難 病 の 苦 痛 症 状
( 第 4章:● 頁 )に 対 応 す る リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 具 体 的 方 法 、お よ び 今 後 リ ハ ビ リ テ ー シ
ョ ン に 求 め る 役 割 と 展 望 に つ い て 実 用 的 な 情 報 を 中 心 に 記 載 し ま す 。 1.
神 経 難 病 の 緩 和 ケ ア に お け る リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 目 的 ポ イ ン ト:神 経 難 病 患 者 の リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 目 的 は 単 な る 機 能 回 復 の み で な く ,
患 者 自 身 が 大 切 に し て い る QOLを 決 定 づ け る 事 に 関 す る 満 足 度 を 維 持 す る よ う に 助
け、関節拘縮や廃用症候群の予防により終末期での苦痛を少しでも軽減することで
す 。 神 経 難 病 に お け る 終 末 期 の 確 実 な 定 義 は あ り ま せ ん 。支 持 期( お お よ そ の 余 命 が 6ヶ 月 以
上 ) の 場 合 は 機 能 回 復 や 機 能 維 持 の 他 終 末 期 の 苦 痛 の 原 因 と な る 関 節 拘 縮 予 防 な ど を 行
い 、 終 末 期 で は 苦 痛 の 緩 和 や 心 理 的 サ ポ ー ト を 重 視 し た リ ハ ビ リ を 目 指 し ま す 。 こ の 意 味 で 1995年 に ア イ ル ラ ン ド の オ ボ イ ル ら が 考 案 し 、 2007年 に 中 島 ら が 日 本 語 訳 し
た SEIQoL(Schedule for the Evaluation of Individual Quality of Life)は リ ハ ビ リ テ ー
シ ョ ン の 効 果 の 評 価 に も 有 効 で す 1( 図 1 )。具 体 的 な ゴ ー ル は 主 治 医 、患 者 さ ん・家 族 と
の 話 し 合 い に よ り 設 定 す る こ と が 望 ま れ ま す 。 終 末 期 に は ADL は 低 下 し ま す が 、 患 者 と 家
族・医 療 者 と の 相 互 の 関 係 性 に よ り QOLを 維 持 す る こ と を 目 指 し 、そ の 際 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ
ン 担 当 者 の 果 た す 役 割 は 大 き い ( 図 2 )。 コ ラ ム : QOLは 障 害 の あ る そ の 人 個 人 の ADLに よ り 決 定 さ れ る 絶 対 的 な も の で は な く 、 周 囲
の 家 族 ・ 医 療 者 と の 関 係 性 に よ り 向 上 し う る 相 対 的 な も の で す 。 70 / 123
1.#SEIQoL*DW#
SEIQoL
! 
! 
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QOL
Σ
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x!
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=!Index!
5
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Cue
100
Level
0
71 / 123
2 . 神 経 難 病 の リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 生 理 学 的 特 徴 ポ イ ン ト : 神 経 疾 患 の 身 体 的 苦 痛 の 原 因 は 運 動 障 害 と 非 運 動 障 害 ( 感 情 障 害 、 認
知 症 、 自 律 神 経 障 害 ) が 含 ま れ 、 こ れ ら は 互 い に 密 に 関 係 し て い ま す 。 随 意 運 動 は ① 大 脳 辺 縁 系 で の 情 動 に よ る 動 機 づ け 、 ② 感 覚 の 入 力 に よ り 頭 頂 葉 で リ ア ル
タイムに更新される自らの身体図式のイメージをもとに形成する前頭前野での運動準備、
③ 大 脳 皮 質 —網 様 体 —脊 髄 路 を 伝 わ る 随 意 運 動 の お お ま か な 形 成 、 ④ 小 脳 —視 床 —基 底 核 を 用
いたフィードバックやフィードフォワード、遂行機能を用いた正確な運動調整などから構
成 さ れ ま す 。 一 方 神 経 細 胞 は「 可 塑 性 」が あ り 、
「 同 期 し て 活 動 す る 神 経 細 胞 間 に は ,そ れ が 離 れ た 脳
領域に存在しても,神経回路が生成され,反復して頻繁に使用される神経回路網の機能は
強 化 さ れ , 使 用 し な い 神 経 回 路 網 の 機 能 は 失 わ れ ま す 。 」 3,4. つ ま り 随 意 運 動 の 障 害 に 対
す る リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン は 、 前 記 ① か ら ④ に 含 ま れ る 脳 —神 経 —筋 の 細 胞 を 繰 り 返 し 同 期 し
て 活 動 さ せ る リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン プ ロ グ ラ ム を 作 成 す る こ と が 有 効 で す 。 3 . リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 目 標 設 定 と 具 体 的 方 法 ポイント:緩和ケアにおけるリハビリテーションにおいても、支持期にはゴールを
設定し、具体的手技を選択し、結果を評価し、方法を見直す事が必要です。前述の
生理学的特徴をとらえ、情動による動機つけや高次脳機能を意識した目標設定とプ
ロ グ ラ ム を 作 成 す る こ と が 望 ま し い 。 終 末 期 に は 患 者 の 苦 痛 緩 和 を 目 標 と し ま す 。 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 目 標 や ゴ ー ル 設 定 に は 単 な る 機 能 改 善 で は な く 患 者 が 主 体 的 に 選
択 し た 要 素 を 重 要 視 し た 前 述 の SEIQoL が 参 考 に な り ま す 。 各 症 状 の 評 価 方 法 例 を 表 1,2
に 示 し 、 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 具 体 的 手 技 や 工 夫 に つ い て 述 べ ま す 。 72 / 123
1.##
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2 − 1 倦 怠 感 C h r o n i c f a t i g u e s y n d r o m e ( C F S ) 倦 怠 感 と は 身 体 的 ・精 神 的 な 活 力 の 喪 失 で あ り 、眠 気 、低 血 圧 、脱 水 、固 縮 や 無 動 、筋 ト
ーヌス低下などの身体的問題の他、精神的問題も一因となり、原因別の対症療法を必要と
73 / 123
し ま す 。 Cognitive behavioral therapy(CBT) 認 知 行 動 療 法 や Graded excersise therapy(GET)の 報 告 が あ り ま す
5
。終末期には音楽や嗅覚を利用し、ポジショニング技術
を 駆 使 し 上 手 に 休 む 方 法 を あ み だ す こ と も リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 役 割 で す 。 2 − 2 筋 力 低 下 ポイント:下位運動ニューロン症状としての筋の脱力、筋萎縮のほか早期から廃用
症 候 群 の 予 防 を 意 識 し た リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン が 重 要 で す 。 1 ) 支 持 期 : 残 存 機 能 の 維 持 、 拘 縮 予 防 、 ADL の 維 持 や 拡 大 を 目 指 し ま す 。
こ の 際「 立 ち 上 が り の 動 作 の 改 善 や 維 持 」な ど 情 動 に よ る 動 機 つ け を 明 ら か に し 、
「成功
体 験 を 盛 り 込 む 」報 酬 系 の 活 用 も 重 要 で す 。
「 お 孫 さ ん の 運 動 会 で 立 っ て 応 援 し た い 」と い
う動機により、がんばった結果目的達成という具合です。このためには患者の生活背景や
大 切 に し て い る 事 を 深 く 理 解 す る こ と が 必 須 で す 。 一 方 ALS に 対 す る 運 動 負 荷 に つ い て 過 負 荷 は overwork weakness を 生 じ る
8
という報告
があります。筋力低下により巧緻運動障害や歩行困難などを生じる時期には、効率的な動
作 の 指 導 や 治 療 用 装 具 、 日 常 生 活 用 具 等 の 適 用 を 検 討 し ま す (表 3)。 こ の 際 近 い 将 来 を
見据えた実用と現状維持のための訓練をわけて考えることを説明する必要があります。例
え ば 歩 行 器 歩 行 の 練 習 は 今 後 の 実 用 の た め に 開 始 し ま す が 同 時 に 独 歩 の 練 習 も 継 続 す る
と い う 具 合 で す 。 理 論 に 基 づ い た 手 技 を も つ こ と が 重 要 で す 。 さ ら に 終 末 期 を 見 据 え た 準 備 の リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン と い う 観 点 が 必 要 で す 。 関 節 拘 縮 を
防 ぎ 、 下 肢 筋 萎 縮 に よ る 起 立 性 低 血 圧 の 悪 化 や 心 肺 機 能 低 下 を 防 ぎ ま す 。 3.
!
!
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25
%
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2)終末期:終末期では苦痛の緩和や介護度の軽減を目標にしますが、患者がチャレンジ
を 希 望 す る 場 合 に は 、 そ の 意 思 に 沿 う よ う に 対 応 し ま す 。 74 / 123
臥 床 期 で は ポ ジ シ ョ ニ ン グ に よ る 関 節 拘 縮 進 行 の 予 防 が 重 要 で す 。 体 位 交 換 、 ス ト レ ッ
チ 、 マ ッ サ ー ジ 等 が 主 体 と な り ま す 。 鍼 灸 師 と の 連 携 も 必 要 な 場 合 が あ り ま す 。 2 − 3 筋 緊 張 亢 進 ・ 筋 痙 攣 ポイント:痙縮の強い場合は筋短縮と関節拘縮の予防を意識したリハビリテーショ
ン を 施 行 す る 事 に よ り 終 末 期 の 疼 痛 を 予 防 し ま す 。 上 位 運 動 ニ ュ ー ロ ン 症 状 で あ る 痙 縮 や 筋 痙 攣 に つ い て 、 マ ッ サ ー ジ 、 温 熱 療 法 、 ポ ジ シ
ョ ニ ン グ( 姿 勢 の 工 夫 )な ど が 有 効 で す 。15 分 の 中 等 度 運 動 負 荷 を 1 日 2 回 施 行 し た 群 で
ALSFRS と 痙 性 ス ケ ー ル の 悪 化 が 抑 制 さ れ た と い う 報 告 が あ り ま す 8 。 痙 縮 が 著 し い 場 合 に
は関節拘縮の予防が重要ですが、関節拘縮をきたした場合、ボトックス注射とリハビリテ
ー シ ョ ン の 併 用 が 有 効 で す 。 コ ラ ム : 関 節 拘 縮 は 介 護 の 敵 ALS の ご 主 人 を 看 取 ら れ た 妻 の 言 葉 に 次 の よ う な も の が あ り ま し た 。
「痛みも強く体位交換
や 下 の 世 話 が 関 節 拘 縮 の た め に 困 難 で し た 。 関 節 拘 縮 を 予 防 で き る と い う 事 を 知 っ て い
たら、夫はもう少し楽な最後を迎えられた。訪問看護婦さんや自分にその知識があったら
と 思 う と 悔 し い 。」 2 − 4 疼 痛 ポイント:感覚障害、関節痛、筋肉痛、腱鞘炎などさまざま疼痛への対応が必要で
す 。 病 態 に よ り 対 応 が 異 な り ま す 。 関 節 や 筋 の 刺 激 は 内 因 性 オ ピ オ イ ド を 介 し た 鎮 痛 を も た ら し ま す 。モ ビ ラ イ ゼ ー シ ョ ン
( 最 終 可 動 域 ま で ス ト レ ッ チ さ せ 本 来 の 可 動 域 再 獲 得 を め ざ す )、マ ッ サ ー ジ に よ る リ ラ グ
ゼ ー シ ョ ン や 体 位 交 換 に よ る ポ ジ シ ョ ニ ン グ は 疼 痛 緩 和 に 有 用 で す 。 75 / 123
!
Visual!analogue!scale(VAS) 100mm!
Numerical!ra6ng!scale! NRS 0
10
11
Verbal!ra6ng!scale(VRS)
Face!scale
5
(d))Wong;Baker)Face)scale
(a) Visual)analogue)scale):VAS)
(b) Numerical)ra6ng)scale:NRS)
(c) Verval)ra6ng)scale:VRS)
2 - 5 呼 吸 障 害 ポ イ ン ト : ALS で は 呼 吸 筋 障 害 に よ る 低 換 気 や 気 道 分 泌 に よ る 通 過 障 害 が 問 題 と な
る
10,11
。 A L S の 呼 吸 障 害 の リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン に 関 す る 厚 生 省 の 指 針 が あ る
12
。胸
郭 や 肺 の 弾 性 の 維 持 と 排 痰 補 助 等 が あ る 。 1) 胸 郭 呼 吸 補 助 筋 、 肺 の 弾 性 の 維 持 肩 、 肩 甲 帯 、 胸 郭 な ど の 関 節 可 動 域 訓 練 や 肋 間 の 他 動 的 ス ト レ ッ チ を 行 い ま す 。 ①強制的吸気では鼻から息を吸い込み数秒間ためて口をすぼめながらはき出させますが、
深 呼 吸 が 難 し い 場 合 、 ア ン ビ ュ ー バ ッ グ 、 従 量 式 人 工 呼 吸 器 、 MI-E( Mechanical In – Exsufflator) を 用 い て 強 制 的 に 空 気 を 入 れ て 溜 め 、 他 動 的 に 拡 張 さ せ る air stacking 訓
練 を 行 い ま す 。 ② 徒 手 的 呼 吸 介 助 胸 郭 上 部 の 呼 気 介 助 で は 、 胸 郭 の 上 方 に 両 手 を 置 き 、 呼 気 に あ わ せ 両 手 で 胸 を な な め 下
方に押し、息を吸う時には手をはなす。胸郭下部の呼気介助:胸郭の下方を両手で包み込
むようにし、息を吐く時に臍部にむかって下・内側に押していき、息を吸う時にはなしま
す 。 2) 排 痰 訓 練 : 76 / 123
気 道 分 泌 物 の 排 出 に は 十 分 な 吸 気 量 と 呼 気 量 が 必 要 で あ る た め 強 制 換 気 と 急 速 な 呼 気 介
助を組み合わせます。徒手的呼吸介助で体位排痰法、スクイージング、カフアシストを用
い た 機 械 的 な 咳 介 助 ( mechanically a ssisted c oughing: M AC) が あ り ま す 。 カ フ ア シ ス ト
は 吸 気 と 呼 気 を 機 械 で 補 助 し 、咳 嗽 を 促 し 排 痰 を 助 け る も の で あ り 、2010 年 在 宅 人 工 呼
吸 器 使 用 時 に 排 痰 補 助 装 置 加 算 と し て 1800 点 保 険 適 用 と な り ま し た 。カ フ ア シ ス ト は 早 期
か ら の 練 習 が 望 ま し い 。 2 - 6 嚥 下 障 害
ポ イ ン ト : 誤 飲 の リ ス ク 評 価 を 行 い 、 嚥 下 の 各 時 期 に あ わ せ た 訓 練 を 施 行 し ま す 。 誤 飲 の リ ス ク の 評 価 に は 水 飲 み 試 験 の ほ か VF が 有 効 で 、口 腔 内 残 留 、奥 舌 へ の 移 動 不 良 、
喉 頭 挙 上 不 全 、 鼻 咽 腔 閉 鎖 不 全 、 梨 状 窩 の 残 留 、 食 道 回 口 部 の 開 大 不 全 を 認 め ま す 。 先 行 期( 口 に 運 ぶ )準 備 期( 歯・下・頬 )を 用 い て 食 塊 に ま と め る )、口 腔 期( 食 塊 を 舌 ・
頬 を 用 い て の ど に 送 り 込 む ,喉 頭 期( 嚥 下 反 射 に よ り の ど か ら 食 道 へ 食 塊 を 送 り 込 む )、食
道期(食塊を蠕動運動で胃へ送る)の 5 段階にわけて理解し、リハビリテーションを施行
します。具体的には姿勢の調整、食形態の調整、アイスマッサージによる嚥下促進、各器
官の運動訓練を施行します。食事内容に関しては栄養士との連携が必要です。
食 形 態 に 関 し て は 、 可 能 で あ れ ば 栄 養 士 と 連 携 し ま す 。 と ろ み の つ い た も の や 、 柔 ら か
いものが嚥下しやすい事が多いです。しかし、好きなものは飲み込みやすいことが多く、
患者さんごとに工夫することが必要です。また胃瘻などを使用している経口困難な時期こ
そ緩和的リハビリテーションを必要とします。嗅覚刺激や味つきのステイックの使用など
工 夫 し ま す 。( 第 5 章 : 神 経 難 病 の 摂 食 嚥 下 ・ 栄 養 管 理 , 参 照 )
沈 下 性 肺 炎 を 繰 り 返 す が 、 経 口 摂 取 を 強 く 希 望 す る 場 合 、 喉 頭 閉 鎖 術 や 喉 頭 摘 出 術 と い
う 方 法 も あ り 、 希 望 が あ れ ば 全 身 麻 酔 に 耐 え う る 時 期 に 判 断 し 施 行 し ま す 。 2-7 構 音 障 害 ポイント:球麻痺、仮性球麻痺、パーキンソンニズム、小脳性運動失調などの運動
障 害 な ど 、 病 態 に あ わ せ た ト レ ー ニ ン グ を 実 施 し ま す 。 頬 の マ ッ サ ー ジ や 唇 を き ち っ と 閉 じ る 訓 練 、 舌 の 運 動 、 呼 気 や 声 量 を 一 定 に 出 し 続 け る
ボ イ ス ト レ ー ニ ン グ が 有 効 で す 。パ ー キ ン ソ ン ニ ズ ム で は「 大 き な 声 で 」
「 区 切 っ て 」話 す
練習が有効です。小脳性構音障害では爆発音の改善や、息継ぎのタイミングを図る練習が
必 要 で す 。 病 状 の 進 行 に 合 わ せ て 非 音 声 言 語 的 手 段 ( 文 字 盤 ・ コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 機 器 な ど ) の 導
入 が 必 要 と な り ま す 。( 第 7 章 : 神 経 難 病 患 者 の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン - コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ
ン IT 機 器 な ど の 支 援 , 参 照 ) 77 / 123
2 − 8 高 次 脳 機 能 障 害 ポ イ ン ト : 訓 練 の 基 本 は ま ず 気 持 ち を う ご か す こ と ! 情 動 に よ る 動 機 付 け と 報 酬 系 を 意 識 し た 、目 的 意 識 を も っ て 楽 し め る プ ロ グ ラ ム を 作 成
し ま す 。 ① 高 次 脳 機 能 障 害 の 内 容 の 説 明 ② 達 成 可 能 な 課 題 の 選 択 ③ 訓 練 の 実 行 ④ 成
功 体 験 の 強 調 に よ る 意 欲 維 持 ⑤ 課 題 の 修 正 , の 過 程 に 沿 っ て 進 め ま す 。 ま た 本 人 が 不 自
由と感じていることに関係した高次脳機能障害の訓練を行います。例えば「孫と電話で話
す と き 言 葉 が で て こ な い し 、 も つ れ る 」 と い う 訴 え に は 、 ① 語 想 起 障 害 の 説 明 ② 「 新 聞
や 童 話 か ら 「 あ 」 の つ く 言 葉 を 拾 う 訓 練 」 の 選 択 ③ 訓 練 ④ 「 お 孫 さ ん と の 電 話 を 想 定
し た 会 話 の 録 音 に よ る 施 療 前 後 の 比 較 」、 と い う 具 合 で す 。
2 - 9 パ ー キ ン ソ ン ニ ズ ム 動 作 の 開 始 が 遅 れ る こ と が 多 く み ら れ ま す 。動 作 が 開 始 さ れ て も 、次 の 動 作 の 準 備 が 遅
れるため、姿勢保持が困難となり四つ這いや座位でも転倒する事があります。リラクゼー
シ ョ ン に よ る 筋 緊 張 の 修 正 、バ ラ ン ス ト レ ー ニ ン グ( 荷 重 移 動 と 姿 勢 保 持 )、プ レ ー シ ン グ
を用いた筋活動の促通などを行います。すくみ足や小刻み歩行には、床に線を引いたり、
ト イ レ の 床 を 格 子 模 様 に す る な ど の 視 覚 的 な キ ュ ウ( cue: 手 が か り 刺 激 )や ス ケ ー タ ー 歩
行の訓練などが有効です。一方、介護者には「患者にとって適切な動作スピード」を尊重
し ゆ っ く り 待 つ 姿 勢 を 身 に つ け て い た だ く こ と も 必 要 で す 。 2 - 1 0 小 脳 性 運 動 失 調 小 脳 は 、 運 動 機 能 に 関 し て は フ ィ ー ド バ ッ ク 、 フ ィ ー ド フ ォ ワ ー ド に よ る 運 動 の 調 整 、
遂行機能に関与し、可塑性があります。このため固有感覚を強化する運動を繰り返し行う
必要があります。運動をシュミレーションし、どのように動くのか実際に示すことも重症
で す 。 独 歩 可 能 な 時 期 に は 、 就 労 継 続 を 支 援 し 、 効 率 よ い 動 作 の 指 導 を 行 い ま す 。 移 動 に 介 助
を要する時期には、動線の工夫や、てすり・歩行器などの補装具の導入などが必要です。
また車椅子使用の時期には、介護者の訓練も必要です。中馬らは体幹筋の協調性の向上の
重要性を強調し、ホームエクササイズを提案しています
15
。 2 - 1 1 失 神 ( 起 立 性 低 血 圧 ) 多 系 統 萎 縮 症 で は 、 起 立 性 低 血 圧 に よ り 立 ち 上 が り 直 後 や 立 位 保 持 時 に 失 神 す る こ と が
あります。弾性ストッキング使用や薬物治療(昇圧薬、塩分付加)の使用により改善を図
ります。リハビリテーションによる下肢の廃用症候群の予防は、下肢筋の萎縮による起立
性低血圧の助長を防止します。薬物治療中は臥位での血圧上昇に留意します。臥位高血圧
や著明な血圧変動を認める時期には降圧剤の減量や中止も考慮する必要があります。種々
の方法を尽くしてもわずかな頭位挙上で失神を生じるような場合、臥位での支援を中心に
組 み 立 て る こ と に な り ま す 。 78 / 123
2 - 1 2 排 尿 障 害 導 尿 手 技 に 役 立 つ 巧 緻 運 動 障 害 に 対 す る 訓 練 が 必 要 と な り ま す 。 失 禁 に は 骨 盤 底 筋 群 訓
練や膀胱訓練を施行します。また排尿環境を整えることも重要です。閉塞性排尿障害で多
剤併用の場合、一次的に留置カテーテルを使用することで、再度自排尿が可能となること
もあります。しかし一般的にはリハビリテーションのみでは排尿障害の改善は困難である
た め 、 間 歇 導 尿 や 留 置 カ テ ー テ ル の 使 用 を 必 要 と し ま す 。 3 . 神 経 難 病 の 緩 和 ケ ア に お け る リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 役 割 と 展 望 ポイント:直接的介入としては前述の身体機能や高次脳機能の回復援助、間接的介入とし
ては訪問看護師や家族に対するリハビリテーションの指導があります。コミュニケーショ
ン 機 器 や ロ ボ ッ ト ス ー ツ HAL 等 の イ ン タ ー フ ェ ー ス 使 用 の 指 導 、 住 宅 の バ リ ア フ リ ー 化 や
地 域 の ユ ニ バ ー サ ル デ ザ イ ン 適 用 へ の 提 言 者 と し て の 医 療 専 門 職 の 役 割 が あ り ま す 。 ① 訪 問 看 護 師 や 家 族 に 対 す る 介 護 方 法 や 在 宅 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 指 導 在 宅 療 養 で リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン を 施 行 す る 場 合 、 介 護 保 険 で は 看 護 師 が 担 い 手 と な る こ
と が 多 い た め( コ ラ ム 参 照 )、医 師 は 、訪 問 看 護 師 の 指 導 、看 護 師 へ の 情 報 提 供 、連 携 が 必
要 で す 。 ② イ ン タ ー フ ェ ー ス の 使 用 に 関 す る 指 導 的 役 割 ロ ボ ッ ト ス ー ツ HAL Ⓡ( Hybrid A ssistive L imb)は 四 肢 に 装 着 す る 装 着 型 ロ ボ ッ ト で す 。
装着者の運動意図を基にしてリアルタイムに四肢の運動機能を増強する機能を持つ知的な
ロ ボ ッ ト で す 。 HAL 装 着 下 の 歩 行 練 習 に よ り HAL を 脱 い だ 後 の 歩 容 を 改 善 さ せ る と 報 告 さ
れ て い ま す 。 HAL に よ る 脳 ・ 神 経 ・ 筋 の 可 塑 性 を 促 進 し た 治 療 効 果 が あ る と 考 え ら れ て い
ます
16
。厚生労働省難治性疾患克服研究班により脊髄性筋萎縮症,球脊髄性筋萎縮症,筋
萎縮性側索硬化症,シャルコー・マリー・トゥース病などの神経・筋難病患者の治療への
応 用 が 検 討 さ れ て い ま す 。現 時 点 で は 神 経 難 病 へ の 保 険 適 用 は あ り ま せ ん 。し か し 、今 後 の
臨 床 へ の 応 用 に 際 し て は 、医 師 と と も に 理 学 療 法 士 、作 業 療 法 士 が 指 導 的 役 割 を 担 い ま す 。 ② 住 環 境 の 整 備 や 補 助 具 神 経 難 病 の 住 環 境 整 備 や 適 切 で 美 し い 、 遊 び 心 あ る デ ザ イ ン の 補 助 具 は QOL を 改 善 し ま
す。地域環境の整備に関しては、障害者全般に使いやすいユニバーサルデザインが、個人
の住環境は、個々の障害に適したバリアフリーデザインの導入が必要です。例えば、ホテ
ルのトイレは車椅子も対応できる広い手すりのついたデザインが望ましいのですが、つか
まり歩行の段階の患者さんのご自宅では、むしろ狭いトイレの方が身体を預けやすく使用
しやすいこともあるのです。もちろん、パーキンソン病の方は狭いところでは動きが悪く
な る こ と が 知 ら れ て い ま す 。 こ の 場 合 、 広 い ト イ レ の 方 が 動 き や す い こ と に な り ま す 。 個 人 の 住 環 境 で は 、 ト イ レ の 手 す り や 背 も た れ 、 昇 降 便 座 、 風 呂 場 の 手 す り 、 専 用 リ フ
トの配備、ベッドでのスライデイングマットの使用などについて、検討して調整します。
79 / 123
理学療法士や作業療法士が在宅訪問をし、ケアマネージャーと連携してこれらを整える必
要 が あ り ま す 。 地 域 環 境 の 整 備 に も 、 理 学 療 法 士 、 建 築 家 、 工 学 士 の 連 携 が 必 要 で す 。 コ ラ ム : リ ハ ビ リ テ -シ ョ ン 料 に お け る 医 療 保 険 と 介 護 保 険 の 併 用 の 原 則 禁 止 に つ い て 介護保険における訪問リハビリテーションや通所リハビリテーションを利用すると、医療
保険における疾患別リハビリテーションは利用できません。医療保険よりも介護保険が優
先されます。看護師が訪問リハビリの担い手になることが多いため看護師への指導が非常
に重要であり、地域ぐるみの教育の機会をもつことが必要です。また、リハビリの対象と
なる診断名が違えば併用禁止事項には抵触しませんが特定疾患以外の診断名では公費負担
は な く 自 己 負 担 金 が 発 生 し ま す 。 ( 武 井 麻 子 ) 参 考 文 献 1)
中 島 孝 .ALS を め ぐ る 問 題 ― 倫 理 か ら 緩 和 ケ ア へ . 臨 床 神 経 2008(48): 958― 960. 2)
O’ Boyle C A, McGee H M, Hickey A, et al.The Schedule for the Evaluation of Individual Quality of Life (SEIQoL): Administration Manual. Dublin: Royal College of Surgeons in Ireland, (1993). 3)
Hebb DQ : The organization of behavior, Wiley & Solk s , New York , 1949 . 4)
高 草 木 薫 . 脳 の 可 塑 性 と 理 学 療 法 2010:37( 8) : 575〜 582. 5)
Moss-Morris R, Deary V, and Castell B. Chronic fatigue syndrome. Handbook of clinical neurology 110. Elsevier, London. 2013:303-314. 6)
大 生 定 義 . リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン に お け る ア ウ ト カ ム 評 価 尺 度 Norris Scale 、
ALSFRS-R,ALSAQ-40. J Clin Rehabili 2006:15:364-371. 7)
平 成 25 年 度 障 害 者 総 合 福 祉 推 進 事 業 補 装 具 費 支 給 事 業 ガ イ ド ブ ッ ク 8)
Bennet R L, K noulton G C. 0 verwork w eakness i n p artially d enervated s keletal m uscle. Clin Orthop 1958:12:22-29. 9)
平 川 奈 緒 美 .痛 み の 評 価 ス ケ ー ル . Anesthesia 21 Century 2011vol13(2-40) 10) Droy VE, Goltsman E, Reznic JG, et al. The value of muscle exercise in patients with amyotrophic lateral sclerosis. J Neurol Sci 2001:191:133-137. 11) Pinto S,Swash M,de Carvalho M. Respiratoty exercise in amyotrophic lateral sclerosis. Amyotrophic Lateral Scler 2012:13:33-43. 12) 中 島 孝 . 筋 萎 縮 性 側 索 硬 化 症 の 包 括 的 呼 吸 ケ ア 指 針 —呼 吸 理 学 療 法 と 非 進 取 的 陽 圧 換
気 法 ( NPPV) . 厚 生 労 働 省 難 治 性 疾 患 克 服 事 業 ( 平 成 17 年 度 −19 年 度 )「 特 定 疾 患 の
80 / 123
生 活 の 質 (QOL)向 上 に 関 す る 研 究 」 班 . 2008. 13) 花 山 構 三 . 神 経 難 病 の リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の ト ピ ッ ク ス ー 呼 吸 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン .
江 藤 文 雄 、 中 馬 孝 容 、 葛 原 茂 樹 監 修 . 神 経 難 病 の リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン ー 症 例 を 通 じ
て 学 ぶ . 医 歯 薬 出 版 株 式 会 社 .東 京 .2012:26-30. 14) Cadarbaum JM. The ALSFRS-R: a revised ALS functional rating scale that incorporates assessments of respiratory function. BDNF ALS Study Group (Phase III).J Neurol Sci. 1999:13-21. 15) 中 馬 孝 容 脊 髄 小 脳 変 性 症 患 者 の ニ ー ズ と 在 宅 で の 取 り 組 み . Clinical rehabilitation 2014:23:540-546. 記 載 内 容 に 加 え る か ど う か , 検 討 中 16) 中 島 孝 .神 経 ・ 筋 難 病 患 者 が 装 着 す る ロ ボ ッ ト ス ー ツ HAL の 医 学 応 用 に 向 け た 進 歩 , 期 待 さ れ る 臨 床 効 果 . 保 健 医 療 科 学 2011:60(2):130- 137. 81 / 123
Q: ALS の 「 リ ハ ビ リ 」 身 体 負 荷 の 目 安 は あ り ま す か ? A: 自 覚 的 疲 労 の 他 、 呼 吸 数 や 脈 、 SPO2 の 変 化 を 参 考 に し ま す 。 Q: 「 ス ケ ー ト 歩 行 」 と は ? A: ア イ ス ス ケ ー ト を す べ る 様 に 、ゆ っ く り と し た リ ズ ム で 大 腿 か ら 斜 め 外 方 向 に 下 肢 を だ
す 歩 行 方 法 で あ り 、 す く み 足 が 軽 減 す る こ と が あ り ま す 。 Q: 「 フ ィ ー ド バ ッ ク 、 フ ィ ー ド フ ォ ワ ー ド に よ る 運 動 の 調 整 」 と は ? A: フ ィ ー ド バ ッ ク 制 御 で は 、目 標 位 置 と 実 際 の 位 置 が ず れ て い る と き 、そ の ず れ を 修 正 す
る方法で、遅い運動に用いられます。これに対しフィードフォワードは、速い運動を制御
する時に用い、あらかじめ目標と軌道を計算して、運動制御をするものです。小脳がフィ
ードフォワード的な運動制御をしている例としてよく知られているのが、前庭動眼反射弓
であり、注視時に頭の位置が変化した場合、その動きに応じて眼球の方向を調節すること
で 視 野 が ぶ れ な い よ う に し て い ま す 。 82 / 123
第 7章
神経難病患者のコミュニケーション
( コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン IT 機 器 な ど の 支 援 )
83 / 123
第 7章
神 経 難 病 患 者 の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン : 特 に ALS に つ い て
数 多 く あ る 神 経 難 病 の う ち 、 こ こ で は 筋 萎 縮 性 側 索 硬 化 症 ( ALS) を 念 頭 に 、 難 病 患 者
の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 障 害 の 支 援 に つ い て 以 下 の 3 点 を 述 べ ま す 。こ れ ら に 通 底 す る テ ー
マとして多様性と個別性の尊重を挙げます。
項目
1.コミュニケーション障害の特徴と障害の評価
2.多彩な補助手段と完全閉じ込め状態
3 . 補 助 機 器 選 択 , 導 入 の 時 期 お よ び IT 機 器 利 用 の 現 状 と 問 題 点
1-1.コミュニケーション障害の特徴
ポ イ ン ト : ALS は 症 候 群 、 症 状 の 多 様 性 が あ り 、 高 次 脳 機 能 障 害 を 伴 う 例 が あ り ま す 。
随 意 運 動 機 能 の 進 行 性 障 害 が 目 立 つ ALS な が ら 高 次 脳 機 能 低 下 を 伴 う 例 も 少 な く あ り
ません
1)。
(図1)
ALS は 単 一 の 疾 患 と 理 解 す る よ り 、む し ろ 症 候 群 と 認 識 す る の が 妥 当
で す 。症 状 お よ び 進 行 は 個 々 に 大 き く 異 な り ま す 。ALS の 場 合 、コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 障 害
や高次脳機能の低下が明らかになる前から、仮名文字の脱字、助詞の脱落、仮名・漢字の
錯書、感情の表情認識障害が生じることがあります
2-4)。 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 障 害 が 明 ら
かになった後、さまざまな支援機器を提示しても患者が利用できない場合、認知機能、聴
力 、お よ び 中 耳 炎 の 有 無 を 評 価 す る 必 要 が あ り ま す 。ALS の 約 半 数 に 何 ら か の 認 知 機 能 障
害 が 検 出 さ れ ま す が 、臨 床 的 に 明 ら か な 認 知 症 は お よ そ 15~ 20%程 度 ま で と さ れ て い ま す
5)。 認 知 機 能 障 害 の 特 徴 と し て 、 前 頭 葉 機 能 の 低 下 ( 行 動 異 常 や 意 欲 の 低 下 、 言 語 機 能 低
下)が前景に立つことが多く、重度の記憶障害や見当識障害は比較的希です
5)。
1-2.コミュニケーション障害の評価方法
(1)構音と書字
ポイント:患者さんごとにいくつかの評価法を組み合わせて評価します
身 体 機 能 評 価 と し て 、 ALS functional rating scale (ALSFRS-R)、 機 能 的 自 立 度 評 価 表
( FIM)、Norris scale (四 肢・球 ス ケ ー ル )、関 節 可 動 域( ROM)、徒 手 筋 力 測 定( MMT)、
上肢機能評価などがあります
6)。 構 音 障 害 で は 文 章 の 読 み 上 げ ( 発 語 の 速 さ ) や 、 手 指 を
用いた表出機能では指文字の速度も評価に使えます。読み上げの速さでは、一定の文章を
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読 ん で も ら い 、完 了 ま で に か か る 時 間 を 測 定 し 、ほ ぼ 健 常 と 考 え ら れ る 時 期 の 65%を 下 回
るようになれば補助機器導入の目安とすることもできます
7)。
( 2 ) ALSFRS-R ポ イ ン ト : 信 頼 性 と 経 時 的 評 価 の 有 用 性 が 確 認 さ れ て い る ALSFRS-R
ALSFRS-R は 身 体 機 能 を 12 項 目 に 区 分 し 、 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 能 力 を 評 価 す る 項 目 を
含 み ま す 。 そ れ ぞ れ の 項 目 を 0~4 点 で 評 価 し 、 満 点 は 48 点 で 、 機 能 障 害 が 進 む ほ ど 点 数
は 低 下 し 、 最 低 点 は 0 点 で す ( 表 1 )。 医 師 以 外 の 医 療 ス タ ッ フ や 家 族 も 評 価 で き 、 信 頼
性と経時的評価の有用性が確認されています。さらに経時的に評価して、時間あたりの項
目ごとの変化量から症状増悪の速さの評価ができます
6)。
( 3 ) 前 頭 葉 機 能 評 価 ポ イ ン ト : ALS の 前 頭 葉 機 能 評 価 に Frontal Assessment Battery (FAB)を 用 い る こ と
もできます
8)。
FAB は 、6 項 目 、そ れ ぞ れ 0~3 点 で 採 点 し 、満 点 は 18 点 で す( 表 2 )。一 般 に 8 歳 以 上
の 健 常 者 で は 、ほ ぼ 満 点 を と る と 言 わ れ て い ま す 。15 点 未 満 で は 、認 知 機 能 障 害 が 疑 わ れ 、
10 点 未 満 で は 前 頭 葉 型 認 知 症 も 示 唆 さ れ ま す 。 し か し 、 本 邦 で の FAB の 評 価 に つ い て の
標準化はまだなされていません。
( 4 ) 療 養 現 場 で の 総 合 的 評 価 ポ イ ン ト : 療 養 さ れ て い る 現 場 に 出 向 い て の 評 価 が 望 ま れ ま す 。
患者の療養現場(患者宅など)を訪問して、コミュニケーション能力を評価し、家屋調
査 を 基 に 対 応 を 検 討 ・実 施 す る 必 要 が あ り ま す 。生 活 場 面 や 相 手 に 応 じ て 手 段 や 機 器 を 適 切
に使い分けることにつながります
6). 医 師 が 直 接 、 現 場 に 行 く こ と が で き な い 場 合 、 訪 問
看護師や保健師などの訪問が有用です。療養者の許可を得て、療養環境を写真撮影して情
報共有することもできます。また、家庭を訪問した者が家族内の諸問題に気づく機会も増
えます。
( 5 ) 気 管 切 開 下 陽 圧 式 人 工 換 気 療 法 ( TPPV, TIV) 開 始 後 の 機 能 評 価 ポ イ ン ト : TPPV 開 始 後 の 機 能 評 価 ス ケ ー ル が あ り ま す 。
都 立 神 経 病 院 で 病 理 学 的 に 診 断 確 定 さ れ た 29 例 の ALS 症 例 の 検 討 か ら TPPV 後 の 意 思
伝達能力ステージ分類が提案されました
9)。
( 表 3 )こ れ は
5 段 階 の 評 価 で 、経 時 的 に 評 価
すればコミュニケーション能力の予後を推測する手がかりとなります
85 / 123
9)。
2 - 1 . 多 彩 な 補 助 手 段 ポイント:コミュニケーション障害が生じてきたら、種々試みること
コミュニケーション障害が生じてきた場合、先ずは、筆談、指文字や、文字盤が使われ
ま す 。 さ ら に 、 補 助 ・ 代 替 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 手 段 ( augmentative and alternative
communication: AAC) と 呼 ば れ る 各 種 IT 機 器 も 利 用 者 の 状 態 に 合 せ て 使 用 す る こ と が
できます
6)。
( 1 ) 文 字 盤 ポ イ ン ト : 一 番 多 く 使 わ れ て い ま す 。 限 界 も 知 り 、 他 の 手 段 も 合 わ せ て 試 み る こ と
文字盤は使い慣れると一番早いツールとなります。透明アクリル文字盤(対面式)は、
文字の大きさ、配置など個別性を重視し、経験者からの意見も参考にして作成されます。
母音式(口文字盤)は、文字盤がなくともコミュニケーションが可能です
6 ,1 0 ) 。 忙 し い と
きにこそ、メモをとり、最後まで見て取るように留意すべきです。対処を急ぐ、あるいは
使用頻度の高い内容はパターン化して、文字盤の見やすいところに配置します
6)。
文字盤では時間がかかり内容と伝達できる空間も限られます。文字盤でのコミュニケー
シ ョ ン が 十 分 と れ て い る う ち に こ そ 、IT 機 器 を 使 い 細 か な 内 容 を 伝 え る 技 術 を 習 得 し ま す
6)。
( 2 ) IT 機 器 ポ イ ン ト : 補 助 ・ 代 替 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 手 段 ( augmentative and alternative
communication: AAC) に は 種 々 あ り ま す 。 訪 問 看 護 師 、 保 健 所 保 健 師 を 通 じ て 、 患 者 会
や 支 援 NPO 組 織 な ど に 相 談 し て み ま し ょ う 。
AAT と し て さ ま ざ ま な IT 機 器 が 使 わ れ ま す 。 ど こ か 随 意 的 な シ グ ナ ル が 拾 え れ ば 、 電
気 的 信 号 変 換 に よ り 、さ ま ざ ま な AAC 機 器 に 接 続 で き ま す 。随 意 的 な シ グ ナ ル 源 と し て 、
四肢、下顎、眼瞼、眼球運動等の運動、筋電図、視線、脳波,眼電図、前頭葉脳血流量変
動(近赤外光)などが用いられています
6 ,1 1 ) 。
IT 機 器 は 日 常 生 活 に 深 く 浸 透 し て き て い ま す 。コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 手 段 に 特 化 し た も の
ばかりでなく、現在ある機器を用いて工夫することもできます。タブレット型機器など、
さまざまなソフトが開発されています。担当医や支援チームのスタッフが、その全てを把
握 す る こ と は 困 難 で す が 、 患 者 会 や 支 援 NPO 組 織 な ど へ 情 報 提 供 や 支 援 を 依 頼 す る こ と
ができます。
1 ) 補 装 具 と し て の 意 思 伝 達 装 置 86 / 123
どこか運動機能が残存する場合:
現 在 、 下 記 の 名 称 ( 方 式 )・ 基 本 構 造 に 区 分 さ れ て い ま す
11)。
(a) 文 字 等 走 査 入 力 方 式 ( 簡 単 な も の ) (b) 通 信 機 能 が 付 加 さ れ た も の ( メ ー ル 送 信 も 許 容 さ れ て い る )
(c) 環 境 制 御 機 能 が 付 加 さ れ た も の ( 環 境 制 御 ス イ ッ チ を 許 容 )
(d) 簡 易 な 環 境 制 御 機 能 が 付 加 さ れ た も の ( 単 一 装 置 の リ モ コ ン を 区 分 )
(e) 高 度 な 環 境 制 御 機 能 が 付 加 さ れ た も の
付加機能は通信機能の社会変化へ対応したものです。現在ではパソコンや携帯電話での
メール機能が広く普及し、目の前にいない人へのコミュニケーションは一般的となってい
ます。環境制御機能は、他者の手を煩わすことなく、随時、空調や映像・音響機器へ自ら
の意思を伝えてスィッチを操作できます。
運動機能によるスィッチ操作が困難な場合:
重度障害者用意思伝達装置(生体現象方式)と呼ばれる方式があります。これは、脳波
や 脳 の 血 流 量 等 の 変 化 を 利 用 し て 「は い・い い え 」を 判 定 し ま す
1 1 ) 。対 象 者 は 、筋 活 動:ま
ばたきや呼気等、運動機能によるスィッチ操作が困難な場合、つまり完全閉じ込め状態が
念頭に置かれています。相手の呼びかけに対して反応するため、聴覚や認知に問題がある
場合にも、反応できなくなります。本邦では下記 2 点が販売されています。
(a) 脳 波 利 用 「 マ ク ト ス Model WX( マ ク ト ス )」 シ リ ー ズ ( テ ク ノ ス ジ ャ パ ン 社 )
「はい・いいえ」の判定結果が電気的に出力されます。理論的には、スキャン入力方式
の文字等走査入力方式の機器操作スイッチと組み合わせて利用することも可能です。
(b) 脳 血 流 利 用 「 心 語 り ( こ こ ろ が た り )」( エ ク セ ル ・ オ ブ ・ メ カ ト ロ ニ ク ス 社 )
ひとつの質問に対する「はい・いいえ」の判定結果が画面で表示されます。周囲の人が
患者さんへの対応がきちんとできるかどうかの検討が必要です。
生態現象方式の導入ができるかどうかの見極めとして、相反する既知の課題を順に提示
して、それぞれの結果がどう出るかの記録をとる方法があります。生態現象では、必ずし
も 本 人 の「 は い・い い え 」の 意 思 が 100%反 映 さ れ た 回 答 が 得 ら れ る も の で は あ り ま せ ん 。
同一の質問を繰り返し答えてもらうことで正答率を上げるように試みます。当初に設定す
る「はい・いいえ」のデータが、以後のコミュニケーション結果に大きく影響するため、
初 回 の 設 定 時 に は 、メ ー カ ー に 十 分 な 問 い 合 わ せ を 行 う 必 要 が あ り ま す 。質 問 の 方 法 な ど 、
周囲の人的対応も含めて、身体障害者更生相談所として導入可能と判断されると支給(公
費負担)可能となります。該当する機器では、主治医の意見書に大脳の活動についての説
87 / 123
明が求められます。脳波の出現が不確実な場合や、前頭葉障害がある場合などでは導入が
困 難 と な り ま す 。 現 在 、 生 態 現 象 方 式 を 実 際 に 有 効 利 用 し て い る ALS 患 者 は 稀 で す 。
( 3 ) 入 力 機 器 固 定 用 の 補 装 具 ポ イ ン ト : IT 機 器 そ の も の ば か り で な く 使 用 す る 姿 勢 を 整 え る 補 助 具 も 大 切
IT 機 器 の 利 用 に あ た っ て は 、病 状 、体 型 、使 用 す る 姿 勢 や 、設 置 場 所 、入 力 方 法 に 合 わ
せて装置の固定を工夫します。入力装置固定用の補装具として、前腕懸垂装具、手関節装
具、手指装具などを適宜、考慮します。但し、購入にあたり公費負担が確立していないも
のもあります。諸手続に必要な書類作成や患者会からのレンタルなど、各種ネットワーク
により療養者支援に繋げます。
( 4 ) 自 ら の 「声 」で の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ポ イ ン ト : 自 声 で コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン , 条 件 さ え 整 え ば 可 能 に
患 者 さ ん は 機 能 障 害 が 進 ん で も 、先 ず は 自 ら の 声 で の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン を 希 望 し ま す 。
気管切開下でも構音機能が保たれている場合、スピーキングカニュラや電気式人工喉頭の
使用によりコミュニケーションができる可能性があります。また、近年、自声の合成がソ
フトウェアにより可能になってきました。完全に構音が障害された場合でも、健康時や病
初期に録音された患者自身の声を合成し、構音機能喪失後,自分の声を用いてコンピュー
ターに文章を音読させることが試みられています
6)。
2 - 2 . 完 全 閉 じ 込 め 状 態 ポ イ ン ト : 完 全 閉 じ 込 め 状 態 [ totally locked-in state (TLS)] の 理 解 は 重 要
完 全 閉 じ 込 め 状 態 [ totally locked-in state (TLS)] は 究 極 の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 障 害 で
す 。こ こ に 至 る 頻 度 は 、都 立 神 経 病 院 の TPPV 70 例 の 後 方 視 的 検 討 で 、TLS が 11.4%( 5
年 以 上 TPPV 継 続 例 で は 18.2%)、最 小 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 状 態 minimal communication
state (MCS)は 33.3%で し た
12)。 そ の 後 、 全 国 の 神 経 内 科 医 へ の 調 査 票 に よ る
例 の 検 討 で は 、TLS は 13% と い う 報 告 や
TPPV 709
13)、
最近の熊本再春荘病院からの報告では
導 入 患 者 38 名 中 、TLS 移 行 は 10 名 (26.3%)と い う 報 告 が あ り ま す
い て 、 発 症 か ら TPPV ま で の 期 間 が 短 い こ と が 知 ら れ て い ま す
TPPV
1 4 ) 。TLS
に至る例につ
9)。 ま た 、 5
年 超 の TPPV
例 で も 48.5%は 著 し い コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 障 害 が な か っ た こ と は 注 目 さ れ ま す
1 2 ) 。こ れ ら
の 結 果 は 、 ALS の 多 様 性 を 示 唆 し て い ま す 。
完 全 閉 じ 込 め 状 態 の 背 景 で は 、個 々 の 事 例 に お い て 、TLS は 、本 来 そ の 患 者 が 有 し て い
るコミュニケーション能力を引き出すための手段が不十分、つまり機器が未開発なのか、
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そ れ と も 神 経 変 性 に よ り 患 者 の 意 思 能 力 そ の も の が 喪 失 し て い る の か 、が 問 題 と な り ま す 。
TLS と 診 断 す る 前 に 、必 ず 全 身 の 随 意 運 動 の 詳 細 な 評 価 が 必 要 で す 。TLS と 診 断 さ れ た 後
に 、 随 意 運 動 を 見 つ け 出 し 、 ス ィ ッ チ 適 合 の 後 に AAC か ら 思 い の 丈 を 伝 え 始 め た 例 が あ
ります
1 5 ) 。ま た 、TPPV
長 期 例 の 中 耳 炎 は よ く 知 ら れ て い る た め 、耳 の 状 態 も チ ェ ッ ク し
ます。
ド イ ツ か ら の 報 告 で 、TLS に 至 る 前 に 硬 膜 上 電 極 を 埋 め 込 み 、経 過 を 追 っ た 1 例 が あ り
ます
1 6 ) 。こ の 例 で は 、随 意 運 動 は 外 肛 門 括 約 筋 よ り も 外 眼 筋 が 最 後 ま で 機 能 し ま し た 1 6 ) 。
さ ら に 進 行 す る と 眼 球 運 動 も 障 害 さ れ TLS に 至 り ま し た 。硬 膜 上 か ら の 聴 覚 性 事 象 関 連 電
位 の 反 応 は TLS 後 3 ヶ 月 以 降 、 記 録 さ れ な く な り ま し た
1 7 ) 。 一 方 、 同 じ く ド イ ツ で 、 27
ヶ 月 間 に わ た り 全 く コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン が と れ ず TLS と 診 断 さ れ て い た ALS 患 者 が い ま
した。この方に近赤外線分光法を用いた検査を繰り返し行ったところ、正答が統計学的に
は有意であったとの報告があります
18)。
TLS
と診断されてある程度時間が経過した後でも、
コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 成 立 例 の 存 在 す る 可 能 性 が 提 示 さ れ た こ と は 意 味 深 い こ と で す 。た だ 、
まだ実用レベルでのコミュニケーション成立といえる段階ではないことも理解しておく必
要があります。
3 . 補 助 機 器 選 択 , 導 入 の 時 期 お よ び IT 機 器 利 用 の 現 状 と 問 題 点
( 1 ) 補 助 機 器 選 択 と 導 入 の 時 期 ポイント:原則は,綿密に意思疎通ができる間にさまざまな方法を試みること
まだある機能が残っているうちに次の段階の方法を先行的に導入することは、疾患の進
行・増 悪 を 予 見 し ま す 。し た が っ て 、療 養 者 に は な か な か 受 容 れ ら れ な い こ と が 多 い の で す 。
ま た 、ALS の 多 様 性 か ら 、症 状 の 進 行 に は 大 き な 個 人 差 が あ り ま す 。特 に 、急 速 に 進 行 す
る例では、説明および対応が間に合わないことも生じます。原則は、病初期から個別の支
援チームを構成し、進行の程度を評価しながら、時間的にも心理的にも余裕を持って導入
をはかることになります
6)。
( 2 ) TPPV ( TIV )導 入 後 の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ポ イ ン ト : 先 ず は 支 援 チ ー ム を 点 検 し 、 患 者 の 理 解 や 受 け 止 め た 内 容 を ス タ ッ フ で 共 有
急 速 な 呼 吸 筋 障 害 や 疾 患 の 受 容 が で き な い ま ま TPPV に 移 行 し た 場 合 が 問 題 で す 。先 ず
は 支 援 チ ー ム を 点 検 し 、 必 要 に 応 じ IT 支 援 可 能 な 人 材 へ の 連 携 を 確 認 の 上 、 意 思 疎 通 の
再確立をはかります
6)。 進 行 が 速 い 例 こ そ 、 病 初 期 の 病 状 説 明 ( 告 知 ) が 重 要 で す 。 各 段
階の告知後、本人の理解や受け止めた内容は、患者から医師に直接表出されないことも多
いため、医療スタッフから医師へのフィードバックは重要です。担当医は、告知後に逐次
情報を還流してもらえるような支援チームを形成・維持しておく必要があります
89 / 123
6)。
( 3 ) 支 援 人 材 ポ イ ン ト : IT 機 器 と 疾 患 の 双 方 に 理 解 と 経 験 の あ る 人 材 を 確 保 し ま す 。
随意的な生体シグナルが電気信号に変換されれば、さまざまな意思伝達装置に接続でき
ます
6 ,1 1 ) 。 し か し 、 シ グ ナ ル を 変 換 す る 装 置 ( ス ィ ッ チ ) を 適 合 さ せ 、 意 思 伝 達 装 置 を 調
整 す る 上 で 、IT 機 器 と 疾 患 の 双 方 に 理 解 と 経 験 の あ る 人 材 が 必 要 で す 。地 域 で の 育 成 と と
もに数少ない人材の広域での連携が求められています。担当医や保健師ばかりでなく、患
者会、難病相談支援センター、難病医療専門員などへの相談を勧めます。場合によっては
他地域からの応援も考慮しなければなりません。
( 4 ) 視 線 入 力 装 置 ポ イ ン ト : 有 効 な コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 支 援 機 器 、 一 方 で 価 格 が 高 い こ と が 難 点
視線入力装置は眼球運動機能が長く残ること、適合をとりやすいことから、非常に有力
なコミュニケーション支援機器となります。しかし、現状では、購入費用が高いことが難
点です。特例補装具としての判定を受けての公費補助も期待されますが、認定基準は自治
体ごとに異なり、必ずしも容易ではない現状です。しかし、徐々に認定事例も増えてきて
おり、あきらめずに申請してみることから始まります。医師は、書類に、今ある補装具で
は患者の必要とする機能として使えないことを、臨床所見やデータ等で明示する必要があ
ります。
( 5 ) そ の 他 の 機 器 ポイント:期待される機器、実用化にはまだ少し時間が必要。残存機能が障害されると
コミュニケーションは不能に。
生体電位スイッチ(サイバニック・スイッチ)を利用する機器の研究が進められていま
すが、残念ながら現時点ではまだ商品化されていません。
ブ レ イ ン マ シ ン イ ン タ ー フ ェ イ ス( Brain-machine interface (BMI))は 、TLS に 至 っ て
も 機 能 す る こ と が 期 待 さ れ て い ま す 。し か し 、残 存 す る 内 的 な 機 能 が 障 害 さ れ て し ま う と 、
侵襲的なスィッチを用いてもコミュニケーションは不可能となってしまいます。
( 6 ) 制 度 へ の 対 応 ポイント:制度の変化に対応することが重要
障 害 者 総 合 支 援 法 が 2013 年 4 月 に 施 行 さ れ ま し た 。 こ れ ま で の 支 援 対 象 者 の 定 義 「 重
90 / 123
度の両上下肢および音声・言語機能障害者であって、重度障害者用意思伝達装置によらな
け れ ば 意 思 の 伝 達 が 困 難 な 者 」が 、
「 難 病 患 者 等 に つ い て は 音 声・言 語 機 能 障 害 お よ び 神 経・
筋疾患である者」に変更されました。つまり、重度の両上下肢の機能障害は必須ではない
ことになりました。さらに「筋萎縮性側索硬化症等の進行性疾患においては、判定時の身
体状況が必ずしも支給要件に達していない場合であっても、急速な進行により支給要件を
満たすことが確実と診断された場合には、早期支給を行うように配慮する」との記載が追
記 さ れ ま し た 。こ れ は 、完 全 に 音 声・言 語 機 能 を 失 っ て か ら で は 、操 作 が わ か ら な い の か 、
何ができないのかという確認ができません。確認ができる手段があるうちに確認できるよ
う、早期の支給を認めている、ということです。
(成田有吾)
91 / 123
参考文献
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Question 9-1~ 7, コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン .筋 萎 縮 性 側 索 硬 化 症 診 療 ガ イ ド ラ イ ン 2013. 南
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力 障 害 - stage 分 類 の 提 唱 と 予 後 予 測 因 子 の 検 討 - . 臨 床 神 経 2013; 53:98-103.
10) 高 井 直 子 . も っ と 、 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン !! 文 字 盤 /口 文 字 教 室 の 薦 め . 日 本 ALS 協 会
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11) 日 本 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン 工 学 協 会 .「 重 度 障 害 者 用 意 思 伝 達 装 置 」 導 入 ガ イ ド ラ イ ン
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15) 日 向 野 和 夫 . ロ ッ ク ド イ ン に 挑 む コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン - [第 5 部 ] 私 と ロ ッ ク ド イ ン
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18) Gallegos-Ayala G, et al. Brain communication in a completely locked-in patient
using bedside near-infrared spectroscopy. Neurology 2014; 82:1930-1932.
93 / 123
( 図 1 ) ALS と そ の 亜 型 ( サ ブ タ イ プ ): 症 候 群 と し て の ALS
[日本神経学会監修.
「 筋 萎 縮 性 側 索 硬 化 症 診 療 ガ イ ド ラ イ ン 」序 章 (文 献 1 )よ り 一 部 改 変 ]
94 / 123
( 表 1 ) ALS 機 能 評 価 ス ケ ー ル ALSFRS-R
大 橋 靖 雄 , 田 代 邦 雄 , 糸 山 泰 人 , ら . 筋 萎 縮 性 側 索 硬 化 症 (ALS)患 者 の 日 常 活 動 に お け
る 機 能 評 価 尺 度 日 本 版 改 訂 ALS Functional Rating Scale の 検 討 . 脳 と 神 経
2001:53:346-355. よ り 改 変
95 / 123
( 表 2 ) 前 頭 葉 機 能 評 価 Frontal Assessment Battery (FAB)
Dubois B, Slachevsky A, Litvan I, et al. The FAB: a Frontal Assessment Battery at
bedside. Neurology. 2000;55:1621-6. よ り 改 編
96 / 123
( 表 3 ) 気 管 切 開 下 陽 圧 式 人 工 換 気 療 法 ( TIV, TPPV) 後 の 意 思 伝 達 能 力 ス テ ー ジ 分 類
( 林 健 太 郎 , 2013[ 文 献 9] よ り 一 部 改 変 )
97 / 123
第 7章 Q & A
Q: 文 字 盤 の 利 用 方 法 を 具 体 的 に 知 る に は ?
A: イ ン タ ー ネ ッ ト 上 ,ユ ー チ ュ ー ブ で 下 記 の ビ デ オ 配 信 が あ り ま す .動 画 を も と に 下 記 4
つ の コ ツ に つ い て 解 説 さ れ て い ま す .( 6 分 26 秒 )
文 字 盤 の コ ツ -1: 患 者 さ ん の 目 を 見 る こ と , 文 字 を 見 つ め な い . 焦 点 を 切 り 替 え て 違 い を
感じ取ること
文 字 盤 の コ ツ -2: 患 者 さ ん の 目 と 目 の 間 に 見 て い る と 思 う 文 字 を 乗 せ て み る . ま た は 効 き
目に合わせる
文 字 盤 の コ ツ -3: 排 除 方 法 ; 文 字 を 4 文 字 に 絞 り 込 み , 素 早 く 1 文 字 ず つ 目 と 目 の 間 に 乗
せ,不正解の文字を排除していく
文 字 盤 の コ ツ -4: お 互 い に 硬 直 し て し ま っ て わ か り づ ら い 時 , 一 度 さ り げ な く 文 字 盤 を 大
きく動かして視線をほぐす
1) ビ タ ミ ン ス タ ジ オ . 高 井 綾 子 の 文 字 盤 教 室 . も っ と コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン , 文 字 盤 編 .
https://www.youtube.com/watch?v=a7wPIpDjr28
( accessed 3 r d November, 2014)
Q: IT 機 器 の 特 徴 や 具 体 的 な 仕 様 に つ い て 概 括 的 な 知 識 を 得 る に は ?
A: 日 本 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン 工 学 協 会 の ウ ェ ブ サ イ ト ( 下 記 ) が わ か り や す い と 思 わ れ ま
す.これは,同協会の井村 保 先生のご尽力とご厚意によります.
1) 日 本 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン 工 学 協 会 . 「 重 度 障 害 者 用 意 思 伝 達 装 置 」 導 入 ガ イ ド ラ イ ン
2012-2013. http://www.resja.or.jp/com-gl/gl/a-1-1.html
( accessed 3 r d November, 2014)
Q: コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 、 う つ の 症 状 は ど の く ら い の 頻 度 で ? 死 に た い と い う 人 は ど れ
ほど?
A: 米 国 の 大 規 模 ALS セ ン タ ー で の 検 討 で 、う つ 、は 必 ず し も 多 く は あ り ま せ ん 。
「早く死
に た い 」 と い う 希 死 念 慮 も 、 う つ と は 関 係 し て い な い こ と が 指 摘 さ れ て い ま す 。 329 名 の
患 者 さ ん で 、 DSM-IV の 基 準 で 軽 度 の う つ ( minor depression) が 7%、 う つ 病 ( major
depressive disorder) が 5%で し た 。 一 方 、 62 名 が 希 死 念 慮 を 表 明 し て い ま し た が 、 こ の
う ち 37%の み が 、臨 床 的 に う つ と 診 断 さ れ て い る に 過 ぎ ま せ ん で し た .希 死 念 慮 と う つ と
は必ずしも同じ背景の心理的背景ではないようです。
98 / 123
1) Rabkin JG, Goetz R, Factor-Litvak P, et al. Depression and wish to die in a
multicenter cohort of ALS patients. Amyotroph Lateral Scler Frontotemporal Degener.
2014 Dec 8:1-9.
99 / 123
第 7章
コラム
災 害 時 対 応 :「 緊 急 時 連 絡 カ ー ド 」 の 作 成 と 共 有 を
平 成 20 年 に 公 開 さ れ た「 災 害 時 難 病 患 者 支 援 計 画 を 策 定 す る た め の 指 針 」が あ り ま す .
こ の 指 針 は 平 成 17 年 か ら 新 潟 大 学 , 西 澤 正 豊 教 授 を 中 心 に , 厚 労 省 研 究 班 「 重 症 難 病 患
者 の 地 域 医 療 体 制 の 構 築 に 関 す る 研 究 」 班 (主 任 研 究 者 : 糸 山 泰 人 東 北 大 学 教 授 ) で ま と
められました.新潟地震や東日本大震災を経て,この指針に示されたコンセプトの重要性
が 再 確 認 さ れ て い ま す .自 治 体 へ の 避 難 支 援 ア ク シ ョ ン プ ロ グ ラ ム 等 も 求 め ら れ て い ま す .
た だ ,平 常 時 か ら 災 害 時 の 支 援 計 画 を 策 定 す る の は 自 治 体 だ け で は 不 十 分 で す .療 養 者( 患
者・介護者)が主体となって地域のフォーマル,インフォーマルな支援のネットワークを
形成しておく必要があります.
「 公 助 」,
「 共 助 」,
「 自 助 」い ず れ も 大 切 な 項 目 で す .し か し ,
大 災 害 で 重 要 な も の は ,先 ず「 自 助 」で す .
「 公 助 」や「 共 助 」が 届 く ま で の 時 間 ,こ れ は
災 害 が 大 き け れ ば 大 き い ほ ど 長 く か か り ま す . 少 な く と も 3 日 間 ,「 自 助 」 で 持 ち こ た え
る た め の 工 夫 や 地 域 で の 支 援 体 制 が 期 待 さ れ ま す . 特 に 電 源 の 確 保 は , 呼 吸 器 ( NPPV,
TPPV と も ),吸 引 器 な ど ,多 く の 医 療 機 器 に 必 須 で す .地 域 電 力 会 社 へ の 呼 吸 器 等 の 使 用
者であることの通知,自動車バッテリーの利用,発電機と発電機燃料の確保,など様々な
要素があります.また,津波や洪水などの恐れがある場合,避難するのか,自宅で持ちこ
たえるのかなど,患者さんの状況,地勢,地域の利用可能な医療・福祉等の人的資源など
から個々に判断しなければなりません.もちろん,机上の空論とならないために,避難訓
練を実施しておくことも必要です.個々の患者さんに該当する箇所を「災害時難病患者支
援計画を策定するための指針」を参照して,実用的な基本情報が記入された「緊急時連絡
カード」を作成し,いざというときに備えましょう.
1) 難 病 情 報 セ ン タ ー . 災 害 時 の 難 病 患 者 に 対 す る 支 援 体 制 の 整 備 プ ロ ジ ェ ク ト ( リ ー ダ
ー : 新 潟 大 学 神 経 内 科 西 澤 正 豊 )
http://www.nanbyou.or.jp/pdf/saigai.pdf
( accessed 18th Jan, 2015)
100 / 123
第8章
在宅患者の医療処置の選択と終末期ケア
101 / 123
第 8章
在 宅 患 者 の 医 療 処 置 の 選 択 と 終 末 期 ケ ア 1. 在 宅 患 者 の 医 療 処 置 の 選 択
<ポンイト>
!
どこまでの医療処置を選択するかを、患者さん・ご家族の意思を十分に確認し決定し
ていくことが重要。
!
医療処置の選択に際しては、患者さん自身がその意義を理解していること、行った場
合・行わなかった場合の、両方の利点・問題点とその後の経過、対処法について十分
な情報提供が必要。
◎
飲食量低下や呼吸障害に対する医療処置の種類・選択の際の説明などは、第3章を参
照。
"
生命に関わる問題にはどのようなものがあるか
1.
飲食量の低下の要因:3 つの要因、①嚥下障害による経口摂取困難、②認知症におけ
る食べる意思の低下(食事のムラ、口内に溜めたままで飲み込まない、吐き出す、口
を 開 け な い な ど )、 ③ 両 者 の 混 在 、 が あ り 、 こ れ ら は 区 別 し て 考 え る こ と が 必 要 で す 。
1.
呼吸障害の要因:①呼吸筋麻痺、②閉塞性呼吸障害、③中枢性呼吸障害、④ ②と
③ の 混 在 、お よ び 分 泌 物 の 貯 留・喀 出 困 難 が あ り 、④ は 急 速 に SpO2 が 低 下 し 苦 痛 も 強
く対応に苦慮することが多い。
2.
自 律 神 経 障 害 に よ る 循 環 動 態 の 異 常 に よ る 突 然 の 心 停 止 ( 多 系 統 萎 縮 症 ( MSA)、
Totally locked-in state( TLS) に 至 っ た 筋 萎 縮 性 側 索 硬 化 症 ( ALS) な ど )。
3.
合 併 症 : 誤 嚥 性 肺 炎 ( 痰 の 喀 出 困 難 に よ り 容 易 に 急 性 呼 吸 不 全 に 陥 る )、 敗 血 症 に
よる多臓器不全など。
"
対応に際しての留意点
1.
飲食量の低下:以下についての情報提供が必要
(ア ) 経 腸 栄 養 を 行 っ て も 誤 嚥 性 肺 炎 を 完 全 に 防 止 す る こ と は で き ず 、 長 期 臥 床 状 態 に
なると胃食道逆流などのため誤嚥性肺炎を繰り返すこと。
(イ ) 認 知 症 で は 、 処 置 の 意 義 が 理 解 で き ず 、 胃 ボ タ ン や 経 鼻 チ ュ ー ブ を 抜 去 し 、 不 定
期の再挿入が必要であり、注入中の場合は誤嚥性肺炎の危険なことがあること。
2.
人工呼吸(第3章を参照)
(ア ) 希 望 す る 場 合 は 、 呼 吸 状 態 を 把 握 し て タ イ ミ ン グ を 逃 さ な い こ と 。
(イ ) 希 望 し な い 場 合 は 、 苦 痛 緩 和 を 最 優 先 し 実 践 す る こ と 、 随 時 に 対 応 で き る 体 制 を
102 / 123
保障すること、救急車を呼ばない覚悟をしてもらうこと。
3.
心停止
(ア ) 予 測 は 困 難 で あ り 、 慌 て ず に か か り つ け 医 に 連 絡 し 対 処 し て も ら う こ と を 患 者 ・
家族や関係者に周知すること。
4.
合併症
(ア ) 進 行 期 や 、 終 末 期 に な り 繰 り 返 す 合 併 症 ( 特 に 肺 炎 ) の 場 合 、 ど こ ま で の 治 療 を
希望するかを十分に話し合って決めること。
(イ ) 入 院 治 療 を 優 先 す る の か 、 在 宅 や 施 設 で の 治 療 ま で を 希 望 す る の か を 決 め て も ら
うこと。
2. な ぜ 在 宅 な の か ?
"
在宅医療の必要性
社 会 保 障 審 議 会 医 療 部 会 の 資 料( 20011 年 10 月 27 日 )に よ る と 、55 歳 以 上 の 男 女 5,000
人 を 対 象 に 平 成 19 年 に 行 っ た ア ン ケ ー ト 調 査 ( 回 収 数 3,157 人 ; 回 収 率 63.1%)( 図 1)
で は 、 希 望 す る 療 養 の 場 と し て 、 自 宅 や 親 族 宅 44.5%、 施 設 32.3%、 病 院 17.1%、 そ の 他
0.4%、 わ か ら な い 5.8%と 、 在 宅 ( 自 宅 /施 設 ) が 76.8%と 多 い 。 終 末 期 を 過 ご す 場 と し て
は 、 20 歳 以 上 の 男 女 5,000 人 を 対 象 と し た 平 成 20 年 の 調 査 で ( 回 収 数 2,527 人 ; 回 収 率
50.5%)、自 宅 で 療 養 と 必 要 に な れ ば 医 療 機 関 等 を 利 用 し た い と を 合 わ せ る と 60%以 上 の 人
が「自宅で療養したい」と回答し、要介護状態になっても、自宅や子供・親族の家での介
護を希望する人が 4 割を超えています。
図1.希望する療養の場
(2011.10.27社会保障審議会医療部会資料より) 0.4%
5.8%
17.1%
自宅 44.5%
施設 病院 その他 わからない 32.3%
アンケート対象:55歳以上男女5,000人 回答:3,157人(回収率63.1%) 人 口 動 態 年 報 ( 2011 年 12 月 1 日 ) に よ る 死 亡 場 所 の 推 移 を み る と 、 1951 年 以 前 は 8
割 以 上 だ っ た 自 宅 死 亡 が 1977 年 に 逆 転 し 、2000 年 以 降 は 8 割 を 超 え て お り 、希 望 と 現 実
が 大 き く 乖 離 し た 状 態 が 続 い て い ま す 。 ま た 、 2025 年 に は 在 宅 医 療 を 必 要 と す る 人 が 25
万 人 と 推 計 さ れ て お り ( 社 会 保 障 審 議 会 医 療 部 会 の 資 料 ( 20011 年 10 月 27 日 ) よ り )、
103 / 123
終末期ケアを含めた在宅医療の必要性は非常に高まっています。
"
在宅での看取りは可能か?
ADL が 低 下 し 長 期 に 亘 る 介 護 が 必 要 な 神 経 疾 患 の 在 宅 で の 看 取 り で は 、
① 者自身が希望しそれを支える介護者がいること
② 安心できる医療看護体制があること(随時に訪問・往診できる体制)
③ 患者・家族および在宅支援を担う人々が看取りの覚悟を持つこと
が必要です。
当院における最近 6 年間の死亡患者の死亡場所を図 2 に示します。ここ 5 年間では
在 宅 ( 自 宅 /施 設 ) 死 亡 が 8 割 前 後 で 、 治 療 や レ ス パ イ ト 入 院 で 死 亡 し た 例 も 含 め る と
9 割 以 上 で す 。疾 患 別 で は 、 多 い 順 に 、 筋 萎 縮 性 側 索 硬 化 症 ( ALS)、 認 知 症 ( 認 知 症 を 伴
う パ ー キ ン ソ ン 病 を 含 む )、 多 系 統 委 縮 症 ( MSA) な ど で す 。 施 設 で の 看 取 り が 多 い 理 由
は、医療依存度・介護度が高い人も最後まで看てくれる施設があるからで、このような施
設を増やすための具体的施策が必要と考えます。
図2.最近6年間の死亡患者の死亡場所 '08.7-'09.6 34人 '09.7-'10.6 22人 '10.7-'11.6 31人 '11.7-'12.6 35人 '12.7-'13.6 33人 '13.7-'14.6 44人 17 3 7 9 6 11 0% 11 11 10 15 12 18 在
宅
8 14 11 15 15 20% 40% 60% 80% 100% 病院(長期入院は1,2名) 3.
6 に
自宅 お
施設 け
る
終
末
期
ケ
ア <ポイント>
!
苦痛症状を早期に把握し積極的に苦痛緩和を図ることが重要。
!
患者・家族が安心して療養生活ができるように、随時の往診および訪問看護の体制、
在宅ケアに関わる多職種の連携と情報の共有が必須。
◎
苦痛緩和については第4章、支援に関しては第7、9章を参照。
"
終末期の身体的苦痛と頻度
神 経 疾 患 で 苦 痛 が 問 題 に な る の は ALS で 、 当 院 の 経 験 お よ び 文 献 か ら の 頻 度 を 表 1 に
104 / 123
示します
1 ,2 ) 。 ALS
患者の全員が苦痛を自覚するわけではないことを、患者・家族に説明
す る こ と も 大 切 で す 。 MSA、 パ ー キ ン ソ ン 病 + レ ビ ー 小 体 型 認 知 症 、 進 行 性 核 上 性 麻 痺
( PSP) な ど で は 、 終 末 期 に 身 体 的 な 苦 痛 を 訴 え る こ と は ほ と ん ど あ り ま せ ん 。
"
在宅での苦痛緩和
病院でできることはすべて在宅でも可能であり、住み慣れた環境で家族や近しい介護者
に見守られているという安心感は病院より勝ることを認識することも重要。
1.
各 種 対 処 法 ( 図 3)
(ア ) 強 オ ピ オ イ ド ( モ ル ヒ ネ )( 第 4 章 参 照 ): 少 量 調 節 を し や す い モ ル ヒ ネ を 使 用 。
癌と異なりはるかに少ない量で良い点に注意が必要。
①
呼 吸 困 難 に 対 し て:最 初 は 、入 浴 、食 事 、排 便 な ど 負 荷 時 の 呼 吸 困 難 や 疲 労 感
に 、 塩 酸 モ ル ヒ ネ ( 飲 み や す い 内 用 液 や 散 剤 が 使 い や す い ) を 、 2.5~ 5mg 頓
用 で 使 用 し 、容 量 が 決 ま れ ば 硫 酸 モ ル ヒ ネ に 置 換 、進 行 時 は 塩 酸 モ ル ヒ ネ を レ
スキューで追加と、増量法は癌と同様です。
②
痛みに対して:他の薬剤や体位交換・物理的方法などが有効でないときに、
5-10mg か ら 開 始 し 、増 量 法 は ① と 同 様 で す 。心 理 的 要 因 が 強 い 時 は 抗 う つ 薬 、
不 安・焦 燥 が 強 い と き は 抗 精 神 病 薬・非 定 型 抗 精 神 病 薬 を 併 用 す る と よ い こ と
がしばしばあります。
(イ ) 在 宅 酸 素 療 法 ( HOT)( 第 3 章 参 照 ): 苦 痛 緩 和 を 優 先 さ せ る と き は 、 炭 酸 ガ ス の
上昇を恐れて使用を躊躇するべきではありません。
①
低 酸 素 を 伴 う 呼 吸 困 難 時 に 使 用 し 、 0.5ℓ/分 投 与 で 正 常 化 す る こ と が 大 多 数 。
必要時応じて増量します。
②
呼 吸 苦 が な く て も SpO2 92-93%以 下 の と き は 使 用 し た ほ う が 、 疲 労 感 が 減 少
105 / 123
するようです。
(ウ ) 非 侵 襲 的 陽 圧 換 気( NPPV, NIV)
(第3章参照)
:使 用 目 的 は 呼 吸 苦 の 緩 和 で あ り 、
二次的に延命効果もあります。しかし、呼吸苦がない場合、マスクの違和感や送
気による呼吸困難などのために装着できず、導入後に訪問してみると不使用の例
が非常に多いのです。
①
NPPV (NIV)は 、 そ の 目 的 と 意 義 と 長 期 に な っ た 時 の 問 題 点 を よ く 説 明 し 、 理
解してもらったうえで導入することが重要。
②
終 日 装 着 後 に 限 界 が 来 た と き 、意 識 が 保 た れ た ま ま で 強 い 呼 吸 苦 を 自 覚 す る こ
と が 多 く 、 吸 気 圧 を 下 げ る 、 HOT や モ ル ヒ ネ 、 場 合 に よ り 鎮 静 な ど の 苦 痛 緩
和処置を行うなどの対処が必要となります。
(エ ) そ の 他 の 薬 剤 ( 第 7 章 参 照 )
症 状 に 応 じ て 、抗 う つ 薬 、抗 精 神 病 薬 、非 定 型 抗 精 神 病 薬 な ど の 薬 剤 を 使 用 す る 。
図3.ALS126名の終末期苦痛緩和処置
1
鎮静/経静脈 6
鎮静/坐剤 27
抗うつ薬 17
抗精神病薬 HOT
82
74
モルヒネ 0
2.
20
40
60
80
100
併用療法について
単 独 療 法 で 苦 痛 緩 和 を 図 る こ と が で き る 例 は 少 な く 、 各 種 方 法 を 併 用 し て 苦 痛 を 軽 減 す
ることが必要です。
"
在宅支援体制
終 末 期 の 支 援 で は 、 患 者 ・ 家 族 の 「 安 心 感 」 が 最 も 重 要 で 、 安 心 感 を も っ て も ら う た め
の体制作りが必要です。
1. 医 師
(ア ) か か り つ け 医
かかりつけ医の役割は非常に重要です。苦痛症状があれば、速やかに苦痛緩和処置
を行うこと、何かあればすぐに電話対応や往診の体制をとり、患者・家族に安心感を
持ってもらうことが必須です。そして、医療処置を望まないのであれば、救急車を呼
ばない覚悟を持ってもらい、随時に対応することが必要です。救急搬送され、望まな
い延命処置を受けて苦悩する患者・家族は少なくありません。そのようなことは極力
106 / 123
避けなければならないでしょう。
さらに、病状や見通しについて、訪問看護師、ケアマネージャーなどの在宅に関わ
る 多 職 種 に 情 報 を 提 供 し 、関 係 者 間 で 統 一 し た 対 応 を と る よ う に す る こ と も 重 要 で す 。
神経難病に経験のない場合は、経験のある医師に相談することもよいでしょう。
また、最終的に不安になり入院を希望することもありますので、看取りを行っても
らえる医療機関を確保しておくことも必要な場合があります。
(イ ) 受 け 入 れ 病 院 医 師
終末期に入院を希望したり、救急搬送され入院したりする場合もあります。医療処
置を行わないのであれば、本来入院や救急搬送の適応ではないが、在宅医療の体制や
在宅死に対する意識が不十分な現状では、病院の医師も看取りに対する理解と実践が
必要でしょう。
2. 訪 問 看 護 師
終 末 期 を 支 え る 人 的 パ ワ ー と し て 最 も 重 要 な の は 訪 問 看 護 師 で す 。24 時 間 訪 問 看 護 体 制
を行う訪問看護ステーションを確保と緊密に連携をとることが必要となります。
3. 介 護 支 援 専 門 員 ( ケ ア マ ネ ー ジ ャ ー )
状況に合わせて支援体制の見直しを行い関係者と連絡を取り合うことが重要で、その能
力が求められます。
107 / 123
4. 事 例 紹 介
1. NPPV (NIV)を 導 入 後 に 紹 介 さ れ た が 使 用 せ ず に 亡 く な ら れ た ALS 患 者
"
患 者 : 61 歳 発 症 の 男 性 、 全 経 過 1 年 1 ヶ 月 、 死 亡 場 所 ; 自 宅
"
経過:易疲労性と体重減少(呼吸筋麻痺)で発症し、上肢近位筋に及ぶ。発症後 9 ヶ
月 よ り 労 作 性 呼 吸 困 難 、 小 声 、 咳 を し に く く な り 、 専 門 病 院 入 院 ・ 診 断 確 定 し NPPV
導 入 後 退 院 。入 院 前 後 の 6 ヶ 月 間 で 9kg の 体 重 減 少 あ り 。そ の 後 左 上 肢 、下 肢 と 進 行 。
終末期まで歩行可能、球麻痺なし。
初 回 訪 問 時( 発 症 後 1 年 )の NPPV 設 定:S/T、IPAP 9、EPAP 4、RR 12、Ti 1.2 秒 、
"
RT 6
NPPV 使 用 : ま っ た く 使 用 で き て い な い 。 理 由 は 、 口 鼻 マ ス ク の 違 和 感 、 装 着 す る と
"
か え っ て 不 眠 。IPAP 圧 を 6hPa 下 げ 鼻 マ ス ク に 変 更 な ど 行 う も 違 和 感 と 苦 痛 の た め 使
用を拒否。
訪 問 後 お よ び 終 末 期 の 状 況 と 対 処:訪 問 時 よ り 呼 吸 苦 が 著 明 、SpO2 は 安 静 時 96-97%、
"
労 作 後 93-94%。 訪 問 開 始 時 よ り 塩 酸 モ ル ヒ ネ 内 用 液 ( オ プ ソ ) 2.5mg 屯 用 を 開 始 、 2
週 後 よ り 硫 酸 モ ル ヒ ネ 細 粒( モ ル ペ ス )10mg×2/日 と オ プ ソ 5mg 屯 用 と し 、こ の 5 日
後 よ り SpO2 92-93%と 低 酸 素 が 持 続 的 と な り HOT 0.5ℓ/分 よ り 開 始 、 安 静 時 の 呼 吸
苦は軽減、労作(トイレ移動)後呼吸苦あるが安静にて軽減。死亡 2 日前より経口摂
取困難、経鼻栄養拒否、1 日前より傾眠状態となり翌日には昏睡状態となり永眠。不
安・不穏状態はほとんど見られなかった。
"
医療処置の選択
NPPV を 着 け た ら 良 い と の 説 明 で 導 入 さ れ て い た が 、 装 着 す る と か え っ て 苦 し い
ため使用できておらず、患者自身に装着して少しでも長く生きたい意思はなかっ
た。
!
"
経鼻栄養拒否。
介護者:妻、同居家族は妻のみ
本例のポイント
!
呼 吸 筋 か ら 始 ま り 体 重 減 少 と 疲 労 感 の た め 癌 を 疑 わ れ 、専 門 医 療 機 関 へ の
受診・診断は死の 7 ヶ月前と遅れた。
!
そ の た め NPPV (NIV)の 開 始 も 遅 れ 導 入 で き ず 。 ま た 、 苦 し い の を 我 慢 し
て装着して長生きしたいとの意思が患者自身になかった。
!
経 過 が 速 く 、死 後 、遺 族 は 気 持 ち が 追 い 付 か ず 気 持 ち の 整 理 が な か な か で
きないとの思いが強かった。
108 / 123
2. 医 療 処 置 を す べ て 拒 否 し 施 設 で 亡 く な ら れ た ALS 患 者
"
患 者 : 78 歳 発 症 の 男 性 、 全 経 過 2 年 1 ヶ 月 、 死 亡 場 所 ; 介 護 付 き 有 料 老 人 ホ ー ム
"
経過:右上肢挙上困難で発症し他肢に及ぶ。発症後 1 年 3 ヶ月頃より声が小さくなり
( 呼 吸 筋 麻 痺 )、 そ の 2 ヶ 月 後 、 転 倒 を 機 に 施 設 入 所 。 こ の 時 か ら 訪 問 診 療 開 始 。 発
症 後 1 年 10 ヶ 月( 死 亡 前 3 ヶ 月 )よ り 呼 吸 苦 の た め 飲 食 量 が 低 下 し た が 、経 鼻 栄 養 を
拒否、点滴も数回施行後拒否し、介助にて少量ずつ半流動・半固形食を摂取。球麻痺
はほとんどなく最期まで小声だが会話可能。
終 末 期 の 状 況 と 対 処:死 亡 2.5 ヶ 月 前 よ り 睡 眠 後 傾 眠 状 態 が 出 現 、1.5 ヶ 月 前 か ら SpO2
"
90%前 後 に 低 下・呼 吸 困 難 が 出 現 し HOT 1.5ℓ/分 よ り 開 始 。1 ヶ 月 前 よ り 終 日 傾 眠 状 態
となり苦痛の訴えが消失していたが、死の 5 日前より呼吸困難・全身倦怠感、身体各
所 の 痛 み を 訴 え 、 経 口 摂 取 困 難 な た め 塩 酸 モ ル ヒ ネ 座 薬 10mg 屯 用 を 開 始 し ( 最 高 量
は 30mg/日 )、 苦 痛 は 消 失 し 、 炭 酸 ガ ス ナ ル コ ー シ ス の 状 態 で 永 眠 。 本 例 は 、 炭 酸 ガ
スの上昇による意識障害が先行したため比較的苦痛が少なかったと思われる。
"
医療処置の選択:
!
人 工 呼 吸 器 : 同 施 設 に 入 居 中 の TPPV (TIV)患 者 に 自 ら 希 望 し て 面 会 、 そ の 後 、
NPPV (NIV)も 含 め 呼 吸 器 装 着 を し な い こ と を 自 己 決 定 し 意 思 は 不 変 。
!
経 腸 栄 養 ( 経 鼻 栄 養 ): こ れ も 行 わ な い こ と を 選 択 。 点 滴 も 数 回 施 行 後 拒 否 。
!
医療処置を行わない理由:呼吸器を着けずに早く死ぬとしても、生きる楽しみや
喜びが見出せないまま呼吸器を着けて生きていくよりも、幸せだと思う。
点滴
をして一時的に楽になるとしても、それは苦痛の期間を長引かせるだけなので、
点 滴 を 中 止 し て 欲 し い 。( 医 師 で は な く 施 設 職 員 に 訴 え た )。
本例のポイント
(
!
自己の生き方として、各種医療処置を拒否し、その意思は不変だった。
!
点 滴 の 中 止 を 、医 療 ス タ ッ フ で は な く 施 設 の 職 員 に 訴 え て お り 、患 者 の 本
音を受け止め伝える存在の重要性。
!
施設に受け入れの態勢があれば施設での看取りも十分可能。
3.呼 吸 筋 麻 痺 が 高 度 な が ら NPPV(NIV)導 入 し 終 日 使 用 で き 、TPPV(TIV)は 拒 否 し た ALS
患者
"
患 者 : 64 歳 発 症 の 男 性 、 全 経 過 4 年 、 死 亡 場 所 ; 自 宅
"
経過:歩くと腰曲り(体幹筋、呼吸筋)で発症し、発症後 2 年 4 ヶ月より大きい声が
出ない、その 1 ヶ月後より小声、動くと著明な疲労感のため通院困難。発症後 2 年 6
ヶ 月 訪 問 開 始 時 、 VC 750ml、 全 介 助 、 介 助 歩 行 は 可 能 、 球 麻 痺 軽 度 。 患 者 ・ 家 族 に 、
呼吸障害が高度であり生命が危険な状態であることと人工呼吸器について大急ぎで説
明 、NPPV 導 入 を 希 望 し た た め そ の 日 か ら 開 始 。最 初 は 日 中 20 分 間 装 着 を 目 標 と し 、
109 / 123
慣れたら睡眠中に使用するようにし 1 週間後には睡眠中 2 時間装着、まもなく睡眠中
装 着 可 能 と な り 、 開 始 よ り 6 か 月 後 に は 15 時 間 以 上 、 8 か 月 後 に は 20 時 間 以 上 ( そ
の 後 ま も な く 24 時 間 ) と な り 、 経 口 摂 取 困 難 に 対 し 経 鼻 栄 養 開 始 。 15 時 間 以 上 の 頃
より、ポータブルトイレ移動や入浴などの際に呼吸苦を自覚し、塩酸モルヒネ内用液
( オ プ ソ ) 5mg 屯 用 を 開 始 す る と と も に 、 NPPV の 設 定 を AVAPS、 IPAP 10-14、 Vt
400ml に 変 更 、 そ の 後 、、 硫 酸 モ ル ヒ ネ に 置 換 し 最 終 的 に 120mg/日 ま で 増 量 し 有 効 。
"
在 宅 で の NPPV 導 入 に つ い て : 開 始 時 の 設 定 は 、 S/T、 IPAP 6、 EPAP 4、 RR 12、 Ti
1.2、感 度 3 で 開 始 、こ の 時 の 作 動 状 態 は 、Vte 270-380ml、RR 25 前 後 、VE 8 前 後 と
1 回 換 気 量 不 安 定 、呼 吸 回 数 が 多 く 、徐 々 に だ が 早 急 に IPAP 圧 を 上 げ る 必 要 が あ っ た 。
2 週 間 後 に は 、IPAP 12hPa に 上 げ 、RR 20、Vte 380ml 前 後 と 安 定 し た 。最 終 的 に は 、
AVAPS、 RR 12、 IPAP 10-15、 Vt 400ml、 EPAP 4 と し た 。
"
終 末 期 の 状 況 と 対 処 : 死 亡 1.5 ヶ 月 前 よ り NPPV を 外 す と SPO2 80%台 に 低 下 、 著 明
な 呼 吸 苦 が 出 現 し 、 塩 酸 モ ル ヒ ネ 内 用 液 の 1 回 使 用 量 10mg・ 使 用 回 数 増 加 に て 苦 痛
が 緩 和 さ れ て い た 。 し か し 、 死 の 4 日 前 か ら 1,2 時 間 ご と に モ ル ヒ ネ を 要 求 し 、 モ ル
ヒネの効果は乏しく心理的要因が大きいと判断し持続的鎮静も期待しクロルプロマジ
ン 10mg×2/日 投 与 開 始 、 傾 眠 状 態 と な り 呼 吸 停 止 。
"
医療処置の選択:
!
人 工 呼 吸 器 :‘ 生 き た い ’と い う 意 思 は 強 く NPPV は す ぐ に 決 定 。TPPV は 、当 初
希望し家族も本人が着ける決定をすれば在宅で介護すると意思を表明。筋力低下
が 進 み 介 助 歩 行 が 困 難 に な り 、本 人 の 希 望 で TPPV の 在 宅 患 者 を 訪 問 後 、
‘まった
く 動 け な く な っ て 生 き て い く 自 信 は な い ’ と TPPV は 行 わ な い と 決 定 し 、 そ の 後
意思は不変。
!
経鼻栄養:経鼻栄養は希望したが、経口摂取に非常にこだわり脱水状態になって
やっと経鼻栄養開始。
"
介護者:妻が仕事を辞め介護、長男が援助、同居家族は妻と長男
本例のポイント
!
訪 問 開 始 時 に 呼 吸 筋 麻 痺 が 高 度 で 、 在 宅 で NPPV( NIV) を 導 入 し た 。
!
当 初 は TPPV (TIV)を 希 望 し た が 、 筋 力 低 下 が 進 行 し 、 在 宅 TPPV 患 者 に
会い積極的に療養生活について質問し、最終的に行わないと決定。
!
呼 吸 筋 麻 痺 が 高 度 で PEG は 禁 忌 の 状 態 で あ り 、 経 口 摂 取 が 困 難 と な り 経
鼻栄養を施行。経鼻栄養でも十分に対応可能。
4. 日 中 呼 吸 苦 時 の み NIV(NPPV)を 使 用 し た ALS 患 者
"
患 者 : 68 歳 発 症 、 全 経 過 2 年 9 ヶ 月 、 死 亡 場 所 ; 自 宅
"
経過:左手の筋力低下で発症し、呼吸筋、他肢へと及び、球麻痺は最期までほとんど
な し 。 発 症 後 1 年 よ り 仰 臥 位 で 眠 れ な く な り 、 そ の 7 か 月 後 に NPPV 導 入 さ れ た が 、
110 / 123
着 け る と 苦 し く て か え っ て 不 眠 の た め 、日 中 呼 吸 困 難 時 の み 断 続 的 に 計 約 7 時 間 使 用 。
発 症 後 1 年 10 ヶ 月 よ り 訪 問 開 始 。
"
終 末 期 の 状 況 と 対 処 : 死 の 前 1.5 ヶ 月 頃 よ り NPPV を 使 用 す る と か え っ て 苦 し く な り
使 用 時 間 が 減 少 、 SpO2 90-93%と 低 下 、 HOT 0.5ℓ/分 お よ び 塩 酸 モ ル ヒ ネ 錠 5mg 屯 用
で対応し苦痛は軽減のまま、睡眠中に呼吸停止。
"
医療処置の選択:
!
人 工 呼 吸 器:自 然 の ま ま が 一 番 い い 、ま た 、妻 や 子 供 に 負 担 を か け た く な い と TPPV
(TIV)は 一 貫 し て 拒 否 。
葬儀の礼状用に、
「 法 要 の 香 は ほ の か に 流 れ つ つ 人 の す ぎ ゆ き み な 懐 か し き 」の 歌 を
残される。
"
介護者:妻、同居は妻のみ
本例のポイント
!
NPPV の 使 用 は 日 中 の 呼 吸 困 難 時 の み で 、死 亡 前 は 装 着 す る と か え っ て 苦
し く な り 装 着 時 間 が 減 少 し HOT と モ ル ヒ ネ で 呼 吸 苦 が 緩 和 。
!
呼吸苦による経口摂取不能は生じず、最期まで経口摂取可能。
5. 前 頭 側 頭 葉 変 性 症 を 伴 い 介 護 者 の 疲 労 軽 減 に 困 っ た ALS 患 者
"
患 者 : 58 歳 発 症 の 女 性 、 全 経 過 8 年 1 ヶ 月 、 死 亡 場 所 ; 自 宅
"
経 過 : 下 肢 よ り 発 症 し 、 上 肢 、 球 麻 痺 、 呼 吸 筋 と 進 行 。 発 症 後 5 年 10 ヶ 月 PEG 施 行
と 同 時 に NPPV(NIV)導 入 さ れ た が 、 NPPV は 夜 間 や 日 中 断 続 的 に 使 用 の み 。 PEG 施
行し退院後より訪問開始、全介助でベッド上の状態。
"
前 頭 側 頭 葉 変 性 症( FTLD)に 関 し て:訪 問 当 初 よ り 、経 口 摂 取 や ト イ レ で の 排 泄 に 固
執、枕や手の位置を決めるのに長時間を要す、自己中心的で介護者への配慮に乏しい
(長男が緊急入院し夫の付き添いが必要、夫の腰痛が悪化し介護困難などのときもレ
スパイト入院を拒否、用事がないときも始終夫を呼ぶ)などの人格変化を主体とした
症 状 が あ り 、夫 の 介 護 疲 労 高 度 。病 前 は 思 い や り や 周 囲 へ の 配 慮 が あ る 働 き 者 で あ り 、
夫は献身的に介護。精神症状に対して、クロルプロマジンや抗うつ薬・抗不安薬を試
みるも効果なし。
"
終 末 期 の 状 況 と 対 処 : 死 の 3.5 気 月 前 よ り 呼 吸 苦 に モ ル ヒ ネ 内 用 液 ( オ プ ソ ) 5mg よ
り 開 始( 最 終 30mg/日 )、2.5 ヶ 月 前 よ り NPPV 中 止 、HOT( 0.5ℓ/分 よ り 開 始 し 最 終 1
ℓ/分 ) に 切 り 替 え る 。 2 ヶ 月 前 頃 よ り 傾 眠 傾 向 が 出 現 し 次 第 に 増 強 し 、 10 日 前 よ り 訴
えがほとんど消失しそのまま永眠。
"
医療処置の選択:
!
人 工 呼 吸 器 : TPPV(TIV)は 当 初 よ り 拒 否 し 意 思 は 不 変 。 NPPV は 断 続 的 に 短 時 間
使 用 の み で 、 死 の 2.5 ヶ 月 前 よ り 中 止 。
111 / 123
!
"
PEG: 経 口 摂 取 に 固 執 し 、 施 行 か ら 1 年 1 ヶ 月 後 に な っ て 使 用 。
介護者:夫、同居は夫のみ
!
亡くなられた後の夫の気持ち:介護生活に後悔は全くなく満足している、一方、
死んでくれてホッとした気持ちもある。
本例のポイント
患 者 自 身 の 呼 吸 苦 は モ ル ヒ ネ と HOT で 軽 減 で き た が 、 FTLD に よ る 体 位
!
や枕の位置が決まらず納得するまで要求するという症状は軽減できず。
FTLD の 症 状 の た め 夫 の 介 護 疲 労 は 高 度 で あ っ た が 、病 前 に ま で 苦 労 を 共
!
にして自営業をしてきた感謝の気持ちで最期まで介護。
FTLD の 症 状 軽 減 は 困 難 。
!
6. TPPV(TIV)装 着 を 最 期 ま で 後 悔 し 完 全 閉 じ 込 め 状 態 に 近 づ き 突 然 心 停 止 の ALS 患 者
"
患 者 : 発 症 70 歳 女 性 、 全 経 過 5 年 6 ヶ 月 、 死 亡 場 所 : 介 護 付 き 有 料 老 人 ホ ー ム
"
経過:上肢近位筋より発症し、球麻痺、呼吸筋麻痺と進行。発症後 1 年 5 ヶ月、呼吸
苦 に て 救 急 搬 送 さ れ 、家 族 の 意 思 で 人 工 呼 吸 器 緊 急 装 着 、PEG 施 行 。長 男 家 族 と 同 居
であったが在宅療養は困難なため、5 ヶ月後施設に入居、この時より訪問診療開始。
当 初 は 指 文 字 で コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 可 能 で あ り 、訪 問 の 度 に「 外 し て ほ し い 」、介 護 職
員には「何で着けたのか」と訴えた。パソコンを勧めたり、自宅への外出を働きかけ
た り す る も 消 極 的 で 、笑 顔 が ほ と ん ど 見 ら れ な い ま ま 経 過 。発 症 後 2 年 9 ヶ 月 後( TPPV
後 1 年 4 ヶ月)頃より神経因性膀胱、4 年 9 ヶ月後(同 3 年 4 ヶ月)より核上性眼球
運動障害が出現、死の前 2 ヶ月頃より、血圧変動・頻脈傾向となっていた。死因は突
然の心停止。
"
医療処置の選択:
!
人 工 呼 吸 器 : 本 人 は TPPV を 行 わ な い と 言 っ て い た が 十 分 な 意 思 決 定 が な い ま ま
緊 急 搬 送 と な り 、 家 族 の 意 思 で TPPV 装 着 と PEG。 最 期 ま で 後 悔 。
亡 く な ら れ た あ と 、長 男 は 、
「 苦 し か っ た の が 楽 に な っ て よ か っ た と 思 う 、呼 吸 器 を
着けない方がよかったと思う、きちんと意思決定を聞かないまま緊急入院となり着い
て し ま い 後 悔 」。
本例のポイント
!
意 思 決 定 の 前 に 緊 急 搬 送 、 TPPV と な り 、 最 期 ま で 後 悔 。
!
完 全 閉 じ 込 め 状 態 ( Totally locked-in state、 TLS) に 近 づ き つ つ あ っ た 。
!
直接死因は突然の心停止で、自律神経症状による可能性が大。
7. 認 知 機 能 低 下 が 目 立 ち 呼 吸 不 全 で 死 亡 し た MSA 患 者
112 / 123
"
患 者 : 62 歳 発 症 の 男 性 、 全 経 過 9 年 、 死 亡 場 所 ; 自 宅
"
経過:起立性低血圧で発症し、排尿障害、鼾、パーキンソニズムと進行。発症後 5 年
よ り 、入 眠 時 ミ オ ク ロ ー ヌ ス 、REM 睡 眠 行 動 障 害 、そ の 後 記 憶 力 、判 断 力 、理 解 力 低
下 が 進 行 。 発 症 後 7 年 5 ヶ 月 後 よ り 訪 問 診 療 開 始 。 発 症 後 8 年 に PEG 施 行 。 死 の 1
週間前から覚醒時も吸気時に声帯部狭窄音出現し、日中に呼吸停止。苦痛の訴え、苦
痛表情はなし。
"
医療処置の選択:
!
人工呼吸器、気管切開:認知症状の出現前、患者自身が希望しないとの事前指示
を尊重し、家族が行わないことを決定。
!
"
PEG: 認 知 症 状 の た め 自 己 決 定 能 力 が な く 、 家 族 が 迷 っ た 末 に 決 定 。
介護者:妻が主、長女が援助。同居は妻と長女
本例のポイント
!
呼 吸 障 害 に 対 す る 医 療 処 置 は 患 者 の 事 前 指 示 を 尊 重 し 、行 わ な い こ と を 決
定。
!
苦痛はないと思われた。
8. NPPV (NIV)を 終 日 装 着 、 心 停 止 の MSA 患 者
"
患 者 : 40 歳 発 症 の 男 性 、 全 経 過 12 年 、 死 亡 場 所 : 自 宅
"
経過:排尿障害、起立性低血圧で発症し、発症後 6 年頃より小脳症状、著明な鼾、そ
の後、失神発作、構音・嚥下障害が加わる。発症後 9 年より訪問開始、睡眠中の閉塞
性 呼 吸 障 害 に NPPV 導 入 。認 知 症 状 は 経 過 中 な く 会 話 可 能 。誤 嚥 性 肺 炎 の 合 併 2 回 後 、
PEG 施 行 。 死 の 1 年 5 ヶ 月 前 か ら 著 明 な 血 圧 変 動 と 体 温 調 節 障 害 あ り 、 夜 間 NPPV
作 動 中 に 心 停 止 。 ユ ー モ ア が あ り 、 TV で 映 画 を 見 る の が 楽 し み だ っ た 。
"
医療処置の選択:
"
!
気 管 切 開 、 TPPV(TIV): 患 者 は 拒 否 し 、 妻 も 本 人 の 意 思 を 尊 重 。
!
PEG: 死 の 8 ケ 月 前 に 患 者 の 意 思 で 施 行 。
介護者:妻、同居は妻のみで子供はいない
本例のポイント
!
死因は突然の心停止で、肺炎合併時以外経過中苦痛の訴えなし。
9. PEG を 施 行 し な か っ た パ ー キ ン ソ ン 病 + レ ビ ー 小 体 型 認 知 症 の 患 者
"
患 者 : 発 症 76 歳 、 全 経 過 11 年 、 死 亡 場 所 ; 自 宅
"
経過:動作緩慢で発症、発症後 4 年より著明な腰曲り、食事動作以外全介助。発症後
5 年 2 ヶ 月 よ り 訪 問 診 療 開 始 。 6 年 4 ヶ 月 後 よ り 動 揺 す る 幻 視・妄 想 、そ の 後 記 憶 力 ・
判 断 力 低 下 も 進 行 。10 年 後 よ り 食 事 に ム ラ が あ り 経 口 摂 取 量 が 減 少 し 、半 固 形 ・ 半 流
113 / 123
動 食 を 食 べ ら れ る と き に 少 量 ず つ 摂 取 。 む せ た ら 中 止 を 指 示 。 死 の 0.5 ヶ 月 前 か ら 尿
量減少、車椅子上で介助にて夕食後まもなく、声がしなくなり呼吸停止に気づく。経
過 中 肺 炎 の 合 併 、分 泌 物 の 貯 留・吸 引 の 必 要 は な く 、苦 し む こ と は ほ と ん ど な か っ た 。
"
医療処置の選択:
!
患者自身が口頭で胃瘻などの延命処置をしないとの事前指示あり、最終決定は娘
が行った。
!
胃 瘻 を 施 行 し た 寝 た き り の 他 の 親 を 8 年 間 在 宅 で 介 護 し た 経 験 が あ り 、家 族 に「( 認
知症などで)するものではない」との思いがあった。
"
介 護 者 : 長 女 ( 隣 に 居 住 )、 夫 の 死 後 独 居
本例のポイント
!
患 者 の 事 前 指 示 が あ り PEG を 施 行 せ ず 。
!
経 口 で 食 べ ら れ る も の を わ ず か ず つ 摂 取 、経 過 中 分 泌 物 の 貯 留・吸 引 の 必
要性はなく、誤嚥性肺炎も合併せず穏やかに永眠。
( 難 波 玲 子 )
参考文献
1) O’Brien T., Kelly M., and Saunders C. Motor Neuron disease: a hospice perspective.
British Medical Journal. 1992; 304: 472-473
2) Oliver D.
Ethical issues in palliative care-an overview.
( Suppl2) : 15-20.
114 / 123
Pall Med 1993 ; 7
第 9 章 神 経 難 病 患 者 の 医 療 ・ 介 護 を 支 え る 諸 制 度 115 / 123
第 9 章 神 経 難 病 患 者 の 医 療 ・ 介 護 を 支 え る 諸 制 度 矢 崎 一 雄 1. 難 病 の 患 者 に 対 す る 医 療 等 に 関 す る 法 律 ( 難 病 法 ) ポ イ ン ト : 「 難 病 」 の 定 義 と 難 病 法 ま で の 変 遷 、 公 平 性 と 費 用 負 担 の 問 題 。 昭 和 47年 に 国 が 定 め た 「 難 病 対 策 要 綱 」 以 来 、 「 原 因 が 不 明 で あ り 治 療 方 法 が 確 立 し て い
ない、かつ後遺症を残す恐れが少なくない疾病」という医学的観点からと、「慢性化し経
済的・精神的に負担の大きい疾病」という社会的立場から難病対策としてとりあげる疾患
が選定され、そのうちの一部は特定疾患治療研究事業の対象とされ、医療費の公費負担が
行われて来ました。またこれに加えて各都道府県単独の事業としていくつかの疾患で医療
費の公費負担が行われて来ています。しかしこれは厳密な法的根拠を持つものではなかっ
たため、医療費公費負担の対象を選定する方法、他の公費負担医療との整合性、公平性の
面 で 問 題 と な る 点 も み ら れ て い ま し た 。こ の よ う な 流 れ を 背 景 と し て 平 成 26年 4月 難 病 の 患
者 に 対 す る 医 療 等 に 関 す る 法 律( 通 称 難 病 法 )が 成 立 し 、一 定 の 基 準 を 満 た す 疾 患 は す べ
て難病と定義し、そのうち患者数が本邦において一定の人数に達せず、客観的な診断基準
(又はそれに準ずるもの)が確立しているものを厚生科学審議会の意見を聞いて厚生労働
大臣が「指定難病」に指定し医療費助成の対象にすることになりました。このことにより
そ れ ま で 56疾 患 で あ っ た 医 療 費 助 成 は 平 成 27年 7月 現 在 、306疾 患 対 象 患 者 約 150万 人 に 拡 大
されました。医療費助成対象者は医療保険3割負担の人は2割負担に軽減され、更に所得
に応じて指定難病の診療にかかわる自己負担額の上限が設定されました。助成の対象は症
状の程度が一定以上のものとされていますが、「軽症者特例」として、月ごとの医療費総
額 が 33,300円 を 超 え る 月 が 年 間 3 回 以 上 あ る 場 合 は 、 診 断 基 準 を 満 た し て い れ ば 助 成 の 対
象になることになりました。いままで特定疾患の医療費助成の恩恵にあずかれなかった難
病患者には大きな前進ですが、旧制度で医療費全額公費負担だった患者(約3割を占めて
いたと言われている)は生活保護世帯を除いて所得に応じた自己負担が課せられることに
なりました。また、旧制度では対象とされていなかった生活保護世帯についても助成の対
象とされました。既認定者に対しては負担限度額を軽減する3年間の経過措置が設定され
ています。自己負担額の上限は旧制度では入院と外来の区別があり、医療機関ごと(薬局
と訪問看護は全額公費)でしたが、難病新法では入院外来の区別なく医療機関、薬局、訪
問看護、訪問リハビリテーション、介護療養施設(介護保険の療養型病床群)の自己負担
合計額の上限とされ、自己負担限度額管理票で管理することになりました。(入院時の食
費は患者負担。既認定者に3年の経過措置あり)介護保険関係の給付が拡大されたことは
大きな前進ですが、複数の医療・介護機関がからんだ自己負担限度額の管理は現場に混乱
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をもたらしており、何らかの管理方法の改善が望まれます。また、身体障害に認定され重
度心身障害医療費助成制度(下記⒋参照)を受けている人の場合、難病新法での自己負担
額が還付される場合があるので、関係窓口(市役所・区役所等の保健福祉課等)に問い合
わせてみてください。また、今まで県によって独自の「特定疾患」を指定し医療費助成の
対象とされて来たものについても、今回の難病新法との関連で国と類似の制度に移行した
り、国の「指定難病」に吸収されたりするものと思われますが、これもそれぞれの件の関
係 窓 口 に 問 い 合 わ せ て み て く だ さ い 。 参 照 : 1) 厚 生 労 働 省 難 病 法 ( 難 病 の 患 者 に 対 す る 医 療 等 に 関 す る 法 律 ) 概 要 www.mhw.go.jp/sft/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/nanbyou/index.html (accessed 11th Apr,2015) 2. 介 護 保 険 制 度 ポ イ ン ト : 40~ 64歳 ま で の 人 は 「 特 定 疾 病 」 に 、 ま た 医 療 保 険 に 全 く 加 入 し て い な い 生 活
保 護 受 給 者 の 「 み な し 2 号 」 被 保 険 者 の 給 付 制 度 に 留 意 を 。 平 成 12年 に 始 ま っ た 制 度 で 、 主 に 高 齢 者 を 対 象 と し て い ま す 。 65歳 以 上 の 人 と 、 40歳 以 上
で 16の 「 特 定 疾 病 」 に 当 た る 人 ( 第 二 号 被 保 険 者 ) が 要 介 護 認 定 を 受 け る こ と が 出 来 、 要
介 護 度 ( 要 支 援 1,2 、 要 介 護 1~ 5)に 従 っ て 一 定 限 度 額 ま で 自 己 負 担 一 割 ( 平 成 27年 4月 よ
り一部2割負担の人が出る)で各種介護サービスを受けることが出来ます。「特定疾病」
の 中 に は ALS、 後 縦 靱 帯 骨 化 症 、 パ ー キ ン ソ ン 関 連 疾 患 、 脊 髄 小 脳 変 性 症 、 多 系 統 萎 縮 症 、
初老期認知症が含まれていますが、多発性硬化症、神経ベーチェット病、重症筋無力症等
のいわゆる免疫性神経疾患は含まれていません。第二号被保険者の場合、保険料は医療保
険者毎に保険料率を設定し医療保険の保険料と会わせて徴収される仕組みになっているた
め 、医 療 保 険 に 全 く 加 入 し て い な い 生 活 保 護 者 は 介 護 保 険 の 第 二 号 被 保 険 者 に は 該 当 せ ず 、
介 護 保 険 の 給 付 で は な く 介 護 保 険 と 同 等 の 給 付 が 生 活 保 護 か ら 介 護 扶 助 10割 と し て 支 給 さ
れ る こ と に な り ま す 。(み な し 2 号 )実 際 の 運 用 上 は ほ と ん ど 変 わ り ま せ ん が 、通 常 は 介 護
保険法の給付が障害者総合支援法の給付に優先するのに対し、みなし2号の場合は障害者
総合支援法の給付が介護保険に優先する点が異なります。具体的には、身体障害の認定を
受けて、かつ2号被保険者として介護認定を受けて介護保険サービスを受けていた人が生
活保護を受給すると、それまでの介護保険サービスから障害者総合支援法のサービスに移
行 す る こ と に な り ま す 。こ の た め 介 護 保 険 の デ イ サ ー ビ ス や 訪 問 リ ハ が 使 え な く な っ た り 、
訪問介護を障害者総合支援法の事業所に変更しなければならなかったりすることがありま
す 。 訪 問 看 護 は 介 護 保 険 か ら 医 療 保 険 に 変 わ る こ と に な り ま す 。 117 / 123
参 照 : 厚 生 労 働 省 ; 特 定 疾 病 の 選 定 基 準 の 考 え 方 http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/nintei/gaiyo3.html 3. 障 害 者 総 合 支 援 法 ポイント:症状が固定していない難病患者についても「最も症状が悪いとき」を基準とし
て 障 害 者 総 合 支 援 法 の 支 援 サ ー ビ ス が 受 け ら れ ま す 。 身 体 障 害 者 福 祉 法 の 「 措 置 」 に 始 ま り 、 障 害 者 自 立 支 援 法 を 経 て 平 成 24年 に 障 害 者 自 立 支
援法総合支援法が施行され、症状が固定していない(すなわち身体障害認定が受けられな
い)難病患者についても、「最も症状が悪いとき」を基準として障害程度区分(介護保険
の要介護度に相当)に従って障害者総合支援法の支援サービスが受けられることになりま
した。難病新法の施行に伴い、障害者総合支援法の適用を受けられる疾病も増加していま
す。障害程度区分決定後利用者は「サービス等利用計画案」を自己または「指定特定相談
支 援 事 業 者 」( 介 護 保 険 の ケ ア マ ネ ジ ャ ー に 相 当 )で 作 成 し て 市 町 村 に 提 出 し 、市 町 村 は 、
提出された計画案や勘案すべき事項をふまえ、支給決定します。既に介護認定を受けてい
る人は介護保険が優先し、障害者総合支援法の支援サービスは利用出来ないことになって
い ま す 。た だ し 介 護 認 定 を 受 け て い る 場 合 で も 、要 介 護 4、5 で 障 害 程 度 区 分 4 以 上 、介 護
保 険 の 支 給 限 度 額 を 原 則 95%以 上 使 っ て い て 、 う ち 訪 問 介 護 の 割 合 が 原 則 50%以 上 、 と い う
条 件 を 満 た す と 、障 害 者 総 合 支 援 法 の「 重 度 訪 問 介 護 」を 上 乗 せ し て 使 う こ と が 出 来 ま す 。
介護保険を利用して在宅療養をしている要介護4以上の神経難病患者で家族の介護負担が
大 き い 場 合 、 こ の 制 度 が 利 用 出 来 な い か ケ ア マ ネ ジ ャ ー に 相 談 し て み る と 良 い で し ょ う 。 4. 重 度 心 身 障 害 医 療 費 助 成 制 度 ポ イ ン ト : 都 道 府 県 に よ っ て 内 容 が 異 な る 点 に 留 意 を 身体障害者手帳1級、2級および3級の一部(主として内部障害)を交付されている人に
対する医療費助成制度で、県によって内容が異なります。所得制限なく全額公費負担の県
から、自己負担定額制、自己負担一割定率制まで色々な例があります。住民税非課税世帯
は全額公費負担となる場合が多い様です。また同一県内でも市町村により内容が異なる場
合 が あ り ま す 。 コ ラ ム : 札 幌 市 の パ ー ソ ナ ル ア シ ス タ ン ス 制 度 ( P.A.) 札 幌 市 が 平 成 22年 4月 か ら 独 自 に 開 始 し た 重 度 身 体 障 害 者 に 対 す る 介 助 制 度 。札 幌 市 か ら 障
害者総合支援法に基づく重度訪問介護の支給決定を受けてる人が、介護事業所を通さず直
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接介助者と契約し介助者への指導、シフト調整、報酬支払い等を自らの責任で行う。介助
者の資格は特に問わず、報酬額も障害者自身が決定するので、時給を重度訪問介護の場合
より低く抑えることで利用時間を増やしたり、特に介助の必要な時間帯の給与を高く設定
して介助者を集めやすくしたりすることが出来る。事業所からの重度訪問介護と異なり、
介護を受ける障害者が介助者を選ぶことができ、入院中も利用出来るのが利点である。介
護費用は直接障害者に支払われ、障害者本人又は支援者がその管理を行えることが前提に
なる。また、介助者の労働者としての立場の保護が難しい、福祉予算の節約のために都合
の良い制度ではないか、との批判もある。この様な制度はスウェーデン、デンマーク、英
国 等 で 発 達 し て お り 、 そ れ を モ デ ル に し た も の と さ れ て い る 。 参 照 : 1) 札 幌 市 、 パ ー ソ ナ ル ア シ ス タ ン ス 制 度 に つ い て www.city.sapporo.jp/shogaifukushi/jiritsushien/1-4_pa.html (accessed 11th Apr,2015) 2)田 中 耕 一 郎 札 幌 市 パ ー ソ ナ ル ア シ ス タ ン ス 制 度 の 実 際 www.fun.ac.jp/~kawagoe/tanakaPA.pdf (accessed 11th Apr,2015) コラム:在宅医療における難病新法の自己負担額管理の実際:在宅療養をしている難病患
者の場合、医療機関(訪問診療)と調剤薬局の他に訪問看護(医療保険、介護保険)、訪
問リハビリ(介護保険)、居宅療養管理指導(介護保険。医師、歯科医師、薬剤師、管理
栄養士、歯科衛生士等による)等を利用している場合が多く、病院窓口と違ってその都度
会計せずに月まとめにして自己負担分を請求していることも多い。この様な場合、限度額
を超えるケースでは現行の管理票による自己負担額の管理が複雑怪奇になりかねない。幸
い在宅医療の場合は関係事業所が日頃から連絡を取り合っている場合が多いので、筆者は
その患者にかかわっている事業所と話し合って、限度額をなるべく少数の(出来れば一ヶ
所の)事業所で徴収し、それ以外の事業所は全額公費請求出来る様にしている。一つの事
業所の自己負担額が一日で限度額を越える場合は、残りの事業所は全額公費請求すればよ
いので簡単。複数の事業所にまたがっても、一日の支払いで限度額を越えるなら、事業所
間で連絡を取り合えば比較的簡単。一日では限度額を越えられないが、月まとめにすると
限 度 額 を 越 え る 事 業 所 が あ る 場 合 は 、そ の 事 業 所 に 限 度 額 ま で 徴 収 し て も ら う 約 束 に し て 、
他 の 事 業 所 は 全 額 公 費 請 求 す れ ば 簡 単 。 コ ラ ム : 介 護 保 険 の 訪 問 介 護 と 障 害 者 総 合 支 援 法 の 重 度 訪 問 介 護 の 違 い 利用者居宅へのヘルパー派遣という点では共通しており、届け出れば同一事業所で両方の
業務を扱うことが出来るが、介護保険の訪問介護と障害者総合支援法の重度訪問介護には
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かなりの違いがある。まず、介護保険では訪問介護の時間中、ヘルパーは常に利用者の身
体介護か生活援助か何らかの仕事をしていることになっており、単なる見守りは認められ
ていない。従って、長時間利用者宅に滞在することは困難である。(通常の介護であれば
せいぜい3時間程度)また、外出時のヘルパー付き添いは散歩とか、病院受診の行き帰り
に限られており、病院内での受診行動や利用者の個人的な目的の外出(例えばデパートで
の買い物、コンサートや美術館に行く等)の付き添いは認められていない。ヘルパーの背
の高さ以上の作業は出来ないことになっており、たとえば踏み台にのぼってカーテンを付
け替えたり電球を取り替えることはできない。重度訪問介護にはこの様な制約はなく、夜
間を含め一日通しての利用も可能である。利用者負担は介護保険では生活保護受給者以外
は一律1割ないし2割だが、総合支援法では所得水準によって上限規定があり、市民税非
課税世帯では利用者負担はない。介護保険では要介護認定の程度に応じて区分限度支給額
が定められ、この範囲内ですべての介護保険サービスの割り振りをケアマネージャが行う
が、総合支援法では「サービス等利用計画案」を提出した後、市町村が重度訪問介護の一
月 の 時 間 数 を 決 定 す る 。 ( 矢 崎 一 雄 ) 120 / 123
お わ り に 「 神 経 難 病 在 宅 療 養 ハ ン ド ブ ッ ク 」 の 出 版 か ら 3 年 余 を 経 て 、 在 宅 療 養 や 看 取 り へ の 理
解は徐々に広がってきたように思います。しかし、医療ケアの進歩や高齢化などにより、
長期に亘り要介護状態で療養生活を送らざるを得ない人は今後まずまず増加していくこと
も予測されています。他方、多くの人が在宅での療養生活や看取りを希望しているとの調
査 結 果 が あ り 、 在 宅 ( 自 宅 /施 設 ) 医 療 ケ ア の 必 要 性 は 増 大 し て い ま す 。
神経難病の多くは進行性で治療法がなく、診断が確定したときに、疾患自体や合併症に
よりいずれ死にいたるということを知らされる病気です。私たちは、普段、死を意識する
ことなく日常生活を送っており、多くの人が、病気や事故は近代医学によって治せるもの
と 考 え て い る よ う に 感 じ ら れ ま す 。 し か し 、 実 際 は 、‘ 治 る ’ 病 気 は 少 な く 、‘ コ ン ト ロ ー
ル’できる病気が増えただけであり、さらにはコントロールも困難な病気も少なくありま
せ ん 。‘ 特 定 疾 患 ( 難 病 )’ に 指 定 さ れ て い る 疾 患 の 多 く が そ の よ う な 病 気 で す 。
テ ク ノ ロ ジ ー や 医 学 の 発 達 に よ り コ ン ト ロ ー ル で き る 病 気 が 増 え 、 核 家 族 化 な ど の 社 会
の変化により死と接する機会が減り、人(生物)は死すべきものであるということが意識
されにくくなっているように思います。しかし、生物にとって死は免れないものであり、
‘ い か に 生 き る か ’と い う こ と と と も に‘ い か に 死 ぬ か ’を 考 え る こ と も 重 要 と 思 い ま す 。
生き方の選択も人それぞれであり、人生の最後をいかに迎えるかについても人それぞれ違
います。よりよく生きるとともに、よりよく死ぬことも、個々人が考え、また家族とも話
し合い理解しあっておくことが望まれます。
先 に 代 表 的 な 何 人 か の 患 者 さ ん を 提 示 さ せ い た だ き ま し た が 、 残 さ れ た ご 家 族 は 、 十 分
に看取れて満足しているという方から、もっと他の選択もあったのではないかと悩む方ま
で さ ま ざ ま で す 。し か し 、一 番 大 切 な こ と は 、医 療 お よ び 社 会 的 な 情 報 を 十 分 に 知 ら さ れ 、
理 解 し た う え で 、患 者 さ ん 本 人 が( 自 己 決 定 能 力 が あ る 限 り は )、自 分 の 人 生 の 終 幕 の あ り
方を決めることではないでしょうか。
こ の ブ ッ ク レ ッ ト が 、 神 経 疾 患 の 在 宅 医 療 ケ ア に 携 わ っ て い る 多 く の 方 々 、 患 者 ・ 家 族
の皆様のお役に立てれば幸いです。
(難波玲子)
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薬剤一覧
別ファイル
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索引
under construction
こ の 研 究 は 公 益 財 団 法 人 在 宅 医 療 助 成 勇 美 記 念 財 団 の 助 成 に よ る 。
感想:4年前在宅医療助成勇美記念財団の助成を得て出版されたブックレットの改定との
こ と で 作 業 を 始 め ま し た が 、こ の 4 年 間 の 各 分 野 の 進 歩 は 大 き く 、
「 改 訂 版 」と い う よ り は
全く新しい本、という体裁になりました。私は前回は直接執筆せず、全くの裏方に徹しま
したが、今回は「神経難病患者の医療・介護を支える諸制度」の一章の執筆を分担させて
もらいました。原稿を書いているうちに難病法が施行され、介護保険の二割負担の施行が
あり、次々に訂正しなければならなくなりました。他の執筆者の部分も現在の日本の最先
端 の 内 容 を 書 い て あ り ま す が 、 こ れ も 日 進 月 歩 で 、 た と え ば 執 筆 期 間 中 に ALS に 対 す る ラ
ジカット保険適用が認められるといった出来事がありました。この薬の評価についてはな
お時間を経なければ固まらない、といった事情もあっていきなり飛びつくわけにもいかな
いでしょう。長い間の利用に耐える本を書くというのはいかに難しいものかということを
痛感させられました。前回の版が比較的好評だったこともあって、今回の版の出版の交渉
も比較的円滑に進んでいる様です。実際に発売されるのは年明けになると思われますが、
広く世に受け入れられる本になればと思います。
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