サンディエゴ三景園とホーチミン市リンリン庭園今村　亮１　ボートピープル『これ以上詰められないまでに難民を満載した船倉の中で彼女は父のことを思った。寂しさがこみあげ、今にも泣き出しそうになった。これからのことを思うと、怖くなった。「しっかりしなくては」と自分に言い聞かせた。　「家族はどうなるのだろう？―今の今はそれどころではない」―ぴったり身体を触れ合い、肌越しに体温まで伝わってくる同じ運命にある難民たち。みんな私と同じようなことを考えているいのだろうか？　それは突然死、恐怖、絶望？人間を蚕同様に閉じ込めた繭（コクーン）の中で、難民たちは呻き、転がりながら嵐が過ぎ去るのを待った。』（ナム・リー著『ボート』２００８年ディラン・トーマス賞受賞作品）『ボート』を書いたナム・リーは生後３ヶ月で両親に代る代る抱きかかえられながら、ベトナムから南へ下り、マレーシア難民キャンプを経てオーストラリアに新天地を求めた。南ではなく、北に向かったボートの中に呉チャン少年がいた。　近隣マレーシアといえども嵐に会えば船は荒波に翻弄される。ナム・リーを乗せた船は老朽化も甚だしくエンジンもまともに作動せず、風任せの船だったようだ。　北に向った呉少年は、２週間をかけて、台湾を遥かに見ながら、やっとのことで日本に着いた。東京の入国管理局で難民ビザの交付を受けたあと、愛媛県松山の難民受け入れシェルターに移送され、日本の生活が始まった。２　サンディエゴの三景園（＊）この春、ホーチミン市（もとサイゴン）在住日本語教師のK女史から「当地に日本庭園が誕生、開園式に出席しました」というeメールをもらった。K女史と私は日本語と日本庭園という不思議な縁で結ばれている。K女史とは、以前、メキシコに近い米国加州、サンディエゴ市で知り合った。私はサンディエゴへは、１９７０年はじめに、メキシコ国境を挟んだマキラドーラ製造基地に進出した草分け日系工場で働いていた。マキラドーラとは国境の両側のツインプラント間の委託加工貿易を指し、所要部品、機械は保税で輸出、完成品輸入時は、加工付加価値への課税ですむ制度を言う。７０年後半から日系企業が進出をはじめ、これに伴い、駐在員家族が増え,子弟のために日本語学校の設立が必要となった。私は日本領事館との折衝、教師、教室の確保に当たった関係で、９０年半ばの帰国時まで、事務局長、理事、理事長役を歴任した。また日本庭園「三景園」の設立準備委員会にも会社代表で、参加した。庭園造りは息の長い仕事である。先立つものは資金集め、これに平行して目論見書、設計図の完成など。幸い、三景園には強力な後援者があった。まず、サンディエゴ市である。市はバルボア公園の一郭５エーカーの土地を無償リース１００年貸与、また観光旅行客が支払うホテル税の一部を廻してくれた。ついで、日系アメリカンが直接間接に加勢してくれた。また横浜・サンディエゴ姉妹都市協会、それにサンディエゴーティフアナ日米協会（JSSDT)がバックアップした。実は、バルボア公園は１９１５年、パナマ運河の開通を記念する加州太平洋大博覧会場の遺産である。その目玉が日本館で庭園も含まれていたそうだが、戦争中、取り壊されてしまい、西海岸でサンディエゴのみが、日本庭園を持たない都市となった。日系アメリカンとして是非再建したいと協力を惜しまなかった。以降３０年が経過し、昨年、三景園訪問時は、見違えるほど、立派な日本庭園になっていた。また２０１５年の加州太平洋博１００年祭記念典を控え、バルボア公園全体の改築工事が進んでいる。３　ホーチミン市のリンリン庭園 K女史が知らせてくれた２月開園のリンリン庭園はネットで確認できた。統一会堂や、ドンコイ通りのある市の中心部から北西のホックモン地区にある。大きさは７０００坪、５エーカーのサンディエゴ三景園と等しい。どんな経緯で、リンリン庭園ができたのか、K女史に詳細をお願いした。回答はホーチミン日本人会の城戸会長から来た。「造園は、日本語にすると松栄貿易という名の会社、日本で収容された元難民の一人が、日本で成功し、この程帰国、プラスチック工場を経営しています。造園の日本資材が昨年６月に到着、資材はほぼ愛媛県調達品で、到着と同時に同県からの造園師指導による建設がはじまり、１２月に完成しました。造園資材一覧表を添付します。」一覧表には、石屏風、石灯籠、石碑、石橋、石卓、石椅子、庭石、飛石、砂利等、植木はいぬ槙、松、貝塚等で１００本に近い。それに広島小西の錦鯉２００匹。重量は４０００MTとあったが、相当なものだ。興味を惹かれたのは、伊予青石、大島石、抹香石など、私も愛媛県出身者の一人で、子供の頃、よく耳にした愛媛県の石が揃っていたことである。これは凄い。愛媛県の中村知事が開園前に表敬訪問されたニュースもうなずけた。私は８月、マレーシア旅行を予定していたので、是非、庭園の持ち主に会いたしとK女史に打電した。８月、K女史の教え子で来年北九州の会社に就職内定したヴォン君と一緒にリンリン庭園を訪ねた。時間通り公園に現れた精悍そのものの紳士が「松山から帰った呉です」と完璧な日本語で名乗った。長男のキム・テュアン君も同席した。「松山はどちらでした？私の義父が石手寺近くでした」と質問すると、即座に「土居田町です」とすらすら漢字で書いてくれた。「松山市駅に近いですね」しばらくは松山の話が弾んだあと、リンリン庭園の目的はと切り出した。「日本に３０年住み、日本の自然の美しさに感動しました。日本庭園は日本人の心の拠り所です。日本庭園を私自身の心の拠り所としております。リンリン庭園を通じてベトナム人に日本庭園を紹介したい。日本への恩返しにもなります。」呉さんは、日本での辛酸については語らなかったが、大変な努力と献身が今日ゴーさんの背景にある。おそらくはレストラン予定と思われる建屋で会ったが、その建屋に近い枯山水域の中心は、松の木に丹頂鶴が舞い遊ぶ大石屏風、その左右を石心、木心と彫った大石が取り囲む。錦鯉が泳ぐ池向こうに鳳来山、五重塔の石塔、石灯籠が並び、太鼓橋が池を跨ぐ。レストランができれば結婚式場ともなるし、日越文化交流の拠点、各種イベント場となる。現に来年６月、アジア太平洋友好盆栽協会（AFFB)主催の第５回盆栽展が予定されている。ベトナムで盆栽が盛んだと知ったのはサンディエゴである。米海兵隊基地がサンディエゴ郊外ペンデルトンにあり、米国へのベトナム難民キャンプに使われていた。私の会社でも何人かベトナム人を雇った。サンディエゴ・バルボア公園で盆栽展が屢々行われたが、会場で彼等に出くわして驚いた。ベトナム、日本、米国が意外なところで、お互いに関係し合っていることを、あらためて認識したのである。＊横浜の三渓園にあやかって三景園と名付けられた。サンディエゴ日本友好庭園が正式名。 Oregon Coast, Brookings Oregon by JoeDuck I-News 103 April/May 2015 The Spring Issue 6