束縛条件付き Schrödinger 方程式を解くという方法

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束縛条件付き Schrö
Schrödinger 方程式を解く
方程式を解くという方法
を解くという方法
束縛条件付き Schrödinger 方程式という方法は,化学現象を解析するうえで理論的に欠陥
のない強力な手段です.アイデア次第で,多方面の化学現象の解析に用いることができま
す.
分子の電子構造と化学的性質
分子の電子構造と化学的性質
化学現象の理論研究の重要なテーマは,分子の電子状態とその化学的性質との関係を調べ
ることです.特に量子化学による分子の有機化学的特質の研究のほとんどはこの領域にあ
るといえます.
具体例として共鳴・共役の問題を考えてみましょう.ブタジエンの 2 重結合間の共役の
エネルギーはいくらかを理論的に求めることは,通常の分子軌道法ではできません.図 1
の構造 A と B のエネルギー差を求めればいいのでは?という意見があるかもしれませんが,
H
H
H
H
H
H
H
H
A
B
H
図 1.化学的なブタジエンの共役構造と非共役構造
H
その方法は誤りです.化学では A も B もブタジエンであることには変わりありませんが,
Born-Oppenheimer 近似に基づく分子軌道法では,A と B は完全に異なる系なのです.つ
まり似たような構造でも原子核の位置が少しでも異なれば異なる系となります.
H
H
H
H
H
H
H
A
H
H
H
C
図 2.ブタジエンの真の共役構造と非共役構造
ブタジエンの本当の非共役構造は,図 2 に示すように幾何構造は変わらずπ電子のみが
C と C 間に存在しない電子構造 C です.
この状態での全エネルギーを求めることができれ
ば,共役によりπ電子のエネルギー低下を求めることができます.この低下エネルギーは
vertical(垂直)resonance energy です.余談ですが,C の電子構造では最低の全エネルギ
2
3
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ーとはならず,最低の全エネルギーでは幾何構造が変わります.このときの全エネルギー
と元の構造(A)のエネルギー差は adiabatic(断熱)resonance energy です.
ベンゼンの共鳴エネルギーを求めるには,通常の共鳴しているベンゼン(図 3 の D)の
全エネルギーを求め,原子核の位置を変えずにπ電子共役の無い構造(E)との差はπ電子
の共鳴エネルギーということになります.また,エネルギーの成分の変化を解析すること
で,共鳴現象の原因がわかります.
E
D
図 3.ベンゼンの共鳴状態(E)と非共鳴状態(D)
問題は,“構造 C の波動関数をどのようにして求めるか”ということになります.これは,
量子力学では束縛条件付き Schrödinger 方程式を解くという問題に相当します.分子軌道
法に書き直せば,束縛条件付き Hartree-Fock 方程式を解く問題となります.
束縛条件付き HartreeHartree-Fock 方程式
定常状態の Schrödinger 方程式は,HΨ=EΨの形で表されます.この式が示すように波動関
数(Ψ)はハミルトン演算子 H に依存します.もし,特定の電子構造を与える波動関数を
得たいなら,H をその電子構造を与えるように変化させればよいのです. “変化”をλとすれ
ば,その方程式は (H + λ)Ψ=EΨです.これを束縛条件付き Schrödinger 方程式とよびます.
これも固有値問題ですので,得られた波動関数は定常状態にあります.
具体的に,共役の無い波動関数を Hartree-Fock 法で求める方法を示します.
Hartree-Fock 方程式は,H は F となりますので,束縛条件付き Hartree-Fock 方程式は
(F+λ)Ψ=EΨとなります.λ は二重結合間に侵入するπ電子を,元の二重結合に戻す演算子
です.もっと具体的には,1 式を解くことに相当します.ここで,F,C,および S は行列
occ

P
=
2
C r*i C si = pk
 rs
∑

i
( F + λ )C = ε ' SC

1
表現の Fock 演算子,分子軌道係数,および重なり積分です.行列λ は特定の結合の電子分
布を制限するパラメータになり,このパラメータでπ電子の分布を制御します.原子軌道 r
と s の間の結合次数(P )はλ の要素λ の関数となりますので,それを P =0 (p =0)
となるように選ぶことにより,原子軌道 r と s の間のπ電子の非局在化をなくすことができ
rs
rs
rs
k
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ます.方法の詳細は文献を参照してください .一方,ε’ は束縛条件を受けた波動関数の分
子軌道エネルギーであり,これはそのままでは用いることはできません.必要な軌道エネ
ルギー(ε)は束縛条件を受けた波動関数の(F+λ)でなく F に対する期待値であり,2 式で求
めることができます .
1)
1)
ε i = ε 1 '−∑ Cir λrs Cis
2
r ,s
束縛条件を課すこと
束縛条件を課すことによる分子軌道の変化
を課すことによる分子軌道の変化
通常の波動関数に束縛条件を課すことによる分子軌道の変化を見ましょう.表 1 にブタジ
エンのパイ分子軌道の,通常の分子軌道と C -C 間のπ電子の分布を 0 となるように束縛条
件を課して得られたパイ分子軌道の係数を示します(文献 1 より引用).基底関数は ST-3G
です.
2
3
表 1.束縛条件によるブタジエンのπ分子軌道の係数の変化
C1-C2-C3-C4
εa
C1
C2
C3
C4
-0.39908
0.37137
0.47496
0.47496
0.37137
-0.27625
0.52078
0.40400
-0.40400
-0.52078
0.25602
0.62831
-0.47530
-0.47530
0.62831
0.42034
-0.51252
0.69854
-0.69854
0.51252
-0.30325
0.40518
0.44825
0.44825
0.40518
-0.27995
0.48660
0.44825
-0.44825
-0.48660
0.26202
0.60706
-0.50057
-0.50057
0.60706
0.41559
-0.54507
0.67100
-0.67100
0.54507
normal
constrained
a
束縛条件を課した分子軌道に関しては補正した軌道エネルギー値(2 式)です.
それでは,C -C 間の結合次数はどうなっているか調べてみましょう.束縛条件のない分子
軌道では,
2
3
2 × 0.47496 × 0.47496 + 2 × 0.4040 × ( −0.40400) = 0.12474
一方,C -C のπ電子分布が 0 となるように束縛条件を受けた分子軌道では,
2
3
2 × 0.44825 × 0.44825 + 2 × 0.44825 × ( −0.44825) = 0
このように,結合次数は 0 となっています.
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束縛条件付 HartreeHartree-Fock 法の応用
この方法は多種の化学現象の問題に適用できると思われます.まずπ電子・孤立電子対の
共役,共鳴の問題です.すでに述べましたが,共鳴・共役には vertical(垂直)と adiabatic
(断熱)という概念をはっきりさせておく必要があります.図 3 を例に説明します.
“Vertical”
は原子核の位置が変わらないつまり幾何構造は不変の条件での D と E の関係を,“adiabatic”
は最適化された D の幾何構造と最適化された構造 E の関係をいいます.(“断熱”は,系外
との熱のやり取りがないことを意味する熱力学で用いられる用語です.ちと,誤解しやす
いので注意してください.)
ベンゼンは電子分布によって異なる最低のエネルギーの幾何構造を持ちます.つまり,D
と E の幾何構造は異なります.D と E の全エネルギー差は adiabatic な共鳴エネルギーに
なります.共鳴エネルギーを観測で得たものは adiabatic 共鳴エネルギーに相当します.幾
何構造が変化すると幾何構造の変のみでもπ電子のエネルギーは大きく変化しますので,
π電子の役割を調べるなら,vertical でのエネルギーを解析しなければなりません.この解
析はすでに行われています .
同様に,ニトロベンゼンやアニリンの共役の原因を調べるなら,幾何構造を変えずにベ
ンゼンと置換基の間のπ電子の流れを止め,そのときに上昇するエネルギーを解析すると
いうことになります.これらのエネルギー解析では,系の全エネルギーは,電子の運動エ
ネルギー(T),1 電子ポテンシャルエネルギー(V ),2 電子ポテンシャルエネルギー(V ),
核間反発エネルギー(V )に合理的に分割でき,分割されたそれぞれのエネルギーは V
を除き,共役系では,σ電子の寄与とπ電子の寄与に分割できます.したがって,現象を
物理の基本法則から化学現象を解析することができます.
2)
eN
NN
1. Ichikawa, H; Kagawa, H., Inter. J. Quantum Chem. 1994, 52, 575-591.
2. Ichikawa, H.; Kagawa, H., Bull. Chem. Soc. Jpn. 1997, 70, 61-70.
ee
NN