少子高齢化と防災

少子高齢化と防災
少子高齢化社会に突入して、今後災害が発生した時の対応に不安になったり、財政がます
ます厳しくなって安全や安心への投資が減じるとか産業の空洞化が進んだ上に災害があれ
ば日本滅亡というところまで広がるのではないかと心配される方が少ないと聞く。
しかし、視点を変えれば、少子高齢化は確実に進行していることであるので、今までと違っ
た考え方、極端に言えば、逆を行けばよいのではないかとも思われる。例えば、土砂災害を
想起してみると、いままで必死になって山際や海沿いに求めていた住宅や福祉施設は
リスクの少ないエリアを選択する幅が広くなるのではないのかと考えてもよい。
少なくとも、投資して、土砂災害や津波のリスクがあるところを求める必要がなくなるとい
うことになる。
特に、昔からの土地(居住並びに生産の空間)は長い間、先人が経験した中で選択してきたと
いうこともあるわけで、少なくとも安全性が高いところを選択してきたわけで、本来の考え
に帰巣することには理がある。
そうすれば、コンパクトシテイへの推進にもなるし、安全で安心な居住空間が形成されると
思われる。
少子高齢化は、経済の長期停滞化、税収入の減少、社会保障制度の維持など否定的に見て
しまうというような傾向があり、生産労働人口が減少をどうするかの議論になりがちでは
あるが、否定的なことだけではない。新しい発想の転換こそが、日本を明るくするものであ
る。少子高齢化、長寿命、低出産ということで、何もかも衰退に結びつける必要性はなく、
この災害列島の中にあって、自然と共生しながらより安全なところで、質の高い生活を追求
することは可能であるし、海外の羨望の的になる素因は十分にある。日本の食やマナーには
定評があり、美しい自然を楽しんでもらう資源は豊富である。まさに、食、美、知のハーモ
ニーを演出できるモデルにもなりうるもので、これも一つの成長戦略ではないのか。日本は、
科学技術立国であり、美しい国で、安全なところであるというところにしていくための、い
いチャンスではないかと思われる。一過性のことを考えるのではなく、現実を熟視して考え
れば、この国の伝統、経験を活かして発信できることは多いし、その活用を考えていけば、
世界の目標になる国家を見せることは可能である。グローバル化は決して、マネやトレンド
に流されるということではなく、グローバルなモデルになる、目標になるということである
と思われる。日本が世界のシンクタンクになることこそが貢献であり、その一つに、自然災
害では日本は多くの試練を経験しているわけで、犠牲者を出さないための防災に機能する
ハード、ソフト技術は世界が望んでいることでもある。われわれは、災害列島にあって、真
摯に自然と共生している国民であることを発信することは大変に意義あることである。
以上