IoTの実現には“感情”が必要(週刊BCN)[PDF 3.5M]

Company Data 通信事業者や官公庁、大企業のネットワーク構築で
取材・文/日高彰
report & text by Akira Hidaka
撮影/大星直輝
photo by Naoki Ohoshi
多くの実績を有する大手NIer。2014年度の売り上げは約1431億円、連結従
業員数は2374人(今年3月末)
。近年はネットワークに加え、クラウド基盤構
築事業にも注力。13年の本社移転にあわせて開始した、ICT活用によるワー
クスタイル改革の取り組みでも知られる。
ネットワンシステムズ ◉ 代表取締役 社長執行役員
吉野孝行
IoTの実現には
“感情”
が必要
かつては、NTTグループをはじめとする通信事業者向けのネットワーク構築が
主力だったネットワンシステムズだが、近年はクラウド基盤の構築や、VDI、ビ
デオ会議を活用したワークスタイル改革ソリューションの売上比率が高まってい
る。ネットワークを知り尽くしたインテグレータは、現在のクラウド市場をどう
みているのか。そして、次の成長戦略に掲げるIoTがユーザーに提供する価値と
は何か。顧問・社長として同社を8年にわたり率いてきた吉野孝行氏に聞く。
けでなくCPUやストレージといったリソース管理も最適化することで
「ネットワーク屋」がクラウドをつくる
す。クラウドをアプリケーションの側だけからみていると、
「パフォーマ
── ネットワンシステムズに来られて、丸8年が経ちました。当時と現在を
ンスが足りなければCPUを追加する」というアプローチになるわけで
比較すると、事業環境はどのように変わりましたか。
すが、それだとコストばかりかかって費用対効果はよくならない。われ
8年前は、通信業界では固定系でNGNの大きな設備投資、それに続
われはネットワークという下側から、アプリケーションを見上げている
いてモバイルで4G/LTE投資がありました。これらがネットワンシス
ので、全体最適化ができるのです。
テムズを大きく伸ばしたのは確かです。会社としては非常に
資額は売り上げに対し大きすぎた。当社の通信事業者向けの
売り上げは下がっていますが、投資が抑制されているという
より、適正な水準に落ち着いてきたということです。われわ
れとしては、通信事業者の投資に業績が大きく左右されるビ
ジネスからは脱しなければいけない。
── 通信業界では5Gに向けた準備が始まりますが、4G導入時のよ
うな需要は期待できないのでしょうか。
5Gに関しても取り組んでいますが、ネットワークのレイヤ
は統合されていく傾向にあり、製品そのものも統合化されて
いくので、今後は従来のように天井まで届くラックにぎっし
り機器を詰め込む必要はない。重さも消費電力も当然少なく
なる。あくまで感覚ですが、5Gネットワークは従来の3分の1
くらいの予算で構築されるのではないかと思っています。
── そこで、通信業界の動きに依存しないクラウド基盤構築をも
う一つの収益の柱にしていくということだと思いますが、クラウド
システムは楽しく仕事するためのもの
つなぐだけなら誰でもできる
そこに人の意図、感情が入らなければ意味がない
助かりましたが、世界的にみると、日本の通信業界の設備投
── 自社でもクラウド基盤やネットワーク技術を組み合わせて、仮
想デスクトップ(VDI)やテレワークの環境を整備されました。ク
ラウドへの投資が一番わかりやすく表れたのが、ワークスタイル変
革だったというのはとても興味深い部分です。
2年半前の本社移転にあわせて、社内システムを切り替えま
した。3年前にはPCサーバー、UNIXサーバー合わせて220台
がありましたが、それが今は三十数台に減りました。これは仮
想化の効果です。ただ、これをもって「高いコストパフォーマ
ンスを実現」とか言い出すのは、相変わらずの“箱売り”の世
界ですよね。情報システムというのは、金ピカに磨いて飾って
おくものではなく、
「使ってなんぼ」です。使ってもらえなけれ
ば費用対効果という指標すら算出できない。
── ICTの導入効果を証明する一番の方法が、働き方を変えるこ
とだと。
何のためにシステムを使いますかと言ったら、やはり社員が楽
しく仕事ができる環境をつくるためでしょう。当社では連結で約
の構築は多くのITベンダーが手がけています。ネットワンシステム
2400名の従業員、アウトソーシング先も含めると3000名前後の人
ズならではの、強みはどこにあるのでしょうか。
が働いている。その全員が、社内、外出先、お客様拠点、あるい
それは、われわれが「コンピュータ屋」ではなく、
「ネットワ
は自宅から、同じ環境で働けるようになれば、仕事のなかにも楽
ーク屋」だというところにあります。例えば1か月といった単
しみ方や、自分なりの時間の使い方をみつけられるようになるので
位で、ユーザーごと、アプリケーションごとにトラフィック
はないかと。
をモニターし、曜日や時間帯に応じた増減を分析することで、
各時間帯で必要なCPUやストレージの能力を算出できる。わ
── 現場の反応はいかがですか。
れわれもSDNでネットワーク管理の効率化に取り組んでいま
ちょっと強引に進めたというのもあり、最初はうちの社員も
すが、クラウド基盤にお客様が求めるのは、ネットワークだ
「なんだよこれ」と文句ばかり言っていましたが、3か月もする
BCN
Key Person
Takayuki Yoshino
1951年、富山県出身。69年、日本電気
エンジニアリング(現NECフィールディ
ング)入社。73年、東京エレクトロン。
98年、日本シスコシステムズ(現シスコ
システムズ)に入社し、01年、同社取締
役に就任。07年、ネットワンシステムズ
入社、顧問に就任。08年6月より現職。
と、このほうが楽だとわかるようになってきた。もちろん、業務によ
達するということですね。
っては不便が生じることもあるでしょうし、人によっては「こんなのい
今までの「つなぐ」だけでも、製造ラインや工場ごとの効率改善は
やだ」と言うかもしれない。ただ、実際に導入したことで、われわれは
できているんです。しかし、それが「会社の改善」につながっているの
VDI環境のメリット・デメリットの両方をお客様に情報として提示でき
か。ITによる生産効率改善、
営業支援、それはもちろんけっこう。ただ、
るし、どのように問題解決に取り組んできたかもお伝えできる。おか
それらを経営層がどこまでみているのかという素朴な疑問があります。
げさまで、ワークスタイル改革の案件は売り上げも拡大しています。
販売実績だけでなく、クラウド上の情報も含めたマーケットの動きと、
製造・開発現場のデータがもっと密に連携できれば、生産手配を早め
IoTは「つなぐ」ではなく「むすぶ」技術
に打って納期を短縮し、機会損失もぐっと減らせるのではないですか
── 今後の成長のためのチャレンジ領域の一つにIoTを挙げられています
と。これは一例で、IoTの正解なのかどうかはわかりません。製造業だ
が、吉野さんの考えるIoTとは、どういう世界なのでしょうか。
けでも、家電と車と造船とでは違います。今は、ネットワーク屋の立
2年半前、ネットワンシステムズは「つなぐ・むすぶ・かわる」という
場からみて、IoTではどのように「つなぐ・むすぶ・かわる」を実現す
ブランドスローガンを立てました。IoTでは、まさにこのシナリオでゴ
ればいいのかなと、お客様とさまざまな実験をしているところです。
ールに向けてつくり込んでいくことが必要なんです。
── IoTが目指す世界が実現すれば、経営そのものが「かわる」
。そのため
── スローガンの「つなぐ」と「むすぶ」は同じような意味に思えますが、ど
の基盤を構築する事業は新たな収益源になりそうですが、自社の経営を変
う違うのでしょうか。
えていくことも課題と言えそうです。
「つなぐ」というのが物理的な接続のことならば、
「むすぶ」のは人と
ここ3年ほどで、われわれ自身はワークスタイル変革などを通じて「つ
人を結ぶことと考えています。言い換えると、つないだうえに感情が
なぐ」から「むすぶ」にシフトできたと思います。ただ残念ながら、本
入っている。これがIoTになると、人とモノ、モノとモノを結ぶ形にな
当に「かわる」というところにはまだ至っていない。表に向けても社内
っていく。機械やセンサを「つなぐ」だけなら、言い方は悪いですが、
的にも、
「かわる」という部分をどのように表現するのかがチャレンジで
誰だってできます。収集したデータを何かの目的で解析・分析して、
す。
「かわる」段階まで達することができれば、ビジネスとしても大き
事業にフィードバックしなければ意味がない。ここで人間の意図、つ
な成功を得られるでしょう。
まり感情が入ってくる。意図をもって「むすぶ」んです。
のでしょうか。
例えば、CAMシステムでは工作機械が製品の図面データをサーバー
光 背
── 具体的な情報システムにあてはめて考えると、どういうシナリオになる
同社が主力とする通信事業者、官公
メリットであるフレキシビリティを提供
庁、大企業向けのインフラ構築は、日
できるのがネットワンシステムズの強
本市場ではメーカーやその傘下のSIer
みと強調する。
からダウンロードし、どの時間帯に何をつくったかをアップロードして
などと競合することも多い領域だ。し
吉野社長は話し始めたら止まらず、
います。これはあたりまえの話です。しかし、従来は独自のプロトコル
かし吉野社長は、
「垂直統合型のITベン
聞く人にも豪快な印象を与えるタイプ。
ダーが提供するサービスでは、以前デー
しかしエンジニア出身とあって、話題
タセンターと呼んでいた場所をクラウ
がネットワークの将来像に移ると、数
で通信していて、インターネットには接続されていない。IoT化するに
はどうすればいいか。機械を「つなぐ」だけならアダプタを開発すれば
いい。しかし、何のためにつなぐのか、という話になるわけです。
── 何のために、という意図が入ることによって初めて、
「むすぶ」の段階に
ドと言い換えただけのケースも少なく
字やスペックも含め具体的な技術を絡
ない」と指摘する。ユーザーが求める
めて議論を展開する。大局からディテー
のは柔軟な利用環境、アプリケーショ
ルまで自分の言葉で語れる経営者の一
ンの選択権であり、クラウドの本来の
人だ。 (螺)
(この記事は、週刊BCN2015年11月9日発行vol.1603に掲載したものです)
Key Person
BCN