トンネル洪水吐きゲート室部の 3 次元 FEM による耐震性能照査

(一社)建設コンサルタンツ協会 近畿支部
第48回(平成27年度)研究発表会 論集
一般発表論文 №109
トンネル洪水吐きゲート室部の 3 次元 FEM による耐震性能照査
(株)建設技術研究所大阪本社 ○谷脇 佑一
(株)建設技術研究所大阪本社
水摩 智嘉
(株)建設技術研究所大阪本社
和田 一斗
論 文 要 旨
天ヶ瀬ダムでは施設の機能増強等を目的に再開発事業としてトンネル洪水吐きを建設している。主ゲートが設
置されるゲート室部立坑は半径 28 m、高さ 53 m と我が国では前例の少ない大規模な地下構造物であり、施設の治
水・利水運用上の重要性を考慮し、大規模地震に対する耐震性能照査を行った。
耐震性能照査を行うにあたり、立坑構造特性および周辺地盤を反映できる3次元モデルを用いた応答震度法を
採用した。本稿は、応答震度法に用いる地震力を地盤応答解析より算定し、FEM 解析により生じた応力やクラッ
クの進展度合を確認し、レベル2地震動に対する耐震性能照査を行ったものである。
キーワード:ダム再開発,大規模地下構造物,耐震性能照査,応答震度法
ま え が き
1.天ヶ瀬ダムトンネル洪水吐きの概要
天ヶ瀬ダムは 1964 年に完成したアーチ式ダムであり、
(1) 事業概要
現在施設の機能増強等を目的にトンネル洪水吐きを左岸
天ヶ瀬ダムでは、既存施設の機能増強(治水容量の増、
地山に建設しているところである。
放流能力の増)
、水道用水の確保、発電容量の確保を目的
トンネル洪水吐きは、損傷の修復が困難であり、洪水吐
としたトンネル洪水吐きを建設する再開発事業が行われ
き機能の早期回復が求められる。これらの構成施設のうち、
ている。このトンネル式洪水吐きは、岩盤内に建設される
本稿はゲート室部立坑に対する耐震性能照査についてと
大規模な鉄筋コンクリート地下構造物である。
りまとめたものである。
吐口部
約 620 m
減勢池部
ゲート室部
流向
約 440 m
導流トンネル
トンネル洪水吐き
流向
流向
流入部
天ヶ瀬ダム
図-1 天ヶ瀬ダムトンネル洪水吐き平面図
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(2) 天ヶ瀬ダムトンネル洪水吐きの構造
(3) 地質状況
トンネル洪水吐きの全長は約 620 m であり、図-1 に示す
トンネル洪水吐きの流入部からゲート室部かけては泥
とおり流入部、導水トンネル、ゲート室部、減勢池部、吐
岩、減勢池部から吐口部にかけては砂岩が主体となる。
口部から構成されている。
図-4 に示すように、トンネルルート上では全体として
本稿の耐震性能照査の対象であるゲート室部は、流入部
CM 級岩盤が卓越し、断層や弱層に沿って岩質が劣化した
立坑から約 440 m 下流に位置する直径 24 m、高さ 60 m の
D 級、CL 級岩盤が介入する。
:D 級岩盤
:CL 級岩盤
:CM 級岩盤
:CH 級岩盤
:B 級岩盤
立坑構造物である。このゲート室部立坑は、貯水を流下さ
せるための導流部、副ゲートや操作室が設置させる立坑部
ゲート室部立坑
に区分される(図-2 参照)
。また、立坑部は、立坑の外周
OP+80.0m
である覆工部、充水を支える隔壁部と支壁部に区分される
(図-3 参照)
。導流部には主ゲートを設置しており、常時
OP+60.0m
減勢池部
は主ゲートを閉じている状態のため充水管理となる。その
流向
ため、地震時は充水区間(約 370 m)分の管内動水圧が作
用することになる。
導流トンネル
OP+00.0m
図-4 岩級区分図
充水部
立坑部
(4) 耐震性能照査の必要性
耐震性能照査の必要なダム関連構造物は、
「①貯水機能
を維持」し、
「②地震後に緊急に水位を低下させ、低下さ
せた水位の上昇を規制させるために必要なもの」とされて
いる1)。トンネル洪水吐きは、貯水を下流河川に放流させ
る施設であり、
「貯水機能」および「放流能力」を有し、
大規模な地下構造物であることから、大規模地震発生後の
導流部
流向
貯水部
修復は困難であり、耐震性能照査の必要がある。
本稿の対象となるゲート室部立坑については、ゲートを
設置・操作する施設であることから、より重要な施設とな
図-2 ゲート部立坑横断図
っている。
覆工部
2.耐震性能照査における耐震解析方法
耐震解析は、応答震度法を用いた 3 次元静的解析(プッ
シュオーバー解析)とし、下記の手順で行った。
充水部
隔壁部
① 解析モデルの作成
② 地震力の設定(一次元地盤応答解析)
支壁部
③ 3 次元静的解析(線形解析・非線形解析)
基礎岩盤内の地下構造物と地盤の相互作用を考慮する
ために、応答震度法を採用した。
本解析では、レベル2地震動を地盤モデルに作用するこ
とで得られる各地盤標高の最大加速度を地震力とし、3 次
元解析モデルに作用させるものとした。
図-3 ゲート部立坑縦断図
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3.解析モデルの作成
4.地震力の設定
(1) ゲート室部立坑のモデル化
(1) 固有周期
ゲート室部立坑の複雑な構造や周辺地盤条件を正確に
レベル2地震動を選定するため、解析モデルの固有値解
反映するため、解析モデルは 3 次元モデルを採用した。図
析を行い、固有周期を算定した。その結果、ゲート室部立
-5 に示すとおり、コンクリート部の導流部・立坑部(覆工
坑の固有周期は流水方向 0.135 秒、流水直角方向 0.089 秒
部・隔壁部・支壁部)および鉄筋をモデル化した。
と設定した。なお、基礎地盤の固有周期については、岩盤
2、
また、
コンクリートの物性値は、
設計基準強度 30 N/mm
であることから 0.2 秒未満であることを確認した。
2 と設定した。
弾性係数 28,000 N/mm
(2) レベル2地震動の選定
トンネル洪水吐きにおけるレベル2地震動の加速度応
流向
答スペクトルに、ゲート室部立坑の固有周期を照らし合わ
せ、想定地震を選定した(図-7 参照)
。その結果、想定地
震を「花折断層帯(等価震源距離式)
」とし、図-8 に示す
レベル2地震動を設定した。
照査用下限加速度応答スペクトル 水平動
【最短】三方断層帯+花折断層帯全体+琵琶湖西岸断層帯全体[Mj8.1]
【最短】南海トラフ(全体)[Mw9.0]
【等価】花折断層帯全体[Mj7.8]
【等価】南海トラフ(東海域)[Mw8.5]
10000
流向
(2) 鉄筋
(1) ゲート室部立坑
図-5 ゲート室部立坑解析モデル
加速度応答スペクトル(gal)
1000
(2) 地山・基礎岩盤のモデル化
地山・基礎岩盤の解析モデルとして、岩級区図より CH、
CM、CL、D 級に区分した 3 次元モデルを作成した(図-6
参照)
。基礎岩盤の弾性係数は、地震時の挙動を対象とし
ていることから、動弾性係数を用いる2)ものとし、以下の
0.01
度:V s =
縦
波
速
度:V p = V s
2(1 − υ )
1 − 2υ
E
2(1 + υ )
ここに、 E :動弾性係数(N/mm2)
ρ :単位体積質量(kg/m3)
υ :ポアソン比
V p :弾性波速度(km/sec)
D級
CL級
CM級
CH級
加速度(gal)
せ ん 断 弾 性 係 数: G =
ρ
加速度(gal)
速
800
600
400
200
0
-200
-400
-600
-800
800
600
400
200
0
-200
-400
-600
-800
ゲート室部立坑
周期(秒)
1.00
10.00
下流方向最大値:600gal
水流方向
上流方向最大値:528gal
最大値:470gal
水流直角方向
最大値:572gal
0
流向
0.2秒
0.10
図-7 加速度応答スペクトル(水平方向)
G
波
0.135秒
0.089秒
10
式を用いて弾性波速度より算定し3)設定した。
横
100
10
20 時刻(sec) 30
40
図-8 レベル2地震動[花折断層帯全体]
(3) 地盤応答解析
地震力は、立坑周辺の基礎岩盤における岩級区分が水平
方向で一様となっていることから、一次元モデルを用いた
地盤応答解析により算定するものとした。
基礎岩盤の一次元モデルは、OP+0~80 m の基礎岩盤を
対象とし、OP+0~60 m を CM 級岩盤、OP+60~80 m を CL
級岩盤とした。この一次元モデルにレベル2地震動(花折
断層帯(等価震源距離式)
)を作用させた。
一次元地盤応答解析の結果、地表(OP+80 m)付近の加
図-6 地山・基礎岩盤解析モデル
速度は 4.4 m/s2 程度であり、震度換算すると 0.45 程度と推
測される。
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5.耐震性能照査
①流水下流(+X)方向
(1) 解析条件
最大引張応力は導流部に生じる 3.0 N/mm2 である。
3 次元静的解析は、線形解析を行うことで構造物に生じ
導流部・立坑部・隔壁部に引張強度を超える引張応力
る応力を確認し、非線形解析によりクラックの進行度合い
は生じていない。
を確認した。
②流水上流(-X)方向
耐震解析にあたり作用荷重は静水圧・動水圧・地震力と
導流部・立坑部の上流側に引張応力が集中し、導流
した。静水圧はゲート室部立坑内部には隔壁部に三角形分
部に最大 4.19 N/mm2 の引張強度を超える引張応力が生
布で載荷し、外部には地下水位を載荷した。なお、レベル
じる。
2地震動に対する耐震性能照査であることから、貯水位は
③流水直角(+Y)方向
導流部の上流側に最大4.05 N/mm2 の引張強度を超え
常時満水位(OP+78.5 m)とした。地震力については、ゲ
ート室部立坑は流水方向では非対称のため、流水下流(+X)
る引張応力が生じ、引張強度以上の引張応力が生じる
方向・流水上流(-X)方向・流水直角(+Y)方向の 3 方向
範囲も流水方向に比べ広範囲である。ただし、立坑部
についてそれぞれ加震した解析を行った。
は流水方向に比べ応力は生じていない結果となった。
線形解析より、加震方向に関わらず導流部は引張応力が
最大となる結果となった。特に流水上流(-X)方向につい
(2) 線形解析
ては最大引張応力が生じ、流水直角(+Y)方向については
線形解析にあたりコンクリートの引張強度は、圧縮強度
4)
(設計基準強度)の 1/8~1/13 程度
となることから、設
引張強度を超える引張応力の発生範囲は大きい。流水下流
2 と設定した。
計基準強度の 1/10 とし 3.0 N/mm
(+X)方向については生じる引張応力は小さく、引張強度
線形解析の結果、圧縮強度を超える圧縮応力は加震方向
相当の引張応力が導流部の一部分で生じている。
に関わらず生じなかった。引張強度については、以下のと
線形解析結果から、引張強度を超える引張応力が生じ、
おりである(表-1 参照)
。
クラックが生じる可能性が高いことから、非線形解析を実
施し、クラックの進行度合いを確認した。
表-1 線形解析結果(引張応力)
流水下流(+X)方向
流水上流(-X)方向
流水直角(+Y)方向
凡例
流水方向
流水方向
流水方向
3.0N/mm2
2.5N/mm2
2.03N/mm2
1.72N/mm
2.0N/mm2
1.5N/mm2
1.0N/mm2
0.5N/mm2
0.0N/mm2
流水方向
‐0.5N/mm2
‐1.0N/mm2
2.44N/mm2
‐1.5N/mm2
3.0 N/mm2
4.19N/mm2
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4.05N/mm2
‐2.0N/mm2
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(3) 非線形解析
③流水直角(+Y)方向
非線形解析を実施し、コンクリートに生じるクラックの
立坑部や隔壁・支壁にはクラックは生じていないが、
進行度合い、鉄筋の状態について確認した。
導流部の底版部にクラックが生じている。広範囲にク
非線形解析結果は、以下のとおりである(表-2 参照)
。
ラックは生じているが、立坑を分断するクラックは生
①流水下流(+X)方向
じておらず、一部貫通するクラックが生じる程度であ
立坑部の覆工部や隔壁部・支壁部のコンクリートに
る。また、鉄筋は降伏に至っていない。
はクラックは生じていないが、導流部の底版部にクラ
線形解析では、流水上流(-X)方向において最大引
ックが生じている。ただし、完全開口のクラックは一
張応力が生じたが、コンクリートに生じるクラックの
部であり、ゲート室部立坑を分断するようなクラック
範囲は流水直角(+Y)方向が最も大きい結果となった。
や貫通するクラックには至っていない。また、鉄筋は
非線形解析結果より、加震方向に関わらず立坑部や隔
降伏に至っていない。
壁・支壁のコンクリートにはクラックは生じない。しかし、
②流水上流(-X)方向
引張応力が集中する導流部の上部や底版部のコンクリー
立坑部の覆工部や隔壁部・支壁部のコンクリートに
トに一部貫通するクラックが生じる結果となった。
はクラックは生じていないが、導流部の上部にクラッ
鉄筋については引張応力が集中する導流部や立坑部や
クが生じている。一部貫通するクラックが生じるが、
隔壁・支壁についても、加震方向に関わらず降伏に至って
立坑を分断するようなクラックが生じていない。また、
いない結果となった。
鉄筋は降伏に至っていない。
表-2 非線形解析結果
流水下流(+X)方向
流水上流(-X)方向
流水直角(+Y)方向
凡例
流水方向
流水方向
流水方向
コンクリート
完全開口
除荷状態
軟化状態
弾性状態
再結合
鉄筋
降伏
弾性
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6.耐震性能照査まとめ
線形解析および非線形解析による耐震性能照査の結果、
導流部の上部や床版部に引張応力が集中し、一部貫通する
クラックが生じると推測される。しかし、立坑部の隔壁部
や支壁部にはクラックが生じることはなく、ゲート操作室
には貯水が侵入することはないと判断した。
鉄筋については加震方向に関わらず降伏に至らないこ
とを確認した。
したがって、ゲート室部立坑は耐震性能を有していると
判断した。
あ と が き
本稿は、国土交通省近畿地方整備局琵琶湖河川事務所の
委託により実施した天ヶ瀬ダム再開発事業トンネル洪水
吐きゲート室部立坑の耐震性能照査業務の報告書を一部
抜粋・追記してとりまとめたものである。
本稿の執筆に際し、ご協力していただいた皆様へ心から
感謝の気持ちと御礼を申し上げたく、謝辞にかえさせてい
ただきます。
参考文献
1) 国土交通省河川局:大規模地震に対するダム耐震性能照
査指針(案)・同解説,2005 年 3 月,21p.(引用ページ)
2) 社団法人日本電気協会原子力規格委員会:原子力発電所
耐震設計技術指針,2010 年 12 月,175p.(引用ページ)
3) 一般社団法人ダム工学会:総説岩盤の地質調査と評価,
2012 年 12 月,194p.(引用ページ)
4) 国土交通省国土技術政策総合研究所:大規模地震に対す
るダムの耐震性能照査に関する資料,国総研資料第 244
号,2005 年 3 月,55p.(引用ページ)
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