仰臥位前側方アプローチによる最小侵襲人工骨頭置換術の経験

〔原 著〕
仰臥位前側方アプローチによる最小侵襲人工骨頭置換術の経験
瀬
川
大
川
田
知
明
秀
堺
匡
浅
岡 隆
慎
柴
田
浩
山
内
定
直
人
央
Keywords:femoral neck fracture(大 骨頚部骨折),anterolateral-supine approach(仰臥位前
側方アプローチ)
,bipolar hemiarthroplasty(人工骨頭置換術)
要
旨
大 骨頚部骨折に対して当科で新たに導入し
(DAA)
が注目されている。しかし ALS を用い
た BHA のまとまった報告は少ない。当院では
術後機能の早期改善を目指し,2011年 11月よ
た仰臥位前側方アプローチによる人工骨頭置換
り大
術 17股(ALS 群)について,導入直前に行った
Jones 変法(anterolateral-supine approach 以
骨 頸 部 骨 折 に 対 し て 仰 臥 位 Watson-
従来法である後方アプローチ 16股(P 群)と比
下,ALS)による MIS-BHA を開始している。
較し有用性を検討した。手術時間,術後ドレー
本研究の目的は,当科で新たに導入した ALS
ン出血量については ALS 群で有意に増加を認
による M IS-BHA 17股に関して,導入直前に
めたが,術中出血量は両群間で有意差を認めな
行った従来の後方アプローチと比較し有用性を
かった。術後歩行能力については,歩行器歩行,
検討することである。
T字杖歩行開始時期ともに両群間に有意差を認
対 象 と 方 法
めなかったが,在院日数は ALS 群で有意な短
縮を認めた。ALS は一定のラーニングカーブが
存在するものの有用は手術進入法である。
諸
言
近年,筋腱温存手術である minimally inva-
2011年 11月 か ら 2012年 10月 ま で に ALS
で手術を行った 17股(ALS 群)と,直前の 2010
年 11月から 2011年 10月までに後方アプロー
チで行った 16股(P群)を対象とした。手術は
全例同一術者が行い,いずれの期間内において
sive sur-gery(MIS)は広く普及しており,早
も例外なく全てそのアプローチで手術を行っ
期離床が望まれる大 骨頸部骨折に対する人工
た。2群とも翌日から全荷重歩行を許可とし,
骨頭置換術(bipolar hemiarthroplasty以下,
P群のみ床上安静時に外転枕を 用した。2群
においても M IS-BHA が導入され,仰臥
BHA)
の年齢は,ALS 群で平
位前方 MIS-BHA である anterolateral-supine
P群で平
(ALS) approach と Direct anterior approach
位差はなかった。 用機種は ALS 群では Allo-
78.2才
(58∼101才),
79.3才(54∼92才)で,両群間に有
Hemiarthroplasty for femoral neck fracture by MIS Anterolateral-supine approach
Segawa, T.:金沢城北病院整形外科
Segawa, T., Sakai,M.,Shibata,S.,Okawa,T.,Asaoka,T.,Yamauchi,N.,M atuda,A.:勤医協中
央病院整形外科
Vol. 35 11
北勤医誌第 35巻
2013年 12月
,P群で
classic Zweymuller Stem(Zimmer)
方 MIS アプローチの利点として,仰臥位であ
は AML(Depuy)であった。これらについて①
るため側臥位に比べて術中管理並びに心肺蘇生
手術時間②術中出血量③術後ドレーン出血量④
が容易であり,リスク軽減に有用である 。そし
合併症⑤歩行器歩行開始時期⑥T字杖歩行開始
て筋間アプローチであるため筋組織への侵襲が
時期⑦手術から退院までの在院日数について検
少なく,術後の筋力低下が少ない
討した。統計処理にはt検定を用い,有意水準
臼肢位が股関節伸展外旋位であり日常生活動作
は5%未満とした。
との関連が少ないため,脱臼率の低下が期待さ
結
。また,脱
れる 。これは,大 骨頚部骨折の高齢者患者へ
果
の脱臼危険肢位の指導が困難な場合には大きな
ALS 群と P 群 に お い て 手 術 時 間 は 88.9±
利点となる。しかし,一般的に仰臥位前方系ア
18.0 ,62.1±10.0 ,術後ドレーン出血量は
プローチはラーニングカーブの存在が欠点であ
510.9±173.6ml,207.4±116.1ml で あ り,
ると言われており ,そのため手術侵襲の増大
ALS 群で有意に増加を認めた。術中出血量に関
が懸念される。
し て は,ALS 群 で 240.0±140.0ml,P 群 で
本症例の手術侵襲の増大について検討する
165.5±118.8ml であり両群間に有意差を認め
と,術中出血量については両群間に有意差を認
なかった。合併症は ALS 群で2例目に大転子
めなかったが,手術時間及び術後ドレーン出血
骨折を生じたが,特に処置は要さず治癒した。
量は ALS 群で有意に増加していた(表1)。し
ALS 群とP群において歩行器歩行開始時期は
かしラーニングカーブを経時的に表すと手術時
9.2±8.1日,13.0±12.1日,T字杖歩行開始時
間,術後ドレーン出血量ともに徐々に減少して
期は 16.5±9.1日,28.1±15.2日であり両群間
おり,症例数を重ねた上で再度検討の必要があ
に有意差を認めなかった。手術から退院までの
る(図1)
。
在 院 日 数 は ALS 群 で 33.2±20.8日,P 群 で
術後の歩行能力回復については,本研究では
54.7±28.5日であり ALS 群で有意に在院日数
歩行器歩行,T字杖歩行開始時期ともに両群間
の短縮を認めた。
に有意差は認めなかったが,在院日数について
は,ALS 群で有意な短縮を認めた(表1)。
察
ALS は,大 筋膜腸筋と中臀筋の筋間から筋
高齢者が多くを占める大 骨頚部骨折に対す
肉の切離,切開を行わずに股関節を展開する手
る BHA の症例は,今後もますます増加すると
術であり,股関節の外転筋力の回復,温存の点
予想される。大 骨頚部骨折患者は,高齢でか
で優れている。また,術後の股関節外転筋力が
つ内科的合併症を有することが多く,低侵襲で
片脚立位保持の獲得に重要な役割を担ってお
早期離床が可能な手術が期待される。仰臥位前
り,片脚立位保持が独歩自立へ不可欠であると
表 1 結果
ALS 群
①手術時間(
)
Vol. 35 12
P
③術後ドレーン出血量(ml) 510.9±173.6
P<0.01
165.5±118.8 n.s
207.4±116.1 P<0.01
④合併症
大転子骨折1例
なし
⑤歩行器歩行(日)
9.2±8.1
13.0±12.1
n.s
⑥T字杖歩行(日)
16.5±9.1
28.1±15.2
⑦在院日数(日)
33.2±20.8
54.7±28.5
n.s
P<0.05
②術中出血量(ml)
88.9±18.0
P群
240.0±140.0
62.1±10.0
仰臥位前側方アプローチによる最小侵襲人工骨頭置換術の経験
図1
する報告もある 。本調査では術後歩行能力の
A clinical comparative study of the direct
回復については歩行器歩行,T字杖歩行開始時
anterior with mini-posterior approach. Two
期ともに両群間に有意差は認めなかったが,
consecutive series.
ALS による股関節外転筋力の温存,回復が最終
J Arthroplasty. 24:698−704, 2009.
3) 中田活他:M IS-THA の進入法により手術侵襲・
的に在院日数の有意な短縮につながったものと
機能回復に差はあるのか? 日本人工関節学会
誌,39:374−375,2009.
えた。
4) 藤井秀人,黒田一成他:大 骨頚部骨折に対する
結
Direct anterior approach による人工骨頭置換術
―後方アプローチとの比較―.整・災外,52:
語
ALS は一定のラーニングカーブが存在する
ものの有用な手術進入法であると言える。
1545−1550,2009.
5) 老沼和弘:前方進入 M IS の手技と課題∼習熟曲
線向上のために∼.第 40回日本人工関節学会抄録
文
集:210,2010.
献
6) 佐久間
1) 岡田順,東隆司他:心肺ハイリスク患者大
骨頚
部骨折での前側方アプローチ人工骨頭置換術の有
志,平尾利行他:M IS を用いた DAA-
THA における片脚立位機能と股関節外転筋力の
関係.Hip Joint,33:142−145,2007.
用性.骨折,23(2):378−381,2001.
2) Nakata K, Nishikawa M , Yamamoto K, etal:
Vol. 35 13