序 章

序 章
テクニカル・ライティング
はなぜ必要か
テクニカル・ライティングが必要な背景には 4
つの要因があげられる。すなわち、①インター
ネットや E メールの普及で情報化社会が進展
し、②地球規模でのビジネス交流・相互依存に
より情報発信の重要性が高まり、③科学技術の
伝承も高度化・複雑化を背景に書いて伝達する
機会が増え、④グローバル市場で成功するため
に「書く英語」が必須の状況となっている。
序 章
テクニカル・ライティングはなぜ必要か
1.ライティングとは何か―その意味と定義、目的、範囲
1.テクニカル・ライティングとは何か
―その意味と定義、目的、範囲
テクニカル・ライティング(technical writing)は従来、「技術英文」、「工業英
語」
、
「科学工業英語」
、
「技術英語」などに訳され、研究者・設計者・技術者が必
要とするものと思われてきた。ところが近年、インターネットの急速な普及によ
り、誰もが技術用語(IT 用語)に触れる機会が増えるにつれ、テクニカル・ラ
イティングという言葉を目にする機会も増えてきた。現在では、双方向でコミュ
ニケーションすることから、テクニカルコミュニケーション(technical com­mu­
ni­ca­tion)とも呼ばれるようになってきている。
テクニカル・ライティングをより良く理解するため、その意味と定義、目的、
範囲について以下紹介する。
(1)テクニカル・ライティングが示す “テクニカル” の意味と定義
もともと技術文書の書き方には特有のルールがあり、これを守らないと国際的
に技術情報をやり取りするうえで信頼されない事態が生じる。そして、このルー
ルは国際標準となっており、ルールを適用することにより効果的かつ確実に読み
手に技術情報を伝えることができる。このためテクニカル・ライティングは、単
に技術文書に留まらず、ビジネス文書、英文一般文書を書く際にも使われてお
り、学生や教員をはじめ、ビジネスパーソン(研究者、設計者、技術者、管理者)
が各種書類を作成するときの必須の「書き方の技術」となってきている。
筆者は、テクニカル・ライティングにおける “テクニカル” の意味は、「科学・
工 業 技 術 」 で は な く、
「 技 法 」 の 意 味 で あ っ て、Technical Writing は、
“Technique for Writing”
(書く技法)として解釈すべきと考えている。したがっ
て、テクニカル・ライティングは、各分野で「専門用語を使って仕事をする(目
的を達成する)ための書く技術」であると、筆者は考えている。
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正確に効率的に述べる「特殊な技術」として以下のように定義されていた。
Technical writing is a specialized field of communication whose purpose is to
convey technical and scientific information and ideas accurately and efficiently.
(H. M. Weisman, Basic Technical Writing[Charles E. Merrill Publishing Co.,
1985]
, p3.)
(テクニカル・ライティングとは、コミュニケーションの特殊の分野であって、
その目的は科学技術の情報やアイデアを正確にそして効率的に伝えることである)
しかしながら、テクニカル・ライティングは、現在では、以下のように、仕事
上行われるすべてのライティングを指すようにその定義が変わってきている。
The term technical writing includes all written communication done on the job. It
originally referred only to writing done in fields of technology, engineering, and
science, but it has come to mean writ ing done in all professions and
organizations.
(William S. Pfeiffer, Pocket Guide to Technical Writing[Prentice Hall, 1998]
p1、下線部は筆者が付加)
(テクニカル・ライティングとは仕事上でなされるすべての書面によるコミュニ
ケーションであると言える。最初は、技術、工学、および科学の分野でのライ
序 章 テクニカル・ライティングはなぜ必要か 1.ライティングとは何か︱その意味と定義、目的、範囲
テクニカル・ライティングの定義として、約 30 年前までは、科学技術情報を
ティングを指していたが今日では、すべての職業や組織でなされるライティング
を意味するようになった[片岡 2004:p70]
)
(2)テクニカル・ライティングの目的
テクニカル・ライティングは実用文を対象とするので、小説やエッセイなどの
ように読み手を感動させるためではなく、正確かつ効果的に伝えることを目的と
している。例えば、洗濯機のマニュアルでは、ユーザーに伝えるべき内容が明確
かつ順序良く正確に書かれていなければ、洗濯機の故障や人身事故につながる。
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序 章
テクニカル・ライティングはなぜ必要か
1.ライティングとは何か―その意味と定義、目的、範囲
場合によっては、Product Liability(製造物責任)を問われることになる。
そこで、正確かつ効果的に伝えるために、テクニカル・ライティングは、「通
知すること(=報告すること)
」と、
「行動を起こさせること(=説得すること)」
という 2 つの目的を有している。
すなわち、まず「対象とする読み手は “誰” なのか」を決め、次に「述べる内
容が “報告” なのか “説得” なのか」を決め、その「よく知られたレトリックのパ
ターン」および「読み手が理解できる用語」を使って文章を構成する。そして、
最終的に読み手に行動を起こさせる(説得する)ことである。
筆者は、これら一連のプロセスに、さらに以下の「3 原則」を付け加えるべき
だと考えている。すなわち、
①Speed(できるだけ早く)
:テクニカル・ライティングはタイミング良く、早
く、効率的に書く。
②Struggle(努力をして)
:テクニカル・ライティングは工夫して効果的に書く。
③Joy(喜べる成果をだす)
:テクニカル・ライティングは望んだ結果を得るた
めに書く。
これら 3 原則を「SSJ の原則」と呼ぶが、テクニカル・ライティングでは、
どんなに内容があっても、スピード感がなく、タイミングを逸してしまえば文書
の効果(価値)がなくなるということはおわかりいただけるだろう。
(3)テクニカル・ライティングの範囲
テクニカル・ライティングの範囲は、図 1 の中央の円で示した部分で、
「広告
宣伝のコピーライティング」と「法律関係のライティング」において、技術的な
性格のものがテクニカル・ライティングの範囲に含まれる。さらに最近では、テ
クニカル・ライティングは破線で示すビジネス・コミュニケーション(ビジネス
通信文)の範囲に急速に広がって、
「ビジネス・コミュニケーション=テクニカ
ル・ライティング」であるといっても過言ではない。
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広告宣伝の
コピー
ライティング
法律関係の
ライティング
テクニカル・
ライティング
技術的な広告
宣伝のコピー
契約書や特許
などが入る
図 1 テクニカル・ライティングの範囲(出典:日本
工業英語協会 HP。矢印は筆者が追加)
●テクニカル・ライティングは「Technique for Writing(書く技法)」
として捉えろ。
●テクニカル・ライティングの目的は「報告」と「説得」である。
2.テクニカル・ライティングの対象と
なる文書および文学との違い
序 章 テクニカル・ライティングはなぜ必要か 2.テクニカル・ライティングの対象となる文書および文学との違い
ビジネス・コミュニケーション
(ビジネス通信文)
(1)テクニカル・ライティングの対象となる文書
英文テクニカル・ライティング(以下、テクニカル・ライティング)の対象と
なる文書(ドキュメント)は、欧米では一般的に Short Report/Long Report、あ
るいは Formal Report/Informal Report に大まかに分類されている。日本では、
論文、レポート、カタログ、マニュアル、提案書、スペック(仕様書)、設計図、
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