1-1 姿勢や動作に困難のある生徒の立位姿勢の改善をめざした事例的研究 杉崎 Ⅰ 問題 希枝 のKは、 肢体不自由の特別支援学校に在籍している。 身体の発育発達やスムーズな立位姿勢や歩行を このKは、内反足・内股で、足を回すようにつま先 行うためには、姿勢の歪みを改善することや身体 を引きずって歩行している。そこで、立位姿勢・歩 のバランス機能を高めることが必要である。 行動作の改善を目指して動作法を中心とした指導を 奥住(2003)は、立位姿勢や歩行・移動を基礎 とする人間のあらゆる粗大運動の基礎となるべき 行ってきた。その結果、Kが意識的に歩行動作を改 善するようになってきた。 能力としてバランス機能を挙げている。また、池 しかし、立位姿勢になると肩の高さが違うなど、 永・立野(2004)も、歩行動作では重心の位置が 姿勢に関する課題が残っている。そこで、センター 動揺し、平衡が失われたり元に戻ったりする現象 における指導を継続し、平均台を使った指導を加え が規則的に反復するため、平衡機能は大変重要で て、Kの立位姿勢の改善をめざした。 あると述べている。 Ⅱ 目的 身体の発育発達やスムースな立位姿勢や歩行を 動作法を中心にした活動と繰り返し行う平均台で 行うためには、姿勢の歪みを改善することや身体 の歩行から、立位姿勢にどのような変化があるのか のバランス機能を高めることが必要である。 検討する。 バランストレーニングの支援として、奥住 Ⅲ 方法 (2003)は、ある運動を何度も繰り返して学習さ 1 対象 せることで、運動スキルを獲得させる本人の状態 肢体不自由の特別支援学校の中学部 1 年に在籍し を変える支援と、行為を規定する具体物が外界に ている男子Kを対象とする。 あることが運動の発現を有効にするという環境を 2 指導者 変える支援の 2 つの相互作用が重要であると述べ ている。 そこで、行為を規定する具体物であり、評価と しても多く用いられている平均台を使った歩行を 繰り返し行うことで、バランス機能の向上が得ら れるのではないかと考えた。 また、子どもが自分の体を動かす感じをつかむ 筆者を含めた学生トレーナー3名である。なお、 セッション及びカンファレンスにスーパーヴァイザ ー(SV)として大学教員が入る。 3 指導場面 センタープレイルームにて、動作法を中心にした 指導とともに、平均台の幅を段階的に変えて平均台 歩行の指導を行う。また、活動の様子をVTR記録 ことができるように、主体的な動きを行わせる訓 する。 練方法に動作法がある(今野,1993) 。これは、 4 手続き 成瀬(1973)が動作訓練として提唱したものがも 1)実態把握の実施(セッション1・2) とであり、動作不自由を「意図―努力―身体運動」 2)個別の指導計画の作成 という一連の過程における自己コントロールの誤 3)指導及び評価の実践(セッション3―12) りや不全であると述べている。 4)実践のまとめ J教育大学特別支援教育実践研究センター(以 下、センターとする)に来所している中学1年生 5 分析の視点 1)平均台を使った歩行の短期的・長期的な変化 1-2 2)重心の測定と立位の撮影による姿勢の変化 と長期的な変化 3)自分の身体を注視したり、身体を操作する 際に発言がみられたりしたか 平均で 7.88 歩であった。ほぼ、8 歩前後で渡りきっ ていたが、3m の平均台を渡りきれなかった回数を みると、補助のある 25cm 幅の平均台で1/25 回、 補助のある 20cm 幅の平均台で3/16 回、15cm 幅 Ⅳ 結果 の平均台で4/8回であった。幅の狭い 15cm の平 1 実態把握 均台の歩行で渡りきれなかった回数が多くなった。 足裏全体が床に着かず、足の小指側で立ってい しかし、 セッション5から、 内反の改善がみられ、 る。重心が安定せず、常に左右に揺れていて静止 足元を注視することが多く、ラインからはみ出すこ した立位がとりにくい。肩の高さも左肩が上がっ とも尐なくなった。補助のある 25 ㎝幅から 12.5 ㎝ ており、骨盤の高さも左側に上がっている。肩に 幅の成功もあり、歩行姿勢も足に重心が乗る線がで 緊張が入っているため、腕は肘が曲がり、手の平 きた姿勢をとるようになった。 が後ろを向いている。 足も内股で内反がみられた。 4 動作法を中心とした活動 2 個別の指導計画の作成 最初は、足首の運動でも緊張が入っていた。座位 実態把握の情報から、発展課題・中心課題・ 姿勢では、肩の緊張が強く、背中も丸まって腰を入 基礎課題を設定し、 それに基づいて指導内容を決 力することが難しく、トレーナーの支援が必要だっ 定し、指導計画を作成した。そして、山口(2007) た。しかし、セッション7から、腰のどの位置に力 を参考に評価基準を設定した。 を入れると背筋が伸びるのか問うと手でその位置を (中心課題) さすようになってきた。また、緊張が入っている部 1)ふらつかずに真っ直ぐ立つことができる。 位を伸ばす胸開きや背筋伸ばしの活動時に「気持ち 2)意識して腰に入力し、背中がまっすぐで安 いい」という発言があるなど、自分の身体の動きを 定したあぐら座位をとることができる。 感じ取るようすが見られるようになった。肩の緊張 3)集中して活動に取り組むことができる。 も残っているが、肩の楽な位置はどこか問うと自分 (基礎課題) 1)①足裏全体で床を踏みしめることができる。 ②足首のゆるめで、まっすぐ底背屈すること でその位置に持っていこうとするようになった。そ ができる。 2)①あぐら座位で肩や首の緊張を抜くこと腰に 入力することがわかる。 3)①カード等を使い、活動内容を理解して見通 しを持って取り組むことができる。 ②逸脱しても、トレーナーの声掛けで活動に 戻ることができる して、つくった姿勢を維持する意識がみられるよう になった。 5 体重の左右差 セッション3からは、最初の平均台を使った歩行 の前に1回測定し、セッションの最後の平均台を使 った歩行の後に2回目の測定を行った。 セッション1~12 の最初に測定した体重の左右 差の平均は 7.10kg であった。セッション3~12 の 最後の平均台を使った歩行後の2回目は、 3 平均台を使った歩行 平均台は、導入として補助の幅のあるものから 使用した。Kには足をラインの外にはみ出さない ようにまっすぐ歩くことを課題とした。最初は全 身に緊張が入り、肘が曲がった状態で手の振りも なく、足元を見ずに歩くことが多く、ラインから はみ出してしまった。 補助のある25cm幅の平均台では平均7.92歩で 渡りきっており、補助のある 20cm 幅の平均台で も平均で 8.00 歩であった。15cm 幅の平均台でも 図1 活動前後の体重の左右差 1-3 体重の左右差の平均が 3.88kg であった。活動前 互作用が重要であるという奥住(2003)の研究を参 と後で、平均 3.38 ㎏減尐した。 考に、平均台を使った歩行と併せて動作法を中心に 6 立位姿勢の変化 した活動を行った。 立位姿勢の変化については、セッション1と 12 平均台の習熟度は高くなることと同時期に、体へ のボディ・ダイナミクス図を比較した。肩と腰の の気づきの発言があった。平均台歩行では、足元を 位置が不均衡であったものがほぼ均衡になり、お しっかり見て、平均台から落ちないように、ライン しりが引けた状態で背中が丸くなっているものが の外に出ないように、足をまっすぐ前に出すことが まっすぐになっている。また、膝の位置、つま先 必要である。足をまっすぐ出すためには、バランス の上がり具合などが改善され、左足のつま先がや を保つことが必要である。補助のある 25cm の幅の や上がっていることを除くと、おおよそボディ・ 平均台から 15cm 幅の平均台へ、段階的に移行して ダイナミクス図の基線に近いものに変化した。 いったことによって、緊張しながらも、自分でバラ Ⅴ 考察 ンスを取り、足元をよく見て、修正しながらも平均 バランストレーニングの支援として、ある運動 台を渡ろうという主動的な歩行ができるようになっ を何度も繰り返して学習させることで、運動スキ てきたことは、自分の身体を操作しようとする自分 ルを獲得させる本人の状態を変える支援と、行為 の身体への気づきであると考える。 を規定する具体物が外界にあることが運動の発現 動作法を中心にした活動では、個別の指導計画を を有効にするという環境を変える支援の 2 つの相 もとに、 Kの立位姿勢改善を目指した。 その中でも、 座位姿勢での入力と脱力ができるようになってきた ことが、立位姿勢にも影響を与えたのではないかと 考える。 そして、重心の左右差が、活動を行った後の測定 で小さくなっていることからも、活動全体がKの立 位姿勢のバランスを向上させたのではないかと考え る。 Ⅵ 今後の課題 今後さらに、K の立位姿勢の改善と歩行の安定を 図るためには、足裏全体を床に着ける、つま先が浮 かないようにする。中でも、親指は床から離れてし (セッション1) まわないように、拇指丘を使って床を踏みしめるこ とができるようにすることが必要である。 文献 池永康規・立野勝彦(2004)歩行訓練と平衡機能.総合リハビリ テーション,32⑼,819-824. 今野義孝(1993)行動変容をねらう訓練のコツ.大野清・村田茂 (編)動作法ハンドブック基礎編.慶應義塾大学出版. 小田浩伸・北川忠彦・糸永和文(1991)障害児の姿勢に関する研 究-動作訓練を通して-.特殊教育学研究,29⑴,1-12. 奥住秀之(2003)知的障害児のバランスの制約とその支援につい て.特殊教育研究施設研究報告,1-3. 山口麻梨子(2007)姿勢や動作に困難を示す児童に対する歩行動 (セッション 12) 図2 ボディ・ダイナミクスによる姿勢の変化 作の改善を促す支援と評価.上越教育大学大学院修士論文.
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