東日本大震災から5年を迎えての会長声明 1 東日本大震災の発生から5年が経過した。岩手県は、2014年度から3年 間の本格復興期間の最終年である本年を「本格復興完遂年」として、残された 復興施策を最大限進めていくこととしている。岩手県沿岸の被災地では、高 台の宅地造成、浸水地の嵩上げ工事、そして、災害公営住宅の建設も徐々に 進んでいる。応急仮設住宅やみなし仮設住宅等(以下、 「仮設住宅等」という。) における避難生活から、恒久住宅に移転し、生活再建の一歩を踏み出す被災 者も増えてきた。被災地では少しずつ復興の歩みが進められている。一方、 現在でも、未だに9698世帯、2万1464名もの被災者が、仮設住宅等 での避難生活を余儀なくされており(2016年1月31日現在、岩手県発 表。)、その中には、将来の生活再建の見通しが全く立っていない被災者が多 数存在するのも事実である。 いくら復興事業が進んでも、生活再建の見通しすら立たない被災者にして みれば、何ら意味はなく、そうした被災者は復旧にすら至っていないのであ るから、そうした個々の被災者の状況を踏まえた、さらにきめ細やかな支援 が必要である。 2 当会は、 「人間の復興」を果たすという理念に基づき、被災地での相談活動 や立法提言を中心とした被災者支援活動に取り組んできた。震災から5年が 経過した今、当会は、再度、その根本の理念に立ち返り、一人ひとりの被災 者について、その状況を把握し、生活の再建に必要な支援をしていかなけれ ばならないとの思いを新たにしている。 3 当会は、2016年1月31日、仙台弁護士会、福島県弁護士会と共同し て「震災5年目で見えた課題」と題して東日本大震災5周年シンポジウムを 開催した。その中では、現状の復興施策の問題点や様々な法的支援を受けら れない被災者の現状が報告された。 また、当会は、現在も、沿岸被災地に設置した拠点における法律相談活動、 仮設住宅等や災害公営住宅への訪問による相談活動、無料電話相談などの活動 を続けているが、そうした活動の中でも、これまで認識されていなかった問題 が明らかになっている。 4 一つは、いわゆる在宅被災者の問題である。例えば、東日本大震災において 住宅に浸水被害を受けたが、その浸水の程度が大規模半壊との認定基準を満 たさなかったため、半壊以下の認定がなされたことで、住宅被害は甚大で生 活環境は劣悪な状態であるにもかかわらず、何らの支援も受けられずにいる 被災者がいる。あるいは、大規模半壊以上の認定を受けながら、何らかの事 情により避難所や仮設住宅等に入ることができず、被災した住居での生活を 余儀なくされている被災者もいる。その態様は様々であるが、必要な支援が 行き届いていない被災者が多数存在するのである。 現在の被災者支援策の大きな問題点は、罹災証明書における住宅の被害認定 のみによって受けられる支援が決まっていることにある。生活環境の変化、生 業の喪失など、当該被災者の実際の被災状況や、生活再建において何が必要か ということはまるで考慮されないのである。その結果、支援を要する被災者に 支援が行き届かない状況が生じており、そうした被災者は当然ながら生活再建 の目処が一切立っていない。 次に、何らかの支援は受けたものの、それが十分ではなかったために生活再 建から取り残されてしまった被災者の問題である。 例えば、被災直後に、住宅の修理をして生活再建をしようと、加算支援金を 受領して住宅の補修を試みたが、それだけでは生活を再建できるほどの補修は できず、結局仮設住宅等での生活を余儀なくされているような被災者がいる。 今後の生活再建は、災害公営住宅への入居しか考えられないにもかかわらず、 既に加算支援金を受領していることから、災害公営住宅に入居できないのであ る。 このように、被災直後に一定の補助を受けて生活再建を試みたものの再建に は至らなかった被災者は、その後5年の時間が経過したこともあり、現在の状 況に合わせて再建の計画自体を見直さなければならないが、被災直後に受けた 補助が足かせとなり、新たな生活再建に進むことができなくなっている。 こうした問題は、いずれも、被災者一人ひとりの状況を把握して、必要な支 援をしていくという考え方をすれば一定程度解決できる問題であり、そのため には、罹災証明に基づく硬直的な支援ではなく、被災者一人ひとりに寄り添っ た支援を可能にする、新たな災害復興法制が構築されなければならない。当会 は、そうした災害復興法制について、今後積極的に検討、提言していく。 5 生活が困窮している被災者にとっては、災害公営住宅への入居が最後のよ りどころとなるが、公営住宅への入居要件が、被災者の生活再建を妨げてい る場合もある。連帯保証人をつけること、税金の滞納がないこと、公営住宅 の家賃の滞納がないこと等、様々な要件が課せられることで、災害公営住宅 への入居申込みすらためらっている被災者が多数存在する。 これらは、平時の公営住宅の取扱を災害時にも変えないことによる不具合で ある。被災者に対しては柔軟な対応が求められるが、その取扱は自治体毎に異 なり、極めて厳格に運用している自治体も存在する。当会は、各地の災害公営 住宅の入居要件についてさらに調査の上、必要に応じ、条例制定の提言も含め て、活動していく。 6 住宅の再建を予定している被災者の間では、防災集団移転促進事業による 高台移転や盛土を前提とした土地区画整理事業による移転において、地盤の 強度が十分か否かという点に不安が広がっている。実際に、地盤の強度不足 や造成工事に不備があったことにより、恒久住宅の敷地となる土地が使えな かったり、補強のために時間や費用が余計にかかったりした事案が発生して いるからである。この点、特に防災集団移転促進事業による場合、土地を準 備した側の自治体について、契約書において瑕疵担保責任が軽減されている 例も明らかになっている。地盤の強度など、土地の性能に不具合があった場 合の責任問題は、被災者にとっても極めて重要であるが、造成の不備等に基 づく損害を被災者に負わせるべきでないことは言うまでもない。当会は、具 体的な契約書面なども研究し、被災者が安心して住宅を再建できるよう、提 言等していく。 7 今後、仮設住宅等から恒久住宅への移転が増加することが予想される。か かる移転は、適切な再建の計画に基づくものでなければならず、自治体によ る仮設からの追い出しになってはならない。個々の被災者が、十分な情報を 持ち、検討した上で、納得して今後の再建の方法を決定することができるよ う、すべての被災者を支援していかなければならない。そのためには、官民 の連携が必要であるが、当会もそのような支援の動きに対応し、適切な法的 支援ができるように、行政や民間の支援団体との連携を深めていく。被災地 における問題点は、まさに被災者と直接かかわる支援者が認識しているので あるから、現地で活動する支援団体等との連携は、現地で生じている問題を 把握するために極めて有用である。加えて、従来被災者向けに実施していた 電話相談をはじめとする相談事業について、支援者からの相談にも対応を広 げ、被災地における問題、困り事についての相談事業として継続しつつ、被 災地の状況について、社会に広く発信し、また、被災地の教訓を他の地域に 伝達することも継続して行っていきたい。 東日本大震災の発生から5年を迎えたが、未だ数々の問題が残されており、 また、時間の経過により新たな問題も生じてきている。当会は、 「人間の復興」 を実現するため、被災者一人ひとりに寄り添った支援という視点を再度確認し た上で、被災者、被災地の復旧・復興のため、支援活動に尽力していく所存で ある。 以上 2016年3月11日 岩手弁護士会 会長 藤 田 治 彦
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